俺はテストの召喚獣R   作:琥珀

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ゆっくりゆっくり。


第三話

 

 

 

 

『――ていうか、よく見るとこれ既にHR始まってねぇか?』

『え? そんなはずは……うわ本当だ! おかしいな、もうそんな時間か……』

『まあ普通に考えると当たり前なんだが、Fクラスだから多少遅れるんじゃね? って楽観してたのがマズかったな。どうする? 明久』

『うーん……もうこうなったら、今日はサボったほうがいいんじゃないかな?』

『お前校門で教師にクラス分け用紙貰っといてその発言か』

『じゃあ「急病につき早退」という言い訳でいこうよ』

『バカは風邪をひかないから無理です、残念』

『それ迷信だからね!? たとえ誰だって風邪はひくよ!?』

『あーうるせーうるせー。……しかし、Fクラスのくせに予想以上に静かだな』

『……そういえば僕、この空気で教室に入っていかなきゃいけないのかな』

『そうだな。ひょっとすると最初の一言をミスったら新学期からぼっち確定かもしれん』

『ええ!? つ、つまりこのままだと僕は隣人部に入らなきゃいけないの!?』

『おいおい、お前みたいなバカがラノベの主人公になれるわけねーだろ。せめて全裸になってから出直して来いよ。……あ、ごめん今の無し。お前本気でやりそうだわ』

『待って、僕は今一体どんな人物評価を下されたんだ。ユキトが何を言っているかわからない……!』

『ごほん。んー、まあ、とにかくだ。俺が言いたかったのは「ぼっち生活を送りたくないなら、それなりに信憑性のある言い訳を考えておけ」っていうことだ。うん、そんだけ』

『……むぅ。色々言いたいことはあるけど、言ってることは正しいね』

『お前が友達いないと俺も被害食らうんだから多少は頑張れよ? 明久』

『ああ、そういえばそうだったね。……なら仕方ない、ならここは王道かつ笑いになりそうな、理由を適当にでっち上げれば――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▼▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――聞いた瞬間の行動は迅速だった。

 

 

 声が放たれ、耳に入り、脊髄がそれを認識した刹那――条件反射と言ってもいいレベルで、Fクラス一同は己の為すべき行為を直感し、実行する。

 投擲だ。

 筆箱から、ポケットから、あるいは『審問用』とクラスに備え付けられていた文房具を即座に取り出し、少年たちはそれ(・・)を迷わず振りかぶっていた。

 その投擲物を観察してみれば、その内訳はシャーペン、鉛筆、分度器など様々だ。当然ながら、それは本来投げる用途で使用するモノではなく、単に使うならとても威力を望むことは叶わないだろう。

 おまけに、椅子の無い腐った畳に直接座り込んだ状態での投擲は完全な威力を発揮することはできない。全身のバネをうまく利用してはじめて『投げる』という行為は成立するのである。

 

 しかし。

 彼らがこれまで幾度も行ってきたことによる経験は、上半身の運動のみで十分なトップスピードを得ることを可能にする。

 

 それは執念だ。

 俺では到底想像もつかないような労力の果てに、彼らは『それ』を手に入れた。普通の人間には理解できない領域を全力で走りぬけたからこそ、Fクラス一同――『FFF団』は現実を強引に改竄することに成功する。

 結果、風を切る複数の音と共に、まるで軍隊のような集中砲火が放たれていた。

 そして、その純粋な殺意の結晶とも呼べるその攻撃の向かう先には、

 

 

「な、なんで皆襲ってくるの!? あ、セリフを省略したのがマズかったのかな……えーと、みんな落ち着いて!僕はあくまで、寝坊して走ってたら食パンを咥えた女子高生にぶつかっただけなんだ!!」

「「「「死ねェ――――――!!」」」」

 

 

 バカが立っていた。

 いや、訂正しよう。校内一のバカが立っていた。

 更に詳しく付け加えるなら――――吉井明久という少年が立っていた。

 それを見て、俺は思わず唸る。

 

 

 

 

 

「い、今起こったことをありのまま話すぜ……登校したらバトル展開が始まっていた! ――――何を言ってるのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……現在進行形で頭がおかしくなりそうだ……!」

「ボケてないで助けてよユキトうぎゃ――!?」

 

 

 

 

 

 叫びを掻き消すように、刺突音が響いた。

 言っている間にも、明久が回避した分度器(・・・)が、背後の黒板に刺さっていく。

 そんな通常有り得ないその光景は、この世界がバトル漫画風空間になってしまった証明だった。

 たった今、この俺の目の前では、日常とは絶対に馴交わらない非日常が広がっているのである――――

 

 

 ……いや、うん。本当になんなんだろうこの状況?

