その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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正体不明の遠征

 ナザリックの本命とも言うべき遠征。

 リザードマンへの示威行為第一段階を終え、アインズ達はアウラが建設途中の要塞へと場所を移していた。

 数千にものぼるナザリック・ガーダー部隊を始め、ガルガンチュアの岩投擲、湖を凍らせた超位魔法〈天地改変(ザ・クリエイション)〉は、リザードマン全員が畏怖と絶望を抱くには十分だったと聞かされアインズは非常に満足気だ。もっとも、超位魔法の方は湿地の泥で汚れることをアインズが嫌ったのと、効果範囲の測定を兼ねたものだったのだが。後は4時間後、コキュートスが蹂躙した後に占領へ移行する。実に順調な流れだ。

 

「ああ、心地良い恐怖だったなぁ」

 

 上機嫌に翼を揺らすぬえがアインズの隣に立つ。またぬえRPかとアインズは苦笑するが、そういうわけではない。大妖怪や鵺の種族設定がそのまま反映されており、本当に食事のように恐怖を味わっているのだ。

 それを理解していないアインズは甘美だなんだと言ってるぬえを微笑ましく見つめる。

 ギルドの仲間が上機嫌というのは、それだけでアインズが喜ぶもの。結果として、至高の存在である2人が上機嫌な様子を見せており守護者達も嬉しそうに微笑んでいた。

 ただアウラだけが、頭を下げた格好で大人しくしている。当然、ぬえもアインズもそれに気づいておりいつもの秘匿通話用〈伝言(メッセージ)〉でやり取りしていた。

 

≪モモンガさん、アウラが落ち込んでるんだけど≫

≪ええ、ここ明らかに完成途中ですから期日に間に合わなかったと自責してるのでしょう≫

≪……完成間に合わないのわかってたはずだよね?≫

≪それでも、ですよ。ちゃんと労ってあげましょう≫

 

 建設途中の要塞は、本当に未完成もいいところであり、今も工事の音が聞こえてくるほどだ。内装も必死に形にだけはしたという苦労が伺える出来でナザリックと比べると激しく見劣りする。ぬえやアインズからすれば、逆に落ち着くほどの装飾なのだが。一般人の感性からするとナザリックは豪華すぎるのだった。

 

≪では、モモンガさん主導で≫

≪はい≫

 

 〈伝言(メッセージ)〉で意思疎通を取った2人は頷きあうと、アウラの方へ目を向ける。

 視線を感じ取ったのであろう、肩をぶるりと震わせたアウラは泣きそうな雰囲気すら漂わせていた。

 

「ここに留まると無理に言って悪かったな、アウラ。気にすることは何も無い」

「アインズ様や私の為に場を整えてくれたこと、感謝してるよ」

「……はい」

 

 アウラは労いを受けたが、表情はまだ晴れない。木の匂いも残っているし、粗を探すように見渡せば壁紙の切れ目も見つかるだろう。彼女が抱いている無念は十分に取り払われたとは言えないようだ。

 

「アウラ、私はな。お前が私達の為に整えた事そのものが一番の装飾だと考えている。故に、この場はナザリックに匹敵する。私が支配者として君臨するに足る場なのだと心得よ」

「……はい!」

 

 アインズの更なる言葉に、アウラはようやく顔を上げる。その心中ははっきりとは伺い知れないが、伏せていた時よりはずっといい顔をしているので、2人は安堵した。

 そもそもこの防衛力に乏しい要塞で観戦しようというのは囮の意味もある。シャルティアを洗脳した謎の組織やユグドラシルプレイヤーへの疑似餌として、この場とナザリック両方を防衛力として片手落ちの状態にしたのだ。だから寧ろ完成途中の要塞というのは必要な条件でもあった。

 一度守護者全員で出立したのも囮効果を引き上げる為だ。ガルガンチュアとヴィクティムには既に帰還してもらったが。

 

「まぁ、どうしても装飾が気になるというなら私が特殊技術(スキル)で変えてもいいけどね。けど、それは私達が抱いたアウラへの感謝の気持ちに泥を塗る、ぐらいには思うように」

「ぬえ様、この場にいる守護者一同。そのような事を申す者はおりません」

 

 念押しに放たれたぬえの言葉に、デミウルゴスが笑顔で返す。

 これでケチをつける者はいなくなった。アインズが支配者然とした態度で、ぬえがそこに強弱を添える形で。2人そろって君臨する時の決め事だった。

 

「ならばよし。さぁ、アインズ様。立ちっぱなしもなんだからすわr……あ」

 

