【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた   作:食卓塩准将

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タイトル長くて済みません、でも最終話だけはこれ以外譲れなかった



最終病・ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなって来た

 あの日から、三ヶ月が過ぎた。

 それまでの間、俺の日常は、頸城縁の記憶を思い出してから起きた怒濤の一ヶ月が嘘だったかの様にマトモだった。

 

 渚とはあの後、特に目立つ様な会話もなく、結局あの時の俺の言葉に対して明確な答えを出してもらえないままだ。 しかし、どういう訳か渚の俺に対する態度は元に戻り、今も問題の無いまま一緒に生活している。

 結局俺をもう一度兄として見てくれる様になったのか、妥協と我慢をしているだけなのかは分からないが、とりあえず関係が破綻せずに済んだ、と言う事だけは確かだろう。 あの時の宣言通り、俺はこれからも渚に兄として認めてくれる様に生きていくだけだ。 ……まあ、それが具体的にどういう物なのかがはっきりしていないのがネックなのだが。 そこはそれ、渚の様子や頼りがいのある友人達の知恵を頼りに頑張っていきたいと思う。

 

 綾瀬とも、何ら問題なく過ごせている。 渚との喧嘩の時に頸城の名前を出されたから、その事について何かしらの追求がくる物だとばかりに思い、身構えていたが、肩すかしとなってしまったらしい。 一方、渚とはあの日以降、何となくだが互いの接し方に変化が生じた様に見える。 一見会話や態度は平穏その物だが、具体的にどうとは言えないけれども間違いなく対立している、そう感じさせる気配があった。

 だが、それと同時に根拠無くCDの二人の様な殺伐とした、血なまぐさい展開になる様な気もしないから不思議だ。 単純な敵以外の見方が、互いに生まれているのかもしれない。 願わくばそれが健全な物である事を。

 

 悠に関してだが、どうやら園子の一件で悠の伯父側の人間である校長に責任を押し付けた事で、跡目争いで一歩先を進める事が出来たらしい。 行った行為が個人の暴走による物とされてしまい、実質伯父側にトカゲの尻尾として切り捨てられた校長は、かつての元園芸部顧問の様にろくな説明も無いままその職を追われ、現在は副校長と教頭が限定的に校長の代わりを務めている。 理由は校長のポジションには綾小路家の人間が付く事が暗黙の決まりになっているのだが、誰の息がかかった人間を務めさせるかで小競り合いがあるから。らしい。 金持ちの世界の話は、俺には分からない。

 ただ一つ心配なのが、今回の件がひょっとしたら『面倒な人物を連れて来る事になるかもしれない』という悠の言葉だったが、これに関しては詳しい説明をしてもらえなかったので、悠の杞憂で済む事を祈ろう。

 

 園子は、現在は去年までとはいかなくとも、徐々に早川達とかつての様な関係に戻りつつある様子だ。 あの園芸部室での追求の後、居なかった三人目(悪いが名前を忘れた)も含めた全員で、俺と綾瀬に謝りに来たのには驚いたが、その時一緒に『園子とのすれ違いを正してくれてありがとう』と、礼を言われた事に更に驚いたのは記憶に新しい。 雨降って地固まると言うのか、とにもかくにも園子と連中の一度崩れた友情がどうなるのかは、あいつらの間だけの問題だ、もう俺が口出しする事じゃない。

 それともう一つ、園芸部については、見事に部員が集まり、無事にあと一週間後に迫る夏休みを迎えても、部を存続させる事が出来る運びとなった。 今まで放課後になったら悠やそれ以外の部に所属してない野郎友達と一緒に、道草食って過ごすだけだった日々は、晴れて毎日園芸部の部室に向かい、健全な部活動を行うという新たなモノに変わった。 かく言う今も俺は、授業と掃除とその他諸々(…………)を終えて、園芸部に足を運んでいる途中なのであった。

 

「おーっす、来ましたぜっと」

「あっ縁、やっと来たの? 遅いわよ」

「おつかれさま、無事に未提出の課題の穴埋めは済んだかい?」

「うっ、ま、まあな。 夏休みも補習なんてしたく無いし、なんとかやったよ」

 

