【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた   作:食卓塩准将

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最後の番外編になります。
今回は陰の主役(と勝手に思ってる)綾小路家の良心、悠君の物語です。
これをもって、第三章は本当に終わりです。

番外編の例にならってヤンデレCD要素は薄いですが、楽しんでいただければ幸いです。
なお、今回はヤンデレCD作者のオオシマPの手がけたヤンデレCDと同じ世界観を描いた「らぶバト!」という作品と、氏がハーメルンで投稿してる作品の設定を含めています。
良ければそれぞれ追って読んでみてくださいな。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


ボクが僕になれた日

 これは、物語の主人公が知り得ない──知るよしもない──知る必要のない、彼の親友の過去語りだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 綾小路幽夜。

 それが最初、この世に生を受けた僕に与えられた名前だった。

 生まれる子どもに、幽霊の漢字を使うなんて酷い物だと思うが、奇しくも名は体を表すって言葉がある様に、僕は生まれた瞬間から死んでいる様なものだったんだ。

 

 綾小路家。

 日本のみならず世界でも有数の富豪で、綾小路重工を中心にあらゆる業界に根を張り成功を収めている、まさに現代の貴族。

 僕は、そんな華々しい一族の1人だった。

 

 綾小路家の人々は皆、それぞれに使命を持っていた。

 従兄弟にあたる『綾小路 桐夜(きりや)』は、医学を学び、人類の更なる可能性と発展に情熱を燃やしてたし、その兄にあたる『綾小路 凍夜(とうや)』も、次期総帥として相応しい振る舞いや実績を積み重ね続けていた。

 その他にも、綾小路家に名を連ねる者達は皆、『綾小路家のため』に生きていた。

 何もせず、ただ生きているだけで現総帥『綾小路 錬蔵(れんぞう)』から愛されてるのは、直系末妹に席を置き、先に紹介した2人の義妹でもある『綾小路 咲夜』だけだろう。

 

 当然、僕にも綾小路家から求められた、成さねばならない使命があった。それは何かを説明する前に、少しだけ、この世界の裏の事情──あぁ、こんな言い方はしたく無いけど、『一般庶民』が知るよしも無い世界の裏を説明させて欲しい。

 

 綾小路家は世界的な富豪、と言うのは最初に述べた通り。

 だがしかし、綾小路家がこの世界の支配者なのかと言えば、実は全く──呆れるほどに全く、そんな事は無い。

 

 それは何故か。単純な話、綾小路家よりも長い歴史を持ち、常識をはるかに超えた力を持つ存在がこの世界には割と居るからだ。

 あまりそっちの話を深掘りすると別の話題になってしまうので、かいつまんで説明すると、少なくとも日本においてすら、綾小路家は支配層の中で『中の上』、もしかしたらそれ以下かもしれない。

 それほど、この日本には綾小路家すらマトモに相手すれば敵わない存在がいるんだ。

 

 頂点に神様みたいな一族が3つあって。それらをそれぞれ守護する役割を持つ一族が3つずつある。単純に考えて12族が綾小路家の上に巍々と鎮座していると言える。

 経済力、財力で越えてしまえばいい! と思うかもしれないが、この12族は皆揃って綾小路家に引けを取らない財力持ち、或いは裏社会に潜んでて実態が掴めないものばかり。

 それだけじゃなく、彼ら(形式的にそう呼称するが)は皆等しく、綾小路家の人間には無い特別な力を持っていた。

 

 何かって? ああ、こんな事言うの厨二病みたいで恥ずかしいけど……超能力だ。

 そう、漫画やアニメや映画でよく見るあの超能力だ。魔法でもサイキックでも召喚術でも何でも良い、そう言ったフィクションの世界でしか存在を許されないハズの力を、彼らは持っているんだよ。

 

 ……分かるよ。初めてこの話を両親から聞いた時は、僕も『何言ってるんだ?』と呆れたものさ。

 でも、それが事実なんだから仕方ない。だから諦めて受け入れて欲しい。僕や縁達が平和に暮らしてるこの世界は、魔法と超能力に溢れたバトル物染みた世界でもあるってね。

 

 ため息をこぼしつつも受け入れてくれたら、次に何で僕が『事実なんだ』と断言するか違和感を持っただろう。

 良い着眼点だ、それこそが『綾小路幽夜が生まれて来た理由』そのものなんだから。

 話を綾小路家に戻そう。

 

