【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた   作:食卓塩准将

54 / 75
前回までの登場人物まとめ

縁:主人公。親友が殺されて恋人(幼馴染)は死にかけ。メンタルがしんどい。夢で似たような展開を見た……?

渚:妹。兄の親友と恋人が相次いで不幸な目に遭い、兄の容態を気にしている。病んで無い

園子:出てきてない。病んで無い

咲夜:因縁浅からぬ奴が無様に死んで何を思ってるかは本人しか知らない。多分元から病まない

夢見:引っ越したら早々にいとこの親友や彼女が大変なことになり、とんでもないタイミングで来てしまった。病んで無いと思う

悠:死んだ


第4病 何か隠してることあるよね?

「は、犯人?」

 

 思いもしなかった発言に、オウム返しみたいな反応をしてしまった。

 

「そうよ、アンタ河本綾瀬が一人であんな大怪我すると思ってたの?」

「……まぁ、思ってた」

「どうしてそう考えるのよ。ちょっと躓いて転ぶ程度でこんなことになるわけ無いでしょ? 誰かに押し飛ばされたって考える方が自然じゃない」

 

 確かにその道理は正しい。

 だけど、あの綾瀬を殺そうとする様な奴がいる。なんてことを考えたくなかった。

 誰かが誰かを殺すには、そう思わせるだけの経緯や理由がある。近年は『誰でも良かった』と言う犯人もいることは確かだが、いずれにせよ、綾瀬がそんな恨みを買う様なことするわけない。

 

 ――と、本来なら声を捲し立てて咲夜に言いたいところだったが。俺はその気持ちをグッと抑える。

 そんな会話に現状を改善する効果なんて全く無いのは明らかだし、何よりも、理由なき悪意に親友が殺されたばかりの俺自身に、そんな言葉は何の意味も持たないからだ。

 

 それだけじゃない。今の咲夜の話には聞き逃しちゃいけない言葉があった。

 

「……悠を殺したのも同じ人間の仕業だって言うのか?」

「そういうことになるわね」

「待てよ……悠にあんなことしたクソ野郎はもう居ないだろこの世に」

 

 そう。悠を殺したイカレ男は、同じ日に自ら負った重度の火傷で身元不明のままおっ()んだ。

 身元を明らかにするという意味ならまだしも、死んだ奴が綾瀬の件にまで関わっているワケがない。

 その上で綾瀬の件と悠の件が繋がっているとすれば、つまりは──。

 

「悠の死には別の人間が関係してて、そいつが綾瀬を階段から突き落とした……」

「アタシはそう思ってる。少なくとも、(アイツ)の死には他に指示した奴が居ると、綾小路家(こっち)では考えてるわ」

「……っ」

 

 もし本当に、そんな奴がいるんだとしたら。

 悠を裏で指示して殺し、綾瀬も殺そうとした奴がいたとすれば。

 絶対に許せない。警察に捕まってお終いにするんじゃなく、逆に俺が罪に問われても構わないからぶっ殺してやりたい。

 

 ──だけど、その前に危惧するべきことがある。

 

「渚たちが狙われるかもしれないってことだよな? それにこの街に来たばかりとは言え夢見だって」

 

 最初に悠を殺して、次に綾瀬だとすれば、順当に考えて近しい関係の者が標的になる可能性が高い。

 ここは綾小路家のテリトリーだし、夜とは言えそこかしこに防犯カメラが設置されてるだろう。

 問題は、何の変哲もない自宅に帰ったあの2人だ。厳重な施設と簡単に侵入できる住宅、どちらを選ぶかって言えば言うまでもない。

 

 更に言えば、危険なのは2人だけじゃない。

 

「園子だってそうだ。向こうは家族と暮らしてるけど、悠を殺した奴と同じ犯人だって言うなら家ごと爆発とかやってもおかしくない」

「ふぅん、意外と冷静なのね。普通こういう場合って犯人に怒る方が先に出ると思ったのに」

 

 急に浮上してきた懸念に心が騒ぎ始める俺とは逆に、咲夜は感心するような口調で俺に言う。

 

