【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた   作:食卓塩准将

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第漆病・ホコサキ

 週が明けた月曜日。先週の金曜日が嘘のように何も起こらず、平穏に授業を終えた俺たちはいつものように部室に集まった。

 ここ数日は色んな事があったから、なかなか放課後みんなが集まる機会も少なくなっていた。そんな事も加算して、当たり前のハズだったこの時間がとても懐かしいような気分になる。

 特に悠について言えば、ここしばらくはずっと暗い表情が続いていたのもあって、部室で園子や綾瀬と土日にあった出来事を笑顔で話している姿をみるとひどく安心する。

 咲夜が「査問委員会」を立ち上げて本格的に動き始めてから、まだ一週間も経っていないのに。俺たちは既に彼女の影響を受けているんだと実感させられた。

 そんな空気を俺以外のみんなも感じていたのか、心なしか今日みんなが口にする話題はどれも他愛のない、けれど朗らかなものばかりだった。

 

「縁、どうしたの? さっきからずっと静かだけど」

 

 ふいに、綾瀬から声をかけられた。

 綾瀬の言うようにじっとみんなの会話する姿を見ていた俺は、まさか急に話題を振られるとは思わず答える言葉に窮してしまった。

 

「……ぁ、いや……」

 

 素直にさっきまで考えていたことを口にしたんじゃ、せっかくの明るい空気が台無しになってしまう。

 思考を張り巡らせて、この場でもっとも無難でかつ、嘘にならない言葉を選び取り口にした。

 

「喉、乾いちゃってさ。自販機に行こうとしてたんだけどみんなの話も面白いから……いつ抜け出そうかなってタイミングを見計らってた」

「そんな事で黙ってたの?」

 

 特に疑うこともなく俺の言うことを真に受けた綾瀬が、しょうがないなあとでも言うように笑う。

 

「まじめな表情しながらそんなこと考えていたのかい? ここから自販機まで行って買って戻ってくるまで3分もないのに」

「きっと縁にとっては私たちと離れるその3分ですら、愛おしくてたまらないのよ」

「なるほど。死ぬほど愛されてるね僕たち」

 

 ここぞとばかりに俺をいじくり倒そうと団結する綾瀬と悠。こういう時の2人は毎回見事な掛け合いを見せていい感じに俺を煽ってくれるが、こんなやりとりにすらも安心感を覚えてしまうからどうしようもない。

 結局、2人の言葉にも苦笑で応えるしかできなかった俺にそれ以上2人が何か言ってくることはなく、代わりに園子と渚が助け舟を出してくれた。

 

「もう2人とも、そんな風に縁君をからかっちゃだめです。縁君も気にせず行ってください」

「戻ってくるまでに何か面白い話があったら、お家で言うから。大丈夫だよお兄ちゃん」

 

 もしかして俺の気持ちを察してくれたのかな。

 2人の言葉に短くありがとうと答えて、俺はいったん部室を出た。

 

『もっとも、綾小路さんや部長ならともかく、綾瀬さんに面白い話なんて言えるとは思えないですけどねえ?』

『そこは安心して良いよ、渚ちゃん。あなたより友達多いから、私。話すネタは尽きないの』

『……友達の数と面白い話が言えるかは関係ないと思いますけど? 私の方が家族な分、お兄ちゃんがどんな話好きなのかよく分かってるし。ただのただのガールフレンドなだけの綾瀬さんには分からないかもですけど』

『ただのガールフレンドじゃなくて幼馴染ね?』

『そうでしたごめんなさい。でも、それって何が違うんですか?』

『いろいろ違うわよ? よかったら渚ちゃんがまだ中学にいて全然知らない去年の縁の話とか、してあげようか?』

『ふ、ふぅーん……学校の話なんて家でいくらでも聞いてますけど、学校でしか一緒にいない綾瀬さんに何か面白い話なんてあるんですか?』

『こらこら、2人とも話の趣旨がどんどんズレ込んでるよ──?』

『縁君の去年ですか、気になりますね……』

『部長、素直に気になってないで2人を止めるの手伝って欲しいかなあ……』

 

 扉の向こうから漏れて聞こえる会話を背に受け、果たして本当に部室を出てしまってよかったのか一抹の不安を覚えてしまったが、悠と園子の2人がいる中で何か修羅場が生まれることもないだろう。

 すでに修羅場という見方もできるし、ああいうやり取りができるのは逆に信頼関係のなせる業とも言えるが、少なくともあの2人については今更だ。下手に止めに戻る方がかえって話をややこしくするに違いない。

 

「うん、こういう分析ができるようになったの、成長したな俺」

 

 以前ならもう冷や汗もいいところだが、経験を踏んだ俺は以前よりも若干物事を見る時の視野を広くすることができた。と思うことにしている。

 思うことにしつつ、俺は嘘から出た誠ではないけども、自販機のある方へ足を進めた。のどが湧いてきたのは本当の事だったから。

 

 悠が口にした通り、歩いてすぐの距離にある自販機に着いて、何を飲むか品定めする。

 外の自販機と比べて、学園内の自販機はスポーツ飲料やビタミンウォーターの類が多く、炭酸飲料のレパートリーは貧弱だ。あったとしても、いまいち味がパッとしないサイダーや、ふたを開けて数分で炭酸が抜けきる手抜き飲料ばかり。とうてい選ぶ気になんかならない。

 

「レモンウォーターと炭酸混ぜたの企画提案した奴って、絶対自分の料理味見しないで人にふるまう奴だろ。どう考えても不味いってのに」

 

 いつの頃か、ものは試しと今言ったレモン味のビタミンウォーターにソーダを混ぜた飲み物を口にした事があったが、一口して残りを捨ててしまった事を思い出す。お金をどぶに捨てた行為に罪悪感を覚えつつも、そうする他に選択肢が無い不味さに当時の俺は憤慨したものだった。

 その時の飲料が目の前の自販機に堂々と売られているのを見ながら、俺は人の味覚の好みとか多彩さに、ほんの少しばかり関心したのであった。

 

「自販機の前で長考ですか? ずいぶんとゆとりに満ち溢れた趣味ですね」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

 

 不意に横からかけられた声に、反射的に答えようとした。

 でも、声の主人を視界に収めた途端に、言葉が止まってしまった。

 

「どーも。どうも。神社でお会いして以来ですね」

「……確か、塚本君だっけ」

 

 本人の口にする通り、以前に七宮神社で出会った少年が、そこにいた。

 

「覚えていてくれてたんですね。ありがとうございます」

 

 かつて自分を『塚本せんり』と名乗った彼はそう言って、にっこりと屈託のない笑みを浮かべて見せた。

 自分を覚えててくれて心底うれしい、口にしなくともそんな気持ちが容易に読み取れる。

 でも、それで素直にこっちも心を開くかと言えば、そんなわけがない。

 

 彼は初めて会った時、この学園とは違う制服を着ていた。

 七宮神社はここから近いとは言い難く、あの神社周辺に生活する他校の学生が、わざわざこの学園まで足を運ぶ事なんて学園祭が開かれてる時期以外まずないだろう。

 だがしかし、事実としてこの塚本せんりという男は今、俺の目の前にいる。しかも、この学園の制服を着て(・・・・・・・・・・)