 こいつら、人の苦労も知らずに明け透けと……ま、まあ? 確かに英語の課題をすっかり忘れて来たのは俺の落ち度だし、それに対して即席の試験で済ませてくれたのは教師の温情なのだから、文句も反論も一切言えないけどさ。

 

「そんな事より、園子はまだ来てないのか?」

「部長はちょっと幹谷先生に呼ばれて職員室、後で二人一緒(……)に来るそうだよ」

「ああ、そっか」

 

 悠の返答に納得して、俺は二人がいるテーブルに向かい、六人分のパイプ椅子──―今はもう二人が使っているから残った四つのうち一つに腰掛けた。

 ──―まあ、俺個人のヘマでちょこちょこと厄介事はあったりもしたけれど、ヤンデレCDやら死亡フラグやらとは無縁な、平和な日々が今の俺を包み込んでいるのは確かだ。 もちろん、これからも気を抜かずに人生の地雷を踏まない様にしていくし、そもそも地雷を踏む様な状況や展開などを生み出す事すら無い様にしていきたい。

 

「縁、そう言えば私、貴方に聞きたかった事があるんだけど、聞いても良い?」

「ん? なんだ」

 

 ──―ただし。

 

「あの時、渚ちゃんと貴方が久しぶりに喧嘩した時に渚ちゃんが貴方の事『クビキヨスガ』って一回呼んだと思うけど、あれって何の事なの?」

 

 ──―向こうから飛来して来る爆弾に関しては、対処の使用がありません。

 

「──―ッッッッッッ!!!??!??!??」

「あっ、縁凄い動揺してる。 僕ちょっとその表情好きかも」

 

 おい親友、人の危機を前にして愉悦に浸るな。 と言うか、えっ、嘘、マジで? マジで今この状況でそれを俺に聞くの? この三ヶ月全く触れてこなかったのに、何でよりによって二人っきりの時じゃなくて悠まで居るところで聞いて来るの綾瀬!? 

 

「ぁああ綾瀬、いったい何をいきなり」

「うん、私も唐突なのは自覚してるけど……貴方、いきなり聞かないとすぐに誤摩化しちゃうでしょ?」

 

 さっすが幼なじみ! 俺の行動パターンを完全把握してるんだね、ふざけるな。 前々から悠並みに察しのいい聡明な人間だと思っていたが、こんな状況でそれを発揮されても困ると言うか。 冗談抜きでこの状況危機だよ。 いやホント、綾瀬の言う様に全く誤摩化すのに適した言葉が一つも思い浮かばない。

 この状況を打開するのは、俺一人じゃあ到底叶わない。 ここは親友の察しの良さに頼る事にしよう。 そう思って俺は、目線を悠に向けて、『なんとかしてくれ』という意味を込めたアイコンタクトを送る。 するとそれに気付いた悠がにっこりと微笑み、わずかにだが頷いてくれた。 良かった、さっきは不穏な発言もあったが、やはり親友。 俺の危機には力を貸して──―、

 

「そう言えば前ゲームセンターに行って、僕の追求から逃げる為に『……ま、まぁ? 俺が仮に何かお前に言えない事があったとして、それがなんだとお前は言うつもりだ?』って見事に開き直ってたけど、ひょっとしてそれと関係あるのかな?」

 

 こ……こいつらっ、最初っからグルだった……。

 なんでそんな何ヶ月も前の会話を逐一覚えてんだよこいつは。 いくら金持ちだからって飛び抜けた記憶力持ってるのはおかしいだろ、俺も言われて思い出したくらいだぞその言葉!? 

 

「なんで覚えてるのかって顔してるね? はは、当たり前じゃないか。 キミと交わした会話を、僕が忘れるワケないだろう? 親友なんだから」

「親友の範疇を大きく逸脱しているとしか思えないぞ、それ……」

「そんな事より、早く教えてよ。 じゃないと二人とも部室に戻って来ちゃうから」

「う、ううっ……」

「前々から気になってたからね。 キミの性格がちょこっと変わったのにも深く関わっていそうだし。 この際全部話してもらおうかな」

「ううう、くぅぅぅぅ……」

 