「でも安心しなさい。そんなのとっくに考えてるから。アンタが返した2人も、柏木園子にも、こっそりウチのSP付けてるから。何かあっても大丈夫」

「本当か!?」

「んっ……いきなり大きな声出すのやめなさいよ、ここ狭くて響くんだから」

「あっごめん、つい……でも、本当に?」

「こんな事で嘘ついてどうするのよ」

「──ありがとう咲夜、本当にありがとう!」

「別に、こんなの簡単──きゃ!?」

 

 綾瀬の治療に、帰る渚たちや園子の安全。悔しいが、どっちも俺じゃどうにもならなかった。

 そのどちらにも手を回してくれたことが嬉しくて、衝動的に咲夜を抱きしめてしまった。

 

「ちょ、だ、だだだ……!」

「ありがとう、本当にありがとう!」

 

 頭の片隅でまずい行動だと分かっているけど、喜びの伝え方でこれ以上のものが今は思いつかない。

 

「は、離れなさいよー!」

「うおっ、ふっ……」

 

 思いっきり両手で押しのけられて、ちょうど手の位置がみぞおちだったから軽く呻いてしまう。

 

「ごめん、分かってはいたけど、つい……」

「い、いかがわしい言い方するんじゃないわよ! あんな風に強く抱き、……抱きしめるなんて……」

「下心からの行動じゃないんだ! 信じてくれ!」

 

 顔を真っ赤に、うっすら涙も浮かべて俺をキッと睨む咲夜に、社会的な死の危険を感じて本気の謝罪をする。

 

「もう……次同じことしたら絶対に許さないんだから!」

「肝に銘じます……」

「だいたい、さっきも言ったわよね? 別にアンタのためにやったんじゃないんだから!」

「あぁ、分かってる。犯人を捕まえるためだよな」

 

 綾瀬を助けてくれたのは、自分を突き飛ばした奴が誰かを話してもらうため。

 渚と夢見にSPを付けたのは、犯人が来たら取り押さえるため。

 後者については、見方によっては囮と捉えることもできるが……それが気に入らないなら危ないのでどっかに隔離しろ、なんて話にするしかない。そっちの方が嫌だ。

 

「分かってるなら良いけど、次同じことしたら、犯人より先にアンタを消すからね!」

 

 冗談抜きの死刑予告に、何度も頷いて答える。

 それで何とか気持ちを収めてくれた咲夜は、とはいえまだプンスカしつつも腕を組んで話を再開した。

 

「──とにかく! お爺様は何もしなくて良いって言ったけど、アタシとしてはこのままじゃ気が済まないの。アンタも手伝いなさい」

「もちろんだよ、だけど犯人探しと言っても何をすれば良い?」

 

 俺は探偵って柄じゃないし、さすがに咲夜もそう言うのはハナから期待していないハズ。

 そのうえで協力を申し出るとすれば、何かプランがあるんだろう。

 本当は自分ができる事を少しでも考えるべきなんだろうが、この状況下だ。下手なことは考えずに、素直に聞いた方が話も早い。

 そう期待して、咲夜の次の言葉を待っていたのだけど。

 

「特にできる事は無いわ。いつも通りにしなさい」

「え? それだけ?」

 

 咲夜のプランは、あんまりにも拍子抜けなものだった。

 もっと何か、画期的なモノだと思っていたのに……そう思ってる俺の心が読めているかのように、咲夜は俺が何か言い出すより先に言葉を続けた。

 

「良い? アタシは『いつも通り』にしなさいって言ったの。今のアンタは『いつも通り』にしてる?」

「そりゃ……いや、してないな」

 

 咲夜の言ういつも通りってのは、朝起きて登校して、下校するまでのサイクルを指している。

 つまり、普通の高校生の過ごし方だ。

 

「辛いっていうのは分かるけど、明日からは学園に行くの。そして犯人が次に行動してもすぐ動けるようにしなさい」

「……分かった。でも、それだけで本当に犯人探しにつながるのかな」

「他に、庶民のアンタにできる事はないでしょ? それに、犯人の狙いにアンタがいるなら、アンタが普通に学園にいた方が囮になるわ」

「そっか……そうだな。その通りだ」

 

