【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた 作:食卓塩准将
11月にヤンデレCD(の系譜)続編出るから楽しみです。
良舟町の一角にそびえ立つ、病院の屋上。
午後の一定時間だけ限定的に開放されており、俺はそこでベンチに座っていた。
「──傷、痛みますか?」
そう尋ねるのは、園子。
「痛み止めが効いてるから、今は平気。……夕方になるとちょっとだけね」
「そうですか……でも、良かったです。ちゃんと治るって聞いて安心しました」
「咲夜にちゃんとお礼言わなきゃなあ……」
腹部の10箇所以上に及ぶ裂傷は、奇跡的に臓器や重要な血管を避けてあったので死に至る事は無かった。
切り付けられた右目も、あの時半歩後ろに下がったおかげで表面だけが切れて、失明はせず視力が多少低下する程度に収まってる。
ただし神経の一部がダメになったらしく、涙腺が機能しなくなったらしい。
それに、最初に刺されたふくらはぎは骨まで貫かれてるから、移動には松葉杖が必要だし、捻ったと思っていた左腕も実は骨にヒビが入っててギプスに固定されてるから、生活にしっかり支障が出てる。
「咲夜さん、あれから連絡は来てますか?」
「いいや、多分勝手に動いたらしいし、かなり怒られてるんじゃないかな」
「そうですか……学園も辞めていったから気になって。もし次お話しする機会があったら、よろしく伝えてくださいね」
「うん。そうする」
そう答えて、俺は一度空を見上げる。
12月23日。冬真っ盛りの空は、青空の上に1枚薄暗いフィルターが掛かってる様だ。
同じ12月の空でも、あの時見上げた空とはまるで違う。
「──本当、よく生きて帰ってこられたよな、俺」
「……えぇ、そうですね。痕跡も何も残ってなくて、警察も追跡出来ないと言ってましたから。……渚ちゃんのご遺体だってまだ見つかってないのに、縁君の居場所を見つけちゃうなんて、流石綾小路家、ですね」
「あぁ……見つけた理由はコレなんだよ」
そう言って、俺は動く右手でポケットをまさぐり、ナナから貰ったリボン──今はもう血で真っ赤な布の切れ端にしか見えないそれを取り出した。
リボンを見て、付着してる血に気づいた園子は一瞬息を呑んだが、すぐに平然を取り戻して聞いてきた。
「それが……どうして見つかる理由なんですか?」
「うん、俺には分からないし、多分もう無理だと思うけど。このリボンをくれたのは、咲夜がボディーガードに雇った人でね。どうやらその人らにしか分からない香料が染み込まれてたらしいんだ」
「じゃ、じゃあ……その匂いを辿って?」
「そう。……もっとも、夢見は警察犬対策もしてたから、例えリボンのことを知らなくても、匂いを辿るのにかなり苦戦したらしいんだけど……俺らが監禁されてた近くにまできた所で、匂いが強くなったから間に合ったんだとさ」
そう話しながら、俺はあの時の出来事を振り返る。
「そぉーれぇ!」
軽快な声が急に聴こえたと思った矢先、勢いよく回転する斧が、夢見の鋏を握る手を切断した。
「いぃ──痛い! 痛いい!!!」
今まで聞いたことのない類の、つまり痛みに悶え苦しむ夢見の声が、手首からとめどなく溢れる血と共に俺に降りかかる。
「やったわ、ノノ。命中よ」
「やったね、ナナ。流石ぁ」
対照的に楽しげな会話をしながらこちらに歩み寄って来たのは、咲夜と一緒に綾小路本家へ行ったはずのナナとノノ、そして。
「そんな呑気な事言ってる場合じゃないわよ! 重症じゃない!!」
血相を変えて俺の元に駆け寄る、咲夜だった。
「さ、咲夜……それに双子も……どうしてここに」
「お兄ちゃん、久しぶりね。随分と面白い事になってるけど、まだ生きてるなんて凄いわ」
「お兄ちゃん! ちゃんとナナから貰ったお守り持ってたんだ。えらいえらい!」
「ナナがアンタにあげたリボンに付いた匂いでここを見つけたのよ、途中から血の匂いもしたって聞いたから最悪の予想もしたけど──ってそんな事よりも、アンタの体の方が不味いじゃない!」
「大丈夫だ、まだ生きてる、それより……それより、綾瀬は?」
「綾瀬は……ダメ。もう、遅いわ」
「……そう、か」
「まずは生きてるアンタ優先、待ってなさい、すぐに救護班が来るから!」
