もしも比企谷八幡が嘘つきだったら   作:くいな9290

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サブタイトルの比企谷八幡率が多すぎますね。
おそらくこの後の3話ほどはなりをひそめると思います。


ep.6 されど比企谷八幡は努力せず

いつの間にかテニスコートの周りには多くのギャラリーが集まっていた。 学校でも一二を争う目立つグループ同士のテニスの試合だ。人目を惹くのは当然だろう。

 

そして、そのギャラリー達から隼人コールと八幡コールが囃し立てるように起こっている。

葉山を見るとそれにに対して困ったような笑顔を浮かべている。俺も適当に手を振ってあしらい、ラケットを構える。

試合は5ゲームマッチ、つまり3ゲーム先取である。

なぜ1セットでしないかと言えば、時間がかかり過ぎるからだ。

 

三浦がニヤリと獰猛な笑みを浮かべてこちらを見る。

そういえば、あいつはテニス部だったな。つまり、手加減はしないぞということだろう。

大丈夫だ、俺は手加減してやる。

 

短い気合いと共に三浦が鋭いサーブを放つ。女子にしては速い方だ。

俺はその球を正確にラケットの中心に捉え、葉山と三浦の中間地点に打ち返す。

決して速い球ではないので、葉山が素早く反応し打ち返してくる。 葉山も初心者にしては十分上手い。

俺は先ほどと同じように適当に打ち続けて危なげなくラリーを続ける。そのうちに三浦がボールをネットにかけた。

 

さて、俺の方はこんな感じでいいとして、問題は由比ヶ浜のレシーブだ。

 

「サーブ返せるか?」

 

「うーん、頑張ってみるね。ヒッキーも頑張ってくれてるし!」

 

「あんまり気負うなよ。リラックスしてな。」

 

「うん、ありがと!」

 

そうは言ったものの、由比ヶ浜は正直あのサーブを返すことはできないだろう。初心者のましてや女子が打ち返せる球ではない。

 

そして、三浦が先ほどと同じようなサーブを由比ヶ浜の足元に叩き込む。

当然、彼女は反応できずに球は後ろのフェンスに突き刺さりこちらへと転がってくる。

 

「あうぅ……。ごめん、ヒッキー。」

 

由比ヶ浜が申し訳なさそうに謝ってくるがこちらとしては想定内だ。

 

「気にすんなよ。次、頑張ろうぜ!」

 

「……うん。」

 

ここで一本俺がミスをして、由比ヶ浜が同じようなミスを2回すれば、競ったような形で1ゲーム目を終わらせることができる。

そう思って、次のレシーブはわざとネットにかける。

これで15-30。

この後由比ヶ浜がミスして、俺が1ポイント目と同じように取り、もう一度由比ヶ浜がミスをした。

そうして作戦は見事に上手く行き、計画通り1ゲーム目は葉山・三浦ペアのものとなった。

 

2ゲーム目。俺のサーブだ。

もちろん、全力サーブを叩き込むようなことはできないので、相手がギリギリ拾える位置にサーブを打つ。

三浦がかろうじてその球を拾うが、その球は俺の目の前に山なりの軌道を描いて落ちてくる。

それ逃さず俺はその球を頂点で捉え打ち返す。もちろん彼らはそれに反応できず俺たちのポイントとなった。

 

「ヒッキーすごっ!テニスもできるんだ。」

 

由比ヶ浜が嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。

 

「たまたまだっつーの。次はどうなるかわからんからちゃんと構えろよ。」

 

「うん!分かった。」

 

さて、こんな感じでこのゲームは取って、グダグダラリーを続けていたら時間は稼げるだろう。

 

****

 

予定通り試合は進み、2ゲーム目を取り3ゲーム目となった。

このゲームは1ゲーム目と同じような展開にしようと思っていたのだが、15-40、つまり由比ヶ浜の2回目のレシーブの時、不測の事態は起きた。

 

「……いったぁ。」

 

由比ヶ浜がかろうじて葉山のサーブを返したまでは良かったのだが、その後三浦が打った足元への球を無理に返そうとしてこけてしまったのだ。

 

「大丈夫か!?」

 

