デミえもん、愛してる!   作:加藤那智

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前半ウラエウス視点。後半◯◯◯視点。
暗い!きついのダメ!てひとみちゃだめ!


気がつけば、見学していた/side: 気がつけば、観察していた

 タブラさんのRP(ロールプレイ)は徹底している。

 ギルメンと一緒にいてもギルド音声電話で話さない。みんなで会議する時はギルマスにメッセージを飛ばしてみん

なに伝えてもらっていた。

 

 なんでギルTelで話さないのですか?と聞いたら、タブラさんの種族ブレインイーターは意思疎通を精神感応(テレパシー)で行うかららしい。パーティを一緒に組んでもパーティリーダーとメッセージでやりとりし、ほかのパーティメンバーにはエモーションのみで対するので個人的な話をすることがほとんどなかった。

 そんな寡黙なタブラさんと話すようになったのは、わたしがアルベドにアイテムをあげるようになったのがキッカケだ。

 

 NPCたちに【抱っこ】が実装され、色々なNPCに抱えられながら移動できるようになり、いままでは知らなかったNPC目線を知ることができた。ナーベラルはこんなところも行くんだなーとか、コキュートス目線たかー!とか、シャ、シャルティア抱っこしなくていいから!とか、色々……うん、色々あった、最後はデミウルゴスに癒してもらった。

 じゃなくて!えーと、そうそう【抱っこ】されてナザリックを隅々まで移動したのにアルベドに全く出会わない。気のせい?と思ったけど気になってしまいアルベドのいる玉座の間に1日張り付いてみた。

 

 ひょっとしてアルベドはずっと玉座の間にいるの?わたしの推理が正しければアルベドは……!

 

 結果!推理どおりまったく玉座の間から移動することはなかった!気分は探偵、名探偵ウラエウス!……とかいってる場合じゃない。

 

 そっかーそっかーアルベドはずっと独りで玉座の間を……ちょっと寂しい。かなり寂しい気がする。

 

 NPCなら放置だろうが私室がなかろうが普通だろう。けれどアルベドもいずれ魂を宿せば、ひとりの意識ある女性である。

 我、思う故に我ありーー放置された思いの蓄積は彼女をさらに狂気の淵に追いやるのではないだろうか。

 

 玉座の間でひとりぼっちでうん百年……うええ、わたしなら耐えられない、つらい。

 

 そこでわたしはアルベドの寂しさを紛らわせることがないかなーと考えた。ギルメンみたいに狩りを一緒にしたりとかはできない。

 けど、話しかけたりアイテム上げたりとかはどうだろう?転移後、デミウルゴスもウルベルトさんのアイテムをモモンガさんからもらったら嬉しそうにしていたし。

 

 でも、NPC達はそれぞれの製作者に紐付けされているので、ギルマスでもないかぎり勝手に設定や装備を変えたりできない。

 なので、アルベドにアイテムをあげたいならタブラさんにあげて、タブラさんからアルベドにあげてもらうことになる。

 

 タブラさんとアルベドの接触が多くなるのはいいな。

 タブラさんはお姉ちゃん(ぶくぶく茶釜)おにいたん(ペロロンチーノ)みたいにNPCを構い倒す人じゃないから、きっとアルベドにはタブラぬくもりてぃは足りてないはず。

 たっちさんとセバスも接触は少ないんだけど、セバスは階層周回コース(見回り)でいろんな異形たちと接触するからあんまり孤独さないんだよね。

 あれ?守護者統括なのに階層周回コース(見回り)がないの?アルベド?こ、これは……。

 

 お手間かけさせちゃうかなーとタブラさんに謝りつつアイテムの件を相談したら親指オッケーエモーション。

 返事かっるー!タコさんかるいよ!

 ブレインイーターのイメージをぶち壊してくれるフレンドリーなタコさんである。

 

 オッケーいただいたので、アルベドへのアイテムをどんなのにしよーと玉座に行ってイメージづくりしてから製作。出来上がったアイテムをタブラさんのお部屋にいって渡す。タブラさんがアルベドに装備させる。わたしとタブラさんで装備したアルベドを眺めて、お互いにオッケーエモーションをだす。

 そんなやりとりを繰り返すうちにタブラさんとアルベド以外のことを話す時間も増えた。

 

 タブラさんの名前は、錬金術師の祖ヘルメス・トリスメギストスが作ったとされる、緑玉板(エメラルド・タブレット)のラテン語表記。

 名前のみならず、宝物庫のパスワードもエメラルド・タブレットから。

 クラス選択は錬金術イメージを主体とし、種族選択を産まれながらの思念力者(ナチュラルボーンサイオン)にするあたりかなりのこだわりがうかがえる。

 わたしの名前のウラエウスを『名前はエジプトの蛇女神?』とすぐ当てられた。

 わーギルドですぐわかったのタブラさんだけだよー。

 わたしは古代にロマンを感じるので、ちょいちょいツッコミをいれていたらタブラさんとエジプトの考古学について話すようになった。

 

「古代エジプトの発音に関してはまだわからない母音発音ニュアンスを知りたいんですよー(それがわかればデミウルゴスの別名のYHWHもイェホバなのかヤァハウェなのかわかりそう)」

『古エジプト、母音は表記せず子音表記だけ。神名の正確な発音を知っているのは、ごく僅か』

「いるんですか!」

『是。もっとも知っているからといって発音できるとは限らない。おそらく目が見えず耳も聞こえない者であれば可能』

 

 意味深!むむむ!