 

 

 思わず素に戻りつつ、俺はそんなことを内心で呟いた。

 一体何故、俺の召喚主は新学期初日からいきなり『漆黒の殺意』を向けられているのだろうか?

 こいつらいつの間にスタンド使いに目覚めたんだ?

 ……俺は一体、いつの間に一巡後の世界に来てしまったんだ……。

 

 そんなバカなことを考えつつ思わず立ち止まってしまった俺だが、幸いなことにこの身はミニサイズの召喚獣である。明久を狙った攻撃はこちらには来ず、ただ文房具は恐ろしい勢いで頭上を通り過ぎていくのみだ。

 ……とはいえ、1Mぐらい上を通っているはずなのに髪が風圧で煽られているあたり、この『弾丸』の威力は一体どれくらいのものなのだろうか。腕のスナップだけで投げたくせに何故こんな威力あんだよおかしいだろ。

 

 しかし、彼らの攻撃はまだ終わらない。

 攻撃を終えた彼らはすぐ、『次弾』の準備に取りかかっている。

 その淀みない動作の間彼らはどうやら何かを呟き続けているようで、思わず俺は唇を読んでそれを解読しようと試みる。

 するとその内容は、

 

 

『俺達がやるせない空気にいる中テメエ何やってんだ……!!』

『この野郎……! 返せよ!俺達の青春を返しやがれ!!』

『死亡フラグもきっちり回収させてやる……!』

「――その超腕力、単なる嫉妬の力かよお前ら!!」

 

 

 この唐突な暗殺空間が、マジでどうでもいい理由だったというオチであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▼▽

 

 

 

 

 

 

 

 とまあ、そんな遣り取りを経て、ようやく俺は教室に入室したところだ。

 改めて今の状況を簡潔に説明すれば、ドアを開けてホラを吹いた明久に対し、クラス内の男子生徒が壮絶な嫉妬による文房具攻撃を仕掛けている最中である。

 しかし、流石の俺も消しゴムが黒板にめり込んでいる様を見る日が来ようとは驚きだ。これは黒板が脆いのか、それとも投げたヤツが人間を辞めているのか判断に困る。

 

 しかし、明久も負けてはいない。

 ヤツは挨拶をした次の瞬間攻撃が来るや否や、顔に驚愕を貼り付けつつも即座に伏せ、攻撃を回避したのだ。

 おいバカやめろコッチに被害来るだろ、と俺が即座にその場を離れた瞬間、その動きをホーミングするように第二波の凶器が迫った。

 それに対し、明久は即座に何故か落ちていた木片を蹴り上げ、敵を怯ませて強引に隙を作る。

 『危ねぇ!?お前自分のことしか考えてねぇよな!?』などと叫びながら貧乳少女と疑問系美少女を襲う木片を俺が殴り落としたのも一切確認せず、明久はそのまま床の畳を剥がして即席の盾を形成した。

 その結果、文房具の中に混じっていたコンパスが半分くらい畳を貫通するアクシデントがあったものの、ひとまず明久は一回目の防衛に成功したようだ。

 

 

 そしてそのまま、状況はジリジリとした緊迫感を保ったまま停止する。

 どうやら今は、お互いがアクションを起こすタイミングを図っているらしい。状況は明久の圧倒的不利ではあるが、攻撃側の文房具も無限ではない。明久がいまだに持っている畳をうまく使えば、逃走できる可能性もゼロではないだろう。

 それをお互い理解しているが故の停滞だ。何かしらの刺激があれば、状況は一気に動き出すことは想像に難くない。

 そんな状況を見て、思わず俺は――

 

 

「こいつらマジで行動力だけ意味不明に高すぎねぇか……!」

「まぁそれがなきゃコイツらなんて単なるバカ集団だからな」

「ぬぅ……すまぬユキトよ、今のはかなり危ないところじゃった」

「ウチ、今から攻撃しても正当防衛で済むわよね?」

 

 