 ああ、もう。 ここまで追いつめられたらどうしようも出来ない。 本当に終わりのようだ。

 前世絡みの事を打ち明けて受け入れてくれたのは、あの時の渚が俺個人の人格をさほど重要視していない『ヤンデル』状態だった事が大きく関わっているからだ。 それに対して今居るこの二人は普段はマトモな神経をした常識人。 渚が非常識人だなんて事を言う訳じゃないが、全部を包み隠さず言ったら最後、気味悪がられてしまうだろう。 そうなれば今の人間関係も破綻するしか無い、俺は晴れて変人か気狂いのレッテルを貼られて、二度と二人と友人として過ごす事が出来なくなってしまうに違いない。

 そんなの嫌に決まっているが、かといって黙り続ける事も出来ない。 ここまで問いつめられて沈黙を貫けば、秘密は守れるかもしれないがそれこそ人間関係に亀裂を生じさせてしまう。 下手したらそれが原因で、綾瀬に何らかのスイッチが入ってしまうかもしれない。

 

 言ったらおしまい。 言わなくても詰み。 どっちも破滅の可能性が見えているのなら、せめて、言って受け入れてもらえる可能性が残っている前者を選ぶべきだ。

 ──―よし、決めた。 何度も言う様に、此処までくればもう何もかも終わった様な物なんだ。 だったら俺は──―、今日まで俺に好意を向けてくれた友人達に対して嘘をつかない方向で終わりたい! 

 

「分かった。 言うよ。 でもその前に、二人に一つ聞きたいんだ」

「聞きたい事?」

「何だい?」

 

「──―輪廻転生って、信じるタイプ?」

 

 ……

 

 ──―…………そうして、俺は言えるだけの事は一切合切全部言い切った。 在庫切れの大破綻だ。 ただ一点だけ、『ヤンデレCD』の事だけは言わなかった。 理由は渚の時と同じこの世界が創作物の世界だ、という事を今目の前で確かに生きてる二人に言いたく無かったからと、もう一つ。 思い出したばかりの頃は分かっていなかったが、この世界はれっきとした一つの、確たる世界だからだ。

 今言った様に二人は創作物のキャラクターとしてではなく、一人の人間として今まで生きて来たし、もはやCDだけで知った誰とも違う、唯一無二の存在だ。 そんな人間が生きるこの世界を、『前世で聞いた創作物の世界』だなどと呼ぶのは甚だ間違っている。

 だから、言わない。 言えないではなく、言う必要が無いんだ。 間違っている事をわざわざ口にする事は無い。

 そして、俺の言葉を聞いて二人が向ける反応に、俺がどうこう口にする権利も、無い。

 

『…………』

 

 俺が言い切った後、二人は顔を合わせて何か目線で会話でもしてるのかと言わんばかりに沈黙している。 一方俺は『さて、帰る用意でもするかな』なんて現実逃避じみた思考に脳みそを働かそうとしていた。

 が、しかし、そんな俺の逃避行は見逃さないとばかりに、これまた唐突に、悠の口が開かれた。 その口から紡がれる言葉は、拒絶なのか、受容か。

 

「──―はは、凄いな!」

「……へ?」

「凄いって言ったのさ。 それはつまり、アレかい? もう一人の僕って奴なのか? キミの中にもう一人のキミが眠ってるって事なんだろう!? なんてファンタスティック! オカルトが現実に昇華したんだね!?」

「いや、あの、綾小路さんや。 普通そこは俺の正気を疑うところなんじゃ──―」

「疑うワケないさ、縁の言葉なんだもの! キミの言葉が嘘か偽りかだなんて、目を見れば簡単に分かるよ、そんな事よりさぁ、今度僕の父が経営している病院で、縁の脳を調べさせてくれないかな!? ああ安心して、何もかっ捌いたりちくちくいじったりする訳じゃないんだ。 脳波を調べたり構造をスキャンで分析したりするだけさ。 何せ前世の記憶なんて非科学的な事象をキミの脳は観測しているんだからさ! 勿論タダで、なんて言わないよ? キミの望む限りの額を払うつもりだから、何なら僕の家に一緒に住まないか、そうだその方が病院で調べるよりも早く済むし、キミと一緒に過ごせるんだから一石二鳥だ! ぜひともそのように──────」

 

「ストップ!! 綾小路くん、いくら何でも興奮し過ぎだってば!」

 

