【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた 作:食卓塩准将
「い、今なんて?」
一つだけ、貴方が未来を変えられる方法がある。
未だに自分の置かれてる状況が理解できないのに、今度は未来を変える方法?
「混乱する気持ちは分かるわ。でも聞いてほしいの、アナタを」
「待ってくださいって、その前に、俺がここに居る理由をちゃんと教えてくださいよ」
頭を冷静にして話を聞こうとしたが、流石に無理だ。
この状況を、俺の頭の中にある知識だけで理解しようとする方が間違っている。
「夢見に殺されたはずの俺が何でここに居るのか、どうして夏の気候になってるのか、七宮さんが居る理由も……そこからじゃないと何も頭に入りません」
「……そうよね。そうだった、アナタにはまずそこから話す必要があった。落ち着いて説明するつもりだったけど私も焦ってた。ごめんなさい」
「あ──いえ、すみません、こっちも」
気が付いたら語勢が荒くなっていた。
お互いに一度呼吸を置いてから、改めて七宮さんに説明を促す。
「言うまでも無くアナタは察してると思いますが、ここは現実の七宮神社ではありません」
「それはまぁ、流石にそうだと思ってました。ならここは、いわゆるあの世なんですか?」
「いいえ、少し違うわ。ここは私の術で作った、死者の魂を繋ぎとめる空間よ」
「はぁ!? じゃ、じゃあここはアナタが作ったって事──って今そう言ったんですよね。えぇ、はい、国語は得意なので言ってる意味は分かりますけど……」
まず『死者の魂を繋ぎとめる空間』なるモノを生み出す事が出来る人間や、そういった技術がある事に驚くばかり。──ん、待てよ? そうなると、
「え、じゃあ七宮さんも死んでここに居るんですか?」
「話の流れからそう思うかもしれないけど、そうじゃないの。七宮伊織はまだ生きてる。現実で生きてる七宮伊織と、この世界にいる私は、別の存在」
「……?」
「簡単に説明すると、この世界を生み出すために、私は神に2つの供物を差し出したの」
「供物って、そんな物騒な……」
古代のアステカ文明みたいな血なまぐさいモノを想像したが、そんな心中を察した七宮さんはクスっと笑い、話を続ける。
「供物に捧げるのは人や動物では無くて……だけど、ある意味では命よりとても大事なもの」
「それは、何です?」
「1つ目は“記憶”。世界を形作るために必要な、本人にとって一番大事な思い出。2つ目は“心”。この世界に繋ぎ留めたい人をここまで導くための存在として、本人の失いたくない感情……心の一部を捧げる」
「“記憶”と“心”……はぁ」
つまり、この世界を生み出したのが七宮さんだと言うなら。
「ここが七宮神社なのは、七宮さんの大事な思い出が詰まった場所だからって事ですね」
俺の言葉に言葉ではなく首肯で応える七宮さん。
成程、相変わらず凄い話ではあるが、とりあえず俺が七宮神社に居る理由はある程度納得した。
彼女の中で一番大事な思い出になる何かが、夏の七宮神社で起きたんだろう。それが何かまでは分からないけど、彼女は神社の巫女だし祭りが夏には行われてるし、何かしら神社の祭事や神事で嬉しい事があったんだろう。
「そして、ここに居る七宮さんは、俺が現実で出会った彼女がこの世界を生み出すために切り離した、心の一部……って解釈で合ってますかね」
「…………えぇ。そう、その通り」
何故かえらく間を開けながらも、七宮さんは俺の言葉にまたも頷く。
「オッケー、オッケー……疑問の第一段階はクリアしました。それなら次です、これが一番大事」
ようやく、俺が最も答えが欲しい事について聞く段階に入った。
「今の話の流れから考えると、俺がここに居るのは七宮さんがここまで導いたから、そういう事ですよね」
「それで間違いないです」
「何で俺なんですか。……俺が何回も死んでから過去に戻ったのと、関係してるんですか」
一気に聞いてしまったのは、それだけ気になってる証左だと思ってほしい。
原因不明の巻き戻りが、この空間と無関係なワケが無い。絶対に繋がりがある。
であれば、何故現実の世界でこれといった深い関わりも無かったハズの彼女が、自分の思い出や心を代償にしてまで、俺を過去に飛ばそうとしたのか知りたい。
「……死んだ野々原君の魂を、命に危険が及ぶ前の時間に戻す事で、迫る未来を回避させる。そのために私はここに居ました」
「それは、あくまでも俺自身の命が危機に陥る未来より前?」
「えぇ」
