【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた 作:食卓塩准将
今日は3限が理科室、4限が体育と、学生にとっては嫌がらせの様な授業の割り当ての日なので、せっかくの昼休みも移動と着替えで時間が減ってしまう。
それが分かってるので教師もささっと授業終わりの号令を掛けさせて、俺達はそれぞれの更衣室に向かった。
「野々原、お前昼はどうすんの?」
七宮が着替え途中の俺に聞いてきた。
「えっと、妹と食べる予定」
「あぁ渚ちゃんと。相変わらず仲良いなお前ら、俺んとこの妹はまだ小6なのにもう生意気言い出してさ、羨ましいよ」
「羨ましいのか? 本当に?」
「おう。俺もそのくらい慕われたいもんだぜ」
「隣の芝生って奴だよそりゃ」
「そっかなぁ」
「そうだって」
渚は確かに最高の妹だけど、俺と渚が今の関係に落ち着くまでに起きた出来事を赤裸々に話したとしたら、果たして同じように羨ましがるのか……気になるけどやめとこう。
「ま、今日は良いけどよ。久々にちゃんと登校するようになったんだし、明日とかは一緒に食べようや。な?」
「うん、ありがと」
友人の素直な厚意に礼を言って、一足先に着替え終えた俺はそのまま食堂に向かう。
いつもならお昼は俺か渚の作ったお弁当なのだが、今日は流石に用意していないので、こちらも久しぶりの学食となる。
生徒数が多いから、当然券売機で食券を買うのにすら時間が掛るため、あまりタラタラして居られない。かと言って走れば生徒にぶつかるかもしれないので、例によって小走りと競歩の間みたいなペースで動く。
「お、案外まだスカスカじゃん。やった」
到着すると、酷い時は出入り口にすら渋滞の列が形成されている券売機の並びが、今はまだ7~9人待てば済む程度。
どうやら、本格的な人の波が来る前に着けたらしい。更衣室の場所が教室よりも若干近い位置関係だったことも幸いしたか。
安堵のため息をしつつ、列の最後尾に立った俺は、ほんのわずかなモラトリアムと化したこの時間に、先ほど夢見と交わした僅かな会話を思い出す。
「長い話になりそうでしょ?」
そう言って上目使いのまま薄く笑む夢見は、どことなく普段と違う雰囲気で、油断したら呑まれてしまうんじゃないかって気すらした。
「……そんなに表情に出てるか? 俺」
そう一言返すのに、何秒くらいかかったのか。
「うん。と言うよりも、だよおにいちゃん」
そう言って半歩下がり、右手の人差し指をこっちにビシッと向けて夢見は言う。
「今朝の様子を見たら、何かあったんじゃないかって誰でも思うよ? 渚ちゃんはおにいちゃんがただ神経過敏になってるだけって思うかもだけど」
「ん……まぁ、そう思われてもおかしくない挙動だったか」
今朝、登校中に車や信号、横断歩道を注視したのは“犯人”絡みと言うよりも、『夢』で車に轢かれたからなのだが。
いずれにせよ、夢見や渚に言えない秘密を抱えてる事は同じだ。
「お昼に話すのはいいけど、食べた後の方が良いよね? たぶんおにいちゃんが抱えてるコトって、ご飯が美味しくなくなりそうな内容っぽいし」
「そう提案してくれるのは助かる」
「気遣いもバッチリな小鳥遊夢見です」
ウインクしながら話す姿からは、さっき感じた雰囲気は消えてなくなっていた。
「夢見ちゃんが提案してくれた通り、食べ終わって渚と離れてから話そう」
「うん、そうしよう! ……それじゃあ、それはそれとしてお昼はよろしくね!」
「食堂は混むから。早めに行くんだぞ」
「はーい!」
元気に答えて、パタタっと帰っていく夢見。
その後ろ姿を遠目に見つつ、俺は
「そういや、結局あいつは俺にこの話をするためだけにわざわざ来たのか?」
それこそ、お昼時間の合間に聞いてくるだけでも良かったはずだが。10分足らずの間に階違いの教室に来るまでの事だったか?
