蒼色の名探偵   作:こきなこ

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Level.07 君の味方 

「行ってきますなのだ!」

「行ってくる」

「夕方までには帰ってくるんだぞー」

 元気良く手を振って外に出ていくガッシュと、控え目に頭を下げてその後を追うスペイド。彼らは今から約束の二つ目を果たしに裏山へと行く。ウマゴンは本の持ち主探しのため、今日は二人と別行動。そして清麿はというと。

「清麿、オレ書斎見てみたい!」

「お前は大人しく俺の部屋で休んどけ!」

 絶賛足首負傷中の新一と共に、家でお留守番である。

 

 

 

 トロピカルランドで発覚した新一の足の捻挫は、彼が酷使したため痛々しいまでに腫れ上がっており、急遽高嶺家へと搬送されることになった。本当ならば病院に行った方がいいのだが、新一の事情により行くことが出来ない。包帯の巻き方は下手だが、病院の先生も驚くほど的確に処置出来る清麿が代わりに応急処置を施し、心配した清麿の母親の華が新一とスペイドがホテルに帰ろうとするのを引き留めそのままお泊り。ガッシュとウマゴンが喜んだのは言うまでもない。

 明けた翌日は平日なので学校があるのだが、清麿は新一が心配だからと自主休学をすることにした。華は最初こそ渋っていたが、今日は町内の母親グループとお茶会があるらしく家にいられないため、「今回だけよ?」とそれを許した。

 ホテルにある荷物は昨日のうちにスペイドが引き取りに行ったので新一が出歩く必要はない。ガッシュとスペイドの訓練に参加しようとしていたが、清麿の雷が落ちたので大人しく部屋で休んでいる――決して、文字通り雷を落とされ黒こげになった訳ではない。

 だが、流石世界の名探偵というべきか。新一は動けなくとも好奇心旺盛な青年だった。

 清麿の父親が考古学者だと知るや否や、彼の本が読みたいと言い出したのだ。なんでも父親のことを知っているらしく、彼の論文を読んで感銘を受けたとか。探偵というのは考古学にまで精通していないといけないのかと思った一方、嬉しくも思った。あの世界の名探偵が父親のことを認めていることは、息子としてほんの少しだけ誇らしい。あくまでほんの少し、だが。

 そのまま話は論文の中身へと移り、お互いに意見を交わし合った。今まで頭が良すぎるあまり話についていける同年代の子どもはおらず、初めてと言っていい同レベルでの知識の応酬に、いつの間にか清麿も我を忘れて新一との議論に熱中していた。

 気付けば昼もとうに過ぎ、二人の腹の虫が空腹を訴え。

 続きは腹ごしらえしてから、と二人は笑いながら華が作り置きしていた昼食を食べに一階へと降りた。

 

 

「清麿、テレビもつけてくれ」

「おう、いいぞ。この時間帯は……再放送で名探偵の特番があるらしいぜ。お前のことも出るだろうな」

「昔はともかく、今はなぁ……。眠りの小五郎なら、喜んでインタビュー受けるだろうけど」

「ああ、そういや小五郎って探偵だったっけ。どっちかと言うと、CMタレントのイメージが強いんだよな、推理するとこ見たことないし」

「……だろうなぁ……あっ、おっちゃんだ」

 昼食も食べ終わり、リビングへと彼を運びリモコンのスイッチを押す。

 タイミングよく、探偵毛利小五郎と人気アイドル沖野ヨーコが共演しているガムのCMが流れていた。毛利小五郎はかつて『眠りの小五郎』として名をはせた探偵である。工藤新一の死が発表される少し前からその名は聞こえなくなり、噂では眠らなくなったとか推理力が落ちたとか。しかし探偵ブームが沸き起こり、小五郎は再びテレビを通して世の中に姿を現した。主にCMやバラエティ番組で活躍しており、難事件こそ解決しなくなったがお茶の間を賑わす存在となっている。

