【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた 作:食卓塩准将
第14病 かなしみの向こうから始まるプロローグ
「おーい、縁ー」
誰かが、俺の名前を呼んでいる。
「縁、ここで寝てたら風邪ひくよ。もう夏も終わるんだから」
そうだな。確かに夏はとっくに終わった。季節は12月を迎えて真冬そのものだ。
あれ? でも変だ。真冬にしては随分と、肌に伝わる温度が暖かい。真夏とまでは言わなくとも、残暑の時みたいなちょうど良い暖かさがある。
「参ったな、全然起きない……こんなに眠りの深い人だったっけ、君?」
それに気温だけじゃ無い。さっきから何となく耳に入ってきてるこの声。
これも、何故か聞いてるだけで胸が温かくなる感じだ。
声質は女とも男とも取れるけど、口調から考えて男のはず。俺には男の声で癒される趣味は無いので、こんな事ありえないんだけど。
「おーい、いい加減起きないと、実力行使するけど良いのかい? 河本さんも待ってるんだから」
「──あ、いたいた。2人とも遅いから探しにきちゃった」
「河本さん、噂をすればっていうやつだね」
「噂? 誰の? ……ていうか、え、縁寝てたの?」
「そうなんだよ。さっき僕より早く教室出たのに、何故かここでスヤスヤとね」
何やら声が増えた……のだが、こっちの声も聞くだけで胸が温かく──違う、何だこれ。苦しい? 切ない? とにかく嫌な感じでは無いのにどうしてか、泣きたくなる様な感じがした。
「全然起きる気配が無くて、困ってたんだ。どうしようか」
「うーん……もう仕方ないから無理やり起こしちゃいましょ? こう、いい感じに頭をポカーンと」
──ん? 今もしかして暴力の話をしてる?
「そうだね。ちょうどこの前見た昔の試合の映像でやってみたいチョップがあったんだ。脳天から竹割りって言うんだけど、試してみるよ……全力で」
おいおいおい、ちょっと待て!! そんな全盛期のジャイアント馬場が『人殺しなりたく無いなら手加減して打て』と言われた大技を気軽に試すんじゃない!
心地いい微睡にもう少し浸っていたかったけど仕方ない。俺は現状がよく分からないまま、無理やり目を覚ます事にした。
「んぅ……」
「あ、起きた」
「タイミングバッチリね。もしかして起きてたんじゃない?」
起こされたんだ。うるさいし物騒だったから。……そもそも、どうして寝てたのかも分からないが。
ともかく、俺は意識をハッキリさせてから、さっきから会話してるだけでやけに俺の情緒を掻き乱す2人の正体を明らかにするべく、瞼を開けて──。
「おはよう、午後4時に何してるんだい?」
「もしかして、お昼食べすぎたりしてた?」
──思考が停止した。
「あれ? 今度は目をまん丸に開けたっきり固まったね……」
そう言って、困った様に笑うのは、綾小路悠。
「まだ寝ぼけてるの? あ、さては昨日また遅くまでゲームしてたんでしょ?」
そう言って、呆れながら嘆息するのは、河本綾瀬。
永遠に、二度と会う事が叶わなかったはずの2人が、今目の前にいる。
幻や亡霊なんかじゃ無く、生身の人間の姿で。
「2人とも……生きてる」
「生きてるって、それどう言う意味だい縁? 僕が死んでる様に見える?」
「……怖い夢でも見たの?」
俺の些細な呟きに、揶揄う悠と、ちょっとだけ心配する綾瀬。
あぁ、間違いない……中学の制服を着ているけど2人とも、俺の妄想なんかじゃ無くて、本当に本物の2人だ。
俺は──戻ってきたんだ。
まだ誰も死んでいない、3年前に。
「……はは、ははは」
全てを明確に思い出す。
夢見に殺される前に交わした、塚本せんりとの会話を。
死んでから辿り着いた幻の七宮神社で過ごした、七宮さんとの時間を。
俺が、全てを賭けて最後の勝負に出た事を。
そして今、俺は3年前の良舟学園に居る。
中等部校舎の中庭──多くの生徒が帰ろうとする夕暮れ時。
大好きな2人に、再会したんだ。
「あははははは!」
「……縁?」
「え、ちょっと、本当にどうしたの?」
中庭に居るから当然笑い声は鳴り響く。部活中の生徒や下校しようとする生徒が何事かとこちらを見ているけど、知ったこっちゃない。
2人にも気が狂ったように映るかもしれないが、しょうがないだろう。
あぁ──本当に、こんなに愉快な気持ちになるのは久しぶりだ。
嬉しい、またこうして2人に会えたのだから。幸せだ。
そして、だからこそ──、
「……くっ、うぅ」
これで、もう二度と
あらゆる思い出、記憶、想い、全てを俺が切り離した、見捨てた、諦めた、無かった事にした。