「……そうですか」
であれば、悠が殺される前に戻れなかったのも当然か。
あくまでも当時の夢見は、俺を殺す気なんて無かった。悠が殺されたあの日、俺自身には全く死の危険が無い。
だから、巻き戻るのは俺が死ぬ可能性の高い、悠の葬式に行った翌日になるワケだ。成程、よくできている、その程度融通して欲しかったが。
「理屈は分かりました──でも」
俺は一歩踏み出して、衝動のままに言う。
「どうしてそんな
「──っ!!」
「あなたがそんな事しなければ、皆は何度も夢見に殺される事は無かったのに……苦しむ事は無かったんです」
勿論、死ねばその命は本来それまでだ。あの世の概念があったり、生まれ変わる事もあるだろうが、何度も死ぬのはあくまでも俺の主観に限る話だろう。でも、だからこそ。
「あなたのせいで俺は……渚も、綾瀬も、目の前で死ぬのを見させられたんだ」
当然、一番悪いのは夢見だとは分かってる。こんな言葉は利己的な逆恨みだとも自覚してる。
でも、それでも言うのを抑えられなかった。繰り返される巻き戻りの中で、夢見は確実に狂気を膨らませて行った。その結果、俺は最悪の想いをする事になって、それに抗っても無駄な結果に終わった。
原因不明だったこの現象の原因が分かったら、分かってしまったら、糾弾するなという方が無理だった。
そんな、言い訳のしようがない“お気持ち”に対して七宮さんは一切表情や視線を変える事なく、正面から受け入れて──、
「ごめんなさい」
そう、端的に──真摯に言った。
「野々原君をここに導いたのは、私がそうしたかったから。アナタを死なせたくない、それだけの我が儘だった。……それがこんな未来を招くなんて、想像もしてなかったの。本当にごめんなさい」
「…………」
そう言われたら、もう何も言えない。
本当はまだ幾らでも言葉は出る、暴力的な言葉や心を傷つけるためだけの言葉は幾らでもある。
だけど、七宮さんの言葉から彼女の中に悪意が無いのは充分伝わった。それならもう、良い。
人を否定する言葉を口にするのは、物凄く疲れるんだから。
もう良いんだけど。
「一つお願いがあるんです。聞いてくれませんか」
「お願い……、なにを?」
「もう、俺を過去に戻すのはやめて欲しいです」
せめて、それくらいはして欲しい。
「このまま、死なせてください」
「……アナタが諦めたら、それで全員の死は覆らなくなるのよ。それでも死にたいの?」
「変わらないです。俺には夢見を止められない。例えこれから何十回、何百回……何億回繰り返したって夢見からみんなを守る事なんか出来ません。それに」
思い出す、すぐ後ろに居たのに守る事も出来なかった、渚を。
思い出す、目の前で死んでいくのを眺めるばかりだった、綾瀬を。
廊下で喉を切り裂かれて、腕の中で死んだ園子を。誰にも看取られずに孤独に死んだ悠を。
思い出す、思い出す、思い出す、思い出し続けて……。
「…………もうっ、覚えていたくも無いんです」
目から涙が……右目からもちゃんと、零れ落ちた。拭っても拭っても、とめど無く溢れ続ける。
この世界では、心も体も健康そのものだ。病院で死ぬ前の満身創痍な心身では無い。感情も精神も全てが健全な状態。
だから喪失と絶望に浸り切った心なら既に感じなくなっていた、あらゆる悲しみと苦しさが、今では満遍なく心の中を染めていく。
病院の屋上で、俺は良舟町の思い出が毒だと園子に言った。
改めてその通りだと思う。喜怒哀楽の受容器がマトモになってる今、もはや俺の人生の思い出、全部が毒そのもの。
「渚の事も、綾瀬の事も、園子や悠も、全部もう覚えてるだけで辛いんですよ……。絶対に救えない事が分かってるのに、もうこれ以上生きてる事に──いや、俺と言う意識が残り続けてる事に耐えられない!」
だから願う。
「お願いします、お願いします。俺を終わらせてください、もう楽にしてください!」
死にたいから死にたいんじゃ無い。
楽になる道が死ぬことしか無いから、死にたいんだ。
「…………」
泣きじゃくりながら懇願する俺に何を思ってるのか、七宮さんは少しだけ沈黙してから、答えを返した。
「それは、できないわ」
優しい口調。でも、どうしようもなく残酷な言葉。
「……何故ですか」
「まだ、アナタにはできる事があるから」
「──っ、出来ることなんか無い! やり尽くしました、俺なんかが出来ることは全部! それでも死んだんだ、終わったんですよ俺は!」
「いいえ、まだアナタは終わってないわ。……終わらせない」
