【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた   作:食卓塩准将

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感想、お気に入り、評価ありがとうございます。
モチベにとてもよく効きます。

それでは、綾瀬編第3話、どぞ


第3病 アネモネ・プラム

「困った……」

 

 土曜日の朝7時30分。空は快晴、冬に差し掛からんとする晩秋にしては暖かく、日中は23℃になる予報。

 まさに、出掛けるにはうってつけな1日の始まりである。

 

 そんな朝に、俺は1階の洗面台の前で、いくつかの服を手にしながら、鏡に映る自分の姿を見て頭を悩ませていた。

 今日は園子と約束した日。つまりこの後、この街に新設されたショッピングモールに向かう事になるんだが。

 

「こう言う時の正解が、分からない」

 

 何を着れば良いんだ。

 服はある。種類もそこそこだ。そこは問題では無い。

 問題はデート……いやデートじゃないけど、とにかく親しい女子と2人で出歩く際にどんなのを着れば良いのか、てんで分からない所にある。

 前世の自分も、幼馴染の妹分みたいな子と2人で遊ぶ事はあったが、当時と今では微妙に服の流行りってのが違う。

 中学の時に綾瀬や渚と2人きりで出歩く事はあったが、その時な格好は学校の制服だったんだよな……校則で決められてて。

 

 渚にはこんな事、絶対に相談出来ない。

 年下の妹に相談すると言う情けなさも当然あるが、相談しよう物なら何が起こるか分からない。地雷を踏み抜くのはもう2度とごめんだ。

 

 と言うわけで、延々と1人で考えていたのだが……、

 

「あーもー、あれこれ悩んでもしょうがねえ。無難で行くぞ無難で!」

 

 結局ベストな答えは見つからず、一周回って『服なんて清潔感さえあれば問題ねえ』『何ならデート向けの服を今日行く場所で買えば良いだろ』と言う発想に至った。

 開き直りとも言うが、少なくともこれで恥ずかしい思いをする事は無いはずだ。

 

 

「おはようお兄ちゃん……あれ、もう出掛けるの?」

「ん、おはよう渚……まだ出ないよ」

 

 着る服を決めて着替えを終えた頃に、渚が眠たげな目を擦りながら1階に降りて来た。

 

「朝ごはん、食べるでしょ?」

「もちろん。一緒に作りましょうや」

「……うん」

 

 やや返事までに時間を要したな。

 俺が朝から着替えてる理由は当然分かってるだろうし、色々不満とかはあるんだろうが……それを表に出さない様にしてくれてるのはありがたい。

 この前一緒に寝た事で、今日の事は飲み込んでくれているらしい。

 

「うーん……んー……」

 

 とか思ってたら、何やら寝起きの目をショバショバさせながら、渚が俺を値踏みする様にジロジロ見てくる。

 

「な、何さ」

「うん……お兄ちゃんの服を見てた」

「お、おかしく無いだろ? 別に」

 

 半袖のワークシャツに、アクティブパンツ。

 暖かい日なので動きやすい格好にした。

 念のためバックには薄いパーカーを用意してるが、特に問題は無い。無いよね? 

 

「……ダサいかな?」

「……ううん、全然。問題ないよ」

「良かったぁ……答えるまでタメ作るのやめてくれよ緊張するから」

「えへへ、もし恥ずかしい格好してたらどうしようって思ってたから、ついしっかり見ちゃった。お兄ちゃん、家だとジャージ姿が多いから」

「流石に気を使いますー。特に今日みたいな場合は。……あっでも当然渚と出かける事があっても、ジャージ姿でフラつく様な事はしないからな」

 

 園子と出かける時だけ気を使うなんて捉え方されては困るので、念のために言っておいた。

 

「ふーん……何か取ってつけた様に言うね」

「絶対に気のせいです。信じろ兄貴を」

「……ふふ、分かってるよ。お兄ちゃん」

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 集合場所には家からゆっくり歩けば30分する。

 自転車ならその半分以下の時間で辿り着くが、今日は1人で行動するわけでは無いし、駐輪代が出てくるのが嫌なので無し。

 公共交通機関もあるにはあるが、まあ余裕持って歩いて行くのもたまには良いだろう。

 と言うわけで、集合時間の10分前には着く様に家を出た。これで間違いなく遅刻だけはしないと思いつつ、更に歩くペースを早めたので、集合場所の駅には25分も早く着いてしまった。のだけど。