 新一も小五郎のことを同じ探偵として気にしているのだろうか、その割には苦笑いを浮かべながらテレビを見ている。

「……まぁ、これはこれで良かったのかもしれねぇな……」

「なにが?」

「なーんにも?」

 話す気はないらしい。追及する気はないので、そのまま彼の隣に腰を下ろす。

「なんか気になる事件とかあるのか?」

「いや、別に。ただまぁ、オレの死がどこまで通用しているかは気になるな」

「通用って……誰も疑っちゃいねぇと思うけど」

 少なくとも日本の中で疑っている人はいないだろう。清麿もまた、新一に打ち明けられるまでは「どこかで見たことあるような」と思いこそすれ、死人が生きていると結びつけることはしなかった。

 だが。新一は真剣な表情を浮かべる。

「オレの体は、見つかっていない」

「……今俺の目の前にあるからな」

「だからだよ。オレが死んだという決定的証拠は、どこにもないんだ」

「……あっ」

 指摘されたごく当たり前のことに、清麿の頭脳は一気に回転をし始めた。

 急激に喉が渇く。彼が何を言いたいのか悟り、ごくりと唾を飲み込む。

 死体が発見されていないのにも関わらず、日本中が彼の死を認めたのは他でもない。日本警察とFBI、その他組織との戦いに関与していた機関がそれを発表したからである。

 ――工藤新一は爆弾により吹き飛ばされ、遺体の回収が出来なかった、と。

 だからこそ民間人はそれを信じた。彼の両親である工藤夫妻が悲しみに嘆く姿が報道され、尚更その死を絶対のものとして疑いもしなかった。

 

「工藤新一は死んだ。それを決定付ける為に死の報道をしたとしても、それを本当に警察側が認めているかどうかは……分からないだろ?」

 

 情報操作。その単語が頭をよぎる。

 もしも、彼が言っていることが正しければ。

 『工藤新一』の死は、世界によって操られたことになる。

 

「――でも待て。なんでお前の『死』を捏造しないといけないんだ」

「理由として考えられるのは二つある。一つは、昨日も言ったように裏社会とのバランスを考えて。もう一つは――『工藤新一』が邪魔になったから」

 人差し指と中指を立て、新一は淡々と説明する。

 二つ目の理由は受け入れがたいものだったが、考えとしてはあり得るものだ。

 新一はまだ高校生で民間人。探偵という肩書はあるものの、警察機関に属する者ではない。例え組織戦では必要だったとしても、その頭脳が必要で無くなった今、彼のような特殊な存在は目の上の瘤でしかない。だからこそ、世界は彼の死を外側から決定付けた。例え彼が生き延びていようとも、再び世の中に姿を現させないように。