 全力のツッコミを入れていた。

 ……たった今繰り広げられた読み合いは、とても普段バカしかやっていないバカ達とは思えないほどの高度なものだ。世の中には『勉強ができないけど頭は良い』という人物は多々いるけれども、今のコイツらはその亜種みたいなものなんじゃないだろうか。

 本当に、何故勉強面でこの頭の回転を使わないのか理解に苦しむ……明久に勉強教えてても時々意味わかんない解釈するし、アレは一体どういうことなのやら。

 そのくせ一夜漬けの時とかは案外頭に入るみたいだし、人間の頭脳というものは不思議である。

 

 

 

 ……話が逸れたな。

 今は一応この状況に意識を戻すとして、まずは先程俺のツッコミに返事をした奴等のほうへと振り返ることにしよう。

 

 

「――で、雄二。これどうなってんだ説明くれ」

「ハハッ、大した話じゃない。アイツはやっぱり――俺の最高の友人()だってだけさ」

「副音声が透けて見えておるぞ……」

「吉井~♪ 今の行動の理由とさっきの話について聞かせてね~♪(ポキポキパキペキ)」

 

 

 後ろを見れば、そこには三人の人間が座っていた。

 どうやら彼らの口ぶりから察するに、明久があんなコトになった理由をコイツらはよく知っているらしいが――その前に、まずは彼らの商会を済ませてしまうことにしよう。

 

 まず最初に返事をしたのは、坂本雄二という男だ。

 長身に赤毛、そしてがっしりとした体格を持つコイツは、中学の頃にはDQNをボコボコにしすぎて『悪鬼羅刹』などという通り名を持っていたという残念な過去を持つ黒歴史野郎である。

 そしてその腕っ節の良さに加え、雄二はこう見えても他の連中とは違い『本当の意味』で頭が良い。小学生以来全然勉強をしていないが、悪巧みを考えさせたらAクラスの奴等にだって負けはしないだろう。

 ……まあ、手段は選ばないから味方も尋常じゃない被害を食うんだけどな。

 それ故に、このクラスでは味方の犠牲を省みず血の道を進むという悪徳軍師的ポジションになるであろう。その被害の矛先は基本的に明久なのだが、それが間違って俺に向かわないこと切に願うばかりである。

 

 

「おい、ユキト。お前今なんか失礼な想像してねーか」

「真実しか俺は語っていない」

 

 

 あとナチュラルに心を読むな。え? 俺の顔がわかりやすい? だからってお前その洞察力は多少人間やめてるぞ。は? ホンモノの人外に言われたくない? うるせーよバカ。

 ……ああそうそう、付け加えれば彼は俺の友人でもあり、そして明久とはなんやかんやで『親友』をやっていると言えるだろう。よく殺そうとするけど。明久もたまに殺し返そうとするけど。

 ……世の中の『親友』の定義がわからなくなってきたが、それが坂本雄二というヤツなのである。

 

 

「――しかし、明久が来た瞬間下がっていたテンションが即座に戻ったか。不思議なものじゃ」

「ん? なんかあったのか?」

「いや、それが先程福原教諭が教卓を壊してしまってのう――」

 

 

 次に、先程俺がかばった一人である爺言葉の生徒は木下秀吉という。

 コイツは演劇部に所属していて、あまりに部活に熱中するあまり勉強に一分も時間を割かないという他の連中とは別ベクトルのバカである。あれだ、演劇バカだな。

 コイツは狂人が多いFクラスの中でもかなりマトモな常識人なのだが、そんなことより特筆すべきはその容姿だろう。

 なにしろこの秀吉、どう見ても美少女にしか見えないのだ。

 彼は一応男子制服を着てはいるものの、その外見ときたら初見の人物に『え? なんで女子がズボン穿いてるんだ?』などという疑問をガチで思い浮かべてしまうほどの美少女っぷりなのである。

 それは最早普通に女子が羨むほどのハイスペックっぷりであり、爺言葉も男子から見れば萌え要素満載。前に文月学園内で行われた『恋人にしたい異性ランキング』では勝負にならないという理由で名誉の除外を受けたほどだ。

 で、その外見にも関わらず男だという事実から囁かれるようになったのが『性別・秀吉』という噂であり、文月学園のトイレには混乱を避けるため『男子』『女子』『秀吉』という三つの区分が用意されていたりする。

 本人としては特別扱いはやめて男性ともっとスキンシップを取りたいらしいが、まあ過去にプールが鼻血で鮮血に染まりかけたという事実があるし、恐らくその願いは一生叶うことはないだろう。諦めろ。