何となく引っ掛かる疑問が生まれたけど、時計の針も良い具合に進んでいたので、それ以上は考えることをやめて、俺は理科室に向かったのだった。
思い返してる間に、券売機の並びはどんどん進んでいき、あっさりと自分の番になった。
久方ぶりに対面する券売機には和洋中様々なメニューが書かれているが、その中でも和食系のものが少し種類が多い。
味の濃い物が好きな男子生徒からは、よく中華系のメニューを増やしてくれって要望が出てるけど、中華は食材も調味料も油も多く使うからそう簡単にはいかないよな。八宝菜なんて一人暮らしじゃ絶対やらねえもん俺。
他の家庭よりも少し早く自炊生活をしてる故の視点で調理員の皆様の苦労をおもんばかりつつ、俺は事前に決めていたメニューの書かれたボタンを探す。
この学園の券売機にはメニューの豊富さの他に、どのメニューでも二つずつボタンが用意されてるって特徴がある。
一つはこの食堂スペースで食べる学生用で、もう一つは弁当の容器に入れて外で食べる生徒用だ。
生徒数が多い良舟学園なだけあって、食堂の広さは大した物だけど、それでも全生徒が収容可能な箱ではない。
そんな席が無い生徒のために、教室や中庭などの飲食可能なスペースに持ち運べるための措置として用意されてる。
元より学食でお昼をまかなうけど食堂で食べる気の無い俺みたいな生徒には、まさにうってつけの配慮ってわけだ。
まあその分、それこそ俺の様な久しぶりに使う生徒が目当てのメニューを探そうとするときには、ボタンの多さに苦労しちゃうんだが。
「えっと……ここかよ、分からないって」
券売機の下から二つ目の段に、俺が食べたかった『ポークジンジャー(弁当)』のボタンを見つけた。言ってしまえば生姜焼きなんだから、人気あるハズだしもっと選びやすく見つけやすい場所に配置してほしいもんだ。
内心で小さなクレームを出しつつ、出てきた食券を手に受け渡し口に向かう。
担当のおばちゃんに券を渡すと、1分もかからずに弁当に詰まった出来立てのポークジンジャー弁当が出てきた。受け渡し口に常備されてる割り箸を一膳手に取り、にわかに混み始めた食堂から出て行く。
「あ、おにいちゃん。お弁当買ったんだ」
ほんの数分の間に券売機にそこそこの列が形成されてたが、その中に夢見がいた。
「おお、もう少し早く来たらすぐに買えたな」
「これでも結構急いだつもりなんだけど……」
「でも十分早い部類だよ、俺は並びで15分くらいかかった時あったし」
「……券売機の数が合ってないだけじゃない、それ?」
「今度生徒会に頼んでみようか」
「そうしよう? ……あっでも、おにいちゃんが生徒会長になって一台増やすのも良いんじゃないかな?」
「馬鹿言うなよ」
他愛もない話が突拍子もない方向に行き、クスリと笑う。
すると、意外にも本気の発言だったのか、少しムキになりつつ夢見が言った。
「え〜? あたし全力でおにいちゃんの応援するけどなぁ。おにいちゃんカッコいいし、絶対当選するよ!」
「はいはい、ありがとね」
「あ〜聞き流してる! ……本当にそう思ってるのに」
そんなふうに慕ってくれてるのは素直に嬉しいと思う。
だけど他にもたくさん生徒がいる中で堂々と言われるのは、普通に恥ずかしいからやめて欲しい。
「先に外で待ってるよ。渚が席を確保してると思うから、見つからなかったら電話かけてくれ」
「はーい、遅くなりそうならこっちから連絡するね」
そんなやり取りを皮切りに、改めて俺は食堂を出て中庭の方へと向かった。
食堂には当然お昼を食べようとする生徒は多いが、中庭もソコソコだ。中等部校舎と高等部校舎に挟まれて、校庭に続いてるのもあって、人通りが最も多い場所。
さっきも言った通り、ここでお昼を過ごそうとする生徒が、中等部と高等部両方で居る。
当然、ベンチやテーブルなども陣取り合戦が静かに繰り広げられてるのだが、基本お弁当を持参してる野々原家においては高みの見物であった。
今日は俺が突発的に登校する事を渚に伝えた事もあり、俺だけは学食だが、渚は別だ。
「あ、お兄ちゃーん、こっちだよ」
やっぱりいた。既に弁当箱をテーブルに置いた渚が、ヒラヒラと俺を見つけて手を振っている。
なんだか今日は『お兄ちゃん』と言われることが多いな。と思いつつ、俺は小走りで渚の元に向かった。
「早かったね、もっとかかると思った」
「俺も予想外。案外更衣室って学食に近いんだな。今更だけど」
「夢見ちゃんは、まだ並んでる感じ?」
「そゆこと。少し待つけどいいか?」
「うん。
「だな」
あの並びなら長くても7〜8分だろう。待つのに苦労はしない。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「今日は、ちゃんと授業受けられた?」
