蒼色の名探偵   作:こきなこ

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Level.08 作戦決行

 ピピピッと規則正しく鳴る電子音に、新一はゆっくりと目を開けた。頭の上からうるさく響く目覚まし時計を、腕を伸ばして止めながらのそりと体を起こす。途端こみ上げてくる欠伸に大きく口を開け、両腕を上に伸ばし筋肉を解す。

 目を閉じ猫のように伸びをした後、これまたゆっくりと立ち上がり、部屋のカーテンを開ける。遮るものが無くなった部屋の中に朝の陽射しが舞い込み、その眩しさに目を細めた。チュンチュンと鳴いている小鳥の声に、新聞配達をしているバイクの音。まだ人が出歩いていないこの時間は、外の音がよく響いてくる。

 ふわぁ、と二度目の欠伸を零しながら部屋を振り返ると、スペイドが気持ちよさそうに眠っていた。最近ようやく寝る時は外すようになった兜が彼女の頭の上に鎮座しており、朝の陽射しを浴びて輝いている。

 和室なため敷布団を隣同士敷いて寝ているのだが、スペイドの寝相は悪く新一の領域に侵入していた。妙な寝苦しさはこれが原因かと納得しつつも、寝相の悪さは何時もの事なので怒りは湧かない。

「起きろ、スペイド。朝だぞ」

「……んー……」

 脇の方に畳んで置いてあった私服に着替えながら、声だけでスペイドを起こそうとする。だが気持ちよさそうに寝ている彼女はモゾリと寝返りを打ち、キュッと丸くなった。起きる気配は全く無い。

 着替え終わった新一は本格的に起こそうとし、ふと扉から気配を感じそちらを向く。

 扉からこっそりとこちらを除く顔に、新一は数回瞬きをした後ニッコリとした笑みを浮かべ手招きをした。途端顔を明るくして部屋の中に忍び込んできた者がスペイドを指差したので、親指を立てる。

 侵入してきた者は、タンッと床を蹴り――スペイドへと飛び込んだ。

「朝なのだスペイド、起きるのだー!」

「プギュッ!?」

 ドンっとスペイドの上に乗った侵入者――ガッシュは楽しそうに声を上げて笑い。

 不思議な音を出したスペイドに、新一もまた声を上げて笑う。

 

 高嶺家に泊まり込んで早一週間。

 新一とスペイドの朝は、ガッシュとのやり取りから始まっていた。

 

 

 

「ガッシュ、何度も言うが起こす時はもう少し穏やかに頼む……」

 ガッシュの奇襲により起こされたスペイドは、ぐったりとした様子で椅子に座っている。その顔は兜で隠れており表情は分からないが、恐らくガッシュに起こしてもらえる喜びとその起こし方に対する不満が入り混じった、複雑な表情を浮かべているはずだ。

「起きないスペイドが悪いのだ」

 対するガッシュは悪びれもせずケラケラと笑っている。新一もまたガッシュと同意見なので、小さく笑いながら清麿の母である華が作ってくれた味噌汁を飲む。日本人といえばこの味だろう。

「新一君、これもどうぞ」

「有り難うございます、華さん」

 並べられる卵焼きに、新一は嬉しそうに顔を綻ばせた。華が作る絶品料理にすでに胃袋は掴まれている。毎日これを食べられる清麿たちが心の底から羨ましい。

「――そういやガッシュ、清麿は?」

「起こしたのにまだ寝てるのだ」

「あらやだあの子ったら。忘れちゃったのかしら?」

 新一たちを一週間引き留めた張本人が今この場にいないことを思い出し問うと、ガッシュは不満そうに唇を尖らせた。華も呆れたように頬に手を当てている。

「新一君とスペイドちゃん、今日旅立つっていうのに」

 残念そうな声に、新一とスペイドは顔を見合わせて苦笑する。

 滞在して一週間。心地よいこの場所から、新一たちは今日旅立つ。

 

 

 

「――悪いっ! 新一まだいるかっ!?」

「おそよう、清麿。今から準備するつもりだ」

 朝食も食べ終わり片付けも済んだ頃に、清麿は転がるようにして二階から降りてきた。パジャマから着替えておらず、寝癖で髪もはねたまま。慌てているのがよくわかる恰好である。

「清麿、さっさと着替えてきなさい。ご飯まだあるから」

「わーってるよ。それより新一、足はどうだ?」

 華の言葉にいい加減に返事をし、清麿は視線を新一の足に向けた。新一もそれに倣って下を向き、手で触って見せる。

 足首はサポーターで固定されていた。捻挫で満足に歩けない新一の為に、わざわざ清麿が買ってきた物だ。トロピカルランドで酷使したせいで悪化していたが、手厚い治療により日に日に良くなりつつある。完治まではまだ時間はかかるが、旅立てるまでには治っていた。

「痛みはもうない。歩くのはまだ少しきついけどな」

「そうか……やっぱり、」

「ほら、さっさと着替えて来いよ」

 何かを言いかけた清麿を遮り、新一は追い立てる。それに何か言いたげな表情を浮かべたが、清麿は素直に着替えに行った。二人のやり取りを見ていた華は、頬に手を当てながら微笑ましそうに笑う。

