なんかバッドエンドしかないキャラに転生したようです。 作:あぽくりふ
というわけで、幕開けの9話です。
「―――っし、と。これでエントリー完了か」
そう呟き、入力ミスがないか確認して《SUBMIT》と書かれたボタンを押す。表示されるエントリー完了のウィンドウを消し、5分もかかる予選エントリー手続き―――それをようやく完了させた俺はこきこきと首を捻った。
別に肉体的な疲労はないが、モニターに向き合ってぽちぽち入力する作業は精神的に少し疲労感を覚えた。うん、俺は事務作業に向いてないらしい。ぽちぽちゲーとか絶対無理だ。
そんなことを考えながらホログラムディスプレイの一つを一瞥する。大会―――第三回バレットオブバレッツが始まるまで残り十五分。いつもの三倍増しで目に飛び込んでくる人の群れを前に、どう暇潰ししようかと思案していると―――
「へーえ、シュピちゃんも出るんだ」
「うぉあ!?」
唐突に背後からかけられた声にびくりと肩を震わせる。ぎょっとして振り向くと、そこにいたのは―――
「なんだ痴女か」
「誰が痴女だ誰が」
痴女―――もといピトフーイ。GGOの中でも最古参、ほぼ全ての武装を使いこなすことができる
「......寄るな来るな星に帰れ露出狂。ノーモア変態、お巡りさんこっちです」
「そこまで嫌うことないじゃなーい。ほら、今は着てるっしょ?」
そう言ってくるりとその場で一回転してみせるピトフーイ。黒髪のポニーテールが追従するように靡き、褐色肌の長身美女はそのスレンダーな体を覆うボディースーツを披露する。
「前の三百倍はマシだな」
見てくれだけなら、SF映画のサイボーグだろうか。身体の形を強調するようなスーツだが、以前見たこいつの装備に比べれば余裕で許容範囲内だ。というかあれは装備とは言わない。あんなビキニに毛が生えた程度なやつは装備でもなんでもない。変態からマニアックプレイヤーくらいには格上げされたと言えよう。
だが―――
「それでも、俺は貴様を許さん」
「あり? 私シュピちゃんになんかしたっけ?」
「黙れ課金厨、金の亡者が......!」
「把握」
成る程ねー、と頷くブルジョア痴女を睨みながら俺はふしゃー!と唸って威嚇する。
―――この《ピトフーイ》という名前のプレイヤーは、いわゆる
だが、レア銃がレア銃たる所以はそのドロップ率の低さとドロップモンスターの極悪な難易度だ。いかに銃器を愛していようが、ゼロコンマ1以下の確率の壁を越えることは不可能である。ならばどうするのか。
答えは、課金―――それも半端でない量の課金である。
「あ、そういえば昨日《レミントンM870》を手に入れたんだけど」
「うおあああああ死ね!氏ねじゃなくて死ね!」
「うん? 君も己が財で殴る真髄を知りたいかね?」
「ピトフーイ貴様ぁ!」
けらけらと笑うピトフーイを、俺は血涙を流す勢いで睨み付ける。これも全ては
―――他のVRゲームではこうはいかないのだが、GGOは目下唯一の、ゲーム内の通貨と現実の電子マネーの交換が公式に可能なVRゲームである。このため、GGOにはゲームをやり込むことで"売れる"アイテムを手に入れ、販売することで生計を立てることも可能だ。実際俺も調子が良い時は月々のサーバー接続料金である3000円につぎ込んだりする時もある。......高校生の小遣いで、毎月3000円しょっぴかれるのはさすがに辛いのだ。
そんな3000円稼ぐだけでもかなり頑張らなくてはいけないシビアなレートにも関わらず、生活費レベルの金額を叩き出す猛者がいたりもするのだが―――ピトフーイはその真逆。
......とまあ札束で相手の顔面をぶっ叩く廃プレイヤー(ハイプレイヤーに非ず)なピトフーイだが、腹が立つことにその腕もまた確かなものなのだ。具体的に言えば、得意なレンジであるはずの近接戦でも俺が勝率七割を切る程度には強い。プレイヤースキルの高い課金厨とか死角がなさすぎて泣きそうになってくる。
「痴女!貧乳!運営の犬!」
「あんた小学生か」
がるるる、と唸りながら威嚇すると、ピトフーイは呆れた風に苦笑する。
「......ま、今回は初っぱなからあんたとぶち当たるみたいだしねー。精々首を洗っときなさいよ」
「え、マジで?」
「マジマジ。ほら、上にあるじゃない」
上空に無数に浮かぶホログラムディスプレイ。その中でも一際大きいものに表示されているトーナメント表を見ると―――なんと驚きなことに、栄えある一回戦のお相手には燦然と
「嘘だと言ってよバーニィ......」
「いやー、シュピちゃん相手は久しぶりな気がするわ。何がいいかなー? レミントンの試し射ちでもしようかなー?」