俺は由比ヶ浜に駆け寄り手を差し出す。彼女は俺の手を取りなんとか立ち上がる。

 

「えへへ、大丈夫。」

 

由比ヶ浜が一人で立とうとするが、足に力が入らないのか膝から崩れ落ちる。

 

「大丈夫じゃねぇだろ。海老名!由比ヶ浜を保健室に連れて行ってやってくれ!」

 

「分かった!」

 

由比ヶ浜が続行不可能なのを理解し、すぐに保健室に向かわせる。

 

「結衣、大丈夫?」

 

三浦もネット越しにこちらを心配する。

 

「うん、大丈夫だけど……。試合どうしよう……。」

 

「もう今日はやめておこう。結衣も怪我したしさ。俺たちは手を引いて、戸塚の練習は比企谷たちに任せよう。」

 

葉山が願ってもいない提案をする。俺としてはそれが最善なのだが……。

 

「いや、続けよう。俺一人でする。」

 

由比ヶ浜がすがるような目つきでこちらを見てくる。そんな目で見られて試合やめますなんて言えないだろうが。

 

「はぁ?一人で?」

 

「ああ、やる。由比ヶ浜、心配せずにとっとと治療してこい。」

 

三浦がこいつアホだろみたいな目で見てくるが気にせずに由比ヶ浜に声をかける。

 

「うん、ありがと。ヒッキー。」

 

そうして由比ヶ浜は海老名につられてコートから出て行く。

さて、試合の続きだ。皮肉なことに由比ヶ浜が離脱したことで俺としてはやりやすくなってしまったのだが。

 

だが、今ので俺が勝たねばならないような雰囲気が流れてしまっている。本気、とまではいかないがこの試合は勝たなくてはならない。

 

そう意気込んでラケットを構える。

するとその瞬間、ギャラリーのどよめきが聞こえた。

その方向を見ると、そこには俺が待ちわびた雪ノ下がいた。

でも少し遅すぎるぞ、雪ノ下。

 

俺の恨みがましい目を華麗にかわして雪ノ下は平然な表情で言う。

 

「これは一体何の騒ぎかしら。それと比企谷君。相手はダブルスなのにあなたは一人なの?

それとも組んでくれる人がいなかったのかしら?」

 

「さっき由比ヶ浜が怪我してな。変則ダブルスになったんだよ。だから雪ノ下、俺と組んでくれ。」

 

さっきまでは雪ノ下にあいつらを説き伏せてもらうつもりだったが、さきほどの安っぽいドラマのせいで勝たねばならなくなったので方針を変更する。

それに、雪ノ下はもとよりプレイするつもりだったのかラケットとテニスウェアを装着済みだ。

 

そして、俺の言葉を聞いた雪ノ下は三浦たちをちらっと見た後答える。

 

「そうね、私の部員たちがお世話になったみたいだし、相手してあげましょう。」

 

「ありがとよ。」

 

雪ノ下の了承を得たところで、再び構え直す……が。

 

「そこを退きなさい。私が打つわ。」

 

「は?次は俺のレシーブだぞ?」

 

「もともと正規のルールではないのでしょう?なら先に私が打つまでよ。」

 

俺の返事も聞かずにさっさと雪ノ下は俺の立ち位置を奪う。まぁ、どっちで打とうとも俺は問題ないけど……。

 

「雪ノ下さん、だっけ?悪いけどあーし手加減とかできないから。」

 

やっぱり三浦はご立腹のようだ。身内同士の試合の中に突然他人が入ってきた上にその傍若無人な振る舞いを見て頭にきたようだ。

けれど、雪ノ下は悪びれる様子もなく。

 

「あら、大丈夫よ。私は手加減してあげるから。」

 

「……っ!」

 

三浦が本格的に怒り始め、雪ノ下へ全力のサーブを叩き込む。しかし、雪ノ下はその球に臆することなく小さくテイクバックした後、居合切りのようにラケットを振り抜いた。

そしてその球は直線を描き、二人の間に突き刺さった。

 

へぇ、なかなか上手いじゃねぇか。

 

「お前、テニスできたんだな。」

 

「少なくともあなたよりね。それよりもさっさと構えなさい。」

 

「はいよ。」

 

この調子なら俺が何もしなくても勝てそうだな。

 