 綾小路家──ひいては現当主である綾小路錬蔵は、超能力や魔法を持ち、現代の科学力では到底敵わない圧倒的な力を持つ存在を相手にただ平伏すだけの大人しい老人では無かった。

 彼は科学力と財力を駆使して、彼らを相手に戦えるだけの戦力を手にしようと研究を進めていた。

 その結果、戦闘用アンドロイドとか街一つ簡単に壊滅できる威力を持った『携帯兵器』とかを作り出せちゃって、まぁまぁ超能力者と引けを取らない『結果』を生み出してはいるけど──やはり、足りない。届かない。

 

 そんな中、プランBが考案された。

 超能力者に勝ちたいのなら、同じだけの力を持つ存在を『綾小路家の中から生み出せば良い』、そんなメチャクチャなプラン、誰が考えたんだろうね本当。僕の父だよふざけんな。

 

 はい、もうこの辺でお察しがついたかと思うけど、そのプランB、正式名称は──いや、もう口にするだけで羞恥心で焼死しそうだから言わないけど、それで生まれたのが綾小路幽夜ってワケ。

 母体の中にいるときから、海外の『超能力を扱う研究機関』と秘密裏にバレたら確実に消される取引を行なって、綾小路家には無い『超能力の因子』を埋め込まれた幽夜は、文字通り綾小路家の希望として産声をあげた。

 

 ──の、だけど。

 

 幽夜が手にした能力は、錬蔵の期待に応えるものでは、到底無かった。

 母親から聞くところでは、生まれてすぐには瞳が左右で違う色をしてたとか、時々光ったとか言うけど、1週間くらいでそれも無くなり、母親譲りの青い瞳に落ち着いた。

 もはやその時点で錬蔵の期待外れだったが、極め付けは物心ついた頃に明白となった僕の力の内容。『触れた物の質を変える』力だった。

 

 そう、実は僕も超能力者だったんです、縁にだって一回も話してない、本当の意味での秘密さ。

 簡単に言えば、錆びた鉄釘を新品同様にしたり、弱った内臓を健康体にしたり、モデルガンを元になった実銃に変えたり、そんなことができる。

 僕が縁を乗せて爆走した時に使ったバイクにも、この力を使って生み出したパーツが多く使われているし、警察に免許の所持を問われた時も、咄嗟に生徒手帳を免許証に変えて渡した。

 その気になれば、せんべいや餡子のかけら一つでもあれば、手の中で和菓子に変える事だってできる。カロリーの消費も無しにね。

 こんな風に使い方次第で色々できる力ではあったけど、分かりやすく最強な力を求めていた錬蔵は、容赦なく僕に『失敗作』の烙印を付けて、あえなくプランBは消滅。綾小路家は科学力に舵を振り切った。

 

 ──と、まぁそんなワケで、綾小路幽夜は早々に綾小路家からは見放されちゃったのです。

 期待も注目もされず、それでいて追放とかは無かったから、もはやただ生きて食事をするだけの、消費しかできないお人形さんみたいな幼少期を過ごす事になりました。

 

 “あぁ、ボクは誰にも必要とされてはいないんだな”。幼い幽夜少年がそう思って心を閉じてしまうのも、致し方ない話だったのでした。

 実際は両親は僕を1人の人間として尊重してくれてたし、金に不自由ない暮らしができる時点で人生勝ち組だと割り切れば良いだけだったが、綾小路家の一族という重責と、その末席を汚している自分が惨めで、とにかく僕はあの頃、消えてしまいたかった。

 

 そんな人生にある日、転機が訪れる。中学2年生を迎える春だ。

 両親が直系と協働で行なっている、首都圏に位置する地方都市の開発計画。

 その一環で作られた学園に僕を転入させると父が言った。

 その頃にはとっくに塞ぎ込んでた僕は、『あぁとうとう追い出されるのか、島流しだ』なんて不貞腐れながらも父に従い、行きたくもない学園に転入、引っ越しする事となった。

 

 そうして転入初日、クラスの皆に挨拶をするが、周りがどうでも良かった僕は、金髪ロングヘアーの転入生(当時の僕は髪を伸ばしてたんだ)ってシチュエーションでにわかに騒ぎ立つクラス全員の前で、こんな挨拶をした。

 

「綾小路幽夜、もういい?」

 

