【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた   作:食卓塩准将

40 / 75
感想やお気に入り登録、評価ありがとうございます。

作中も晩秋で季節の変わり目ですが、リアルも梅雨が近いのでお体に気をつけてください


第4病 マンネリ

 園子と出かけた2日後。月曜日の教室に、俺は普段より少し早く到着した。理由は特に無く、単純に俺も渚も早起きして、朝の始まりが20分程度早かったから。

 

 俺は登校時に前方に学生の姿が全くいないと不安に駆られるから、小学生の時から登校時間は1番学生が居る時間帯を狙っている。

 それが普段より早まったのだから、当然の事、朝の通学路を歩く学生の数は少なくて、朝練のために早出してる人がチラホラ見られる程度。

 渚と2人で『たまにはこの時間に超余裕持って出るのも悪く無いね』と話しながら、悠々自適に歩く朝だった。

 

 当然の事だが、教室の1番乗りは俺だった。

 放課後でも無いのに誰も居ない教室と言うのは中々に不思議な雰囲気だが、それもこの後大した時間もかからない内に、喧騒で満ち溢れるようになる。

 換気目的で窓を開けて、外から入る風を顔に感じながら自席に座り、今日の始まりを待っていると、割とすぐに教室の扉がガラリと開く音がした。

 どうやら本日2番目の到着者が来たらしい。せっかくだから朝の挨拶でも決めようと顔を向けると、入って来たのは──、

 

「綾瀬、お……おはよう」

「っ……おはよう」

 

 朝の一発目から綾瀬だった。

 いや当然の事、今日必ず会う事は分かっていたけど、そう言えば最近綾瀬は朝早く出てるんだった。そりゃこうなる可能性も大きいか。

 だが、動揺こそしたけども綾瀬とはこの前一緒に帰ってから少しだけ話しやすくなっている。まだ気まずさは残ってるが今までよりはかなり楽だ。

 それに今日は、会話を弾ませる秘策があったりする。絶対に今週中に綾瀬と仲直りするんだ。

 

「……今日は、早いんだ」

 

 心の中で意気込んでいると綾瀬の方から話しかけてきた。

 良い傾向だ、まだ他のクラスメイトが来ない内に、ちゃんと会話を重ねていこう。

 

「早起きしちゃってさ。もっとゆっくり朝を過ごすのも考えたけど、手持ち無沙汰になってさっさと登校しようって考えになったから」

「そうなんだ……渚ちゃんも?」

「うん、2人揃って。まあ渚に関しては俺が動いた音を聞いて起きたって可能性もあるけど……いや多分そうだわ」

「ふふっ、渚ちゃんらしいね」

 

 無理なく交わされてる会話に内心ほぉっと安堵の息を漏らす。

 渚の名前が出た時、一瞬先行きに不安を覚えたけれども、綾瀬の様子はあまり変わらないままだったから良かった。

 そこで心に余裕が出来たからだろうか、ふと、綾瀬の顔を見て気付いた。

 

「綾瀬、目元少し腫れぼったく無いか?」

「えっ?」

「ちょっと充血してるし、目に何か炎症とか起きてるんじゃないか?」

「……あー、うん、これね! 昨日ちょっとその、夜に映画観て、遅くまで起きちゃったのと、内容に感動しちゃって、それでかな?」

「……そっか、なら良かった」

 

 朝早いのに遅くまで映画ってのも、睡眠時間的にどうかと思いはしたが、そこまで言及するのはやめておいた。

 

「あのさ、綾瀬」

「なに?」

「今日、久しぶりに一緒にお昼食べないか?」

 

 “もちろん悠も入れて3人でさ”そう早口で付け加える。

 先日一緒に帰った事で、確実に綾瀬との距離は元に戻る傾向にある。お昼には秘策も出せるし、絶対にここは一緒に食べたい。

 

……なんで

「ん?」

 

 一瞬、綾瀬が何かを口にしていたのだが、何と言ったのか聞き取る事が出来なかった。

 すかさず聞き直そうとしたが、廊下から複数の生徒の声が聞こえて来て、それがクラスメイトの物だと分かった。

 綾瀬はきっと、2人だけの時にしか会話しようとしない。ここ最近の傾向からそれを察した俺は、口惜しいが朝の会話はここまでだと判断する。

 

