体育でテニスを選択した俺たちは五人でローテーションしながら打っていた。
「おーい、戸部。次交代だぞ!」
俺が声をかけると、ベンチに座っていた戸部は慌てて立ち上がる。
「わりー、今行く!」
そして、ラケットを手にこちらに走ってきた。
「つーか、隼人君とハチだけレベル違うわー。なんつーか、次元が違うみたいな?」
「それ、同じ意味だぞ?それよりも、ほらよ。」
相変わらず要領の得ない戸部の言葉を適当にあしらい、テニスボールを投げ渡す。
「おお、サンキュー。それじゃ、行くべ!」
パコーン、と小気味良い音で戸部の打った球が飛んでいく。それを葉山がきっちり構えて打ち返す。
そのようにして、ボールが山形の軌道を描きながらコートを行き交う。
俺は元来テニスが嫌いではない。
一人でコートに立って、一人でプレーする。人に頼ることも頼られることもないあの感覚は中々あじわえないものだ。
けれど、体育の授業でのテニスはなんてつまらないのだろう。
テニスが友達(笑)と仲良くぽんぽんとボールを飛ばすだけの競技に成り果てる。思いっきりできないのも難点だ。
「次、サーブいくぞー。」
しかし、そんなことを考えている俺を他所に葉山が心底楽しそうにラケットを振る。
もちろん、俺も考えを表に出すこともなく、面白いもの見ているような表情でそれを眺める。
「すげー!今の球曲がったくね?魔球じゃん。まじぱないわ。」
あー、うん。スライスかかっただけだよね、すごいね。
「いや、打球が偶然スライスしただけだよ。悪い、ミスった。」
いや、今の明らかに狙って手首返してたよね?さらっと嘘つくよな、こいつも。
そんな馬鹿馬鹿しくも微笑ましい光景を見ていると、突然隣から声をかけられる。
「ねぇ、比企谷君。」
声をかけてきたのは戸塚彩加。女子の間では王子様なんて呼ばれている中性的な顔立ちをした男子だ。
彼と話したことはあんまりなかったはずだが。
「どうした、戸塚。何か用か?」
「えっと、今暇かなって。」
「ああ、暇だ。じゃあ俺と打つか?」
俺は戸塚の表情を見て、用件を察する。
ローテーションしているが、少しくらい抜けても大丈夫だろう。元々四人でぴったりだしな。
「いいの?」
「ああ、構わないぞ。おーい、ちょっと俺抜けるわ!」
コートにいる四人に聞こえるように大きな声で呼びかける。
「オッケー。」
「りょーかい!」
首尾の良い返事が返ってきたところで、俺は戸塚の方に向き直る。
「それじゃ、やるか。」
「うん!」
そして、俺たちは別のコートで打ち始める。
ふむ。確か戸塚はテニス部だったな。
初心者よりかは上手いと思うが、いささか体力面に問題があると言わざるをえないな。
五分ほど打ち合ってそんなに息を上げているようであれば、一セットマッチするだけの体力としては心もとない。
「戸塚!そろそろ休憩しようぜ。」
そんな考察をしながら戸塚に声をかける。あまり無理させてもいけないし、俺を誘った理由も聞かなくてはいけない。
「ごめんね。僕体力ないんだ。」
戸塚がこちらのコートに歩いてきて、申し訳なさそうな表情をする。
そんな戸塚に、俺は爽やかな笑顔を浮かべて言った。
「気にすんなよ。とりあえず座るか。」
「ありがとう、比企谷君。」
俺がベンチに座ると、戸塚が隣に座ってくる。
「比企谷君凄いね。全然息上がってないや。」
「いや、戸塚が俺の打ちやすいところに打ってくれたしな。あまり動かなくてすんだからだ。」
「そう……かな。お世辞でも嬉しいや。それにしても、比企谷君はテニス上手いね。
なんていうか、僕がどんな球を打っても帰って来る球は全部一緒なんだよ。速さも回転もすっごく安定してる。」
戸塚がキラキラした目で俺を見つめる。
あー、これはいつものパターンだな。
「それで、相談なんだけど。テニス部に入ってくれないかな?うちのテニス部員が少なくて、比企谷君が入ってくれるならみんなの刺激にもなるだろうし……。」
入部のお誘いに俺は考えることもなくいつもの返答をする。
「誘ってくれるのは凄く嬉しいんだけど、部活には入らないことにしてるんだ。」
