比企谷小町のわだかまり。   作:★ドリーム

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そうして、彼らはあるべき姿を認識する。

.....どうして、人の感情というものはこうも浮き沈みが激しいのだろうか。

俺だって、小町だって、何も好きでこんなことをしている訳ではないだろうに。

 

「そうだ、俺が頼んだ」

 

小町は、そっか、と小さく言うと、また話し始める。外はもう暗い。小町だって、この時間に出て行きはしないだろう。

 

「.....もういいや、別に。お兄ちゃんだって、多分、良かれと思ってやったわけでしょ?」

 

賢い妹を持ったなぁ、と感心していると、玄関の方で足音がした。

 

......やべ、サイゼの一件を忘れてた。このままだと、親父に亡きものにされてしまう。

 

「賢いなお前は。やっぱり、愛してるぞ」

 

俺のラブリー小町が、へへーん、と偉そうに言うのを見届けてから、俺はすぐに部屋に向かおうと立った。

いきなり立つ兄を不思議に思ってか、小町は俺を引き止める。

 

「えっ、もっと話そうよ?」

 

「シンデレラだって時間には戻っただろ?俺にも時間が来たんだ。じゃあな」

 

「お願いだよ、遊ぼうよ。愛してるんじゃないの?」

 

今度は、小町はほとんど間髪を入れずに返答しながら、ファイト一発ばりに俺の手をつかんできた。

 

「かの有名な、ドン・キホーテだって想い姫を長くは見なかったんだぞ。俺の姫の戸塚に免じて離してくれ」

 

「うわ、気持ち悪いな~。お父さんがくるまでは寝かさないよ?」

 

こいつ、確信犯だ。

というか、最後の言葉なんてどこで覚えたんだよ。小町はいつまでも清らかにあるべきだろ。親父が泣くぞ。

 

「お父さん、この人です。こいつが俺を.....」

 

小町は一瞬だけ動きを止めると、叫んだ。ちょうど玄関に聞こえるくらいの声で。

まぁ、俺が親父を召喚したところで、捕まるのは俺だけどな。

 

「やめて、お兄ちゃん!痛いよ~」

 

その瞬間、玄関の最終安全装置が解除された。要は二個目の鍵。

親父にセントラルドグマを通過されてしまった!我が家のヘヴンズドアが開いていく。

全然かっこ良くねぇな。

とにかく、カヲル君の様に潔く親父につぶされるべきか、青鬼のタケシよろしく部屋に籠ってガクガクとタンスの中で隠れて震えるか、それが問題だ。

シェイクスピア風に考えている間に、小町の手を振り払う。

気が付いたら、俺は部屋へと走っていた。

 

俺が部屋に籠ってガクガクとやっていると、かっこよくいえば、スネークの様に身を潜めていると、下から小町の声が聞こえてきた。

 

「お兄ちゃんが小町のこといじめたよぉ~!」

 

こんなの聞いたら「謀ったな、小町!」とか「小町、お前もか」とか、超ぴったりで、すげぇ言いたい。

俺が絶望している時に、もう一度、小町の声が聞こえてくる。

 

「でも~、小町も悪かったかもしれないから、いいや。お父さん、ありがとうね!」

 

だが、我が妹は、俺の微かな期待を裏切らなかったのである。

やっぱり、俺はいい妹を持ったんだな、うむ。

 

だが次の瞬間、俺は戦慄した。

謎の足音が近づいてくるなんて、こんなの無いぜ。

居場所を逐一知らせてくるヤツといえば、もうメリーさんぐらいしか思いつかないよな。

よって、親父がメリーさんってオチ。

なんだよ、その宇宙の戦争みたいなオチは。

親父がメリーさんだなんて、どんな衝撃の過去があったのだろうか。

これ、映画化したら全米泣くぞ。

 

足音が部屋の前まで来ると、ドアが開かれる。

 

「お兄ちゃん、この借りは返さなくていいよ?きゃー、今の小町的にポイント高い~!」

 

.....ただの小町だった。

その後、小町は、少し小さな声で言う。

 

「.....お兄ちゃん、今度、結衣さんと雪乃さんと会わせてくれる?」

 

なんだかんだで、小町はやはり家族なのだ。まだまだ時間はある。

これからゆっくりと「本当に」馴染んでいけばいい。見守っていけばいい。

由比ヶ浜にしろ雪ノ下にしろ、誰とだって、時間を重ねていけばいい。

そうすれば、いつかは「本物」が得られるだろう。

それに向かって進んでいけば、あるべき姿になるだろう。

少なくとも、そう信じて。

 


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