「く、くくく……くははは!」
今なら、誰も俺の慟哭には気付かない。きっと笑い泣きしてると思うだろう。
だから、泣け。泣いて良い。後悔も懺悔も、幸せを感じてしまった自分への自己嫌悪も、今この時だけは好きなだけすると良い。
そうして、思いっきり泣いて、泣き終えたら──今を生きる事に全て費やそう。
「縁、君の中で何がそこまで面白いのか。いまいち分かりかねるんだけど……もしかして病院とか紹介した方が良い流れかな?」
「……悠?」
「ん、ようやく僕の言葉に返事したね。少しだけ安心したよ……なんだい?」
「ふふ、ふふふ……悠だ、本当に悠が居る。声掛けたら返事してらぁ」
「どうしたって言うんだい、君さっきから本当に──!?」
悠の言葉が驚愕と共に詰まる。まぁそれもそうだろう。
だって、感極まった俺が悠を正面から思いっきり抱きしめたから。
「はははは、その口調本当に変わらねえ! っていうか運動神経良いのに華奢な体してるなお前! 女みてぇだ、ちゃんと飯食ってる?」
「な──なな、なん、なに──くぁぅせでるふとじーふじこるぴー!???!?」
ふふ、テンパってやんのコイツ、喧嘩したら絶対俺より強いくせに。
「縁、貴方何してるのよ!?」
「──うわっぷ!」
綾瀬が慌てて俺と悠を引き剝がす。その顔は驚きと怒りが半々になっているものだ。
普段なら綾瀬を怒らせるのが恐ろしい行動だと分かってるが、今回ばかりはその表情もまた愛おしい。
──なんて気持ちが勝ったのか、
「だいたい貴方ね──っ!?」
気が付くと俺の右手は綾瀬の頬に触れていたし、綾瀬がそれで硬直するのを良い事に手を下の方へと滑らせて──喉を軽く親指で撫でたりしていた。
「よ、よすが……?」
そう声を漏らす綾瀬に合わせて、声帯が僅かに動く。
そこから鋏が生えてくるなんて可能性は、微塵も無い。
「良かった……綺麗だ」
「──っ!?!?!??」
あ、もしかして今の俺、本当に駄目な行動ばかりしてないか?
男友達に抱きついて『女みたいだ』とか、幼なじみの顔やのどに触れながら『綺麗だ』とか。端から見て……端から見なくてもアウトだよこれ!
その証拠に、悠も綾瀬も顔が茹でた蟹みたいに真っ赤になって、鯉みたいに口をあわあわさせている。
悠はまだしも、綾瀬にこれをするのは幾ら何でも衝動に身を任せすぎた。つい恋人同士になってからのノリをしたが、今の綾瀬は3年前の綾瀬……まだ幼なじみでしか無いんだから。
この状況の中、果たして俺が取れる行動といえば、ただ一つだけ。
「……ふぅ。さて──じゃあ俺、帰るわ!」
すなわち、この場から急いで退散する事である。
颯爽と駆け抜けて、校門を出て行った頃。ようやくあの2人の物だと思われる怒声がはるか後方から響いたのであった。
さて、3年前の自分がどういう環境に居て、どう過ごしていたかを克明に記憶している人間はどの程度いるだろうか。
俺は記憶力にはそこそこ自信があるつもりでいるけど、その時どんなニュースがあったのかはあまり覚えていない。ましてや──今が何月何日なのかなんて。
そのため、俺は家までの帰り道に、途中にあるコンビニに立ち寄った。
何のためかと言えば新聞を買うためだ。
高校生になった俺にはスマートフォンがあるが、まだ中学生の俺には無い。周りは持ってる人多いし、何なら小学生の時から待たされてる子だっているのにな。
なので、手軽に日付を確認する手段としての新聞というわけだ。
俺がまだ夏服を着ている事と、悠曰く午後4時を過ぎてるのにまだ夕陽が沈んでいない事から、なんとなく秋だと推測できるが、推測はあくまでも推測。3年前のいつなのかは分からない。
夢見が義父に襲われるのは誕生日である11月27日。今日がいつなのかはっきりさせて、Xデーの対策を取る必要がある。
という事で、さっそく財布の小銭をかき集めて買った夕刊の日付を確認した。
「9月30日……なるほど」
長すぎず、しかし短くも無い。
仮に前日とかだったら、今すぐ慌てて下準備するハメになっていたから、助かった。
なら問題は当日どうやって小鳥遊家に侵入して、義父の蛮行を止めるかだ。
家の住所はもう知ってるから、家に着いたらカレンダーで当日が何曜日なのか確認して、プランを立てなきゃ。
あぁ、その前に念の為現地に行ってハッキリと場所を覚えておくべきかな。ぶっつけ本番で迷ったりしたら目も当てられないし。
あと2ヶ月弱の日々で、どれだけの準備と覚悟をしていけるかで、未来の形が決まる。手抜きも横着もして居られない!
