蒼色の名探偵   作:こきなこ

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Level.03 伝えたい心

 伝えられた真実に、ガッシュは丸い目を見開きながら「ウヌゥ」と唸った。

「お主、魔物だったのか……」

「……って、気付いてなかったのかよ!」

 ポツリと呟かれたそれに新一が崩れそうになる。

 この戦いにおいて魔物は魔物と引き合う運命にある。人間と見間違えることはまずなく、たとえ紛れていようとも直ぐに見分けがつく――とスペイドから聞いていた。

 だというのになぜ、この少年の姿をした魔物は見分けがつかないのか。魔物の中にも例外が存在するのか。

 困惑する新一をよそに、スペイドは全く動じた様子を見せない。

「貴方は魔界の記憶を失っているから、力の一部が眠ってしまっているのかもしれない」

「なっ、なぜ私が記憶を無くしていると知っているのだ?!」

「以前貴方がイギリスにいる時、遠目から見ていて偶然知った」

「お前はストーカーか!」

「ウヌ、そうだったのか」

「納得するんだ!?」

 キラキラとした笑顔で見つめ合う――内一人は推測だが間違いないはずだ――魔物達に新一は一人ツッコむ。

 薄々感じてはいたが、どうやらパートナーはストーカー気質らしい。それも重度で無自覚の。根っからの探偵である新一もまたその気質を持っているが、そのことは棚に上げている。

 そしてまた、ガッシュのほうも問題だった。ストーカーされていることに違和感を覚えないほど鈍感なのか、はたまた何も考えていないのか。

 どちらにせよ、二人とも問題を抱えていることに違いはない。

 どっちでもいいから気付いていくれと念じていると、伝わったのかガッシュが不思議そうに首を傾げた。

「お主たちは、私と戦いに来たのか?」

 ――ある意味正しい疑問に、新一は何も言えなくなった。

 遠い目をしている新一にスペイドは首をかしげつつも、ガッシュの言葉を否定する。

「戦いに来たわけではない。ただ、貴方が変わっていないことを確かめに来た」

「ヌ? スペイドはさっきも同じことを言っていたのう。私が変わらないことがそんなに嬉しいのか?」

「ああ、とても」

「ならば安心するのだ! 魔界にいた頃は覚えておらぬが、私は私なのだ!」

 ドンっと胸を拳で叩くガッシュに、スペイドの雰囲気がより柔らかなものに変わった。

 兜の下に隠されている目は今、眩しいものを見ているかのように細められているかもしれない。見ているだけの新一にも、ガッシュは眩しく映った。本当にこの過酷な戦いに参加しているのか疑ってしまうほど、純粋かつ真っ直ぐ、そして力強い。

「有り難う、ガッシュ」

「礼を言うのは私のほうなのだ。バルカンを助けてくれた上に、こうして会いに来てくれたのだから。一緒に遊んでくれるともっと嬉しいのだ!」

 可愛らしい頼みに、新一とスペイドは顔を見合わせほほ笑み合う。

「オレ達でよければ喜んで」

「本当か!? 清麿は学校に行っておらぬし、ウマゴンも本の持ち主を探しに行っていて一人で寂しかったのだ」

 パアッと顔を輝かせ、ガッシュはバルカンをフードに仕舞い新一とスペイドの手を握った。「公園に行くのだ」と引っ張る力はやはり強いが、魔物だと分かった今違和感はない。

 手から伝わる体温の温かさに目を細める。

 この魔物の戦いにおいて、ガッシュのような魔物がいることに新一は何故か安堵した。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「そうか。ガッシュは清麿を鍛えなおす為に、イギリスから日本に来たんだな」

「ウヌ、そうなのだ。父上殿に恩返しをしたかったのだ」

 公園の砂場で城を作りながら、新一はガッシュの話を聞いていた。

 ガッシュは人間界に来てすぐ、とある魔物に記憶を奪われた――何故かその話を聞いたスペイドが一瞬身を震わしたが、何事もなかったかのように振舞ったので新一は追及しないことにした――そして倒れている所を本の持ち主の父親に助けられ、その恩返しとして彼の息子がいる日本に来た。

 ガッシュの本の持ち主の名前は、高嶺清麿。中学二年生で、天才的頭脳を持つがゆえに周囲に打ち解けられず、不登校になっていたらしい。今は友だちも出来て毎日のように学校に行っており、ガッシュは連れて行ってもらえず不満に思っているとのこと。

 いつの間にか清麿に対する愚痴に変わっていき、プリプリと怒りながらガッシュはスコップで砂を掘っていく。

「清麿ばかり楽しいところに行ってズルいのだ」

「ガッシュは清麿と遊びたいのか?」

「ウヌ。私はいつも清麿と一緒にいたいと思っている」

 ペチペチと城の壁を整えていく。新一は手を止めないガッシュを見、目元を和らげる。

「清麿はとても意地悪なのだ。直ぐに怒るし、遊んでもくれぬ。訴えても家に置いていく。……でも、清麿は誰よりも私を理解してくれている。私の一番の友だちで、かけがえのないパートナーなのだ」