「終わってないって、何が? 何度も過去に戻って……俺が記憶してる以上の数を失敗してきたんでしょう? それなのにもう、今更何が出来るって言うんですか!」
夢見と徹底的に対立した上で死んだとあれば、次に巻き戻ったって、より過酷な状況を潜り抜ける必要がある。それはもう、ロープ無しでバンジージャンプを成功させる様なモノ──不可能な話だ。
「無理なんです、俺は夢見の過去を聞きました。俺が何度、過去に巻き戻っても、その時点で既に夢見は対処しようの無い存在として完成している」
いいや、そもそもの話。
「夢見が良舟町に戻って来た時点で、こうなる事は避けられない運命だったんです! それなのに今更数日前に戻った所で、何になるって言うんですか!」
「
「彼? 彼って誰の事……」
唐突に話が変わって困惑するが、言われた言葉を飲み込む。そして考えた。
彼、と三人称だけで言われても候補はたくさんいるが、すぐに思い浮かぶのは、死ぬ寸前に会話したあの男。『どのタイミングなら夢見の狂気を止められたのか』を考えろとしきりに言っていた、胡散臭い情報屋。
そう言えばアイツも、去り際に『彼女によろしく』とか意味不明な事をのたまったけど……もしかして?
「知ってるんですか、アイツを?」
「知ってるわ……少しだけ、話した事があったから」
「少しだけで正解ですよ、あの男、いつも人を食う様な事ばかり言いますから。ホント、友達いないだろって……」
「…………そうでも無かったわよ」
「え?」
「それで、彼はアナタに何を言ってた?」
話を戻された俺は、アイツと交わした僅かな時間の会話を反芻する。
『貴方は、どうすれば彼女を止められたと思います?』
『どうすればって、止まらないだろ、夢見は』
『いいえ、彼女の過去を知ってる貴方なら、考える事はできるハズです。彼女は何もなくたって歪んでいましたが、あくまでも貴方の周りに居た数々の女性陣と同じ──か、些か強めの『ヤンデレ』でしか無い。そんな彼女がああも成り果てるのには、外的要因が必要なんです』
そう。アイツは夢見が歪んだ外的要因が何かをハッキリ考えろと言った。
考え付くのは母親に殺されそうになった時と、誕生日に義父に犯された日。それで結論としては、後者の方だとした。
だけど、それを考えたところで意味はない。何故ならそれは今から3年も前の出来事で、巻き戻った時間軸ではとっくに終わった話だから。
「アイツは、夢見がおかしくなった──ああいや、最初からストーカー気質のヤンデレだったけど、本格的に狂ってしまうキッカケを考えろと言いました」
「そう。アナタはいつなのか思い浮かんだの?」
「一応は。でも無理ですよ、今から3年も前に起こった出来事ですから。たとえ巻き戻っても、その時点で過去なんですから」
「もっと前の時間に戻れるなら、どう?」
「あぁそれなら確かに話は変わるでしょうけど、そんなのは仮定の話であって──」
ちょっと待て。
「未来を変えられる方法があるって話は、もしかしてそういう事?」
「……話が本題になって安心したわ」
「戻れるんですか。今までよりも前の時間に」
「えぇ。ただし一回だけ。やり直しは聞かない」
「一回だけ? 何故です、今まで見たいに巻き戻せないんですか?」
「この世界の役割、機能から逸脱した事をするから。アナタをより過去に送れば、この世界は消えてなくなるわ」
「じゃあ、七宮さんも消えてしまうんじゃ」
「その通り。そして、私はそのためにこそ、今ここに居る」
「正気ですか、自分が死ぬ前提で話を進めてるなんて」
「……心配してくれるのね、ありがとう。アナタはどちらでも優しいことには変わらないみたい」
「……?」
言われる通り心配しているのに、七宮さんはいまいち要領の得ない事を言ってクスクス笑うだけだ。
それも、どこか懐かしいものを見た時の様な雰囲気で。
「──私の事は気にしないで大丈夫よ。元から“この”七宮伊織は存在して居ないのと同じ物。夏の幻だから」
自身をそう形容して、伊織さんは木の葉の間から映る、再現された夏の空を見上げる。
その姿を見ていると、もうそれ以上何も言えなくなってしまった。
「それに、私よりも覚悟が必要なのは野々原君、アナタの方」
「覚悟……確かに、一回限りだから」
「それだけじゃないの。……仮に成功しても失敗しても、アナタの意識がもうこの時間軸に戻る事は出来ない」
「え……」
「私ができるのは送る事だけ。さっき言った通り、送ったら私はこの世界ごと消えるからその後はどんな結果になっても、アナタは行った先の時代で生きる事になる。だから──」