 タブラさんはおそらく素人ではなく専門職なのではないだろうか?

 

 そんなタブラさんと現実リアルで会うことになったキッカケはウルベルトさんだった。

 彼女さんが体調を崩して看病するから行けなくなったけど、もったいないからいるか?といわれエジプト展のチケットをいただいて「今日エジプト展いってきまーす」とギルTelで話し喜び胸はずませてお出かけ。

 エジプト展は人手が多くて、会場外も並んでいて、中も並んでいた!行列でなかなか見えないなか、ぴょんぴょん軽くジャンプしながらなんとか鑑賞する。

 わたしは自分のユグドラシルネームにもしたウラエウス関連を見ようと歩き回った。

 

 おおーっファラオの王冠の上の飾りにコブラ!ツタンカーメンの胸飾りにも。蛇の飾り多い!上エジプトはハヤブサ……おにいたんのアバターちょっとホルスっぽいな。

 

 なんて妄想しつつ絢爛豪華なエジプトの展示物に魅せられながら見学した。ちょっと興奮しすぎたのか疲れてしまいソファーに座り飲み物を飲んでると、トントンと後ろから肩を指でたたかれた。

 ふりかえるとそこに室内でめずらしいサングラスをかけた男性が立っていた。

 

「タ、タブラさん!?」

 

 ゲーム内と同じように親指を立てて返事をするタブラさん。

 ななんでここに!?と聞くと、タブラさんもウルベルトさんからチケットを譲ってもらったのだという。時間的にこれるかわからなかったけどユグドラシルで今日わたしがエジプト展に行くのがわかってあわせて来たんだそうだ。

 えー嬉しい!

 ずいぶん前のオフで会ったときはアルベドの話をする前だったせいもあって全然話さなかったし。

 それから並んで展示物を見て回り、その後お茶をご一緒することになった。

 

「あの人たちはいいんですか?」

「気にしないで、あれが仕事」

 

 展示物を見回っているときに、タブラさんの後を付いてくる二人組に気付いた。オフ会のときにもいたのかな。全然気がつかなかった。

 彼らはタブラさんのボディガードとかなんですか?と聞くと「見張り」と言われた。

 二人組は気になるけど、タブラさんが気にしないでほしいというので見ないことに。き、気になる……!とりあえず飲み物とお菓子を注文する。

 

 こうして間近でタブラさんを見るとおっとりとしてすごく育ちが良さそうな雰囲気。ティーカップを持つ所作ひとつにしても流れるよう。

 サングラスをしているのは、目が見えなくて義眼を入れたけど光に慣れないかららしい。元々目が見えなかったのか。だから服がシンプルなのかな。目が見えない人は服を着崩すとかができない。目が見えないからどれくらい着崩せばいいかわからないんだって。だから、目が見えない人は首元までボタンをはめるようにすごくきっちりしてるか、ぐしゃあと適当になっているかのどちらかになるらしい。

 タブラさんの服は目立つようなものではないけれどすごく仕立てがいい、生地が違う、多分オーダーメイドだ。いい生地ですね、と聞くと天然ものだった。ひええ。

 服は他人に見立ててもらって、着た感じの格好を他人に感想を聞いて決めるんだって。

 

「外ではサングラス。だから洋装。普段は和服」

 

 和服!うわー似合いそうって思った。

 とてもホラー好きには見えない!あんなビックリルームのニグレドのお部屋作った人には見えない!

 ユグドラシルのブレインイーターとのギャップ差がすごすぎるー。そういえば年齢いくつなんだろう、30代くらいなのかな。

 わたしのお仕事にも興味があるようでたくさん質問された。タブラさんこんなに話すイメージなかった……!タブラさんのほうはある研究所の学芸員らしく趣味で発掘作業もしているという。

 

 え、それってすごいお金持ちってことですよね……。

 

 そんな疑問が顔に現れていたのか笑われた。

 何を目当てに発掘しているのか聞くと、タブラさんは「うーん」と少し悩むようにしわたしと視線をあわせてから目をつぶった。

 

「な、なんか守秘義務とかあるなら無理にとは……」

「秘密、じゃない」

 

 うっすら瞼をあけ「これは昔話」とタブラさんはささやくような小声で話しだした。

 

