なんかバッドエンドしかないキャラに転生したようです。   作:あぽくりふ

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奇襲と交錯

 

 

「ッ......」

 

カツン、と。

背後から響き渡った硬質な音を耳が捉え、彼女ははっとして振り向く。勿論、得物であるアサルトライフルは既に構えていた。......だが吹きさらしのそこには誰もいない。そのことを確認すると、彼女は安堵の溜め息を吐いた。どうやら取り越し苦労だったらしい。過度な警戒は悪いことではないが、こうして一々の音にびくりとなるのは心臓に悪かった。

 

バレットオブバレッツ第三回大会会場である《ISLラグナロク》。直径10キロメートルのほぼ円上の孤島、その中央部に位置する都市廃墟。そのさらに中央部にあるスタジアム風の円形建築物の外周部に、彼女───"銃士X"と呼ばれるプレイヤーは居座っていた。

ちなみに本来のその読み方は《マスケティア・イクス》。決して《ジュウシエックス》ではないのだが、やはり初見の人からはジュウシエックスと呼ばれてしまうのが悩みだった。

 

「......うん、此処にするか」

 

そう独り言を漏らすと、銃士X(マスケティア・イクス)は愛用のアサルトライフルを下げたまま狙撃ポイントを探し始める。この円形スタジアムは高さといい見晴らしの良さといい、狙撃ポイントとしては最高だと言って良い。だからといって固執するのは危険だが、一人落とすくらいまでは此処を拠点とするのも良いだろう。次のスキャンまで残り二分ほどだが、此処の真下を通るような間抜けを探しても問題はあるまい。

そう思考し、彼女はアサルトライフルをストレージに収納し、おもむろに狙撃銃(スナイパーライフル)を取り出した。幸い、崩れかけた縁の瓦礫の隙間に捩じ込めそうだ。伏せれば視力強化(ホークアイ)スキルでもなければ見つけることは困難に違いない。そして、それに気付かなかった愚かな兵士(ソルジャー)の眉間をこの手で───

 

「......ッ」

 

だがそこまで考えた瞬間、ふと悪寒を感じて彼女は辺りを見回す。誰もいない。だが、確かに誰かに見られている感覚がしたのだ。

......ゆっくりと辺りを見回し、さらに縁の近くにまで近付いてそっと下を覗く。さらにスタジアムの内部や彼女が上がってきた階段を見てみたものの、やはり誰もいなかった。

 

「......気のせいか」

 

釈然としないものの、いないものはいない。どうやら過敏になりすぎているようだ、と彼女は苦笑して再び定位置へ戻ろうと歩き始める。此処はかなり高い場所なため、風がそれなりに吹いている。そこらも計算しなければ外すかもしれない。

そうして、スナイパーライフルを再び手に取り──

 

「──あんた、良い勘してるね」

 

突如として、何かが潰れる音と共に視界が消滅した。

 

「あ、ぐ──!?」

 

目を潰された、と気付いた時にはもう既に遅い。仮想体(アバター)と言えど、ぐちゃりという嫌な感触が伝わってくる。推測するに、指で目を潰されたか。

咄嗟に悲鳴が漏れかけるが、シュッという風を切るような音と共に消える。目、そして次は咽。視界と声を潰され、悲鳴すらも出すことができずに彼女は愕然とした。

──何処から、現れた。

 

「真っ向から勝負したかったのかもしれんが、すまんね。こちとらなるたけ消費せずに勝ちたいのよ」

 

囁くような声音。それが耳に届いた直後、背後から腕が回される。思わず狙撃銃を取り落とし、彼女は声も出せないままもがいて抵抗する。だがそれを狙っていたのか、するりと腕がほどけた。

 

「───」

「あー、うん。最期の言葉くらい聞いてやりたいんだけどさ──」

 

真っ暗な視界の中、彼女は足掻くように手を伸ばす。だが指先に触れたのは、解れたローブのような感触だけで。

 

「──ごめん、声出てないからわかんねぇわ」

 

仄暗い笑みを浮かべた少年の姿を幻視したまま、拳銃の銃声とともに銃士X(マスケティア・イクス)の意識は砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「......これじゃまるっきり暗殺者だな、俺」

 

砕け散った銃士Xの仮想体。それを見下ろしつつ、俺は彼女の遺産?であるスナイパーライフルを持ち上げる。重い。だが持ち運ぶのに少々ふらつくだけで、運用するにはそこまで支障はなさそうだ。

......たかがスナイパーライフル一つでふらつくような筋力値ってのも色々問題あるか。

 

「ふぅ......」

 

干将を腰のホルダーに納めると、ぼろいフードを抑えながら周囲に聳え立つ廃墟郡を見回す。こんなに乱立している状況では何処にこの銃士Xのようなスナイパーが潜んでいるかわからない。だが、この最も使えそうな場所を奪取できたのはでかいだろう。