 クッと清磨は奥歯を噛み締める。湧き上がる衝動を必死に抑えようとするが、「ふざけるなよ」と声から漏れてしまう。

「そんなの、勝手じゃねぇか……! 新一を、なんだと思っているんだ……!」

「スケープゴートだろ」

「お前は、それでいいのかよ!」

「――最初から、そのつもりだったみたいだし?」

 フッと、新一は小さな笑みを浮かべた。諦めにも似た儚いそれに、清麿は息を飲み込む。

「『工藤新一』を『江戸川コナン』の、いや、犠牲者達のスケープゴートにすることは」

 ――彼は一体、どんな地獄を見てきたのだろうか。

 そう思わせてしまう程、新一の目には深い絶望の色があった。

 理由など考えなくともわかる。そもそも初めて打ち明けられた時に気付くべきだったのだ。

 まだ子どもの身で世界という重みを背負い、その結果が自身の『死』を偽装され、親しい人たちからも身を隠して生きていかなければならない苦しみに。

 想像もつかないそれは、清麿から言葉を奪う。

「――ごめん」

 ようやく出てきた言葉は謝罪のもので、新一が驚いたように顔を上げた。

「なんで清麿が謝るんだよ」

「……無神経、だっただろ?」

「そんなことないさ。それにちゃんとした理由もあるんだ」

 残念ながら話せないけど、と笑う新一から目をそらす。

 話せないということは、そこから先は踏み込んではいけないということなのだろう。

 新一が自身の秘密を明かしたのはそれが必要だったからであり、それ以上を清麿は許されていない。

 悔しいと思う。だがそれを口に出してはいけない。

「新一、これだけは言っておく」

「うん?」

 その代わり、友として、彼を大切に想う者を代表して伝える。

「どんな理由であれ、お前をスケープゴートにした警察を、許すことは出来ない」

 それが今の清麿に出来ることのはずだから。

 新一は息をのみ、くしゃりと顔をゆがめた。だがそれだけで涙は出てこず、「バーロ」と彼特有の口癖を呟く。

「そんなの言われたら、真実を話したくなっちまうじゃねぇか」

「そこはお前に任せるよ。俺を巻き込む覚悟が出来たら、話してくれ」

「……巻き込まれる覚悟はあるのかよ。世界を敵に回すんだぜ?」

「はっ、なめるなよ新一」

 フンと鼻で笑ってやる。

 ガッシュと出会う前は、とても言えなかっただろう。だが最高の友と出会い、清麿は変わった。何よりも仲間を大切にするようになった。

「お前に打ち明けられた時点で、とっくに出来ていたさ」

 新一とスペイドもまた、清麿の大切な友であり仲間である。

 その覚悟に新一は蒼色の目を大きく見開き、「……また負けた」とポツリと呟いた。

「悔しいから、徹底的に巻き込んでやる。後悔しても遅いからな」

「上等だ」

「……それと、今のうちに言っておく」

「おう、なんだ?」

 

「――さっきの言葉、嬉しかったぜ」

 

 ふわりと照れたように笑う新一に、清麿も目を細めて笑う。

 何となくだが、スペイドが彼に対して過保護気味になるのが分かる気がした。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「――とまぁ、こういうことがありまして」

「なんだその奇想天外な人生は」

「人はこう言われたら納得する。工藤新一だから!」

「納得した俺が嫌だ!」

 ――工藤新一の人生は、想像以上に摩訶不思議なものだった。

 怪しげな男たちの取引現場を見るのに夢中になるあまり、背後から迫る敵に気付かず毒薬を飲まされ、気付けば子どもの姿に退化してしまったことは自業自得のように思えるが、新一の気持ちを無視して『江戸川コナン』を選び『工藤新一』を殺すことに決めた警察組織の勝手な振舞いには怒りしか湧いてこない。

 冗談半分な感想は除き、荒ぶる感情に言葉が出ないでいると、新一がポツリと呟く。

「本当はさ、分かっているんだ。あの人たちがオレのことを考えてくれていたって……でも、だからこそ、オレに何も言わずに、勝手に決めてほしくなかった」

「新一……」

「蘭がいるからじゃない、オレ自身が元に戻りたかったんだ。それが出来ないならせめて、オレの手で『工藤新一』を殺したかった」

 両手を見下ろし、新一はそっと目を伏せる。

「――可能性がゼロじゃない限り、諦めたくなかったんだ……」

 その言葉こそが、彼の本心なのだろう。

 清麿は世界的裏組織との戦いに参加していたわけではない。故に彼の仲間たちがどんな思いで、なぜこうしたのか分からない。否、考えれば少しは想像できるだろうが、今の清麿にはできない。

「――なにが、『オレのことを考えて』だ。なにも、考えちゃいねぇだろうが! 新一の気持ちを無視した、最低な裏切りだろうが!」

 目の前にいる新一に、視線が固まっているために。

 もしここにガッシュがいれば、幾分か違っていただろう。ガッシュは清麿よりも興奮しやすい、間違いなく声を荒げて感情のままに動いているはずだ。その分清麿は冷静になることが出来、どちらのことも考慮して慎重に言葉を選んでいただろう。

 だがここに正義感が強く仲間想いの少年はいない。清麿の感情は高ぶり、ギリギリと奥歯を噛み締める。

「ふざけんじゃねぇぞ……新一の意思を無視して、勝手に決めるなんて、していいことじゃねぇ」

「きっ、清麿?」

「『世界』のために『新一』が死んでいいなんて、そんなことあるはずがねぇだろ!」

 清麿の叫びに、新一は息をのんだ。

 肩で息をする清麿に、彼の方が冷静になったのか「有り難うな」と柔らかく微笑む。

「多分、赤井さん……あの人たちは、オレが元に戻れないと知ったら『工藤新一は死んだ』ことにすると思ったんだと思う。それがあの時一番世界にとって最良の選択肢で、オレにとって最悪の選択肢だったから。