「むかしむかし古い因習に縛られた家。

 その家は今はなき天皇家を代々守護する血筋で日本の国を裏側から守る。

 世界大戦の時にはある国の大統領の呪殺にも成功、力がある。

 そのあとすぐ大統領が変わって核を落とされて意味がなし。

 そして時代は流れ、口伝の大部分が失われ、宝を奪われ、守るべき主もなくす。存在意義をなくした獣、牙を振るうこと、手段ではなく、目的として生きながらえる。けれど結局なかから亡ぶ。

 その生き残り、僕は、失われた力を取り戻すべく、過去の遺産を追い求める」

 

 ……な、なんか、いますごいことをさらっと聞いたぞ。どどういいうことだ、つまりタブラさんが、いや、タブラさんの家が天皇家を守っていた?じゅさつ?

 

「ーーそんな話も、ある、かもしれない?」

「え!うそなんですか!?」

 

 戸惑うわたしに微笑むタブラさんの真意はわからない。からかわれたのかな。そうだよね、なんといっても作り込みこだわるタブラさんだし。

 

 その後はアルベド、ニグレド、ルベド姉妹について話したり、デミウルゴスについて聞かれたりした。

 なんであんなにデミウルゴスのことばかり聞いてきたんだろう?どういうところが好き?とか。

「すす好きじゃないですし!」というと笑われた。

 思わず仕返しに、タブラさんもアルベドのこと好きなんですか?と聞いてみた。

 

「言われるまでNPCのことを好きかどうかなんて考えたこと、はない。でも、アルベドや、ニグレド、ルベドのモデルにした人のは……好ましい、概念」

「(好ましい概念?す、好きだったってことだよね)そそうなんですか。タブラさんの大事な人だったんですね」

「大事、大事……。実は、彼女たち3姉妹、元々一人の女性をモデルにしたもの」

「1人、ですか!?」

 

 その人はいまは……?

 と聞くとタブラさんは口元に微笑みを浮かべて、遠くを見るような瞳になった。まるでもういない面影を目の前に探すかのように。永遠の憧れを瞳にのせて。

 

 ああ、わたしは何てことを聞いてしまーー。

 

「うちで元気にしてる母親」

「元気なんですか!?」

「ピンピンしてる」

 

 な、なんだーデリカシーないこといっちゃったな、申し訳ないことをしたと思ったのに!

 え?というより、お母さんがアルベドとかニグレドとかルベドとかみたいなの?そんな馬鹿な!

 戸惑うわたしを見てにっこり笑うタブラさん。

 

「もー!!びっくりさせないでくださいよー」

 

 またからかわれたんだー!

 タブラさんの胸元ポカポカ拳でたたくと、彼はひときわ高い笑い声をあげてわたしの頭を撫でてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 古い記憶。

 

 薄暗い室内に女の切なげな声、男たちの呻き声、破裂音、水音、が響く。

 

 暗転。

 

 自分をしっかと抱きしめ離さぬ腕。

 みしみしと骨が軋むほど抱きしめ締めつけてくる。

 

 暗転。

 

 物言わぬ壊れた肉人形。

 

 

 ーーそれが母の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古き血。

 汚れを最小限にする為に血族内での近親婚を是とする家系。

 交わりは深く長くより濃密な闇を滲ませ錆のような輪郭を形作り存在を示す。

 それが自分だと知ったのは大分後になってからのことだった。

 

 当時の自分の世界は満ち足りていた。

 暗闇を手足で「見て」(kkg)「探し」(hvc)「眺め」(nmgc)た。

 足元は、土なのか、石なのか、平らなのか、傾いているのか、踏んだ瞬間に理解する。

 気になるものがあれば指先でさわり、なで、にぎり、つついた。

 さらに気になれば、耳で「触」(mmh)り、舌で「見て」(begk)鼻で吸い込み胸で「味」わった。

 全てがおさまるところにおさまり、置き場所があり、居場所があった。

 そんななかどこにも置くことのできない概念があった。

 

「ワタシノコ」

 

 経文にも祭文にもない響き。いつ聞いたのかもわからない。

 うっすら記憶にのこる意味はわからないがその「色」(fhjh)おとは気に入っていた。「色」(fhjh)から香る「柔らかさ」(lunb)にずっと触れていたかった。

 

 「苦さ」(apj)がやってきて「色」(fhjh)の羅列をわたしてくる。

 わたされた「色」(fhjh)を自分が暗誦しないと腕や足を「毟」(uecv)ってくる。

 それが嫌で「色」(fhjh)を覚えて諳んじる。

 少しでも間違うとまた「毟」(uecv)られる。

 一言一句間違えずに「色」(fhjh)を完全に暗唱できるまで何度も繰り返された。

 

 ある日から「ご飯」(io)が変わった。

 五穀断ち、火断ち、塩断ちの断ち行に入った。

 水垢離。

 断食、断水、不眠、不臥。

 

