なんかバッドエンドしかないキャラに転生したようです。 作:あぽくりふ
見開かれた瞳孔。瞳に映るのは私だ。乱反射を繰り返す中で自我が曖昧になっていく。砕けた仮面の破片をかき集めるも、喪われた
──殺したい。
誰を?
──わからない。
何が?
──私の名前が。
君の名前?
誰かが笑って伝えてくる。
──
「──っ!?」
気付けば、そこは何処までも銀色の床が広がる場所になっていた。空の代わりにあるのは突き抜けるように高く聳える尖塔であり、その悉くが銀色に染まっている。乱反射する光に顔をしかめて......そしてそこではたと気付いた。
これは
「や、起きたんだね。運が良いのか悪いのか」
その声にぎょっとして振り向けば、先程までは存在しなかったはずの玉座が鎮座している。そして、そこに腰掛けているのは俺と全く同じ容姿をした少年。
「......うん、完全には崩れてないようだね。安心したよ」
そう言って、"
「ようこそ、我等が心象へ。ほんの僅かな邂逅だろうけど、君と直接話せて嬉しいよ──■■」
「待て、今何て言った......?」
最後の単語にだけノイズが走っていた。長らく意識を共にしていながら初めて目にする同居人はさもありなん、と頷く。
「うん、やっぱり身体より精神の損害が大きいね。
「......頼む、わかる言葉で話してくれないか?」
「すまないが、それは無理だ。僕達には致命的に時間がない」
穏やかに、だがはっきりとそう断言する。
「君の......僕達の、そして兄さんの最期を覚えているかい?」
「兄、貴......?」
その言葉を発端として、濁流のように流れ込む記憶に思わず呻いた。心意の発現、茅場昌彦の言葉、新川昌一との対話────そして、あの女の嘲笑まで全て、鮮やかに。
「ぁ、あぁ────殺す」
あの女は殺す。再び猛り狂う憤怒に吐息が漏れる。握りしめた拳からは血が滴り落ちた。
「......あんなもの予想の仕様がない。■■、仕方なかったんだよ」
「ハッ、仕方なかった? 仕方なかっただと?」
腹の底で渦巻く殺意の対象は、一人は黒羽時雨という名の女だ。
だがその矛先のもう一方は、他でもない俺自身だ。余りの情けなさに自嘲の笑みすら浮かぶ。
「ふざけんな──ふざけんじゃねぇぞクソ野郎がァ! 」
爪が突き刺さりだらだらと血が伝う拳を、鏡の大地へと叩きつける。破片が拳に突き刺さるも構わず殴り付け、しかしその自傷すらもただ自分の心の平穏のためのものだと自覚する。
ふざけるな。ふざけるなよ──。
「そうだ、兄貴が死んだのも!! 俺が死んだのも!! 全部テメェの自業自得だ■川■■!! 俺の幼稚な欲求がテメェを殺したんだ!!」
あの忌々しい女の言う通りだ。調子に乗って、桐ヶ谷和人の敵であろうとして──その結果はなんだ? 何もない。死に損なった挙げ句に兄を巻き込んで、それで満足して死ねたのならまだしも未練と後悔だらけと来た。ふざけるな。死ね、死ね、死んでしまえ──■■■■。
「......何もしなければよかった。ただ地獄に甘んじて沈んでおけばよかった。俺は、物語に関わるべきじゃなかった」
砕けていく。
鏡の大地も、尖塔も、俺の意識や記憶すらも。
砕けてしまえ、全て。
「俺なんて、
「......そうか。悔やんでいるのか、■■」
降り注ぐ鏡の破片の中で。砕けていく心象世界の中で、痛々しいものでも見るかのように彼は目を細めた。
「君が何もしなければ、兄は死ななかった。物語を歪めることもなかった。みんな幸せなままに、定められた英雄の物語のままに進んでいた」
「......その通りだ。俺がいたから、死んだ。俺があのまま
「 思い上がるのも程々にしろよ 」
その声に、震えた。
砕けていく鏡の破片を掴みとり、彼は玉座から降りてくる。そして俺の目の前に立ち、いつの間にか槍のように変形していたそれを突き付けた。
「君がどうしていようと新川昌一は殺人鬼に成り果てていただろうし、当然桐ヶ谷和人は死銃としての彼を打倒していた。そして始末されていたであろう事実は想像に難くない」
「な、なら、俺が兄貴をSAOにログインさせてなけれ、ば────!?」
その言葉を吐いた瞬間、俺は殴り飛ばされる。雨のように破片が舞う中、歯を剥き出しにして彼は怒鳴った。
「だから──思い上がるなと言っている! 自分が神だとでも思っているのか!? お前は、■■■■は
胸ぐらを掴み上げられ、燃えるような瞳が俺を見据える。そこに在るのは、写っているのは。
「あの道を選んだのは兄さんだッ! そこに■■■■の意思は介在しないし、もし変えられると思っているのなら──それはただの傲慢だ! いいか、お前は特別でもなければ人外でもない、たかが少し知識の多いガキなんだよ!」
それさえわからないのであれば。
「ここで死ね、■■■■。自分の意思で道を選ぶことを兄さんに諭したお前が、己の選択を否定してどうする......!」
そう吐き捨てると、俺を睨み──そして手を放す。必然的に俺は膝をつく形となり、まるで赦しを請うかのように項垂れた。
「............俺は、どうすれば良かったんだ」
「知らないよ。
「........................」
最早応える気力もない。
目論みは失敗し、己が原因となって兄も自分も死んだ。まさしく
「後悔しているのかい?」