 オレさ、結構自己犠牲的な行動をとることが多かったんだ。だからきっと、オレが迷わず『世界』を取ると思って、迅速に行動に移せるよう先に手配していたんだろうよ」

 静かな声に、清麿は震える手を握りしめる。

 言われてみれば、確かに怪しい部分が多々あった。

 工藤新一の死が報道されたのは、世界的裏組織が潰れたと世界ニュースで発信されたのと同時だった。ニュースは組織が潰れたその日に発表されている。つまり、組織と戦った国々は、『工藤新一』の捜索をしなかったということになる――もしも世界的裏組織が消えたと同時にその死が流れていなければ、日にちを置いてその死が発表されていれば、まだ国々は『工藤新一は死んでいない』と考えていたと、必死に捜索していたと思うことが出来ていたかもしれない。

 あまりにも早くに発表された『工藤新一』の死。流れる様に公表された彼の生涯は、驚くほどに綺麗にまとまりすぎていた。

 何よりも、新一自身が何度も『江戸川コナン』としての未来を示唆されている。元の姿に戻れない前提での話を聞かされている。

 ――苦しい、と清麿は自身の胸を押さえた。

 想像するだけで涙が溢れそうになる程、それは辛く悲しい事だった。元の姿に焦がれる彼はより一層辛かっただろう。僅かな可能性を信じることも、それを探すことも許されなかったことに、どれだけ絶望を抱いただろう。

 俯けば、頬を温かいが湿った何かが伝った。それの正体を知るよりも早く、新一の手がそれに触れる。

「バーロ。なんでお前が泣くんだよ」

 目頭に指を当てられる。正体が涙だということに気付いた清麿は、途端溢れだす涙を止めることが出来なかった。

「うるせぇ! お前が、お前が泣かないから……!」

「ああ。涙はもう出てこないんだ。当の昔に、枯れ果てたみたいでさ」

「なんで、だよ……なんで、ここまでされて……! 憎くねぇのかよ!」

「――憎いとは思ったことないけど、今は会いたくない、とは思っている」

 意外な言葉に、清麿は泣き腫らした目を新一に向けた。未だ流れる涙を拭いながら、新一は困ったように首を傾げる。

「色んなことが重なって捩じり曲がっただけで、憎いとは思わない。けど、オレは今逃げている。スペイドを理由にこの王を決める戦いに逃げて、今までいた世界を遠ざけているんだ――この三日間で、そのことに気付いた。清麿とガッシュのお陰さ」

「俺、達の……?」

「言っただろ? お前の言葉に救われたって」

 その言葉に、戦いが終わった後に言われたことを思い出す。あの時はスペイドのことを指していると思っていたが、今彼自身についての言葉であることを知った。

 迷わない、と彼はその後に続けた。そして、つい先ほど会いたくないと言った言葉の前に『今』と付けている。

 ――彼は、乗り越えようとしているのだ。生きる意味を見失うほどの絶望に襲われても尚、スペイドという相棒とともに前を向き、真実と向き合おうとしているのだ。

 強い、そう素直に思う。新一は強い。心が、強い。

 だからこそ清麿はさらに彼を裏切った者達に怒りを抱き、ぐいと手の甲で乱暴に涙を拭う。

「国と、戦うつもりか?」

「……何時かは、そうしないといけない。オレが『工藤新一』として生きるためにも。でも今は、スペイドが先決だからな。しばらくは逃亡生活に励むつもりだ」

「そうか……俺達に出来ることは、何かないか?」

「今十分してもらっている。けど、敢えて言うならそうだな……」

 顎に手を当て、少し思案した後新一は悪戯っぽく笑う。

「オレ達を、裏切らないでほしい……なんてな」

「――そんなの、約束するまでもねぇよ。例え『世界』と『新一』のどちらか選べなんて言われても、絶対に新一を見捨てたりしない」

「おっ、強く出たな」

「本当のことだ。『世界』と『新一』、どっちも選んでやる」

「……清麿なら、出来そうだ」

 悪戯っ子な笑みを消し、新一はふにゃりと顔を歪めた。出会ってから目にすることが多かったこの表情は、彼が泣きたい時に出るものなのかもしれない。

 スッと小指を差し出すと、彼のそれと絡められる。

「指切り拳万、な」

「ああ、指切りだ」

 幼い約束の交わし方。しかしそうしたのは、泣きそうに歪められた彼が、幼い子どものように見えたから。

 口約束にもかかわらず、何時変わるとも分からないそれに、新一はそれでも嬉しそうに笑った。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「ただいまなのだ!」