 俺の記憶が間違っていない限り、咲夜が来てから新しく転校生が来たなんて話も出ていない。そして当然の事だが、俺は今日この瞬間まで一度も彼と学園内で会った事はない。

 つまり、彼はわざわざ俺たちと同じ制服を着こんで、ここまで来たという事になる。理由は分からないけど、でもとにかく何かしらの狙いを持って俺に話しかけてきた。

 こんな異質極まりない状況で、塚本に対して素直な対応なんてできるほど、俺の心臓は丈夫ではない。

 当然、警戒する。歩いて3〜4歩で埋まる僅かな互いの間に厚い壁を建てるように、塚本を見据えた。

 ポーカーフェイスを求められる場所でもなし、俺が何を考えてるかは塚本にも簡単に察しがついただろう。

 

「ああ、警戒されてます? もしかして」

「悪いけど。この前会った時も君はよく分からない言葉を吹っかけてきたからね」

「ま、そうですよね。怪しんで当然です。あの日、七宮の巫女もきっと君に、悪いものがさっきまでいたとか、言ってたでしょう?」

「……」

 

 あまりにもあっけらかんと、自分を警戒に足る人物だと塚本は自白する。

 その拍子抜けなまでに何もかも隠さない──それでいて一切本質を見せない言動に、若干苛立ちのような感情が顔を覗かせてきたのを抑える。

 そんな俺の内心をトコトン見透かしたように、大仰にため息を溢しながら、彼はこう言った。

 

「その用心深さを、どうして今日一日ずっと表に出さないで来たんですか」

 

 一瞬、何を言いたいのか分からなかったが、すぐに発言の真意を理解した。

 

「……君にとやかく言われる事じゃないと思うけど」

「そうでしょうけど。でもあなた、正直無頓着すぎません? 先週河本綾瀬がひどい目に遭ったばかりなのに」

「──っ!」

 

 心臓をグイっと引っ張られたような錯覚を覚える。とたん、そのたった一言を聞いただけで心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。

 塚本の言葉はまだ続く。

 

「今だってそうですね。あなたは先週起きたことから目をそらして、いつも通りの日常を演じている。いや、これについては貴方だけに限った話ではありませんが。あの部室にいる全員が考えないようにしてます。綾小路咲夜と査問員会の事を」

 

 もう、黙って聞くわけにはいかなかった。

 

「ずいぶん言ってくれるじゃないか」

 

 好き放題言われて、でも自分の中でその通りだと認めてしまう俺がいる。

 

「嫌な言い方するんだな君は」

「ワザとです。すみません。どうも危機感を欠如しているように見えましたので」

「そもそも君は何なんだ」

「前に話した通りですよ。僕は知りたがり、ただの情報収集家なだけです」

「ただの知りたがりが、わざわざ制服着てここまで来ないだろ」

「それについても言ったはずですよ。僕は今、君がどう動くのか気になってるんです。従来のデータから外れた行動ばかり取る今の君が、綾小路咲夜という劇物を前にどう動くのか、ね」

「……趣味が悪いな」

「そういう性分(もの)ですので」

 

 容量を得ないし、意味も分からないが、とにかく塚本は積極的に俺たちに危害を加える気はないのだと分かった。

 その代わり、まるでバードウォッチングでもするかのごとく、俺の一挙手一投足を見る気でいる。それがどうしようもなく、気味悪い。

 

「……情報収集家を自称するんなら、先週綾瀬の机を荒らした奴を教えて欲しいものだけど」

「お金さえ頂ければ」

「ああそうかい。じゃあ結構だ。ならせめて、今後は話しかけてこないでくれ。ストレスの要因は増やしたくない」

「あれ、結構嫌われちゃいました? もしかして」

「好かれる要素があったと思うか?」

「いやぁ、無いですねぇ主観的に見ても」

 

 どこまでも飄々(ひょうひょう)とした態度を貫く塚本に付き合ってられなくなった俺は、本来の目的を放棄してその場から去る事にした。これ以上彼と話していると、本当に頭がどうかなりそうだ。

 

 俺が拒絶の意を行動で示した事が功を奏したのかは分からないが、塚本の横を通り過ぎようとする間際、それまでの俺を揶揄(からか)う口調から一転して真剣味を帯びた声色で言った。

 

「このまま嫌われて終わるのは本意では無いので、そうですね。これは情報ではなく所見として言いますが」

 

 そんな断りを入れてから、

 

「今のこの閉塞的な空気、そして『この後起きるだろう状況』……それらに対処出来るのは同じ綾小路家である悠ではなく、アナタだけですよ」

 

 そんな呪いのような言葉を吐き掛けた。

 

 たまらず、足が止まる。

 肩がぶつかるような距離感の中、塚本はじっと俺の目を見据えていた。

 

「……いや、そんなわけないだろ」

「彼では現状維持すらままならない事は、もう貴方にも分かったでしょう? 無理なんですよ、彼では咲夜を止められない。時間があれば話は別でしょうが、それが彼には全く無い。恐らく今日か明日にでも、綾小路咲夜は次の手を打つでしょう」

「次の手ってなんだよ。俺たちは査問委員会に目を付けられる事はもうして無いぞ」

「それについては何も言えません。所見の域を超えてるので」

「……っ!」

 

 もどかしさと苛立ちがまたも頭の中をグルグルと駆け巡る。

 それを表に噴き出さずに済んでいるのは、俺の自制心の賜物などではなく、今俺を見据えている塚本の眼が、それを許さないからだ。

 

「……だとしてもこの先、咲夜が何をやってきたって、ただの学生でしかない俺に何か出来るはず無いだろ」

 

 そんな、ありきたり過ぎる返しをするのが精一杯になった。

 

「本当にそう思いますか? 自分は他の学生と──―彼女が庶民と見下す大衆と同じ立ち位置にいると、本気で思ってます?」

「……」

「まあ、そう思いたいうちはそれでいいでしょう。それが貴方の選択なら、それも良しです」

 

 そう言ってから、塚本はさっきまで俺が立っていた自販機の前に行き、制服のポケットから財布を出して躊躇いなく飲み物を買った。

 買ったのは、俺が買わないと決めていた例のまずい炭酸スポーツ飲料だった。プルタブを開けてぐいっと一口か二口飲み、すぐにやめた。

 

「ははっ、なるほど。あなたがウンザリした顔で見た理由が理解出来ました。確かに、これは酷いですね」

「……飲まなくても分かるもんだろ。わざわざ嫌な思いして金まで無駄にして、何がしたいんだ」

「理解したかったんですよ」

「理解?」

「『分かる』と『理解する』は別ですよ。情報として頭に入ってるのと、実体験として体で覚えるのは、その後の行動に与える影響が全く違いますからね」

 

 缶の中に残ったまずい液体を一気に飲み干し、自販機横のゴミ箱に入れ、最後に塚本は今までのやり取りで一番俺の中に突き刺さる言葉を投げて来た。

 

「もっとも? それは一番あなた自身が分かってるとは思いますけどね」

「何を根拠に、そんなこと」

「そうでしょう? だって、当初は自分に害を為す存在だと『分かっていた』から、あなたは柏木園子を避けていた」

「!?」

「でも彼女の実情を『理解』してからは、手のひらを返す様に彼女のために動き始めた」

「お前……本当にどこまで人の事を」

 

