俺はテストの召喚獣R   作:琥珀

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話が進んでいない……!


第二話

 

 

 

「おい見ろよ明久、これが俺達がこれから過ごす教室らしいぞ」

 

 

 校舎の端。

 学校の隅。

 そんな言葉が似合いそうな場所で、俺は明久に話しかけていた。

 

 

 Fクラスである。

 

 

 目の前にあるこの教室は、文月学園の中でも成績が最下位の者達が入る場所だ。

 この学校は勉強へのモチベーションを上げるために、成績ごとにそれぞれクラス分けがされるという特徴があり、具体的にはAクラスになるほど『良い設備』が与えられ、Fクラスになるほど『粗末な設備』が与えられる。

 これは『己の努力の結果を具体的に示す』という学校側の方針の表れらしく、事実この制度を導入してから学校全体の成績はじりじりと上昇してきているらしい。Aクラスは良い見本、Fクラスは悪い見本になってるってところか。

 

 

 

 ちなみにAクラスの設備を先程チラ見したところ、なんと一人ずつパソコンが配られている上に、教室には薄型テレビ、冷蔵庫、ジュース、空調、ソファー等豪華そうなアイテムがずらっと並んでいて、勉強するならこれ以上の環境はないな、といった具合であった。

 これ一体どこの高級ホテルだよ、ってツッコミもしたくはなったが――まあ、あそこまでされたら確かに勉強のモチベはぐんぐん上がるだろう。

 Aクラスの連中ってのは基本『趣味? 勉強です』って連中らしいし、学校側は『努力にはそれなりの対価が約束される』ということを教えたいのかもしれないな。

 

 

 

 で、話を戻して。

 上がそんだけ凄いなら、ウチの最低クラスは一体どうなっているのかと言うと――――

 

 

 

「へぇ、なかなかいい場所だねー。けっこう綺麗にされてるし、靴を脱ぐスペースもあるし、教科書と参考書が山積みにされてるなんてすごいなぁ!あ、あっちには拷問に使えそうなトゲつきの重石があるよ! 異端審問に使えるね!!」

「……落ち着け明久、そこは進路指導室だ」

 

 

 教室の前を通ると、そこは処刑場でした。

 

 

「現実を認めたくないのはわかるがな、そこは入ったら最後、『勉強って楽しいよね! 一緒に楽しもうよ!』状態になって帰ってこれなくなるらしいぞ」

「え、なにそれ怖っ! そんな魔王がいそうな進路指導室がなんで僕のクラスの前にあるの!?」

「先生方はな、きっとお前達を信じてるんだよ――コイツらは絶対に問題を起こす、ってな」

「それ何も信じてない! というか今更だけどトゲつき重石って教師が持つとしたら凄くおかしいアイテムじゃないか! ここって本当に学校なの!?」

「俺なら誰が持っていても迷わず警察呼ぶ」

 

 

 文月学園の常識がおかしいのは今更だが、これは酷いと言わざるを得ない。

 まあ、どうせこの付近に住んでる住民は毒を食おうが血を流そうがギャグ補正で基本数秒後には無傷になっているので警察の仕事も殆ど無いんだけどな。

 俺もこの前ストーカーに追いかけられてる女の子助けたけど、そのオッサンもゾンビみたいに蘇ってきやがったし。学生以外もアレっていうあたり大丈夫なのかこの世界。

 

 ……まぁ、とはいえ、明久の現実逃避もわからなくはないのだ。

 身長80cmの身体で教室を見上げてみれば、『勉強しなかった対価』とでも言うべき惨状が嫌でも目に入ってきてしまうのだから。

 

 

 そこらの壁は傷だらけで、ところどころ穴が空いている。

 扉のガラスはセロテープでなんとか支えてある状態。

 『Fクラス』と書いてある表札はハメコミ部分のプラスチック素材がボロボロ。

 

 

 どれもこれもまぁ、今にも壊れてしまいそうな有様だ。

 おまけに周囲はゴミやら埃やらが散らかっていて、このあたりは壁の修繕どころか掃除もロクにしていないのが伝わってくる。

 ……クラスの連中もグータラ揃いで掃除なんかしなさそうだし、改善は絶望的だと言ってもいいだろう。それくらに酷いのである。

 

 

「はー……これ以上無いであろう惨状だな。まあ、これを前にしたならお前が現実逃避すんのも仕方ないか」

「……うん。そうだね(……やばい、まさか素で間違えてたなんて言えない……!!)

