ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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弓兵の誕生

 唐突だが、俺は何も特別な人間ではなかった。

 

 普通に朝起きて、普通に飯を食べて、普通に学校に行って、普通に授業を受けて、普通に友人と遊んで、普通に寝る。そんな現代日本においては当たり前と言っても良い生活を送っていた。

 

 しかし、何の因果かとある朝に目を覚ましてみると、見覚えのない場所に飛ばされていた。ついでに言うとしたら、俺の身体は何故か縮んでいて小学生ぐらいの年頃になっていた。

 

 この世界では吸血鬼や獣人といった存在が普通に存在していた。三人もいる吸血鬼の親玉である真祖やらよく分からない事は多いが、それでもなんとか暮らしている。

 

 俺を育てた男――――衛宮切嗣と名乗る男にどこか既視感を抱きつつも、暮らして来た。切嗣がどんな男か、と訊かれれば俺はこう答えるだろう。――――正義の味方だと。

 

 大衆のために尽くす正義の味方。九のために一を斬り捨てる、汚れ役とでも呼ぶべき存在。子供が憧れるような総てを救う男ではなく、現実的なリアリティ溢れる正義の味方だ。

 

 その男の生き様を隣で見てきた。母親と呼べる者はいない。俺を産んで死んだのか、それとも父親に愛想をつかして俺も友に見捨てたのか。それはまったく分からない。切嗣はそれを俺に教えようとはしなかったし、俺も知りたいとは思わなかった。

 

 だって、知ってもどうしようもなかったから。それよりも父親である切嗣の仕事を手伝う事、支える事の方が俺にとっては大事だった。仕事以外ではうだつの上がらない父親だったが、それでも父親だったのだから。

 

 しかし、切嗣は俺が十二歳になった時に死んだ。元々、身体の具合はそれほど良くはなかった。少なくともいつも元気百倍、みたいな感じではなかった。病弱とそれなりに健康の狭間を行ったり来たりしている男だった。

 

 なんでも、昔にこの世界にはない都市に行った時に身体の半分を置いてきたのだとか。何を言っているのか、さっぱり分からなかったが、切嗣が正義の味方を目指したのはこれが理由であったそうだ。

 

 曰く、一度は死にかけた命なのだから、せめてより多くの人を救う人間になりたい。そう思ったそうだ。分かりそうで俺には分からなかった。

 

 一度死にかけたのなら、自分が楽しいと思う事をすれば良い。何もこんな血生臭い事じゃなくても、多くの人を笑顔にする職業は沢山ある。多くの人を救う職業だってある。それを目指せば良かったのではないか?俺は切嗣にそう言った。

 

 切嗣は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべていた。だが、その後に儚げな表情を浮かべながらそうだね、と言った。

 

 その時の切嗣は、今際の際という言葉がよく似合っていた。死の一歩手前。一秒後には死んでいるのではないか、そう疑いたくなるほどに薄かった。生命力が乏しかった、と言えば良いだろうか?

 

 この瞬間、俺は思った。正義の味方ほどこの世で下らない物は存在しないと。これほどまでに自分を細らせてまで、何の関係もない他人を救う事に何の意味があるだろうか?いや、ない。そんな物は存在しない。

 

「〇〇、僕はね。正義の味方になって多くの者を殺して来たよ。その代わりにその数倍、数十倍の人々を救ってきたんだ。その事には後悔なんてないんだ」

 

「でも、取りこぼして来た命には申し訳なく思ってるんだろ?」

 

「……やっぱり〇〇は聡いね。僕は出来れば皆を救いたかった。それこそ日本の特撮ヒーローみたいにね。でも、現実には明確な悪なんて存在しないんだ。だから、僕はより多くの人々を救うと決めたんだ」

 

 迷わないように。惑わないように。切嗣は大切な物を切り捨ててきた。できるだけ何も持たないようにしてきた。それでも、切嗣は俺を捨てるような事はしてこなかった。

 

「でも、いつの日か分からなくなってしまったんだ。自分が何のためにこんな事をしているのかが、ね。だから僕はたった一人だけ、大切な人を傍に置こうと思ったんだ」

 

「それが、俺なわけ?」

 

「うん……驚いたかい?」

 

「……別に。切嗣と俺は髪の色も眼の色も違うし、ひょっとしたらとは思ってたよ」

 

「そっか……」

 

 自分の血が切嗣と同じ血ではない。覚悟はしていたし、そうなんだろうなとは思っていた。しかし、改めて訊くとそれなりに衝撃はあった。そうは言ってもどうしようもない事も自覚していたし、今はそれが重要ではない事は分かっていた。

 

「〇〇には苦労を掛けたと思うよ。その歳で僕の仕事を傍で見続けた所為か、君と同年代の中では一番成長していると思う。それが良い事か悪い事かはさておいて、ね」

 

「切嗣は俺をちゃんと育ててくれたよ。それだけでも感謝してる」

 