 渚たちが囮になるよりも俺が登校することで矛先がこっちに向くなら、願ったりかなったりだ。

 

「色々ありがとうな。咲夜。悠が死んで辛いのはお前も同じなのに、咲夜は強いな」

「べ、別に悠が死んで辛いなんて思ってないわよ!」

「はは、そうか。俺は辛いぞ、すっごく辛い」

「知ってるわよそんなの。葬式の時も死んだ顔してたし」

「見られてたか」

「でも……」

 

 そこで一度言葉を止めて、咲夜はじっと俺を見つめて言った。

 

「もう、辛い辛いって塞ぎ込むのは終わり。今回の犯人の考えは分からないけど、コイツは傍系とは言え綾小路家に手を出したの。絶対に許さない、警察に捕まっておしまいになんてさせないんだから」

「──あぁ、分かってる」

 

 

 かくして、急ごしらえではあるけれど俺と咲夜、2人だけの犯人探しが始まった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 咲夜との話が終わった頃を見計らったように、手術は終了した。

 結果は成功。咲夜の強気な発言は虚言にならず、あの絶望的な状況から綾瀬はこの世に留まることができた。

 

 ただし、すぐに目が覚めるかと言えば話は別だ。

 当然の話にも思えるが、麻酔に関係なく向こう数日は寝たきりになるだろうとのこと。

 それでも綾瀬が生きてくれてるだけで、俺にとっては何よりも朗報だったし、それは当然綾瀬のご両親についても同じ……いや、俺の何百倍もだろう。

 3人で一緒に医者の報告を聞いた直後、誰からともなく涙を流してしまったが、全く恥ずかしいとは思っていない。

 

 とりあえずまだ面会も無理な状況なので、後ろ髪を引かれる気持ちだが帰ることになり、時刻はとっくに日付を越えていたのもあって俺は綾瀬のお父さんの車に乗せてもらった。

 家の前に着いて、ご両親に乗せてくれた礼をすると、逆に『助けてくれてありがとう』と言われてしまったが、本当の意味で綾瀬を助けたのは咲夜たちの方だ。

 むしろ、俺がもしかしたらもっと早く行動さえすればこんな事にならなかったんじゃないか。そう思う自分もいる。

 

 そういったごちゃごちゃした感情を全部ひっくるめて心の奥底にしまい込み、俺は極力自然な表情で、ご両親におやすみなさいと告げた。

 後悔先に立たず。だけども後からするからこそ後悔。そして今この瞬間、これから先の時間においてその後悔に心を蝕まれる事ほど、タイムロスな行為は無い。

 咲夜の考えが本当だとすれば、こんな事を引き起こした奴が居る。なら本当に悪いのはその犯人こそであり、俺がしそうになっているこの後悔は、本来そいつがするべき。

 何で俺が本当に悪い奴の代わりに後悔しなきゃいけないのか。それは道理がおかしいだろ。

 

「絶対に……絶対そいつに後悔させてやる」

 

 咲夜との会話、綾瀬の手術成功の報告を経て胸の中に生まれた決意を、改めて言葉に出して確固たるものにする。

 そうだ。俺がしそうになった分も上乗せして、綾瀬を……そして恐らくだが悠を、俺の大事な人間を2人も傷つけた奴に、相応の報いをくれてやる。

 

「……そのためにも、まずは寝るか」

 

 家の明かりは外からはついてる様には見えない。渚が俺の帰りを起きて待ってるんじゃないかと心配したが、どうやらちゃんと寝てるようだ。

 もしメッセージを見たら寝ないんじゃないか、と思って俺が帰ることも伝えてない。

 悠が死んでからこっち、ずっと渚には心配をかけ続けたからな。

 

「ただいま……」

 

 鍵を開けて、ゆっくりと玄関の扉を開き帰宅する。

 今年の春頃、園子がいじめを受けている事を認めさせるために夜の公園で会話した帰りも、こんな風にこっそり帰ったっけ。

 あの時はまさかの玄関での待ち伏せに会い、心の底から動揺したが。

 