「ただいま戻りました」

「お帰り、ガッシュ、スペイド」

 裏山での特訓から帰ってきたガッシュとスペイドを、新一はリビングのソファーに座ったまま出迎えた。清麿はつい数分前にかかってきた電話の対応をしている。

 どれだけ暴れて来たのか、ガッシュとスペイドは泥だらけになっていた。一見大きな怪我はないが、かすり傷があちこちに見られる。その割に満足そうにしているので、充実した一日だったのだろう。

 満面の笑みで飛びついてくるガッシュを受け止めながら、新一はスペイドに笑いかける。

「スペイド、風呂を沸かしてきてくれ」

「分かった」

「おお、風呂か! スペイド、私と一緒に入ろうぞ!」

 ゴロゴロと懐いてきたガッシュの関心は一瞬で移り、新一の膝から飛び降り今度はスペイドの手を握りしめた。まさかの展開に呆然とし、風呂場へと引っ張っていくガッシュを慌てて止めようとしたがスペイドに手で制されたので思いとどまる。

(弟と姉、みたいなもんだし、そこまで気にすることない、か……? コナンだった時も蘭と入ったことあったし……)

 当時は好きな女の子と一緒にお風呂――ただし彼女はその正体を知らなかった――というシチュエーションに、子供の姿とはいえ心臓が破裂するかと思ったが、スペイドとガッシュはそういった関係ではない。蘭も普通に誘ってきていたことから、ガッシュ位の年齢だと年上の異性と入るのは普通なのかもしれない。何より、スペイドも嬉しそうだった。

 自問自答をして納得していると、電話を終えた清麿がキョロキョロとしながら戻ってきた。ガッシュを探しているのだろうと思い風呂だと伝えれば、そうかと頷き隣に腰掛ける。

「お袋から電話だった。このまま友達とご飯食べに行ってくるから、出前でも取れだってよ」

「ふぅん、そっか。オレはなんでもいいけど、ガッシュはブリだろうな」

「寿司は高いから却下。俺ピザ食べたいんだよな」

「ピザも高くないか?」

「安くて美味い店があるから大丈夫だって」

「ならオレもピザでいいや」

「確かチラシが……ああっ、そうだ新一」

 出前がピザで決まり、清麿はチラシを探しに立ち上がったが、ふと何かを思い出し再び腰掛けた。真剣な表情を向けられ、新一も気を引き締める。

「さっきお袋から聞いたんだが、昨日のお前たちの姿がテレビに映っていたかもしれない」

「なに?」

「あのイベントの特集が、昼のニュースで組まれていたみたいだ。映ったのは数秒だけだったらしいが、アリスの恰好をした女の子がいたって言っていたから気になって……」

「……迂闊だった、そういやテレビカメラいた気がする……」

 盲点を突かれ、新一は頭を抱えた。

 スペイドが『黒衣の騎士』コスをしているイベント参加者として見られるのは予想の範囲内。勝手な撮影は禁じられており、スペイドにも盗撮には気を付けろと注意していたのだが、テレビカメラに関しては言うのを忘れていた。インタビューを受けた覚えはないので、恐らく参加者の光景の一シーンとして数秒流れただけだろうが、警戒するに越したことは無い。

 映ってしまったのはどうしようもないので、一先ず出前を注文してから清麿の部屋に行き、パソコンでチェックする。

 ネット社会なだけあり、清麿の母が言っていた特集はすでにネット上で公開されていた。

 確認のため二人で見れば、予想通り参加者の光景として映されていた。黒衣の騎士とアリスが仲睦まじそうに歩いている姿が三秒ほど移された後、他の参加者のインタビューに切り替わっている。

(この位なら問題はなさそうだが……)

 他にも撮られていないかと検索にかけてみるが、スペイドと新一扮したアリスの組み合わせは見られない。「空港で黒衣の騎士コスしている人発見」という、かなり身に覚えのある内容が書かれた掲示板はあったが、少なくともトロピカルランドに関するものはニュース以外無さそうである。

 ゆっくりと息を吐き、肩の緊張を抜く。心配している清麿に問題ないと告げようとし――ふと目に飛び込んできたタイトルに、動きを止めた。

(『トロピカルランドのミラーハウス内で事故? 事件?』だと……?)