 

 

「なんだかワシも失礼なことを思い浮かべられているような……」

「事実だ」

 

 

 ちなみに、流れでわかると思うがコイツも俺の友人である。

 どうやら召喚獣は対人関係に関する相談がしやすいらしく、秀吉はよく『ユキトよ、また告白されたのじゃが……同性に』と俺に相談を持ちかけてくる関係だ。

 まあ全部『断れ』の一言で終わり、あとは基本秀吉の愚痴を聞くだけなんだが……まあ、普段明久が持ってくるトラブルよりは随分可愛いものと言えるだろう。

 ……あと、明久との関係はあえて言及を避けることにする。

 

 

『吉井~♪(ゴシャァッ)』

『う、うわぁ!? 唐突に畳が真っ二つに裂けたぁ――!? ってあれ、どうしたの島田さん、そんな笑顔を浮かべて』

『うん、ちょっと効きたいことがあって……ね?』

『え? いや、今はちょっと忙しいんだけど……ん? どうしたの島田さん、僕の腕を凄い力で掴んで』

『えっとね? ……朝、女の子とぶつかったって本当?』

『あ、その話? うん、なんだか皆烈火のごとく怒ってるんだけど、おかしいよねぇ。僕の遅刻にはしっかりとした理由があたtっていうのに――あ、ちょっと待って、その関節はそっちに曲げると――――』

 

 

 そしていつの間にか黒板側で恐ろしい音を響かせている少女は、島田美波と言う少女だ。

 彼女は秀吉と違いまっとうな女子なのだが、ドイツからの帰国子女で漢字が読めずFクラスになってしまったというかなり不遇な立場である。

 本来の学力はBクラス相当らしいが、問題文すら読めないので成績はまさしくFクラス。その割に日本語はペラペラのようだが……これに関しては本人の必死の努力があったらしい。詳しくは知らないけどな。

 まあ、だからといってFクラスに馴染んでいないのかというと全くそんなことはなく、今聞いたように肉体破壊に関してはプロフェッショナルな腕前を持っている。

 彼女は趣味は吉井明久を殴ることです、と堂々と宣言するドSなのだが、その理由は意外にも明久にベタ惚れだからだ。

 好きな相手はイジめたくなる性格なのか、それとも時折嫉妬心が爆発するのかは知らないが、その恋心が明久から全く気づかれていないあたりは非常に哀れである。……まあ、気づかねーけどな、普通。

 ちなみに、俺自身との関係は極めて普通の友人である。……この80cm容姿のせいで、たまに島田にぬいぐるみ扱いされるけどな……

 

 

 そんなわけで、今述べた連中に『もう一人』を加えた四人が普段俺達とつるんでいる連中である。

 いやぁ、見事なまでに全員Fクラスだなぁ。類は友を呼ぶということわざは本当に有るのだと痛感する。これからこのキャラが濃い連中と一年を過ごすのかと思うと色々と心配だ。

 まあ、去年も一応死人が出ることもなく過ごせたわけだし、今年もなんとかなるだろう。

 というか、そう思わないとやってられない。実際は『試召戦争』があるから去年よりも格段に忙しいんじゃね、なんてことは知らん。現実逃避くらいさせて欲しいわ。

 

 

(戦争か……誰よりも『命懸け』なのは多分俺だろうなぁ……)

 

 

 そうして、これからのことで色々頭を痛めつつも、それを吐き出すように俺は溜息をつく。

 色々と前途多難だが、とにかく去年でクラスの空気は掴んだのだ、ならそれに合わせていけばいいだけだ、と自分に言い聞かせる。

 基本的に矢面に立つのは明久だし、幸いこの身体は普通よりえらく頑丈(・・)に出来てるんだ、面倒ごともなんとかなるさ――

 

 

 

 ――この時の俺は、割と本気でそう思っていた。

 

 

 

 しかし、密かに決意していた内容はあっさりと覆される。

 そもそも、この学園でそんなフラグじみたことを考えたのが間違いだった、と後になって思う。たとえ言葉に出さなくても、神様というのはしっかりフラグ管理を怠らないのである。

 

 

 

 

 ――――どこまでも、忌々しいくらいに。

 

 

 

 

 

 この日、俺は決めたことがある。

 神様ってのにもし出会う機会があったなら――俺はそいつを、心行くまでボコボコにしてやろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▼▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ひとりの少女が走っていた。