 良くない。

 本当、これは良くなかった。

 ワードがダメなのに、言い方も酷かった。もう本当心の底から面倒臭そうな声色とイントネーション、オマケに表情だって酷かったハズ。

 愛想の悪さなら、どこかの服屋の店員にも並ぶものだったに違いない。

 

 当然、クラスは一瞬で凍りついた。先生も困惑してて、無言で圧を放つ僕にもあたふたしつつ、用意した席に座るよう言った。

 そんな周りの様子なんて心底関心のなかったバカは、スタスタと空いてる席に向かい、自分が何をしたのか全く気にもせず着席する。

 

 そして──、

 

「お前さ、お前さ──今のヤバかったな!」

 

 綾小路幽夜(ボク)は彼に出逢った。

 

「俺、野々原縁。『合縁奇縁』の縁でヨスガって読むんだ、珍しいっしょ? ユウヤってのはどう書くんだ?」

 

 初っ端から距離感のおかしい会話を持ちかけて来た、終生の親友。野々原縁に。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ──ここからは、少し当時の僕の視点で見てみよう。

 

 

「……は?」

 

 いきなりなんだ、コイツ。

 会って数秒で自己紹介、聞いてもないのに名前自慢、挙句はボクの名前の綴りを知りたいって……話の流れが早すぎる。ついていけない。

 

「だから、ユウヤって良い名前してるじゃん? どう言う漢字なのか聞きたいんだよ」

「知ってどうする」

「知りたいだけだよ、これから友達なるのに名前どう書くか分からないんじゃ変じゃん」

「はい? 友達?」

 

 このノノハラ縁って奴が人間関係の作り方を大きく履き違えてるのか、庶民はどれもこんなものなのか、どっちかは分からないけど、ボクはコイツとは馬が合わない事だけは理解できた。

 

「──はぁ、くだらない」

「え?」

「くだらない、そう言ったんだ。ボクと君が友達? 分不相応だ」

「ブンフソーオー……強そうだな」

 

 それは文武両道だ……と言いそうになった口を閉じた。これ以上隣の変な奴につきあう意味がない。

 

「とにかく、君と仲良くする気は無いから、話しかけないで」

「おー……カラ辣」

 

 それは辛辣と読むんだ、また余計な事を言いかけた口にブレーキを再度かけて、ボクは無視した。

 

 いきなりの事で調子が崩れたが、これで隣の変な奴が話しかけてくる事は無くなる。そう思っていたのだけど──、

 

「おはよーユーヤ! この挨拶ってヤ行コンプしてるな」

 

「ユーヤ、教科書見せてくれない? 忘れちゃってさ……」

 

「そう言えばお弁当の日ってユーヤは何持ってくんの? 普通にお弁当?」

 

 ──と、このように毎日毎日、何かしら話しかけて来た。

 他の生徒は遅くても3日後にはボクと会話する事を諦めているのにも関わらず、この隣にいる縁という男だけは、ボクがどんなに雑に返答したり無視をしてもまるでめげずに、関わりを持とうとしてくる。

 

 その内、無視しても無駄な上に、全く反応しないでいると逆に向こうから話しかけてくる時間が増えていく事に気づいたボクは、無視するのはやめて最低限の返答を返す方向にシフトした。

 そのおかげで、縁は無視をやめる前よりは大人しくなったが……ボクが唯一コミュニケーションを取る相手、と他のクラスメイトや教師に認識されたのがマズかった。

 

「じゃあ、今から2人一組でマット運動をしてください。綾小路さんは野々原さんとペアを組んでね」

 

 ──と言うような感じで、2人一組で何かをする時は必ず縁と組まされるハメになってしまったからだ。

 

「俺、最近プロレス見るのにハマっててさ、俺もムーンサルトやりてぇなぁ……ユーヤはできる?」

「ムーンサルトなんてやった事ないから知らないよ」

「だよなぁ、まずはバク転から覚えないとだし……」

「やってみれば良いじゃないか、バク転」

「──だな、やってみるわ。見てて」

 

 テキトーに会話に合わせて話してたら、何と本当に目の前でバク転を試み、見事頭からマットに沈んだ縁。

 それがあまりにも滑稽だったから、思わずクスッと笑ってしまったら、マットに沈んだ姿勢のまま縁がボクをじっと見上げているのに気づいた。

 

「──何だい? 今笑ったのは君が無様だったからだが、文句でもあるのかな?」

「いや──別に」

 

 そう答えて、何故か静かに立ち上がった縁は、次に驚くべき行動に走った。

 