 あの時の渚なんてかわいく思える程に発狂じみた勢いでマシンガントークをかまして来た悠に戦く俺に変わって、綾瀬が悠を止めてくれた。 『ああ申し訳ない。 つい……』なんてはにかみながら口を閉ざす悠を後に、緊張が無くなったのか軽くため息をこぼしながら、綾瀬が俺に言った。

 

「──―まあ、綾小路くんの反応はオーバーだけど。 私も……貴方の言った事、信じるわよ? それは勿論、ちょっとだけ……ううん、かなり驚いたけど」

 

『でも今の綾小路くん見てたら吹き飛んじゃった』なんて軽く笑ってみせる綾瀬。 俺はその言葉が嬉しいのに信じられず、せっかく良い方向に受け取ってくれたのに、わざわざ二人に対して問いかけてしまう。

 

「なあ、どうして二人そろって簡単に信じちゃうんだよ!? 普通に考えて俺の発言って頭がおかしいとしか思えないだろ!?」

「何でって、わざわざ言う必要あるかい?」

「まあ、私もうまく言葉にはできないんだけど。 あえて言うなら──―」

 

 そこで一旦言葉を止めて、綾瀬がぐるりと部室を見回し、その後天井に指を指してから、こう言った。

 

此処(……)が、理由かな?」

「此処って……部室が?」

 

 言葉の意味がいまいち掴めない俺に、補足する様に悠が言葉を繋げる。

 

「今あるこの部室は、少し前までの縁では作る事が出来なかった場所だ。 クビキヨスガという他者の記憶を思い出したキミが、部活動を始めようと決心して、色々な部活を回って、柏木さんと出会って、柏木さんのいじめを止めようと頑張って、僕たちと一緒に園芸部に入って……そう言った一つ一つの行動の軌跡と蓄積から、園芸部とそこに所属する僕らが居る。 繰り返すけど、それはただの野々原縁だけでは決してなし得なかった結果だよ」

「そう、だから──―貴方の言葉が真実かどうかなんて分からなくても、貴方のして来た行動が、私たちに貴方の言葉を信じさせたの。 ……それで納得、してくれる?」

 

 ──―そっか。 うん、そうか。

 俺は今日まで、自分で言うのもなんだが、色々精神すり減らして、頑張って来たつもりだった。

 前世の記憶思い出したら、幼なじみや妹に殺される可能性の高い世界だと知って絶望したり。 彼女らの言動に逐一ビビったり。 その場を凌ぐ為の言葉や行動を頭からひねり出したり。 わざわざ死ぬ可能性を増やしてまで園子のいじめを解決しようとしたり。 挙げ句の果てに渚と今までに無いくらいの大喧嘩をしたり。

 ──―死にたく無いのに死にたくなって来る様な、そんな経験を短い期間で沢山経験してきた。 でも、それが巡り巡って、今彼女と彼が言ってくれた言葉の様に、本来異常者として忌避される様な俺の言葉を受け入れてくれる礎になっていたのなら。 それは、本当に善かったと言える事なんだろう。

 以前に、月の光が煌煌と照らす公園で、園子に言った言葉を思い出した。

 

『じゃ柏木、後は任せてくれ。 お前の寄す処(よすが)は俺──―俺達が守ってみせるからよ』

 

 なんて事は無い。 この言葉は最終的に、俺の寄す処を守る事になった。 俺は自分では意識していないうちに、自分の拠り所を作っていたんだ。 その事に、今の今まで気付かなかっただけ。 何だよ、渚の時と言い、俺って分かってるようで気付いてない事だらけじゃんか。

 

「ありがとう……本当にありがとうな、二人とも」

 

 気がつくと俺の目にうっすらと涙が浮かび始めていた。 それを誤摩化すのも兼ねて、俺は二人に深々と頭を下げた。

 そんな俺に、綾瀬が逆になじる様に言い寄って来た。

 

「と言うよりも、言ったら私たちが距離を取るって思ってたの? それって少し心外かも。 私ってそんなに薄情な人間だって思われてたのかな……」

「うん、僕も。 まさか親友にそんな軽い男だと思われてたなんて、ショックだ」

「え、うええ!? なんでそうなる!? いや二人ともちょっと待ってくれ! 俺は別に二人を軽んじてた訳じゃなくてだな──―」

 