「……あー」
どうやら、渚は俺がクラスで上手くやれてるのかを心配しているみたいだ。
登校できるようになっても、クラスメイトから変な目で見られてないか、距離を取られていないかが気になったんだろう。
駄目だなぁ。どこまで行っても渚に心配をかけてしまってる。それだけここ暫くの間の俺はダメダメだったわけだ。
「やっぱ最初はみんな『うわ、こいつ来たのかよ』みたいな反応あったよ」
「やっぱり……
「仕方ないよな。俺だって他人事だったら同じ反応するし」
「変なこと、言われたりしてない?」
「流石に大丈夫。驚いたみんなも純粋に心配して……って感じだし。いじめとかは全然無いよ」
「……本当?」
「ほんとホント。何ならお昼に誘われたくらいだから、渚と食べるからって断ったら羨ましがられたよ」
「そっか……なら良かった、ちょっとだけ安心」
俺が嘘をついてないと分かった渚は、言葉通り安堵のため息をつく。
少しは不安を拭えただろうか、俺もその様子を見て心の中で安心した。
「ちょっとじゃなく、ちゃんと安心して欲しいけどな」
「それは無理。お兄ちゃん鏡見てる? 結構目のクマ濃いよ? それが無くなるまでは安心できません」
「うぇ、マジか。目のクマ……」
そこは意識してなかった。確かにそこが濃かったらどんなに気丈に振る舞っても見てる側はキツいよなぁ。
「何かしらケアするか。渚にはバレてても、クラスのみんなは誤魔化せるだろうし」
「私のアイクリーム使う? 予備もあるからひとつあげるよ?」
「……あいく・りぃむ?」
未知の言語が急に降りてきて頭が『?』で埋まった。
「お兄ちゃん……はぁ」
俺が何言われたか分かってないのを察した渚は、やれやれと言わんばかりにため息をつく。やめてくれ、そんな『彼女持ちのくせにその態度もわからないのか』みたいな目で見るのは。
「コスメのことだよお兄ちゃん。あいく・りぃむじゃなくてアイクリーム。分かる?」
「コスメ……コスプレの一つか?」
「あちゃー、そこからかぁ……」
やめてくれ。頭を抱えるのは。
いや本当にごめん。女子のその辺の話は耳にしないから分からないんだ。
「コスメは化粧品と同じ意味で覚えて。アイクリームはお兄ちゃんみたいに目のクマに困ってる人が使うの」
「へぇ、知識が増えたよ。教えてくれてありがとう」
「お兄ちゃん、綾瀬さんだってお兄ちゃんと会う時は色々オシャレしてるんだから、ちゃんとその辺も覚えようよ」
「確かに……休日会う時は心なしか学園にいる時より目元やまつ毛がパッと輝いてる気がした」
「学園は規則でナチュラルメイクしか出来ないから。お兄ちゃん、違いを感じたらその時にちゃんと言ってあげなきゃダメだよ」
「う、ぐうの音も出ない」
服装のオシャレについては気づいても、そうか、メイクかぁ。そこは完全に見落としてたな……。
今までだって、俺が気づかないだけで綾瀬は俺によく見てもらおうと見えないところで色々頑張ってくれてたんだと思うと、自分の教養のなさに呆れてくる。
今月はあと2週間でクリスマスだし、化粧品……コスメっていうんだよな、それをプレゼントにしてるのもありか。何を買えば良いのか分からないが、渚に聞くのだけは絶対しちゃいけない。後で折を見て調べてみよう。
そのためにも、綾瀬には1日も早く目を覚まして貰わなきゃな……今日もお見舞いに行こう。
「勉強になったよ、渚」
「なら良いけど。もし綾瀬さんがこの会話聞いてたら絶対呆れてるからね」
「だな。……ところで、渚はどうなんだ?」
「──? どうって、何が?」
「いや、ほら。渚はメイクとかするのかな……って。もしやってたらこの質問自体凄えデリカシーなくて悪いんだけどさ」
「私は……えっと」
「あ、言い難いことなら無理に言わなくて良いぞ」
よく考えればこれってソコソコ女子のパーソナルな部分に触れる話題かもしれないと思ったが、渚は気恥ずかしそうに頬を掻きながら答えた。
「言い難いって事はないんだけど……私はまだそういうのは早いかなって」
「早い、か」
「うん。まだ中学1年だし先生も厳しいから……周りには薄くメイクしてくる子も居るけど、私はもっと大人になってからにしようかなって」
「なるほど……そういう考え方もあるのか……」
確かに、校則で明確に禁止されてたかは覚えてないが、ハッキリ分かるくらいお化粧して来たら教師からの生活指導とか入りそうだもんな。
それにしても、渚がそういう考え方してるってのは意外だった。中1といえば男なら厨二病の始まりだが、女の子はみんなオシャレにがっつくと思ってたのに。
あぁいや、待て?
もしかして渚の場合、他の子が朝スキンケアやら髪のセットに掛けられる時間を朝ごはんや弁当の用意に使ってるから、というのもあるんじゃないか?
