デミえもん、愛してる! 作:加藤那智
ギルメン達の視線の先にはデミウルゴスに抱っこされているウラエウス。抱っこされた腕からはみ出たしっぽがぴちぴちしている。
「きっと移動手段に使ってるだけだろ」
「うーむ」
「でも、さっきから第7階層ぐるぐる回っているだけですよね」
「デミウルゴスの階層見回りコースのまんまだよな」
「だな」
「てことはあのキャラが好きなんじゃね?」
「そう思えます」
「みーの好みはああいう……」
「たっちさんにもあとで報告しよ」
暇すぎるギルメン達である。
「みんなで何やってるんだ?」
ログインしたウルベルトが第7階層に現れた。
「お邪魔してます」
「どもども」
「ちわーす」
「ほら、ウルベルトさんこないだウラエウスさんがデミウルゴス気に入ってるっていってたでしょ?」
「あー……。で、わざわざ確かめにきたのか?暇すぎるだろ」
「大事なことですよ〜ウラちゃんがいままでキャラに入れ込んだこと見たことないですし」
「なんでシャルティアのところには遊びにこないんだ」
「しかも、あれ、もう4時間は抱っこされたまんまだぞ」
「長いよねえ」
長いといいつつ同じ時間だけウラエウスの後をつけていることは棚の上発言。とんだ集団ストーカーである。これが村社会、ナザリックの掟。ギルメンの自室の玄関には鍵をかけない(門番NPCが立っていることはあるがギルメンは止められない)、
「離席して仕事してるみたいだぜ。たまに戻って話しかけているが」
「何て?」
「≪聞き耳≫たててみよう」
「角度が悪いな、そっち行こうぜ」
「何て言ってる?」
押し合いへし合いぎゅうぎゅう。
≪聞き耳≫スキルのあるギルメンの周りに集まる異形種たち。
スキル効果が発動しウラエウスの声が聞こえはじめた。
「……今日は……、ての……まだ……ルゴスは……どんな感じが好みなのかなーやっぱりアルベドみたいなグラマラスな感じ?アルベドは体はグラマーだけど雰囲気は清楚そうだよね。うーんタブラさんと一緒の好みなのかな」
ギルメンの視線が蛸頭に集中する。蛸頭は無言でサムズアップした。うぜえと思うギルメン、うなづくギルメンに別れた。
「うーん……」
悩み声をあげたウラエウスの体が蛇形態から半人半神形態に変化する。
「みーちゃああん」と飛び出していこうとする鳥をピンクの肉棒が押し留める。鳥は遠距離武器を近距離で使おうとするがフレンドリーファイアなのでダメージを与えられない。ピンクの粘液体はイベントアイテム「恵方巻きの気持ち」を使った。これはユグドラシルの恵方巻きの時期のイベント報酬で同じギルドに所属するPCを巻くことができ、巻かれた相手を食す(でもダメージはない)ことができるアイテムである。
「やあああめてえええ」
「テメえなんか食いたくねえー!」
食べ合うことで親密度が上げよう!というわけのわからないキャッチコピーで運営正気か?アイテムであるが、巻かれている間プレイヤーキャラを一時的拘束することができる。「カニバリズムな気持ち」という別名もついているsan値減少アイテムである。無論、デスペナもない。
ギルメン異形種たちから生暖かい視線が注がれる鳥。しかし止めるものはいなかった。なんといっても妹に「おにいたん」と呼ばせている犯罪者予備軍と名高いバードマンに慈悲は与えられることはなかった、そう、慈悲深きギルマスであるモモンガすら鳥がピンクの粘液体に消化されていくのを見なかったことにしたのであった。哀れ、鳥。日頃の行いがものをいう。
「むう……。結局Bが限界だったし、身長も140㎝で止まっちゃったからなあ……牛乳毎日飲んでたのに」
そんな兄の状況など露知らずのウラエウスはデミウルゴスに抱っこされたまま、胸のあたりに手を寄せて動かした。
ゲーム内では再現されないがおそらく寄せてあげての動作をしているつもりなのだろう。
寄せて上げつつ、ちらちらデミウルゴスにうかがう視線を向け、ため息をつくウラエウス。
「これは……」
「はい」
「どう考えても」
「恋する発言ですよね」
「デミウルゴスに?」
「ですかね……」
「NPCだよ?」
「まだ中学生なのに……鳥の悪影響か……」
「まあ俺の作ったNPCにそれだけ魅力があるってことだな」
ウルベルトの自慢気な発言にピクリと反応する二つの影。
「ウルベルトぉ……」
「ウルっちゃん……」
「ん?なんだお前ら……ヒッ!?」