 はらわたを好き勝手いじくり回されているような、吐き気とも違う気持ち悪さが五臓六腑に染み渡る。

 そんな俺の様子なんておかまいなし、あいも変わらずのこびりついた様な笑みを崩さず、塚本は言葉を続けた。

 

「……綾小路咲夜に対しても、『理解』すれば何か変わるのかもですよ?」

 

 ・・・

 

『それじゃあ、また会いましょう』なんて言葉を残して、言いたい事を好き放題口にした塚本は去っていった。

 あとに残ったのは、言いようのない気持ち悪さを胸に抱えた俺一人。

 

「……なんでここに来たのか目的忘れちゃったよ」

 

 話を逸らすためにここまで来たのに、その結果もっと嫌な思いをする羽目になったわけだ。

 結局、飲み物を買う気分も失せた俺は、行きとはまるっきり違う気分で部室に帰ることに。

 部室が近づくにつれ、聞こえて来るみんなの声も大きくなっていく。それに反比例するかのように、俺の足取りは重りを繋がれたかのように鈍重になっていく。

 

 突きつけられてしまった。

 背けていた目を、がっしり顔ごと掴まれて向かざるを得ない状況にされた。

『やましい事をしなければ、何もされない』なんてのはただの希望的観測だと。綾小路咲夜はハッキリと自分たちに次の手を打とうとしていると。そして──―、

 

 悠ではもう止められないところまで来ている、と。

 

「……だったらどうしろって言うんだよ」

 

 塚本は人を試すような言い方をしたが、誰がどう見たって俺に出来る事なんか何もない。

 たまたまちょっと知り合って、他の生徒よりも会うのが早かった程度。そのくらいでしかない俺が、果たして綾小路家のご令嬢相手に何が出来ると? 無理だ……考えるだけでも馬鹿らしい。

 

 園子の時とは違うんだ。あくまでも立場上は対等だった相手との対立ではなく、今回は完全に……こんな言い方したくもないけど、金持ちと庶民の、ゾウとアリの対立になる。

 いや、対立にすらならないか。ひたすら踏み抜かれておしまい。終わりだ。

 

 やめよう、こんなこと考えたまま部室に戻ったら、察しのいい悠や綾瀬に簡単に気づかれる。

 気づかれたら、言わなきゃいけなくなる。そしたらおしまいだ。もう朗らかに談笑なんて出来ない。

 今日はせっかくみんなが揃っているんだから、この時間を大事にしたいんだ。だから、さっさと切り替えてくれよ俺。

 

 ……そんな風に、メンタルをリセットしようと励めば励むほど、逆に心は焦ってしまう。そんな事分かってるのに、でもそれ以外に手段が思い浮かばないから、俺はとうとう部室の扉の前で立ち尽くしてしまった。

 横開き式の扉が、今だけは分厚い鉄の塊に見える。とても手を出せはしない。

 

「……っ、何ぐじぐじしてんだ俺は」

 

 焦燥が苛立ちに変わろうとする境目に、部屋から園子の言葉が耳朶に響いた。

 

『そう言えば……縁君はまだ来ないのでしょうか? 遅いですね』

 

 びくっ、とまるで悪事を見られた幼子のように身体が反射的に動く。園子のそれがきっかけになって、綾瀬や渚の声が続く。

 

『ホントだ……どうしたんだろ、いくら何でも遅いよね』

『何かあったのかな……私、ちょっと探してきます』

『まぁまぁ、縁の事だから、自販機のメニューに文句でもつけながら品定めしてるんじゃないかな?』

『それは確かにやってそうではありますが……でも、確かにもう出てから10分以上も経ちますし、心配ですよね』

 

 次々と俺について口にするみんなの声が、さっきとは違う焦りを俺に与える。

 せっかくの楽しい空気を壊すまいとしていたら、今度は俺が原因で望まない方向に話が進んでいく。この上更に今の俺の顔なんて見られたら、もっと状況は良くない方に行くばかりだ。

 

『やっぱり、私見てきます!』

 

 そう言いながら椅子から立つ音が聞こえた。

 瞬間、俺の思考はほんのわずかに正気を取り戻す。

 

 立ち上がってスタスタと出入り口に向かい、その扉を開く渚。

 

 本来、その次に渚が視界に収めるべきものは、憂鬱な表情を浮かべる俺の姿のはずだ。

 だがしかし、実際に渚の目に映った景色は、窓から夕焼けのオレンジ色が差し込む無人の廊下だった。

 それもそのはず。俺は渚が見に行く言った瞬間、素早く──―自分でもこんなに俊敏に動けたのかと感心するくらい瞬時に足を動かし、階段を通って屋上まで走っていたからだ。

 

 現在進行形で走りながら、果たして自分が何をしているのかと、自問自答する。

 逃げた。俺は今、間違いなく逃げている。

 

 渚に嘘をつきたくない。みんなを心配させたくない。

 かと言って、本当の事を伝えても何かしら安心させる手段は持ち合わせていない。

 

 だから、対面する瞬間を先延ばしにした。

 帰るための荷物は全部部室に置いたまま。渚とはどうしたって家で会う。このまま帰ったりなんてすれば、それこそここまで悶々と悩んでた時間と意味が全てお釈迦になる。

 どうにもならない物を無理にどうにかしようとしたから、結局より面倒な事態に発展する選択肢を、俺は自ら選んでしまったのだ。

 

「何やってんだ、何したいんだよ俺は!!」

 

 走りながら、抑えきれない苛立ちを声に出す。

 方向性の皆無な衝動のままに、屋上にたどり着く。いつだったか咲夜によって解放された空間には誰もおらず、壁も天井もないそこは夕焼け色に染まっていた。

 

 肩で息をしつつ、パラペットまで来た俺はそのまま眼下の景色を一望する。特に何か感じ入る事もなく、ある程度に呼吸を落ち着かせてから、その場にあぐらをかいた。

 ここまで、この一連の動きには何の意味もない。園芸部から衝動的に逃げた勢いのまま、どこかに落ち着かせるでもなく、ただ無気力になるまでの時間を稼いでるだけ。

 

 ……野々原縁の人生において、こんな時間は初めてだ。

 やれる事がわからず、無関心でもいられない。逃げ道はいくらでも作れるけど、真綿で締められるような気だけが延々と続く。

 

「……ほんと、分かんねえよ」

 

 何度言葉を漏らしても、答えは見つからない。

 当然の話だ。

 そもそも、俺がどんな答えを求めているのか、自分自身でわかっていないのだから。

 

 ・・・

 

「ただいま」

 

 ガラリと扉を開けると、一瞬の静寂の後に弾けるような声が返ってきた。

 

「お兄ちゃんどこ行ってたの!? どこにもいなかったから心配したんだよ?」

 

 当然のことだが、渚が詰め寄ってきた。

 その、純粋に心配してくれる(させてしまった)顔に申し訳なさを噛みしめながら、俺は素直に答えた。

 