 

「あ、おはようございます縁君!」

「え! もう居るの!?」

 

 既に園子が待っていた。

 嘘だろ、幾ら何でも早過ぎやしないか。いつから待ってたんだ。

 

「私から誘っておいて遅れるのだけは避けたかったので、早めに来ちゃいました」

「何時から居たの? もしかして9時くらいから?」

「えっと……そうですね」

 

 そうなると、35分もここで待ってた事になる。

 俺が早めに来たからその時間で済んだものの、本来の予定通りなら、まるまる1時間彼女はここで俺を待つ事になっていた。

 

「流石に早く来過ぎだって。大丈夫? 朝ごはん食べて来たか?」

「えぇっと……食べましたよ?」

 

 一瞬、視線が泳ぐのを見逃す俺では無かった。

 きっとこの子、今日は早く来る事に全神経注いでる。

 

「食べてないでしょ」

「た、食べてますよ! 本当です」

「じゃあ何食べて来たの?」

「えっと……その……カニと小エビの入ったトマトサラダと、シーフードパエリアと、イカ墨パスタを……」

「それ絶対朝食べるボリュームじゃないでしょ。昨日の夜ご飯だよねそれ」

 

 と言うか、魚介類多いな。どれも美味しそうじゃないか。

 パエリアなんてレストラン以外で食べる家あるのかよ……いや、悠や咲夜の家なら余裕でやるか。やりそうだな。

 

「…………」

「うっ……そんな風に凝視しないでください」

「朝ごはん、食べないで来ただろ」

「……はい」

 

 もしケモ耳が園子に生えてたら、叱られた犬みたいにペコンとなっているに違いない。

 遅刻しないため、早めに来てくれるのは良いとしても、限度がある。

 

「取り敢えず、まずはご飯食べる所から始めよう。今から行くとこ、フードコートは当然あるよね?」

「はい。……ありがとうございます」

「礼を言われる様な事じゃ無いでしょ」

 

 今からだと朝ごはんにしては遅く、昼ごはんにしては早くなってしまうが、1日2食よりはまだ良い。

 さっそく、ショッピングモールへ向かう事にした。

 

 

「ほぉー広いな……」

 

 目的地についてまず思ったのがそれだった。

 今年の夏に咲夜を案内した際に行った所も複合施設だったが、今回はそこの倍以上の敷地を誇っている。

 ファッションは勿論の事、グルメ&フーズにインテリアや生活雑貨、電化製品、楽器、ベビー用品、映画館、アミューズメント、ミニライブとか出来るイベントスペース。

 

 一応首都圏に入るとはいえ、地方都市にこの規模の建物が出来るとは……今度、渚も連れてってやりたいな。

 

「これ、きっとあいつらの家も関わってるんだろうなー……」

「でしょうね……」

 

 予想外の広さと人だかりの多さに2人とも息を呑みつつ、ほぼ間違いなく関与してるであろう友人の姿を思い浮かべる。

 初めて来る場所で迷わないか心配だったが、インフォグラフィックス溢れる案内板のおかげで問題なくフードコートエリアにありついた。

 店の数もだいぶあるので園子はどれにしようかと、うんうん悩んでいる。

 俺はお腹空いてないので、ささっと手に入るクリームソーダと大判焼きを買って、座席を確保した。

 園子は俺が買ってからもずいぶん悩んでる様子だったが、最終的にはカレーライスをトレーに載せて着席した。

 

「縁君のそれ、呼び方沢山ありますよね」

「今は大判焼きって俺は呼んでるけど、小さい頃は今川焼きって呼んでたなぁ。後は地域によって二重焼きとか、御座候とか言うみたいだよ」

「ご、ござ……?」

「結構、個性的だよね。向こうからすれば大判焼きって呼び方は平々凡々だったり、今川焼きも意味不明なんだろうけど」

 

 この手の食文化は神聖かつ触れてはいけない領域だ。

 特に食べ物の呼び名については、お好み焼きしかり芋煮・豚汁しかり、その土地特有の理由があるもんだ。

 