「みんなー! ユーヤ笑ったぜ! 初めて笑顔見せた! 激レア!」

「──んなっ!?」

 

 あろう事かボクが笑った事を──笑われたのは自分なのに大ニュースのような体でクラス全員に教え始めた。

 そのせいで『最低限のコミュニケーションを取る相手』から、『普通に仲のいい関係』なんて認識に変わってしまい、ますますボクは縁と離れられなくなってしまった。

 

 下手に相手をして関わりを増やし過ぎたせいだ。

 反省したボクは今度、今までより辛辣に縁に接するよう心掛けたが──、

 

「なぁユーヤ」

「うるさいなぁ、話しかけないでくれ」

「お前の髪凄えよな、男なのに下手な女より綺麗じゃん」

「……」

「改めて見ると目鼻立ちも凄え整ってるって言うのかな。化粧とか髪のケアとかしてるの?」

 

 今まで誰にも言われた事の無い、容姿を褒める発言をされて、思わず口が止まってしまった。

 

「──別に、何もしてない」

「──えぇ! 綾小路君何もしないでそれなの!?」

「っ!?」

 

 つい素直に答えてしまうと、縁の近くに居た女子生徒──別のクラスにいる子で、たまたまクラスに居た──がなれなれしく会話に混ざって来た。

 

「綾瀬、いきなり話に入るなよユーヤがビビっちゃうだろ」

「え、あぁそうね。ごめんなさい綾小路君、アタシ河本綾瀬、コイツの幼なじみなの、よろしく」

「──はぁ、どうも」

 

 初めて縁と会った時と同じテンションやノリを感じる女子は、縁の幼なじみと自己紹介して来た。なるほど、何処となく似てるワケだ雰囲気が。

 

「それより、あなたの髪って本当にノーケア? なのにサラサラで長いって凄いわね、ねぇもっと良く見せて?」

「な、なな、ちょっと……」

「うわー、枝毛も無い……アタシちょっと自信無くすかも」

 

 な、何なんだコイツらは! 

 2人してソーシャルディスタンスやパーソナルスペースって概念を知らないのか!? 

 

「──くっ!」

「あ、待ってもう少し──行っちゃった」

「そりゃ行くよ、お前容赦なく触り過ぎ」

「だって、あんなにサラサラな男の子って見た事なくて……」

 

 後ろで聞こえる会話に辟易しつつ、ボクはその場から逃走した。

 この後、何故か縁だけじゃなく河本綾瀬までボクの友人の1人という認識が広まり、不愉快な交友関係が勝手に構築されていくのだった。

 

 また、ある時の放課後には。

 

「なぁユーヤ、プロレス見ないかね」

 

 帰る生徒たちの喧騒を聞き流しつつ、ボクもカバンを取って席を立とうとした矢先、縁が話しかけてきた。

 

「またプロレスの話か、もう飽きたよ」

「そう言うなって、今度総合体育館で興行あるんだよ、俺の好きなレスラーも出てくるからさ! チケット買って行こうぜー!」

「興味無い、プロレスなんてブックありきのショーだろ」

 

 少し言い過ぎな気も──別に、しないがとにかく、プロレスは他の格闘技と違って結末が決まってるから見る気が起きない、そう言って断ると、縁はこんな事を言い出した。

 

「ふーん、お前って漫画原作のアニメは見ない派か」

「──なんて?」

「漫画原作のアニメは結末が決まってるけど、面白いだろ? それならプロレスだって見てもいいんじゃねって思ってさ」

「……なるほど」

 

 確かに、縁にしては割と説得力のある事を言ったな。と感心した自分にウンザリしてしまう。

 

「でも、アニメは漫画と違って動くじゃないか。声優の演技も入る、漫画と違う楽しみ方がある分プロレスとは違うさ」

「そうかぁ? プロレスだって見てるうちにブックの事なんて忘れちまう位熱くなるもんだぜ。特に今度興行でやるタイトルマッチなんて、見たら絶対ブックの事なんて忘れて『だったが勝つんだろう!』て興奮しちゃう事間違いなしだ」

「──でも、ボクは」

「それにさ」

 

 言葉を遮って、縁は続けた。

 

「結末が決まってたって、それで見ないどうでも良い、なんて不貞腐れるのはもったいないよ。たとえ負けたり期待はずれな終わり方になっても、その後に続くストーリーがあるんだから」

「……っ!」

 