「──ごめん綾瀬、無理にとは言わないから、良かったらお昼にまた声かけてくれ! じゃ!」

「……っ」

 

 矢継ぎ早にそう言って、俺は一旦教室を出て手洗いに向かった。

 この時の俺は、自分の伝えたい事を口にする事だけに意識を向け過ぎて、綾瀬の様子が明らかにおかしい事にまで、気づく事が出来なかったのだと、後から知る事になる。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 早起きは三文の徳ってことわざをご存知だろうか。

 早起きすれば何かしらの利益を受ける事がある、という意味だ。

 特にそれを意識した今日では無いのだが、1時限目が現国の授業だったのもあってか、ふとこの言葉を思い出して、ひょっとしたら何かしら恩恵を受けるかもしれない。なんて期待を持ったりした。

 

 だが、結論から言う。

 全くもって、徳なんて無かった。

 早起きして朝食も取ったが、覚醒時間が早かったせいか、お腹が減るのも普段より早かった。俺は空腹になると眠気が出て来るタイプなので、おかげさまで3限目あたりからかなり怪しく、船をこかない様に必死に耳とか手のツボを刺激していた。

 

 その甲斐もあって、どうにか難関である4限目の古文漢文でも起き続ける事が出来た。ただし、授業内容についてはもう殆ど覚えていないし、ノートもミミズが死にそうで足掻いた後みたいな黒い線しか書かれてないから、後で自主学習が必須になってる。

 

 大体、三文の徳の三文ってのは調べてみたら、大昔の通貨で現代で換算すれば100円行くか行かないかくらいだと言う。

 毎日三文稼げばそりゃ確かに一年も経つ頃にはそこそこな利益になってるけど、別にこれから毎日三文稼ぐつもりも無いし、期待する方が間違っている。

 

 だいたい、三文って言えば悪い言葉として使われる『三文芝居』でも出て来るワードじゃないか、本当に『早起きは三文の徳』が良い事を指すことわざなのかすら怪しくなって来たぞ。

 

「おーい、野々原、なんかイラついてる?」

 

 クラスメイトの七宮(意外にも俺が夏休みに祭りのバイトとして短期間だけ足を運んだ、七宮神社の巫女さんのいとこだった)が、呆れた顔をしながら声をかけて来た。

 どうやら心の声がまんま顔にも現れていたらしい。返事をする前に咳払いをしつつ、メンタルをリセットさせる。

 

「──ちょっと、空腹と睡眠欲のダブルパンチで思考が飛んでた」

「元に戻れた様で何よりだよ。何つーか、ヤンキー漫画に出て来るキレッキレな不良みたいな顔付きになってたからな」

「それは誇張表現過ぎだろ幾らなんでも」

「んな事ねえよ、河本と綾小路もお前に声かけたがってたのに怖い顔してるから困ってんぞ」

「えっ!」

 

 慌てて七宮が指さす方へ顔を向けると、そこには確かに見るから困ってる雰囲気全開の顔をしてる綾瀬と、苦笑いを浮かべて小さく手を振る悠がいた。

 

「……なんつうか、お前らが3人揃うの久しぶりじゃね? と言うか河本とは、か」

「……まぁな」

「何やったか知らんけども、ちゃんと仲直りしろよ?」

「おう、分かってるよ」

 

 七宮との会話もそこそこに切り上げて、急ぎ2人の元に駆け寄った。

 

「ごめん、眠気にやられてた」

「みたいだね、今も眠そうな顔してるよ、君」

「あーマジ? ちょっと顔洗って来るわ」

「了解、じゃあ僕らは中庭で席を取って来るよ」

「ん、って事は綾瀬は……」

 

 今の言い方はつまり、綾瀬も今日は一緒にお昼を食べると捉えて良いのか? 