 ピックアップされたタイトル一覧の中に紛れていたそれに、新一の中で警鐘が鳴り響く。

 気のせいだと思いながらもリンク先に飛ぶ。作成更新日共に今日、平日だが遊びに行った人たちが書き込んでいる――『ミラーハウスが急遽点検されることになって、入れなかった』『警察らしき人が入っていくのを見た。事件?』などの遊園地に似つかわしくない存在を見たという、目撃情報が。

 ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。マウスを握る手が震え、ヒヤリとしたものが背筋を伝う。

「清麿……」

 彼を呼ぶ声も震えていた。カチカチと歯が鳴りそうになるのを必死に耐え、言葉を紡ぐ。

「嫌な、予感がする。というか、バレる気がする……」

「何!?」

「……ミラーハウスに今日、警察と鑑識が入っていった目撃情報が挙げられている。施設の方からは不備が発見されて、念のため警察も呼んでの点検だと説明されているが、それでも不味い」

 ネット上に上げられた目撃情報がすべて真実だとは思っていない。だが、本当に鑑識が入っていたならば、非常に不味い状況になってしまう。

「――あのミラーハウスには、オレの指紋が残っている」

 あそこの鏡には、転んで手をついた時についた指紋が残されている。拭う間もなくそのまま残された、工藤新一が生きていることを証明付ける決定的な証拠が。

 それに、清麿は一瞬目を見張った後、近隣に響き渡ったのではないかと思う程の大声を上げた。

「――おっまえは何してんだよー!」

「ごめんなさい!」

 思わず体を縮めて謝罪する。一瞬鬼の形相――比喩ではなく本当に牙と角を生やした――をした清麿は、新一の反省の態度に一転して深く息を吐いた。

「……いや、俺も怒鳴って悪い。あの転んだ時になんだろ?」

「ああ……」

「なら仕方ない。あれは不可抗力だ」

 先ほどの怒鳴りっぷりが嘘のように理解を示した清麿は、改めてパソコンの画面を見て何かを考える様に眉をひそめた。

「これを見る限り、新一の存在に気付いて、指紋を採取しに来たって訳じゃ無さそうだな……。偶然の可能性は大いにあるか」

「ああ、だが油断はできない」

「そうだな。運よく新一の指紋の採取が出来なかったとしても、警戒は続けた方がいいだろう」

「……本当に、ごめん。お前たちを巻き込んで」

「次謝ったらザケル一発食らわすぞ」

 ピン、と新一の額にデコピンを食らわせながら清麿が予告する。思わぬそれと痛みに額に手を当てながら見え上げると、「ばーか」と言われた。

「仲間なんだから、これくらい当然だろ?」

 優しい言葉に、新一は目を細めた。小さく有り難うと言うと、聞き飽きたとそっけなく返される。

 確かに、この数日間で新一は清麿にお礼を言ってばかりだった。それだけ清麿が新一に対して大きなことをしているのだが、本人にその自覚はない。

 じんわりと、新一の中で温かい何かが広がっていく。それは昼間、最大級の墓場まで持っていくはずの秘密を打ち明けた時と同じ、枯れたはずの涙があふれ出しそうになるもの。

 実際流れることは無いが、もしも涙が溜まっていたら、新一は泣き虫扱いされていただろう。

(仲間って、こんなに温かいものだったっけ……? いや、オレが忘れていただけか……)

 風呂からあがったらしいガッシュの声が、下の階から響いてくる。それに清麿が廊下に出て答え、そのまま下へと降りていく。

 新一も立ち上がり、壁に手を突きながら廊下へと出る。

「新一」

「スペイド、悪い」

 いつの間に上がって来たのだろうか、階段を下りようとする新一を、スペイドが横から支える。彼女の手を借りて一段ずつゆっくりと降りながら、「なぁ」と話しかける。

「スペイド、お前のガッシュを王にしたい気持ち、何となく分かる気がした」

「そうか?」

「オレの場合、清麿だけど」

「……そう、か。流石はガッシュのパートナーだな。清麿もいつか『王』になるかもしれん」

 下では裸で走り回るガッシュを、清麿が追いかけている。バタバタと騒がしいその光景から、二人が過酷な戦いにおいてより過酷な道を選び突き進んでいるとは到底思えない。

 だが。この周囲がすべて敵であるこの戦いにおいて、『仲間』を信じられる心の強さを、信じさせるだけの魅力を彼らは確かに持っている。

「眩しい、なぁ」

「ああ、本当に」

 ――服を着ろ、ガッシュ! 嫌なのだ、暑いのだ! と聞こえてくる声に脱力しそうになりつつも。

 新一はそっと、眩しそうに目を細めた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 東京都米花町二丁目二十一番地。

