ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~ 作:シュトレンベルク
学園中がどの競技に参加するか決め、その練習を始めていた。そんな中、おそらく俺は学園の中でただ1人暇を持て余していた。って言うか、マジで暇なんだけど。
する事がないっていうのは嫌だな。仕方がないので買い物に行こうと思った瞬間だった。咄嗟に飛びのくと、先ほどまでいた場所に銀色の矢が飛んできた。
その矢が変化し、獅子の姿に変わった。何かしらの魔術なんだろうが、こんな真昼間から俺を狙ってくる奴なんていないと思うんだが。敵にだってそれぐらいの分別、というか学校は暗殺するにはやりにくい場所なのだ。目撃者が多すぎるからな。
狙撃銃ならまだしも、今のは矢。つまり相手が持っている得物は弓だ。学校で人に向かってそんな物を使っていたら目立つ。暗殺は第一義として目立ってはならない。そんなあやしい事をしていれば、間違いなく見つかる筈なのだが――――
「見当たらない、か……外した時点で逃げて術式を発動させたのか?こんな物が通用すると本気で思ってるのか?」
そうではないと思いたいが、もしそうなら笑う他ない。こんな玩具で倒されるのなら、俺はとうの昔に死んでいるだろう。世界を回ってきた中で、拳法家との戦いがなかったわけではないのだ。
跳びかかってきた獅子の頭に強化した拳を叩き下ろし、地面に叩きつけられた獅子の身体を踏み潰すように上げた足を振り降ろした。すると、獅子の身体は粉々に砕け散り、勢い余って地面にも亀裂が入ってしまった。ヤバい、と思いながら辺りを見回して誰もいないのを確認した。
「ふぅ……危なかった。南宮先生や笹崎先生に見つかったら折檻物だったな……うん?なんだ、これ。手紙?」
宛先は俺。送り主は……ディミトリエ・ヴァトラー。第一真祖の領土――――戦王領域に領地を持つ貴族の名前が書いてあった。その瞬間、内容を見る気がなくなった。明らかに面倒事の臭いがプンプンするからだ。
しかし、見ずに放置する訳にはいかない。それはより面倒な事態を引き込む原因となり得るからだ。そこで流し読み程度で内容を確認すると――――パーティーの招待状だった。港に泊めてあるディミトリエ・ヴァトラー所有のクルーザーでパーティーを行うので来てほしいという内容だった。
「なんで戦王領域の貴族が態々俺に招待状なんて送ってくるんだよ……」
頭を掻きながらそうぼやき、とりあえず家に帰る事にした。どうせ碌な事にはならないし、礼装を用意しておこう。そもそも俺、パートナーなんていないから参加する条件を満たせないんだけど、その辺は向こうがどうにかするだろ。しなかったら行かないで済むし。
招待状を鞄の中に仕舞い、さっさとその場を離れた。その背中に向けられている視線を無視しながら。
家に戻り、準備だけ整えておく。タキシードなんかは用意してあるが、どうせ俺はその上から外套とマフラーを纏うから一緒なんだが。外套とマフラーは俺が仕事に行く時は必ず身につける物なので、全員俺が誰か分かる。
まぁ、一種の抑止力だ。ここには
「お兄ちゃん?どこか行くの?」
「美遊……名前だけ知っているような奴から招待を受けてな。面倒だが、行かない方が面倒な事になるからな。ちょっと行ってくるよ。俺がいないからって夜更かししないようにな」
「そんなのしないよ」
「そうか。それなら良いんだ。お休み、美遊」
「おやすみなさい、お兄ちゃん。お兄ちゃんも早く帰って来てね」
「分かったよ。用事が済んだらまっすぐに戻ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そうして外に出ると、ちょうど黒塗りの車が待ち構えてきていた。そこから出てきたのは線の細い男なのか若干疑わしい吸血鬼が現れた。
「初めまして。私はキラ。キラ・レーデベデフ・ヴォルティズロワと申します。ディミトリエ・ヴァトラー様の命により、お迎えにあがりました。アーチャー……いえ、衛宮士郎様」
「お初にお目にかかる。だが、名前ぐらいは知っているよ。キラ・レーデベデフ・ヴォルティズロワ。ヴァトラーの影武者のような役割もしているのだろう?」
「……まさかそこまで知られているとは、さすがに驚きました。さすがは一度とはいえ、真祖を殺しせしめた者ですね」
「……怒りはしないのだな、旧き世代。自分のところの真祖がやられたのに、実に意気揚々としている」