 その言葉が耳に入った途端、思わずがたっと勢いよく席を立ってしまう。

 

「ん、えっと、どした?」

 

 急な行動にさしもの縁も驚いているが、ボクはボクで急に荒れすさみ始めた心をじっと抑えるのに大変だった。

 縁の言った言葉が、まるでボクの生き方を批判しているように聞こえてしまって、そんなハズが無いと分かっているのに、ボクは苛立ちを覚えてしまった。

 

「──期待外れになったやつに、『次のエピソードがある』なんてどうして分かるんだ」

「え?」

「──帰る」

 

 こらえ切れず、どうしても口から洩れてしまった言葉を誤魔化すように、ボクは駆け足で教室を出て行った。

 家に帰るまでの間……いや、家に帰ってからも、縁の言葉がずっと頭の中でリピートし続けて、それが無性に悔しい。

 初めて他人の言葉に心を乱されたと思う。あんな衝動的な行動をとってしまう事も。

 

 この日の夜、ボクは初めての感情に対する向き合い方に答えが出せず、すっかり夜更かししてしまったのだった。

 そして翌日、ボクにとって一番の大きな出来事が起こる。

 

 

「……なぁ、ユーヤ」

 

 朝教室につくや否や、いつもよりしおらしい態度で縁が声をかけてきた。

 

「何」

「昨日はごめんな、俺何かお前の嫌な事言っちゃって……」

「……」

 

 謝るんだこの人。まずそう思った。

 

「……別に、謝る必要なんて無い」

「でも……」

「何が悪いのか分からないまま謝られても、何の意味も無いだろう?」

 

 あくまでも自分の心の問題だから謝らなくても良いというのは本心なのに、昨日言われた言葉がどうしても引っ掛かって、自分でも少し驚くほど強い口調で縁の謝意を跳ね除けてしまう。

 気が付けば周りの生徒たちもボク達に視線を向けていて、それが更に癪に触ってしまい。

 

「そもそも、ボクと君みたいな庶民じゃ何もかも違うんだ。謝ろうと思う事がそもそも烏滸がましいんだ」

 

 あっさりと、最後の一線を越えてしまった。

 言ってからしまったと思っても、既に遅い。

 

「──なんだ、それ」

 

 縁はさっきまでと雰囲気が一変し、もう明確に怒っているのがひしひしと伝わった。

 

「じゃあ、聞くけどさ」

「……なんだい」

「そんなに自分は庶民と違うって言うなら、なんでお前は俺達と同じ学園に通ってるんだよ」

「それは……君には関係ない事だよ!」

「関係ない? なら関係ない人間にイライラぶつけるなよ、自分から吹っ掛けといておかしいだろ」

 

 それは痛恨の一撃に等しい発言だった。

 その通りだと素直に謝るべきなのは分かってる。けど、どうしてもコイツ()相手に素直に謝るって言うのができない! 

 

「……っ! うるさいなあ、庶民のくせに!」

「困ったらすぐそれかよ、同じクラスメイトで庶民も貴族も関係ない、どっちも同じだっての!」

「同じなワケないだろ! お前にボクの何が分かる!」

「何も知らねえよ! お前が言わないんだから知るハズないだろ!」

「──っ、~~~!!」

 

 とうとう言い返す言葉が無くなったボクは、それでもこの気持ちの収めどころが見つからず、

 

「お前に──」

 

 縁の胸元を思いっきり掴み、叫んだ。

 

「本家の期待に生まれた時から答えられなかった奴の気持ちなんて分かるのか!? 自分じゃどうしようも無い部分で見放された奴の気持ちが!」

 

 それは、今まで誰にも──両親にすら言った事のない、生まれてから14年間ずっとずっとずっとボクの中を駆け回っていた気持ち。

 何で出会って少ししか経ってない、こんな奴にぶつけてしまったのか。自分でも分からないけど、もうボクはこれを縁の前で抑えることができなかった。

 

 縁は少しの間、ボクの言葉を受けて放心するように黙っていたけど、やがてニヤッと笑い出した。

 

「──やっと自分の事、話したじゃん。でもなんだ、ただの八つ当たりかよ」

「……は?」

「お前も結構、感性が庶民的じゃん。不貞腐れんなよ」

 

 何を言われたのか、一瞬理解に苦しんだ。

 いや、言われた言葉は分かるけど。自分が今まで苦しんできた想いを、なんて言葉で形容した? 