「清麿ったら、すっかり新一君に懐いちゃったみたいね。まだここにいてほしいみたい」

「はは……っ」

 母親の目から見れば、清麿の行動は懐きからのものに見えるらしい。世話を焼かれている自覚のある新一から見れば、ガッシュと同列に扱われている気がしてならないのだが。

「でも本当残念。まだもう少し、ここにいてもいいのよ?」

「有り難うございます。でももう行かないといけないので……」

 嬉しい提案に、だが新一は丁重に断る。

 捻挫のことを考えるのなら、高嶺家の好意に甘えてもうしばらく滞在したほうがいいだろう。だが、新一にはすぐにでも家を出ないといけない理由があった。

 その理由を思い出し、深く息を吐く。

 そして思う。

 やはり己は、神に見放されているのだと。

 

 

 

 着替えと昼食を済ませた清麿と共に、新一は泊まっていた部屋に戻り荷物の整理に取り掛かった。スペイドはガッシュとウマゴンと外で遊んでおり、開けている窓から笑い声が届いてくる。この一週間、この家で笑い声が絶えたことはない。魔物達は毎日のように遊び時折笑いを届け、戦いの中にいることを忘れさせるほど穏やかな気持ちにさせてくれた。

「あいつら毎日飽きねぇよなぁ」

「子どもは遊びの天才だからな、ガッシュなんか特にそうだろ」

「ああ、そうに違いない」

 服を畳む手を止め、笑い声に耳を傾ける。清麿も窓に寄りかかり、外を見下ろす。

「――今日もいるみたいだな」

 ポツリと呟かれるそれに、新一は目を伏せる。

 彼が見ているのはガッシュ達ではない――陰に潜むようにしてこちらを窺う人間達だ。

 その者達のことを、新一は良く知っている。

「日本警察と、FBIか……日米共同捜査ってところか?」

 彼らはかつての新一の仲間であり、今は追いかけてくる敵――日本警察警視庁捜査一課と、FBIのメンバーなのだから。

 嬉しくないことに、新一の予想は嫌な方で当たってしまった。

 どこから漏れたのかは分からないが、彼らは『工藤新一』が生きていることを知り、トロピカルランドでの情報から高嶺家に潜んでいることを突き止めた。

 すぐにでも突撃してくると思いきや、こちらは予想に反し、逃亡中の犯人を追いかけるようにしてひっそりと様子を窺ってきた。新一の動向を窺っているのだろう。

 彼らが高嶺家を見張るようになり、新一は見られているのを承知の上で高嶺家から出ることに決めた。盗聴器の類は取り付けられていないが、新一をおびき出すためにどんな手段に出てくるか分からない。

 当然清麿は反対したが頑なな新一に最終的に折れ、一週間は滞在するのを条件に日本からの脱出の手助けを約束した。ガッシュとウマゴンには事情を話していない、彼らは知るには幼すぎる。スペイドはある意味当事者であるため全てを話し、ガッシュ達を見ていてもらっている。

「なぁ、新一。俺ずっと不思議に思っていたんだけどさ」

「ん?」

 ガッシュ達を見るふりをして、警察の動きを見張っている清麿は、ふと思い出したように問いかけてきた。新一はスポーツバッグに荷物を詰めながら続きを促す。

「警察とFBIは、なんで新一に気付いたんだろうな。お前はもう『コナン』じゃないのに」

「……それについては、心当たりがない訳じゃない」

 当然と言えば当然の疑問に、新一は清麿を振り返る。

 新一が姿を消したのは、まだ『江戸川コナン』としての時だった。当然彼らはコナンが元の姿に戻ったことを知らないはずである。

 新一がある程度高をくくっていたのもこの為だ。『江戸川コナン』が『工藤新一』であるという真実を知らない者が新一に気付くのは納得がいくのだが、真実を知る者達はその先入観により、気付くのは遅れるだろうと思っていた。

「オレはあの人達が『江戸川コナン』の姿をしたオレだけを探しているとは思っていなかった。必ず『工藤新一』の姿のオレも探すと予測していた」

「なに!?」

 ――それはあくまで気付くまでの時間であり、気付かれないと思っていたわけではない。

「なんたってオレは爆発に飲まれる前に、解毒剤のデータを送っているからな。オレがそれを持って一人脱出したと思われていても、不思議じゃない」

 最後の最後で己のした行動が、何も知らない者達にどんな予測を立てさせるのか分かっているからだ。

「オレはとにかく元の姿に戻りたかった、その執念はあの人たちも当然知っている。オレがあそこで姿を消したことで、一人元の姿に戻る方法を探しに出たと思われても不思議じゃない――だから余計に、オレを捕まえたいんだ」