 大気の隅々まで清廉な気配を感じる日。

 周囲にたくさんの人の気配も感じる。自分と「苦さ」(apj)の経文の唱詠がはじまった。

 

 一体、何時間、何十時間、唱え続けただろうか。意識が朦朧とし感覚がなくなってきた。経文だけが鮮明に浮かび上がってくる。

 もう、無理だ……と体が倒れそうになった時「苦さ」(apj)が大声を発し何かを解放した。覚えているのはそこまで。

 

 次に目覚めた時、僕は「視える」(lawv)ようになっていた。神憑式は無事に終わっていた。

 さらによりよく「視える」(lawv)ようになるために耳をつぶされた。

 けれど僕には「視える」(lawv)からなんら問題はなかった。いままで聴覚、触覚、味覚、嗅覚で作り上げた象形イメージでしかなかった世界の明明白白な様相を得ていた。

 

 そして、家業の生業をこなすことになった。やっと一人前の扱いとなった。

 僕の力を遺憾無く発揮し、一族に立ち塞がる障害となるものを排除した。そして、一族の役割を果たしながら、あの響きを持つ者を探した。

 探索に何ヶ月か必要としたが見つけることができた。

 「女」(pwmka)だった。僕は女人に会うことを禁じられている。血の穢れが力を弱めるから。

 でも僕は「女」(pwmka)に聞きたかった。会いたかった。

「ワタシノコ」にはどういう意味があったのか。「女」(pwmka)は僕にとって何なのか。教えてほしかった。

 我慢したが耐えられず、屋敷を抜け出し、蜘蛛糸をかいくぐり、「女」(pwmka)の元まで駆けて行った。

 

 そこで視たのはーー。

 

 無数の男たちの上で踊る女たち。

 嵐の海のように荒ぶり、燃え盛る炎のように乱舞する。

 与えられる愉悦に体を震わせる女たちと、女に紅い花を散らしている男たち。

 その中には「女」(pwmka)もいた。

 

 目を閉じることはできなかった。

 ーー全てを「視」(la)通す目のために。

 

 

 あれは何だったのだろうか。わからなかった。理解したくなかった。けれどこの「目」(huu)は閉じることも潰すこともできない。

 

 屋敷に戻った僕は謹慎の身となり見張りがついた。おそらくまた抜け出されてはたまらないと上が考えたのだろう。けれど、僕は抜け出す気はさらさらなく放心していた。しばらく使い物にならなかったと思う。

 

 何ヶ月かたち、「女」(pwmka)に会うことを許された。役割を果たせない僕を処分する手前まできていたのだと思う、最後にショック療法のつもりで「女」(pwmka)に会わせたのだろう。

 けれど会うといっても「女」(pwmka)と直面というわけではなく、「女」(pwmka)のいる部屋を覗くにとどまった。上は僕と女人との遭遇はできるだけ避けたいようだった。

 

 覗き窓から視た「女」(pwmka)の腹はふくれていた。

 あれは何だ?病気なのか?と傍付きに聞くと、子が入っていると言われた。驚いた。人があんな中にいるのか。

 

「私の子……」

 

 そっと腹を撫でる「女」(pwmka)の声が聞こえ雷に打たれたように身体が硬直した。

 聞き覚えのある響き。ということは……。

 

 ーー「女」(pwmka)は僕の母であった、あれが僕を生んだもの。

 

 子はどうなるのか?と聞くと、産まれたらすぐ「女」(pwmka)から離し教育係に渡され、見込みがあれば生き残ると言われる。なるほど、僕は見込みがあったというわけか。

 「女」(pwmka)を視やる。話してみたい。だが許されないだろう。では役割につけばよいのではないか。

 

 「女」(pwmka)に会った日からがむしゃらに奉仕をこなした。そして上に掛け合い日頃の功績を理由に「女」(pwmka)から子を引き取る役を奪い取った。ただし、【話をしてはならない】という制限付きで。

 それでもいい、「女」(pwmka)に会えるなら。

 

 それから大体1年に1回の「女」(pwmka)との邂逅がはじまった。

 

 「女」(pwmka)のいる部屋に入る。入ってきたのがわかるだろうに「女」(pwmka)はこちらをちらりとも見なかった。「女」(pwmka)に近寄ってよく「視」(la)る。「女」(pwmka)の顔は焼き爛れた火傷の跡があり足の腱を切られていた。これは歩けないだろう。

 そんな壮絶な身体とは裏腹に、穏やかで慈愛と優しさに包まれながら子を抱く様子は西洋に伝わるという聖母のようだと感じた。子にたいする愛情が伏せた目から溢れていた。

 この「女」(pwmka)から子を取り上げるのが役割である。

 僕は無造作に女に近づき、「女」(pwmka)の腕から子を取り上げた。

 

「わたしのーーわたしのこぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 絶叫。

 ガリっ!と頬に痛みが走る。腱を切られたというのに飛びかかってきた「女」(pwmka)に引っ掻かれた。

 身を引き距離を開けると「女」(pwmka)はあらん限りの声をだし叫びながら髪を振り乱し這いずってくる。その速さたるや常人が歩いている速度と変わらないだろう。

 すぐに外にでて扉を閉める。

 扉を叩く打撃音と振動が辺りに鳴り響く。

 

「わたしのこわたしのこわたしのこわたしのこわたしのこぉぉぉぉぉーー!!ああああああーー!!」

 

 「女」(pwmka)の慟哭。その悲痛な声。

 傍付きが眉をひそめ、僕の頬を癒そうとしたが、その手を僕は拒否した。いま、感じているモノを邪魔されたくなかったから。

 

 ーー僕はかつてない喜びを感じていた。

 

 それから「女」(pwmka)から子を取り上げる一年に一回の楽しみができた。

 取り上げるたびに「女」(pwmka)の様子がおかしくなり狂っていく。狂う様を見るのが楽しかった。

 取り上げた時だけ「女」(pwmka)は僕をみて強く睨みつける。火傷で醜くなった顔をさらに歪ませて襲いかかってくる。おいかけっこだ。楽しい。楽しくてたまらない。

 

 しかし何年か経つとだんだんと「女」(pwmka)の反応が遅く、動きが鈍速になっていった。やがて子を奪われても「女」(pwmka)は動かなくなった。

 

おい、(ovf)どうした、(pphg)子はいいのか(zwklv)

 

 なぜか焦り「女」(pwmka)に話かけた。この頃には一族の「目」の1人として役割をきちんとこなす自分に疑いはなくなり、「女」(pwmka)を連れ出すのではないかと心配して付けられた傍付きも厳しく監視していなかった。

 

 僕の言葉にも無反応な「女」(pwmka)に動揺する。おい、しっかりしろ!と子を逆さまにしたり、「女」(pwmka)の頬を叩いたりした。「女」(pwmka)はピクリともしなくなった。

 

 それから「女」(pwmka)は薬で寝かせられ、睡眠中に妊娠し子を取り上げられるようになる。

 医師が「女」(pwmka)から子を取り上げてそのまま移送されるため、僕の役割は終わった。

 

 「女」(pwmka)と会うことができなくなり、一族の「目」(huu)の役割をこなしながらも「女」のことが頭から離れない。

 

 ーーなぜ、「女」(pwmka)に会いたかったのだろう。

 

 ーーなぜ、「女」(pwmka)から子を取り上げると喜びを感じたのか。

 

 ーー「女」(pwmka)に抵抗され苦しむ様子をずっと見ていたかったのはなぜだろう。

 

 ーーわからない。

 

 

 標的を視つけ実行者に伝え殺し役割を終えて屋敷に戻る。

 僕は一族の千里眼の中では頂点に立つようになり傍付きが増えた。

 身の回りのことは全て傍付きたちが行う。覚えが目出度ければ地位が向上すると思っているのか、役立ちたいアピールがうるさくて仕方がない。

 馬鹿なことを。一族の序列は血の才のみ。いくらアピールしたところで、才がなければどうにもならない。

 それに一族で地位があることがそんなに大したこととは思えない。

 そう古い傍付きに漏らした時には、誠に差し出がましく恐れ多いことですがどうかいまの話を他のものには話されませぬよう、ひらに……と土下座をされて、さらに興味がなくなった。

 

「そういえば主様を煩わせていた「女」がなくなったそうですよ、石女になったので処分されたのでしょうね」

 

 にこやかに話す新顔の傍付きの言葉に身体が固まった。

 

 ーー死んだ?「女」(pwmka)が?

 

 心に吹き荒れる動揺を抑え、何事もなかったのように寝支度をさせて、傍付きを全員下がらせる。

 他人の「目」(huu)を幾人か経由し「女」(pwmka)の様子を確かめる。一族の病室にはいなかった。ーーでは本当に。

 

わたしのこ(watashinoko)……」

 

 あの声を聞くことは二度とないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は完全環境都市(アーコロジー)情報部に一族の今までの暗躍した活動内容、組織情報を密告した。一族は離散。生き残ったものは地下に潜った。

 僕は取引して監視付き証人保護プログラムにより身を隠すことになった。とはいえ、一族の能力者から身を隠すのは難しい。なので存在をごまかすために、義眼、義耳の機械化手術を受けた。

 

 僕は目が見えないことで既存の文化フィルターや、視覚イメージに囚われず、物事、物質の概念を把握することができた。

 例えるなら、月といって二次元的な丸、もしくは三日月を思い浮かべ、さらに地球に向いている方が表側、見えない方が裏側と考えるなら、すでに視覚イメージ+日本の文化フィルターに縛られている。

 僕は見えていないから、辞書に書かれているような概念通り月をイメージする。それは球体であり表も裏もない。

 