「……うん、居ない」

 

 今日は流石に渚もそんな事はせず、部屋で寝ているようだ。

 ──と、思ってたのだが。

 

 玄関から続く短い真っ暗な廊下に、リビングからの明かりが扉の隙間を通じて差し込んでいる。

 テレビの音は聞こえてないが、渚はこういう時に部屋の明かりを点けっぱなしで寝るような性格ではない。

 つまりは……。

 

「はぁ……やっぱり」

 

 ゆっくり廊下を歩いて、静かにリビングに通じる扉を開けると、そこにはソファで寝落ちている渚が居た。

 どうやら部屋で寝たんじゃなく、リビングの明かりを最小にして待ってたらしい。

 12月の底冷えする夜に、冬用とは言えパジャマと薄い毛布だけで寝るなんて、風邪ひいたらどうするんだ。

 

「……なんて、思うわけないよな」

 

 出来るだけ足音を出さずに、俺は渚の前まで歩み寄り、その寝顔を見つめる。

 いつも俺のことを考えて、俺のために力を貸してくれる、世界で一番大事な妹。

 ここ数日はいっつも俺を心配する表情ばかり出させてたが、こうして寝てる顔は、なんの苦悩も無い無邪気で可愛らしいものだ。

 

「……さて、と」

 

 本当はこのまま渚を部屋まで運んであげたいが、それじゃあきっと間違いなく、渚を起こしてしまう。

 せっかく寝てるのにそれは嫌だ。

 かといって、このまま薄い格好でリビングに居させるわけにもいかない。

 

 ほんのちょっぴりだけ考えた俺は、一旦リビングから離れて、細心の注意を払いつつ自室に戻り、着替えて、自分のベッドに使ってるタオルケットと毛布を引っさげながら戻ってきた。

 起こしたくないなら、暖まる用意をしてここで寝ればいい。ついでに俺もソファで寝よう。

 おんぶやだっこは起こしちゃうが、熟睡する妹を俺の膝枕に寝かす事くらいは造作もない。

 渚をソファで横にならせて、頭は俺の膝枕、体は持ってきたタオルケット&毛布。これで完璧だ。

 

 心なしか、渚も目を覚ます事は無く、それでいてさっきよりもちょっと寝心地よさそうな雰囲気だ。

 

「おやすみ、渚」

 

 小さくそう呟いて、俺はソファ目の前にある長テーブルに置いてあった照明のリモコンで、リビングの明かりを完全に消した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「お兄ちゃん、もう少しで朝ごはん出来るから待っててね」

 

 今朝の食事当番は本来俺だったが、機嫌のよかった渚が自分からやると言いだしたので厚意に甘えることにした。

 最近ずっと渚に任せっぱなしだったし、今日こそはと思ったけど、昨日帰ってから着の身着のままだったので、軽くシャワーを浴びて着替える。

 1時間近くも掛けた昨日とは違って、今朝はカラスの行水。最低限の身だしなみを整えて、もう一度制服に着替え直してリビングに戻ると、同タイミングで料理をテーブルに並べていた渚が驚く顔で見た。

 

「お兄ちゃん、今日は行けるの……?」

「うん。もういい加減、渚に心配させたくないから」

「そっか……もうお外に出られるくらい元気になったんだね、良かった」

 

 久しぶりに見る安心した笑顔を見せる渚。

 本当のことを言えない事に、ほんの少しだけ後ろめたさを覚えながらも、俺は早速渚の作ってくれた朝食をいただく。

 もっとも、渚を安心させたいという気持ちは嘘ではない。

 そして、だからこそ渚に『また俺たちの中から、誰か狙われるかもしれない』と伝える事はできない。

 

「でも今日は驚いちゃった、起きたらお兄ちゃんの顔があったんだもん」

「膝枕で首、痛めてないか?」

「全然問題ないよ! むしろ、いつもより調子良いくらい」

「そっか、なら良かった。でも渚、これからの季節は風邪ひいちゃうから、もうリビングで寝るのはダメな」

「はーい……」

 

