なんかバッドエンドしかないキャラに転生したようです。 作:あぽくりふ
―――ネオンカラーのホログラム広告が激流のように視界のあちこちを流れ、膨大な色と音が五感を圧迫する感覚に目を細める。足を踏み出せば軍用ブーツが金属の舗道とかちあって硬質な音を立て、上を見上げれば黄昏色の空に無数の高層建築物が群れをなして聳え立っている。
往来を見渡せばそこにあるのはミリタリージャケットを着込んだ
―――嗚呼、たまらない。戦意と欲望の匂いが充満する大気を吸い込み、俺はにんまりと笑った。
「さて……お姫様は何処にいるんだかな」
もしや初めてのフルダイブで酔っていたりするのかもしれない。そうしたら色々と困るが、そこはまあ朝田の性能的なアレに期待しておこう。
「最初はあのへんてこドームにいるんだっけか……」
グロッケン内は初見では迷うこと間違いなしの迷宮だ。無数の高層ビルとそれを連結する空中回廊、さらにごったがえしたような人々とずらっと並んだ怪しげな店を並べればもはや立派な都市型ダンジョンである。
脳内でここらの地理をおさらいしつつ、路地裏を抜けてここ―――つまり中央都市《SBCグロッケン》のさらに中央を目指す。軽く口笛を吹いてみるが、上手く吹けないためすぐに止めた。やはり現実とVR世界は厳密には違うようだ。
「……おお。多いなおい」
無事ドーム(名前忘れた)に辿り着いてみたはいいが、その外にも内部にも腐るほど人が溢れている。
そうしてどうしたもんだか、と頭を掻いていると、ふと肩を叩かれて俺は振り向いた。
「ねえ。あなたが《シュピーゲル》?」
「……あ」
無造作な水色のショートの髪に、猫を思わせる藍色の瞳。柳眉が不機嫌そうにひそめられ、俺は思わず驚愕に口を開けた。
「お、お前朝田か?」
「そうよ。なんだ、やっぱり新川くんだったんじゃない」
「……んでもって、《シノン》?」
「そうよ……って、なんであなたが私のアバターネームを知ってるのよ?」
……きゃんきゃんと小柄な少女が鳴いているが、俺はそれどころではなかった。《シノン》。さすがにその名前は覚えている。
……SAOのGGO編のメインヒロイン。対物ライフルの弾を見てからぶったぎるとかいうもはや意味不明な反射速度を持つ、キリトに惚れた水色髪少女。
……そのシノンが朝田詩乃だったとか―――
「聞いてねえぞ……!」
「ちょっと、聞いてるの!?」
単に俺が忘れてただけかもしれないが。
既に原作メインキャラと関わってしまっていたという事実に驚愕しながら、俺はがっくんがっくんと
「……で、何処に行くのよ」
「んあ?」
不機嫌オーラを全開にして隣を歩くシノンに視線を向け、俺は眉を上げた。
「おいおい、死にそうな顔してんぞお前」
「うっさいわよ。……本当に、治せるの?」
「知らん」
道行く
「……無責任なヤツね」
「俺は提案しただけだ。お前がこの世界に入ってきたことで悪化しようが完治しようが知ったこっちゃない。それはお前の問題だし、お前が選んだんだろ」
そう、俺には関係ない。まあそもそもこれ程キツい症状ならカウンセリングには通っているはずだし、それで治っているのならあの図書館で銃の雑誌を読んでいる道理はない。つまり通常のカウンセリングでも修正不可能なほど深いトラウマだということであり、だからこそ朝田は自身のトラウマを治そうと必死だったのだろう。
―――ならばこのGGOは打ってつけだ。なにせ、自身のトラウマの根源と限りなく現実に近く、触れあえる環境なのだから。
「……それもそうね。これは私の
「そうそう。……まあ、とりあえずお前は銃を見ても平然としていられるよう努力しろよな」
ぐ、と呻くシノンを見て俺は頷いた。努力、友情、勝利。この三つ大事。