考えてみればそうだ。朝の渚からはとてもそんな余裕あるとは思えない。寝癖は無いから洗顔の時に髪型セット位はしてるだろうが、顔の手入れまでちゃんと出来るはずも無いだろうし。
今まではともかく、これから思春期真っ盛りになる年頃の妹に野々原家の環境は、今更だが少し不健全なのは否めない。
渚はまだ早いと自分で言うものの、こういうのって大人になったら急に出来るものでも無いだろう。
となれば、渚の将来のためにもこれからは俺が少し──、
「お兄ちゃん、ひょっとして今、私のために『朝もっと早く起きてご飯の用意しよう』なんて思ってない?」
「──っ!?」
まさに『ギクッ』という効果音がピッタリの反応で長さに質問の答えを返してしまう。
「やっぱり……あのね、お兄ちゃん。私、本当に今は無理にそう言うの覚えようってつもりは無いんだよ? 私が朝ごはんの用意するのも、お弁当作るのも、お兄ちゃんと一緒にいたいからしてるんだもん。今はそれで良いの、分かった?」
「……んー、分かった」
まだ引っかかる部分はあるものの、本心だと言う渚の言葉に嘘偽りは無いだろう。
なら、取り敢えず今は。渚の気持ちを尊重しようと思った。
「──あ、でも、休みの日とかは」
「お兄ちゃん」
「あっはい。何でもないです」
これ以上この話をするのはやめよう。と思うのと同時に、あとでこっそりと、クラスの女子から女子中学生が出来るメイクについて、色々聞こうと決めたのだった。
「また変なこと考えてそうだけど……あ、夢見ちゃん来たよ」
渚が再度俺の思考を読もうとしたが、タイミングよく夢見がこっちに来たので、一旦この話はここでお開きとなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それじゃあ、次は放課後にね!」
お昼を食べ終えた俺たちは、それぞれの容器を手に中庭を離れる。
渚は中等部校舎へ、俺と夢見は食堂の弁当を捨てるゴミ箱に向かいつつ、午前中に約束してた件について話す。
「良いなぁ、おにいちゃんと渚ちゃん。あたしも園芸部入ろうかなぁ」
「今は顧問の幹本先生も忙しいからなぁ。入部手続きはもう少し待ってくれた方が良いかも」
「忙しいの? どうして?」
「……部員が死んだり大けがすれば、そうなるだろう」
「あ……ごめんなさい、そうだよね」
意識したつもりでは無かったけど、強い口調で言ってしまった。
「いや、こっちこそごめん。夢見ちゃんが謝ることじゃないよ」
「でも、考えたらすぐに分かる事だったし……」
「そんなこと無いって。そんなことより、本題を話そう」
やや強引だったけど、気を取り直すように本来の目的に話を運ぶ。
夢見もそれ以上何かいうことは止めて、素直に乗ってくれた。
「それで、俺が何を知ってるのかってことだよな」
「うん。教えてほしいな」
「まず大まかに言うと……」
一旦話すのを止めて、辺りを見回す。
ゴミ箱に向かう途中なので、周囲には当然生徒たちがぞろぞろ居る。その中に“犯人”が居る可能性も0では無い。
「夢見、ちょっと耳かして」
「耳? うん、良いけど……こう?」
この言い方で伝わるかな、と言った後に思ったが、発言の意図を汲んだ夢見がこちらにそっと耳を向けてくれた。
そのまま内緒話をするように俺も夢見の耳に手を当てて、やや小声で言った。
「綾瀬は誰かに殺されかけたかもしれない」
「…………へ?」
やや気の抜けたリアクションを返す夢見。
言葉の意味が分からない、と言うわけでは無いみたいだが。飲み込むのに時間が掛ってるのかもしれない。
耳から離れて続く反応を待つと、数秒置いてからやっと夢見がこちらを見て言った。
「じゃあ、渚ちゃんも狙われるかもしれないってことだよね?」
こちらが言おうとしてた内容に、言われる前から辿り着いたらしい。
頷くと、夢見は『そっか。やっぱり、そうなんだ』とつぶやいてから、俯いてしまう。
やはりショックを受けてしまったか……。こうなる姿を見たくないから黙っていたんだが、きっと遅かれ早かれこの話をせざる得ない時が来ていたに違いない。
夢見は複雑な事情でこの街に戻ってきても、笑顔と気遣いを忘れない強い子だ。下手に隠して不安を募らせるよりも、むしろ今しっかり話す方が正解という見方もある。
「咲夜がその可能性が高いって言ったんだ。悠の死にも関係してるかもしれない」
「……何か、関係してるって証拠は出てるの?」
夢見は俯いたまま訪ねてくる。その表情は読み取れないが、まずは事実確認を優先している辺り、比較的冷静なのが分かる。
「いいや、何も。俺が知らされてないだけかもしれないけど」
「じゃあ、今のところは咲夜さんの憶測ってだけかもなんだ」
「客観的にはな。でも、俺は悠の死と綾瀬のことが絶対繋がってると思う」
「……どうして?」
「そうじゃなきゃ納得ができないから」
「納得?」
俺の答えが意外だったのか、夢見は俯いてた顔を上げて俺を見た。
薄いグリーンの澄んだ瞳が、俺の発言の意図を知りたくてジッと見つめている。
夢見はよく『顔を見れば分かるよ』と言って俺の考えてることを当ててくるが、今まさに、俺の目を見て何を考えてるのか知りたいんだ。
目は口程に物を言うと言うが、素直に今は想いを言葉に出す方が早い。
「悠の人生があんな惨い終わり方で良いワケない。綾瀬が死ぬような怪我を負うのが運命なんてありえない。2人とも何もなければ、きっと今日も元気にここにいたんだ」
「だから、誰かがあの2人に……って思ったんだ、おにいちゃんは」