「屋上に行ってきた。ちょっと、外の空気を沢山吸いたくなってさ」

「屋上に……って、もう……何かあったんじゃないかって本当に心配したんだから」

「悪い。俺も屋上から外をうろうろしてた渚を見つけて、ヤバいと思って戻ってきたんだ。ごめんな……みんなも」

 

 宥めるように渚の頭をポンポンと撫でながら、みんなにも頭を下げる。それを受けて、何かしら言いたかったと思う綾瀬や悠も仕方ないとばかりに首肯してくれた。

 代わりにではないが、園子が言う。

 

「気分転換したくなるのは良いですけど、流石に屋上に行くのは方向転換しすぎですよ? 渚ちゃんすごく心配してたんですから」

「……そうだよな、心配してくれてありがとう渚」

「もう……なにもなかったから良いけど。もう少し考えて動いてね?」

 

 不承不承ながらも怒りを収めてくれた渚の頭をもう一度ポンっと撫でると、それで今日はおしまいだと言わんばかりに学園のチャイムが鳴り響いた。

 部活動の終わりを知らせる、最後のチャイム。少し前まではこのチャイムが鳴ってからも平気で活動している生徒が多く居たものだが、咲夜の台頭からこっち、万が一にも査問委員会の標的になっては困ると、早いところでは20分も前に帰り支度する部活も増えたと聞く。

 こんな細かなところにも咲夜の影がちらつくのに頭を痛ませつつ、俺たちもそそくさと帰り支度を済ませて解散の途に至った。

 

「それじゃあ皆さん、さようなら。また明日です」

「気を付けてね」

 

 園子や悠と別れて、帰り道が同じ俺ら兄妹と綾瀬が同じ道を歩く。

 真ん中を俺が歩いて、両脇に2人が並ぶ。俺を挟んで2人が会話しているのを黙って聞きながら、相変わらず塚本の言葉を延々と脳内で繰り返していた。

 

 屋上で呆然としていた時間で逸る心は落ち着かせたが、当然として解答は見つからないまま。

 いい加減、考えるだけ無駄なんだと根を上げる自分がいる。最初から俺に出来ることなんてないと言ってたのに、どうしてこういつまでもグダグダと……。

 

「……おーい、聴いてる? ねぇってば」

「あ、ん? ごめん、聴いてなかった。なに?」

「はぁ~……。渚ちゃん、あなたのお兄さん今日一日こんな調子だけど、土日でなにかあったの?」

「特に、何もなかったはずですけど……幼馴染の綾瀬さんこそ、なにか知らないんですか? クラスも一緒なのに」

「知ってたら渚ちゃんにすぐ教えるし……ってなればもう、アレのことよね?」

「だと思います」

「おいおい、2人だけで勝手に納得して話進ませるなよ」

 

 俺がそういうと、綾瀬が2,3歩先を歩いてから振り返って、俺の進行方向に立った。

 自然に俺の足が止まり、綾瀬と向き合う形になる。渚もそれに倣って歩みを止めた。

 

「ねえ、縁」

「な、なにさ」

「なにもできることなんてないって、あなたも分かってるでしょ?」

 

 率直に、綾瀬は俺の心のしこりを言い当てた。

 いや、渚も察しがついてたようだから、たいして難しい推理でもなかったかもしれない。

 それにしたって、開口一番で「分かってるでしょ?」は流石というか……とっくに俺の葛藤もお見通しだったわけだ。

 

「やっぱ、そう?」

「うん、無い。前の時とは相手も規模も違うんだから、縁じゃなくてもどうにかできる人なんていないわよ」

 

 あえて何についてかは明言しないまま会話を交わす。

 綾瀬の口から出てきた言葉は、なんども俺の中で自分を納得させるために引きだしたソレと同じものだった。

 

「……だよな。俺もそう思う」

 

 不思議なことに、自分に言い聞かせるための言葉と、他人に言われるのとでは、同じ言葉でもなぜか納得の度合いが違った。

 ひょっとしたら、俺はずっとそういう言葉を欲しがっていたのかもしれない。

 主観だけではどうあっても「無理だ」と納得しきれないから、他人に言われることで無理だという気持ちが「逃げの気持ちではない」と思いたかったのかも。

 

「……渚はどう思う?」

 

 渚がどう思っているかを知りたくて、話を振ってみる。

 

「……うん、柏木先輩のいじめを止めるのとはやることが違うと思う……かな」

 

 答えは、やっぱり綾瀬と同じだった。

 

「そっか……そっか。……そうか」

 

 綾瀬と渚の2人に言われて、ようやっと俺も心の引っ掛かりが収まったのを感じた。

 塚本に煽られてからこっち、ずっと情緒不安定に自分を振り回していた感情が消え失せていく。

 

「ありがとうな。目が覚めたよ」

 

 納得という安堵を抱いて、俺は綾瀬に答える。

 それでもなお、塚本の言葉は心の奥底にひっそりと突き刺さっていて。

 それを頭の片隅でしっかりと自覚しつつも、俺はもう、それ以上考えないことにした。

 

 そんなふうにしていたら翌日。

 地獄が待っていた。

 

 

 

 

「待って縁、待つんだ!」

「うるせえ止めんな!」

 

 悠が必死になって後ろから俺を止めようとする。

 それを振り払おうとするが、器用に組み付いて前にも後ろにも進めない。

 掲示板に向かれていた生徒たちの視線がこちらに集まってくるのを感じて、俺は一層に苛立ちを募らせる。

 

「離せってんだよ!」

「っ、うわ!」

 

 わざと重心を後ろに倒して、悠に俺の全体重を預ける形にする。当然それをまともに受ける悠だが、元々力持ちでもなんでもない悠はすぐに体幹を崩してしまい、俺を止めようとする力も緩む。

 その隙に悠の手足を振りほどくことに成功した俺は、走ってその場を離れた。

 

「ダメだ縁! 行くんじゃない!」

 

 恐らくしりもちでも着いたであろう悠の声が、後ろから聞こえてくる。

 だがそんなのお構いなしに、俺は目的の場所──綾小路咲夜のいる中等部の教室まで向かう。

 

 途中、何人もの生徒とぶつかりそうになり、教師にも注意を受けながら、ものの数分で到着した。

 荒れた呼吸を整えることもせず、俺は教室の中に入る。

 急に現れた俺の姿に、当然中等部の生徒たちは驚き、中には俺がただならぬ気配でいることに気づいて怖がる子もいる。

 教室をぐるりと見まわして咲夜を捜したが、どこにも咲夜はいなかった。

 

「なあ君、咲夜はどこにいる?」

 

 一番近くにいた女子生徒に聞くと、多少たじろぎながらこう言った。

 

「えっと、綾小路さんは……まだ、来てないと思います」

「何時くらいに来るかわかるかな?」

「わ、わからないです……」

「そっか、ありがとう」

 

 HRまで15分程度ある。まだ教室に来てないのなら、中等部の昇降口か校門前にいた方が良いか? いやだめだ、そこまで露骨に待ってたら流石に教師に咎められる。

 そんなことを考えながら次の行動を思索していると、横から高圧的な言葉が俺に掛かってきた。

 

「朝から騒がしいわね。なんでここにあんたがいるのよ」

 