 

 

 走るたびに桃色の髪が揺れる。

 同じように、制服からこぼれそうな巨乳がぐにゅぐにゅと形を変えそうになるのを、困ったように少女は手で抑えつつ、それでも足を止めなかった。

 誰もいない廊下を、音を立てないように注意して急いで駆ける。

 先生に見つかったらどうなってしまうのか――そんなことを一瞬だけ考えるけれど、それを考えないことにしてすぐに打ち消し、かわりに彼女は走るスピードを上げた。

 

 

 ――本当なら、やってはいけないこと。

 

 

 廊下は走るな、というのは、小学校で習うような基本中の基本であるルールのはずだった。事実、彼女は今までそれを一度も破ったことはない。けれど、今だけは特別だ、と自分に言い聞かせ、少女は走っていた。

 ルールを破るという行為は、少女の鼓動をどくどくと高鳴らせる。しかしそれは後ろめたさによるものだけではなく、子供の悪戯心のようなものも確かに含まれている。

 

 体力がない身体はすぐに息切れしてしまう。

 しかし、それでも、意地を張って走った。

 

 ……今まではこんなことはなかったのに、と彼女は思う。

 新学期も、クラス変えのときも、ここまで楽しみだったことはない。おかげで昨日はうまく眠れず、この大事な日寝坊してしまったほどだ。

 けれど、両親はそんな自分のことを『また具合が悪くなったのか』と心配してくれた。

 顔から火が出るほど恥ずかしくて思わず嘘をついてしまったけれど、その小さな嘘もまた、不思議な満足感を与えている。その事実に、姫路瑞希はこらえきれないように笑みをこぼして笑った。

 

 

(……ちょっと、ズルいことしちゃいましたっ)

 

 

 走る。

 角を曲がり、揺れる鞄を抑えつけて走り続ける。

 首を動かした拍子に一瞬だけ『Aクラス』と書かれた表札が見えたけれど、止まらない。

 自分の居場所はここではなくなった。それは明らかな失敗だけれど、なぜかひどく嬉しかった。

 そして、校舎の端――ボロボロになった教室に、瑞希はたどり着く。

 一旦足を止めて息を整えることもせず、彼女は扉へと急いだ。

 『Fクラス』と書かれたボロボロの表札を見て、しかし頬の緩みは抑えられそうにない。

 

 今の自分はどんな顔をしているんだろう、と瑞希はふと思う。

 たぶん、ヘンな顔だ。にやにやと笑ってしまって、ひょっとしたら引かれてしまうような顔かもしれない。

 遅刻もしてしまったし、病弱だし、ひょっとしたら今後自分は一人ぼっちのスクールライフを送る羽目になるのかもしれない。

 唐突に悪い想像が鎌首をもたげる。思わず、扉を掴む手を躊躇しそうになった。

 しかし瑞希は思い出す。ついこの間の、クラス振り分け試験のことを。

 正確には、自分のために立ち上がってくれた、一人の少年のことを。

 

 

 ――いいえ、大丈夫ですっ。

 

 

 思考を思考で否定して、勢いに任せてそのままドアを引いた。

 そして、前方の確認もせず彼女は叫ぶ。それはまるで昨日までの自分との決別のようで、今までの彼女を知る人物なら間違いなく驚くであろう所業だ。

 

 

 

 

 それでも、瑞希は止まらない。

 ただ、心が動かす気持ちに身を任せて――少女は踏み出していく――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ごめんなさい、遅刻しましたっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▼▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっべぇその半死体急いで隠せェエエ!!」

「足音近いぞ! 島田オマエ面倒なことしやがって――!!」

「しょ、しょうがないじゃない! まさか単なる嘘だったなんて思わないわよ――!!」

「……やれやれ、じゃのう」

 

 

 

 

 彼女の足音を勘違いした俺達がそんな隠蔽処理をやっていたのは、また別の話。

 

 

 

 

 




え? 島田さんと姫路さんの扱いが違いすぎる?
……うん、大丈夫ですよ、あとで調整しますから。色々と。

ん?なんか一人足りない?それも次回出ますので大丈夫です。
嫌いなわけじゃないんだ、ただこの状況だとあのムッツリはどう考えても攻撃に参加するから……


さて、次回は試召戦争・導入編です。
更新は……三日後くらいを目安に。それでは、また。

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