「最初は違ったけどね。あの2人を強く恨むような人間が居るわけない。恨まれるだけの事なんて2人はしてない。そう思ったけどさ」
「でも、今は違うんだ。どうして考えを変えたの? 咲夜さんがそう言ったから?」
「それだけじゃないけど、俺以外にも同じように思ってた人がいたのは結構大きいかな」
「そっかぁ……」
そう答えたあと、夢見は何を思ってるのかよく分からない顔で手に持ってた空の容器を見る。
夢見にとっては拍子抜けな話だったかもしれないな。何か重大な事を俺が隠してるかと思ったら、言ってしまえばお気持ち表明みたいなものだったわけだし。
「変な話ちゃったな。とりあえずこれは渚には内緒で頼む。それと、一応用心はしといてくれ。怪しい奴がいたらすぐに逃げるんだぞ」
そう言って話をまとめようと思ったが、これに対して夢見が意外な返答を返してきた。
「変だなんて、思ってないよ。安心して」
小さく笑みを見せつつ、そう答える夢見は嘘をついてるようには見えなかった。
「むしろ、なんだろ……うーん、カッコいい? って思った」
「か、カッコいいってなんだ……そういう話じゃないだろ今の会話」
「そうなんだけど! でも、おにいちゃんが本気で怒ってるんだって言うのが伝わって、こう……あたしも頑張らないと! って思ったの」
「な、なるほど……」
正直、聞いてる俺はいまいち要領がつかめてないが。
とりあえず、疑わずに聞いてくれたようだ。
「それでおにいちゃん、これからはどうするの? 犯人探しするの?」
「そうしよう、とは思ったんだけど、できる事が無くってさ。俺は探偵じゃないし」
「あ~……そうだよね。それに探したってすぐ見つかるほど簡単じゃないのは間違いないと思う」
「それな。だから、俺にできるのは普段通りに過ごすことくらいなんだ」
「それで、犯人見つかるの?」
「見つかるって言うよりも、向こうから来てもらうのを待ってる感じ。いわば囮だよ」
「ちょっと待って、それっておにいちゃんが危ない目にあうって事じゃない!?」
声を大きくして夢見が驚いた。
少し離れた距離にいる生徒らが驚いてこっちを向いたので、慌てて声を抑えるようジェスチャーをする。
「あ、ごめんなさい。つい出ちゃった」
「あとは歩きながら話そう」
「うん」
ごみを片づけるのと、場所を移す意味で俺たちは止めてた足を動かして、再度ゴミ箱に向け歩きながら話を進める。
歩き始めると同時に、さっそく夢見は比較的小声で言った。
「あたしは反対。おにいちゃんが危ない目に遭うのは渚ちゃんだって納得しないよ」
「危ないのは重々承知。でも、結局学生が学園に登校するのは必要な行動だし、何よりも俺が引きこもってる間に渚や園子、それに夢見ちゃんが襲われて何かあったりしたら、死んでも死にきれない」
「おにいちゃん……そっか。そうだよね。あたしがおにいちゃんの立場でも同じこと考えるもん」
「納得してくれた?」
「うん! ……あ、でも咲夜さんは平気なの? 今の話に出てこなかったけど」
重箱の隅を楊枝でほじくるような質問が来たな、と苦笑しつつ、俺は答える。
「咲夜はきっと今この街で一番安全な立場だよ。悠の事もあってガードが固くなってるのは間違いない」
「確かに。今の咲夜さんに何かするのは難しいって思うよね」
「“犯人”が居るって俺に話したのは咲夜自身だからな。当然警戒もしてるだろう。それに、俺たちにもこっそり人を付けてくれてるんだ。おかげで家に居ても安全だから、そこは安心してな」
「え…………そうなの? 学園でも?」
「学園ではあえて人を付けないでいるんだと。“犯人”が学園関係者なら、その方が炙り出しやすいからって」
「でもそれじゃあ、いざっていう時に意味が無いんと思うんだけど」
「その代わり、咲夜の指示で生徒が学園中で監視してるんだってさ。……今思えば査問委員会の時もそうやって監視網作ってたんだろうなぁ」
「査問委員会?」
「あぁなんでもない、こっちの話」
あやうく脱線しかけた話をもとに戻そうとしたが、ちょうどゴミ箱が見えたので話もこの辺で終わらせようか。
「とにかく、ホントに気をつけてな。夢見ちゃん」
「ありがとうおにいちゃん」
俺の言い方から終わりの雰囲気を察して、夢見もそれに乗る。
2人でゴミ箱に空の容器を入れる。あとは各々の教室に戻るだけだが……。
「──ねぇ、おにいちゃん。最後に一つだけ聞いても良い?」
「ん?」
「咲夜さんは他にも、何か対策とかは話さなかったの?」
「対策、うーん……」
パッと思い浮かんだのは、咲夜の言う『切り札』だ。
そのまま素直に夢見に伝えようかとも考えたが、俺はその内容をろくに知らされていないので、話しても意味がないのではと思った。
それに、咲夜が俺にも詳細を伝えないってことは、そもそも咲夜が『切り札』を用意してるって事実も誰かに知られたくないって意味だと思っている。
なら、たとえ夢見が相手でも存在をほのめかす発言すらしない方が良いに違いない。
「何かしら案は持ってるとは思うんだが……。うーん、分かんないや」
これが、ギリギリのライン。
すっかり『真っ赤な嘘』をつく事に拒否感を覚えるようになった俺が、それでも本当の事を言うわないで済ませる方法。つまり嘘の中に少し事実を混ぜる。
今回で言えば、何かしら咲夜が他の対策を用意してるのは事実だが、それを明確にはせず、知らないという嘘で包み込む。
「そっかぁ……分かった!」
そんな俺の言葉に、今度は目をじっと見る事は無く、夢見は何の追及もせずに納得してくれた。