 己の死と引き換えにその地位を確固たるものとした世界の名探偵『工藤新一』の居住地であった場所であり、現在ロスに移住した工藤夫妻の別宅として今もこの場所に家は建てられたままとなっている。

 『工藤新一』の死が発表された当初は見物客で家の周辺が賑わっていたが、それも落ち着き、明かりの灯らない家は静かに家主の帰宅を待っている――かのように見えた。

「優作、警察からはなんて?」

「ああ、有希子。君の推理は大当たりだったみたいだよ」

「ふふ、ほらね?」

 締め切られたカーテンは特殊素材で出来ており、部屋の中の明かりを表に出さない。つまり外から見れば明かりが灯っているとは分からない。

 『人がいない家』を意図的に作り出しているそこに、ロスにいると思われていた工藤優作と工藤有希子はいた。

 携帯にかかってきた通話を切る優作の隣で、有希子は悪戯っぽく笑う。つけられたままのテレビはビデオになっており、一時停止のまま動かされるのを待たされている。

「あの子の母親である私が、見間違う訳ないもの」

 有希子がテレビのリモコンを操作し、一時停止を解除する。

 ようやく動くことを許された映像には、二人の男女が映っていた。

 一人は、今ではコスプレとして流行っている、『黒衣の騎士』の恰好をした少年。やや小ぶりな印象を与えるが、脚本家の園子が絶賛する程のクオリティの高さを誇っている。唯一残念な所が、剣の種類が違うところだろうか。

 もう一人は、アリスの恰好をした少女。女の子にしてはすらりとした長身が、子どもらしく可愛らしい服を大人な印象を与えるものに変えている。

 二人はテレビの中で仲睦まじそうに歩いていた。映っていたのはおよそ三秒程。直ぐに有希子は一時停止を押し、再びテレビの中の時間が止まる。

「もう、ちょっと見ない間に可愛らしくなっちゃって。女の子に産めば良かったわ」

「今も十分可愛いじゃないか、君によく似てね」

「あら優作ったら」

 夫からの嬉しい言葉に有希子は頬を赤らめ体を寄せた。優作も慣れた手つきで有希子の肩を抱き、だが視線はテレビに向ける。

「君にはまだ言っていなかったが、昨日、蘭君たちが例の場所であの子の幽霊と会ったらしいんだ」

「えっ、なにそれ! どういうことよ優作!」

「すまない。だが、君に言えばすぐに飛び出してしまうと思ってね」

「当然でしょ! 昨日の時点であの子があそこにいるって分かっていたら――」

 体を離して怒りを顕わにする有希子の口に、優作は人差し指を当てる。

「言っただろう、有希子。まだ蘭君達に知られるわけにはいかないと」

 静かに諭す言葉に、有希子はむっと顔をしかめた。だが怒りは消し、ポスンと座っていたソファーの背もたれに体を沈める。

「もう、優作の意地悪! だから警察に今日の朝から動いてもらっていたのね」

「なるべく早い方がいいからね。動かぬ証拠が出てから、君に伝えるつもりだったんだよ」

「――でもその前に、これを見て私が気付いちゃった、と。優作を出し抜いたーって思ったら、悪くないわね」

 ふふっと機嫌よく笑う有希子に、優作はホッと息を吐く。コロコロと表情とともに感情も変える彼女だが、一度怒ると収まるまで時間がかかってしまうので、なるべく怒らせたくはない。