そう言って肩に掛けてたポーチから取り出したスマホ……無線機? を取り出して、咲夜は電話先の相手に指示を飛ばす。
「うぅ……ふざけやがってぇ……!」
一方で、のたうち回ってた夢見が、鬼気迫る声で咲夜を睨め付ける。
しかし、咲夜はまるで微風にでも当たってるかの様に表情一つすら変えずに、逆に夢見を睨み返して言った。
「ふざけてるのはアンタの方よ、小鳥遊夢見。……もっとも、流石におふざけが過ぎたけど」
「咲夜、この子どうするのかしら」
「好きにしてもいい?」
「ダメよ、コイツはアタシの、綾小路家の顔に泥を掛けたの。だからその報いを徹底的に受けさせてやるわ。……警察なんかにくれてやらないわ」
「──この、金さえあれば何でも出来ると思ってんじゃないわよぉおおお!! アンタもアイツも、イラつかせる事ばかり言いやがってぇええ!」
今にも噛みついて来そうな夢見を、ナナとノノがあっさりと拘束する。
咲夜は先程から使ってる無線機っぽいのでひたすら人を呼んでるらしく、それも全て終わった後に最後、夢見を見下しながら言い放った。
「そっちこそ、愛さえあれば何してもいいと思ってんじゃ無いわよ」
そこから先の記憶は無い。助けが来たという事で緊張が弛んだ俺はすぐに気を失ったらしく、気がつけば病院のベッドで包帯だらけになっていた。
側には、海外にいるはずの両親が居て、望まない形での再会を果たした。
命に別状は無かったため、手術を受けた後は快方に向かっており、医者曰く『驚くような生命力の高さ』とやらで、今はこうして病室から移動することも出来ている。
「──結局さ、俺だけ生き残っちゃった」
これは愚痴だ。そう自覚した上で、俺は聞いて誰も幸せにならない言葉を吐き出す。
「ううん、違うな」
「……何がですか」
「俺が余計な事したんだよ、そのくせ、俺だけが生き残った」
「それは……」
それは違う、と園子は言いたい事は知ってる。きっとそう言いたくなる事を。
でも、園子はそれを言わなかった。たとえ否定しても、それが何の気休めにもならないと理解してるから。
実際、俺は本当に余計な事をした。
もしあの時、逃げようとしなければ、あの日既に廃工場の近くまで来てた咲夜達が自発的に俺たちを見つけたかもしれなかったのだから。
そうであれば、俺はもちろん、綾瀬も死ぬ事は無かったんだ。
いや、もっと言えば、咲夜の言う通り最初から夢見を追おうとするべきでも無かった。従ってれば渚は死ななかった。
もちろん、全て結果論でしか無い。
仮に全部咲夜の言う通りにしてたとしても、渚や綾瀬を失ってたかもしれない。もしかしたら園子や咲夜だって……。
だからこそ。確かな事がただ一つある。
「君がちゃんと生きててくれて……本当に良かった」
「……縁、君」
「こうして君と話せるだけで、多分俺は幸運なんだ」
「……はい。はい! 私も──そう思います」
互いに泣きながら──俺は左目だけだが、泣きながら、しばらく笑い合った。
それは側からみれば奇妙に映るだろう。けど、俺と園子にしか分からない世界の話だ。
この数週間で、俺たちはあらゆる物を失った。
悠を、渚を、綾瀬を──俺にとっては家族や恋人、親友で──園子にとっても掛け替えの無い友人達。
それらは2度と戻って来ない。そして、その代わりになる存在だってありはしない。
「縁君は、この街を離れるんですよね」
「あぁ、親がそうしようって」
「いつ、行くんですか?」
「明日」
「明日……じゃあ、こうしてお話しできるのも今日が最後なんですね」
「そうなっちゃうな」
夢見は綾小路家が秘密裏に連れて行き、世間的には行方不明になっている。
当然、それを両親は知らないし、俺も言う気にはならなかった。
警察に委ねて、真っ当な罰を与えられるべきかもしれないが、まだ少年法が適用される年齢では十数年檻にぶち込まれるのが関の山。
それだったら、たとえ不法であっても、綾小路家が本当に『ふさわしい罰』を与えてくれる方を選ぶ。
とにかく、何も知らない両親にとって夢見はいつまた現れるかもしれない存在。
なのに、いつまでも同じ場所に俺を住まわせるわけには行かないと思うのは、当然の話だろう。
「それに……俺にとっても、もうこの街は毒だ」
思い出が、多過ぎる。