「......当たり前だろう、しないわけがない」
「そうか。別にそれ自体は構わないが......だが、後悔はしても否定だけはするな」
淡々と、彼はそんなことを口にした。
「後悔はしてもいい。人間というものはきっと、何を選んだとしても後悔する生き物だからね。だけど──否定だけはしちゃいけない。それだけは、やってはいけない行為なんだ。それは道を選び進んだ己の存在否定であり──」
名前を忘却した俺を糾弾するかのように言葉を紡ぐ。
「そして......その道の過程で救われた、君が救った人に対しての最悪の侮辱だ。失ったモノばかりではなく、得たモノも確かにあるのだと君は知るべきなんだ」
「得た、もの?」
反芻する。思い出せない。失ったモノばかりがそこには在る。欠落は虚しく、得たモノなんて何処にも無くて──。
「楽しかったんだろう? 彼女と過ごした日々は」
──まるで錨のように、融け堕ちる魂が繋ぎ止められた。
「......違う。俺はアレを利用しただけだ」
「始まりは偶然だったね。君も意図していない遭遇だった」
「利用価値があると思った。アレを餌にしてキリトを引きずり出せれば、それでよかった」
「原作に沿うように君は彼女を誘導し、基本を叩き込んで数々の戦場を巡った。今までたった一人戦ってきたのとも違って、君を退屈させることは決してなかった」
「面倒だったよ。原作通り狙撃手に転向させ、ヘカートがドロップするダンジョンにまで誘導してやるのにどれ程苦労したか」
「楽しかったね。遠慮のない彼女と話すときだけ、君は仮面を取り繕う必要がなかった。時折君が見せる無機質さにも彼女は恐れることはなかった。例え理解はしていなくとも、彼女は唯一素の君を見ていた」
「どうでもよかった。物語に支障さえ出なければ、アレがどうなろうと関係ない。"アレと関わりがあった"という
「君は迷った。兄さんと同じように、自分を理解してくれる可能性を持っている彼女との関係を絶つことを怖れた。結果、君は彼女に尋ねたんだ」
「嘲笑っていたさ。何もわかっちゃいないアレを切り捨てて、俺はついに物語の舞台に立てたんだ」
「それでも何処かで、ずっと何かが君の心を苛んでいた。責め続けていた。だが君には認められなかった──認めてしまえば、このふざけた世界への復讐のために磨いできた牙が無駄になってしまう気がして」
「......見える世界は常に灰色だった。今もそうだ。どいつもこいつも人形みたいな顔をしやがって」
「最初はそうだった。でも、いつの間にかそこに色調が生まれていた。......そうだ、君に必要だったのは復讐なんかじゃない。ただ君を理解し、受け入れて、傍らで言葉を聞いてくれる人間こそが──本当に必要なモノだったんだ」
「君は、いつしか君を人間にしてくれた彼女の事を──」
「俺は、何も知らない癖にずっと追いかけてくるアイツの事が──」
「......平行線だな」
「そうだね。でも理解しただろう? どちらにせよ彼女は君に感情を与えていた。君に
そう言って、彼は笑った。
「兄さんが死んだ原因の一端が君にあるのは確かだろう。だからと言って、それは君の馬鹿みたいな復讐を否定する理由にはならない。悔やむなら、償いたいなら──生きろ。生きて、この下らない世界で足掻いた果てに死ね。それが君に出来る唯一の贖罪だ」
ひび割れていく。砕け散る鏡界の心象と同じように、彼の体もまた崩れ始めていた。
「......もう行かなきゃいけないらしい。まあ元から一つの体に二つも中身があったのがおかしいんだ。本来の所有者に返すのが道理ってもんだ......そうだろう? "
ニッと彼は笑う。声を上げようにも、体は何故か動かなかった。
「喜べよ恭二、僕達は──いや、"
待て、と口にしようとするもやはり動かない。待ってくれ、何だその言い種は。その目は。その顔は。
お前まで、"俺"を置いていくのか──?
「......そんな顔するな。どうやら長年に渡って混ざっちまった過程で少し勘違いしたみたいだが、本来の主人はお前だ。
違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。死ぬべきなのはお前じゃ──
「死ぬべきなのは
頼む、待ってくれ。俺は──"
「転生ってのも案外悪くない。じゃあな、新川恭二。お前との十六年間、何だかんだいって楽しかったよ────」
「........................あ」
涙が溢れる。
もう声は聞こえない。十六年間共に在り続けた同居人は、確かに逝ったのだと悟った。こんな自分を生かすために、彼はもう一度死んだのだ。
そしてもう二度と帰ってくることはない──兄も、彼も。
「僕は......いや、"俺は"」
だからこそ、今までのように彼の一人称を、乱雑な彼の口調をなぞる。確かに居たもう一人の"新川恭二"を、決して忘れないように。わざと一人称まで変えて僕に合わせてくれた彼を、忘れないように。
「............畜生」
あれほど無味乾燥に見えた世界が、今ははっきりと色彩を伴って見える。
二人の死を経てようやく取り戻した、その色鮮やかな
本来の一人称は『僕』であり、記憶が混ざり合った結果いつからからか『俺』になっていた。
『僕』は『俺』になり、『俺』は『僕』になる──。
ただ、それだけの話。