 僕は文盲だ。文字を知らず、言葉を持たない。他人とのコミュニケーションも音の羅列で行う。イルカのように。

 なぜなら言葉は思考のイメージを固定し縛り付ける。そうなると言葉以上の力は出せなくなる。

 このため僕の一族は赤ん坊の頃に目を潰し、力を行使するための最低限の旋律を覚えたあとは耳も潰す。そうすることで思考力は飛躍的につながり視覚、聴覚に頼らない認識力を得られるからだ。

『はじめに言葉ありき』というのはキリスト教を支配の手段として使い始めた者の書き換えであり、人間の想像力を、思考力を限定するための呪いでもある。

 その呪いにわざとかかることで、一族の捜索の目を眩ませる。

 

 千里眼で「視」るということは、相手に「見」られるということで、わざと認識させて相手の所在を見つける。だが、こちらが「視」なければ向こうは認識できない。

 彼らが探すのは「目」を持つ者。僕が「目」を失えば見つけることはできない。

 

 手術を受けたあと、僕はただ人として世間に混じりはじめた。まず言葉を知らないので言葉を習う。

 こんな音の羅列が敵意がないことを相手に知らせる合図なのか。

 いくらでも誤魔化しがききそうではないか、と不信ながらも習得する。

 

 しかし視界になれない。みんなは恐ろしくないのだろうか。

 視点が定まると定位置からの視覚情報しか見えない。横は?後ろは?

 よくこんな宙ぶらりんな眺めで安心して暮らしていられるものだ。

 

 色々悪態をつきつつもなんとか日々の暮らしに慣れていく。

 僕が千里眼で得た情報は、完全環境都市(アーコロジー)情報部最高機密に分類されるらしい。なのでアドバイザー業を保護の義務としてこなしながら、興味のあった自分のルーツを探しはじめた。

 

 僕の一族は元々は呪殺を主にした一族ではないらしい。では何をしていた家系なのか調べたかった。表立って自分が動くと一族の捜索に引っかかるかもしれないので情報部のチームメンバーに頼んでいる。

 大分古い家系だからすぐには無理だろう。

 

 完全環境都市(アーコロジー)内考古学研究所職員の資格を割り当てられた。

 情報部の案件があれば呼ばれるが、考古学に関する仕事はしてもしなくてもよい身分だ。

 だが触れてみると考古学は興味ぶかい。考古学に過去ではなく未来を感じた。神の存在を考古学は肯定している。そのことにとても親近感を覚えた。一族で何度も神憑式を行い、神がいることは身をもって知っている、一族の屋敷は常に神気で満ちていて心落ち着く空間だった。

 

 一族から出ればどこにも神の気配を感じない。これほど気配が薄くて一体人間はどうやって暮らしているのか、とても暮らしていくことなどできないだろうと不思議で仕方がなかった。

 

 しかし彼らは「カガク」という物質特化した技術で発展し、そして追い詰められていながらも、なんとか暮らしていた。そんな人の営みはどんなものだろう、とても興味深い。

 

 しかし暮らし始めて他者との対話はまったく上手くいかなかった。一族で隔離されて育ったせいだろう、相手が何を考えているのか、何に怒るのか、喜ぶのか、さっぱりわからない。

 そこで、他者を観察しはじめた。観察結果を見よう見まねでやってみる。

 

 ……おお!やっと薬屋の店員が声をかけてくれた!

「こんにちわ」「ありがとう」に加え、天気、ニュースの話題を振ってみたのが良かったのだな。

 

 なんとなく会話が成立するようにはなってきたが、未だに感情の動きがよくわからない。これはさらに観察を重ねる必要がある。

 感情の動きがもっとわかれば、「女」と対峙した自分の感情もわかるかもしれない。

 ならばと、どういうときに人は感情を表しやすいのかと調べた。

 

 ……娯楽一般がいいかもしれない。人間の感情が大幅に揺れ動き観察するのにうってつけなもの……ギャンブルや、ゲーム、特に人の生き死にや、人生がかかっているものほど良さそうだ。

 

 そして、自身のアバターを作り出すというDMMOーーユグドラシルを知った。

 

 興味本位でユグドラシルのゲーム概要を見ていて目に付いたサイオニックという項目。

 思念力サイオニックと呼ばれる力、精神に秘められた可能性を開発する技。自分が失った能力が書いてあった……!