 八つ当たり……そういったのかい? 

 

 ──ああ、本当に。なんてことだ。

 

 ──その通りじゃないか! 

 

「ウラァ!」

「わぶ!?」

 

 無意識でも衝動的でもなく、ボクは縁を殴り飛ばした。

 

「八つ当たり? 不貞腐れ? ああそうかもね、そうだよ、そうだ。ボクは不貞腐れて八つ当たりしていた!」

 

 自分の今まで苦しんできた想いを、そんなあっさりとした言葉で片づけられて、もう人生を否定されたとか通り越して、今まで悩んでた自分が馬鹿みたいに感じてきた。

 だけど、このまま言われてハイ終わり、じゃ到底我慢できない。

 

「だから、もう少しボクの八つ当たりに付き合ってよ! 縁!」

「ああ……いい、ぜぇ!」

「ウ”ィ”エ”!」

 

 殴り飛ばされた縁が、凄い勢いでこちらに向かって走ってきた──と思ったらドロップキックをしてきた。

 想像以上の攻撃に対処が遅れて、顔面をしたたかに蹴られた僕が、今度は真後ろに吹っ飛ぶ。

 

 巻き込まれて音を立てながら倒れる机や椅子。

 当然、突如朝の教室で始まった喧嘩を、黙ってスルー出来るクラスメイトはいない。

 悲鳴をあげる者、先生を呼ぼうとする者、呼べという割に自分は動かず野次馬する者、煽り始めるもの多種多様だ。

 そのうちの一人、縁と仲のいい男子が縁に声をかけた。

 

「おい野々原! 喧嘩か?」

 

 それに対して縁が笑いながら答える。

 

「ちげーよプロレスだ! 七宮お前レフェリー頼むわ!」

「任されて!」

 

 ノリノリで答える七宮と呼ばれた男子が、勝手に『ファイ!』とか言い出し、その隣に居た他の男子は筆箱と筆箱をぶつけながら口で『カーン!』とゴング音を演出する。

 

「そういうわけだ、ユーヤ! 見に行く前に俺らでプロレスしようや、不貞腐れ坊ちゃん!」

「言ってろ馬鹿庶民!」

 

 こうなると、もはや何が何だか。

 今まで自分がしてきたクラスでのふるまいとか、この後に絶対起こる教師からの説教とか、もうどうでもよくなっていた。

 もしかしたら、今までのフラストレーションを発散できるこの状況に、ボクは酔ってしまったのかもしれない。

 

 それからは、お互いに知ってるプロレス技の掛け合いが始まった。

 

 さっきのお返しに低空ドロップキックを縁の右足に決めると、よろけながらも姿勢を立て直した縁が床に受け身を取ったばかりのボクの足首を掴んで、アンクルホールドを決める。

 足首の関節を的確に極める技に、筋肉で押し通せる余地はない。縁はギブアップしろと言ってきたが、彼に3カウント取られるどころか負けを認めるのなんて絶対嫌だったボクはボクにしか分からない反則をする。

 

 ──極められている足の靴紐、そこにボクの能力で結びの質を変えて弛くして、靴から足をスポッと抜かせた。

 

 前に縁に無理やり見せられた海外のレスラーの試合で、同じくアンクルホールドを掛けられていた側がした行為を、能力を使って再現。当然縁の技は崩れてしまい、ボクは自由に動けるようになった。

 縁はなおもボクに組みかかろうとしたが、また関節技をされたらマズい。かくなる上は──思いついたのは別の動画で見た日本のレスラーによる空中殺法だ。

 

 ここにはロープやコーナーは無い。

 その代わりにできるものを見つけたボクは自分の両足に能力を使って強化し、くるっと後ろを向いて教室の壁まで走る。

 急な行動に戸惑う縁や聴衆。それを横目で見つつ、ボクは軽くジャンプしてから教室の壁を蹴り、その反動で大きく空中バク転を決める。

 

 三角飛びのラ・ケプラーダ。有名な言い方で言うならムーンサルト・プレス。

 初めてする技だったけど見事に成功したボクは自分の身体を勢いよく縁に叩きつける事に成功した。そのまま動画で見た見様見真似の片エビ固めでカウントを取らせる。

 背中から落ちた縁にはもう返す力は残ってなく、レフェリーの3カウントが野次馬生徒全員の合唱とともに教室内に鳴り響いた。

 

「はは……なんだ、できるんじゃんムーンサルト」

 