 まさかの展開に浮き出た涙も引っ込んで、俺は頭を上げて慌てて弁明しようとした。 と、そこで二人の顔を見やると、なんと言葉とは裏腹にくすくすと笑みを浮かべつつ、今現在必死な顔になっているであろう俺を見やっていた。 つまり、はめられたのだ。

 

「っ〜〜お前らな!? ちょっとさっきから俺を弄ぶ方向で息が合いすぎてないか!?」

「ほーら、ようやっと普段のキミに戻った!」

「うるせえこの金持ちのボンボンが! こちとら必死な気持ちで話したのに笑いやがって、今度特上フカヒレでも寄越せ畜生!」

「うん、いいよ。 なんなら今週の日曜にでも宮城の気仙沼に行って新鮮なフカヒレを買いにいこうか?」

「いや、そこをすらっと言うなよ……でも本気なら後でよろしく」

「そこは貰っちゃうんだ……」

 

 綾瀬のささやかな突っ込みを耳に挟みつつ、その後俺たちは、直前の会話など無かったかの様に、至極当たり前の学生の会話を続けていった。 その充実感は、今までに感じた事の無い程の物だったのは言うまでもない。

 

 ……

 

「あ、来たみたいだね」

 

 廊下から聞こえて来る二人分の足音に最初に気付いた悠がそう言った。 その言葉通り、直後に部室の扉が開かれ、先程まで空席だった二人が姿を現した。

 

「あ、縁くん、もう来てたんですね。 ちょうど良かったです」

 

 一人は我らが部長、柏木園子。 あの日から自分に自信が付いたのか、雰囲気は随分と明るくなった。

 そして、もう一人は──―、

 

「お兄ちゃん、夏休みは補習受けずに済みそう?」

 

 俺の夏休みを心配する、妹の渚だ。

 ……そう、渚である。 園芸部中等部3年生、野々原渚である。

 どうして渚が? と思うかもしれないが、実は俺と渚が喧嘩をした翌々日の月曜日、初めて俺たち二年生組で園芸部に集まって、これから園芸部を再起動しようと話し合いを行っていた時。

 

『私も、園芸部に入ります!』

 

 と、既に記入済みの入部届けを持って来た渚が現れ、まさかの園芸部入りを果たしてしまったのだ。

 当然驚く俺と綾瀬だったが、悠はこうなる事を予期していたかの様ににまにまとするだけだったし、園子も一年生が入ってくれる事を素直に歓迎するばかりで、しかも俺の妹だと知るや否やなんか特別可愛がり始めて、気がつくと何も言葉を挟めないまま怒濤の勢いで全てが決まっていた。

 何より、その後に俺の顔を見ながら恥ずかしげに渚が言ったある言葉に、俺はもう何も言えなくなってしまったのだ。 その言葉とは──―、

 

『こ、これから……お兄ちゃんの事、お兄ちゃんがどんな人なのか知っていくから……だから、(あたし)の事も近くでみてね……ヨスガ(……)

 

 俺だけじゃなく、渚からも俺を理解する様に歩み寄ってくれると言うのだから、当然俺にその言葉を拒絶する事なんて出来る筈がなかった。 最後に『お兄ちゃん』じゃなくて『ヨスガ』と呼んで来た事に、妹相手ながらドキッとしてしまった事や、綾瀬がなんか恐い気配を噴出したりしたが、一番最初に言った様に、今日まで至って普通の園芸部として、俺たちは活動していた。

 

「それで部長、幹谷先生とはどんな話を?」

「あ、はい。 先生とは夏休みに行う合宿についての話をして来たんです」

『合宿?』

 

 俺と綾瀬と、渚の声が重なる。 頷いてから園子は、嬉しさを隠す事無くにこやかに微笑みながら話を続ける。

 

「せっかく部員がそろって園芸部も再開出来たので、お祝いも兼ねてどこかに合宿をする、という話になったんです。 場所や日時は私達で決められますから、実質旅行と同じ、ですね」