 正直にいえば、千里眼を失い新たな五感を得たとはいえ、喪失感の穴埋めにはなっていなかった。

 失った能力を仮初とはいえ取り戻すことができ、多人数と関わることもできるゲーム、これは僕のためのゲームに違いない。

 

 支給されているダイブマシンにユグドラシルをダウンロードし、ログイン画面を表示、アバター作りに入る。

 

 分身(アバター)か……。

 どうも人間形は自分のイメージに合わない。視覚イメージに依存しすぎたデザインだ。僕の人間の概念に近いのは異形種か。

 

 異形種欄で気になったのは、ブレインイーター(脳を食べるもの)

 蛸のような触手、白く濁った眼。昼間はで15メートル程度の視程。劣った聴覚。鼻もなく臭覚も弱い。

 しかしその強力な思念力は、五感に頼らず周囲を把握でき、意思疎通は精神感応力(テレパシー)で行う。

 

 ーーこれだ、これしかない。

 

 最近感じることのなかった高揚感のままアバターを作りユグドラシルをはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲームをはじめて最初の頃は、殺したり殺されたり、蛸頭が怖いのかかなかなか接触できるプレイヤーがいなかった。

 

 そういえば、脳みそを食べるとすごく嫌がられたな。PvPでプレイヤーの脳みそを食べるのが楽しくて【脳みそを食べますか?】をYesしすぎたのがいけなかったのだろうか。

 

 悩むこと数日して同じ異形種と知り合いギルド勧誘をうけたので入ることにした。

 メンバーは様々で多種多様なサンプルがいて観察しがいがありそうである。よかった。

 

 ギルメン達の会話を聞きながらじっと観察を続けた。

 興味をひときわ引いたのは観察対象7(幼い少女のギルメン)である。

 子供なのに年齢不相応な聡明さを持つ観察対象7(少女)の動向はいつも興味深い。

 ギルメンを助け、ギルド外の人間種、亜人種を殺す。

 本人は意識していないただろうが、

 【ギルメンを守る=ギルメン以外を殺す】

 ということを意気揚々こなしていて、その潔さに実に好感が持てる。ギルド外部のプレイヤーと付き合いもあるようだが基本的に仲間最優先なのが心強い。観察対象7(少女)が一族にいたら素晴らしい才能を開花させただろう。

 そうだな、観察対象7(少女)は僕が神憑になったころと同じくらいの年か。

 

 観察対象7(少女)には両親がおり、観察対象4(少女の姉)観察対象6(少女の兄)がギルメンにいるほど繋がりが強い。

 僕の一族の血の繋がりと世間の血の繋がりの違いをまざまざと感じさせる。観察対象7(少女)の環境は自分と大違いだ。

 

 

 

 

 

 ーーもしも。

 

 

 

 ーーもしも僕が一族以外の、世間一般といわれる中に生まれていたら、観察対象7(少女)のように育って、育つことができたのだろうか。

 

 ーー少女を愛しむ、姉と兄。少女も姉と兄を慕いーー母と父を慕い……。

 

 

 

 

 見果てぬ憧憬。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拠点作りが始まりNPCを作ることになった。僕は3体の女の異形を作った、1体ではあの「女」を表現することはできないだろうと考えたからだ。

 

 1体目。

 一応、あの「女」は僕の母であるらしい。では母のイメージとはどんなものか。僕は母を知らないので世間一般のイメージを付ける。僕の一族であるならば弱者に対して軽視し塵くらいにしか思っていなかっただろう、それも付け加えよう。男たちに搾取されつくしていたのは力がなかったせいだ、力をやろう。戦い身を守ることできる力を。

 だがあの饗宴では求められることに喜んでいた、それも加えておこう。

 

 

 

 

「女」よ。

「女」よ。

「女」よ。

 

 ーー貴女は僕をどう思っていたのですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワタシノコ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2体目。

 あの部屋で子供を取り上げられ続けた「女」に、子を与えよう。そして子のために戦う力を与えよう。取り上げられた子がどうしているのか、様子を見ることができる力を与えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3体目。

 肉人形と化した「女」に力を与えよう。肉の器に縛られることのない、最強無比たる力を。もし全てを終わらせたいと思ったのなら、終わらせることのできる終末の力を。

 

 

 アルベド、ニグレド、ルベド。

「女」を作り上げ眺める。

 そして、物言わぬNPCから答えを得ようとしていたのことに気づき苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タブラさんー、ちょっとご相談があるんですが……」

 

 観察対象7(ウラエウス)からメッセージが届いた。なんでもアルベドにアイテムを上げたいという。

 アイテムを上げる理由を聞いた。

 

「寂しくないように、ですかね?」

 

 自分は想像すらしなかった。NPCが寂しい?

 ふと、母はどうだったろうと考える。

 ーー母は寂しかったのだろうか、自分は……寂しかったのだろうか。

 

 わからないながらも観察対象7(ウラエウス)につきあい、アルベド、ニグレド、ルベドにアイテムを装備させる。

 

 ーー母にもこうしたら良かったのだろうか。子を取り上げるのではなく、似合いそうなものを選んであげればよかったのだろうか。

 

 観察対象7(ウラエウス)からもらったものではなく、自分で作ったアイテムをアルベドに装備させる。

 観察対象7(ウラエウス)は僕が話しかけるとNPCだって喜ぶという。

 

 ーー子供じみたごっこ遊びだ。

 

 そう思いながらも語りかけてみる。

 

「……アルベド……このアイテムはお前を考えて作った。……お前は嬉しい、のか……?」

 