「園子は何で呼んでるの、これ」

「私は今川焼きって呼びますが、父は大判焼きでした。本当にバラバラですね」

「まぁ結果的に口に入って美味しかったら、それで良いって事にしとこう」

「ですね。私もそれが1番だと思います。それに」

「それに?」

「呼び名がたくさんあるって、それ位みんなに愛されてる食べ物って事ですから」

「成る程……良い事言うなぁ、流石俺達の部長、懐が広い」

「ええ? もう、変な褒め方しないでください」

 

 いや、本当にその考え方は良いと思うんだがな。

 呼び名が多いのはそれだけ日本各地に広まってる証拠。知名度と普及率の高さの現れだ。

 その意味では、日本最強の和菓子は大判焼きって事になるのかもしれない。いや、今川焼き? 二重焼き? 御座候? 

 ああもう、ややこしい。これについて考える事はやめだ。

 

「ちなみに、園子は大阪と広島、どっちのお好み焼きが好き?」

「えぇ……良い具合に落ち着いたと思ったのに、もっと荒れそうな話題に振れるんですか?」

「違う違う、どちらも美味しい食べ物だし、呼び名とかは関係無くて。あくまでも好き嫌いの話。俺は食べ応えあるから広島のが好きかな、園子は?」

「……もっと安心して会話出来る話題にしませんか?」

「じゃあ、きのこたけのこ戦争……まぁ、たけのこが圧倒的多数派で戦争にならない、俺からすればきのこデモが良い所だけど」

「もう〜〜!」

 

 途中から焦り始める園子の姿が面白くて、その後もワザと危うい話題を出してからかった。

 ちなみに、俺がどっち派なのかについては──割愛させていただく。

 

 

「──さて、それじゃあ本番、参りますか」

「はい、よろしくお願いしますね」

 

 食事を終えてからは、メインの目的である園子のショッピングだ。

 園子が以前から気になっていたブランドが3つ、4つあり、それらを近い順から回っていく。

 しかし、今更だが、まさか園子が服屋さんに興味津々だとはなぁ……。

 

 確かに今日の園子が着ている私服、秋用のふんわりとしたブラウスにフレアスカートの組み合わせで、制服の時とはまるで印象が違うが、どれも高そうな物を着ている。

 更に言えば、俗に言う“服に着られてる”のではなく、ちゃんとバッチリ着こなしている辺り……意外って言うのは失礼だが、園子はオシャレ好きだというのが伺える。

 

 ……うん、何かこういう感覚は久しぶりになるけど。

 やっぱり『ヤンデレCDに出て来た柏木園子』のイメージだけで、見ちゃいけないんだなって改めて思った。

 今、こうして目の前で生きてる彼女のプライベートを見て知って、自分の中にまだ前世の情報ありきで人を見ている部分が残ってる事を自覚させられる。

 

 申し訳なさが込み上げてくるが、それは口に出さずに、今日とことん彼女の買い物に付き添う事で昇華させよう。

 取り敢えず、まずは本来出会い頭に言うべきだった言葉を伝えますか。

 

「園子」

「はい?」

「今日の服可愛いな、学園の時とはガラッと印象変わって凄い」

「はいっ!? え、えっと、ありがとうございます……」

 

 “今更そこに言及するのか? ”的反応だが、さもありなん。

 

「よ、縁君も、普段と違う感じで良いと思います、よっ……」

「あはは、お世辞でも嬉しい。……おし、今日はとことん買い物に付き合うからな、荷物持ちは任せてくれ」

「えぇ、そんな、荷物持ちなんて良いですよ!」

「それじゃあ男の俺が来た意味が薄れるじゃないの」

「そんな事ないです、今日は──」

 

 そこで言い淀む園子。

 続きを促そうと口を開くが、その必要はなかった。

 

「今日は、ウィンドウショッピングが主な目的ですから!」

「えぇ、そうなのか!?」

「は、はい……。流石に、行く先々で購入出来るだけの手持ちは無いと言いますか……その」

「いや、逆に安心したよ。悠や咲夜に留まらず園子まで爆買い豪遊出来る人だったら、金銭的コンプレックスに苛まれる所だったから」

「どういうコンプレックスですか、それ……」

「もうちょっと悠と付き合い長くなれば分かるよ」

 