「へぇ、良いじゃないそれ! せっかくなら普段行かない様な場所にしたいなあ。 貴方はどこにしたい?」

「俺は、う〜ん。 こういう経験無いからすぐに思い浮かばないな、渚は?」

「私はお兄ちゃんが行きたい所なら何所でも良いよ」

「ちょっと渚ちゃん、それだと縁が困るでしょ? ちゃんと具体的な場所を言わないとね?」

「それなら綾瀬さんだってお兄ちゃんに意見丸投げしてるじゃない、一番お兄ちゃんが困ってるのは綾瀬さんに対してだよ、気付かないの?」

「な……」

「はいはい、二人とも落ち着いてね。 部長、行き先の候補だけど、僕の家族の別荘なら問題ないよ?」

 

 あ、やっぱり別荘とか持ってるんだ。 そうだよな、ややステレオタイプな見方かもだが、やっぱ金持ちなら別荘の一つくらい──―、

 

「太平洋沖に孤島を幾つか所有しているんだけど、インフラもしっかり整備されてるから、問題ないよ?」

「持ち過ぎだろ綾小路家!?」

 

 訂正、やっぱ綾小路家って闇が深いわ、深すぎるわ。

 

「孤島丸ごとですか! 凄いんですね、綾小路君のご家族は」

「それほどでも。 でももし部長がそこにすると言うなら、可能な限り最高のおもてなしをするつもりだよ」

「それはありがたいのですけど、今回はやっぱり部活の合宿、という物がメインですから、私が行くから特別扱いと言うのはいいですよ」

「そうです? なら極普通の別荘として。 島には本土には無い珍しい植物も多いですから、きっと気に入ってくれると思いますよ」

「珍しい植物、ですか? それはとっても素敵ですね!」

「なら決まり、で……良いかな? 三人は」

 

 面白いくらいにすらすらと会話が進んでいくが、俺に異議はない。 それは綾瀬と渚も同じのようで、三人ともそろって頷くと、悠は両手をパンと叩いて嬉しそうに、

 

「決定だ。 島だから当然海もあるから、みんな海水用具を持っていくと良いよ」

「そっか、なら水着も新しいの買わなくっちゃなあ……ねえ縁、土曜日に一緒に買いに行きましょ!」

「俺とか? まあ……うん、いいけ──―」

「──―綾瀬さんごめんなさい? お兄ちゃんは私と買いにいくから行けないの」

 

 綾瀬の水着姿を想像して、多少躊躇いながらも了承しようとした俺の横から渚が口を挟み、そんな事を言い出した。 当然のように、綾瀬は渚に言い返す。 ちょっと待ってくれ、この展開嫌な予感しかしないんだ。 少し時間を、

 

「渚ちゃん、先に縁に声かけたの私だよ? ヤキモチ焼くのは分かるけど、子供みたいな事やめよう?」

「順番とか関係ありません、お兄ちゃんは家族だもん、なら妹の方を優先するのは当然ですから。 ね、お兄ちゃん?」

 

 あ──────もう! やっぱりまあた面倒な事になって来た。 どっちを選択してもろくな未来になる気がしない。 というか何だこれ、何だこの展開、普通ならニヤけても良い筈なのにどうしてこんな背筋が凍って来るのさ! なんで地雷踏まない様に気をつけてるのにそっちからやって来るのさ。

 

「この際、二人で買いにいけば──―」

「却下」

「お兄ちゃん? 渚はお兄ちゃんと一緒に行きたいって言ってるんだよ?」

 

 やばい、分かってたけど第三の選択肢が瞬殺された。 こうなったら今度こそ、親友の力を借りるしか──―、

 

「モテモテだね、縁!」

「あ、あの……頑張ってくださいね?」

 

 ふっざけんなよテメェ等!? 一見気軽そうでこちとら人生の生死を決める分岐点に立ってんだぞ現在進行形で! 

 そんな風に俺が本日二度目の裏切りに怒り嘆いていると、沈黙に耐えられなくなった二人が目の前に詰め寄って来た。

 

「お兄ちゃん!」

「縁!」

 

「〜〜っ、あぁ、ったく……」

 

 ──―こんな、ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて俺は、もうこの言葉を呟かずには居られなくなってしまった。

 

「──―死にたくなって来た」

 

 

 

 

 ──―THE・END


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