複雑な気持ちで家に帰ると、何やらリビングの明かりがついていた。中には小町がいるのだろう。また、何やら歌っているらしく、優しいが、悲しい感じの歌声が聞こえる。
結局、こいつは最後までこんなにのん気なんだな。……まぁ、いいか。
リビングのドアを開けると、小町が素早く気付き、少し責めるような口調で言う。
「あ、お兄ちゃん、遅いよ。勉強教えてって書いたの見たでしょ?」
「……ああ、悪かった。ごめんな」
素直に謝ると、小町は少し言い過ぎたと思ったのか、何やら申し訳なさそうな顔をしてうつむいた。情緒不安定というか、そこまでではないだろう。普通の範囲内だと思いたい。よく分からないが。……よく分かりたくもないが。
少しのあいだ色々と考えていたが、考えるべき事が多すぎて、自然とため息が出てしまう。
まだうつむいている小町を残して、俺は着替えるためにリビングを出た。
***
制服から着替え終えると、再びリビングへ向かう。今度は特に歌声は聞こえない。ドアを開けると、小町は全く同じようにうつむいていたが、顔をゆっくり上げてこっちを向いた。……どうやらやる気はあるらしい。意思確認が出来たので、ゆっくりと小町の左隣に座る。
「その、なんだ……勉強、するか?」
「うん……ごめんね」
「いや、俺は大丈夫だ。どうせやることなんて何も無いしな」
そう言ったはいいが、返事が返ってこない。何ヶ月か前だったら、小町が気を効かせて笑えるような状況にしたのかもしれないが、考えてみれば、今日、俺はまだ一度も小町と目を合わせてすらいなかった。……そんな状況で、笑いあえるはずなんてないだろうに。
そんなことを考えていると、急に右から声がした。
「まぁ、お兄ちゃんなら……そうだろうと思ったよ?」
いつもの調子……よりは少し暗いが、いつも通りを装って小町は話し続ける。その間も、小町はしっかりと俺の目を見ている。
「だって……どうせ小町がいなかったら、今日みたいな日だってずっと部屋にこもってるんでしょ? わかるよ、小町には」
あまりにも的確な侮辱なので、思わず口を挟む。
「お前なぁ……まぁ、反論出来ないんだけどな」
小町は少しさっきよりも調子にのったのか、少し微笑みながらさらに続ける。
「やっぱそうだよね〜。お兄ちゃんだもんねぇ」
一秒ほど開けて、今度は何も映っていないテレビを見ながら、小町は恥ずかしそうに付け加える。
「でもね、小町もね、お兄ちゃんがいなかったら、こんな日にはきっと一人で部屋にこもってるよ」
何か感動的なことを言われたが、きっとこの後にはいつものお決まりのセリフが飛び出すのだ。予想通り、小町は、くるっと素早くこっちを見てしゃべり出した。
「まぁ、言いたいのはそれだけだよ。ヒール・ザ・ワールドみたいな? うん、多分そんな感じ」
……かなり誤魔化しが下手だったが、それでもポイントうんぬんよりはだいぶ気分が良い。これで、ようやく気兼ねなく本題に入れるのかもしれない。
「じゃあ、最後に頑張るか」
小町は、それに大きめにうなずいてこたえた。