 そう言う意味も込めて綾瀬に視線を向けると、一瞬だけ目が合ってすぐに逸らされたが『……誘ってくれたから』と小さく頷きながら言った。

 

「……ははっ、そっか。良かった」

 

 眠気が晴れた、とは言わないけども。

 ちょっと安心して、気力が幾らか戻った気がする。

 少なくとも、手洗い場に行くまでの道で眠りこけて倒れる事だけは無さそうだ。

 

 

 廊下を早歩きで駆け抜けて、速攻で顔面に水を吹っかけて、俺は足早に弁当手に中庭へ向かった。

 同じ様な目的で外に出た学生らの間をすり抜けつつ、綾瀬達がいる場所を探し回すと、ものの数秒で見つけた。

 

「お待たせです、悪い待たせた」

「大丈夫大丈夫、眠気は覚めた?」

「オウお陰様で、バッチリ」

 

 席についてカバンから弁当を取り出す。

 実は秘策というのは、この弁当だ。

 

「なぁ綾瀬、この前帰った時に話した事、覚えてるか?」

「え? えっと……確か、酢豚が──」

「そう! 今日はこれを綾瀬にも食べて貰いたくてな!」

 

 そう言って勢いよく蓋を開けて見せたのは、雪辱のパイナップル入り酢豚。

 食べる前から批判の声が続出したパイナップルの悔しさを歓喜に、食わず嫌いの心なき批判を万感の賞賛に変えるため本気で作ったものだ。

 

「本当に作ったんだ……しかも結構パイナップル入ってる。わぁ……」

「チンジャオロースと言いながら実際はタケノコばかりな物は許せないが、パイナップルの多い酢豚は問題無い」

「君のそのパイナップルへの信頼はどこから生まれてるのさ」

 

 予想通り、綾瀬は昨今の微妙な距離感も頭から離れて素のリアクションを見せている。かなり動揺しているみたいだ。

 悠も俺がパイナップルを入れる派だと分かってるが、こうして弁当に持って来る事は初めてだったから、驚き半分呆れ半分という具合だ。

 

「さぁ、食べてみてくれ。中華は全般で綾瀬の方が上手だけど、今回は不味いとは言わせねえから」

「う、うん……」

 

 俺の気迫に押されて、恐る恐る箸を伸ばす。

 

「それ、肉だぞ」

「わ、分かってるわよ。間違えただけ……」

 

 さり気なく肉から行こうとしたのを制して、パイナップルを取らせる。

 

「もう、強引なんだから……えい!」

 

 不本意ながらも終始いやいやだったが、綾瀬は観念したのか意を決してパイナップルを口に入れた。

 最初は露骨にいや嫌だった綾瀬が、もぐもぐと噛み締めてる内に、やる気の感じられない目に別の感情が宿り始めたのを、俺は見逃さなかった。

 

「思ったより食べやすい……意外」

「だろ? その後に肉食べてみな」

「うん……凄い、甘いし柔らかい」

 

 狙い通りの反応で大変満足だ。

 パイナップルは入れるタイミングが悪いと、タンパク質やら何やらが壊れて、果肉も栄養も台無しになる。

 下手すると果肉がささくれた様になって、ただ食べづらい割に主張の強い塊にしかならない。それを避けるためにベストなタイミングで投入したんだ。美味しくて当然だ。

 

「あんをかけるのと同じくらいのタイミングでパイナップル入れるのが良いんだよな。あと、切り方。結構丁寧に美味しく食べられる様に気をつけたんだ。手間はかかったが、その甲斐はあったね」

「本当にビックリした。あなた、いつの間にか料理も上手になってたんだ」

「台所立ってれば自然とね。まあでも、綾瀬や渚にはやっぱり及ばないよ」

 

 1番敵わないと思うのは栄養バランスを考える事だ。

 ここだけの話、余程難しい料理でも無けりゃ、今の時代レシピ通りに作ればまず美味しくなる。大事なのは毎日、コツコツと、栄養バランスを偏らせずに料理の献立を決める事。

 その点で言えば、俺はまだまだだと言わざるを得ない。

 

「うーん、全く作らない僕にとって耳が痛くなる会話だ」

 

 自虐的に笑いながらパイナップルを頬張り、悠が嘆く。

 昨夜の言葉じゃ無いけど、綾小路家は本来俺らとこうして過ごす事すら無い筈の大富豪だし、自分で料理作らなくても何の問題も無いだろう。

 そう言うと、悠はどこまで本気で言ってるかは分からないが、冷ややかにこう返して来た。

 

「いや分からないよ? 綾小路家だって事業を失敗したら瞬く間に零落するかもしれない。その時にお粥の1つも作れないんじゃ死ぬしか無い」

 