きっと何処を歩いても、死んだ3人との思い出がチラつく。
それは、生き残ってしまった者にとっては何よりも苦しい毒になる。
「……いつか、色々乗り越えて大人になったら、また会おうよ」
「きっと、会えると信じてます」
そう言葉を交わして、園子は病院を去っていった。
それから数分後、誰かがベンチの反対側に立って、背もたれに腰を掛けるのが分かった。
わざわざ幾つもあるベンチの中から、俺が座ってるのを──しかも、隣に座るんじゃなく、背もたれ越しに背中合わせみたいな状態を選んだその何者かは、俺が不気味がる暇も与えずに間髪入れず話しかけてくる。
「お久しぶりぶりですね」
「……本当だな」
胡散臭い声、聴くだけで敵愾心を煽るような口調。
間違いない、俺の背中に立ってるのは、2度と会う事ないと思っていたアイツだった。
「本当はこうして話すのは約束違反なのですが……まぁ、もうその約束も無くなってしまった様なものなので」
「手短に話せよ、傷口が開く」
「相変わらず、キミの方は辛辣ですね」
くっくっ、と笑うのが聴こえる。
苛つくのは変わらないが、こんな奴でも夢見よりはマシだと思うと、以前よりは耐えられる気がした。
「貴方と小鳥遊夢見の間に起きた事は把握しています、その顛末も」
「そうか、流石情報屋さんだ」
「恐らく貴方は彼女から、過去を聞いてると推察しますが、どうですか?」
「お前探偵だったか?」
「情報を得るとは、人となりを知る事に繋がります。きっと小鳥遊夢見なら、彼女なりに相互理解を深めようと話すと思ったんです」
「……まあ、その通りだよ」
「やはり、そうでしたか」
推理が当たって満足したのか、少しだけ間を置いて、言葉を続ける。
「貴方は、どうすれば彼女を止められたと思います?」
「どうすればって、止まらないだろ、夢見は」
「いいえ、彼女の過去を知ってる貴方なら、考える事はできるハズです。彼女は何もなくたって歪んでいましたが、あくまでも貴方の周りに居た数々の女性陣と同じ──か、些か強めの『ヤンデレ』でしか無い。そんな彼女がああも成り果てるのには、外的要因が必要なんです」
……それはそうかもしれない。でも、それを考えてどうなる。
「考える必要があります。たとえ『今』になっては意味が無くても、貴方にとっては有意義なハズです」
「……お前、もしかして」
まさか、俺が巻き戻ってる事すらも知ってるのだろうか?
あり得ないけど、コイツなら不思議と納得してしまう。
「──だとしても、無理だ。考えつく物はあるけど、どれも、手に負えない所にある」
挙げるとすれば、母親に殺されそうになった時。
または、義父に犯された時だろう。
致命的なのは後者の方だろうか。
俺が巻き戻ったとしても、既に過去の出来事になっている。どうにもならない。
「どうにもならない。しかし、貴方の中で答えがある事に意味があるんですよ」
「はぁ……本当、お前の言う事はいつもワケ分からないな」
「そうでしょうとも。……ですが覚えておいてください。僕は決してキミには無意味な事を言わない」
声が遠くなり始めた。
「きっと、キミと会えるのもこれが本当の本当に最後だと思うから……さようなら、ヨスガ。──彼女にもよろしく」
「──お前、何を」
口調が今までと変わって、まるで友人に話しかけるようだったから、思わず振り向いたけど。
視線の先に、そいつの姿は無かった。
まるで、最初から誰も居なかった様な、幻を相手にしてる感覚すら覚える。
「……寒くなってきたな、部屋に戻るか」
風が一つ、冷たく吹き付ける。
傷口に染みても良く無いので、松葉杖を手に俺は屋上の出入り口に戻る。
階段とエレベーターがあって、流石にエレベーターを選ぶけど……どうやら最下層にある様だ。ボタンを押してしばらく待つとしよう。
「──ん?」
待ってる間、ポケットから振動が。
スマホの着信だ。誰からのものか確認するため、壁に寄り掛かって松葉杖を置き、スマホを取り出す。
画面には、咲夜の名前があった。
「もしもし、咲夜? ようやく電話出られる様になったんだな」
『アンタ、今何処にいるの!?』
なにやら慌ただしい。焦っているようだ。
「何処って、病院だけど。屋上にいて今から戻る所」