 ぬえが笑顔でアインズを部屋の奥に誘おうとして、その先のものに目が止まる。

 背もたれが非常に高く、どっしりとした形で鎮座する、美しい白の椅子。芸術品と言われても納得する精巧な作りは、この部屋では逆に浮いている状態だった。

 

「……あれは?」

「簡素ながら、玉座を用意させていただきました」

 

 アインズの疑問に、後ろに控えていたデミウルゴスが自信満々に答える。ぬえに視線を向けると、あからさまに動揺した様子で翼と目を泳がせている。

 

≪ぬえさん?≫

≪ひゃい、なんでしょ!?≫

≪知ってましたね?≫

≪……ごめん。一応、デミウルゴスが一所懸命に作った贈物だから、ね?≫

≪こんなサプライズ要りませんよ! あれ明らかに人間とか亜人種の頭蓋骨ですよね!?≫

 

 椅子は無数の骨によって作られていた。滑らかな加工が施され、肉などは一切ついていない。

 デミウルゴスが出先で作ったのは明らかで、ぬえもあっさり存在を黙秘してたことを認めた。るし★ふぁーとつるんだ状態のぬえを思い出し、アインズは内心で頭を抱える。この妖怪は面白くなると思ったら黙っておくタイプだった、と。

 別に犠牲者に同情しているわけではない。そんな感情はアンデッド化して消え去っている。ただ、生臭さを感じてしまい逡巡してしまう。あれに座るのか、と。

 

「……ぬえさんの椅子がないようだが?」

「ぬえ様の御意向です。同じ至高の存在と言えど、序列は明確にすべし。玉座は1つで良いと」

「……そうか」

 

 デミウルゴスの言葉に、アインズは思い切り睨みを利かせたつもりでぬえを見る。それは完全に責める視線であり、ぬえは狼狽えながらも視線で無実を訴えた。

 

≪ぬえさん?≫

≪違うんです待ってくださいあれが今回使われるなんて想像してなかったんです!≫

≪でも逃げの一手ですよねそれ?≫

≪じゃ、じゃあ私用の椅子座ります!? 私のは皮製ですよ! 内臓クッション付き!≫

≪あ、はい。なんかすみません≫

 

 守護者視点ではアインズが視線をぬえに向けて、ぬえが何やら動揺しているように見えていた。

 アウラやマーレは首を傾げているが、デミウルゴスはすぐに気づいた。アインズは同席の立場を望んでいたのだろうと。ぬえの遠慮を責めているのだ。今からでもあの椅子を持ってくるべきかと思慮に及んだ時。

 

「シャルティア、お前には罰を与えると言ったな」

「は、はい」

「今この場で与える。屈辱を、な」

 

 アインズは何かを思いついたらしい。シャルティアに部屋の中央、玉座の前にて膝を折り、首を垂れるように命じたのだ。言われるままに所謂四つん這いとなったシャルティアに、アインズは歩み寄り……背中に腰かける。

 

「あ、あいんずさま!」

 

 素っ頓狂な驚きの声がシャルティアからあがる。

 はいんずさまとしか聞こえなかったが、それだけの動揺だったのだろう。

 アインズはそのままデミウルゴスへと目を向けた。

 

「すまんなデミウルゴス、そういうわけだ」

「守護者に座られるとは……まさしく最も高価で相応しき椅子。アインズ様以外誰にも座することは不可能な椅子! 流石はアインズ様!」

 

 デミウルゴスは尊敬の眼差しを向けずにはいられなかった。

 嗜虐性においても、この場の執り成しとしても、シャルティアへの罰としても最良の選択を取った事に。用意された玉座は空けられており、後はぬえが座るも立つも自由というわけだ。あくまで最後は自由意志を尊重する行動に感嘆以上の何を抱けばいいのだろう。

 

 アインズとぬえにそんな意図が全然全くこれっぽっちもない事を知る者は、いない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 アルベドがシャルティアへの嫉妬から要塞の一部を破壊したりするトラブルもあったが、順調に会議は進んでいた。超位魔法の範囲データの確認をとったり、警戒網の再確認を行ったり、改めてワールドアイテム使用者の行動を推測したり。

 途中、ぬえもアインズも想定してないような質問が飛んだのをデミウルゴスに代弁させることで事なきを得たりと大変だったが。

 

「そういやあのリザードマンたちは今どうしているかな?」

「確かめれば? 観戦用に鏡持ってきてるわけだし」

「それもそうだな」

 

 やがて、話すこともだいぶなくなってきたので、アインズはリザードマンが何をしているか確認することにした。

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を起動させ、リザードマンの様子を映し出す。ぬえがすぐそばで興味津々と言った様子で覗いている事に気付き、アインズはそういえば操作方法を教えてなかったことに思い至った。

 