 負けた縁は負けたのになぜか嬉しそうな声で、そうつぶやいていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 その後は……まぁ、やっぱり教師に怒られた。

 反省室にしばらく居ろと言われて、さっきまでの喧騒とは真逆の、静かな空間に2人きりとなってしまった。

 

「……なぁ」

 

 教師が部屋を出てすぐ、縁は言った。

 

「楽しかったな、さっき」

 

 それが、あまりにも悪びれちゃいない発言だったから。

 

 

「──うんっ」

 

 つい、笑いながら答えた。

 

「あ、珍しい笑い顔また見れた」

「もう一回見てるんだ、今更だろう?」

「んな事ないさ。お前の笑顔、優しいんだから、もっと見せてけよ、その方が友達増えるぜ?」

「わざわざ増やす気は無いよ」

「またそういう事言う~」

「たくさんいても持て余すだけだよ、少しでも、ボクが笑いたいと思う相手とだけいれば良い」

「お、それってつまり、俺の事か~?」

「──どうかな」

 

 そう言って、2人して一緒にカラカラと笑い合った。

 

「……あのさ、さっきの話」

「ん?」

「期待されてないって言うの。あれさ思ったんだけど、言っていい?」

「……いいよ、なんだい?」

「良いのか、じゃあ言うけどさ……」

 

 そうやっていったん言葉を止めて、縁はその先のボクの人生に大きな影響を与える言葉をくれた。

 

「期待されてないなら、逆に好き勝手すりゃいいんじゃね」

「──好き、勝手」

「そ。だって、変わらずお前ってお金持ちの貴族だろ? どういうワケか俺らと一緒の学園に居るけどさ」

「まぁ、そうだけど」

「じゃあ、俺らよりもできる事の幅が広いわけじゃん」

「……うん」

「それでいながら、本家? っていうのには感心向かれてないなら、もう自分がやりたい事のために生きちゃってもいいじゃん」

 

 綾小路家のためではなく、自分のやりたい事のために生きる。

 今までのボクの価値観・世界観に決して存在しない言葉だった。

 

「──はは、そうか、なるほど」

 

 確かにそれは、ものすごく魅力的な提案だった。

 それはきっと、桐夜兄さんや凍夜兄さん、他の綾小路家の人間──咲夜にだってできない生き方だから。

 ボクにしかできない──期待されずに見放された『綾小路 幽夜』だけの生き方。

 

「──ふふ、ははは、そうか、そういうのもアリなんだ」

「んー、なんかよく分からないけど、納得した感じ?」

「した。したよ、縁」

 

 もう一度、ボクは彼に笑顔を見せて答える。

 それを見て、ボクが悩みを吹っ切れたのが彼にも伝わったらしい。

 

「なら良かった」

 

 そう言って、もう見飽きるくらい見た──太陽みたいな笑みを浮かべた。

 

 

 後日、ボクは縁の誘ってくれたプロレスの興行を見に行った。

 そこには以前会った縁の幼なじみである河本さんや、縁の従妹で、2人の家の向かいに暮らしてるという小鳥遊夢見って子も来た。

 その日は、縁が言った通りブックなんて頭から抜けて、気が付けば周りの観客と一緒にボクも大声でレスラーを応援していた。

 

 心から叫んで、笑って、楽しんだ。

 14年間生きてきて感じなかった事を、ボクは縁に出会って初めて体感できたんだ。

 そうして、見つけた。他の誰にもできない『綾小路 幽夜』だけの生き方を。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 プロレスの大会を見た翌週。

 綾小路幽夜は、学園を去った。

 

 なんの通知も無いまま、突如として消えた転入生に、大なり小なり動揺を隠せないでいるクラスメイト達。

 そんな生徒たちをなだめつつ、先生は次に、新しい転入生が来る事を告げる。

 立て続けて起こる特殊な出来事に、いよいよクラスは騒然とするが、先生が入ってこいと言って姿を見せた転入生に──皆言葉を失った。

 

 そこにいたのは──、

 

「改めまして、今日から皆さんとクラスメイトになる、()()()()です。よろしくお願いします!」

 

 長い髪をバッサリ切って現れた、()だった。

 動揺するクラスメイト達を見てクスクス笑いながら、僕は自分のために用意された席──縁の隣に座る。

 

 ぽかんとしながら僕を見る彼に、ウインクしながら挨拶をする。

 

「改めてよろしく、縁」

 

