なんかバッドエンドしかないキャラに転生したようです。   作:あぽくりふ

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たった一人の世界

 

「ふぁ……」

 

 つい漏れ出た欠伸。それに気付いた俺は手の甲に爪を立てた。痛い。だが眠い。尋常じゃなく眠い。……まあ、徹夜すりゃ眠いのは当然だが。

 少し気を抜けばすぐ船を漕ぎ始めるマイヘッドに鞭を打ち、欠伸を噛み殺す。そうして電子黒板に書かれた古典の現代語訳を慌てて書き写すうちに、50年前から変わることのないチャイムの音が教室に響き渡った。

 

「はぁ……」

 

 やる気のない日直の号令に応じて礼をおざなりにして、俺は欠伸混じりにルーズリーフに書き込んでいく。

 

 ―――土日が明けて月曜日。社会人はせかせかと出勤し、学生は怨嗟の声を漏らす絶望の曜日である。かくいう俺もその例に漏れず、徹夜で鉛弾をばらまいていたツケを食らいながら登校していた。

 

「……はぁ」

 

 いや、ね?あのあとシノンとめちゃくちゃ訓練したわけなんだが、シノンがログアウトし(落ち)た後に色々とハイになって朝まで暴れまくってたのだ。勿論モンス相手じゃなくてプレイヤーである。

 そうしてそれなりにレア物で気に入っている《FN・FAL》を片手に古代遺跡で殴りこみかけた挙げ句返り討ちにあったり皆殺しにしたりしながら楽しくパーリィしていたのだが―――起きてみたら7時でした、はい。そりゃ眠いわけだ。自業自得とはまさにこの事である。

 

 まあ、どうせしばらくすると―――具体的には15分後には放課なのでそこまでの辛抱だ。そう考え、俺はくぁ、と欠伸して机に突っ伏した。ほら、戦いとかいけないことだから。博愛の精神を持って睡魔とも友好的な関係を築こうではないか―――

 

「ちょっと」

「……んあ?」

 

 そうして睡魔と講和条約を結ぼうとした最中、肩をとんとん、と叩かれ俺は首をもたげる。ぎろりと上を見上げれば、そこにあったのは絶壁だった。

 

「なんか今、失礼なこと考えなかった?」

「滅相もない」

 

 もとい、朝田だった。

 ぎろ、とこちらを見下ろす朝田を見て俺は目をぱちくりさせる。何の用なのだろうか。というか、学校で誰かに話しかけられたことなんて実に二ヶ月ぶりなため普通に驚いた。主に俺の交友関係の狭さに。

 ついでに言えば、その二ヶ月前の会話というのは『新川ー、日直頼む』『わかりました』というものである。担任の教諭じゃねえか。

 そんな感じで改めて俺がぼっちなのだという悲しい事実を再認識させられながら、俺は口を開いた。

 

「……なんか用か?」

「今日、何処に集合するの?」

 

 あー、と俺は頷いた。確かに言ってなかった気がする。

 

「ほら、あのなんとかドームの前で」

「《メモリアル・ドーム》ね。覚えておきなさいよ。……じゃあ、六時に」

 

 それだけ言って頷くと、朝田はすたすたと歩いていってしまった。いや、あの、六時って俺が仮眠する時間すらなくないですかね朝田さん。そう言いかけて、俺は諦めて嘆息する。

 

 ……そしてふとその背を追ってみると、朝田はクラスカーストで言えばトップのグループへと歩いていくようだった。いわゆる『女子力』とかいう頭悪そうな単語がトップにくる女子(ゴミ)共のグループである。

 この偏差値が高い学校にも内部生というものに分類される奴等がいる。それも小学校からエスカレーターのように上がってきた輩は、他の高校同様こういう典型的な人間のクズが比較的に多い。

 努力も何もせず、ただ与えられた資源を貪るだけの豚。何も成すことがなく、無駄で無価値で無意味な生を送る塵芥。そうして学生時代は何もせず、楽観極まりない思考で最底辺の大学へと入った彼等は当然のことながら就職先に困り、自身が全く努力しなかったことを棚に上げて社会や金持ちを詰るのだ。まさに存在自体が害悪である。こりゃ英雄王が間引きしようとするのも無理はない。

 

 だが―――、と俺はそこで疑問を抱いた。朝田は、俺が接した限りそんな人間ではない。むしろトラウマを克服するべく努力する姿勢は尊敬に値するだろう。だからこそ、あのグループにいることには違和感を覚える。

 

「……なんだかなあ」

 

 ―――いずれ破綻するのではないか。

 そんな考えが頭に浮かぶが、俺には関係のないことだと振り払う。これは彼女自身の問題であって俺が干渉するべきではない。いらないことに首を突っ込んで火傷するのは己だけには留まらない。過干渉は誰も得することがないのだ。関係ないことに手を出して噛まれるなど馬鹿馬鹿しすぎて笑えない。

 君子危うきに近寄らず、とは少し違うが必要のないことにまで首をつっこむべきではない。そう考え、俺は頭を腕の間に沈める。

 

 ―――まあ、助けを求められたのならばその限りではないが。

 ふとそんな思考が脳裏に浮かび、俺は苦笑するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「お帰りなさいませ、恭二様」

 

 都内のど真ん中、とは言わないものの中心部に近い場所に堂々と立つ豪邸。それが俺の家だ。ちなみ隣近所も豪邸が立ちまくりである。少し歩いた所に某有名議員の家があるのに最初はびびったが、今はもう慣れたものである。

 

「あのさ。いつも言ってるけど、その仰々しい挨拶ってどうにかならないの?」

「いつも言っておりますが、それは無理というものでございます」

 