 小気味いいテンポの会話が、なんだかもう懐かしい。

 こんなに箸が進む食事は久しぶりだというくらい、あっという間に朝ごはんを食べ終えて、片づけは一緒に行う。

 そしてこれも久しぶりになる、2人そろっての出発。

 あの『夢』みたいに途中車に轢かれないように気を付けよう、そう思って玄関を開けると。

 

「あ……おはよう、渚ちゃん、それにおにいちゃんも!」

「夢見ちゃん、おはよう。どうした?」

 

 家の先に、夢見が居た。

 どうやら俺……が登校することは知らなかったはずなので、渚を待っていたようだ。

 

「今日から登校できるようになったんだ、良かったぁ」

「夢見ちゃん、(あたし)を待ってたの?」

「うん、昨日の事もあって、1人で行くのが不安になっちゃって……良かったら一緒にって思ったんだけど……」

 

 そう言って、チラッと俺を見ると、苦笑しながら夢見は言葉を続ける。

 

「おにいちゃんが一緒だったら、2人で行きたいよね。邪魔するのも悪いから先に行──」

「いや、夢見ちゃんも一緒で良いよ」

「──って、良いのおにいちゃん?」

 

 言いたい事を先読みして答えると、驚きと喜びが半々の器用な表情を浮かべる夢見。

 

「私も一緒の方が良いと思う。私だって不安なのに、引っ越してきたばかりだから夢見ちゃんは尚更でしょ」

 

 いやいやながらではなく心から、当然のことの様に渚も俺の言葉に追随する。

 俺自身、可能なら最初からそうしたいと思っていたことだ。

 悠や綾瀬を狙った“犯人”がいつ、どのタイミングで俺らに手をだすか分からない現状、たとえ周囲に咲夜のSPが居たとしたって、固まって動く方が良い。

 

「本当に? 本当にいいの? 兄妹水入らずの空間に余計なモノがって思ったりしない?」

「思わねぇよ、なんだよそれ」

「夢見ちゃんがそう思ってほしいなら、遠慮なくそうするけど」

「もう、意地悪言わないでよ渚ちゃん! ……ありがとう」

 

 そう言って笑う夢見の表情からは、安堵の色が見えた。

 そもそも渚と一緒に登校したがった位だ。からかう渚に対して元気そうに振舞っても、やっぱり心の中ではかなりの不安があったんだろう。

 

「それじゃあ、行こうや」

 

 こうして、急な話ではあったが夢見が転校する前はよくあった3人での登校となった。

 

 

「……ねぇ、おにいちゃん?」

 

 途中、渚と仲良く会話してるのを聴いてるだけだった俺に、夢見が声を掛けてきた。

 無言で先頭を歩いてたので、会話に混ざってない事を気にしちゃったのだろうか。

 

「どうした?」

「すっごい周りを……特に車を気にしてるけど、何かあった?」

「あぁ……そう見えるか」

「うん。すっごく。渚ちゃんもそう思うでしょ?」

「確かに、横断歩道わたる時も青信号なのに赤信号を横切ろうとしてる人みたいにキョロキョロしてると思ってたけど」

 

 渚にまで言われたら間違いない。そこまで挙動不審な行動に見えてたのか……と反省。

 

「おにいちゃんも……うぅん、おにいちゃんが一番気が張ってるのは仕方ないけど、それだと教室に着く頃にはヘロヘロになっちゃうよ? もう少しだけ気楽になろう?」

「言いたいこと全部言われちゃったけど……私も同感」

「んー……分かった」

 

 年下の女の子2人にそろって諭されるのは情けないが、神経過敏になってたのは事実だから、素直に言われた言葉を飲み込むしかない。

 もっとも、こうなるのも仕方ない話だ。『夢』の中で死んだのは綾瀬と俺だけじゃなかった、今こうして一緒に居る夢見もそう。

 昨日は奇跡的に綾瀬の命を救えた事の印象が大きくて、その後の“犯人”の事もあり意識しなかったが、夢見の死だって回避できたんだ。

 それも綾瀬と違って傷一つなく。なら絶対に死ぬような危険から守らなきゃってなるのは、ある意味当然の心の動きだろうよ。

 

