もしも比企谷八幡が嘘つきだったら   作:くいな9290

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ほぼ一年ぶりの投稿です。
もはや覚えていてくれている方がいらっしゃるのかどうか……。

久しぶりに書いたので何かおかしいところがあればご指摘お願いします!



ep.16 やはり雪ノ下雪乃はそう宣言する

「おつかれさん。

お前の体力じゃ結構きつかっただろ。」

 

言って木陰で休んでいた雪ノ下にペットボトルの水を差し出す。

珍しく嫌味ひとつ言わずに受け取るところを見ると本当に疲れているのだろう。

かく言う自分も疲れていないわけではないので、そのまま木に寄りかかる。

 

「あなたは参加しなくていいの?」

 

ペットボトルの蓋を閉めながら雪ノ下が問うてくる。

 

「葉山に押し付けてきた。

俺も小学生のハイテンションについていくのは疲れた。」

 

言いながら、少し先にある野外キッチンで騒いでいる小学生達を眺める。

 

「その点、あいつは本当に楽しんで接してるからな。」

 

葉山が小学生に向けている笑顔はどこかの誰かとは違い本心からの笑顔だ。

 

「そうね。」

 

返事を期待したわけでもないぼやきに近い俺の言葉に雪ノ下が短く答える。

 

「ずっとーーー戸塚の一件の時から気になっていたんだが、お前って葉山と面識あるのか?」

 

葉山を見るときの雪ノ下の表情や仕草にずっと違和感を覚えていた俺はついそんな質問をしてしまう。

先ほどの俺のつぶやきに反応したということだけで答えは分かり切っていたのに。

 

「ええ、同じ学校だもの。」

 

簡素な答えではあったが、そこには強い拒絶の色があった。

これ以上は踏み込まないで欲しい、聞かないで欲しいという感情が。

 

「そうか、そりゃそうだよな。」

 

彼女に合わせて俺もその話題を打ち切る。

 

「ねぇ、私も一つ聞いてもいいかしら。」

 

不意に彼女が話しかけてくる。

 

「なんだ?」

 

「あなた、ここに来たことがあるの?

オリエンテーションの時、随分淀みなく歩いていたように思えたけれど。」

 

俺はその質問に声を詰まらせる。

普段ならはぐらかしていたあろう質問だが、先ほどの俺の不躾な問いで彼女の地雷を踏み抜いてしまった償いと思い、正直に答える。

 

「まぁな。

もちろん小町も同じ学校だったからここに来たことあるぞ。」

 

俺の返答に彼女は小さく頷いただけで、それ以上会話は続かない。

そして、聞こえてくるのは遠くで子供達が騒いでいる音と時折木々の間を吹き抜ける風の音だけになった。

 

ーーーもっと視線は低かった。

その分視界も狭くて何も見えていなかった。

 

 

目を閉じ、再び開くと視界は淡いセピア色に染まり、自分の視線が低くなっている。

思い出すのは、世界の汚濁も理不尽も虚妄も知らなかった懐かしくも愚かしい日々。

 

視界の中には一人の少女と一人の少年。

彼らの周りには誰もおらず、二人だけで楽しそうに笑いあっている。

まるで、二人だけで世界が完結しているかのように。

それが完成された世界かのように。

もっとも、そう思っていたのはあの少年だけだったのかもしれないがーーー。

 

 

「……ッキー?ヒッキー!?」

 

自分の名を呼ぶ声で我に帰る。

景色は鮮やかに彩られ、目の前にはさっきまでいなかった由比ヶ浜が立っている。

 

「大丈夫?ボーッとしてたみたいだけど。」

 

「放っておきなさい、由比ヶ浜さん。

彼は自分の人生の無意味さを嘆いていたのよ。」

 

由比ヶ浜の心配そうな質問になぜか雪ノ下が辛辣な言葉で返している。主に俺を罵倒するために。

 

「……なんでこの状況でそんな深刻なことを悩まなくちゃならねぇんだよ。

で、どした?」

 

ため息まじりに雪ノ下の暴言を流し、由比ヶ浜がわざわざこっちまで来た理由を尋ねる。

確か、さっきまでは小学生たちと一緒にカレー作ってたはずだが。

 

「ううん、ただちょっとヒッキーたちが見えたから来たの。

なんの話してたの?」

 

「別になんでもねぇよ。

そもそも会話すら起こらなかったまである。」

 

「そうね。

この男と会話するエネルギーが勿体無いわ。」

 

それは悪かったですね、雪ノ下さん。

非難がましい目を彼女に向ける。

もっとも、それに気づいた彼女は涼やかな顔で受け流すのだが。

 

「あはは、相変わらず仲良いね。二人とも。」

 

そんな俺たちを見て何を思ったか、由比ヶ浜が慈しむような笑みを浮かべて言う。

 

「どこがだよ。」

 

「冗談でもやめてちょうだい、由比ヶ浜さん。」

 

もちろん、雪ノ下も俺もそれを真っ向から否定する。

ーーなんかいつものパターンになってる気がする……。

 

「で、そっちはどうだ?

