その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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コキュートスや武人建御雷の設定については作者の独自解釈が多分に含まれているのでご注意ください。
時系列は本編終了後となっております。


『番外』ぬえVSコキュートス前編

 トブの大森林、その北の地にはひょうたん型の大きな湖がある。

 湖の南にある大湿地こそ、ナザリックが支配したリザードマン達が住まう土地だ。現存する部族全てが連合として統合されたこの連合村は、コキュートスの統治により、豊潤な食料と安寧が約束され平和な日々を過ごしている。

 

 アインズ・ウール・ゴウンが祀られる聖殿から最寄りの天幕にて。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様に栄光あれ!」

「「「アインズ・ウール・ゴウン様に栄光あれ!!」」」

 

 円形のテーブルを中心に座るリザードマン達が、上座に向かって杯をあげる。

 この場にいるリザードマン達は皆が上級職に位置する存在だが、明確に序列がありそれは円卓でも席次として現れている。少なくとも最上位は彼らを統治するコキュートスなのだが、入口から最も離れた位置が1番の上座、そこにコキュートスはいない。あるのは骨のみで作られた美しい椅子。その両隣にコキュートスとリザードマン部族連合長シャースーリュー・シャシャが座っている形だ。

 

「定例会議モ終ワッタ……各々ノ成果ニアインズ様ハオ喜ビダ、存分ニ労ウガ良イ」

「コキュートス様、ありがとうございます」

「「「ありがとうございます!」」」

 

 今回は、コキュートス自らが出陣した支配地域拡大の為の遠征、その勝利を祝うものだ。1集落を支配下においたに過ぎないが、被害もなく抑える事ができたのは目出度いことだとこうして祝いの席が設けられている。実際に出陣したリザードマンの戦士達はまた別の所で祝っている事だろう。

 

 彼らは口々にコキュートスの雄姿やアインズの偉大さを称えた。そこには恐怖心からではなく純粋な敬意、いや信仰がある。実験の上占領という形で支配下にこそ置かれたが、ナザリックの者達はリザードマンの食糧問題を解決し、繁栄を約束してくれたからだ。

 

(ウムゥ……)

 

 ダグザの大釜と呼ばれるアイテムで作られた魚を嬉しそうに食べながら、アインズの名を讃えるリザードマン達。コキュートスも初めは誇らしく、また心から嬉しかった。しかし、徐々に燻るような不満が芽生えていく。

 

 彼らは、一言も『封獣ぬえ』の名を出さないのだ。

 

 理由はわかる。この連合村の祭壇にある像はアインズ・ウール・ゴウンのみであり、ぬえの姿はない。また、リザードマンへのあらゆる物資もアインズ・ウール・ゴウンの名において提供されている。更に、直接彼らに実力の一端と死者復活の奇跡を見せたのもアインズ・ウール・ゴウン。ぬえはなにもしていないのだ(原因:アウラの要塞半壊させて落ち込んでいたから)。

 

「どうかされましたか、コキュートス様?」

 

 恐る恐ると言った様子で幹部の1人が、コキュートスに訊ねる。どうやら、無意識のうちに不満が冷気となって吐き出されていたらしい。手元の魚が完全に凍り付いている。

 

「スマナイ……考エ事ヲシテイタ」

「コキュートス様。なにか我らが粗相をしたのであれば、叱咤も罰も御遠慮されることはございません」

「シャースーリュー……」

 

 祝いの席の空気を悪くしたかもしれないと、コキュートスは謝罪で流そうとした。しかし、シャースーリューの進言に思わず口から冷気が漏れる。不満を抱いているとわからなければ、リザードマンに非があるというような発言はしないだろう。見抜かれていると理解したコキュートスは、素直に心情を吐露する。

 

「オ前達ガ、アインズ様ニ心服シテイルノハワカッテイル。ダガ、ヌエ様ヘノ言葉ガ無イ。ソレガ少シナ……」

 

 リザードマン達の表情にあるのは、困惑だった。ぬえに対してどういう賛美を口にするべきなのか、と。

 彼らは当然、ナザリックの幹部とも言える存在の名と顔は全員知っている。デミウルゴスが稚魚用生け簀の技術を提供しに訪れた際、「ナザリック守護者などの顔名前も把握させておくべきだろう」と幻術などを利用して改めて彼らに教えている。その際は、封獣ぬえとは『アインズ・ウール・ゴウン様と同じ至高の存在であり、アインズ様が心から愛する姫君でもある』といった形で説明を受けていた。だからこそ、逆にアインズ・ウール・ゴウンの方に意識が向き、ぬえに対する認識がよくわからないことになってしまっていた。無論視察に訪れたりすればリザードマンは皆、平伏して出迎えるだろうが。