 露骨に格差が分かる“金持ちしか買えない高級ブランド”とかに限らず、文房具とか日用品とか、細々とした物でもやっぱ扱う物が違うからなぁ。

 

「とにかく、それならそれで、今日はとことんお店を冷やかそう!」

「言い方、言い方をもう少しオブラートに包んでください!」

 

 改めて目的が定まった事で、より一層やる気が湧いて来たのだった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ふぃー……歩いたなぁ」

「はい! 実りのある時間でした」

 

 分かっていた事だが、最初に目星を付けていた店以外にも、園子の興味はグイグイ向いていった。

 初めて行く所はもちろん、服以外にも雑貨店、インテリア、食器、本屋、アロマ、エトセトラエトセトラ……そして意外にもゲームセンターまで、園子の興味関心は新設のショッピングモールをトコトン味わい尽くさんとしていた。

 

 特に、ペット売り場を通った時のはしゃぎ様は凄かった。

 ガラス越しに子犬や子猫をじっと見つめて、向こうが園子を見返すとそれだけで嬉しそうに、小さく感動の声を漏らす様は、とうてい『ヤンデレCD』からは想像もつかない物だったから。

 

 あと、ゲームセンターでガンシューティングをした時、園子は意外な才能を見せた。

 初めはグロテスクなグラフィックのゾンビに目を逸らしながらのプレイで、あっという間にゲームオーバーしていたが、アッサリ負けるのが悔しくて、何度かコンテニューしていくうちに慣れたのか手際が良くなっていった。

 ヘッドショットは当たり前、リロードも弾が尽きる前に器用にこなし、この手のゲームに必ずいる巨大なボスキャラ相手にも、エイムが合わせづらい弱点部分に的確にダメージを与えていく。

 

 悠と学園帰りに遊んである程度慣れているはずの俺よりも、グングンと腕前を上げていった園子は、ラスボス一歩手前で初見殺し的な相手に負けはしたものの、後ろで何人かギャラリーが出来る程の腕を見せた。

 その後もコンテニューしようとしたが、ふと、自分に注目が向いてるのに気づいて猛烈に恥ずかしくなり、急ぎ足でゲームセンターから脱したのだった。

 

 そうして今、最初ここに来た時に足を運んだフードコートにまた戻ってきた俺らは、お互いに飲み物を飲みながら今日1日の感想を述べ合っている。

 

 今日は間違いなく、楽しい1日だった。

 実の所、園子と2人だけで過ごす事は無かったから、一体どうなるのか不安な所も大いにあった。

 別に園子が悪いのではなく、普段から仲は良いが2人だけで長時間過ごした事が無いから、どうなるか分からないなんて事は誰にでもあるはず。

 しかし、それらは一切杞憂だったと分かった。『ヤンデレCD』では暗い子なんて言われてた園子だが、今の彼女は大人しく自分から目立つ行為こそしないが、一緒に居て充分に楽しい子だ。

 

 だが、まぁしかし、だ。

 

「──まさか、俺の服まで見立てられるとは思わなかったよ」

 

 自分の座ってる席の隣に置いた紙袋を見つつ、俺は苦笑しながら言う。

 そう、彼女のウィンドウショッピングに付き合ってる最中、メンズ服の前を通った園子が、突如店頭に立つマネキンの服を見て『これ、縁君にも似合うと思いませんか!?』なんて言い出した事で、まさかの俺に似合う服探しが始まったりもしたのだ。

 それもまた1つの店に限らず、あっちこっちを行ったり来たり、下手したら自分の服よりも力が入ってたんじゃないかと言わんばかりに、園子は俺に服を提示しては試着、提示しては試着を繰り返させ──最終的に、1番似合うと豪語する物を購入させる所まで至った。

 万が一のためにそこそこ財布にお金は入れてたが、まさかそれらをフルに使う事態が訪れるとは思わなかった。

 それでもまぁ、なんだ。園子が見立てた物はどれも、着た俺自身が『あぁ良いな』と思う位だったので、不満は無い。むしろありがたい。

 

「ふふ、つい熱が入ってしまって……でも、試着した時も言いましたが、似合ってますよ」

「ありがとう、照れるけど、ちゃんと着ますよ」

 