ピンク粘液体と半ば消化された鳥の強い視線が最強魔法職の異形に向けられた。
***
「ウルベルトさん、最近彼女さんとはどうですか〜?いい食べ物屋さん見つけたんですよー!おすすめなので彼女さんと……あれ?ウルベルトさんお疲れ?」
「……ああ。」
ぐったりモーションなウルベルト。きっと仕事が忙しいのだろうか?と心配するウラエウス。
「大丈夫ですか?」
「……ちょっと現実で絡まれてな……よくわからん男女の二人組に……」
「男女の二人組?カップルですかね?あー!わかった!ウルベルトさんデートしてたんじゃないですか!ウルベルトさんと彼女さんがイチャイチャしていて、それを見たカップルがうらやまくやしくて、ちょっかいを「ウラエウスはデミウルゴスが癒しなのか」かけてき…………え!?あ、は、はいっ!そそそうですね、癒されてますね、すごく癒されています!」
「そうか、だからデミウルゴスにいつも抱いて運ばれているのか」
「え?ななにいってるんですか」
「デミウルゴスの個室にいつもいるだろ」
「なななななななななななにをいぁて」
ぴょぴょぴょぴょぴょぴょん!と高速ジャンプし動揺が隠せないウラエウス。その様子はNBA選手にドリブルされるボールのように変幻自在な弾みようだ。
「落ち着け」
「はぐう!」
飛び上がったウラエウスの頭部を手のひらを下に向けキャッチし、ガシィとつかむウルベルト。スピードをなくして、ぷらん、ぷらん、と左右に体を揺らす蛇はお間抜けに見えた。
「そんなに気に入ったなら好きにすればいい」
「え?え!?」
「あれはそんなに応対プログラムを入れていないから反応がなくてつまらないと思うんだがな」
「つまらなくないです!楽しいです!反応は……今はまだないですがデミウルゴスはちゃんと知覚していると思います!」
(ーー今はまだないって……お前の頭の妄想の中のデミウルゴスはどうなってるんだ。やばい、これは重症だ、まともそうに見えてやはりあの2人の妹だったのか……)
ウルベルトの脳裏に階層守護者を決める話し合いの時に、鳥とピンク粘液体に見せられたシャルティアとアウラとマーレの設定文章が思い浮かぶ。あの時は他人の性癖について興味はないからなんとも思わなかった。だが、己の領分に関わってくるとなるなら対応の仕方を考えなくてはなるまい。
そしてこの間、現実で
「ウルベルトさん?」
ウルベルトはデミウルゴスを一瞥すると重々しく自分の作った悪魔にいった。
「ーーお前にまかせたからよろしく」
「え?まかせるって?どうしたんですかウルベルトさん?」
「大人はな……疲れてるんだ……」
大人が「疲れているんだ」と言ったとき殆どが言い訳である。ウルベルトは「ぼくのかんがえたりそうのあくま」がデミウルゴスであり、ある時期を脱してからやや認めたくない若さゆえの過ちになりつつあるのを言い出せない。
デミウルゴスについて色々聞かれ、ことさら好まれるというのは、嬉しいことでもあり同時に予期せぬ恥ずかしさを発露させ非常に居心地が悪い。なのでできるものなら俺のいないところで2人(1PC+1NPC)で好きなようにやってくれ、というのが本心だった。
(NPC愛は好きにやってくれ、頼むから俺まで巻き込まないでくれ)
「……一体どこがそんなに気に入ったのかわからん。こいつの設定は冷徹、無慈悲、拷問を嗜み、権謀術数に長けた、群衆に絶望を与えることを楽しむ悪魔だぞ」
「う〜ん。そこはまあ悪魔ですしー。仲間想いってところと、頑張り屋なところですかねー」
「はぁ!?仲間想い?頑張り屋?」
「あー……。えと、今はまだわからないですけどその内わかるようになるんですよ!」
「その内……その内な……お前がそう思うんならそうなんだろうお前の中ではな……」
にっこりエモーションのウラエウスはデミウルゴスに抱えられて仰向けになりうなづいている。いいのか、仰向け。蛇の尊厳はないのか。捕まったツチノコみたいだとか思ったけど言わないでおこうとするくらいはウルベルトは大人である。
そういえばこの蛇によって今まで他人に感じていた壁のようなものが取り払われたのだ。よくわからないツチノコではあるが感謝の気持ちはあった。
(恋は盲目っていうことか。まあ俺も他人のことは言えないしな。こいつのおかげだし。少しくらい設定をサービスしておいてやるか)
短いからあともう1話!