 当然だが、ぬえもアインズもこんな説明されてたことなんてこれっぽっちも知らない。

 

「アインズ様と同格であるとされる、封獣ぬえ様ですか」

「ソウダ。アノ御方ハ、我々ナザリックノ為ニ命スラ捨テラレタ尊キ至高ノ存在。ヌエ様ガ、コノ地デ御力ヲ見セテイナイ以上、オ前達ガ不敬トイウワケデハナイノダガ、ナ」

 

 コキュートスは、懐かしむように天幕の屋根を見上げる。ぬえが帰還した時の話は今でも鮮明に思い出せた。至高の存在でも勝ち目が薄くなるというナザリックの脅威。見捨てれば助かったその命を、失ってでも戦いぬいた封獣ぬえへの尊敬と忠誠は武人の観点のみで判断しても天井知らずだ。

 

「封獣ぬえ様は姫と聞きます……実力と言われましても恐れながら想像が」

「ンヌゥ……ソレモソウダナ。オ前達ハ、アノ御方ノ実力ヲ図レヌノカ……」

 

 封獣ぬえが望むのであれば、聖殿には封獣ぬえの像も建てられただろう。しかし、彼女はそれを拒否した。死すら支配する者として崇められるのはアインズのみで良いと。至高の存在に序列を求めるぬえの考えもコキュートスは理解できる。それでも一度生まれた不満が消える事はなかった。だが、言葉でのみぬえの偉大さを語っても、それは「コキュートスが言ったから」「アインズの嫁だから」といった理由でのみの崇拝となり決してぬえ本人への畏敬とはならない。コキュートスは、ぬえの実力を彼らに知ってほしかった。

 

(デミウルゴスニ、マタ相談デモスルベキカ……イヤ)

 

 解決は簡単だ。ぬえの実力を単純に見せつけてやればいい。この村への視察と何らかの催しで封獣ぬえのアピールはできないだろうか。少しでも同僚にして友人であるデミウルゴスの頭脳に追いつけるようにと、コキュートスは懸命に頭を回転させる。そして閃いた。

 

「ヌエ様ニ、一度コノ地ノ視察ヲ嘆願シヨウ。アインズ様ノ全権代理者デモアラレルアノ御方ガ、コノ地ヲ気ニカケヌハズモナイ」

「コキュートス様、ぬえ様は偉大なる支配者であられるアインズ様と同格の方だと私共は聞かされております。相応しい歓待が務められるでしょうか」

 

 畏れ多いとばかりにシャースーリューが言う。それにコキュートスは落ち着き払った様子で答えた。

 

「問題ハナイ。全テノ準備ハ此方デ行ウ」

「はぁ……?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 翌日、ナザリック地下大墳墓第9階層執務室。

 

「それで、コキュートスは私に視察してほしいと」

「はい」

 

 普段はアインズが業務をこなす執務室にて、ぬえは報告書に目を通しながら首を傾げた。ナザリックのシモベ達による要望書のようなものに、確かにコキュートスの名でぬえ指名で視察の希望が書かれていた。だが良き統治者として君臨しているコキュートスの所に、わざわざ自分が出しゃばっていい結果をもたらすだろうか。アインズが赴くならばわかるが、ぬえはリザードマンの地では名前ぐらいしか伝わっていないはずだ。

 

「視察目的が聖殿に私の像を建設するとかいう類だったら即時却下だからね?」

「いえ、コキュートスはそのような事は申しておりませんでしたが……」

 

 アルベドの言葉に、ますますぬえはわからなくなる。

 こういう時、アインズならば思いつくなりアルベドの知恵を上手に借りるなりできるのだが。

 

「ぬえ様。不敬ながら、私が抱いている疑問を言葉にしてもよろしいでしょうか?」

 

『封獣ぬえ』の頭脳労働は悪戯専門だから私は悪くないと脳内で言い訳していると、アルベドが笑顔を崩さぬまま訊ねてきた。言葉こそシモベとしてへりくだった物言いだが、以前ならば黙して無暗に訊ねる事はしなかった。質問は重要な案件のみであり、前置きはいらない類の大事な質問だ。だから、今のアルベドは己との距離が近づいているとぬえは実感している。返事が自然と機嫌のいいものになるのは仕方のないことだった。