 問題は、これを渚にどう説明すれば良いかだが……、今はそれを考えるのはよしておこう。

 

「──じゃあ、名残惜しいけど、そろそろ帰ろうか」

 

 目的は全て果たした。寄り道もし尽くして、体力もお金も底が見えて来ている。

 時刻も気がつけば16時を越えて、モールの窓から見える景色も夕方の空を映していた。

 

「はい、そうしましょう」

 

 充分楽しみ尽くした園子も、笑顔で頷いた。

 

 飲み物を入れてたグラスを返し、フードコートを出て出口まで向かう途中、家族連れで来てる子だろうか、男女の子どもが反対方向から笑いながら俺達の前を無理やり走り過ぎていった。

 俺はサッと避けたので問題なかったが、

 

「きゃっ──!」

 

 女の子の方に持ってた荷物が当たった園子は、姿勢を崩してしまい、前方に転びそうになった。

 

「おっと、あぶねー。大丈夫?」

 

 咄嗟に転ばない様に園子の両肩を支える。

 

「は、はい。ありがとうございます……」

「良かった。ったく、こんな人だかりの中を走るなっての、親の顔が見たいよ」

 

 後ろを見ると、既に件の子どもは遠くの方に走り去っていた。髪色からして外国の子どもにも見えたが、行儀の悪さに国籍は関係無いだろうに。

 まあ、本当に海外の子なのかは分からないけどさ。髪の色で物を言うなら、俺や渚の髪色も……うん。やめよう。

 

「あ、あの……縁君?」

「どうした、もしかして足挫いたか?」

 

 園子がやけに焦った様な雰囲気で、上目遣いに俺を見るから何が起きたのかと心配になる。

 

「えっとそうじゃなくて、ちゃんと立てますから、離れても大丈夫です、よ?」

「え──ぁああ、そうな! すまんくっつき過ぎた!」

 

 園子の言葉の意味を理解した途端、自分が凄え園子にピタッとくっついてる姿勢になってるのに気づいた。

 紙袋の持ち手を手首に引っ掛けて自由にした両手で園子の両肩を抱き寄せ、ピタッとくっついたお互いの体に、拳一つ分程度の距離しかない顔、見つめ合う瞳。

 こんなの誰が見ても……その、キスする直前みたいな物だ。

 周りの人達がチラチラこっちを見ている。たぶん“こんな往来のど真ん中でいちゃつくなよ”とか思ってるに違いない。

 

 マズイ。

 最高にやらかした。

 

「──と、とりあえず! 駅まで行こう! うん!」

「……はい」

 

 パッと人1人分の距離を取り、さっさとここから出るために率先して前を歩いていく。

 俺も園子も、今の出来事のせいで顔が赤い。こんな所を渚達に見られた物なら、何を言ってもタダじゃ済まないだろう。ここが家からだいぶ離れた所にあって助かった。

 

「……」

「…………」

 

 その後も先程の事が尾を引いて、ショッピングモールを出て解散場所の駅までの道を無言で歩く。

 せっかく直前まで楽しく過ごしていたのに、最後がこんな終わり方では余りにも後味が悪過ぎる。

 いつまでもこのままでは居られない。ここは男の俺から、自然体に、何事もなかった様に会話を始めよう。

 

「あのさ──」

「その──」

 

『っ!』

 

 最悪っ! 恐らく打開しようと動くタイミングが被った! 

 だがここで一歩引いたらまた会話が途絶える。或いは、互いに『そっちからどうぞ』なんて先を譲っても結果は同じ。

 ここは、俺が無理矢理にでも会話をこじ開ける! 

 

「今日は何が1番──」

「さっき食べたパンケーキ美味しか──」

 

『っっ!!』

 

 お前も同じ思考回路だったんかい!! 