 声の主は、言うまでもなく綾小路咲夜。捜していた人物が、まさにたった今姿を見せた。

 咲夜の登場に、俺の質問に答えてくれた子や、他の生徒たち……高等部の学生が来たと野次馬していた他クラスの子も一斉に各々の教室に戻っていく。

 すでに存在するだけで周囲を威圧しているのか、蜘蛛の子を散らすような様を見ながら、つまらなそうに「ふん」と一言漏らしながら、視線を俺に向き直して咲夜が言う。

 

「で? 質問の答えがないけど、なんで高等部のあんたがここにいるのよ」

 

 多少出鼻をくじかれたが、目的は変わらない。俺は制服のポケットに突っ込ませていた物を咲夜に突きつけた。

 

これ(・・)はなんだよ、ふざけんのも大概にしろよ!」

 

 咲夜に突きつけたのは、一枚の写真が貼り付けされたA4用紙だ。

 当然ただの紙切れを突き出すわけもなく。

 貼り付けされていたのは、『綾瀬が制服姿で男性と夜の街を歩いている』様に見える写真だった。

 

 

 このくそったれな紙切れを見つけたのは、ほんの数分前だった。

 下駄箱で靴を履き替えているとすぐに、以前査問委員会についてのチラシが張られた時にもあったような喧騒が、掲示板前にあるのに気付いた。

 当然すぐにそれを思い出したし、塚本の言っていた「次の手」が始まったのかと急いで掲示板行くと、これが張られていた。

 

『高等部2年の河本綾瀬は、先週金曜の夜にパパ活をしていた。過去にも同じようなことをしている可能性がある』

 

 明朝体の小さな文字の並びであらわされたその文章の意味を理解するのに、果たして体感で何時間を要しただろう。

 偶然、同じタイミングで登校してきた悠が、呆然としている俺に声をかけてくれたから正気に戻れたし、戻ったからこそ噴き出してきた怒りに思考も身体も全部任せた。

 高々と張り付けられていた紙切れを掴んで千切り取って、こんなことをしたであろう犯人、綾小路咲夜のもとに向かうことにした。

 確たる証拠はないが、塚本が昨日警告してきた翌日に起きたこの事態に、咲夜以外の選択肢は出てこなかった。

 そうして悠の反対も振り切って、俺はここまで来たというわけだ。

 

 咲夜は、怪訝な表情で俺の顔と紙をひとしきり見た後、こともなげにこう言った。

 

「なによこれ、知らないわよこんなの」

「とぼけんな! これだけじゃない、前に綾瀬の机を荒らしたのもお前がやらせたことだろ!」

「この前? 机? ますます要領を得ないわ……写真に映ってるのはあんたと一緒にいる女と似てるけど……そもそもパパ活って何よ」

 

 馬鹿にしてるのかと思ったが、咲夜の浮かべる表情は縁起の類には見えず、本当に何を言ってるかわからない人間が見せるものだった。

 

「だいたい察した。つまり、あんたの恋人が受けてる嫌がらせをあたしが仕向けたって考えたわけね?」

「違う、いや、そうだけど、綾瀬は恋人じゃなく」

「どうでもいいわよそんなの。ケドはっきり言っとくわ。軽率な判断だったわね。探偵だったら即廃業モノの推察よ」

「──っ」

 

 違うのか? 今回の件に綾瀬は関わっていないと? 

 そんなはずない、ここ一連の出来事は咲夜が転入してから起きたことばかりだ。それらに一切咲夜が関与していないわけが……! 

 

 そこまで考えついて、ようやっと俺は一つの仮定にたどり着く。だがそれはあまりにも遅い、遅すぎる考察でもあった。

 

「縁! ……あぁもう、言わんこっちゃない」

「……悠」

 

 追いかけてきた悠が、俺たちの姿を見てすぐさま状況を理解する。

 

「咲夜、縁が勘違いで色々迷惑かけただろうし、申し訳ないけど、もう連れてくね」

「ちょ、ちょっと」

「急いで、河本さんがまずいんだ!」

「!!」

 

 事ここに至って、俺は自分の迂闊な行動に本気で公開することになった。

 いつからあの紙が貼られていたのかは知らないが、俺たちが見つける時にはすでに人だかりができていたのだから、当然のように教師たちも何が起きたのかはすでに把握して然るべきだろう。

 であれば、綾瀬本人に事情を聴きに行くのは小学生だってわかる話。写真は間違いなく偽物だ、でも綾瀬が身の潔白を証明するには紙がないと始まらない。それを俺が持ったままじゃいつまで経っても綾瀬は疑われるばかりじゃないか! 

 

「悪い咲夜、俺──」

「別にいいわよ、何も被害受けたわけじゃないし……それに」

 

 咲夜は思ったよりあっさりと俺たちが戻ろうとするのに対して何も文句を言わず、しかしニヤリと笑いながら、最後にこう言った。

 

「事情はよく分かったわ。しっかりと依頼(・・)は受けたわよ」

「は? なんのこと──」

「縁急いで!」

「──っ、おう!」

 

 言葉の意味が分からず問いただそうとしたが悠の声でそれは叶わず、心に不穏な影を残しながらも俺は急いで高等部の校舎に向けて走った。

 

 ・・・

 

 戻ってすぐに職員室に行くと、案の定綾瀬が生徒指導の教師から事情を聴かれていた。俺はすぐに持っていた紙を教師に渡したが、それですぐに話が収まるわけもなく。

 綾瀬の金曜夜の動向を洗いざらい聞いて、両親にも確認して、最後に写真をチェックして悪質で粗悪な偽物(コラージュ)だと判明して、ようやく疑惑が晴れた。

 こうやって文字だけにすればあっという間のようだが、実際のところ綾瀬が教室に入ってこれたのは、4時限目からだった。そこまで時間がかかったのには、俺が持ち出していた紙がしわくちゃになって写真を調べるのに苦戦したからというのが大きい。とことん、俺の行動は逆効果だった。

 

「2人ともごめん、逆に迷惑かけて」

 

 昼休みになってすぐ人気のない廊下の端っこに移動して、綾瀬には状況の悪化を招いたことについて、悠には止めてくれたにも関わらずそれを無碍にしたことについて、俺は頭を下げた。

 下げてどうにかなるわけではないと分かっているが。

 

「や、やめてよ縁……私は分かってもらったから大丈夫」

「僕も、ちょっと痛かったけどさ、あの状況で縁が怒るのも、咲夜の仕業だって考えちゃうのも無理はないって

 

 2人そろってそうは言ってくれるが、事態はそんな優しくはない。

 教師は4時限目に入る前に、今回の件については悪質ないたずらで綾瀬は潔白だと明言してくれたが、一度広まった噂や疑念、風評はそう簡単に覆されるものではない。

 現に、ここに移動するまでにも、綾瀬に対して奇異の目を向けてくる奴がいた。綾瀬はもう終わったことのように言ってくれるが、そんなことはないんだ。

 悠にしたって、今の彼にとって咲夜と直接向き合うのはそれだけでも充分なストレスになるだろう。ましてや俺の軽率な行為で咲夜に付け入るスキを与えてしまってたら……。

 