「それで、蘭ちゃん達は何て言ってたの?」

「新一に完全にフラれてしまいました、と言っていたよ」

「そう……あの子達は可哀そうな位、すれ違っちゃったのね」

「そうだね。そして私達もまた、すれ違ってしまった」

 有希子の頭を抱き寄せ、優作は目を閉じる。有希子もまた優作に寄り添い、そっと目を閉じる。

「優作、あの子は私達を許してくれるかしら?」

「分からない。けれど、会わないといけない」

「ええ、そうね。そして教えてあげないと――私達はどんなことがあっても、『味方』だってことを」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

『目暮警部、ありました! 彼の指紋が発見されました!』

「――ビンゴッ!!」

 警視庁に仕掛けていた盗聴器から聞こえる言葉に、少年は諸手をあげて喜んだ。

 ガッツポーズを取り、すぐさま机のパソコンを操作する。

「やっぱりな、あいつがそんな簡単に死ぬわけねぇんだ」

 パソコンの画面に映し出されるのは、ハッキングして入手したトロピカルランド入場者データ。その中から、『ハロウィンコスプレイベントの衣装貸し出しサービス所』の利用者の情報をピックアップする。

「ラッキー、予想通りデータ化してたぜ」

 手書きのものをわざわざデータ化するのは手間がかかるが、その不便さえ耐えればあとは利点が多い。トロピカルランドは大型施設なため、一気に情報管理を行うためにすべてをデータ化しているはずだと少年は睨んでいた。

 フンフンと鼻歌を歌いながら、データを印刷する。

『警部、ハロウィンコスプレイベントの衣装貸し出しサービス所の利用者のデータです』

『確か優作君は、彼はアリスの変装をしていると言っていたな……。今すぐアリスの衣装を借りている者達をあげていくんだ!』

「――なぁんだ、気付いたのオレだけじゃなかったのか。残念」

 聞こえてくる指示に、少年はつまらなさそうに息を吐く。真実気づいたのは優作ではなく有希子の方なのだが、警察も少年もそのことは知らない。

 パソコンの横に無造作に置いていたプリントアウトした写真を手に取り、頬杖を突く。

「まっ、アンタが唯一敵わない父親なんだから、仕方ねぇのかもな。オレから言わせればこの程度の変装、本当にコスプレ止まりだけど」

 写真には、二人の男女が映っていた。

 一人は、今ではコスプレとして流行っている、『黒衣の騎士』の恰好をした少年。やや小ぶりな印象を与えるが、脚本家の園子が絶賛する程のクオリティの高さを誇っている。唯一残念な所が、剣の種類が違うところだろうか。

 もう一人は、アリスの恰好をした少女。女の子にしてはすらりとした長身が、子どもらしく可愛らしい服を大人な印象を与えるものに変えている。

「……大衆の目を誤魔化せても、オレの目は誤魔化せねぇぜ、名探偵?」

 クスリをあくどい笑みを浮かべ、少年は写真を再び置き、印刷が終わった資料を手に取る。

『高木君はジョディ先生に連絡を! 他の者達は決して外部に漏らすんじゃないぞ、特にマスコミに嗅ぎ付けられないよう気を付けるんだ!』

 視線が羅列された文字を追う。しばらく目が進んだ後、一つの行でピタリと止まった。

 ニッと、少年の口角があがる。

 

『――工藤君が生きていることを!』

「――この怪盗KID様にはな!」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 一人、一人、また一人と。

 少しずつ零れた真実を、拾う者が増えていく。

 埋められていく、工藤新一の死の謎のピース。

 完成されたそれから導き出されるのは、隠された真実か。

 はたまた――新たなる偽りか。

 

 

「ヌォォオオ! ブリなのだ! ブリのピザは私の物なのだー!!」

「ガッシュ! 独り占めしようとしてんじゃねぇ!」

「新一、ピザにはレモンパイ味はないのか?」

「んな恐ろしいピザ、あっても食いたくねぇよ」

 

 

 ――そのどちらであっても、工藤新一は受け入れるだろう。

 彼には既に、支えてくれる仲間がいるのだから。




日にちは越えたけど、ギリギリ範囲内だと信じてる…!
予定ではこの話は1話で終わらせるつもりだったんですが、次回に持ち越すことにしました。次回は警察&FBI&???との対決(?)です。


※10月14日 追記
基本新一・清麿side以外は番外・幕間で書いていく予定ですが、今回は短かったので思い直し、こちらの方に加筆させていただきました。

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