その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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正体不明の交流

 

 デミウルゴスの朝は早い。

 

 ナザリックの組織運営において、アインズの口から「要」だと評価を受けているのがアルベド、そしてデミウルゴスである。

 彼らが受け取る情報量は半端ではなく、スクロールの供給問題を始めとした解決策もほとんど自らで編み出さねばならない。嘆いてもいいレベルだが、それでもデミウルゴスは──無論、アルベドも──生甲斐を感じていた。

 

 造物主の役に立てる。多忙であるという事は信任と重用を意味する。

 多くの責務が与えられるというのは何よりの報酬であり、誇りであった。

 

 ただ、今日からは、普段よりも意識を引き締める必要がある。

 ぬえの帰還によってナザリックは一部役職に異動が行われた。命蓮寺はぬえ直属の独立部隊として、ぬえの命令を優先する事が許される名誉を得た。そしてデミウルゴスも、ぬえの補佐官として新たに任命されている。その為に、聖王国の拠点より戻ってきたのだ。

 

 今までとやること自体は変わらない。

 だが、至高の御方と共に行う誉を前にすれば、デミウルゴスの意識も当然高まる。それも造物主ウルベルトとの交流が深かった御方。これでやる気に満ちないのであれば、己は洗脳を受けているか偽者であると断言できた。

 

 いつも以上に厳しく整えた身だしなみを今一度確認し、指定された執務室の前に立つ。

 既に扉は開かれており、視界の先には、至高の御方であるぬえが既に座っていた。

 

 動揺は一瞬で消える。無論、先に席に着いているなどとデミウルゴスは知らなかった。しかし、この御方は他者に畏れや驚愕を抱かせる事を悦びとされる方。『至高の御身を待たせてしまった』という重圧を悪戯として用いることはおかしくなく、ゆえに、これはテストでもあると瞬時に理解する。

 

 デミウルゴスは優雅な動きをもって深々と一礼し、見る者が惚れ惚れするほど自信を感じさせる歩き方でぬえの前までたどり着いた。

 

「封獣ぬえ様、本日より御身の傍に仕えますデミウルゴスです。まずは遅参をお許しください」

「……さすが、デミウルゴス」

 

 ぬえの感心したような声調に、デミウルゴスは自身の推測が正しかったことを確信する。

 命じられた仕事は多岐に渡るが、それは今までの体制でも問題なく継続できたものだ。そこにぬえが割り込む形となる。アインズの考えを全て見通しているであろうぬえの傍にいれば、深謀遠慮の体現者であるアインズの複雑な計画もより円滑に進みやすいはず。しかしぬえがいるからと、唯々諾々な補佐などに転がり落ちて業務に淀みが出るならば本末転倒だ。つまりデミウルゴスには、「今まで通りを維持した上で自分の傍に立つ能力」が問われてくる。

 

 最初の負荷テストはクリアした。

 おそらくは後、三度ほどは試されると改めて気を引き締める。

 一方でぬえは上機嫌といった様子で、3対の翼を揺らして歓迎の態度をみせた。

 

「うん、よく来てくれたね。今日からよろしく」

「はい、ぬえ様」

「アインズ様のような威厳はないけど、これが私だからね! こんな具合に砕けているから気を楽にしよう!」

 

 この上なく機嫌がよさそうなぬえだったが、嬉しいのはデミウルゴスも同じだ。

 上下関係が揺るがされる事はないが、記憶にある造物主ウルベルトとぬえの会話は、親しげで砕けたものだった。それを自分の前でも振舞われるということは、信認の証と同義だと。

 

 ちなみにぬえは単純にやっとぬえっぽくやっていけそうだとテンションが高いだけである。最初の感心も、ウルベルトが作り上げたNPCとしての美しさに見惚れただけだ。最初に到着したのも、平社員であった生前の習慣で早朝出勤が当たり前になっていたからに過ぎない。

 互いの心中を知らないというのは実に幸せなことと言えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ぬえは楽しかった。

 彼、デミウルゴスの一挙一動は素晴らしく、最上位の悪魔はこうあるべきというウルベルトの想いが具現されている。勘違いか郷愁か、彼からウルベルトを感じるのも嬉しい。先日の雑談で、NPC達は仲間達の子供のようだとアインズが語っていた事を思い出す。

 

(ただ、驚いてくれないんだよね。なんか悔しい)

 

 あれから、思い付きで、特殊技術(スキル)〈枯れ尾花の幻惑〉を用いてみたのだ。

 ぬえとしては、困らせるぐらいはしたかった。対象に向けて、原作的には「正体不明の種」というべきエフェクトを飛ばす。

 すると、プレイヤー視点で対象の外装データが滅茶苦茶になるのだ。ユグドラシルではランダム仕様であったが、ここではバッドステータス『恐怖』とはまた別の『恐怖』を湧き起こす能力に変わっている。アインズで実験したのだから間違いない(あらゆる物が、今にもアインズを押し倒そうとするアルベドに見えたというのはどうなんだと思ったが)。

 直接恐怖を植え付けるのでなく誘発させるという仕様の都合、感情ある者には大なり小なり必ず影響があるはずだ。

 

 デミウルゴスが手に取った報告書は、デミウルゴスにとって「恐怖の対象」として映ったはずである。しかし彼は、楽しそうに「御戯れを」と落とす事すらせずに読み上げていた。絶対に読める文章になっているとは思えない。既に頭に入っていたのだろう。

 

(どんだけ頭いいんだろう。サルベージした漫画に死のノートを使う天才がいたが、あれと同レベルか?)