俺が部活に誘われるのは珍しいことじゃない。
葉山たちからサッカー部に誘われるように、他の部活からも誘われることもざらだ。
だが、一度として部活に入ろうと自ら思ったことはない。
どこかの部活に肩入れして、今の環境を壊してしまう可能性もあるし、何より面倒くさい。
まぁ、平塚先生のせいで奉仕部なんてものに入れられたのだが。
「……そっか。忙しいもんね。」
俺の答えを聞いて、戸塚は悲しそうな表情を浮かべる。
「ごめんな。でも、俺に手伝えることがあるならなんでも言ってくれ。できる限りのことはする。」
俺がそう言うと戸塚は少し嬉しそうな表情になる。
「うん、ありがとう。比企谷君は優しいね。じゃあもう一回打ってくれないかな?」
「オーケー、お安い御用だ。」
俺はラケットを握りなおして立ち上がった。
****
「ーーということがあったんだ。」
まだ由比ヶ浜が来ていない部室で雪ノ下に今日の体育の話をする。
「それで、私にその話をしてどうするつもりかしら?心変わりしてテニス部に入るとでも?」
「いや、テニス部に入るつもりはねぇよ。ただ、強くなりたいって言う戸塚の願いに対してお前はどうするのかと聞きたいだけだ。」
俺と正反対のこいつなら一体どのような解を出すのか興味がある。予想は大体ついているけどな。
ちなみに俺の場合だと良いコーチを呼ぶか、部活を辞めて外のクラブに入るかだ。
他人がやる気を出すことに期待などしない。
そして、俺の問いに雪ノ下は少し考えた後答える。
「全員死ぬまで走らせてから死ぬまで素振り、死ぬまで練習、かしら。」
やっぱり答えが予想通り過ぎた。こいつ絶対に友情・努力・勝利とか好きそうだな。
あ、友情は違うか。友達いないみたいだし。
「お得意の努力ってやつか?」
「そうね、努力すれば上手くなる。間違ってはいないと思うけれど。」
「ああ、間違ってねぇよ。正論だ。まぁ俺は努力なんてしたくないけどな。」
「あら、あなたなら才能がないからーなどと言うと思ったわ。」
「才能がなくても練習すれば一定の結果は出せるんだよ。世界チャンピオンを目指すとかなら話は別だけどな。
エジソンも言ってただろ、99%の努力と1%のひらめきだって。」
「あれは1%のひらめきがなければ努力は無駄っていう意味よ?」
「知ってる。でも、天才になれなくても99%の努力さえすれば秀才くらいにはなれるだろ。」
「また屁理屈ね。あなたはそんなに駄々をこねるのが好きなの?」
「どうだかな。さて、そろそろ由比ヶ浜が来るはずだが。」
雪ノ下の言葉をあしらい、ちらりと時計を見て彼女の到着を予想する。
ちなみに由比ヶ浜の入部は許可された。平塚先生も部員が増えることを望んでいたようだ。
それと、由比ヶ浜がいる場所では嘘をついても良いという許可ももらった。
なんで一々許可を取らなくてはならないのだろうか。
そんなことを考えていると部室のドアが開いた。
「やっはろー!遅れてごめん。ってヒッキー、どうして先に行くし!?」
相変わらず元気だな、こいつは。
さて、俺もいつもの比企谷八幡に戻さないとな。
「いや、お前三浦達に入部したこと言ってないだろ?そこで俺と一緒に行くのも変だと思ってな。
それで、あいつらにちゃんと話したのか?」
俺の問いかけに由比ヶ浜ががっくりと肩を落とす。
「ううー、まだ話してない。話しづらいんだよー。」
「はぁ。仕方ねぇ、今度一緒に話してやるよ。」
すると先ほどの表情から一変、俺の顔を見て嬉しそう表情になる。
本当にこいつは喜怒哀楽が激しい奴だ。だから見ていて楽しいのだが。
「マジで!?ありがと、ヒッキー!」
「気にすんな。それで、由比ヶ浜。後ろにいるのは誰だ?」
さっきからチラチラと由比ヶ浜の後ろに人が立っているのが見える。顔が見えないので誰かは判別できない。
「あ!そうそう。あたしも部員として依頼人を連れて来ました!」
由比ヶ浜がわきに退いて、依頼人とやらの顔が見える。
……ふむ、これは少しまずいかもな。
「えっと、由比ヶ浜さんに連れられてきました戸塚彩加って言います。」
「よう、戸塚。」