「というわけで手始めに銃買うぞ。気に入ったのあったら言え、一つか二つくらいなら奢ってやるよ」
「……いいの?」
「一応、誘ったの俺だし」
納得したかのように頷くシノン。そんな彼女を伴って、俺は初心者用の店に足を踏み入れた。
「……なんというか、凄いところね」
「おいおい、専門店はこんなもんじゃねえぞ?」
銃を構えたバニーガール達がそこかしこにいる店内を見渡して、シノンは目を白黒させている。が、ぶっちゃけ専門店はこの比ではない。あえて言うならゴミ溜めと露店を高次元で融合し昇華させた、現代社会を象徴するがごとき芸術作品である。結論を言おう。察しろ。
それにしても、と俺は腕を組んで店内のショーウィンドウを見渡した。……うーむ。
「っつーわけで中古のアサルト一本とハンドガン、ついでにモンス狩り用の
「……わからないわ。それより、その、あ、アサルト?っていうのはなんなのよ?」
俺は思わず瞠目し、直後に納得と諦感の籠った息を吐いた。そりゃ銃が苦手なら銃の知識がなくともおかしくはない。あの雑誌を見てる時も文章ではなく主に写真を睨んでるようだったし。ともかく、俺は銃の種別から全部説明しなくちゃいけないらしい。
「……アサルトってのはアサルトライフルの略だ。このGGO内じゃ最も使われていると言っても過言じゃなく―――」
ふんふんと頷きながら話を聞くシノンを見下ろし、俺は内心で大丈夫なのだろうかと溜め息を吐くのだった。
「これが、私の武器……」
おっかなびっくり武器を掴むシノンに、俺は苦笑した。まるで得体の知れないものをつつく猫のようである。
「アサルトライフルは定番のAK-47だよなあ、やっぱ」
うんうん、と俺は満足げに頷く。やっぱアサルトはAK-47だよね。派生品やらコピー品も入れたら世界に5億挺あるとかいうアレである。
シノンが選んだ―――というよりは俺が勧めたのは《AK-47》、《ベレッタ》、そして光学銃である《トライデント》の三本だった。まず選んだ基準は比較的安い、癖が少ない、そして利便性だ。初期ステータスである今では無駄に重い銃なんぞを装備してはまともに走れない。とりあえずは《トライデント》を持ってMob狩りのレベリング―――レベル制ではないもののそう呼んでいる―――をしなければならないだろう。
「……えっと。これ、どうやって撃つの?」
「まず
「へぶっ!?」
ろくに構えずぶっぱしたシノンは衝撃に耐えきれずひっくり返った。まあ当然と言えば当然だが、堪えきれず俺は吹き出してしまう。シノンはと言えば、水色の髪を揺らして怨めしげにこちらを睨んでいた。
「だから言ったろ……ぶふっ」
「笑うんじゃないわよーっ!」
顔を真っ赤にするシノンを見て、俺はさらに吹き出す。だが、ふととある事実に気付いて目を見張った。
「というか、お前。銃に触れてもなんともないのか?」
「……なんともないわ。少し緊張するくらいよ」
シノンは少し顔を強張らせながらもAK-47を再び構える。だが気分が悪くなった様子もない。どうやら、仮想世界の銃ならば大丈夫らしい。
「へえ、よかったな。これで少なくともGGO内でもんじゃ焼きを量産することはないってわけか」
「だからもんじゃ言うなっ!」
がるるとシノンが唸り、不恰好ながらもAK-47が火を噴く。俺はそれをステップを踏んで回避し、にんまりと笑った。
「よし。それじゃ少し講義してやろう、
―――ああ。原作とか、俺の立ち位置とか関係ない。今こうして馬鹿みたいにはしゃいでいるだけで、俺は十分だ。
……少なくとも、今は。
銃の知識がほとんどないので、そこらへんは寛容にしてください。FPSとかやっていれば別だったのかもしれませんが......。