「……そして、現在ナザリック運営に必要な資金等の管理はアルベドが行っておりますので、我々は目下の問題解決に取り組んでいるところであります」

 

 感心していたら一部の話をすっ飛ばしてしまった。

 重要な部分を聞き逃してはいないと思うが、質問されても厄介だ。

 ぬえはいかにも納得したという調子で頷くと、先にデミウルゴスに訊ねる。

 

「アインズ様の計画、その全容は理解しているけど、今デミウルゴスが特に進めているものはなにかな?」

「アインズ様が命じられた中ですと、羊皮紙の供給問題ですね」

「スクロールか……厄介なものだね」

 

 ユグドラシルと勝手が違うのは、ぬえも重大性を理解できる。

 自分だったら、何から手を付けていいのかすらわからない。そんな状態にも拘らず、慎重に事を進めていき、ひとつひとつ解決しようとするアインズに尊敬の念が尽きない。

 そういえば、対外的にアインズはアインズ様と呼称することにして久しいが、彼はあまり好ましくはない様子だった。

 自分も違和感がないと言えば嘘になるが、純粋に敬意の表れでもあるのだから受け入れてほしいとも思う。オフではいつも通りなんだし。

 

「羊皮紙につきましては、聖王国の拠点にて、色々実験を行っております」

「質が悪いって聞いたけど、良い動物でもいたのかな?」

「名前はまだ決めかねておりますが、活きのいい動物を複数捕獲致しました」

 

 どこか愉悦を混ぜたような声調に、ぬえは首をかしげる。

 しかし、問題の解決に繋がりそうなのだから当然だと納得した。

 

「動物か……牧場ってことかな」

「はい、なかなか生甲斐を感じておりますよ」

 

 牧場に生き甲斐? とぬえはまた首をかしげた。

 仕事すべてに生甲斐を覚えるのはデミウルゴス──NPC全てに言えるが──らしいとは思うが、彼と牧場が上手く結びつかないのが本音だ。

 

「デミウルゴスらしくはない、かなー……私やウルベルトさんなら、動物は他に任せて人間の有効活用を……」

 

 治癒魔法の実験というものもアインズから聞かされたが、思わず実験現場を観たいと言ってしまったほどだ。「封獣ぬえ」は人間を驚かせる事を愉悦とする妖怪ではあるが、恐怖や悲鳴そのものも妖怪として好ましい。

 恐怖に歪む人間、というのを想像するだけで喜悦の感情が起こる。

 

「皮、皮か……」

 

 人間の皮で出来た本というのもユグドラシルにはあった。クトゥルーな要素も色濃かったゲームであり、神話生物系モンスターを呼び出す為のトリガーアイテムやクトゥルー系職業の転職アイテムだった。人間の皮が羊皮紙に変わるとは思えないが、試す価値はありそうだ。

 

「他に何があったかな……エフィジー・マウンドに人間の骨を用いたものが……」

 

 独り言を漏らしながら思案していると、デミウルゴスが喜色満面といった様子でこちらを見ていることに気が付いた。何が嬉しいのか皆目見当もつかない。

 ちょっと吃驚した調子でぬえは訊ねる。

 

「どうしたの?」

「ぬえ様……私が試験運用している牧場を見学されますか?」

「牧場を?」

「はい、良い機会ですから」

 

 いつになく深い微笑みを浮かべたデミウルゴスの提案、何かあるのは間違いない。牧場は外、つまりナザリックが転移したという外の世界も知れるということだ。動物に興味はないが、外には強い興味がある。ぬえは、笑顔で頷いたのだった。

 




アインズ様に暗黙の了解として流してもらおうと思ったら、堂々と認めてくれるチャンスが手に入ったよ!
デミウルゴスはそんな心境です。

原作でも台詞の上では普通に殺そうとしてくるぬえですが、神主曰く掛け合いにすぎないっぽくてよくわかりません。
少女の遊びに主眼を置くか、妖怪の本性に主眼を置くかで受け取り方が変わりますね。正体不明で素敵。
でもナズーリンの子ネズミは人肉がお好き。

ですが、このぬえや命蓮寺NPCはあくまでユグドラシルの異形種です。
その精神は身体に完全に引っ張られており、『本当は怖い幻想郷』状態ですのでご注意を。

・デミウルゴス
ナザリック最高の知恵者が1人。カルマ値-500の極悪キャラ。彼にとって人間はただの玩具。ただ身内には優しい。例外としてアルベドにはちょっと警戒してるし警戒されている。あとセバスとは折が合わない。
創造主ウルベルトが全力で設定したからウルベルトの性格そのものはないようでいて、「セバス(たっち・みー)が嫌い」など、無自覚な部分でしっかり名残がある。

・ウルベルト・アレイン・オードル
至高の41人が1人。悪に対するこだわりが強く、「アインズ・ウール・ゴウン」が悪のギルドということもあって、彼の意見は結構ナザリックに反映されている。ただ、所謂中二病寄りであり、本当の巨悪というわけでもなく偽悪的側面も強かったとのこと。
社会への憎悪が著しいプレイヤー。その為、所謂勝ち組だったたっち・みーとはよくケンカしていた。
魔法職最強のワールド・ディザスターで、アインズ・ウール・ゴウンでも火力最強。所謂超火力黒魔大砲。MPが切れたら詰むので、ぶっぱタイミングが大事。
明言されていないが、ユグドラシル最終日の行動が不穏であり、死亡している可能性がある。

・〈枯れ尾花の幻惑〉
独自設定。幽霊の正体見たり枯れ尾花より。
アイテムに用いれば外装データ偽装効果、対象に用いれば、対象視点のあらゆるアイテムが恐怖効果を誘発する外装データへ変更される。ユグドラシルではランダムに外装データが切り替わったが、この異世界では最適化されている。

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