『やぱり、ごめん。綾瀬は謝らなくていいっていうけど、俺は綾瀬より自分の正義感を優先してた。犯人見つけて綾瀬にかっこいい自分をさ、見せたいとか……思ってたんだと思う。恥ずかしい奴だな』

 

 先週金曜、綾瀬の机が荒らされたときに俺はそんな言葉を口にしていた。そこからこのザマだ。

 俺は何にも成長していないじゃないか。ふざけてるのか。

 

「ただ縁はそうだね……河本さんや渚ちゃんが関わると急に判断力が落ちる傾向あるから、そこを気を付けた方が良いかもね」

「ん……」

「まあ、そのくらい2人の事が大事だっていう意味なら、美徳でもあるけどさ?」

「綾小路君、こういう会話の流れでからかわないの……もう」

 

 こちらの気を察して、多少俺の行動に言及こそすれ、すぐに笑い話に変えてくれたことに感謝しつつ、俺も何か別の話題を口にしようとした瞬間。

 唐突な校内放送が鳴り響いた。

 

『本日の6時限目は、中等部・高等部合同の緊急集会になりました。生徒は5時限目が終わり次第、講堂に移動してください。繰り返します、本日の──』

 

 急な全校集会の知らせに、動揺する声が廊下からも聞こえてくる。

 こういうことは今までにもなかったわけじゃないが、それにしたって滅多に起こることでもない。

 

「……なんだろうな、このタイミングで」

「緊急集会だなんて、いつぶりだろうね……」

「……もしかしたら、これは──」

 

 悠が何かを口にしようとした矢先、悠のポケットから無機質な電子音が鳴る。誰かからの着信のようだ。

 

「っ……、ごめん2人とも、抜けるね」

「大丈夫だよ、行ってこい」

 

 いそいそとその場を後にした悠を見送り、静寂に包まれた廊下に、俺と綾瀬の二人きりになる。

 

「……えっと」

 

 お昼時間に2人でいることはよくあることだが、今日に限っては少し気まずさがある。

 かと言ってこのまま無言でお昼時間を終わらせるわけにもいかない。

 何かしら言葉を出さなければ……そう思って綾瀬の顔を見ていると、気になったことが出てきた。

 

「綾瀬」

「うん、なに?」

「今、落ち着いているように見えてるのは、演技か?」

 

 この前は、落ち着き払った様子を学内では装っていた綾瀬だが、今日もはたから見れば普通のように見える雰囲気だ。

 同じように演技をしていると考えれば良いだけかもしれないが、こう立て続けに自分が標的にされた上で、普段と変わらない立ち居振る舞いができるほど、綾瀬は女優ではないと思う。

 

 そうなると考えてしまうのが、綾瀬の中で何かしらスイッチが入ったのではと言うこと。

 綾瀬は基本的には我慢するタイプの人間だ。でも理由次第で普通の人間にはできない事を、それこそ「平気な顔をして」できてしまえる人間であることも知っている。

 だから、ひょっとしたら今の綾瀬はそのモードに入ってるんじゃないかと心配になったんだ。今の綾瀬は演技で平気なフリをしてるんじゃなくて、「そっち側」に思考を切り替えただけなんじゃないかと。もしそうだとしたら、最悪の場合怪我人が出るだけじゃ済まなくなるから。

 

 ところが俺から質問を受けた当の綾瀬はと言うと、一瞬パチクリと瞬きをして、後は変わらずいつもの様子で答えた。

 

「大丈夫。流石に朝は驚いたし、まだ変な目で見られて困るところもあるけど……先生たちは分かってくれたから。間違った噂も、そんな長く続かないわよ」

「そ、そっか……無理に平気なフリしなくても良いんだからな? 少なくとも俺や悠がいる前くらいではさ」

「本当に大丈夫だって。……でも、この前の帰りに私があんなこと言ったから、心配してくれてるんだよね? ありがとう、嬉しい」

「嬉しいって……まぁ、綾瀬が本当に大丈夫なら良いんだけどさ」

「本当だって……あっでも」

「でも?」

 

 ちょっと文句を言いたそうな表情になって、綾瀬は大きく一歩を踏み込んで、ぐいっと俺に顔を近づけてきた。

 

「な、ちょ、ちょっと」

 

 鼻と鼻があと少しでくっつきそうな位の距離感、こんな光景を第三者が見たら確実に恋人同士のイチャコラに見えるし、渚に見られたら人生にピリオドが打たれる可能性だってある。

 そんな風にあっという間にドギマギハラハラする俺の心情をよそに、綾瀬は小声で囁くように言った。

 

「私がこの前みたいに弱いところを見せるのは、貴方の前でだけよ。綾小路君も仲のいい友達だけど、見せるのは貴方にだけ。そこをちゃんと覚えててね?」

「そ、そっか……」

 

 予想外の発言に、純粋に戸惑ってしまった。

 そんな様子が面白かったのか、綾瀬はくすっと微笑むと半歩下がり、ピッと人差し指を立てながら説教でもするように言う。

 

「だから私の弱いところを見る権利は、『俺や悠がいる前』じゃなくて、貴方だけが独占して。他の人にも共有させようしないでね?」

「……わかった」

「うん、ならよし! 教室に戻りましょう? お昼まだ食べてないし」

 

 そう言って、スタスタと教室まで戻っていく綾瀬。

 

「あぁ……そうだな」

 

 気がつくとかなり心拍数が上がっている心臓に、さっさと副交感神経による鎮静が掛かるのを祈りながら、俺は先を歩く綾瀬を追った。

 

それに私結構嬉しいんだ……だって、私がこういう目にあったら、貴方が怒ったり悩んだり、私のためだけに心を割いてくれるから

 

 追いつくまでの数瞬に綾瀬が口にした言葉を、俺は聞き取ることができなかった。

 

 ・・・

 

「査問委員会から連絡があります」

 

 それが、緊急集会が始まってすぐに伝えられた言葉だった。

 

「全校生徒の授業潰してまで、委員会のために集会開くのかよ……」

 

 たとえ学園創立の関係者だからって、そんな権力が査問委員会にあるという事実そのものに、吐き気に似た気持ち悪さを覚えた。

 周りを見渡せば怯える者や険しい表情を見せる者、これから起こることに他人ごとで楽しみにしている者など、反応はど三者三様ではあるが、またあの『晒し上げ』が始まるのだと、講堂全体が張り詰めた空気になっている。

 前回は、部活や委員会の時間に素行の悪かった生徒の名前を挙げて、当人はもとより、所属する部活動や委員会にも制裁を与えた。

 ならば今回も、やることは変わらないだろう。ここでの問題は、今回の集会が急に開かれたということにある。急に開くくらいだからそれなりの理由が当然あるはずだ。そして俺はその理由に足るだけの行動を、朝している。

 

 咲夜に直接、綾瀬が受けた被害について問い詰めてしまった。それ自体は園芸部に関わりのない行為だから、園芸部と関連付けて制裁を受ける可能性は薄いと考えていた。

 だが、それは今言った通り『薄い』だけ。その気になればいくらでもこじつけてしまえるのだと、俺は考えていなかった。

 ましてやこうして学園全体に影響力を持っているのなら、全くのウソをでっちあげてもそれを事実だと押し通せてしまうことも簡単だろう。

 

 致命的に選択を間違えた……たとえ綾瀬に何があったとしても、俺は絶対に咲夜に対してアクションを起こしてはいけなかったんだ! 