その後、3ゲーム目を当然のように雪ノ下が取った後、4ゲーム目に彼女はジャンピングサーブを打ち、サービスエースを一気に2本とった。

 

「そのまま決めてくれよ、雪ノ下。」

 

後2ポイント。相手が彼女のサーブが取れるとは思わないので勝ったも当然だろう。

しかし、次の雪ノ下のサーブは先ほどの面影もなく、放物線を描いて相手のコートに落ちる。

 

「っあ!」

 

三浦の気合と共に鋭いレシーブが雪ノ下の方に返ってくるが、雪ノ下はラケットを支えにして立っているだけで球を返せない。

 

「……決めれたらいいのだけれど、どうやら体力の限界のようね。」

 

雪ノ下は心底悔しそうな表情でそう言った。

こいつ体力なさすぎるだろ。まだ1ゲームくらいしかやってないぞ。

 

「マジかよ。仕方ない、俺がサーブする。」

 

俺は雪ノ下からボールを奪い、サーブを打とうとするが雪ノ下に肩を掴まれる。

 

「待ちなさい。あなた分かっているの?私の代わりにサーブを打つのよ?

それなのにそんなに手を抜いたプレイで私が納得するとでも思っているのかしら。

そろそろ本気を出したらどう?」

 

「……バレてた?」

 

雪ノ下に見抜かれた俺は周りに聞こえないように雪ノ下にささやく。

 

「当然よ。あんな腑抜けたプレイ。見ていて腹が立ったわ。やるなら本気でやりなさい。」

 

そう言い残して雪ノ下は三浦たちの方向を向く。

 

「今からこの男が試合を決めるから黙って見ていなさい。」

 

「「はぁ?」」

 

「……。」

 

雪ノ下の言葉を聞いたギャラリーが喜び、八幡コールがコートに響き渡る。

 

そんなテンションの上がっている周りに対してコートの中の三人は冷めきっていた。

 

「何言ってんの?ハチが上手いのは確かだけど、あんた狙えばすぐ勝てるんだけど?」

 

三浦が不機嫌そうに雪ノ下に呼びかけるが、当の彼女は不敵な笑みを浮かべたまま挑発的に言う。

 

「いいから黙って見ていなさい。」

 

そして雪ノ下は俺に向かって小声で言う。

 

「ここまできたら引き下がれないでしょう?」

 

「はぁ……わかったよ。」

 

俺はため息をついてそう言った。

 

****

 

“お前はなんで大会に出ないんだ?”

 

昔、そう問われたことがある。

 

“クラブで一番強いのはお前なのに、お前は他の奴らが負けるのを見て楽しんでるのか?”

 

そう言われたこともあっただろうか。

 

周りの連中から疎まれ、蔑まれ、嫌われても、俺の答えはいつも同じだった。

 

“俺は勝つために練習しているんじゃない。”

 

“じゃあなんのために?”

 

続けざまにそう聞かれても俺は同じ答えを返す。

 

“人に合わせるためだ。だから、大会に出て勝ったとしてもなんの得にもならない。”

 

と。

 

****

 

柄にもなく昔のことを思い出した。

俺がこうなると決意してから数年間は勉強、スポーツ、話術など人気者になるための技術を習得した。

あの頃は地獄のような日々だと思っていたが、今となってはいい思い出だ。

 

だけど、あの頃の俺もこんな状況に陥るとは思わなかっただろう。

学校の素人相手に本気でプレイすることになるとは。

 

別に雪ノ下の煽りがあったからではない。

怪我をしてまで頑張ってくれた由比ヶ浜やあんなに疲れるまで打ち続けた雪ノ下。

そんな彼女たちから託された球を持った俺が何も感じないほど人格が終わっていないというだけだ。

 

たった2ポイントだ。手を抜いていたのかと聞かれても適当にごまかせばなんとかなる。

 

俺はボールを数回地面につき、息を吐き出しサーブのフォームに入る。

いつの間にかギャラリーたちは静まり返り俺の持っているボールに注目している。

 

俺はトスを高く上げた後、上半身を弓のように反らす。膝を限界まで縮め、トスが最高点に達した瞬間、縮めきった筋肉を一気に伸ばし、高くジャンプする。

腕を振り上げ、自分が到達できる最高点でボールを捉え、思いっきり叩き落とす。

 