「殺された程度で死ぬのなら、僕はここには居ませんから。やられた当の本人がなんとも思っていない以上、私が喚いても仕方のないことでしょう?」
「なるほど。確かに、それはそうだな。それで、あなたが案内人ということで良いのかな?言っておくが、俺にパートナーなど居ないぞ」
「承知しております。我が主もその辺りは理解していますので、お気になさらずとも結構です」
「そうか。ならば良い」
ぶっちゃけ、いたとしても連れてきたくないというのが本音だ。俺の仕事を知っている知人は少ないし、下手な目に遭われたりしたら俺の立つ瀬がない。対処する事ができる実力の持ち主であっても同じ事だ。俺に関する事で迷惑をかけたくない。
「しかし、こうしてかの有名なアーチャー殿に会えるとは思いませんでした。魔族特区にいらっしゃったのですね。おや、どうかされましたか?」
「……随分とまぁ、俺の事を買っているんだな。いくらそれなりに有名であっても、俺の総合戦闘力はあんたら吸血鬼には及ばないだろうに」
「ご謙遜を。三大騎士の一角と呼ばれるあなたの事を侮れる者などいませんよ。人間が誇る三人の決戦兵器と呼ばれるあなた方をね」
三大騎士。それはこの世界に存在する、俺を含めた三人の人間のことだ。生来持っていた異能・或いは武具の力で、魔族にも引けを取らないほどの力を持った人間の事だ。
剣を主武器として用いるセイバー。槍を主武器として用いるランサー。そして遠距離武器を主武器として用いる俺ことアーチャー。この三人が通称として、三大騎士と呼ばれている。
と言っても、それは実力を加味しての事ではない。実力だけで言えば、俺たちよりも強い奴は幾らでも居る。それでも、常軌を逸した力を持ちながらも、どの国家にも帰属しない存在である。だからこそ、俺たちが行動するのは自分たちの信条によってのみ。
そのあり方がまるで騎士のようだったから。決して弱者を救う訳ではないのに。悪と呼ばれる者を討つ訳でもないのに。俺たちは三大騎士などと呼ばれている。だが、そんな呼び名に自分たちが相応しいなどと思った事は、一度もない。
だから、俺たちはそんな名前を喜んで名乗るような事はしない。そんな名前は不釣合いだ。少なくとも、俺は自分の事をそんな高潔な存在であると思った事はない。俺はただの生き汚いだけの弓兵に過ぎないのだから。
「俺はそんな名前で呼ばれるような人間じゃない。俺は騎士と呼ばれるほど、高潔ではないよ」
「人は大きな偉業を成し遂げた者を、理想として扱う物です。そしてあなたはそう扱われるに足る偉業を成し遂げているでしょう?他の方々もまたそうだ」
「止してくれ。俺はその時にするべきだと思った事をしただけだ。そんな高尚な意思なんてどこにもなかったんだ。必要だったから力を付けて、必要だったからその力を使っただけだ」
そう、そこに誰かを助けようとかそんな理想はどこにもなかった。俺はただ俺がしたいと思った事をしただけに過ぎない。力とは手段でしかないという事を、俺はよく知っているのだから。
「あ、見えてきましたよ。あれがパーティー会場になります」
「……あれがヴァトラー所有の豪華客船か。確か名前は……
正直、趣味の悪い名前だと思う。戦王領域は東欧に存在する
「それでは、我が主の下にご案内いたします。ついてきてください」
「分かった。よろしく頼む」
会場に入ると、その場にいた多くの政財界の人間がこちらを注視してきた。しかも、ご丁寧に今までの会話を打ち切って、だ。シンクロしすぎなんだよ。急に静まり返ってんじゃねぇか。
「この階段を上がった先に主がいらっしゃいます。残念ながら、自分はこの後も仕事がありますので、これにて失礼させていただきます」
「分かった。ここまで案内ありがとう」
「いえ、これが私の役割ですので。それでは」
そうしてキラが去っていくのを見た後、俺は階段を上がってデッキに出た。誰の姿も見えないので、不審に思っていると視界の端で何かが光って見えた。その瞬間、俺は直感的に呟いていた。
「
構築する物が即座に脳裏に候補として浮かぶ。剣?相手が何をしたのか分からないのに使えるか。同様の理由で槍も弓もアウト。とするならば、作る物は決まってくる。
「
ギリシャ神話の主神が保有し、処女神であり戦神でもあるアテナに譲られた盾。その防御力は戦いの神が保有するに値する強靭な力を持っている。所詮、幻想でしかないが、この防御はそんじょそこらの攻撃に破れるほど安くはない――――!