 縁起でもねえ事言うなとは思ったが、確かに世の中何が起こるか分からないのは確かだ。

 

「まあ、もしお前が露頭に迷う事があったら、俺の家に住めば良いよ。間違ってもホームレスにはさせねえから」

「……ふふっ、君と暮らせるなら、それも悪く無いかもね」

「ちょっと、悠君。変なこと言わないの」

「失礼しました」

 

 悠の冗談にツッコミを入れる綾瀬に、敬礼しながら頭を下げる悠。

 こんなやり取りも、本当に久しぶりに感じる。

 願わくばこれからも……そう思った所に、綾瀬がふとこんな提案を持って来た。

 

「ねぇ、縁。これからお昼の時は園子も呼ばない?」

「え? なんで?」

「何でって……園子、クラスは違うけどいつも私達と放課後は一緒なんだし……なんか、1人だけ違うって言うのが気になっちゃって」

「あぁ、確かにな……」

 

 言われてみればその通り。

 園子は園子でクラスの友人と過ごしてると思って特に気にしなかったが、こうして園芸部メンバーの高校生組4人の中で、園子1人だけはぐれてるんじゃ良いもんじゃ無いってのも頷ける考えだ。

 取り敢えず、誘うだけ誘ったって悪く無い。

 

「そうだな! 早速今日声かけてみるよ!」

 

 綾瀬がこうやって園子の事を気にかけてくれるのが嬉しくて、笑顔でそう言った。

 

 実際、ヤンデレCDの知識だけで綾瀬と園子の組み合わせを考えたら、終始険悪で最悪な物だ。

 CDの綾瀬編だと、最終的に殺しはするものの渚は当初貼り付けにしただけなのに対し、園子については拷問の果てに『ブスは死ね』と連呼しながら心身共に追い詰めて殺した。

 園子編でも、渚の事は見逃したが、綾瀬の事は腹にスコップをブッ刺して殺し、校舎の花壇に埋めている。

 

 基本、CDにおいて“河本綾瀬”と“柏木園子”は、文字通り殺し合いしかしてないのだ。

 そんな殺伐の極みだったCDと違い、綾瀬と園子は今や良き友人同士で、互いの事を考え思い合ってる。

 当初、綾瀬が園芸部に入部した時はどうなるかと思ったが、それだけの関係を築いたのならば、余程の事がない限りCDの様な殺し合う関係にはならないはずだ。

 

 現に今もこうして、綾瀬は園子だけ仲間外れになっている状況を良くないと思って話に上げたのだから。

 

「……うん、必ず声かけてね、お願いよ」

「任せてくれ。そのうち一回は園芸部全員でお昼食べるとか、しても良いかもな」

「咲夜が応じるとは思わないよー?」

「主にお前が嫌がる方に100$賭けるぜ」

「おー、100$なんて金持ってたんだ君」

「テメェ久しぶりに金持ちマウント取ったな? それはライン越えだぞお前」

「僕に咲夜関係で煽るのも大概ライン越えだと理解したまえよ親友」

「やめなさい馬鹿2人」

『失礼しました』

 

 台本でもある様な勢いで漫才じみた会話をする。近くで聞いてる生徒達も密かにクスリと笑ってたので、まぁ良いとしよう。

 兎にも角にも、こうして綾瀬とまた楽しくお昼ご飯を食べたし、ようやく、ようやく俺の日常は安寧を取り戻し始めたのだと、強く実感する事が出来る時間なのだった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 あっという間に時が過ぎ、放課後。

 今日も今日とて、花壇の植え替えが待っている。

 

 何かがおかしい。

 

 綾小路悠夜は、今日のお昼に河本綾瀬を見てからずっと思っていた。

 今日の昼、ここ暫く両者の関係が優れなかった縁と綾瀬が、久しぶりに(自分を挟んでだが)お昼ご飯を一緒に食べた。

 まだ会話にぎこちなさは残ってたが、縁はようやく幼なじみとの時間を取れて嬉しそうにしていた。しかし、河本綾瀬はそんな縁に対してこんな提案を出した。

 園子もこれから呼ばないか、と。

 