とりあえず俺はいつも通り戸塚に接することにする。
「あれ?比企谷君って奉仕部の部員なの?」
「ああ、色々あってな。」
すると戸塚は不思議そうな表情になる。
「でもお昼に部活には入らないことにしてるって言ってたよね?」
あー、覚えてたか。さて、どう取り繕うか。
「この部活は兼部ができないんだよ。そのことを伝えようと思っても奉仕部って知らないだろ?だからあんな言い方になったんだ、悪い。」
俺の言い訳だらけの言葉を聞いた雪ノ下から凍りつきそうな視線を感じる。
しかし、戸塚はそれに気づかないようで胸の前で両手を振ってこう言った。
「ううん、気にしないで。そういう理由なら仕方ないよね。」
良かった、戸塚が疑うことを知らないくて。
「それで、今日はなんでここに?」
そう言いながらここまで沈黙を保っている雪ノ下に目を向ける。
彼女は黙って戸塚を見つめていた。依頼内容を言うまでは沈黙を続ける気なのだろうか。
「えっと、由比ヶ浜さんからここに来ればテニスを強くしてくれるって言われたんだけど……。」
あー、由比ヶ浜にそそのかされて来たんだな。その言い方なら雪ノ下は納得しないだろうに。
そして、雪ノ下が口を開く。
「由比ヶ浜さんがどう言ったかは知らないけれど、奉仕部は便利屋ではないわ。あなたの手伝いをして自立を促すだけ。強くなるもならないもあなた次第よ。」
「そう……なんだ。」
落胆したようにしょんぼりと肩を下げる戸塚。
そんな彼をよそに雪ノ下は由比ヶ浜をちろっと睨む。
「へ?何?」
「何、ではないわ。あなたの無責任な発言で一人の少年の淡い希望が打ち砕かれたのよ。」
雪ノ下の冷たい視線を由比ヶ浜は平然と受け止める。
「でもゆきのんとヒッキーならなんとかなるでしょ?」
こいつ、中々雪ノ下の扱い方を分かってるな。
そんな挑発したような言い方なら……。
「ふぅん、あなたも言うようになったわね、由比ヶ浜さん。そこの男はともかく私を試すような発言をするなんて。」
雪ノ下がニヤリと笑う。……まぁそうなるとは思ったよ。
売られたケンカは全部買い、全部叩き潰すみたいなやつだからな。こいつは。
そして俺は収集がつかなそうなので話をまとめる。
「と、とりあえず奉仕部として戸塚の技術向上を手伝うってことで良いか?」
「ええ、構わないわ。戸塚君、あなたの依頼を受けるわ。」
「はい、お願いします。きっと僕が上手くなればみんなも頑張ってくれると思うし。」
戸塚が自分に言い聞かせるようにその決意を口にする。
残念だがそれは幻想だ。集団の中で一人だけ傑出した者がいれば他の全員がそれを排斥する。
集団とはそういうものなのだ。だから、才能ある者はそれを隠し周囲に溶け込むことが必要となる。
それをせずに周りを叩き潰したのが雪ノ下なのだが。
もちろん俺は彼の決意を踏みにじるようなことは言わずに彼に声をかける。
「よし、なら頑張るか!戸塚!」
「うん!」
****
戸塚の依頼から数日後。
「1………2………3……もうだめぇ。」
由比ヶ浜が腕立て伏せの体制から地面に崩れ落ちる。
その隣では戸塚が同じように地面に寝そべっている。
現在、戸塚のテニス技術向上に向けて練習中だ。
雪ノ下が筋力をつけるために腕立て伏せを戸塚にやらせているのだ。やれば痩せるという文句を聞いて、なぜか由比ヶ浜も参加しているが。
「十回くらいは頑張ろうぜ、二人とも。」
「というか、ヒッキー凄すぎ。片手で腕立て伏せとかフツーできないよ?」
「そうね、服の上からはそんなに筋肉があるようには思えなかったけれど。」
「まぁ、普段から結構やってるからな。よし、200っと。」
ちなみに普段は背中の上に小町を乗せてやっている。
だから何も乗せてないとむしろ違和感があるのだが、雪ノ下に乗ってくれとは口が裂けても言えない。
「さて、次は何だ?腹筋か?」
「い、いえ。次はボールを投げるから戸塚君に打ってもらうわ。」
「了解。なら俺がボール投げるわ。戸塚、そっちのコートで構えといてくれ。」
「うん、分かった。」
戸塚がネットの向こうに小走りで向かう。その間に雪ノ下が声をかけてくる。