「はぁ……うん、肩の力抜いていきます」

「それでいいよ、もっと元気にいこ」

 

 そう笑顔で話す夢見。

 自分の不安を押しのけて、人の心配なんてしちゃってさ。

 本当、強い子だな。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「それじゃあ、お昼にまたね、お兄ちゃん。夢見ちゃんも気を付けて」

「うん、2人ともまたね!」

「気を付けろよ」

 

 学園に到着し、3人がそれぞれの昇降口に向かって別れる。

 俺は数日ぶりの朝の学園の雰囲気にやや呑まれながらも、ここからは万全の注意を払って行動する。

 昨日、咲夜は学園内の警備についてこう語っていた。

 

 

『学園の中にはアタシの指示で動く生徒が各学年に居るわ』

『それで大丈夫なのか?』

『あえて警備の手を薄くするの。その方が“犯人”も行動しやすいでしょ?』

『確かにそうだけど、また綾瀬の時みたいになったら』

『その心配は不要よ。今言ったのと別に、アタシなりに対策があるから』

『対策? 具体的には?』

『秘密』

『えぇ……』

『切り札って言うのはね、隠すから切札足り得るの。覚えておきなさい』

 

 

 咲夜の言う『対策』とやら何かは点で見当もつかないが、ここは素直に信じるとしよう。

 それより目下のところ問題なのは──。

 

「おはよー」

 

 なるべく気楽な声を意識して教室に入る、すると。

 

『──っ!』

 

 一瞬で静かになる教室。昨日もだったが、今日はそれ以上。

 ああ、やっぱり。という諦観が脳を過る。

 悠の件に続いて、昨日の綾瀬の件と不幸……しかも俺と仲の良い人間の不幸が立て続けに起きてしまい、すっかりクラスの中で俺は『可哀そうな奴』となっていた。

 

 同情してくれるのは不快にはならないけど、できれば普通に接してほしい。

 

「えっと……改めて、おはよう」

「お、おはよう……てかお前、今日これるのすげえな」

「ありがとう、七宮。お前がいつも通りのテンションで居てくれるのが何よりの救いだよ」

 

 慄きつつも、やはりクラスで仲のいい友人の七宮は応えてくれた。

 おかげでどうにか最大の懸念である、クラスの孤立は避けられそうだ。あとはできるだけ、俺の元気な姿を見てもらえば、段々と全員が普段通りの接し方に戻ってくれるだろう。

 じゃあ、まずは──。

 

「えっとさ……悠の花瓶の水、入れ替えた?」

 

 机の上にある花瓶を指差して聞いてみる。

 

「いやー、分からん。いつも日直がやるんだけど、誰だっけ今日は」

「あ、わたしだけど……ごめんまだやってない」

 

 七宮がクラスのみんなに尋ねると、ちょうど黒板を綺麗にしてた葛西さんが申し訳なさそうに言ってきた。

 責めるつもりで聞いたんじゃないので、両手で問題ないとジェスチャーを送る。

 

「むしろその方が良かったって言うか……差し支えなければ今日から俺にやらせてくれる?」

「えぇ……それは良いけど、野々原君大丈夫?」

「お気遣いありがとう。でもそろそろ現実受け入れないとね」

 

 了承を得たのでササっと花瓶を手に取る。

 

「なぁ、野々原。お前無理してないか?」

 

 七宮が普段よりも真剣な口調で聞いてくる。

 

「悠の事があって、昨日は河本だろ? なのにさ──」

「無理はしてるよ、その通り」

 

 七宮の言葉をさえぎって、俺は言った。

 

「でもさ、(あいつ)が死んで塞ぎ込んでる間、何も良い事なかったからさ。たぶん今はある程度無理しなきゃいけないんだと思う」

「……そっか。お前がそういうんならしゃあねぇわ。なら頼むから、今度はお前がケガするって事だけはやめてくれよな」

「縁起でもねぇこと言うなよ馬鹿」

 