 

「なにかな? 聞かせてよ!」

「ぬえ様は、御自身がアインズ様のように崇拝される事を好ましく思われないのですか?」

 

 特に咎めるような視線でもなく、不満と言うわけでもない。ただ純粋にぬえに対する疑問としてアルベドが訊いている。それが嬉しくて、ぬえは上機嫌に翼を揺らす。

 

「アルベド、私が至高の41人で何を司るか言ってみて」

「未知、でございますね」

「そう。だから私は、私の正体が明確になるのが好きじゃないのさ。この姿が私の正体みたいなものだからね。威光を示すなら結局は姿を晒す必要もあるし、拘りすぎている訳でもないけれど、彫像はねー」

 

『封獣ぬえ』が人間に封印される事となった理由は、少女の姿だとバレてしまったから、というものがある。オマケにこの姿では怖がってもらえないからと、脅かす際は姿を隠す事が多かったようだ。だから『封獣ぬえ』は少女であるこの姿が『封獣ぬえ』として世間一般に広まる事を良しとしないはずである。ならば、可能な限り自分の彫像などは作らせないというのがぬえの考えだ。

 

『至高の写真集』だの『正体不明の翼』だのといった本がシモベ達の間でこっそり出回っている事などぬえは知らない。そしてそんな事を教えるはずもなく、アルベドはいつもの微笑みを浮かべたまま「そういうことでしたか」と納得した様子を見せていた。

 

「でもまぁ、断る理由もないか。アルベド、視察日程をアインズさ──んが帰宅する日に合わせてくれる? 私が全権代理者として君臨中は外出禁止の罰、まだ期間終わってないんだ」

「畏まりました」

 

 外出機会は逃がさない。遠征時に見るべきものは見たので真新しいものは聖殿や生け簀ぐらいだとは思うが、外に出れるならそれだけで嬉しい。欠点は視察という仕事なので上位者として君臨する羽目になりそうだということぐらいだった。ぬえっぽくできない事を惜しんでいたぬえだったが、アルベドが視察の予定を語りだした時に目の色を変える事になる。

 

「……連合村連合長シャースーリュー・シャシャとの挨拶を終えた後、各ポイントを視察。コキュートスがかつて戦った決戦場に移動。そこで、コキュートスがぬえ様と模擬戦を行いたいとの事ですが……」

「模擬戦?」

「はい。至高の41人であられる封獣ぬえ様の威光を示す一番は恐怖ですが、統治方針に合わず。故に武による威光を……ってこれやっぱりコキュートスの政策じゃなくて願望ね」

 

 最後の方は素が混ざっていた気がするが、ともかく視察ではコキュートスとPvNが行われるということだろう。最初の模擬戦は完全に馴らし運転。次に王都で存分に槍を振るいはしたが、あれはオーエンとしての縛りプレイもあった。封獣ぬえとして、互角以上の相手と模擬戦をするのは初めてとなる。

 

 ニヤリ。

 

 そう、表現するしかない笑顔がぬえの顔に浮かぶ。

 

「アルベド」

「はい」

「コキュートスに伝えろ。すごく、すごく楽しみにしている。だから私から本気を引き出せば望む褒美を取らす、と。それとアウラ、マーレも連れていく。今度は観客に余波を与えるわけにはいかないようだからね」

「畏まりました」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ギルド“アインズ・ウール・ゴウン”は全盛期ではユグドラシルの全ギルドで9位というまさに最上位の存在として君臨していた。そのメンバー41人はほとんどが基本廃人であったのは言うまでもないが、最強はいても明確な強さ序列は存在しなかった。相性というものが大きく、その相性すら越えた強さにあるのがたっち・みーとウルベルトなだけだ。

 だが、大体どの強さかはわかる。封獣ぬえは、弱い方だった。理由は初見殺しに特化し過ぎた性能だ。ユグドラシルは未知を暴いていくというコンセプトのゲームだ。ぬえの情報もギルド全盛期には大体暴かれており、攻略法が確立してしまったプレイヤーである。PvPの勝率は引退前では本当に低く、ぬえの情報を知り尽くしているギルドメンバーがぬえに負ける可能性も低いのも当然と言えよう。それでも、ぬえも全く勝てないわけではない。理由はいくつかあるが、高い戦闘意欲とそれに伴う優れたプレイヤースキルが主因なのは間違いない。