『屋上!? なんでそんな所に──ああもう、とにかく聞きなさい! 小鳥遊夢見が逃げ出したの!』
「えっ……?」
思いもよらない言葉に、一瞬息が詰まる。
『どうやって逃げたのかは分からない、でもアイツはまたアタシの部下を殺して、今日消えた。きっとアンタの事を探してるハズだから、早く病室に戻りなさい! 急いで!』
「──あ、ああ!」
返事した直後、タイミングよくエレベーターが到着して。
──その中に、ピンク髪をした人間が入ってるのを見た。
「────っ」
気がついたら、俺の身体は宙を舞っていて。
視線の先で、こちらを見ながら嗤う夢見が居た。
鈍い音を立てて、後ろの階段を頭から転げ落ちる俺。
その音をスマホ越しに聴いてた咲夜が、何かしら叫んでいる。
「──おにいちゃん、安心して?」
コツ。コツ。ゆっくり階段を降りながら、夢見は言う。
「あんなに酷い事言われたって、あたしはおにいちゃんを嫌ったりなんてしないわ」
そして、踊り場にぶっ倒れてる俺の前に立つと。
「これから先、何度だって──おにいちゃんがあたしを好きになるまで」
「ずっと──
あぁ。
これで、今回も終わりか。
結局、最後には俺も死んでしまった。
出血多量で死ぬ直前、何度も嗅いだあの、何処か懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。もしかしたら俺が巻き戻るのと、この香りは関係してるのかもしれない。
けれど、もう良い。
もう、繰り返さなくて良いんだ。
この先、どう足掻いても俺が幸せになる可能性は無い。
目覚めた時点で、もはやどうにもならないのだから。
だから、叶うならば、このまま眠らせて欲しい。2度と目が覚める事無く、本当の死を。
それだけで、良いんだ。
「……?」
そこからどれくらい経ったのか。
何か、違和感がある。
目は閉じてるが、強烈な光が瞼の先から眼球を刺激してる。
耳からはせわしなく虫の音が聴こえるし、何より全身が暑い。
死ぬ間際に感覚神経がおかしくなったのかと思ったが、それにしたっておかし過ぎる。
それに何よりも、身体中の痛みがまるで無くなった。
あまりにもおかしいから、2度と開ける気もなかった瞼をつい開いてしまう。すると、更にワケのわからない景色が広がっていた。
「は? ここ……病院ですらない」
白一色の無機質な病院では無く、緑に囲まれた厳かな古式ゆかしい建物が見える。足元は砂利で、コンクリートでは無い。
パニックになりそうな頭を堪えて、俺は何処にいるのかを考える事にした。
幸い、答えはすぐに出た。
「七宮神社……だよな」
七宮神社、俺が夏休みの間、バイトで祭りの手伝いをした所。
そこの巫女さんには何度か相談に乗ってもらう事があって、あの胡散臭い情報屋と出会ったのも、ここだった。
「え、なんで? てか仮説もおかしいだろ? 俺の格好もは? 夏服?」
気候は明らかに夏。
虫の音はセミとひぐらしのそれ。
俺の衣服も包帯にギプスじゃなく夏服。怪我一つない。
「……夢でも見てるのか?」
「いいえ、夢ではありませんよ。ヨスガ君」
「!?」
後ろから声をかけられて振り向くと、そこに居たのは七宮伊織さん。
先述したこの神社の巫女さん。だからここにいるのはある意味当然。
だけど、問題はそこじゃない。
「何がどうなってるんですか、これが夢じゃないなら、これは一体!」
「落ち着いて……というのは無理があるかもしれないけど、出来れば落ち着いて欲しいの。ちゃんと説明もするから」
「……はぁ、ちょっとだけ時間ください」
「ありがとう」
にこりと微笑む伊織さんは、そこから神社の縁側に行こうと提案した。
それに従って、猛烈な日差しの無い日陰に座って、改めて俺は話を伺う。
「ここは夢じゃ無い、でも俺は死んだハズ、そうですよね」
「えぇ、そうよ。貴方は死んだ」
「それじゃあここは、あの世とこの世の境目、とかですか?」
「ちょっと違うわ。でも、貴方にとって大事な場所であるのは確かよ」
続けて、伊織さんは俺に思いもよらない言葉を言い放った。
「聴いて欲しいの。一つだけ、貴方が未来を変えられる方法がある」
「──それって」
全てが終わった延長線で。
何かが始まろうとしていた。
Life is over, to the……