 冗談と懇願の境目みたいなことを言う七宮のおでこを軽く小突いて、俺は廊下の水飲み場に向かった。

 果たして今の会話で少しでも俺に持たれてるネガティブなイメージを払拭できただろうか。

 少なくとも、カラ元気と虚勢で無理してるんじゃないって事だけでも伝わればと思う。

 

 昨日と同じ、屋上に続く階段の踊り場に向かう廊下を歩く。

 途中、他クラスの生徒が俺を見て何か気づくような表情を見せるが、それらに構わずスタスタ進んで水飲み場に着くと。

 

「……縁くん!? 今日から来てたんですね!」

 

 聞き覚えのある、ていうか聞き覚えしかない女子生徒の声が横からした。

 振り返る先には、俺と同じようにクラスの花瓶──当然向こうは普通に教室に飾ってる物だ──を手にこちらをまじまじと見る園子の姿。

 そういえば園子には伝えて居なかったな、と朝のタスク漏れに内省しつつ、俺はクラスの皆を相手にする時よりは少しだけ素の──参ってる自分を隠さないテンションで応える。

 

「お久しぶり、園子。今日くるって言い忘れてた。ごめんな」

「ごめんだなんて、そんな事ないですよ! それよりすみません、昨日は私だけ病院に付き添えなくて」

「それこそ、謝らなくて良いよ」

「でも……ううん、それより、綾瀬さんの容態は?」

「眠ったままだけど、ヤマは越えたって所。そのうち目が覚めるよ」

「そうですか……良かったぁ、本当に……良かった」

 

 そう言って、花瓶を持ったまま涙目になる園子。

 慌てて悠の花瓶を目の前の水飲み場に置いて、ハンカチを取り出して渡す。

 

「泣くなって、死んだわけじゃないんだから」

「ごめんなさい……でも、彼の直後だったから、もし綾瀬さんまでって凄く怖かったから、安心してつい……」

「……っ」

 

 俺のハンカチは大丈夫と手振りで応え、自分の物で涙を拭きつつ、園子は言った。

 

 確かに、そうだった。

 俺にとって、親友と幼なじみ兼恋人が死んだり大けがをしたのと同じように。

 園子にとっても大切な友人を失い、更にもう1人の友人も失ったかもしれない状況だったわけで。

 辛いのは、本当に俺だけじゃない。

 そんな当たり前のことを、改めて理解できた。

 

「……園子、ありがとうな」

 

 自然と、そんな言葉が口から出た。

 

「ありがとう、ですか……? お礼を言われるようなことは何も」

 

 涙を拭ってもまだ赤みのある目をパチクリしながら、園子は首を傾げる。

 確かに今の会話から不自然な言葉には違いない。でも、園子が泣いてくれて、不思議と心が軽くなったんだ。

 この短い時間で、身近な人が2人も傷ついて、ともすれば俺はこの世界で1番不幸な人間なんじゃないかって思いそうにもなった。

 でもそうじゃない、俺だけが不幸じゃなく、同じくらい悲しみを抱いた人が居るんだと、それくらいあの2人を大事に思ってくれる人が俺以外にもいるんだと、園子が教えてくれた。

 

「言いたくなったんだ。気にしないでくれ」

「そうですか……ふふっ、分かりました」

 

 そんな俺の心中を察してか否か、園子は深く聞いてくることはなく、ただ笑って受け止めてくれた。

 直後に、朝のHR開始5分前を告げるチャイムが、廊下に鳴り響く。

 

「あぁ、いけないいけない。早くやらなきゃ」

「わ、私も……っ!」

 

 互いに慌てて花瓶の水を入れ替える。

 ものの数秒で終わる作業だ。蛇口をしめて、持ってきてたふきんで花瓶についた水滴を拭き取ってると、隣で同じ事をしてる園子が、ぽつりと言った。

 

「縁君……あなたの苦しさを私は完璧には理解できないと思います」

「……ん?」

 

 急な発言に一瞬面食らいながらも、話す園子の表情が真剣なものだったので、黙って続きを促す。

 