「か、課金勇者わんわんおーが相手とか勝てる気がしねぇ......!」
「なにその名前かっこいい」
初っぱなから激闘の予感しかしない対戦カードに戦慄しつつ、俺は肩を落とした。割とガチめに敗けそうな気がする。ぶっちゃけ、高性能なスナイパーを持ってこられればその時点で俺の敗北はほぼ確定するのだ。
......一応秘密兵器はあるにはあるが、初っぱなからこれを使うのはなるべく避けたい。できればこれは本選に突入してから使いたいのだ。それに、タイマンである予選ではやはり効果が薄れてしまうというのもある。なるたけ対策はされたくない。
「ふーん。シュピちゃん、勝ちたいんだ?」
「ん? いや、そりゃまあな」
「や、そうじゃなくて......なんかいつもと違うような......」
意外そうに眉を上げるピトフーイ。それに対してそう返すと、ピトフーイは苛々とした風に頭を掻き、うがー!と吠えた。
「!?」
「まーなんでシュピちゃんがそんなガチなのかは気になるけど、いいわ。スナイパーとか遠距離系は封印してあげる」
「......はい?」
正直、有り難い。だが何故いきなりそんなことを言い出したのかわからなかった。
突然吠えたりわざわざ勝てる手段を封じると宣言するピトフーイに俺は思わず目を白黒させる。すると、ただし―――と褐色肌の美女は釘を刺すようにして言葉を続けた。
「
「......わかった。まあ元からお前相手に手を抜く気なんてさらさらなかったけどな」
「それは重畳でなにより。もし手ぇ抜いたりしたら、1ヶ月間追い回してサーチアンドキルしまくるとこだったわ」
「なにそれこわい」
ランダムドロップでどれだけ武器を奪われるのだろうか、と身を震わせていると―――ピトフーイはあ、と呟いてさらに条件を付け足した。
「あともう一個。シノンちゃんに会わせてよ」
「はぁ? いいけど、そりゃまたなんで?」
「また頼むのよ。前頼んだ時にはばっさり断られたからね―――けどほら、物は試しというかトライアンドエラーみたいな?」
「......ちなみに何を頼んだんだ?」
「シノンちゃんのヘカートⅡを売ってって頼んだのよ。頑張って探して見つけて言ってみたんだ。"こんにちは!ヘカートⅡ売って!"って」
予想通りすぎる答えに俺は溜め息を吐く。というか―――
「お前さ、それで本当に買えると思ったのか......?」
「ダメだった!身持ち堅いわあの子!」
「............」
色々と問題だらけな奴だが、一番あれなのは頭のほうなのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は再度息を吐くのだった。
「......にしても、いねえなあいつ」
ピトフーイと別れた俺は、見慣れた―――しかし暫く見てない水色の髪を探して周囲を見回していた。だが見つかるのはひたすら野郎共のみ。もしかしたらあのちっこさなら何処かに埋もれているのかもしれないが、来てない可能性も十分に高い。
「あと十分もねえぞ......?」
ひょっとすると、エントリーに間に合わず未参加になるのではないだろうか。
そんな考えが頭に浮かぶが、慌てて頭を振って打ち消す。冗談じゃない。それだと、あの原作主人公まで未参加ということになりかねない。それだけは御免被る。
そう考え、俺は総督府―――通称"ブリッジ"の外を見やる。気付けば、足はエントランスを抜けて階段へと向かっていた。
「ハッ......」
どうやら、柄にもなく俺は急いているらしい。逸る心を押さえつけつつ、駆け出したくなる足を制しながら歩を進める。
―――そして。エントランスから一歩足を踏み出した直後、轟くようなエンジン音が耳を貫いた。
「ッ」
目を向ければ、そこには赤色のレンタバギーが横付けに停められていた。未だエンジンを震わせるそれから飛び降りるのは、二人の少女―――否、少女と少年。少女のほうは見慣れた水色の髪。そして少女にしか見えない少年の髪は、艶やかな黒。
―――嗚呼、この時を待っていた。
弧を描く口元を抑えられない。高鳴る心音を止められない。ようやく来たのだ、この時が。
「......はは」
黒紫色の瞳がこちらを見上げる。言葉は届いていないだろう。だが、確かに視線は交錯する。
ああ、そうだ―――
「―――待ってたぜ、主人公」
ぞっとするほど美しいその顔を見つめ、俺は静かに破顔するのだった。
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