 工藤新一に戻ることは不可能と思われていた、しかし今新一は元の姿で、日本にいる。

 どうやって元の姿に戻ったのか。

 何のために日本に戻ってきたのか。

 一体、何を企んでいるのか。

 彼らがそう思うのも無理はなく、今のように警戒しながら見張るのも当然と言えよう。

 新一の言葉に、清麿は不愉快そうに顔をしかめながらも、納得したように頷いた。腕組みをし、鋭い目で外を睨む。

「それを聞いて増々腹が立ってきた。新一がそうすると分かっていながら、『死んだ』なんてでっちあげるなんて……ザケル三発は軽いな」

「一発でも重ぇよバーロー」

 まともに食らったことがある身、そこは素直に頷けなかった。

「で、どう協力してくれるつもりなんだ? あの人たちはプロだから、撒くのはそう簡単じゃねぇぞ」

「おう、一つ作戦を考えている」

 ニッと悪戯っぽく笑う清麿に、新一は首を傾げる。

 新一に認められた頭脳の持ち主は、その作戦内容を話し始めた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 警視庁刑事部捜査一課強行犯捜査三係の巡査部長・高木渉は欠伸を堪えるのに必死だった。気を抜けば眠りそうになるのを刑事のプライドで何とか耐えるものの、連日の見張りは身体的にも精神的にも辛い。

 だがそれもあと少しで終わりだ。暫く待てば交代の時間になり、しばらく休憩を取ることが出来る。今共に見張りをしている千葉が眠気覚ましのコーヒーを買いに行っているので、それを飲んで待っていればいい。別の場所ではFBIも見張っているので、彼らにも持っていくのもいいだろう。

「……工藤君、今日は何するつもりなんだろうな」

 ポツリと、独り言を呟く。人がいない空間では、心の中で思っていることが口に出やすくなる。

 今現在高木が見張っているのはかつて、否、今も仲間だと思っている『工藤新一』である。高木は工藤新一と聞くと『江戸川コナン』の方を思い出す。『江戸川コナン』の方が付き合いも長く、より親しみを持っていたためだ。彼が『工藤新一』であると知らされた時は驚いたが、同時に納得したのも確か。彼が元の姿に戻れず『江戸川コナン』として生きることになると聞かされた時も、対して思うことはなかった。

 それが彼にとって裏切り行為に等しいと知ったのは、彼の死を確認しないままに『工藤新一の死』が世間に公表された時だった。

「工藤君、やっぱり怒ってるんだろうなぁ……」

 ――最初は、どうしてと思った。

 彼は元の姿に戻れないのだから、偽りの姿で生きることを選ぶのは当然だと思っていた。普段の様子を見る限り、『江戸川コナン』としても彼は対して不便に感じている様に思えなかった。新たな人生を送れるのだと思えば、そう悪い事ではないだろうと楽観的に考えていた。

 だからこそ彼が『死』を選んだのに驚いた。理解が出来なかった。それは高木だけではない、周囲の刑事たちも同じだった。

 ――何も分かっていなかった己達に気付かせたのは、彼の両親だった。

 その時に知った、彼は『工藤新一』を渇望していたことを。

 『江戸川コナン』で得られた幸せを捨ててでも、『工藤新一』を選んでいたことを。

 

 元に戻れないということに、彼がどれだけ絶望していたのかを。

 

「でも工藤君、やっぱり僕は分からないんだ……」

 それでも高木の中から疑問は消えなかった。

 元の姿に戻りたい気持ちは分かる。

 だが、『江戸川コナン』を捨ててでも戻りたい訳が分からなかった。

 『江戸川コナン』は偽りだとしても、そうと知らない者達から見れば本当である。高木もまた真実を知らされなければ、かつての彼の同級生たちのように、『江戸川コナン』が両親と共に暮らす為に海外に引っ越したことに悲しんだだろう。

 確かに彼らからすれば『江戸川コナン』は海外で生きており、永遠の別れではない。小学一年という年齢を考慮見るに、時が過ぎれば『小さい頃の思い出』となり、そのまま忘れていくかもしれない。

 それでも、別れの際彼らは涙を流し悲しんだ。それを見ているにも関わらず、周囲の人を悲しませてでも、彼は元に戻りたかったのか。

 そうしてでも『工藤新一』として生きることに意味があるのか。

「君はどう、答えてくれるのかな……」

 分からないからこそ、知りたい。そしてきちんと謝りたい。

 『工藤新一』が生きていると知ってからぐるぐると回り消えない疑問を、頭を振って追い出そうとした時だった。

 ガチャリと、『工藤新一』が滞在している家の玄関の扉が開いたのは。

 緩んでいた気を慌てて引き締める。

 『工藤新一』はラフな服装に帽子を深くかぶり、サングラスで顔を隠すという、外出する時の恰好をしていた。何時もと違う点と言えば、マスクをつけていることと、大きな緑色のスポーツバックを肩にかけていることだろう。

 『工藤新一』は周囲を見渡し人がいないことを確認した後、急ぎ足で歩き出した。向かう先は分からないが、このまま行けば商店街がある。

「まずいっ!」

 人込みの中に混じられてしまえば、行方を見失う可能性もある。何よりいつもとは違い大きな荷物を持っていることも引っかかる。

 慌てて無線で連絡をし、高木は気付かれないよう、だが急いでその後を追いかけた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 家から出て行った『工藤新一』を追いかけだした警察とFBIの姿を確認し、新一はおいおいと呆れの表情を浮かべた。