「私なんかじゃ、あの2人の代わりには到底なれませんし、なれるとも思ってませんけど……縁君はひとりじゃありません。だから、何かあったらいつでも声を掛けてくださいね。頼りないかもしれませんが、力になります」

 

 隣に立つ俺にしか聴こえないほど小さい声。

 それでも、確かな意志の強さを感じた。

 

「あぁ。もしもの時があったら、すぐに頼りにさせてもらう」

 

 “犯人”の可能性も含めて、危険が残ってる今、本当に園子を巻き込んでしまう行動をとるワケにはいかない。

 それでも、こんな事言われて嬉しくならないハズが無いし、心が暖かくなるのも当たり前の話で。

 あの日、その後に起こるあらゆる修羅場を理解しつつも、園子を助けるために図書室に踏み行ったあの一歩は決して間違いじゃなかった。

 改めて、心の底から、そう思った。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 仕方ないとはいえ多少の気まずさが漂いながらも、久方ぶりの授業を受けていく。

 1〜2時限目が過ぎ、3時限目は理科室への移動があった。

 

「──あっ、やべ」

 

 七宮の他、数人と一緒に理科室までの廊下を歩いてる途中で、ノートが違う教科のものだと気づいた。

 

「めんどくせえ、ちょっと取りに戻るわ」

「うっわ、やらかした!」

「おー、久々の移動教室あるあるだな」

「ルーズリーフ一枚やるか? その方が早いっしょ」

 

 三者三様の反応を返してくる友人らに『すぐ戻るから』と返して、小走りで教室に戻る。

 教室までは距離こそ大した事無いが、時間が心許ない。教師に咎められるギリギリの速さで廊下と階段を通り、すっからかんの教室に入る。すると──、

 

「あっ! おにいちゃん!」

「夢見ちゃん、どうした?」

 

 教室の教壇に、夢見がポツンと立っていた。

 

「おにいちゃんに話したい事があって来たんだけど……そっか、移動教室だったんだ。タイミング悪かったかも」

「そうか、でも、誰も居ない他学年の教室に勝手に入っちゃダメだろ? 何か無くしものが出たら真っ先に疑われちゃうぞ」

「あはは、ごめんなさい! 許して、ね!」

 

 そう言って両手を合わせて、可愛く謝る夢見。

 元より怒ってなんか居ないので、教室の時計を見て5分ほど余裕があるのを確認し、忘れ物のノートを机から取り出しつつ言った。

 

「別に良いけどさ、話って何だい? 長くなきゃ言いなよ」

「あ、良いの!? 流石おにいちゃん、優しい! でも……ちょっと長くなるかも」

「そうなのか? なら、大まかな概要だけ言ってくれよ。お昼休みの時に話そう」

「分かった。じゃあ言うけどね……」

 

 そう言って、机からノートを取り出したばかりの俺の前までトコトコと歩み寄り、夢見は下から覗き込むような姿勢で俺の正面に立ち、

 

「おにいちゃん……何かあたしに隠してる事あるでしょう? それもきっと──綾小路さんや綾瀬ちゃんに関わってることで」

「──!?」

 

 いきなり心臓を後ろから鷲掴みされた様な感覚がした。

 

「──あははっ、やっぱり。おにいちゃんったらすぐ顔に出るんだもん、見たら分かるよ」

 

 カラカラと笑う夢見に相反する様に、俺はなんとも言えない表情で冷や汗を垂らす。

 

「何を隠してるのか、あたし気になるなぁ。きっとそれっておにいちゃんだけじゃなく、あたしや渚ちゃんにも関係することだと思うけど、どうかな?」

「──そう、だね」

 

 隠し事をしてることを、誤魔化す気は毛頭無い。

 洞察力の高さに激しく動揺しつつ、俺は夢見の言葉を肯定した。

 

「そっかぁ。……ふふふっ、ねぇ? おにいちゃん。あたしの言った通り」

「……言った通りって、何が?」

 

 俺の問いかけに、満面の笑みを浮かべて夢見は返した。

 

「長い話になりそうでしょ?」

 

 

 

 ──to be continued




少なくとも5分じゃ足りないのは確かだよね★

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。