 

 

 思わず一人と一体で苦い顔を浮かべつつ、俺達は溜息をつく。

 まあ想像はしていたとはいえ、まさかここまでFクラスが酷いとは思わなかった。この学校は試験校なので学費が安く、明久のように勉強する気がないヤツもけっこう入学してはいるのだが……それにしたってヒデエなぁ。

 

 

「他の連中はともかく、巻き込まれる身にもなれってんだよあのババア」

「うわー、ユキトって割といい性格してるよね」

「誰のせいだと思ってんだ……まあとにかく、こっちのボロっちいのがFクラスの教室だ、受け入れろ」

 

 

 そうして『あ、なるほど雄二のせいだね!』などと都合のいい介錯をしている明久にそんな言葉を返しながら、俺はもう一度腕を組んで溜息をつくのだった。

 ……一年経つと大分慣れちまったなぁ、このノリにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▼▽

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、とある(・・・)召喚獣がそうやって溜息をついていた頃――――

 

 

「はぁ……ひでえなコレは」

 

 

 Fクラス代表の坂本雄二という少年も、ひとり溜息をついていた。

 それは偶然にも、ユキトと同じ『Fクラスの酷さ』についての溜息である。

 

 そのきっかけは些細なことだ。

 進級を終え、多少回りにいるメンツが変わったFクラス一同は、自己紹介も兼ねて隣にいる者達と雑談をしていた。この辺りは年頃の高校生なら当たり前の行動であるだろう。

 雄二自身は近くにいたのが前からの知り合いであったため適当な挨拶だけで済ませたが、

 

 

『おう、よろしくな。ところでお前、まさかカノジョいたりしねーよな?』

『フ……その質問をしている時点で、お前は敗者と言わざるを得ない』

『なん……だと……!?』

『フハハハ!俺は今日の授業が終わったらコクりにいくんだよ!見てろよ俺にもバラ色の未来が明日から広が――』

『『『『判決、死刑』』』』

『わぎゃァ――――――――!!』

『い、言い終わる前に死亡フラグを回収したァ――!?』

 

 

 他の連中はこんな感じであった。

 普通ならこの時点で溜息をつきたくなるものだが、去年のうちにバカに慣れた雄二は動じない。

 むしろ問題はその後、HRのチャイムと同時に担任教師が来てからだった。

 

 

『(ガラッ) おはようございます。それでは皆さん、席について――』

『さっさと死ねぇ――――!!』

『くたばれ! リア充は速やかにこの世から消えろ!!』

『よし、携帯の番号や画像を引きずり出すんだ! ……あれ、この娘けっこう可愛くね』

『『『『そいつを今すぐこっちによこせッ!!』』』』

『……元気ですねぇ皆さん』

 

 

 流石学力最低と言うべきなのか、Fクラスの一同は人の話を聞かない連中ばかりである。

 教師が来ていることにすら気づかず……いや、たとえ気づいていても彼らは気にしないだろう。目の前の光景は『ただ成績が悪いだけではFクラスにはならない』という事実の端的な証明でもあった。

 

 それでも、流石Fクラスの担任になっただけはあるのか、担任(世界史教諭・福原慎)は困ったような顔をしつつも出席簿を持ち上げ、教卓を叩いて周囲を静かにさせようとする。

 これで効果があるかは判らないが、とにかく自分の存在に気づいてもらわなければ始まらない。そう思いながら、彼は腕を軽く振り上げて振り下ろした。

 そして、それは特に何もない普通の動作だったのだが――

 

 

 ゴシャッ、という音が響く。

 叩かれた教卓が、叩き割れて崩れ落ちた。

 

 

 

『えっ』

 

 

 全員が思わず動きを止める。

 

 雄二も思わず目を点にして、音のしたほうを注視した。

 するとそこには教卓を叩いていた状態で固定されている福原教諭の腕と、その下にボロボロになった木片(・・)が転がっているではないか。

 ……目の前には消えた教卓、そして周囲には何かの素材だったらしい木のカケラ。

 そしてその残骸をよくよく見れば、どうやらこの元材料は相当年季の入った……というか半分腐りかけた木片ばかりだということがわかる。

 

 

 さて、ここで唐突だが推理ゲームをしてみよう。

 問題! さっきまでここにあった教卓は、一体どこに行ったのでしょうか!?