 

次のスキャンまで残り一分弱。本命が来るまでに何人かは潰しておきたい。銃士Xが死銃ではないと確認した以上、残る候補四人の何れかが死銃だ。確かもう一人ほどこの近くにいたはずだから、この掻っ払ったスナイパーで出来れば潰したい。

 

「狙撃は得意じゃねえが、下手ってわけでもないんだよなぁ」

 

さすがにシノンのような本職には劣るが、スキル補正無しでも300メートル程度なら当てられる。反動やら何やら結構恐ろしいものの、どうせこのスナイパーは拾いものなのだから捨ててしまっても問題ない。当たれば儲けもの、ようは使い捨てだ。

そう考え、俺は先程銃士Xがポジショニングにしていた場所に狙撃銃──恐らくはドラグノフの改造品であろうそれを据え、伏せてそのスコープを覗きこむ。零点規正(ゼロイン)は300メートルで済ませてあるが、変える必要はないだろう。

 

「......うん、そろそろか」

 

ある程度操作方法を把握した所で、俺はフードを被り直す。そして、囁くようにして呟いた。

 

「──"起動(スタートアップ)"」

 

ジジジ、という虫の羽が擦れ合うような音とともに、フードとローブを波が伝わっていく。そして完全にその波が伝わった後に見てみれば、ローブは完全に背景と同化していた。

 

──《メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)》。それが俺の切り札である、この超絶レアアイテムのローブに搭載された機能だ。

ぶっちゃけ反則級のアイテムだと言っても過言ではない。要するに、不可視の状態から一方的に狙撃することが可能なのだ。頭がおかしいくらいに低確率ドロップ──それこそ対物ライフルレベルでレアなこのアイテムがたまたまボスからドロップした際には目を疑ったものだ

だがしかし、

 

「レアすぎて使う気にならねーっつの......」

 

もしも破損したり奪われたりしたら──という恐怖から今までガンロッカーの中で眠っていたのがこのぼろいローブだった。つまり、その真価を発揮するのはこれで初めて。どんだけチキンなんだと言われるかもしれないが、ゲーマーなんてこんなもんである。

 

「......ほんとに見えないんだな」

 

まぁこの大会で使わなければいつ使うんだ、と考えて引っ張り出してきたものの──これはヤバい。銃士Xを襲撃した際にもこの機能を使ったが、あれだけ注視されてなお欺くほどの迷彩能力である。正直いきなり振り向かれた時にはびびったが、微動だにしなければあの至近距離からでもばれなかった。やはり反則級である。......過信しすぎるのもよくないが。

音を消せないという欠点や足跡でバレるということもあるため、砂漠地帯や砂利が敷き詰められている場所では要注意だ。

 

──しかし、それにしても監視衛星の目すら掻い潜れるってのは考えものだよな。

 

「やっぱり、か......」

 

半信半疑だったものの、北からスキャンされている様子を確認するに、やはり俺の座標は表示されていない。なんだこれ強すぎね。

多くのプレイヤーがスキャンを絶対視している以上、この"スキャンを無効化できる"というのはあまりに強すぎる。一方的な奇襲が可能になるというとはそれだけで脅威だ。

 

「修正パッチくらいそうな気がしないでもないけどなぁ」

 

そうぼやきつつ、俺はローブで覆うようにして端末を覗きこみ、スタジアム近くにある光点をタップする。......表示される名前は《リココ》。死銃候補の一人である。

 

──潰すか。

 

「はぁ......」

 

溜め息を吐き、手元にある銃を確認する。ドラグノフ・カスタムの薬室にはすでに弾は送り込まれているようだ。さらに言えば零点規正(ゼロイン)まで済んでいる。後は敵をセンターに入れて撃つだけ──

 

「......ん?」

 

ふと端末を再び覗きこみ、俺は眉を潜めた。先程まで点灯していた《リココ》の光点が消えている。もう座標表示が終了したのかと思ったが、他の光点がまだある以上は有り得ない。すなわち、残された可能性はただ一つ。

 

「............ッ!」

 

殺された(・・・・)のだ。俺以外の、プレイヤーに。

......だがそれは有り得ない、と俺は混乱しながらも否定する。先程まで──今もだが、この近くにプレイヤーの位置を示す光点はない。そして半径1キロメートル以内にも存在していない。シノンのような超級のスナイパーが2キロメートル圏内に存在している様子もない。そう、俺以外にいないのだ。

 

──ならば、導き出される可能性は二つ。一つ目は、《リココ》が自殺をした可能性。だがこの本選まできて自殺をするメリットなど皆無。故にこの可能性は限りなくゼロに近い。