「じゃあ、そろそろ時間も近いし、戻ろう」
「はーい、おにいちゃんも気を付けてね!」
「おう」
そう言って、今度こそ俺たちは5限に向けて教室に戻ったのだった。
4限の体育によるそこそこな疲労と、食後の満腹感から平時なら眠くなる5~6限目だが、今日に限っては緊張感からそんなものは微塵も感じなかった。
気まずさがあったクラスメイト達も、いい加減なれたのか俺に気を遣う様子も見えなくなり、渚の心配する要素も無くなりそうだ。
「~~なので、ここで『私』がKの言葉を使ったのは、恋敵を──」
6限になり、現国の教師が教科書の内容について説明をしているのを聴きながら、俺は改めて現状整理に思考の4割を割く。
と言っても、シンプルな話だ。
①悠と綾瀬の件には“犯人”がいるかもしれない。
②そいつは残る俺らを標的にするかもしれない
③咲夜は俺たちにガードを付けてくれる
④現状できる事は、普通に生活することで“犯人”の動きを待つことだけ
⑤咲夜は俺にも分からない何かしらの『切り札』を用意している
⑥上記④までは、夢見と情報共有した
……うん。ノートの端っこに書いて見える化してみたが、全然進展が無くてもどかしさを覚える。
だけど、この話を咲夜から聞いてま24時間も経っていない。綾瀬が昨日階段から落ちた時間からもだ。
ここから急に事が動く方がどうかしているのであって、更に言えば事が動くって言うのはつまり、俺や渚、園子や咲夜、そして夢見……この中で誰かが襲われるって事になる。
俺が狙われるならまだ良いが、それ以外の誰かが狙われる展開を望むのは本意じゃない。
駄目だな、矛盾してきた。
悠を殺し、綾瀬を半殺しにした“犯人”の存在を望んでる自分。
“犯人”なんてものは居なくて、この先みんなが狙われる可能性なんて無いことを望んでる自分。
どちらも本音で、客観的に望ましいのは後者。前者は言わばこんな目に遭わせ誰かをぶん殴りたいっていう私怨じみたものだ。
嫌になるな。こういうの。
「──ん?」
これ以上の現状整理に健全なモノが見えなくなりかけたタイミングで、隣の席に座る
今間さんを見ると、窓際に座ってる七宮の方を指さす。どうやら七宮が俺に向けて渡すように言ったらしい。
メモ帳を開いてみると、中に書かれていたのは『調子悪いなら保健室言ったらどうだ?』という一言。
「……ありがたいな」
小声でそうつぶやきつつ、改めて七宮の方を見る。当人は真剣に授業を聞いてる様子なので俺に気づいてない。
内容から察するに、俺が現状把握してウンザリしてる様子を見て心配したんだろう。普段はこんな気を遣う奴じゃないのに、嬉しくなることするじゃないか。
まぁ、保健室に行く事は無いけれど、袋小路に陥りかけた頭をリセットさせることはできた。
悠や綾瀬は俺にとって掛け替えのない存在だけど、俺にはそれしかないわけじゃない。
渚たちはもちろんだし、七宮みたく何かあれば見てくれる奴もいる。
俺は別に袋小路に居るわけじゃない。だったら、強気な心持ちで行こう。“犯人”の居る居ないに関係なくね。
些細な切っ掛けだけど、メンタルリセットできた。その直後。
地震とは違う、全身が一瞬ふわっと浮かぶような衝撃がクラス全体を包み、
──ジリリリリリリリリリ!!!
学園中にサイレン音が爆音で鳴り響いた。
『うわ、なんだよ今の!?』
『え、地震? でも違くない今の?』
『揺れたけど何?』
一瞬にして騒めき立つ教室。咄嗟に現国教師の顔を見ると、そっちも何が起きたのかという表情。
高速で鐘を打ち鳴らしてるような音は火災が起きた時に出る火災報知機の物だ。
教師の様子から、今の状況があらかじめ用意された避難訓練じゃなく、本当に起きている緊急事態だと否応なく理解してしまう。
直後に、職員室からであろう放送が流れてきた。
『本校舎の家庭科室で火災が出ました、至急、先生の指示に従って校庭に避難しなさい。これは避難訓練ではありません。本校舎の──』
そのアナウンスで、一気に静まり返るクラスメイト達。
思いもよらない事態に動揺はしているが、一歩間違えたら死に直結しかねない事態に、避難訓練時のような気軽さは一切出てこない。
「全員すぐに廊下に並びなさい! 騒がないで早く!」
教師の緊迫とした声に全員が素直に従う。当然俺も急いで廊下に出て、自然と形成された列に並び校庭に向かう。
階段を降りて、本来なら履き替えるところを上履きのまま校庭に出る。避難訓練の時と同じ場所まで移動し終わって校舎を見れば、確かに1階から黒々とした煙が立ちこもっていた。
「しばらくここで待ちなさい」
教師がそう言うのを耳にしながら離れていく。きっと他のクラスの生徒を誘導しに行ったんだろう。
残された俺たちはと言えば、教師の指示通り静かにする者、やはり前後の人と何が起きたのかと話し始める者、純粋に恐がる者と様々だ。
続々と他の生徒らも校庭に集まってくるのを見て、いよいよ事の重大さを実感し始めた頃。ふと、恐ろしい可能性が頭を過る。
つまり、この事態は“犯人”が引き起こしたものではないのか、ということ。
綾瀬が殺されかけた翌日に行動を起こさないだろうというのは俺の勝手な憶測にすぎない。いつどんなタイミングで動くかなんて当人にしか分からない事だ。
そんなことを考えた矢先に、ポケットにしまってたスマートフォンが微振動をしているのに気づく。
取り出して画面を見たら、咲夜からの着信が表示されている。
本来ならこの状況で電話なんて怒られる行動だが、相手が咲夜なら話は別だ。俺は周りの目も気にせず電話に出た。