「ぬえさん、後で教えますよ」

「ありがとー!」

 

 ぬえの笑顔に室内は朗らかな雰囲気に包まれるが、映し出された方にそんな空気はない。

 全員が悲壮の決意を固めながら必死に戦闘準備を行っている。

 

「無駄な努力を」

 

 誰とも言わず、そんな嘲笑が飛び出す。

 そもそもが、あの30レベル相当のエルダーリッチに勝てた事が奇跡なのだ。コキュートスの出陣は見せしめ以外の何物でもない。かと言って、嘲笑っていいものではないともぬえは思う。あのコキュートスが認めたのだから。

 

「そう言わないの。戦士としては優秀な心構えだと思うよ。そもそもコキュートスが助命嘆願するほどなのだから」

「ぬえ様の仰る通りでした」

「うんうん」

「認めてはやるべきですよね」

「……」

 

 なんだろう、このイエスマン達。

 ぬえはやる気を削がれるような、微妙な気分になる。生前にも上司に唯々諾々な同僚がいたが、上司はこういう気分だったのだろうか。

 一方で鏡をせかせかと操作していたアインズは首を傾げていた。

 

「あの白いのと魔法のシミター持った奴がいないぞ」

「え? あー……ザリュースとか言った奴だっけ」

「そんな名前でしたっけ……家かな? デミウルゴス。無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)を」

「畏まりました」

 

 デミウルゴスが丁寧に手渡してきた背負い袋から、アインズは目当てのスクロールを取り出し起動させる。

 第9位階魔法〈神の目(ゴッド・アイ)

 簡単な話が不可視化した非実体の感覚器官を自在に操って色々覗ける魔法だ。壁をすり抜ける事も容易な上、さらにこの鏡と連結させることで守護者やぬえもアインズが見たものを伝えることができる。不可知化ではないのだ第2位階程度の看破で見破られる事や、破壊されたらフィードバックで発動者がダメージを受ける事がデメリットと言えるだろう。

 

「おおー」

「好評なようなのでこのまま家々を巡るとしよう。さて、まずはこの家かな」

 

 感心するぬえや守護者の視線にアインズもちょっとだけテンションがあがる。捜索ゲームのような気分でさっそく1つ目の家に感覚器官を飛ばしたのだが。

 

 家の中では、白いのが組み伏せられ、黒いのが覆いかぶさっていた。

 

 最初の一瞬、何をしているのか理解が追い付かず。

 

 次の瞬間、何でこんなことをしているのかと理解ができず。

 

 それから、アインズは無言で感覚器官を外に動かした。

 

「……」

「……」

 

 アインズは無言で頭を押さえ、ぬえは顔を押さえてそっぽを向く。ぬえの翼は分かりやすいほどに動揺を伝えていた。守護者達はなんと声を掛けたらいいのかわからないと言った様子だ。

 どうすんだよこの空気。

 

「ア、アインズ様」

「どうしましたぬえさん」

「ちょっと、席を外します……」

「どうぞ……」

 

 RPが完全に剥がれてることがわかる口調で、ぬえが部屋を後にした。

 しばらくして「誰得だああああああ!!」という声と破壊音が響いてくる。アルベドが離席した時よりも音も振動も大きいのは気のせいだろうか。

 

「あ、なんか崩れて……」

「お、御姉ちゃんしっかり!」

「ぬえ様の精神の為、必要な犠牲だったのよアウラ……」

 

 ナザリック視点で空気読めてないリザードマン夫婦への怒りよりも、ぬえが受けたダメージと結果的に巻き添えを受けたアウラのダメージが深刻で、守護者達もあわあわとしている。

 アインズは最初のほのぼのとした空気を恋しく思うが、もはやそんなものどこにもなかった。

 次の遠征はこういう空気が生まれないようにしよう。ガラガラという崩落の音をスルーしながらアインズは固く誓ったのだった。

 

 

 結局、ぬえの調子が戻ったのはコキュートスが大勝利を納め、リザードマンの集落占領を宣言し、ようやく帰る段階になってからだったという。正気に返ってから、自己嫌悪でアウラに謝罪を繰り返した事が、調子回復が遅れた原因になったのは言うまでもない。




リザードマンには恐怖統治はしないので、ぬえがでしゃばることはありませんでした。
ちなみにぬえはグロ耐性は精神変質もあってカンストしてますが、性的倒錯には健全な青年レベルです。
ネットサーフィンでトラウマ作ってしまうなんてよくあることですが、ぬえはサルベージでトラウマを増やしても、耐性構築には失敗してる状態ですね。

そんなわけで書籍内容あっさり終わって、またぐだぐだとした日常回しながら時系列は5・6巻に突入します。

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