視線を空から俺に移す。
もう、その後に彼女が何を言い出すのか、俺は分かってしまった。
「だから──アナタが今まで積み上げてきた思い出や人間関係、アナタが生きてきた証の全てが、無くなるの。もちろん、全てではないけど、3年前から今日までの出来事は全て消える」
あー……やっぱり、そうか。そういう事になっちゃうのか。
「いやぁ……ちょっと、キツいなぁ」
思わず、砕けた口調で茶化してしまう。でも仕方ないじゃないか。3年分の人生が消えるだぞ。
今年の4月から起きた出来事も全部、無かったことになる。
兄を自分の寂しさを埋める存在としか見ていない頃の渚に戻り、紆余曲折を経て恋人になった綾瀬とは幼なじみの関係に戻り、園芸部で毎日楽しくしていた園子の日々は幻に消える。
思い出が全部消えてなくなる、夢見に殺されても殺されなくても、結局俺にとっては同じ事じゃないか。
そう言えば、七宮さんはずっと『未来を変える方法』とだけで、何も『夢見に勝つ方法』だなんて言ってなかった。何も違う事は言ってない。
嫌だ。
そんなの、受け入れられるワケ無い。
あの日々を、時間を、会話を、ここまで重ねてきた何もかもを0からやり直すなんて、我慢できない。
俺はみんなと一緒に過ごした時間を守りたかったから、夢見と対立した。
それでも守れなかった人が居て、だけどまだ生きてる人を死なせたくないから、頑張って来た。
それなのに、結局みんな無かった事になるなら、俺が頑張る理由が無いじゃないか。死にたくなってしまう様な気持ちを抑えて、頑張る意味が無いじゃないか。
「……ううん、それは違うな」
どんどん深く沈みこんでしまいそうになる気持ちを、無理やり鷲掴みして引きずり上げる。
“夢見の愛に屈服する未来”
“過去を変えて夢見の狂気を止める未来”
どちらも最終的には『俺と思い出を共有する相手が誰も居ない』という
だけど、決して同じ未来なんかではない。
夢見の狂気の引き金を止める事が出来れば、みんなは生きて明日を迎える事が出来る。死なないんだ、殺されないんだ。
確かに、夢見の危うさは彼女の内側に元々秘められてる物だが、少なくとも今年の12月に起こるすべての惨劇を無かった事にできる。
思い出は愛しいけれど、無くなればまた積み上げればいい。
記憶も時間も関係も、やり直せばいいだけなんだから。
そして、命は一度無くなればもうやり直せない。……本来はね。
「──決めた。俺やります」
「……良いのね」
「……それ以外に、最初から選択肢が無かったから」
そう言って、俺は強がりの笑顔を浮かべて見せた。
暗い空気を払拭しようと思ったのだが、七宮さんは逆に表情に影を落としてしまう。
「ごめんなさい……アナタに辛い選択をさせてしまって」
「滅相も無いです。むしろここまでしてくれてありがとうございます。むしろ謝るべきなのは俺の方で……さっきは余計な事なんて言ってすみませんでした」
「……本当に、そっくりなのね」
「……?」
誰とそっくりなんだろうか。引っ掛かるけど何故だろう、それについては聞かなくて良いという気持ちの方が大きかった。
もしかしたら、俺の知ってる人を指してるのだろうか? ……まぁいいや。
話が決まってから、七宮さんは場所を移そうと言って、本殿の裏にポツンと建てられた蔵に来た。
細かい理由は教えて貰えなかったが、『ここが最も力のある場所』なのだとか。……何か思い入れでもあるんだろうな。
「それで、俺はここで何をすればいいんですか?」
「何もしなくて平気。私がいつも通りアナタの魂を運ぶだけだから。だけど……背中を私に向けて」
「分かりました」
「……」
言われた通りに背中を見せて、俺は蔵の入り口から覗く外の風景を見る。
七宮さんはその後黙ったまま、俺の背中にそっと手を添えて何やら呟き始めた。何を言ってるんだろうと耳を澄まして──気が付いた。
さっきまであんなにけたたましく鳴いてたセミの声が、全くしなくなっている。
それどころか、外の景色も段々と薄暗いものに変わっていく。日没の概念がこの世界にもあるのかと思ったが、そうではない事が直後に判明した。
「──っ!?」
急に地震のような揺れが俺達を包む。震度5か6くらいの強い揺れと共に、轟音が辺りから鳴り響きだした。
だがわざわざ『ような』と形容するように、奇妙な事だが蔵のあちこちに置かれてる棚や、そこに収納されてる書物は全く動いていない。
これじゃ俺が勝手に揺れてるみたいだ。俺も動いてないのに!