 声を掛けられて、ようやく僕が誰か確信を持てたのか、縁はようやく口を開く。

 

「あぁ……突然イメチェンしたから、分からなかった」

「これが僕の答えって事」

「答えって……もしかして?」

「うん、僕はもう綾小路家が求めて見捨てた『綾小路幽夜』としては生きない。これからは──」

 

 この世界に宣誓するように、僕は言った。

 

「君の友達──『綾小路悠』として、好き勝手に生きていくよ」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

12月初頭

 

「──ふふっ」

「んー急にどうした悠」

 

 帰り道の途中、不意に昔の事を思い出した僕は、つい一人で思い出し笑いをしてしまった。

 今日は縁の家で鍋パーティをやろうって話になり、僕と縁、綾瀬さんと渚ちゃんの4人で珍しく一緒に帰っている。

 部長と咲夜は追って家に来る予定だ。

 

「──珍しい、悠くんが思い出し笑いなんて」

「そうかな?」

「おう、あんまそういう事しないじゃん。渚も見た事ないっしょ?」

「うーん……そうですね、普段から笑顔って印象ですけど、今みたいに一人で楽しそうに笑うのはあまり見ないかも」

 

 渚ちゃんに言われたら否定しようがない。

 

「昔の事を思い出したんだ。君にプロレスで勝った時の事をね」

「あー懐かしいなおい、あん時は大変だったな」

「プロレス……お兄ちゃんがたくさん先生に怒られた時の?」

「あったわね、アタシも騒ぎがあったから観たらびっくり、縁は床にのびてるし、悠君はクラスのみんなに揉みくちゃにされてたんだもん」

「当時は荒んでたからなー悠は。そんな奴がかっこよくムーンサルトしたらそりゃ、一気に人気者さ」

 

 そうやって、みんなで当時の思い出を共有しながら歩くうちに、縁と綾瀬さんの家の前にまでついた。──のだけど、

 

「あれ、引っ越し屋さんの車が止まってる」

 

 普段と違う事に気づいた縁がそう言うと、綾瀬さんも追随する。

 

「誰か引っ越してきたんだ……って、あれ、向かいの家に荷物運んでない?」

 

 綾瀬さんの言う通り、業者は2人の家の向かいにある一軒家に荷物を運んでいる。

 その家は、かつて別の人間が生活を営んでいた家だ。

 そこに荷物が入るってことは──引っ越してきたのは、つまり。

 

「あーすみません! その段ボールはアタシが運ぶので大丈夫です!」

 

 急に、朗らかで愛らしい声が家の中から聞こえてくる。

 声の主と思われる人物──丈の短めなサロペットスカートを着た、ピンク髪の女の子が、大の大人が重そうに持っていた特大の段ボールを受け取り、事もなげに持ち運ぼうとする。

 

「──あ!」

 

 縁が声を挙げた。

 その声を聴いた少女も、縁の方に顔を向けて、驚きの表情を見せる。

 いそいそと、段ボールを丁寧に一度家の敷地の地面に置いてから、1年ぶりに主に再会する愛犬よりも早く、縁に向かって駆け出した。

 そうして、残り1mかという距離になったら、勢いよく縁に向かって飛び込んだ。

 

お兄ちゃん、久しぶりぃ!!! 

 

 受け止めた縁はよろける事も無く、自身を『お兄ちゃん』と呼ぶ少女に喜びの声をかける。

 

「夢見ちゃん、お久しぶり! 大きくなったな!」

 

 ──そう、少女の名前は小鳥遊夢見。

 縁の、そして渚ちゃんの従妹。

 かつてここで暮らしていたが、家庭の事情でこの街を離れていた女の子だった。

 

「アタシ、今日からまたここで暮らせる事になったの! だからまた──よろしくね、お兄ちゃん!」

 

 心の底から嬉しそうにそう話す夢見に、縁も同じ笑顔を返す。

 

 ──ああ、どうか、願わずにはいられない。

 小鳥遊夢見の真の姿を知らない彼が、彼女に全て呑まれない事を。

 

 

 ──この瞬間、『綾小路悠』の人生に、もう1つ目的が生まれた。

 唯一彼女の裏を知る自分が、彼と──彼が大切に思っている人全てを、守る。

 咲夜と査問委員会にしてやられた時とは違う。

 

 もう二度と、彼の幸せな世界を、第三者に奪わせはしない。

 ──させる、ものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

 






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