 悠に綾瀬や渚が関わる案件については判断力が落ちるなんて言われて納得はしていたが、今頃になってそれを心の底から思い知らされる。

 背中や額から、焦燥感からくる汗が滴り落ちるのが分かる。後悔と罪悪感に苛まれるだけの余裕すら、すでに失っていた。

 

「それでは、査問委員会副委員長の木戸さん、お願いします」

 

 そんな声とともに、壇上に高等部3年の生徒が立ち、全員をぐるりと見渡す。

 咲夜はいないようだ。中等部の生徒の列にいるのだろうか。

 

「今回、皆さんには残念な……とても残念な知らせがあります」

 

 心臓を掴まれたような心地の中、木戸と呼ばれた上級生の言葉を聞く。

 

「私たちの仲間に、無実の生徒を陥れようとした者がいました。高等部2年生のある女子生徒の机を使用不可能になるまで荒らし、さらには大多数の生徒が見る掲示板に事実無根の内容を書いた文面を貼り、彼女の学生生活を破壊しようとしたのです」

 

 芝居かかった言い回しと大仰な手振りを織り交ぜながら、彼が口にしているのは紛れもなく綾瀬の事だった。

 最悪の予想が外れたことで、両肩から背中にかけて重くのしかかっていたプレッシャーがスッと消えた感じがした。

『なぜ綾瀬の事を査問委員会が?』という疑問が当然脳裏をよぎったが、続けて脳裏に思いだされたのは、朝に咲夜が口にした言葉。

 だとしても、なぜ咲夜はわざわざそんなことをするのかが分からない。

 

『事情はよく分かったわ。しっかりと依頼(・・)は受けたわよ』

 

 あの時はその言葉の真意を聞くことができなかったけど、つまりはこの状況がその答えだったのか。

 朝の俺の行動を咲夜は自分に対する不愉快な行為とは取らず、査問委員会への依頼だと受け取ったんだ。

 

「私たちは別に探偵でも何でもありませんが、事態の悪質さに見過ごすことができず、すぐに犯人の特定に動きました。今日、こうして皆さんの大切な時間を割いていただいたのは、犯人が明らかになったとともに、これから二度とこのようなことが起きないために、全生徒にこの事実を知ってもらうためです」

 

 サラリと、本当にサラリと木戸は『犯人を見つけた』なんて言い放った。

 どうやって見つけたんだ、咲夜は綾瀬の人間関係も近況も何も分からないはずなのに、今日のうちで犯人に目星が付くわけがないだろう。

 

 そんな一般論的反論を抱きつつも、同時に『咲夜ならそれができるに違いない』という、無根拠な確信があった。

 園子のいじめをどうにかしようと動いた時に、俺は悠の『綾小路家としての力』を多大に頼っていた。だからなのかもしれない、咲夜がその気になればいくらでも━━全生徒のおはようからおやすみまで全てを把握できるのでは、そう思えてしまう。

 

 そんな俺の予想を真実にするかのごとく、その後木戸は犯人と思わしき人物の名前を挙げた。

 

 そいつは高等部3年生、電子技術研究部(通称「ロボット研究部、略してロボ研)の生徒だった。

 顔も名前も全くわからない、本当に接点皆無の他人が、一連の行為の犯人だった。

 そいつは全校生徒の衆目の下、名指しされたにもかかわらず、特筆すべきような反応も示さずにアッサリと自分の犯行を認め、教師たちに連れられて講堂を後にした。

 

 あまりにも、あまりにもアッサリと、先週から俺たちをかき回していた事件が解決してしまい、俺はどんな感情を抱けばいいのか分からなくなってしまった。

 綾瀬や悠が今どんな表情をしてるのか気になったが、それをわざわざ調べようと行動に起こす気にもならない。

 

「今回はみなさんに直接関係性のない案件でしたが、今後もこのように著しく悪質な行為に査問委員会は目を向けていきます。もし今この瞬間にも、何かしら苦しんでいる人が居るなら、是非我々に声を届けてください」

 

 まるで漫画やドラマに出てくる正義の味方のようだ。

 聞こえの良い英雄的な発言に対して、拍手をする生徒や歓声を上げる生徒もいる。

 そんな反応を受けて満足げに頷いてから、次に木戸はこんな事を言った。

 

「では最後に、今回の件についての連帯責任をみなさんに問いたいと思います」

 

 その言葉で、一気に全員が静まり返った。

 それが一番怖いんだ。一瞬だけとはいえ多くの生徒が忘れてしまっていた。

 査問委員会は、ここからが恐ろしい。全員の前で晒し上げながら多数決という名の暴力で、無理やり罰を与える。

 こんなことがまかり通るなんておかしいのに、咲夜が教師たちを掌握しているから全てが許されてしまう。

 実質、咲夜の想い通りに学園の生徒を支配できてしまう。

 

 いや、違う。

 

 俺たちが、必死に目をそらして。現状にすがっている間に。

 とっくに、この学園は咲夜に掌握され尽くしていたんだ。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ロボ研に下された『罰』は、3か月の活動停止だった。

 俺はあまり詳しくないから分からないが、これから冬にかけてロボ研も大会などがあったはずだ。

 それらに向けたこれまでの、そしてこれから先あっただろう努力と時間が全て消えてなくなった。一人の女子高生を破滅に導こうとした結果として、その連帯責任として、果たしてこれが妥当なのか過剰なのかは分からない。

 ただ、例によって『多数決』で決まった後に、集会が終わって生徒たちが各々の教室に戻ろうとする中に、一人だけ床に泣き崩れている3年生の姿を見た瞬間。

 何が正しくて、誰が悪いか、分からなくなってしまった。

 

「これで分かったでしょう? 誰に従うのが正しいのか」

 

 言葉としてではなく、行動として。

 咲夜にそう告げられた気がした。

 

「……」

 

 放課後。悠と一緒に部室へ続く廊下を歩く。

 綾瀬は犯人が見つかったことで、教師たちと話をするために再び職員室に行った。

 普段なら野郎同士で会話が自然に生まれるものだったが、さすがに何も言葉が出ない。

 かといって、黙り続けるわけにもいかない。何とか喉奥から力を絞る。

 

「まったく予想外の人間が犯人だったな」

「うん、そうだね」

「これで、綾瀬への誤解が完全に解けてくれるよな」

「解けると思うよ」

「……」

 

 会話終了。

 コミュニケーション能力弱者同士の会話か。

 

「教室戻るときに床に倒れてた人、多分ロボ研の部長だよな」

「そのはず。名前は分からないけど、うちのロボ研はコンテストや大会で高い評価や成績を残してるって聞くから、きっとこの3か月の活動停止は彼にとって……最悪だろうね」

「受験も控えてるだろうから、マジで最後の時間だったってことか」

 

 ますます、形容しがたい感情が胸を締め付ける。

 これでたとえば、犯人が俺たちの知るだれかで、裁きを受けたのがそいつだけだったら、ざまあみろとしか思わない。

 だけど実際のところ、犯人は予想だにしなかった人物で、それを明らかにしたのは咲夜たちで、しかも無関係な部員が巻き込まれて。後味が悪いことこの上ない。

 