「比企谷君、どうしてあんなに運動したのに息が上がってないの?」
「言っただろ?普段からやってるって。」
「腕立て200で息が上がらなくなる普段を私は知りたいわ。
それじゃあ、この男が左右にボールを投げるから打ち返しなさい。」
雪ノ下が呆れたように呟いたあと、戸塚に声をかける。
「じゃあ行くぞ!」
そう言って俺もボールを投げ始める。
しかし、10球ほど投げたあたりで戸塚の動きが見るからに悪くなる。ステップはできているから、やはり基礎体力が問題のようだ。
そんなことを考えながらボールを投げていると雪ノ下から指令が下る。
「比企谷君、もっも厳しいところに。」
「はいよ。」
雪ノ下の鬼の命令に忠実に従い、よりコーナーに向かって投げる。
するとすぐに戸塚の足が回らなくなり、最後には足がもつれてこけてしまった。
やばい、やりすぎた。
「戸塚!大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。ごめんね、心配させちゃって。」
「怪我はしてないか?」
「ちょっと足を擦りむいちゃった。」
見ると戸塚の膝に血がにじんでいる。
「雪ノ下、どうする?」
雪ノ下にそう問いかけると、彼女は小さくため息をついて言った。
「まだやるつもりなの?」
「うん、みんな付き合ってくれるから、もう少し頑張りたい。」
「………そ。じゃあ、比企谷君。後は頼むわね。」
そう言い残して雪ノ下はコートから出て行った。
「呆れられちゃったかな……。いつまでたっても上手くならないし、腕立て伏せ五回しかできないし。」
それを見送った戸塚ががくりと肩を落としてそう呟いた。
まぁ、それはないだろう。あいつが努力してるやつを見捨てることはしないはずだ。
「それはないと思うよ。ゆきのん、頼ってくる人を見捨てたりしないもん。」
由比ヶ浜が俺の気持ちを代弁する。
「そう……かな。」
「うん!だから、ゆきのんが帰ってくるまでもうちょっと頑張ろう!」
「分かった!」
由比ヶ浜が何も言わずにボールのカゴの前に立ち俺と交代する。
じゃあ俺は見物させてもらうとするか。
しかし五分後。
「飽きたーー。ヒッキー代わって!」
由比ヶ浜はすぐに球出しに飽きたようでボールを持った両手を広げて不満を表す。
全く戸塚は不平も何も言っていないというのに……。
「仕方ねぇな。」
由比ヶ浜のボールを受け取ろうと近づくと、戸塚が突然小さく声を上げた。
「……あ。」
「どうした戸塚?」
戸塚の視線の先を見ると、そこには三浦や葉山たちがこちらへ向かってきていた。
「あ、テニスしてんじゃん、テニス!」
隣にいた海老名がこちらの存在に気付いたようで。
「あ、比企谷君と結衣達だ。」
「ハチと結衣もいるじゃん。あーしらもここで遊んでいい?」
面倒くせぇ。
どう対処すべきか。邪険には扱えんし、かといって参加させるのも戸塚の練習の邪魔になる。
なんで三浦達が来るんだよ……。
「悪いな、三浦。俺たち遊んでるんじゃなくて戸塚の練習に付き合ってるんだ。テニスはまたスポッチャとかでやろうぜ。」
「なになに、奉仕部の活動ってやつなの?あーしも手伝うよ?結衣も手伝ってるんでしょ?」
「いや、えっもあたしは部……員で……。」
そうか、まだ三浦達には入部の旨を伝えてなかった。
ちくしょう、雪ノ下が戻って来てくれればあいつに丸投げできるのに……。
「手伝ってくれるのはありがたいんだが、戸塚に聞いてみないとな。」
これが秘技・他人に丸投げである。
突然話を振られた戸塚は動揺した様子で言う。
「え?えっと、僕は比企谷君達に手伝ってもらってるんだけど……。」
「え?何?聞こえないんだけど。」
葉山も三浦の好きにさせてるみたいだし、三浦も引き退る気はないみたいだな。
なら譲歩案を出すか。三浦がテニスできて、かつ戸塚にデメリットが起こらない方法。
「じゃあこうしよう。男女混合ダブルスで俺たちと三浦達で試合する。女子のシングルスだとこちらが不利すぎるからな。それで、勝った方が今後の戸塚の練習に付き合う。どうだ?」