「あっさり騙されてどうすんだよ……」

「新一、今は好都合だと思うことにしよう」

「そりゃあ、そうなんだけどさ……」

 宥めてくるスペイドに少し気持ちを浮上させながらも、かつての仲間たちに抱いた感情は中々消えない。

「あっさり清麿をオレと勘違いするとはな……」

 ――囮となって見張りをここから遠ざける、と清麿が言い出した時、新一は真っ先に反対した。

 確かに清麿と新一は背格好が似ている。辛うじて新一の方が身長は高く、その割に細身ではあるが、個性的な髪形は帽子で隠し、サングラスで目を隠し、おまけにマスクで口元を隠せば遠目から見れば分からないだろう、というのが清麿の主張だ。

 それに対する新一の主張は、そこまで日本警察もFBIも馬鹿ではない、であった。そんな簡単な手に引っかかるようであれば、世界的裏組織を一網打尽にすることは出来なかったと。

 押し問答が続き、やってみないことには分からないと清麿が押しに押して、新一が折れたことによってこの作戦は決行されることになった。

 全く同じ服は持っていないが、似たようなものはあるのでそれに着替え、清麿はより追いかけられやすいようカモフラージュとして緑色を基調としたスポーツバックを持って出ることにした。中に入っているのは魔本と――ガッシュである。

 どうやら清麿のバックはガッシュ専用の服もとい入れ物になっているらしく、彼が中学校に潜入する時に使用しているらしい。改造しているらしく、にょきりと手足が生えた時はバックのお化けにしか見えなかった。

 因みにガッシュは、面白い所に連れて行くから中に入っていろとの言葉に喜んで入っていった。その面白い所が日本警察とFBIとの鬼ごっこの舞台であると知ったとき、彼が泣き崩れないかが心配である。

 そうして意気揚々と囮として出て行った清麿を新一は多大な不安と共に見送ったのだが、予想に反し見張り役は清麿を追いかけて行った。余計に疲れた気がするのは、気のせいではないだろう。

「――まぁ、スペイドの言う通り上手くいったのならいい」

 何時までもここで項垂れている訳にはいかない、と気持ちを切り替える。危険な囮役を買って出てくれた彼らの為にも、新一たちは無事に日本から脱出しなければならない。

 そのためにスペイドも、自身のポリシーを曲げて何時もの服装ではなく、目立たないよう新一の服を着ている。兜も外し、顔立ちを少しでも隠すため眼鏡をかけさせた。これでコスプレをしていると周囲に騒がれることもない。

「さあ行くぞ、スペイド。ここから本番だ」

「ああ、いざとなったら私が蹴散らしてみせる」

「……出来れば穏便に頼みます」

 自身のスポーツバックを肩にかけ、華が待つ勝手口へと向かう。そこから出た瞬間、新一の過去との戦いが始まるのだ。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「――よしっ、上手くいったな」

 後をついてくる者達の姿を確認した清麿は、彼らにばれないよう安堵の息を吐いた。このまま商店街を練り歩き、電車に乗って新一たちの向かう空港から離れる。流石に最後まで騙しきれるとは思っていないので、いざとなればガッシュと共に撹乱作戦に移行する予定だ。魔物の力を使うことに新一は難色を示したが、渋々認めてくれた。

「のう、清麿」

「シッ、黙ってろ」

 肩にかけているバッグの中から、ガッシュが小声で話しかけてくる。誰かに聞かれたら大変だと諫めるが、ガッシュは言うことを聞かず言葉を紡ぐ。

「気のせいかもしれぬが、なにか見られている気がするのだ。魔物ではないと思うのだが……」

「……そうか、お前も気付いたか」

 流石に修羅場をくぐり抜けてきただけあり、ガッシュもこの視線に気づいたらしい。家を出る時は困っていただろうが、逃げている今は好都合である。

「ガッシュ、落ち着いてよく聞け。今俺達は後をつけられている」

「なにっ!?」

「大声を出すな! ……ここは人が多いから、いなくなるまで待てよ」

「ウヌ、分かったのだ」

 ガッシュは力強く返事をした。清麿は決して嘘はついていない。ただ、肝心な内容を言っていないだけである。

「行くぞ、ガッシュ。とにかくこの場は逃げるんだ」

「ウヌ!」

 すれ違いながらもある意味心を一つにした魔物とパートナーは、鬼ごっこを始めるべくその場から駆け出した。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「――空港までお願いします」

「分かりました」

 なんとかタクシーを捕まえて飛び乗ることに成功した新一とスペイドは、走り出す車の中で深く息を吐いた。見張りがいないことは確認していたが、気付いていないだけで潜んでいる可能性もある。一秒たりとも気を抜くことは出来ない。