 この後すぐに彼女が口にした誘う理由は、一見すると至極真っ当でかつ、園子を思っている人間だからこそ口に出来る言葉だと思うだろう。綾瀬と過ごした時間が長い縁も、その理由を違和感なく信じ込み、アッサリと今後は園子も交えてお昼を過ごす事を決めた。

 

 しかし、2人を当事者同士ではなく第三者という立場から見て来た悠は、だからこそ、そのおかしさに気づけた。

 河本綾瀬が縁に恋心を抱いてる事は、彼女と彼の今までの関係を知る者ならある程度簡単に分かる。

 そして悠は、綾瀬がどれだけ縁の側に居る事に執着して来たかを見ている。

 日頃の接し方、いいままで所属してた委員会を辞めてまで無理やり入った園芸部、園子や咲夜の問題に、微力ながらもどうにか役立とうとする姿勢……そのどれもが、他者を牽制して、縁の隣に居続けるための彼女なりの努力だったはず。

 その綾瀬が、アッサリと、縁に園子も誘えば良いと言った。

 

 “唯一共にお昼を過ごす異性”という、絶対的な立ち位置を降りたのだ。何なら関係性がおかしくなってからでさえ、他の女子が縁に近寄ろうとする度にそれとなく妨害して来た綾瀬が! 

 これが異常でなければ何なのか。

 よりによって縁は綾瀬との関係が戻りつつある事にのみ意識を向けて、些細ながらも確実な変化に気付けていない。

 

 ならば自分が指摘するべきなのかもしれない。

 だが、そうする事は大いに躊躇われた。

 理由は3つある。

 

 1つ。これらはあくまでも自分の杞憂である、という可能性が残っているから。

 2つ。2人の関係がズレ始めたキッカケには、確実に自分──厳密には学園の後期が始まり早々に起きた綾小路家の問題があって、そんな自分があれこれと口にするのは烏滸がましいにも程があるから。

 3つ。本当に異変が杞憂でなく事実だとしても、これは彼と彼女、幼なじみ同士で気付き、解決すべき事だと思っているから。例えそれが大きな衝突な感情のぶつかり合いになり、互いが傷つく未来だとしても。

 

 しかし、まずは何よりも本当に考え過ぎであれば何よりだ。

 そう自分の中に立ちこもる不安にふたをして、悠は午後からの授業も終え、今日も今日とて渦中の人物全員が集う園芸部室へと向かったのだった。

 

 ──そうしてすぐに、やはりこの不安は杞憂では無かったのだと、思い知る出来事が起こる。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「規模が緩い」

 

 部活動の時間。全員が集まり、園子が今日の活動内容を確認しようとした矢先、実態のある幽霊部員(来てるけどサボってる奴)の咲夜が唐突にそう言い放った。

 

 何を言い出すんだ? と素直な反応を示すのは園子だけ。

 後は厄介な事になりそうと苦い顔をする渚や俺。そして『また始まった』と先の未来を予知しつつ絶望して頭を抱えるのが悠。

 後はそんな悠を見て心配そうにする綾瀬だ。

 

 まさに三者三様ならぬ、五者五様の有様を見せる園芸部員メンバー。

 咲夜はそんな俺達に目もくれず、先程の発言の続きを述べた。

 

「毎日毎日、掘っては植え、植えては埋めて、掘っては植え、植えては埋めての繰り返し。いい加減うんざりして来た。良く飽きないなって逆に尊敬するレベルよ」

「まぁまぁ、それが園芸部の主な活動の一つですから」

「それが良くないのよ! 園芸部だからこの程度しか出来ないなんて、アタシが居るのにそんな体たらくが許される筈ないでしょ!?」

「おい咲夜、お前誰に向かって口聞いてるんだ。だいたい普段からサボってる奴が言える義理じゃないだろ」

 

 悠が間に入って咲夜を止めようとするが、咲夜の口がそれで止まるわけもなく。

 

「黙りなさい、亜流。サボりじゃないわ。“アタシが動くに相応しくない活動”というだけよ。政治闘争から逃げた腑抜けのアンタとは違って、真の貴族の腰は重いのよ」

「……っ、随分と言ってくれるじゃないか。それじゃあお前が動くに相応しい活動ってのは何か言ってみなよ」

「言われなくてもそのつもりよ、アンタが割って入らなきゃとっくに──まぁ良いわ、来なさいアンタ達!」

 