三浦ではなく葉山の目を見ながらそう言う。
三浦も葉山が納得すれば了解するだろう。
「うん、それでいいよ。お互い楽しめるしね。」
こっちは全然楽しくないけどな。
心の中で葉山に悪態を吐く。こいつ俺のこと嫌いすぎるだろ。こっちが困ってるの分かってて何も言わないじゃねぇか。
「こっちは俺と優美子でいいとして、そっちは比企谷と……姫菜か?」
「オッケー。私はいいよ。」
海老名か、まぁ問題ないだろう。
由比ヶ浜はあんまり運動得意じゃないしな。
けれど、俺の考えを裏切って由比ヶ浜が口を開く。
「あたしが出るよ!」
由比ヶ浜が高らかにそう宣言したが、俺は由比ヶ浜に耳打ちする。
「おい、下手に三浦に敵対するなよ。それにお前テニス得意じゃないだろ?」
三浦は俺たちのグループの女王様であり、由比ヶ浜や海老名がそれに逆らうことはほとんどない。
だから、今回は葉山が指名した海老名が出るのが一番手っ取り早いのだ。
しかし、由比ヶ浜の決意は固いようで、真剣な表情になる。
「大丈夫だよ、ヒッキー。あたしも奉仕部なんだから。」
そう言った後、彼女は向き直り三浦に呼びかける。
「ごめんね、優美子。今まで黙ってたけど、あたしも奉仕部に入ったんだ。だから、ヒッキーの味方をさせてもらうね?
これからももしかしたらこんなことがあって、優美子達と一緒にはいられない時があるかもだけど、それでも友達でいられるかな?」
彼女の切実な訴えに三浦も少し面食らったようで返事するまでに時間がかかる。
「……ふ、ふーん、奉仕部に入ったんだ。ま、いいんじゃない。……あ!ちょっとこっち来て。」
「う、うん。」
少し不満げに話していた三浦だが、突然思いついたような表情になり、由比ヶ浜を呼び寄せる。
そして、何か隠し話をした後に、由比ヶ浜の背中を強く押す。
「頑張りなよ、結衣!」
こちらに戻ってきた由比ヶ浜は心なしか顔が赤いように見える。
あー、なるほど。そういう話か。
もちろん何の話などと聞くような無粋な真似はしない。
「さて、初心者が多いみたいだし、ルールはあまり厳密じゃなくてもいいよな?」
さっさと始めようと思い葉山に確認を取る。
「ああ、それでいい。戸塚、悪いけど審判してもらってもいいかな?」
「う、うん。いいよ。」
戸塚が試合の準備をしている間に俺は由比ヶ浜に確認を取る。
「テニス、やったことあるか?」
「えへへ、実は全然なんだ。」
「……はぁ。やっぱりか。ならお前は前に立ってろ。後ろで俺が打つわ。」
「ヒッキーに任せっきりになっちゃうと思うけどいいの?」
「大丈夫だ。それに、今は戸塚の依頼を達成することが優先だからな。頑張るぞ!」
「う、うん!」
そして俺はくるりと由比ヶ浜に背を向けて、自分の配置に向かう。
まぁ、これくらい言っておけばあいつも前に立ってることに異存はないだろう。
それよりも、この試合をどうするかだ。
ぶっちゃけると勝つことは容易だ。
クラスで人気者になるために、体育でやるスポーツは大抵修めている俺にとって、由比ヶ浜がペアでもあいつらを瞬殺することは簡単だ。
けれど、それをやってはいけない。そんなことをすれば他の奴らに悪印象を与えるのは自明の理だ。
傑出した者は排斥される。
俺は大は小を兼ねるという言葉を信じて、誰にも負けないように練習したが、それを見せつけてしまっては練習した意味がない。
なぜなら、俺は周りに合わせるために上手くなったのだから。
ならば、負けるわけでも勝つわけでもなく、だらだらと試合を引き延ばして、雪ノ下の到着を待つのが一番だろう。
所属するグループが相手なので俺や由比ヶ浜は強く出られないのに対し、雪ノ下なら気にせずにあいつらを排除できるだろう。
方針が決まったのとほとんど同時に、戸塚が審判台に座ってコールする。
「ゲームスタート!」
さぁ、持久戦の始まりだ。
戸塚編が思った以上に長くなってしまい二話に分けることにしました。
後、これから木曜日が忙しくなってしまったので、投稿は毎週土曜日に変更させていただきます。
ここまで読んでいただきありがとうございました。