「新一、大丈夫か?」

「ああ、平気だ。まだ歩ける」

 心配するスペイドに安心させるように笑いかける。スペイドは小さく笑い返し、新一の手を握った。手袋を外している為直接感じる彼女の体温に、新一はゆっくりと握り返す。

「大丈夫、オレにはお前がいる。二人でなら、前を向ける」

 スペイドの心配は足首の捻挫だけではないことなど、すぐに気付けた。新一の言葉に少しだけ不安を抱いたことにも。

 だからこそ、彼女の心配を晴らす為に言葉にする。今までなら恥ずかしくてできなかったが、言葉にすることで安心出来ることを、新一は知ってしまった。

「だから一緒に歩いてくれよ、スペイド」

「……私は初めから、新一の隣を譲るつもりはない」

 でも、安心したと呟かれた言葉に、新一は握りしめる手に力を入れる。

 今追ってはいなくとも、先を読み空港で待ち伏せされている可能性もある。それでも新一は突き進む、スペイドと共に。

 それによりハッキリと敵対することになっても、後悔はない。

 

「――意外だなぁ、あんたがそんなことを言うようになったなんて」

 

 ――その決意を台無しにする声が、車内に響き渡った。

 聞き覚えのある、正確に言えば新一とそっくりな声にスペイドは驚き、己と似た声を持つ存在を知っている新一はハッとして運転手を見る。

 そこには、帽子を深く被る青年がいた。タクシー運転手にしては非常に若い。二十代、いや、十代。下手すれば新一と同い年に見える。

 感じる冷涼な気配に、新一は呆然とした。彼が関わってくることを全く想定していなかった分、衝撃は大きい。

「怪盗KID!?」

「せいかーい! 久しぶりだなぁ、名探偵。ちょっと見ぬ間にでかくなっちゃって。オレの方がいい男だけど」

 ニヤリと、ミラー越しに見える男の口角が上がる。

 それを見たスペイドが、戸惑ったように二人を交互に見ながら新一に顔を寄せる。

「新一、あの男は知り合いか?」

「……オレからすれば知り合いだが、向こうにとっては初対面だろうな」

 ――怪盗1412号、通称怪盗KID。それが男の名だ。

 神出鬼没で大胆不敵な怪盗紳士。その他にも、「月下の奇術師」「平成のアルセーヌ・ルパン」「確保不能の大怪盗」と様々な呼び名がついている。盗む獲物の殆どがビッグジュエルと呼ばれる宝石。しかし盗みに成功しても数日後持ち主に返却することから、義賊のような怪盗と言われている。

 新一は、否、『工藤新一』はこの怪盗と面識はない。怪盗と出会ったのは『江戸川コナン』の時。蘭の親友である園子の家に彼が暗号の予告状を出し、それをコナンが解いたことがきっかけで、二人は出会った。コナンは鈴木家に予告状が出される、もしくは小五郎が依頼されない限り怪盗の犯行現場に踏み入ることはしなかったが、対決する際殆ど彼の出した謎を解き結果的に宝石を取り返していた為、何時しか世間から「キッドキラー」と呼ばれるようになった。

 また、あまり知られていないが、かつての共犯者から「ハートフルな怪盗さん」と称されるほど怪盗はコナンの窮地を何度も救ってくれていた。そのためコナンもこの怪盗だけは別格として扱い、内心ひそかに信頼もしていた。

「『江戸川コナン』と『工藤新一』は別個の存在、なんだろうし?」

 ――だがそれはあくまで『江戸川コナン』だった時の事。

 この怪盗もまた、裏切った周囲と同じように真実を覆い隠し、偽りの姿を望んでいるかもしれない。

 怪盗から目を離さず、新一は空いている方の手でバッグの中から本を取り出す。単なる人間に対して魔物の力を使うことに抵抗はあるが、相手はどんなことをしてくるか分からない怪盗KID。かつての道具を持っていない今、この窮地を抜け切るにはスペイドの力を頼るしかない。

 身構えながら、怪盗の返答を待つ。

 新一とスペイドの警戒に気付いているのかいないのか、怪盗はポーカーフェイスを崩して口を開く。

「はあ? 『江戸川コナン』も『工藤新一』もお前だろうが。何変なこと言ってんだよ……あっ、まさか本当の姿で『初めまして』とかじゃねぇだろうな!? 時計台でのことを忘れたとは言わせねぇぞ!」

「……へっ?」

「忘れてる! その反応思いっきり忘れてやがる! この白状者!」

 予想外のことに、新一はポカンと口を開けた。一人騒ぎ出した怪盗に、スペイドも警戒を続けるか悩んでいる。

 一体この怪盗は何を言っているのだろうか、と新一は首を傾げた。

 新一の記憶にある限り、怪盗と出会ったのはコナンになってからである。その前は泥棒に興味が一切無かったため犯行現場に行ったことない。

(……あっ、でも時計台でめちゃくちゃ怒られたことはあったな)

 必死に頭の中の引き出しを開けていると、忘れかけていたことが飛び出してきた。

 懇意にしている目暮警部に誘われ乗った警視庁のヘリが、たまたま江古田町にある時計台の上を通過した時の事である。その日は時計台から時計を盗むという予告が警察に届いていたらしく、警備体制が敷かれていた。しかしそれがあまりにも穴だらけだったため、ついつい新一はヘリの中から指示を出してしまったのだ。その時に色々とやらかして大目玉を食らい、泥棒の真の目的が窃盗ではなかったこともあり怒られた記憶しか残っていなかったのだが、辛うじて泥棒と対決したのはこれだけである。