フラットサーブ。無回転のサーブで俺が打てる最も速いサーブでもある。

俺の打球は弾丸のように飛び、三浦のコートに突き刺さる。そこにはくっきりとボールの跡が残り、砂煙が上がる。ボールは三浦の後ろのフェンスに当たり、フェンスの網にめり込んだ。

もちろん三浦は一歩も動けないままだった。

 

俺がふぅ、と息を吐き出した瞬間、ギャラリーたちから大きな歓声が上がった。

 

「すげー、今のサーブ見えなかったぞ!」

 

「200キロくらい出てるんじゃねぇか!?」

 

口々にそんな声が聞こえてくる。

200キロも出てるわけねぇだろ。現役の頃でも180後半が限界だったわ。

 

そしてコートの中の雪ノ下と三浦は驚愕の目で俺を見る。

ただ葉山だけが冷めた目で俺を見ていた。

そんな彼らの反応をよそに俺は平然と雪ノ下に声をかける。

 

「お望み通りやったぞ。後1ポイントだ。さっさと決める。」

 

「え、ええ。」

 

そして俺は再びサーブの構えに入る。レシーブは葉山だ。

こいつにさっきのフラットサーブを見られたのはまずかったな。初見ならいくらあいつでも反応できなかったと思うが、2回目なら返してくるだろう。

あいつはそれができる人間だ。

 

俺の思った通り、葉山はベースラインより後ろに下がり、俺のサーブを待っている。

 

フラットサーブに対するその判断は正解だ。距離が長くなれば遅くなるのは自明の理なのだから。

 

けれど、俺に対するその判断は不正解だ。

 

俺はさっきと同じフォームでモーションに入る。

トスを上げて上半身を弓のように反らす。膝を限界まで縮める……が俺はトスが最高点に達するのを待つことなくラケットを振り下ろした。

 

クイックサーブ。トスが落ちてくるのを打つのではなく、上がっていくところを打ち、レシーバーのタイミングをずらすサーブだ。

もちろんフラットサーブとは比べ物にならないほど遅いが、さっきのそれを見た葉山に対しては虚をつく一打である。

 

しかし、葉山は意表を突かれたにも関わらず、素早く反応して全力で前に走りなんとか球を返す。

反応速度速すぎだろ。二刀流使えるぞ、お前。

 

そんなことを考えながら俺はラケットを振りかぶる。ちらりと葉山を見ると、これまで冷静を保っていた彼がついに驚きの表情で俺を見ていた。

 

それも当然だろう。あいつがなんとか返したレシーブの落下点に既に俺がいて、スマッシュの体勢に入っているのだから。

 

信じてたぞ、葉山。お前なら返せるってな。

 

葉山が俺のサーブを返すことを信じて、俺はサーブを打った瞬間に前に走り出していたのだ。

 

そして、俺は構えることもできない無防備な葉山に向かってスマッシュを放つ。

その球は葉山のすぐ横を通り、誰も取ることができないまま2回バウンドした。

 

「げ、ゲーム。比企谷・雪ノ下ペア!」

 

戸塚が試合終了のコールをした瞬間にギャラリーが大きな歓声を上げ、八幡コールが響き渡った。

 

俺が手を振って適当に反応していると、雪ノ下がこちらに歩いてくる。体力はだいぶ回復したようだ。

 

「ずいぶん人気ね。」

 

「ははは、ありがとう。」

 

「………。」

 

雪ノ下は俺の態度が気に食わないのか、ちろっと睨んだ後、ネット方へ歩き出す。

俺も慌てて彼女について行く。

 

ネットの向こう側では葉山が俺を見て手を差し出していた。俺もそれに応じて握手する。

すると、葉山が小声で俺に言う。

 

「テニスできないっていうのも嘘だったとは思わなかったよ。」

 

「できないとは言ってないからな。」

 

「それもそうだね。まぁいい試合ができて良かったよ。」

 

「そうだな。試合お疲れ様。」

 

俺が葉山と握手しながら会話していると葉山の隣から三浦が声をかけてくる。

 