 

『……』

 

 恐らく向こうもそんな事を思ってるに違いない。

 結局、会話が途切れて沈黙が戻ってきた。

 いや、しかし、まさか園子も同じ事を考えてるとは思ってなかった。意外と園子も積極的な所があるんだな。

 

「……ふふっ」

「あははっ」

 

 自然と、2人揃って笑い声が漏れた。

 

「いっそこのまま、お互いに言いたい事を言い合うってのはどう?」

「会話が成り立ちませんよ、それだと」

「側からみりゃ完全におかしな奴らの会話だ」

「流石にこれ以上周りから見られるのは嫌です」

「違いねえ」

 

 そう言って、また互いにクスクスと笑い合う。

 そこにはもう、さっきまでの緊張や気まずさは完全に無くなっていた。

 

 改めて2人で今日は何が1番楽しかったのかや、フードコートで食べたパンケーキとパフェ(こっちは俺が食べた)の味について話を弾ませる。

 そうして、気がつけばあっという間に解散場所の駅に辿り着いたのだった。

 

「いや、改めて今日は楽しかったよ、ありがとね」

「そんな、私の方こそ、こんな風に誰かと……それも男の子と一緒に出かけるのは初めてで、どうなるか緊張しましたけど……凄く、楽しかったです!」

「良かった。俺も実は最初緊張してた」

「え、そうなんですか? 凄く自然体だったから、慣れてるんだろうなぁってばかり」

「園子が余りにも早く来てて驚きの方が勝っちゃったんだよ」

「あぅ……」

 

 痛い所を突かれた、とばかりに目を閉じて狼狽える園子。

 その姿を見てちょっとばかり追い討ちで揶揄いたくもなったが、そろそろ帰らないと渚から詰られる未来が見えてくるので、グッと堪えた。

 

「──それじゃあ、今日はここまでって事で」

「はい。──その、改めてありがとうございます」

「こっちこそ。……それじゃあ、また週明けに」

 

 そう言って、俺の方から先に家路へと足を運ぶ。

 

「あ、あの、縁君!」

 

 その矢先──園子から呼び止められた。

 振り向くと、呼び止める時の仕草だったのか、右手を俺の方に向けた姿勢で、園子が俺を見ていた。

 

「あの……もし、もし縁君さえ良ければ、また──」

 

 その先の言葉を、言わせてはいけない。

 直感で、俺はそう確信した。

 

「また行こうよ、今度は部のみんなも誘ってさ!」

「──っ、……はい! そうしましょう! また、みんなで!」

 

 そう笑顔で答える園子の顔が、少しだけひしゃげて見えたのは、気のせいだと自分に言い聞かせた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「……はぁ」

 

 行きと同じ、1人きりの帰り道。

 俺は本日初めのため息をこぼす。

 

 さっきのは、凄く意地悪な返しだったと自覚している。

 きっと園子は、また俺と2人で行こうと言いたかったんだろう。それを、俺は無理やり上書きした。

 

 本当に俺と居て楽しかったからなのか、恋愛感情に基づいてるのか、深く考える事を今は敢えてしない。

 でも、どちらにせよ、あそこでまた2人で遊ぶ約束を取り付けたら、俺は“地雷”を踏む事になると思ってる。

 

 何故なら、今回は俺から言い出した『お礼がしたい』という大義名分があって、だからこそ渚も理解を示してくれたのに。

 今度また遊ぶなんて事になれば、そこには何の大義名分も無く、ただ純粋に男女が仲睦まじいという事実しか無い。

 そうなれば、渚を納得させるのは無理だ。間違いなく彼女の琴線に触れる。地雷を踏む。

 渚だけじゃ無い、今は関係が微妙だが、綾瀬にだって知られればどうなるか分かったものじゃ──いや、火を見るよりも明らかだ。

 

 忘れちゃいけない。

 この世界は、俺が前世で聴いた『ヤンデレCD』と酷似していると言う事を。

 今日、『ヤンデレCD』では知る由もなかった園子の新しい一面を知る事が出来た。園子だけじゃ無く、渚や綾瀬だって、CDだけでは分からない色々な姿を今まで沢山見てる。

 それでも、彼女達にヤンデレの資質が──それも、人を殺す事も厭わない病み方をする可能性がある事は事実なんだ。

 

 であれば、もう今日以上の時間を、2人きりで作る事は許されない。

 もしそれをするのなら、俺は園子と真剣に向き合う位にならないといけない。

 そして、それだけの覚悟を、俺は持ち合わせて居ない。

 

「──ようやく、みんなで一緒に過ごせる時間が、空間が出来たんだ」

 