「ありがとう。一応貯金しておいたから大丈夫だとは思うけど、何か問題が起こったらちゃんと知り合いの大人を頼るんだよ?」

 

「急に何なんだよ。そんな今にも死にそうな話題。もうちょっと希望の持てる話題はないのかよ?」

 

「大事な事だからね。僕はこんな仕事だし、いつ死んでもおかしくない。だから、言いたい事は言える時に言っておくべきなんだ。これは僕が培ってきた経験則だけどね」

 

「だからって、らしくないじゃん。いつもはそんな事しないのに……」

 

「珍しく時間が取れたからね。こうして〇〇とゆっくり話せるのもそうなかっただろう?だからだよ」

 

「ふ~ん……なぁ、切嗣。どうだったんだ?正義の味方として生きてみてさ」

 

「う~ん、そうだなぁ……やっぱり誇らしかったんじゃないかな?誰も知らなくても、否定されようと、僕が誰かを助けたっていう事は本当なんだから。だから、その事自体は誇らしいと思うよ。僕は、そう思う」

 

「そっか……切嗣」

 

「なんだい?」

 

 

「俺は正義の味方になんてならない。切嗣の生き様は凄いと思うけれど、俺とは到底相容れないよ」

 

 

「うん、〇〇はそれで良いと思うよ。正義の味方っていうのは、とんでもないエゴイストなんだ。誰かを助けたいという想いがとても綺麗だったから、僕はそれに憧れたんだ。〇〇がそれは違うと思ったら、それが正解なんだよ」

 

「自分の夢を否定されたのに、そんなので良いのかよ?」

 

「良いんだよ。〇〇には〇〇なりの生き方がある。だったら、それを僕が否定することは出来ないよ。僕にとって正しい事が〇〇にとって正しいとは限らないんだから」

 

「相変わらず、よく分かんない考え方してるなぁ……」

 

「今更だろう?」

 

「ちょっとは悪びれろよ」

 

 そうして切嗣は死んでいった。そんないつも通りのやり取りに、俺は何とも言えなかった。そうして切嗣の遺体を弔った後、俺は世界中を渡り歩いた。

 

 三人の真祖が収める領域――――戦王領域・滅びの王朝・混沌界域――――を渡り歩き、北欧やアジアにアフリカ。様々な地域を渡り歩き、いろんな人間と繋がりを持った。その中で俺も切嗣と似たような仕事をする事になった。

 

 と言っても、俺の仕事は護衛の仕事が大半で誰かを率先して殺すとかはしなかった。勿論、必要だったらしたが。切嗣の傍にいた所為か、俺は死生観という物が薄い。

 

 殺す事に後悔はない。生きるという事は殺すという事なのだと、知っていたのだから。だからこそ、誰かを殺す事に躊躇ったりしない。それが誰と知らぬ者であるのなら、当然だと思えていた。

 

 そしてそうやって生きている内に、俺はアーチャーと呼ばれるようになっていた。赤い外套を身に纏う姿ばかりが、有名になって俺自身の名前が広まってはいないのが変わっているが。

 

 そしてそんな俺は今、その仕事用の姿で高神の杜という場所を訪れていた。この場所は世界においても名高い魔導災害や魔導テロを阻止するための情報収集や工作を行っている獅子王機関の下部組織であり、各地から集めた霊能者の素質を持つ子供たちを攻魔師として育成する養成機関でもある。

 

 ちなみに、全寮制の女子校でもあった。

 

 そして、俺は獅子王機関のトップ三人組――――通称、三聖と呼ばれる面々と相対していた。そして懐からとある物品を取り出し、目の前に差し出した。

 

「これが注文の物品だ」

 

「……確かに受け取りました。やはりあなたに頼んで正解でしたね、アーチャー」

 

「天下の獅子王機関からの依頼だからな。それに物品の運搬程度なら、普段の依頼に比べても生易しいし。まぁ、強いて言うなら……」

 

「言うなら、なんじゃ?」

 

女子校(こんな場所)を目的地にしないで欲しかったな。ここに来る途中でやたらと視線を向けられたんだけど……」

 

「まぁ、ここでは同年代の男子というのは珍しいですからね。我慢していただきたいですね」

 

「まぁ、仕事だし我慢はするけどさ。ただ肩が凝るから出来る限り控えて欲しい、と言ったところですかね。さて、俺はここで失礼します」

 

「おや、他にも何かあるのですか?」

 

「他にもお届け物が一つだけ。宛先は……縁堂(えんどう) (ゆかり)って人だな」

 

「縁堂ですか……何を持ってくるか頼まれたのですか?」

 

「さぁ?物品の内容まで把握はしてませんから。変なことに首を突っ込みたい人間じゃないんで。獅子王機関なんて大組織の有名な人間の一人への持ち物なんて、詮索する気はないんですよ」

 

 面倒くさい事になるのは目に見えてるから。面倒くさくなると分かっているのなら、手は出さない。穏便に事を済ませられるなら、穏便に事を済ませる。それが世の中を渡り歩く一番の方法だ。