 ニグレドの部屋に行くとまず赤子の人形を放る。

 ニグレドは観察対象7(ウラエウス)からもらった仮面アイテムを装備していた。

 装備すると顔にピタリとくっつき、皮下組織、真皮、表皮の役割を果たすという仮面で表情も表すことができるも言うもの。

 

 目が見えなかった僕からすれば、皮の形などどうでもいい。

「女」のひきつった火傷跡が残る糜爛とした顔。いっそ皮などないほうがいいだろうと皮をつけなかった。

 けれど観察対象7(ウラエウス)はの意見は違った。

 

「それはない。ないわー。タブラさん、たかが皮一枚、されど皮一枚ですよ。綺麗で美人な皮のほうがいいに決まってます!」

 

 だからニグレドには肉仮面を作ったようだ。説明欄を見れば、「被ると顔に吸い付くようにくっつき違和感なく表情筋を動かすことができる。仮面をかぶっていることを周囲の者はまったく気づかない」とある。

 

「僕からすればどんな表情だろうがお前はお前なのだが……お前は満足か?」

 

 

 肉人形のルベドは人の要素が限りなく少ない。観察対象7(ウラエウス)は形を整えるアイテムを作り渡してきた。

 これではルベドの肉人形さがなくなると思い装備を遠慮しようとした。

 

「見た目は動かない、ただの人形かもしれません、けれど心はあるし、魂はまだあるはず、たぶん!きっと!大切にされたら心は嬉しいはずですー!」

 

 よくわからない。けれど観察対象7(ウラエウス)のいうことはなんでも試してみようと思った。観察対象7(ウラエウス)の言う通りにすれば、自身では見つけることのできないどこともしれない場所にたどり着けそうな気がした。

 

「核のない「女」よ。動かぬ肉よ。役割をなくしたものよ。お前に意味があるかはわからない。けれどお前を作ったのは僕にとって意味があるか……ことなのだろう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女」よ。

「女」よ。

「女」よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母」よ。

 

 

 

 

 

 誰もいない暗闇の野原でたたずむ影よ。

 孤独のうちに生まれ、孤独に消えゆく運命だった子等よ。

 

 彼方で笑うことはあるのか。

 苦しみを笑う、無垢をさらけ出し、垢だらけのまま、世を嘲ることなく、何百、何千もの笑顔を浮かべて、星かげの向こう、ともしびが輝く暗夜に、見渡す限りの闇大海原にのまれ、そしてまた生まれてくるのか。

 

 ならば、僕はーー。

 

 一粒、涙。

 

 生きた星々となって空をめぐる、消えた星々となって地に降り注ぐ、お前たちと、そのともしびと、心を通じあわせたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母と兄弟たちの供養をし、多少呪われ、祓うことなく背負いながらログインする。体が重い。まあ仕方がない。

 情報部の方がいささか忙しなくなってきたが、観察対象7(ウラエウス)が頻繁に呼び出してくるので、定期的にーー週3日ほど、ユグドラシルに来ていた。

 そんなおり観察対象7(ウラエウス)に変なことを聞かれた。

 

「男性から見て魅力的な女性とはどんなでしょう?」

 

 僕には世間一般のことはさっぱりわからない。

 何故なら僕は視覚に依存しないで幼少期を育ったために、顔の造作の好みは著しく世間から外れてる……らしい。

 

「あまり参考、ならない」

「そういうタブラさんの意見が聞きたいんですよ!」

 

 食い下がられた。仕方ない、もう一度思考を咀嚼してみる。

 僕が美しいと感じるのは、穏やかでこころ安らかになるような概念を宿す存在だ。だがこの答えは参考にならないだろう。

 ふとこの間のギルメンたちが話していた会話が閃く。

 男女の(つがい)において身体の相性というのはとても大事で、合わなければ破局する者も少なくないらしい。だからエロくて気持ちいいに越したことはない!と強く豪語していたギルメンは明るく輝いていた。高貴ささえ見受けられた。

 

 僕は童貞である。

 なぜなら僕の術師界隈では女の経血は力を弱める要素となるので交わりは禁じられる。童貞で清い身を保つほど強い術者たりえるのだ。なので、僕は肉の悦びをしらない。

 だから、一概にはいえないが相手に肉悦を与えることができれば、それは魅力的な要素ではないだろうか?と伝えてみた。

 

「そ……そうですか……やっぱり……男のひ……でも……ああ!……ううっ……」

 

 ジタバタと床でのたうった観察対象7(ウラエウス)はどもりながら去っていった。

 今の僕の助言が役に立ったのだろう。

 昔は一族に役立っても嫌悪と砂を噛むような思いしかなかった。しかしこうしてギルメンに頼られ役立つことができるというのは悪くない気分である。

 

 

 今日の僕は上機嫌なブレインイーターだ。

 

 

 

 




おでんのタコうまい!

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