葉山に任せきりになってるが、何か問題があれば行くぞ。」

 

こんなとりとめのない会話をしていても無意味だと思い、由比ヶ浜の背後の野外キッチンを眺めながら話題を変える。

 

「うーん、多分大丈夫だと思うよ。

でも、あたしも一緒に作ろうとしたらなぜか止められちゃった。」

 

葉山ナイス!

由比ヶ浜に作らせたら楽しい林間学校が地獄に変貌してしまう。

 

そう思ったのは俺だけではないようで、雪ノ下もどこかホッとしたような顔をしている。

 

「何で二人とも嬉しそうなの!?」

 

そんな雰囲気を敏感に察した由比ヶ浜が腕をブンブン振って非難する。

 

彼女のこう言ったところを見ると変化を感じざるを得ない。

以前のように周りに同調して自分の意見を言えないような消極的な彼女の態度は十分とは言えないもののなりを潜めたと思う。

普段、三浦達と一緒にいる時もそれを感じるし、奉仕部の三人でいる時はもっと顕著に感じられる。

そういう意味では平塚先生が由比ヶ浜を奉仕部に来させたのは正しかったのかもしれない。

無論、俺はそのせいで退部の機を逃したのだが。

 

「でも、問題ーーじゃなくて心配なことはあるかも。」

 

突然、彼女の表情が陰る。

 

「なんだ?」

 

「あの子、ヒッキー達も気づいてたよね。」

 

由比ヶ浜の視線の先、そこには女子児童が一人立っている。

あの子はーーー

 

「オリエンテーションの最中、ずっと一人で集団の後を歩いていた子ね。」

 

俺の記憶を雪ノ下が代弁する。

 

「うん、あの時もそうだし、今もずっとそんな感じでさ。

さっき隼人君が声かけたんだけどさらに悪化しちゃった感じで。」

 

あのバカ、何やってんだ。

 

ぼっちに声をかける時はあくまで秘密裏に、密やかにやるべきだ。

晒しものにならないように、最大限の配慮をする必要がある。

彼女が高校生、中でもかなり目立つ部類の葉山に話しかけられることで、より彼女がひとりぼっちという特性がさらに引き立ってしまう。

 

どうせあいつは善意で動いたつもりだろうが、悪手であることは明白だ。

 

「で、どうするんだ?部長さん。」

 

雪ノ下に問いかける。

 

「そうね、明らかに私たちの活動の範囲外なのだけれど……。」

 

当然だろう。

林間学校のサポート役に過ぎない俺たちが小学生のコミュニティに介入するのは確実に出過ぎた真似だ。

 

けれど、雪ノ下は語尾を濁してちらりと側に立つ由比ヶ浜を見る。

 

「なんとかしてあげようよ!

あのままじゃあの子が可哀想だよ!」

 

「……とりあえず様子を見ましょう。

むやみやたらに動くのは得策じゃないわ。」

 

由比ヶ浜の説得に折れたのか、彼女は少し考えてから判断下す。

 

それでいいのか……と思ったが、きっと雪ノ下も心のどこかで由比ヶ浜と同じ思いを抱いているのだろう。

 

「ん、了解。」

 

短く返事をして、俺は歩き出す。

 

「ヒッキーどこ行くの?」

 

「仕事だ、仕事。」

 

由比ヶ浜の問いかけに俺は振り返らずに適当に手を振って答える。

 

忙しい方が何も考えずに済むぶん楽かもしれない。

林間学校。

ひとりぼっちの少女。

思い出したくないことを思い出してしまう。

 

子どもたちに目を向け、そして少女に焦点を合わせる。

 

ーーー何も変わっていない。今も昔も。

多少の年月が流れたところで人のーー人々の在り方は変わらない。

そんなことは分かりきっていたはずなのに。

 

ため息をつきながら俺は『比企谷八幡』を作った。

 

 

****

 

「少し気になることがあったんだ。皆、聞いてくれるか?」

 

小学生たちの調理が終わり、高校生も野外キッチンの側にあるテーブルで夕食、これまたカレーを食べている最中にそう切り出したは葉山だった。

食卓は比較的和やかな雰囲気だったため、真剣な表情をした彼に注目が集まる。

 

「ふむ。話してみたまえ。」

 

「はい。林間学校の活動の中で、孤立してる女の子がいたのは皆気づいているよな?」

 

俺の隣座る平塚先生に促されて葉山が話し出す。

 

「その子、鶴見留美ちゃんっていうんだけど、一度皆の輪の中に入れてあげたんだけど、どうも上手く馴染めないみたいなんだ。」

 

それは火に油を注いだの間違いじゃないのか?