 そう言って咲夜が指をパチンと鳴らした途端、部室の扉をガラリと開けて、よく咲夜の紅茶を注いだりしてるお給仕係の生徒が入って来た。

 両手に、何かがパンパンに詰まった袋を何個も持ちながら。

 それらを俺達の前にストンと置いて、声も無く静かに部室から出て行く。

 俺らはもちろんの事、喧嘩腰だった悠ですら呆気に取られた中、1番最初に動いたのは園子だった。

 

「──これ! もしかして種と苗……それに肥料ですか?」

「その通りよ。流石部長してるだけあって気付くのも早いわね。アンタ達も見習いなさい、特に縁」

「そこでいきなり俺に振るなよ」

「わぁ、これ凄いです! どれも日本じゃ希少で中々手に入らない植物の種や苗ばっかりですよ!」

 

 昨夜の標的になりそうなのをすんでの所で躱すと、園子が袋の中身を見ていつになく興奮し始めた。

 

「凄いです咲夜さん! こんなに沢山! どうやって集めたんですか?」

「ふん、こんなの造作もない事よ。アタシを誰だと思ってるの?」

「これ、私達のために持って来てくれたんですね、ありがとうございます!」

「べ、別にアンタ達のためってワケじゃ──って急に抱きつかないで! 胸が顔に当たって息でき──」

 

 嬉しさ余って感激100倍、と言った感じの園子が、咲夜が言葉を言い切る前に抱きしめてピョンピョン跳ねた。

 まだ袋の中をちゃんと見てないけども、園子が珍しい行動ばかり取っているのを見ると、不思議とほっこりする。

 普段から生意気極まりない言動をする咲夜も、顔面を園子の胸に押し潰されてるせいで、手をもがもがしてるばかりで完全に無力化されている。

 まるで歳の離れた……と言っても中1と高2だから4歳差だが、姉妹みたいな雰囲気で面白い。

 

「はーなーしーなーさーいー!」

 

 まだ解放されずにもがいてる咲耶の声をBGMにしつつ、俺も袋の中身を確認してみる。

 なるほど、確かに聞いたこともない品名が書かれた紙の付いた包装の中に、種やら苗が入っている。その中に何か俺でも知ってる物がないか探してみたが──え? 

 

「なぁ、咲夜」

「──ぷはっ! ちょっともう離しなさいよ! ……で、何よ、アンタもアタシに感謝の意を示したいワケ? 良いわよ、さぁ言いなさい!」

「これ、トリカブトって書いてないか?」

「あぁそれ? 確かトリカブトの中でも希少種らしいわよ、ハナカズラ? とか? ……それが何か?」

「何かじゃねえよ! 毒持ち植物育てられるワケねえだろ!」

「え、毒あるの!?」

「知らなかったのかい!」

 

 危なく学園に危険地帯を生み出す所だった。

 ハナカズラ──つまりトリカブトは、昔殺人にも使われた事があるレベルで毒の強い花だ。種類によっては花粉にも毒が入ってるので、春の花粉飛び交う季節は注意しなきゃいけない。

 スマートフォンで軽く調べたが、確かにハナカズラってのは希少種だ。しかし、流石に毒花を学園に植えるわけにはいかないだろう。

 

「それだけじゃないよ」

 

 悠も袋の中を漁って、1つの苗を持ち出し言った。

 

「これ、バオバブだよ。確かに日本でも自宅で育てる人は居るけど、咲夜、君絶対外に植える気満々だったろ」

「当たり前じゃない」

「ここをアフリカやマダガスカルにしたいのかい? 仮に外に植えるにしても、今からの季節じゃすぐに枯れるよ」

「何とかしなさいよ、そのくらい」

「咲夜、馬鹿な君にも分かるように言うが、それは一週間で庶民に貴族並みの日収を収めろと言うレベルだ」

「何よそれ、絶対に無理じゃない。絶望的ね」

 

 金持ちにしか通じない例え話を交わす2人を後ろに、咲夜から無理やり離されて、少しだけ冷静さを取り戻した園子も袋の中身を見て言う。

 

「確かに……毒があるのはハナカズラだけみたいですが、その他にも気候的、植える面積、飼育面積的な理由で難しいのも多いですね……全体の4分の1くらいしか使え無さそうです」