「な、七宮さんこれって!?」
「落ち着いて、大丈夫。アナタを過去に送る過程で、この世界が壊れようとしてるの。かまどに火をつけるようなものだと思って」
「は、はい……!」
発射前のロケットみたいなものだと思う事にしよう。
つまり、もうすぐ、俺は過去に飛ぶわけだ。数日、数週間前なんかではなく、もっと前に。
だったら、最後にこれだけは聞いておきたい。
「七宮さん、忙しい所聞いて良いですか!」
「何?」
「どうして、俺を死なせたくないって思ったんです? 俺、あまり七宮さんと接点無かったと思うんですけど!」
「────っ!」
そもそもの動機。俺を死から救おうと思ってくれた理由は何なのか。キッカケを聞いておきたかった。
だって、俺が過去に行って未来を変えるのなら、七宮さんとの面識も無くなるんだから。
だがしかし、七宮さんは沈黙したまま答えず、その代わりに。
「──ごめんなさい」
「う、うぇ!?」
添えていた手を俺の胸元まで回して、背後から抱きしめる姿勢に変わった。
「急にどうし──」
どうしたのかと聞きたかったが、言えなかった。
七宮さんは俺の背中に顔を埋めて……泣いていたから。
「ごめんなさい、ごめんなさい……野々原君にこんな事しても、困るだけなのは知ってる。……でも、これでもう二度と、あなたとの縁が無くなるから……最後に我が儘、させて?」
「…………はい、分かりました。オレなんかの背中で良ければどうぞ」
「ありがとう……」
理由は、最後まで知らなくて良い事にした。
きっと、俺の知らない──知らなくていい物語があったんだろう。
そして、そんな風に結論付けた俺に呼応すかのように周辺が真っ白になる。
いよいよ、なのだろう。もはや視界に何も映らず、瞼を閉じないと目がやられそうになるほどの光の中。
「ここから先は、本当にあなた達だけになるわ。本当の意味で最後の機会。やり直しはできない、死んでしまったらそれまで」
七宮さんの優しい声だけが、はっきりと耳朶に響いた。
「でも、きっとあなた達ならやり通せると信じてる。だから、もう私は消えるけど、それでも、心配しないわ。……さようなら、縁君。もうあなたには会えないけど、私ずっと、あなたを愛していました」
「さようなら、伊織さん。オレも……あなたを愛してました」
最後にそう言ったのは、誰の言葉だったのだろうか。
曖昧になっていく自我はそれ以上の事を認識できなくなり、俺はまるで渦潮に飲み込まれるかのように、意識を手放した。
END.
夏の名残も終わりが見えてきました。
彼と彼女の恋の残滓も、尽きました。
問題.1
今回の作中で七宮伊織が『このままこの人の魂をここに留めれば永遠に一緒に過ごせる』と思い、実行したい衝動に駆られつつも必死で堪えた回数を答えなさい。
問題.2
また、必死に堪えてもどうしても抑えきれず、最後に抱きしめてしまった結果、彼女が信仰する神の怒りに触れてしまい、消滅するだけだったハズの彼女の残滓がこの後、神の手による制裁で苦しみ続ける末路を迎える確率を答えよ。
次回の更新は来週になる予定です。
モチベなるので感想ばんばんお待ちしてます。