 

「それじゃあ、俺はこれにて失礼」

 

「ええ、お疲れさまでした」

 

 俺は立ち上がり、その場を去った。我ながら赤いマフラーをその首に巻き、赤い外套を纏うその姿は季節感と全くマッチしていなかった。因みに今現在の季節は夏である。

 

 仕事柄、自分の姿を隠すためにしている格好だ。ちなみに外からの太陽からの熱線などは外套が遮断しているので、暑さなどはまったく感じない。夏にも冬にも使える便利な道具として重宝している。

 

 赤い外套と赤いマフラーがトレードマークの弓兵。裏世界でも有名な男が歩いているとあって、いろんな人間の視線が集中した。その視線を無視しつつ、とある施設を目指して歩き始めた。

 

 そして事前に訊いた場所を目指して進み、とある部屋の前に辿り着いた。そして部屋をノックした。そして入室するように言われて入ると、そこには真っ黒な猫がいた。決して人の姿は見えなかった。それを不思議に思っていると、唐突に猫が喋りだした。

 

「赤い外套と赤いマフラー……そうか、あんたがアーチャーかい」

 

「……あんたが縁堂縁?猫だったのか……いや、式神か」

 

「ほう、見抜いたのかい。あんたには悪いけど、ちょっと仕事中でね。物はその辺に置いておいてもらえるかい?」

 

「了解。それじゃあ、ここに置いとくよ」

 

 物品の入った箱を机の上に置いた。それをおそらく遠隔操作しているんであろう使い魔に確認させた。そして出ようかと思うと、視線を感じた。そしてその方向に視線を向けると、そこには黒髪ロングの美少女がいた。誰かと思っていると、縁堂が話しかけた。

 

「よく来たね、雪菜」

 

「あ、はい、師家様。それで、あの、この方は……?」

 

「あんただって聞いた事ぐらいあるだろう?真祖や数多くの王家や貴族に目を付けられた人間がいるって。それがこいつだよ」

 

「それじゃあ、あなたがアーチャー?真祖殺しを成し遂げた?」

 

「あんまりその称号には名誉を感じてないんだけど。俺は依頼だからやっただけだし」

 

 俺がかつて一度だけ受けた依頼。その事に関しては追々語っていく事になるかも?あんまり語りたくはないんだけれど。俺の微妙そうな表情を見て恐縮、といった表情を浮かべた。

 

「ご、ごめんなさい!私はそんなつもりなくて……」

 

「いや、謝ってもらう必要はないんだけど。これからは控えてくれればそれで良いから。それにしても――――良い剣巫(けんなぎ)だな。あんたの弟子なのか?」

 

「ほう……よく分かったね。確かに雪菜は剣巫だけれど、知ってたのかい?」

 

「いや?そんな無名……というか、候補生の名前まで知ってる訳ないじゃん。単純に心眼を使っただけだよ。舞威姫と剣巫では霊質が異なる。単純に彼女は後者だった、というだけさ」

 

「この時代に心眼を使える奴がいるとはね。凄いじゃないのさ」

 

 心眼とは物事の本質を見る目の事だと教わった。物事だけではなく、人の本質をも見抜くこの目は本来は修行によって会得する物らしい。しかしながら、修行をしても会得できない者の方が多いと聞く。だが、俺はそんな代物が修行をしなくても使えた。

 

「別に。今はどうでも良い事だ。さて、仕事は終わったんだ。俺はここで失礼するよ」

 

「なんだ、少しはのんびりしていけば良いじゃないのさ。茶ぐらい出すよ?――――雪菜が」

 

「わ、私ですか!?」

 

「そんな迷惑をかける訳にはいかないさ。それに明日には本土を起たなきゃいけないんだ。ビジネスホテルでもさっさと見つけて、寝床を確保しないといけないんだよ」

 

「天下のアーチャーは忙しいんだね。それで、どこに行くんだい?」

 

「それをあんたが言うのかよ?今目の前にいないあんたが。それと、俺が態々そんな事を言わなきゃいけない義理があるのか?」

 

「ないね。だから、これは私の勝手な質問さ。なんなら聞き流してくれても良いよ」

 

「ふん……勝手な事だ。俺の次の行き先だって?それはな――――絃神島だよ」

 

「なに?ちょっと待ちな」

 

「嫌だね。俺は忙しいって言っただろ?これ以上、あんたの相手をするなんて御免被る。じゃあな」

 

 そう言い捨てて俺は部屋を出て行った。後ろから何か言っていたような気がするが、その声を無視して高神の杜から出た俺は空港からそれなりの距離にあるビジネスホテルに泊まった。

 

「さてはて、獅子王機関からの使者か。これは騒動の始まりとなるのかな?」

 

 語られるのは第四の真祖と獅子王機関の剣巫、そして赤い弓兵とその他多くによって綴られる物語。どうか皆さま、ご照覧あれ。


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