「もしもし、どうした」
『出た、良かった……じゃなくて! あんた、今起きてる状況は分かってるわよね?』
電話先の咲夜からも、周りがガヤガヤしているのが伝わってくる。どうやら中等部校舎の生徒も避難しているらしい。
「ああ、こっちで火災が起きた。今みんな避難してる」
『アタシ達も避難中。それで縁、今アンタの近くに柏木園子や小鳥遊夢見は居る?』
「まだ見てないけど……どうして?」
『良い? 落ち着いて聞きなさいよ。今確認したけど、渚──アンタの妹が校庭に居ないの』
「!?」
想いもよらない言葉に、心臓がドクンと強く波を打つ。
しかし驚愕や動揺の間も許さず、咲夜の言葉は続く。
『確証は取れてないけど、急に列から離れて高等部校舎に向かったって報告も来てるの。だからそっちで見てないか、確かめたくて──』
「──っ!!」
その言葉を聞いて、もはやここに留まることはできなかった。
咲夜の電話もお構いなしに、俺は周りの目など一切気にせず校舎に戻っていく。
当然他のクラスに同伴してた教師が呼び止めるが、そんなの聞くわけがない。
校舎の中に戻り、既に昇降口にすら立ちこもっている黒煙にせき込みつつ、俺は家庭科室に向かう。
『──ちょっと!? 話を聞きなさいよ! そっちは』
スマートフォンから漏れ出る咲夜の声を無視しつつ、ハンカチを口に添えて煙の中を進む。
もしこの事態が“犯人”の仕業だとすれば──なんて過程はとっくに俺の中で通り過ぎ、今は確信している。
この事態は、“犯人”が引き起こしている。そしてソイツは、渚を狙っている。もしかすれば園子や夢見すら一気に殺そうとしてるかもしれない!
進むごとに当然濃くなっていく煙と、炎の熱に怯みそうな体を無理やり動かすうちに、家庭科室が見えてきた。
そして、同時に俺の視界に見えたのは、家庭科室の入り口で仰向けに倒れている生徒の姿。長い黒髪を廊下の床に散らして、周囲に真っ赤な水たまりを張らした……よく知る、女子生徒の姿。
「──園子? ……園子なのか!?」
間違いなく、血だまりの中に倒れているのは柏木園子だった。
黒煙をかき分けてそばにより、体を抱きかかえる。すると──、
「──っ、そんな……」
園子は生気を失った真っ白な顔で、首から血を流していた。
何者か……きっと“犯人”に首を切られたのだ。
「……よす、が……くん?」
「──園子! 良かった、まだ意識が」
死んでいないのが分かり、急いで咲夜に伝えようと思ったが、掠れた声で園子が言った言葉が、それを止めた。
「なぎさ……ちゃん、が……」
「──渚が危ないのか!?」
「はや、く……にげ……」
「園子、園子!! あぁくそ、ダメだ園子、ダメだって!」
必死に呼びかけるが、腕の中で園子の身体から力が無くなるのを如実に感じ、否応なしに理解してしまう。
「園子……あぁぁ……何で……」
黒煙がどんどん立ちこもっていく中、園子はたった今、目の前で死んだ。
あの『夢』の中で夢見がそうであったように、また目の前で、腕の中で、大切な人間が死んだのだ。
だけど、その悲しみに心を砕かせるわけにはいかなかった。
「……渚が、この先にいるのか」
園子は言ったのだ、『渚』の名前を。
つまり、この家庭科室の扉の先にいるのだ、渚が。
園子は逃げろと言ったが、どんな理由があってもそれだけはできない。
「……ごめん」
園子をその場に
せき込みそうなのを我慢しつつ入った先に居たのは──。
「──おにいちゃん!? どうして?」
入口のすぐ前に夢見は立っていた。だけどその足からは血が流れていて、負傷していることが分かる。
そして──、
「あれ? また誰か出てきたよ、ナナ」
「本当ね、お仲間さんかしら?」
小学生ほどの背丈をした、ゴスロリ調の服とタキシード姿の、見たことも無い2人の子どもが居た。
「なんだ……え、誰だよ、お前ら」
仮にここに“犯人”が居たとしても、それはきっと屈強な男性か、見るからに不気味な人物だと思っていた。
なのに、いざ家庭科室に入ったら、そこにいたのは年端も行かない、秋葉原か池袋で見るような格好の少女ら
あんまりにも想像と違いすぎる状況に、思考が混乱する。しかし、視界の隅に映ったそれを見た瞬間。そんな困惑が全て上書きされた。
「──なぎさ?」
夢見と2人の少女の間に倒れている、もう1人の女子生徒。
俯せに倒れて顔が見えないでいるその少女が誰かなんて、俺にはすぐに分かった。
渚が、園子と同じように血だまりの中に倒れていた。
お昼まで一緒にいた渚が、元気だった渚が、まるで糸の切れた人形の様に、力なく──
「──おにいちゃん、こいつらだよ!」
絶望に全てが染まりかけた俺の頭に、夢見の声が鳴り響く。
「こいつらがあたしや渚ちゃん達をここに呼んで、殺しに来たの! こいつらが“犯人”だよ!」
今まで聞いた事の無い語勢で、夢見が言う。
それに対して、二人組の少女は笑いながら答えた。
「らしいけど、どう思うナナ?」
「どうだったかしら、ノノがやったんじゃないの?」
「違うよぉ。でも、関係ないよね?」
「そうね。だって……」
『お姉ちゃんを殺せば良いだけだから』
笑いながら言う2人。
辺りに立ちこもる炎と煙がまるで存在しないモノの様に、少女らは一歩ずつこちらに歩み寄ってくる。
いつの間にか、ナナと呼ばれた少女の手には斧が、ノノと呼ばれた少女の手にはナイフが、それぞれ握られている。
そうか。
つまり、それで殺したのか。
園子を、そして渚を──それで殺したのか!!