「……まさか、江古田町の時計台のことか?」

「それそれ、覚えてんじゃん」

 覚えていない、正確に言えばその泥棒が怪盗KIDであったことを知らないのだが、機嫌を直した怪盗に新一はそっと真実を飲み込む。スペイドが本当に覚えているのか、と言いたげな目を向けてきたので目も反らした。

 それらに気付いていない怪盗は、上機嫌なまま口を動かす。

「正直な話、あん時が一番『ヤバい』って思ったんだ。初めてだったよ、あんなに追い詰められたのは。それからずっとお前のことマークしていた」

「……そりゃどうも。ついでに聞いとくが、何時コナンがオレだって気付いたんだ?」

「最初から。ちっこいお前を見て『工藤新一だ!』って思ったから色々調べて、物騒な物作る博士が『新一』って呼んでるの聞いて確信した」

「博士ぇ……」

「だからさ。信じられなかったんだ、『工藤新一』が死んだって。絶対どこかで生きてるって思って、探してた」

 漸く本題に入る怪盗に、新一とスペイドは気を引き締める。少なくとも敵対する意思はないように見えるが、どうなるかは分からない。本から手を離さず、新一は慎重に言葉を選ぶ。

「それで、何を知りたいんだ」

「別に何も?」

「……わざわざタクシー運転手に変装してオレに接触してきた癖に、何もない訳ないだろう」

「本当に何もないんだって」

 頑なな新一の態度に、怪盗は苦笑する。それにスペイドは意外そうにし、スッと警戒心を消す。

「警察やFBIみたいに、どうやって元に戻ったのかとか、どうやって生き延びたのかとか、そんなのどうだっていい。ただオレは、オレが認めたたった一人の『名探偵』が生きていることを、確かめたかっただけなんだ」

「……その『名探偵』はコナンのことで、」

「しつこいなぁ、お前も。『江戸川コナン』も『工藤新一』もどっちもお前で、『名探偵』には変わりねぇだろうが!」

 焦れたように言う怪盗に、新一は息をのんだ。

 今まで信じていたものが揺らぐ感覚に、スペイドを握る手に力が入る。

(そんなの嘘だ、これは罠だ。オレを、両方のオレを必要としてくれたのは、スペイドだけだ)