何かは分からないが、襲ってきた攻撃を受け止めて霧散させていく。五秒ほど続いたその攻撃は、突如として消えた。俺は
「いきなり攻撃してくるのが戦王領域の貴族のやり方なのか?どうなんだ、ディミトリエ・ヴァトラー」
「もちろん、そんな事はないさ。だけどねぇ、こちらとしても君の実力を知っておきたかったんだよね。なにせ君は噂は有名でも、その実力に関しては不透明なところが多いからね。さて、非礼を詫びましょう。ようこそ、僕の船へ。僕は君を歓迎するよ、アーチャー」
「ふん……中々勝手な事を言ってくれるじゃないか、蛇使い。お前の討伐依頼なんて受けた事はないが、ここで殺したって構わないんだぞ……?」
両手に双剣を出現させ、ヴァトラーを睨み付ける。そんな俺に対して、ヴァトラーは笑みを深めていた。やっぱり戦闘狂という噂は本当だったんだな。
睨み合いは続き、あと数秒もあれば間違いなく戦っていただろう。しかし、
「微妙なタイミングで現れてくれたものだ。まぁ、客人を蔑ろにしてまで続けるような事もない。ここは引くとしよう。構わないね?アーチャー」
「……是非もない。お前が手を引くと言うのなら、俺が続ける意味もない。だがな、忘れるなよ蛇使い。――――二度目はないぞ」
「……ふふっ。確かに承ったよ、アーチャー。こちらも気をつけるとしようじゃないか」
ディミトリエ・ヴァトラーという男を一言で表現するとするなら、快楽主義者というのが挙げられるだろう。ここで戦うのはつまらないから、戦わないというだけでしかないのだ。もし、誰の邪魔も入らずに全力で戦えるのならそのまま戦いは続いていただろう。
「……あまり勝手な事をして貰っては困ります、アーチャー殿」
「勝手な事?一度引き金が引かれたのだ。相当な理由がない限り、止まる事などありえる訳がないだろう。勝手な事をされたくないのなら、きちんと手綱を握っておけ」
「私は政府より彼の監視役兼ボディーガードを命じられています。私の職務に抵触するのなら、戦闘することも吝かではありませんが……?」
「それがどうした。あまり俺を甘く見るなよ、獅子王機関の舞威姫。一度は見逃したが、二度目はない。次に相対した時には俺も全力でもってお前を殺す。政府が何と言おうが、俺には関係のない話だからな」
目の前の相手が、俺に向かって攻撃してきた事は知っている。そしてその気の性質的に見て、獅子王機関の舞威姫であった事も。だが、一度目だから許した。その程度も見逃せないけど狭量ではないつもりだ。
「俺は呼び出されたから来たが、そうでもなきゃこの場であんたを殺しても良い。勘違いするなよ。俺が獅子王機関と事を構えないのは、単純にその意味がないだけだって事をな」