 

「火に油を注ぐの言い間違いではないかしら?」

 

言っちゃうんだね、雪ノ下さん。

彼女の遠慮のない、というか葉山を責めるような言い方に三浦は露骨に機嫌を悪くし、本人は苦々しい笑顔を浮かべる。

 

「と、とにかく、あの子をどうにかしてあげたいんだ。

協力してくれないか?」

 

熱弁する彼を三浦や戸部は尊敬の眼差しで、一方雪ノ下は冷ややかな目で見つめている。

 

「ああ、その話は奉仕部の中でもあったんだ。なぁ?由比ヶ浜。」

 

ここで俺が口を挟む。

このままでは雪ノ下が暴走して俺たちの集団自体が対立しかねない。

 

「その時はどういう結論に至ったんだ?」

 

そして、俺の言葉にうんうんと頷く由比ヶ浜を見た葉山が聞いてくる。

 

「現状では彼女の周りの環境も彼女自身の思いも不明よ。

今は無理に動くべき時ではないわ。」

 

雪ノ下が木陰で話した時と同じ言葉を口にする。

 

「でもさー、待ってばっかりじゃ間に合わないんじゃね?

俺ら明後日には帰るっしょ?」

 

珍しく戸部がまともなことを言う。

時間がないのは明白だ。まぁ、そんな短い時間で何か行動を起こそうとするのも間違っているような気がしないでもないが。

 

「確かにーー「確かにそうね。」

 

一旦議論を落ち着かせようとした俺の言葉を雪ノ下が遮る。

 

「だから、私たちから打って出るつもりよ。」

 

「それはこっちから留美ちゃんに接触する、ということかい?」

 

雪ノ下の意外な発言に葉山が思わず聞き返す。

その声にはどことなく抵抗感を感じさせる。あいつはあいつなりで一度失敗していることに責任感を感じているんだろう。

 

「ええ。けれど、大人数で向かうのはまずいわ。

だからーー」

 

そう言って雪ノ下が俺を見る。

ーーー嫌な予感がする。

 

「比企谷くんにその役目を任せるわ。」

 

だ、だよなぁ……。

雪ノ下に話術を求めるのは間違っているし、由比ヶ浜にこの役は少し重いだろう。

小町はそもそも部外者でこの一件に関わらせるつもりはない。

葉山はすでに一度失敗しているし、三浦と戸部は論外だ。

海老名は頼めばやってくれるだろうが、小学生からの人気は俺の方が圧倒的に高い。

 

消去法で俺しかいない、か。

 

「いいんじゃない?ハチなら上手くやってくれるっしょ。」

 

三浦が同意して、

 

「すまない、比企谷。頼めるか?」

 

葉山が頭を下げる。

だったら、『比企谷八幡』の答えは決まっている。

 

「おう、任せてくれ!

できる限りのことはやってみる。」

 

****

 

夕食兼会議が終わり、俺たちは食器を野外キッチンに運んでいる。

ちなみに俺は平塚先生のも待たされている。

先生は先ほどの話に関しては「好きにやってみたまえ」とだけ言って、一人何処かに消えてしまった。

せめて片付けくらいはやってくれませんかね……。

 

歩きながら、まじでハチは頼りになるわー、とかいう雑音が聞こえたような気もするが、俺は一人歩くペースを落とし雪ノ下と二人になる。

 

「正直、意外だったぞ。」

 

彼女と目を合わせずに言う。

 

「何のこと?」

 

「お前が誰かに任せる、って言ったことだ。」

 

率直な感想を彼女に伝える。

 

「この件に関してはあなたが適任だっただけよ。

あなたは内面は問題しかないけれど、外面だけは優秀だもの。

けれど、無理にやらせるようになったことは謝るわ。」

 

いつも通りの彼女の言い回しになぜか安心感を覚える。

 

「だけ、は余計だ。

まぁ気にすんな。誰かがやるべきだったんだ。

それで、俺は鶴見留美の周辺を探ればいいのか?」

 

「それも大事だけれど一番聞いてきてほしいことは本人が救いを求める意思があるかどうかよ。」

 

救いを求める意思。

なるほど、雪ノ下はあくまでも奉仕部として依頼を受けるというスタンスを崩す気はないようだ。

 

「救いを求める意思……ねぇ。

なぁ、もしもあの子が助けてほしいって言ってきたらどうするつもりなんだ?」

 

ついそんな疑問が溢れる。

それはすぐに聞かない方がよかった質問だと気づく。

 

しまった、と後悔した頃にはもう遅く、彼女は凛とした声音で宣言する。

 

「彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段を持って解決に努めるわ。」

 

やはり、それはまるでーーー。

 

「……そうか。」

 

素っ気なく答えると、ちょうどタイミング良く戸部が声をかけてくる。

そして俺はその場から逃げ去るように歩みを早めて『比企谷八幡』の仮面を被った。

 

 




最後の八幡やらゆきのんの行動やら、原作のこの時点では絶対にしないような行動を取り始めてます。
それも含めて温かい目で見てくれれば幸いです。
次話の投稿はできる限り早くしようと思います。

それでは、ここまで読んだ頂きありがとうございました。

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