 信じてはいけないと鳴り響く警戒音に唇を噛み締める。

 顔を俯かせ口を閉ざした新一に、怪盗がミラー越しに「名探偵?」と窺った。

 新一の葛藤を隣で感じているスペイドは、強く握り閉めてくる手を握り返し、「そこの」と初めて怪盗に向けて口を開く。

「新一は今、とても『疲れ』ている。少し休ませてもらいたい」

「……疲れてる、ですか。名探偵も人間だったんですね」

「……人間でも魔物でも、疲れる時は疲れるものだ」

「名探偵、このお嬢さん何? 自称不思議ちゃん系?」

 突然魔物と言い出したからか、怪盗は若干引いている。

 スペイドもまた、新一へは砕けた口調だったにも関わらず、いきなり丁寧な喋りに変えてきた怪盗を胡乱そうに見ている。

 だが両方に説明できるほど時間も心の余裕もない。二人の疑問を受け流し、新一は大きく深呼吸をして落ち着かせる。

「オレが生きていることを確認したかっただけなのは信じてやる。だが、悪いな。お前の望む『名探偵』はもういない」

「……本当頑固だよなぁ、あんたは。だからオレは『江戸川コナン』じゃなくて……」

「――『探偵』は死んだ。今ここにいるのは出来損ない探偵の亡霊さ」

 その瞬間、ミラーに映る怪盗の顔がこわばった。

 訪れる沈黙に、新一も口を閉ざし、スペイドもまた何も話さない。

 少しして、怪盗がゆっくりと息を吐いた。

「なる程な、そこのお嬢さんの言いたいことがやっと分かった――オレもまだまだ、か」

 その言葉に新一は眉をひそめたが、否定することなくそっぽを向く。

「分かったなら、さっさと急いで空港に行け。オレ達は日本を発つ」

「へいへい、了解しました」

「……すげー今更だけど、お前免許持ってんの?」

「怪盗ですから」

 答えになっていないそれに、新一は苦笑いを浮かべた。もし事故でも起こしたらスペイドと共に逃げようと本気で考える。

 本をバックの中に戻し、スペイドの手をやんわりと離した。一瞬心配そうな表情を浮かべられたが、大丈夫だと笑みを返すと大人しく手を退ける。

「キッド、聞きたいことがある」

「おう、再会お祝いになんでも答えてやるぜ?」

「オレが生きていることを、どうやって知った」

「テレビだよ、テ・レ・ビ。相変わらずのうかつっぷりに今回は助けられたなー」

「……あれかぁ……」

 脳裏に浮かぶ、清麿と見たニュースの映像に新一は脱力した。出来る限り変装したつもりだったが、達人の目は誤魔化せなかったらしい。怪盗の言葉に反論できないのが悔しい。

「警察もそれで気づいたのか?」

「いーや? 警察は気付きもしなかったぜ?」

「なに?」

「気付いたのは別の人。ついでに今警察とFBIを使って追いかけてさせているのも、その人だ」

「それって……」

 まさか、と息をのむ。新一の変装に気付け、尚且つ日本警察とFBIを動かせる人物など一人しか思い浮かばない。

「名探偵の親父さん、優作先生」

 ――工藤新一の父親、工藤優作。世界的推理小説家にして、新一以上の推理力を持つ男。

 父親の名前に、新一の心は悲鳴を上げた。

 ハッと短く息を吐いて胸を掴むと、スペイドが不安そうに覗き込んでくる。

 ミラー越しに見えた怪盗も、痛々しそうに顔を歪めて目を反らした。アクセルを若干踏み込み、スピードを上げる。

「気を付けろよ、名探偵。空港には恐らくお前のご両親と、例の博士とあのおっかない女史がいる。ついでに捜査一課の目暮警部とその部下、FBIからはジェイムズ・ブラックとその部下が張っている」

「……聞くだけで遠慮したいフルコースだな」

「もひとつオマケに、名探偵の囮役を買って出たあの少年、今頃盛大に鬼ごっこしているはずだぜ」

 それに反応したのはスペイドだった。

 ピクリと震える肩に、新一は「大丈夫だ」と宥める。

「清麿とガッシュを信じろ。どちらかというと心配しないといけないのは、警察とFBIの方だ」

「新一、私が心配しているのはそっちの方だ。あの二人が逮捕されないかと……」

「……やっぱ間違いだったかなぁ……」

 二人そろって遠い目をする。ザケルをぶち当てると息巻いている清麿と無邪気に魔物の力を存分に振るうガッシュが浮かび、しっかり釘をさして置けばよかったと後悔する。

 予想に反しあまり慌てた様子のない、寧ろ別の意味で心配している二人に、怪盗は訳が分からず首を傾げた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 新一とスペイドが直接人に術をぶつけないでくれ、と祈っているその頃。

「うぉおおおおおお!」

「ぬぉおおおおおお!」

 清麿とガッシュは、森の中を走り回っていた。

「清麿、なぜ私たちは狙われているのだぁ!」

「今それを説明している余裕はねぇ!」

「それは無責任というものではないか!?」

 もはや涙目になっているガッシュに、清麿も一瞬そうだよなと冷静になる頭で思う。

 予定に反して今森の中を駆けずり回っているのは、一重に追いかけて来ている者達のせいだ。

 清麿は全く考えてもいなく、予想もしていなかった。彼らが手段を選ばないで追いかけてくることなど。

 ピュン、と頬すぐ横を何かがよぎる。それは激しい音を立てて木に命中した。それを合図に、背後から次々と木に命中したものと同じ物――麻酔銃弾が襲ってくる。

「きききっ、来たのだぁあああ!」

「逃げるんだガッシュ! とにかく逃げるんだぁああ!」

 ――誰が一体思うだろうか。この平和な日本の中で、銃弾が襲ってくるなど。

 麻酔銃だから安心しろ、とライフルを構えた男にご丁寧に説明された時、清麿は泣きそうになった。ここはアメリカでも戦争地帯でもない。

「うぇええええええん!」

 術で反撃する、という手段がすっぽり抜けた二人は、泣きながらひたすら銃弾の嵐から逃げていた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「あのー、赤井さん?」

「なんだ?」

「何もここまでしなくても……」

 子ども二人に向けて容赦なく麻酔銃を放つFBI捜査官赤井秀一に、高木は恐る恐る、かなり逃げ腰になりながらも勇気を振り絞る。それに手配された銃を持ちながらも撃つのを躊躇っていた日本の警察官は心の中で拍手した。

「ここまでしないといけない相手さ、あいつらは」

 ――それもすぐに、容赦ない赤井の切り捨てによって地に埋められたが。

 逃げる二人をスコープで追う赤井に、高木は心の中で涙を流す。

 確かに今逃げている少年を『工藤新一』を間違えて追いかけたのは高木の責任だが、今のこの、麻酔銃で彼らを追いかけることになったのはFBIの指示だ。なぜそこまでして彼らはあの少年たちを捉えようとしているのか、見当もつかない。

「あの本を持つ者達は、非常に厄介な存在だ。この貴重な機会を逃したら、真実を知ることは出来ない」

「本、ですか?」

「中学生の少年が持っていた赤い本のことだ」

 言われて思い返してみると、確かに少年が見慣れない赤い本を持っていたような気がする。だが、たかが本である。それが一体何に関係しているというのだろうか。

 増々訳が分からなくなった高木を赤井は一瞥し、仕方ないと説明する。

「今世界各国で迷宮入りの事件が多く起きているのは知っているな?」

「えっ? あっ、はい。ウチの管轄でも犯人が不明の事件が最近多いんですよ」

 丁度『工藤新一』が姿を消した、正確には『江戸川コナン』になった時期辺りから、世界各地で迷宮入りの事件が多発している。とある場所では宝石店強盗、またある場所で飲食店強盗、またまたある場所ではビル襲撃、など様々な事件が起きており、その殆どが未だ犯人が見つかっていない状況にある。警視庁が管轄する東京でも、タクシーが何者かに襲撃されたり、ある冷凍食品工場が何者かによって襲撃され半壊されたりなど、犯人が分からず迷宮入りとなった事件が多い。