 同じ部室に、CDでは殺意を向き合うだけだった渚と綾瀬、園子がいて。

 親友の悠と、跳ねっ返りだけど快活な咲夜も居る。

 そんな平和な時間を、場所を、前世の俺では叶う事の無かった心の寄す処を、失いたくは無い。

 

「──結局、少し後味悪くなっちゃったな」

 

 太陽が沈みきって、その残滓がどうにか青色を残す晩秋の空を見上げながら、膿を吐き出す様に呟いた。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「──えっ」

 

 その日、彼女は最近出来たばかりの大型複合施設に足を運んでいた。

 今まで通販か、遠くの街まで出向く必要があった自分の好きなブランドが出店してると知り、どうしても行きたくなったからだ。

 

 本当は1人じゃなく、一緒に行きたい人が居たが──その人と彼女の間には今、微妙だが確実に互いを隔たる壁があった。

 もっとも、その壁を作ってるのは他ならぬ自分自身ではあるのだが。

 

 一緒に行きたかった人には、妹が居た。

 その妹から言われた言葉が、自分の中に深く深く突き刺さり、それを否定出来ない自分に嫌気がさし、気がつけば自分から距離を取り始めて居た。

 

 一緒に行きたかった人は、それでもどうにか自分と一緒の時間を作ろうと気を回してくれた。

 その気持ちをありがたく思いながらも、自分の中に“気を遣われる位の関係になっている”という苛立ちが生まれてしまい、せっかくの相手の気持ちに反する行動ばかり取ってしまった。

 

 それでも、この前も相手から一緒に帰ろうと提案してくれて、ようやく彼女はそれに応じた。

 2人の間には、件の妹が居たが、それでも彼女は、その人と久しぶりに、本当に久しぶりに楽しく会話が出来た。

 嬉しかった、楽しかった。

 会話したのはほんの僅かな時間だったが、時計が指し示す時間の何倍も、彼女の心の時間は長かった。

 こんなに幸せな気持ちになれるのなら、もういっそ今まで通りの接し方に戻ればいいとさえ思ったが、妹の目を思い出すと、やはりそんな気持ちもすぐに萎んでしまった。

 

 そんな自分の気持ちを払拭する意味も込めて、彼女──河本綾瀬は、1人でショッピングモールに足を運んだのだった。

 

 目当てだったブランド以外にも、コスメや香水、手帳やジュエリー、興味のある所を渡り歩く。

 その時間も、もし側にあの人が居たら、という考えがよぎったが、そんなものはすぐに頭から振り払い、目の前の物に意識を集中させた。

 

 そうして、楽しめるだけ楽しんで、さあ帰ろうかと言う矢先に、綾瀬の視界に、その人──野々原縁の姿が映った。

 やや距離があるが、自分の歩く方向に、気のせいなどでは無く本当に縁がいる。

 今日何度も隣にいて欲しいと思っていた縁が、走ればすぐに触れられる程の距離にいるのだ。

 

 もう、妹──野々原渚に以前言われた言葉を気にする心は無かった。

 往来の真ん中でもハッキリと聴こえる声で彼の名前を呼び、その隣に立ちたい、そう思い口を開こうとした、その直前──、

 

 縁の隣に、自分のよく知る女の子──柏木園子がいる事に気づいた。

 たまたま出会ったのだろうか? そんな惚けた事を考えたが、そんなわけが無いのは綾瀬自身分かっていた。

 だって──綾瀬の視界の先で、縁は仲睦まじく、園子の事を抱き寄せていたのだから。

 

 まるで──いや、まさに。

 恋人同士の様に。

 

 

「──はっ、はっ、はっ、はっ、はっ!」

 

 気がつけば、綾瀬は走っていた。

 ショッピングモールの人だかりの中を、すれ違う人とぶつかる事も厭わずに、ひたすら縁達のいる反対方向を、モールの出口を、ひた走る。

 今日はウィンドウショッピングで何も買って無くて良かった、そんな余計な事を頭の片隅に浮かべ、綾瀬は体の限界も無視して走り、いつの間にか、家の近くの公園──初めて縁と出会った場所に居た。

 

「──はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 足も、肺も、心臓も、全部が悲鳴を上げている。

 しかし、それ以上に悲鳴を上げたいのは綾瀬の心だった。

 