「こうやって、個人の行動が連帯責任になる例が出来たからには、何をするにもやりづらくなるだろうな」

「まるで全体主義だよ。咲夜は査問委員会を軸に、学園の生徒の行動を恐怖で管理しようとしてるんだ。一番手頃な支配の仕方。綾小路の人間がいかにもやりそうな手段だ」

 

 唾棄するように言葉を口にする悠。

 それはどこか、自分自身に対しても放った言葉のようにも感じる。

 

「でも、今回は……」

「ん?」

「……いや、なんでもない。気にしないで」

 

 悠がそういう時は、間違いなく気にしないといけない話だ。

 追求しようとも思ったが、悠がそれをさせまいとばかりに、言葉をつづけた。

 

「それよりも、僕はこれから学園に起きる変化が気がかりだよ」

「変化か。確かに、さっきも言ったけどこれからは誰もかれもが連帯責任を恐れて派手なことしなくなるよな」

「それだけじゃないよ。これからは間違いなく、お互いがお互いの行動を監視しあうようになる」

「監視って、まさか何かあったら査問委員会に告げ口でもするってか」

「うん。査問員委員会が学園内で圧倒的に有利な立場にいることは、もう全ての生徒が思い知った。となれば、少しでも査問委員会に目を付けられないような立ち回りをする人が出てくる」

「嫌われないためってか、気に入られるために媚びを売るってわけだ……」

「まあ、概ねそういうところだね。でもそうなるともう一つ、懸案事項があるんだ」

「おいおい、監視しあうってだけで最悪なのに、まだ何かあるって、嫌だぞ」

「そうも言ってられないよ。多分こっちの方が僕たちにとってより重要なんだから」

 

 危機感を煽るように、悠は声のトーンを一段階下げる。

 これ以上更に危惧すべき事があるなんて考えたくもなかったけど、悠のその言い方が、図らずしもあの塚本せんりのそれと似ていたものだから、嫌でも関心が向いてしまった。

 

「……なに」

「僕たちが──―」

 

「あ゛あぁぁ゛ぁ゛ぁああああ゛あ゛あ゛ああ!!!」

 

 ──―質量のある怒声が、背中から俺たちを襲った。

 

「……は?」

 

 一瞬、本当の本当に、何が起きたのか分からなくて、俺はさっきまでの会話で自分が何を聞こうとしていたのかさえ、完全に忘れてしまった。

 そして、恐らく数瞬にも及ばない時間だったのだろうけれど、瞬き1回分すら多いくらいのほんの一瞬の間だったろうけれど、体感ではおよそ2〜3分もあったその刹那に。

 

『怒声』の主人であろう人物の──―先ほど、講堂の床に倒れ伏していた、名前も知らないロボ研の部長が、俺たちの背後から伸ばした腕で悠の顔面を完璧なストレートで殴り飛ばした。

 

 まるでプロレスの試合のように、肉が肉を叩くあの特有の音が鼓膜に響く。次に、受け身も取れず突如自分に降り掛かったエネルギーに流されるまま吹っ飛んだ悠が、ボールみたいに廊下に3、4回打ち付けられる音がして──―そこでようやく、俺も呆然自失から立ち直った。

 

「おい嘘だろ……悠!!」

 

 打ち所が悪かったのか、単純に殴り飛ばされた鼻や口から出たのか、床にぐったりと倒れ伏している悠の首から上の辺りに、既に血溜まりが見えている。

 

 急いで駆け寄ろうとした俺よりも、ロボ研の部長がもっと早く動いて、悠の上にのし掛かった。

 当然、次に起こす行動が何かなんてこの状況ならすぐに分かる。

 マウントポジション。馬乗りになった部長は、更に無抵抗の悠に向けて拳を振り下ろそうとして、そこでようやく俺の手が追いついた。

 

「お前、馬鹿か!? 自分がなにをしてんのか分かってんのかよ!」

「うるさい! 離せよ! この! こいつが!! 綾小路のこいつらが!!! 俺の……ぁあああああ!!」

 

 後ろから羽交い締めにして何とか悠から引きずり離すが、酔って暴れる中年男性の方がマシなくらいに暴れてこっちが被害を受けそうだ。

 周りの生徒は少し離れたところから俺たちをマジマジと見ている。悠の出血をみて慌てて教師を呼びに行った生徒もいるが、だいたいは野次馬根性で集まっているだけ。

 ……まずい、目立ち過ぎている。さっきの今で、目立ってしまうのは悪影響しか及ぼさない。こっちも暴力で黙らせるのではなく、言葉で宥めないとこっちも査問委員会にケチをつけられかねない。

 

 魚の息の根を止める時のように、思いっきり頭を殴りつけて黙らせたい(それができる相手かはともかく)気持ちがこれでもかとあったが、それを無理やり押さえつけて説得することに決めた。

 

「同じ綾小路家でも悠と咲夜は別だろ! 落ち着けよ!」

「うるさい! お前だってあいつらの仲間なんだろう!」

「仲間って……何言ってんだお前、マジで一回落ち着けっての!」

「仲間だろうが!」

 

 俺の腕を振り払い、ゆらゆらとふらつきながらも、部長は俺に顔を向けキッと睨みつけて来た。

 その目には、疑いようもない憎しみと恨みが込められている。

 だけどその憎しみは逆恨みだ、確かにロボ研が受けた罰はあまりにも過激だけど、それと悠が殴られるのには何の関係もない。

 

「アンタがキレるのも無理はないだろうけど、悠は今回の件には無関係だ! それこそぶん殴るなら綾瀬にあんな事した自分の部員を恨めよ! そっちが先だろ!」

「……っ」

 

 人だかりがさっきまでより増えている。そろそろこの場を納めないと本当にまずい。だから俺はこの状況で一番相手に刺さる言葉を選んでぶつけた。そうすれば相手は一気に黙るかと思ったからだ。

 

 それが、まずかった。

 

 確かに俺の言葉は相手の芯を突いた。でもそれは同時に、最も言われてはならない言葉を吐かせるきっかけになってしまった。

 次にロボ研の部長が言い放った言葉で、俺は悠が何を最も危惧していたのかを理解する事になる。

 

「良いよなお前らは! たとえ誰かがお前らに手を出しても」

 

 

同じ綾小路家の人間がいる園芸部は(・・・・・・・・・・・・・・・・)!」

 

査問委員会に守ってもらえるからな(・・・・・・・・・・・・・・・・)!」

 

 あぁ、終わった。

 まずそう思ったよ。

 

 実態はそんなものじゃない。俺たちは徐々に確実に、咲夜に日常を壊されて来てるのに。

 これで、この一言で、俺たち園芸部と咲夜の査問委員会には、繋がりがあると思われてしまった。

 

 ヤジウマしていた生徒たちも、ざわついている。きっとこの誤った認識は、瞬く間に学園内を駆け巡り、そして『事実』になるだろう。

 

 悠が最も危惧していた事、それは。

 俺たち園芸部が、査問委員会に対する学園内の憎しみの矛先にされる事だった。

 

 

 ──続く──


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