「その事件の共通点として、あの少年の持つ本が浮かび上がってきている」

「――えっ?」

「あの少年たちが犯人だとは思っていない。だが、何かしら事情を知っているのは確かなはずだ」

「ちょっ、ちょっと待ってください。それって……っ!」

 思わぬ話に、高木は待ったをかけた。今まで一度も聞いたことがないそれは、恐らくFBIの情報なのだろう。

 この赤井秀一は『工藤新一』と同じくシルバーブレッドと呼ばれ組織に恐れられていた人物だ。一度は作戦により死んだことになっていたが、時期を見計らい復活を果たした。組織戦では『江戸川コナン』と同じく前線で戦い、恐らく誰よりも『彼』に頼りにされていた。

 そんな人がわざわざ話してくれた内容を、高木は少しも疑いはしない。むしろ一介の日本警察官に過ぎない己に話してくれたことに、喜びすら抱いている。

 高木が待ったをかけたのは、疑いではなく、隠されていた真実のかけらを見つけてしまったから。

「工藤君も、色違いの本を持っていましたよね!?」

 ――『工藤新一』もまた、少年と同じ、だが色違いの本を持っていることを。

 『工藤新一』の持つ本は彼の瞳の色と同じ蒼色だった。二人で本を持ち合い何やら話している姿に、高木は単純に仲がいいのだなとしか思っていなかった。

 しかし、赤井の話を聞いてしまった今、同じような感想は抱けない。そして気付く、何故執拗にFBIが工藤新一と今逃げている少年たちを追いかけるのかを。

 だからこそ、高木は叫ぶ。まだ『工藤新一』の気持ちは分からないが、それでも『彼』を信じる心に嘘偽りはないために。

「――工藤君は、犯罪行為に手を染めたりなんかしません!」

「――そうだな。俺もそう思っている」

 フッと、赤井は小さく笑った。未だスコープから目を離さないが、幾分か雰囲気が和らいでいる。

「だからこそ、彼らを捕まえて聞き出す必要がある。分かってもらえたか?」

「はい! ――あれ?」

 誘導にうっかり乗ってしまった高木は、気持ちのいい返事を返した後あれと首を傾げた。それを聞いていた日本警察官たちは「高木の馬鹿ー!」と心の中で叫ぶが、赤井が怖いのであくまで心の中に留めている。

「……でもそれって、こうやって銃使って追いかけ回すよりも、普通に彼らに聞けばいいんじゃ……?」

 うっかり口に出やすい高木の素朴な疑問は、少年たちの悲鳴にかき消された。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「――じゃあな、名探偵。会えてよかったぜ」

「――目的を果たさない内に捕まらないよう、せいぜい気を付けろよ。二代目君?」

「はあ!? 名探偵、あんた知って――っ!」

「さぁな、探偵を辞めたオレには関係ないことだ」

 

 

 空港に着いた新一は、振り回してくれたお礼に爆弾を二つほど投げてタクシーを降りた。後ろの方で何やら怪盗が騒いでいるが、気にせずスペイドと手をつないで空港内へと向かう。

 気になるのか後ろを振り返りながら、スペイドが体を寄せてくる。

「新一、あの男は一体……」

「世間を騒がす気障なコソ泥さ。愉快犯も義賊でも私利私欲のためでもない、ある物を二世代に渡って探している――オレが知っているのはこれくらいだ」

 その正体も実はとっくの昔に知っていたりするのだが、元から現行犯以外で捕まえる気は更々無く、目的を知ってからはさらにその気は無くなり、探偵を辞めた今全く無くなった。彼が目的を果たして引退すれば、新一は素直に負けを認めるつもりでいる。

(何度も助けてくれたのは事実だしな。これがオレなりの礼さ、黒羽快斗。さっさと目的の物見つけて、日常に戻れよ)

 心の中で怪盗に激励を送る。振り返りはしない、今新一が見ないといけないのは、後ろにいる敵ではない人物ではない、前にいる敵か味方か分からない存在だ。

 荒れそうになる心を、スペイドの手を強く握り締めて落ち着かせる。

「スペイド、いざとなったらオレを抱えて逃げてくれ」

「それを望むなら、どこまでも逃げて見せよう」

 空港の中は人で混雑していた。

 それでも新一は見つける、見つけてしまう。

 一角に佇む、警察を、FBIを、協力者を、――両親を。

 ドクン、と心臓が嫌な音を立てて激しくなる。呼吸が浅くなり、全身に震えが走る。

 ――怖い、そう思った。

 清麿に言った言葉は嘘ではなかった。今新一を占める感情はただ「怖い」という恐怖心のみ。

 ハッと短く息を吐き、逃げそうになる足を叱責する。

 ここで逃げてはいけない。囮役になってくれた清麿とガッシュの為に、隣にいる相棒の為に。そして何より、己自身の為に。

「――行こう、スペイド」

「ああ、新一」

 繋いだ手を硬く握り締め、新一は前へと踏み出した。




長くなりすぎたので、区切りのいい場所でまた区切りました。次回でようやく決着です。

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