 

 

『答えたくねぇ――! おま、ボロすぎだろこの教室!?』

『あれ、待てよ?ひょっとすると、俺達とんでもない場所に来ちゃったんじゃね?』

『な、なんという欠陥構造なのじゃ……! ひょっとするとちゃぶ台の類も危ないのではないか!?』

『……えーとちょっと待っていてください。今代わりの教卓(・・)を持ってきますので』

『待つのじゃ福原教諭! ワシのセリフを否定してから出て……待つのじゃぁああ――!!』

 

 

 ……とまあ、これが数分前までに起こっていた出来事である。

 少し時間が過ぎたことでようやく一同は落ち着きを取り戻しつつあるものの、その表情は決して不安を拭いきれてはいなかった。

 当然だな、と雄二も思う。これからおさらば(・・・・)する予定を立てている自分ですら冷や汗をかいているのだ、いくらバカ集団でも流石に恐怖を感じるだろう。

 

 

(俺としては都合(・・)がいいんだがな……それにしたって今のは予想外だぞ)

 

 

 あの瞬間を思い出し、雄二は思わず自分の頬が引き攣るのを感じる。

 ……断っておくが、担任の福原教諭は初老に差し掛かった年齢であり、どこぞのトライアスロン教師のような怪力は持っていないし、しかも彼は教卓を全力で叩いたわけでもない。

 なのに一瞬で砕けたということはつまり、それくらいあの教卓はアウトな状態だったのである。

 

 普通、新学期前には備品の確認などをしておくものだと思うのだが、どうやらFクラスはそんな常識を要求することすら許されないようだ。

 ……まさか『わざと』あの状態にしておいたわけじゃないよな!? 等と一瞬嫌な考えが浮かぶも、雄二はなんとかその考えを消し去り、ともかく状況の変化を見守ることにする。

 

 

(はぁ……あまりにもネガティブな空気だと『この先』が面倒なんだがな……)

 

 

 思わず、二度目の溜息が口から出た。

 前途多難とはまさにこのことだ、と雄二は思う。

 

 彼の人生はそこそこ密度が高い。

 子供の頃に天才と別れて、去年の春にバカと知り合いになり、その数週間後には人外の知り合いができた。友人には忍者モドキやら性別が行方不明なヤツもいる。

 そんな経験をしてきた身としては、それなりに異常や珍事には慣れているつもりだった。

 が、今の状況はそれでも尚手に余る。こんな気まずいなどというレベルではない状況をどうしろと言うのだろうか。

 

 こういうのは俺じゃなくあのバカの担当じゃねぇか、と内心で愚痴りつつも、とにかく雄二は思考を続けていく。どうするのが一番いいのか、そのためには何が必要なのか。

 考えろ、と雄二は自分に言い聞かせた。様々なプランが浮かんでは消えていく。このやるせない空気をとりあえず払拭する方法とは何か。不足の事態にはどう対応すればいいのか。

 

 そして、雄二が行動の機を静かに狙い続けてすぐに――それは起こった。

 

 

 

 ガラッ、という開閉音がする。

 それに続いて、教師ではなく、茶髪の少年が足を踏み入れてきた。

 クラス一同がなんだなんだと不思議な顔を向けると、その少年は困ったように辺りを見渡し、そして口を開こうとする。

 瞬間、雄二はそれに気づいた。

 そして、先程から浮かべていたプランの一つを即座に引っ張り出し、状況の好転に思わずニヤリと笑みを作る。

 

 

 そして。

 その少年が口を開いた直後に――雄二は叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「すいませぇーん☆女子高生と曲がり角でぶつかって遅れました☆」

「裏切り者だ、殺せ――ッ!!」

「「「「任せろォ――――!!」」」」

「ぎゃああああっ!!?視界を埋め尽くす文房具の山がぁーっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――Fクラスのテンションは一瞬で回復した。

 

 

 




次回更新は2~3日後予定です。

修正に次ぐ修正でやけに小出しになって申し訳ない。
根本的に設定を変えている部分も多々あるということでお許しください……
あ、転生要素とか見直してみると正直いらなかったのでリメイクにあたりほぼ全部カットしてます。それに伴い先読みも無くなっています、ご了承ください。

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