「ハチ、次テニスするときは最初から手加減抜きだかんね。」

 

「了解。」

 

意外と三浦は俺が手を抜いていたことを怒っていないようだ。いや、怒りの矛先が雪ノ下に向いているからか。

見ると、三浦は雪ノ下に遠慮することなく全力で睨みつけていた。雪ノ下はそんなことを意に介さずに無表情を保っている。

それがさらに癪にさわるのか、三浦の怒りはますますヒートアップしていく。

 

そんな彼女たちの姿を見て、葉山と俺は苦笑いしかできなかった。

 

****

 

「うっす。」

 

その放課後、俺は数日ぶりに部室に赴いた。数日ぶり、と言うのはずっと戸塚の練習に付きっ切りでここに来ることがなかったからだ。今日は昼休み大変だったから戸塚が練習をなしにしたのだ。

 

それにしても、たいした期間でもないのにどこか久しく感じるのはなぜだろうか。

 

「こんにちは。」

 

この雪ノ下のそっけない返事も懐かしく感じてしまう時がいつか来てしまうのだろうか。いや、来ないと信じたいものだ。

 

俺は定位置の椅子に向かいながら彼女に話しかける。

 

「由比ヶ浜は病院に行った。重症ってほどでもないけど念のためだそうだ。」

 

「そう。」

 

俺の報告にも雪ノ下は冷たい態度を取り続ける。

あー、これは機嫌が悪いやつだな。こいつと会ってからまだ二週間程度だがそれくらいは分かるようになった。

 

触らぬ神に祟りなし。俺は黙って文庫本を広げた。

……が、1ページも読まない内に雪ノ下が話しかけてくる。

 

「ねぇ、比企谷君。」

 

「なんだよ。」

 

「あなた、初めてここに来た時に言っていたわね。素の時には嘘はつかないって。」

 

「少し違うぞ。正直に話すってだけだ。」

 

突然どうしたのだろうか。話の意図が全く見えない。

 

「どちらでもいいわ。けれど、進んで嘘はつかないと言うことでしょう?

なら、どうしてこの前嘘をついたのかしら?」

 

「……嘘をついたつもりはないぞ。」

 

実際、俺には全く身に覚えがない。しかし雪ノ下は俺が戸惑っているのも気にせずに問い詰めてくる。

 

「とぼけるのはよしなさい。この前言ってたじゃない、努力はしないって。

なら、どうしてテニスが私よりも上手いのかしら?努力せずにあのレベルだとでも言いたいの?」

 

ああ、そのことか。

なら俺は嘘をついていない。実際、努力なぞしていないのだから。

きっと彼女は悔しかったのだろう。努力していないなんて言っている男に技術で負けたことが。

 

「嘘じゃねぇ。努力なんてしてねぇよ。」

 

「なら、どうして?」

 

彼女の続けざまの質問に俺は少し考えてから答える。

 

「そもそも努力ってのは自らを高めるために行うものだ。お前だって周囲に屈しないために努力したんだろ?」

 

「そうよ。」

 

何を今更、といった表情で彼女が返事をする。

 

「俺がやったのはな、周囲に合わせるためだ。人気者になるために、周囲から好かれるために、自分の居心地の良いところを作るためにやったんだ。

そんなのは努力とは呼ばない。ただのーー」

 

そうだ。努力なんて高尚なものじゃない。

試合に勝つためでも、強くなるためでもなく、周囲に合わせるために行うもの、それはーー。

 

「保身だ。」

 

俺の言葉を聞いて雪ノ下は俺を心底気に入らないのか、侮蔑の視線を送ってくる。

 

「……あなたとはとことん相容れないわね。どうしても努力とは呼ばないつもり?」

 

彼女の質問に俺は間髪入れずに返答する。

 

「実際そうだからな。」

 

「……そう。」

 

その日、彼女と俺が会話することはもうなかった。

 

 




やっと1巻が終わりました。

チェーンメール編はカットする予定です。この八幡なら問題が起こる前にどうにかしそうですし。

ここで読んでいただいている方に質問があります。
このシリーズをどこまで続けるかなのですが。
6巻までやるか9巻までやるかどちらがいいでしょうか?

もしよろしければコメントしていただけると幸いです。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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