「環境が理由だって言うなら、植物園を作れば良いじゃない」

「現代のマリーアントワネット理論はやめろ。その先は公開処刑だぞ」

「既にアタシを全校生徒の前で辱めたアンタが言う言葉じゃないわよ」

「ぐぅの音も出ねえ」

 

 急に正論ぶちまかされてなす術がなくなる。

 代わりに悠が止めに入った。

 

「こんな事したら、ただでさえ査問委員会の件で憎まれてる君が入部して、悪い意味でも目立ってる園芸部なのに、尚更悪目立ちするだろ」

「むしろアタシが居るんだから、それくらいしなきゃ威厳が無いじゃない」

「元から無いから安心して。というか園芸部で威厳放ってどうしたいのさ」

 

 水掛け論の様に言い合いが続くばかりで、このままでは咲夜の突拍子の無い発言が現実になりかねない。

 どう説得すべきか悩んだところに、園子が後ろから咲夜の肩に手を掛けて、宥める様に語りかける。

 

「咲夜さん、気持ちは分かりますし、こうして咲夜さんなりに園芸部を盛り上げようとしてくれるのは嬉しいですが、もし私達だけ植物園を建ててもらったら、他の部活動も専用の施設を沢山作らないといけなくなります」

「急に何よ、頭に胸押し付けないで……まぁ言いたい事は分かるけど。専用の練習場作れ位は言い出すでしょうね」

「そうです。もしそうやって要望を全部聞いていくと、学園の財政が壊れちゃいます。そうなったら学園も経ち行かなくなるし、果ては綾小路家の皆さんが笑われる原因にもなりかねません」

「……確かに、そんな理由で潰れたら、事業失敗なんて物じゃ無いわね、大恥もいい所だわ」

「なので、今日は今からでも植えて良い物だけを使う事にしましょう? その他については、私が先生と相談してどうするか決めますから」

「……分かったわ。だから離れてって。アンタ最近距離感近くない?」

「はい……ふふ、分かってくれてありがとうございます」

 

 そうして、余りにもアッサリと咲夜を宥める事に成功した園子。

 驚く事に、1番咲夜の扱いが上手なのは園子らしい。因縁浅からぬ関係のはずなのに、人の相性は分からない。

 

「それじゃあ、班分けしなきゃダメよね」

 

 綾瀬が場の空気を切り替える様に手をパチンと叩きながら言った。

 

「今から植えられる物もそうだけど、先週からの残りもあるし、今日は綾小路さんが持って来たのを部室で振り分けする班と、外に出て続きをする班に分けない?」

「はい。それで良いと思います。では──」

「じゃあ私と悠くんと渚ちゃんで外に出るから、後の3人は振り分けお願いね!」

 

 綾瀬が捲し立てる様に班分けを決めていく。

 すかさず、文句を立てたのは渚だった。

 

「ちょっと綾瀬さん! この前と違うんですけど」

「いつも同じ顔ぶれだとマンネリ感あるじゃない」

「だからって勝手に──」

「この中で植物に詳しいのは園子と縁。それに綾小路さんは自分が持って来たから何があるか分かるでしょ?」

「まぁ、汚れるよりはまだマシね。分かったわ」

「綾小路さんまで……」

 

 意外にも咲夜が素直に同意したせいで、渚が文句を言えなくなってしまった。

 俺も、綾瀬の話す理由には一理あると思ってしまったので、取り立てて反対も出来ない。

 

「渚ちゃんはお兄ちゃんと一緒に動きたいのは分かるけど、今日はわがまま言わないで頑張りましょう? ね?」

「……別に、わがままなんて言って無いです」

「それじゃあ、早速始めましょ!」

 

 不満を抑える渚を横に、綾瀬が音頭をとる。

 その振る舞いは普段通り快活で、俺の中に一瞬だけ生まれた違和感も、あっという間に萎んでいった。




今更ですが、私は個人的にヤンデレCDの推しヒロインってのが固まってなかったのですが、今は小鳥遊夢乃がダントツで推しです。
「夢見じゃないの?」って方はぜひ、18歳以上になってから調べてみてください。

ではまた。
感想お待ちしてます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。