 そう言ってくすくすと、艶然とした動作でメイドさんが笑う。メイド、というよりは家政婦と言ったほうが良いだろうか。見た目はロッテンマイヤーさんにそっくりである。

……そう、見た目だけは。

 

「そこんとこどうにかなりませんかね―――黒雪さん」

「私はしがないメイドですので」

 

 年齢不詳の美貌に淫靡な笑みを浮かべる黒雪さんを見て、俺は呻くようにして天を仰ぐ。

 ―――見た目ロッテンマイヤーさんのくせして、この人動作というか雰囲気がエロいのである。

 なんというか、こればかりはもうどうしようもない。本人の性格も見た目もそんな事は全然ないのだが、雰囲気がアレなのだ。ぶっちゃけサキュバスが現実にいたとしたら、この人のような感じなのだろう。しかも滅茶苦茶美人だ。年齢はわからない。が、中学生になった頃からずっとここで働いていることからしてそれなりの年齢なのだろうが―――。

 

「あら、それ以上は考えてはいけませんよ?」

「そうやってさらっと心を読むのやめてくれませんかねえ……!」

 

 そう抗議してみるも、年齢不詳メイドは「失礼いたしました」と言って笑うだけである。

 ……ぶっちゃけ親父の愛人だとか言われても違和感ゼロだが、意外なことにあの人は全く手を出してないらしい。それに少しばかり聞いてみたところ、黒雪さんは実はいいとこのお嬢さんらしい。どうやら家を出てきたようだが、本人曰く「実家とは縁を切りましたので」とのこと。何故かと少し突っ込んで聞いてみたらメイド道に目覚めたとかなんとか言われた。メイド道ってなんすか。

 

「……それで、兄貴の様子は」

「お変わりありません。ご存知のように昌一様は"あの事件"の後から、ずっと……」

 

 はぁ、と俺は溜め息を吐く。

 ―――"新川昌一"。俺の兄にして、現在絶賛引きこもり中のSAO生還者(サバイバー)だ。あの"SAO事件"の後から戻ってきて一言も口を利いてない兄のことを、俺はそれなりに心配していた。

 

「……あのクソ親父が」

 

 思わず罵倒が口をついてでる。俺は兄が引きこもった理由が親父にあるのではないかと睨んでいた。

 ―――ああ、言うまでもない。兄貴が生きて帰ってきたことに口では喜びを示しつつも、目では失望と侮蔑を語るあの様は忘れていない。あの時それに気付いていたのは俺と兄貴くらいのものだっただろうが、間違いなくあの親父は、兄貴が生還したことに喜んでいたのではなく兄貴がもはや使()()()()―――"落ちこぼれ"になってしまったことに失望していたのだ。

 

「恭二様、あまりそのような言葉は……」

「わかってますよ。……それじゃ、飯の前には起こして」

「仰せのままに」

 

 ……それはメイドというか、むしろ臣下じゃないのか?

 相変わらず仰々しいというかなんというか、と考えながら扉を開けて入る。一応「ただいま」と言っておくが、当然ながら"おかえり"などという声はない。靴箱にスニーカーをつっこみ、そのまま二階に上がる。

 

「…………」

 

 俺の部屋の手前。兄貴の部屋の前でふと、少し立ち止まってしまった。

 物音はしない。ひょっとしたら寝ているのだろうか。

 

 ―――兄貴はどんな考えで引きこもっているのだろう。

 そんな疑問が意識の波間から浮上する。やはり親父に見捨てられたことがショックだったのか。デスゲームの中で、人の悪性を見てきたことから人間嫌いになったのか。それとも、ただ腐っているだけなのか。血縁的には最も近いはずだが、兄貴の考えがわからない。どれも推論に過ぎず、真相からはほど遠い気がしてならない。

 ……いや、それはお互い様か。

 

「…………」

 

 無言で扉の、兄の領域の境界線を撫でる。

 

 ……俺は兄を止めなかった。唯一の兄弟であるというのに、実の兄がデスゲームへと踏み込むのを止めなかった。いや、引き止めはしたのだろう。だが、強硬な手段を取ることはしなかった。

 デスゲームになると説明して誰が信じる?そして何故知っていたのかと聞かれてどう説明しろと?そんな自己弁護が胸中に湧くが、なんてことはない―――俺の兄に対して抱いている感情はその程度だったのだ。

 

 やろうと思えばやれた。事故と称してコードを千切るなりなんなりすればよかった。だがしなかった。面倒だったから。人目を引くことを嫌ったから。どうせ物語の世界、創作の世界だという感情が消えてなかったのだ。全てが映画の一幕のような、何処か一歩引いた視点からしか見られない。何処までいっても、所詮はリアルな"物語"にしか見えなかった。

 

 ―――この世界には俺しかいない。誰も俺を理解できないし、俺も理解されようとは思わない。

 

「はっ……」

 

 冷笑を浮かべながら足を動かし、無駄に広い自室に入る。そして荷物を机の横に放り出し、俺はベッドの上に転がった。

 

 ……嗚呼、こんなことなら転生などしなければよかった。記憶があるというだけで世界はこんなにものっぺりとして視える。何も知らずに生きられたらどれだけ幸せだっただろう?

 

「…………」

 

 そんな後悔を握り潰し、ヘッドギア―――次世代ゲーム機たるナーヴギアの後継、「アミュスフィア」を頭に被る。

 

 ―――果たして、俺は何処で間違えたのだろうか。

 

 決まっている。

 

「最初からだ」

 

 生まれる前から、ずっと。

 そんな、いつものように導き出される結論を抱いて。

 

「―――"リンク・スタート"」

 

 俺は自身の胸を焦がす、唯一の世界へと跳ぶ文言を口にするのだった。

 




感想で色々つっこまれてた主人公の視点。転生の弊害でもあります。

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