 

 要するに、封獣ぬえというプレイヤーは戦闘狂であった。

 

「まずいな、テンションあがってる。楽しみだ」

 

 私室のベッドで大の字に寝そべりながら、数日後の視察に想いを馳せる。アインズが見れば間違いなく「子供か」と突っ込みを入れるだろう。だがぬえからすればしょうがないことだ。

 

『封獣ぬえ』の再現に徹した為、ネタビルドと化し、100レベルプレイヤーとしての性能は中の上で最大評価。神器級を3つ保有していようが、その評価が覆ることはない。全装備を神器級で固めたアインズで上の下と言えば、ユグドラシルでの100レベルプレイヤーはチートVSチートのバランスで成り立っている事がわかるだろう。

 だが、性能だけで終わるならばぬえは戦闘狂にはならないし、アインズのPvP勝率が5割超えなどありえない。相性、情報、プレイヤースキル、そして課金アイテムといった要素が多くの逆転要素足り得るものとなっている。

 なお、アインズのPvP勝率に関しては、彼の作戦が原因で低くなっている。初見の相手にはわざと負ける事を選択しがちだからだ。

 

 性能差で言えば、コキュートスの方がぬえよりも強い。完全武装時の攻撃力は守護者随一、キャラビルドとしてもガチな方であり、武人建御雷の想いが全て込められた彼の最高傑作だ。だからこそ、燃える。ジャイアントキリングはぬえにとって最高の愉悦なのだから。

 

 そして、昂っているのはぬえだけではない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

≪ぬえ様は快諾してくださったわ。心底楽しみと言った様子で今日は終日ご機嫌だったわよ≫

「ソウカ……アルベド、感謝スル」

 

 〈伝言(メッセージ)〉によってアルベドからコキュートスに告げられたものは吉報であった。本当にコキュートスの願望でしかないものだったのだが、快く引き受けてくれたと聞き、彼の硬質な声に喜びが混じる。コキュートスの謝意にアルベドは気にしないでと優しい声で返し、続ける。その内容に、彼は冷気を浴びたように固まった。

 

≪それと……ぬえ様からの言伝だけど、『私から本気を引き出せ』との事よ≫

「!!」

≪ぬえ様はこれをただの模擬戦と捉えていないわ。自身の威光は二の次……コキュートス、貴方がどこまで強いのかを改めてリザードマンに示す御積りよ≫

 

 硬直の後に訪れたのは歓喜の震え。思わず天を仰いでしまう。

 封獣ぬえの威光をリザードマン達にも知らしめたい、これはコキュートスの本心だ。だが、それもぬえの武を知るからこそである。武人として作られたコキュートスにとって、抗い難い願望がぬえに対して存在している。

 至高の41人を守護するのが務めであり義務。それなのに至高の存在と武を競いたいという想いは不敬なものかもしれない。それでも、守護者よりも強者だと信じているからこそ、コキュートスは武人として挑みたかった。

 

「オオ……ヌエ様。私ノ武人トシテノ想イニマデ応エテクダサッタノカ……」

 

 模擬戦という案しか思いつかなかったのは事実だが、それでも内容は互いの特殊技術(スキル)の披露宴のようなものを想定しており、己の武人としての願いを叶える目的ではなかった。ここまで看破し、受け入れてくれた事にコキュートスは心の底より感謝する。尊敬の念は全身の冷気となって溢れ、周囲を凍りつかせているのだが本人はまだ気付いていない。

 

≪……一応言っておくけれど、ぬえ様が重傷を負われるような事があれば許されぬ失態と心得なさい≫

「無論ダ。ダガ、ソレハ杞憂ダアルベド。ヌエ様ハ、私ヨリモ強イ」

≪それは、貴方の願望? それともシャルティアの時のような分析?≫

「後者ダ、アルベド。ダガ、恥ジヌ戦イヲ持ッテ、御期待ニ応エテミセル」

 

 挑戦者は自分だと、気合を極寒の大気にして漲らせるコキュートス。ぬえが自身をギルドメンバーでも弱いと自称していることを知っているアルベドは本当に大丈夫なのかと思ったが、ぬえもコキュートスも喜んでいるのは間違いないので大人しく黙っておくことにした。

 

 後日、水を差そうが模擬戦内容に口を出すべきだったとアルベドは後悔することになる。まさか刃挽きしてない武器でガチでやりあうなどとこの時は想定もしていなかった。

 


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