「それじゃあ、さっさと終わらせましょう。ここもいい加減煙ったいから服に匂いが付いちゃうわ」
「そうだね、仕事を終わらせよう」
「…………っ、おにいちゃん、はやくここから逃げて! あたしの事は良いから!」
夢見が今まで聞いた事の無い声色で俺に逃げる様に言う。
それとは真逆の温度で、二人組は、まるでワンサイドゲームのような優越感しかない雰囲気で話し合う。
「どっちで終わらせようか。ナナの斧? それともナイフ?」
「そうね…………どうせなら一緒に投げてみない? 斧とノノのナイフ、どっちが先にあのお姉ちゃんを殺せるか、勝負しましょう?」
「あはは! それ面白いかも!」
まるでダーツや射的のような感覚で人を殺す算段を話している。
聞いてるだけでも怒りがこみあげてくるが、俺にはあの2人に対抗できる手段なんてものは無い。
見た目は幼くても、あの2人は渚と園子を殺した2人。きっと夢見の言う通り悠と綾瀬に手を掛けた“犯人”に違いない。あんなに殺したかった相手なのに、その二人組に対して俺は武器を持ってない。できる事と言えば、園子や夢見が言った通りこの場から逃げるだけだ。
スマートフォンはいつの間にか電話が切れていたから、リアルタイムで状況伝えることはできない。それでもここから一目散に逃げて、咲夜に事の詳細を伝える。それだけが俺に許された行為だろう。
「じゃあ、いせーので投げましょう?」
「うん! じゃあ掛け声はこっちから行くね? いっせーの──」
二人組が慣れた仕草で各々の武器を構えて投擲の準備に入り、瞬きもしない内に夢見に向けて投げつけようとする。
『──せっ!』
掛け声と共に、斧とナイフがまっさぐ夢見に向けて投げられた。
まっすぐに飛ぶナイフ、回転しながら向かってくる斧。そのどちらもが寸分の狂いもなく、夢見の命を終わらせようとする。
足を痛めた夢見にそれを避ける力はもう無い。このまま瞬きをする間に、目の前でまた大切な人が殺されてしまう。
それだけは──もう我慢できなかった。
「……え?」
「あら?」
「あれ?」
轟々と燃え盛る炎の熱と音が支配する空間の中に、一瞬だけ静寂が訪れる。
「……ごふっ」
それを破ったのは、他でもない俺。
「外してしまったわ、ノノ」
「ナナ、違うよ。あれはあっちのお兄ちゃんが盾になったんだ」
「なんでそんな事したのかしら。おかげで斧がひとつ無駄になったわ」
「まだあるから大丈夫だよ。もう一回勝負しよう」
急速に薄れていく意識が、二人組の会話を耳に入れる。
どうやら、ちゃんと夢見を守ることができたみたいだ。
「おにいちゃん、おにいちゃん、どうして……なんで!」
夢見が倒れる俺の身体を正面から抱きかかえて、半狂乱になっている。
そんな彼女の頬を、残った力と血と酸素を振り絞って優しくなでる。
「逃げるんだ、夢見ちゃ……外に出れば、きっと咲夜が助けて……くれる、から」
「いや、おにいちゃん、死なないで! お願いだから!」
「……ごめん、それ、むりだ……」
「そんな事言わないで!」
ああどうしよう。
この状況で夢見にちゃんと逃げてもらうには、なんて言えば良いのか。
もう思いつくだけの時間も、命も無い。
「生きて……にげ、て……」
「いや……いやぁああ! やっと未来が見えたのに! おにいちゃんと一緒に暮らせるようになったのに! 嫌ぁあああああ!」
耳元で叫んでるはずの夢見の声も、まるで遠くの方から聞こえるように小さくなった。
熱さも、痛みも、寒さも、恐怖も、全部がとけて消えていく。
──結局、あの『夢』と同じように、俺は死んでしまう。風前の灯火になった命が思ったのは、それでも綾瀬が生きててくれて、良かったということだけだった。
そうして、最後に。
──to be continued
絶対にあきらめないから