「……っと、もう家か……家、か」
考えを煮詰めながら歩いてたら、自宅の玄関の前だった。
幸い、怒りの綾瀬に追いつかれる事は無かったが……ドアノブに手を掛ける事に、躊躇いがある。
最後にこのドアを開けた時、今と逆で家から出る時だったけど、俺はすぐ後ろで渚を殺された。
まさに今、俺が居るこの位置に立ってた夢見の手で。
「──っ」
駄目だな……駄目だ。思い出すだけで身体が強張る。
もし今このドアを開けたら、その先にまた夢見がいるんじゃ無いか……そんなあり得ない事をつい考えてしまう。
「はは、トラウマになってるよ、俺」
綾瀬と悠に再会できた喜びで高まっていた気分が、ストンと綱が切れる様に沈んでいく。
でも、考えてみれば当たり前の事だ。あれだけの経験をして、最終的に殺されたんだ。その時の記憶や感触を明確に思い出せてしまうのに、トラウマにならない方がおかしいって。
だから、今俺があらぬ想像で自分の精神を擦り減らすのも仕方ない。
仕方ないと受け入れて、それでも言い聞かせよう。
今、ここに、夢見は居ない。
そして、夢見は今、苦しんでいる。
確かにストーカー行為をしていたが、夢見はそれだけ。実害らしい実害は出してない。
今の彼女はまだ、ギリギリ被害者の側に居る。素直に同情すべき立場。
そんな夢見が、この時代の俺の前に現れるのは、物理的に不可能なんだ。そんな自由をこの時代の彼女は持ち合わせていない。
大丈夫、大丈夫……俺は夢見を助ける側なんだから。大事なのは距離感、トラウマと生活して行くこと。
トラウマを抱えてしまう事を受け入れるんだ。下手に打ち消そうとしたって反動が大きくなるだけ。
俺はトラウマを拒絶しないから、そっちも下手に俺を刺激しないでくれ。上手に付き合っていこう。
「よし──よし、よし……大丈夫、いける。行ける」
乱れかけた呼吸を整えて、気がつけば冷や汗まみれの手を制服でぬぐい、俺は改めて、玄関のドアノブに手を掛けようと思った。
その直後。
「あれ、どうしたの縁、そんなとこで」
背後から聴こえる聴き慣れた声。振り返ると、家の敷地と公道を隔てるブロック塀の間で、両手にたくさん食材を詰めたビニール袋を持って立つ、母さんが居た。
ああそうだった、この当時はまだ父さんと一緒に海外に出るんじゃ無くて、まだ義務教育受けてる俺達のために残ってたっけ。
「鍵忘れてた? また机に置きっぱなしだったんでしょ?」
「え、あぁいや……違うよ。ちょっと昔の事思い出してただけ」
「玄関の前で?」
「あー……まぁ、人生の転機はドアを開け閉めするのと似た様な物だしさ」
「何言ってるのか自分でも分かってないでしょ?」
「ははは……」
苦し紛れな言い訳をしていると、後からひょこひょこと小さな袋を両手で抱えながら、もう1人ブロック塀の端から現れた。
「あ、お兄ちゃん! おかえりなさい!!」
俺が見慣れた姿よりまだ幼い、小学4年生の渚が、俺を見つけるや否や、笑顔で駆け寄ってくる。
「……」
「お兄ちゃん?」
ジッと見つめる俺を不思議がって、大きな瞳をまっすぐ向けながらキョトンとする渚。
その姿は、愛らしくて生き生きとしてて、最後に見た事切れる人形の様な姿とはまるで違った。
それが嬉しくって、本当なら思い切り抱きしめたかったけど。袋の中に卵が入ってたし、学園でそれをしてやらかしたから我慢だ。
「……荷物持つよ、重いだろ?」
「え、良いの? ありがとう!」
「あら、急に優しいところ見せるじゃない。今日は機嫌が良いのね」
「そうだね。とても良い気分かも」
「それなら、今日は夕飯作るの手伝って貰おうかしら」
「任せて」
「……本当に機嫌が良いのね?」
この頃の俺は──というか頸城縁の記憶を思い出すまでは、料理の手伝いすらしなかったもんな。母さんがたじろぐのも仕方ない。
「あ、アタシも! アタシもやる!」
「あぁ。一緒に母さんの手伝いしような」
「うん!」
「何か悪いものでも食べた……?」
母さんから見て急変した俺を胡乱な表情で見ながら、玄関の鍵を開けて家に入ってく母さん。
俺もそれに追随して、渚と手を繋ぎながら『ただいま』を言った。
この日、渚と母さんの3人で作った夕飯は涙が出るほど美味しかったのは、言うまでもない。
──to be continued
今回から最終章の最終幕、正真正銘終わりに向けて突き進みます。
プロローグなのでかなり短めな内容に収まりましたが、更新頻度が上がるなら今後も5千〜7千文字程度での更新もアリなのかな?と思う所もあったり。
久々に出てくる奴が居て、少し台詞回しがどうだったか忘れちゃってました。
暗くない話を書くのもまた、何話ぶりでしょうか……。
とにかく、引き続き終わりまで頑張ります。