そして、二つ目。それはすなわち──

 

「──俺以外の光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)持ちがいる、か......!」

 

二人目の隠密兵士(アサシン)。まさか俺以外にもこのレアアイテムを引いた奴がいるとは思わなかった。だが、考えてみれば道理である。バレットオブバレッツはGGO内でも最高峰のプレイヤーが集まる場。つまり、いわゆる廃人(プロ)がこぞって集結するということだ。そりゃ激レアアイテムを持つ連中ばかりが集まるのだから、必然的に自分と同じものを持つ奴もいるだろう。

 

「......くそったれめ」

 

忌々しい。いざ敵に回ったとなると、この透明化能力は非常に厄介だ。

くそ、と思わず悪態を吐き出す。今の反応から割り出すに、奴がこのエリア──"遺跡地帯"に潜んでいるのは間違いない。

 

「銃器持って廃墟でかくれんぼ、ってか。......笑えねー」

 

ただでさえ死銃の炙り出しに骨を折っているというのに、加えて透明人間とのかくれんぼとかオーバーワークにも程がある。言っとくが俺はそんな頭が良いわけではない。いわゆる知識はあるが知恵はない、という人間の典型である。ようはザ・凡人。一般ピーポーにしてワンオブザモブだ。そんな俺からすると、今の状況は十分に許容量オーバーだと断言しておこう。......言ってて少々悲しくなってくるが、事実なのだからしょうがない。

 

「どーしたもんかね......」

 

継続して死銃を追うか、先に透明人間を排除するか。

二兎追うものは一兎も得ず、という先人の言葉にならってどちらかを選ぶことを決意する。果たして、どちらを優先させるべきだろうか。

──目深に被ったフードの奥で揺らめく、数瞬の思考。そして導き出され結論は、

 

「......どー考えても透明野郎だな」

 

周囲に銃口の光がないかを慎重に見回すと、俺は再び伏せの体勢へと移行する。何故透明野郎の炙り出しを優先したのかは、まぁ極々単純かつ当然の理由からだった。

──そう。あの透明野郎が誰かはわからないが、奴も死銃である可能性もあるのだ。否、最もその可能性が高いとも言える。

スキャンから逃れ得る光学迷彩能力。それは殺人鬼からすれば喉から手が出るほど欲しい能力だろう。その容易に結び付く二つの要因からしても、透明野郎は非常に"怪しい"。原作の展開はもうほぼ忘れかけてるが、このローブを持っていた気がしないでもない。

 

疑惑があり、さらに可能性も高く、脅威になる。ならば最優先で排除するのは当然だ。

 

「......丁度良く"囮"も飛び込んで来てくれたことだしなぁ」

 

俺は端末を覗き、俺は薄く笑う。遺跡エリアに飛び込んできた二つの光点──すなわちキリトとシノン。そのタイミングの良さに感謝しつつ、俺は西側へとドラグノフ・カスタムをえっちらおっちら移動させると、銃口の反射を悟られないよう慎重に据えた。

......やがて予想に違わず、ビルの廃墟に空いた穴から一人の少女が現れる。おっかなびっくり──まさに野良猫のようなその様に吹き出しそうになるのを堪えつつ、俺は静かにスコープを覗きこむ。

 

──さて、鬼が出るか蛇が出るか。どちらに転ぶかはわからないが、シノンが即死しないことを祈るしかない。

 

「一発で死ぬんじゃねーぞ?」

 

キリトとシノンの組み合わせは脅威的だ。近接絶対防御マンであるキリトが盾となり、恐るべき狙撃兵士であるシノンがヘカートでぶち抜く──単純かつ、最強の盾と矛を両立させたコンビである。

だが──もしシノンとキリトが二手に別れたのだとしたら、俺が奴ならばどうするだろうか。

 

──決まっている。

 

「......十中八九、後衛(シノン)を潰す──」

 

スコープの中央。唐突に倒れ伏したシノンを一瞥し、走る青色の電流を確認。そしてその左斜め後方の空間が歪み、ぬらりとした動きと共に黒い拳銃が引き抜かれた瞬間。

 

「──そうだろ? "死銃(デス・ガン)"」

 

無造作に引き金(トリガー)を引いた。

 

『............ッ』

 

走る一条の弾道。轟音と爆炎を伴って吐き出された弾丸は僅かに狙いを逸れて、虚空から出現した死神の肩口を貫く。驚愕に満ちた視線がフードの奥から突き刺さり、俺は薄ら笑いを浮かべて応じた。

 

「──大当り(ビンゴ)、ってか」

 

にしても、だっせぇ名前。

俺はそう吐き捨て──第二射を放つのだった。

 

 




シュピ(あれで違ってたら俺はっず......え、あってる、よね? 死銃だよね?)

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