「──られた」

 

 公園の真ん中にあるベンチ──以前彼に抱きしめられた場所──に顔を埋める様にもたれかかり、誰にも聴こえない声で、綾瀬呟く。

 

「──とられた、とられた、とられた、とられた、とられた取られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた盗られた──盗られちゃった!」

 

 気がつけば、汗ではない雫が綾瀬の頬を伝う。

 大粒の涙だと気付くのに時間は掛からなかった。

 

 恋人同士のデート。

 それ以外、さっき自分がみた景色を説明出来る言葉は無い。

 大好きだった幼なじみを、園子に奪われたのだ。

 その事実が、この上なく綾瀬を苦しめる。

 

 許せない。

 許さない。

 横から泥棒みたいに掠め取って、絶対に許せるはずが無い。

 

 悲しみが怒りに、怒りが憤怒に変わっていく。

 憤怒が殺意に転じる──縁が最も恐れている事態になるのも、時間の問題だったが──、

 

『私が今、皆さんと楽しく過ごせているのは、本当に綾瀬さんのお陰なんですね』

 

 この前彼女が自分に向けてくれた笑顔と、心からの言葉を思い出して──、

 

『幼なじみと言ってもただの他人だって、綾瀬さんも分かりましたよね? だって、昔から一緒に居て教室も同じなのに、今回お兄ちゃんのために何も出来なかったじゃないですか』

『これからも『幼なじみ』として、分を弁えてお兄ちゃんと一緒に居てください。よろしくお願いしますね?』

 

 これまで何度も綾瀬の頭の中に刻まれた、渚の言葉がここに来てまた出て来た。

 

 そうだ、渚にこの言葉を言われて、自分でも言い返せない現実に押し潰されて、縁から距離を取ったのは自分では無いか。

 渚に負けず、今まで通り彼の隣に立ち続けて居れば、少なくとも園子の付け入る隙は無かった。

 

 取られた? 盗られた? 違う。

 自分から縁を明け渡したのだ。誰にでも手が届く様に離れたのだ。

 それでも縁は変わらず自分との距離を詰めようとしてくれていたのに、それすらも全部払い除けて来たのは誰だ? 

 他らならぬ、自分自身だ。

 

 何もかもが、何もかもが、全部全部全部、自分で招いた結果なのだ。

 なら、縁と園子が付き合っても、何一つ文句を言う資格は無いだろう。

 

 それに、綾瀬にとっても既に園子は大事な友人の1人になっていた。

 そんな彼女が、縁に恋心を抱いてるのは、分かりきっていた事だ。

 その上で縁の隣から自分が消えれば、彼女が動く事だって当然の事だと、冷静さを取り戻しつつある綾瀬の理性は判断する。

 

「あは──っ」

 

 ベンチに顔を埋めたまま、綾瀬は渇いた笑い声を、ほんの僅かに絞り出す。

 

「──そっか」

 

 混乱し、倒錯していた思考が落ち着きを取り戻して、ようやく改めて事実を受け止めて、綾瀬は自分に言い聞かせる様に言う。

 

「終わったんだ、私の、初恋」

 

 幼なじみとしてずっと、隣で見て来た男の子。

 いじめられて泣いていて、守ってあげた。

 少し頼らなくて、優柔不断な所もあった。

 

 気がつけば背丈を越され、頼り甲斐が生まれ、恋をしていた。

 そんな存在が、もう届かない場所に居る。

 

「終わっちゃった……終わっちゃったよう……」

 

 誰も居ない、誰も見ていない、2人の初まりの場所で。

 綾瀬は、声を上げる力すらも無く、ただひたすらに失恋と喪失に涙を流した。





ヤンデレCDの系譜である、ヤンデレASMRを購入しました。
ヤンデレCD5とも言えるこの作品、今回で2作目ですが、読者の皆様は既に聴いてますでしょうか?
内容はR18なので年齢制限のかかる物ですが、ストーリーの随所に過去作のオマージュがあって、往来のファンなら買って後悔しない物だと個人的には思いました。
令和の世でまだコンテンツが続いてる事に感謝して、今日も生きてます。

二次創作ではありますが、自分もエタらずに書き進めたいと思います。
良ければ感想お待ちしてます。

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