 ガッシュの表情は嬉しそうで、どこか誇らしげだった。パートナーである人間を心から信頼している、そう思わせるには十分すぎるほどの愛情に満ちていた。

「大好きなんだな、清麿のこと」

「もちろんなのだ! スペイドと新一殿のことも大好きなのだ!」

「ははっ、有り難う」

――初めてだった。こんなにも信頼関係を築き上げているペアと出会ったのは。

 この二カ月の間出会う魔物たちは皆、信頼しているように見せかけてその奥深くでは繋がっていなかった。魔物は王になるために人間の力を欲し、人間はその能力で得られる富を欲していた。その姿はスペイドが王に固執する訳が理解できるほど、浅ましく愚かだった。

 今ならわかる、スペイドがガッシュを王候補に選んだわけが。

 彼ならきっと、今まで出会った魔物のように自らの利益のみを追い求める王にならないだろう。民のことを一番に思える良き王に育つだろう。

 己のパートナーに目を向ければ、変わらない穏やかな雰囲気を醸し出している。

 良かったと呟くと、聞き取ったガッシュが首を傾げた。

「新一殿、何が良かったのだ?」

「ん? ガッシュと出会えてよかったって言ったんだ。スペイドもそうだろ?」

「ああ。魔界にいた頃と変わっていなくて良かった」

 若干意味合いの違う返事である。先ほどから妙にこだわっているそれに、ガッシュも気になりだしたらしい。

 城を整えていた手を止め、そわそわとした様子でスペイドを窺っている。

「のう、スペイド……魔界にいた頃の私は、一体どんなだったのだ?」

「……それは変わらない部分について聞いているのか?」

「ウヌ」

「そうか……確かにその部分はまだ確かめていなかったな」

「確かめてないのかよ!」

 そういえば、とでも言いだしそうなスペイドに新一がツッこみ、ガッシュも口を開け呆然とする。

 城の窓を丁寧に描いていた手を止め、スペイドが問いかける。

「ガッシュ、貴方は貴方自身が王に相応しいと思うか?」

「ウヌゥ、私が王に相応しいと思ったことはない。だが……」

「良かった。やはり変わっていない」

 何かを言いかけたガッシュの言葉を遮り、スペイドが肩を撫でおろす。

「王を目指していない貴方のままで、良かった」

 その言葉に、ガッシュは固まった。

 

 

「大分矛盾があるんですがスペイドさん。分かりやすくその不思議思考回路を説明しやがれ」

「新一は言葉が乱れていても美しいままだな」

「誰がおだてろと言った。なんっで『王候補』の理由が『王を目指していないから』なんだよ。目指していないやつを無理やり王にする気かお前は」

 可哀そうな位固まってしまったガッシュの代わりに新一が理由を聞く。

 確かに出会った魔物たちの殆どが、王という権力に目が眩むあまりその重みに気付いていなかったが、だからと言って目指していない者に押し付けていい訳ではない。

 しかし、スペイドは不思議そうに首をかしげる。

「王になるよう教育すればいい話だろう?」

「……もしそれを本気で言っているなら泣くぞ」

 魔物と人間では思考回路が違う部分があるとは思っていたが、戦いという状況下ではここまで歪んでしまうものなのだろうか。単純にスペイドの考えが可笑しいのか。もしそうであればパートナーとして悲しくもあり頭が痛い。

 なぜここに来る前にもっと深く話し合わなかったのだろうか。後悔にため息が出る。

「あのな、スペイド。お前のその考えなら、ほかの魔物にも当てはまるだろうが」

「初めから自身の欲望のみを満たそうとしている奴らが、教育したところで変わるわけがない。ガッシュのように何色にも染まっていない者が、王の教育を受けるべきだ」

「……その考えも、自身の欲望を満たそうとしているものじゃねぇのかよ」

 小さく呟き、首を横に振る。

 日本に来たのは早計だった。ガッシュに会えたのは良かったが、スペイド自身の問題を解決しなければ前に進むことは出来ない。

 ここは引き上げたほうがよさそうだと立ち上がろうとし、ふとガッシュの異変に気付いた。

 ガッシュは俯き、膝の上で握りこぶしを作っていた。両肩は震えており、「のう」と話しかける声にも先ほどまでの元気がない。

「スペイドは、王を目指していない私が、良かったのか……?」

「……ガッシュ?」

「私は、王を目指さない方が、いいのか……?」

 一体何が彼をそこまで怖がらせているのだろうか。スペイドの言葉が原因だとは分かるが、しかし怖がる理由とは思えない。

 スペイドもガッシュの変化に困惑しつつも、自身の気持ちを言葉にする。

「ガッシュ、この戦いで多くの魔物が変わってしまった。皆が『王』という権力に惑わされ、大切なものを見失っている。この周りがすべて敵という状況の中では致し方ないことなのかもしれないが……」

「違う! 周りの全てが敵ではない! 確かに悪い心を持つ魔物はいるが、優しい心を持つ魔物もたくさんいるのだ! スペイドも、とても優しい魔物なのだ!」

「……ではその魔物たちは、王を目指していないのか?」

「っ、それは……しかし!」

「自らの欲望を満たす為王になろうとする者に、王になる資格などない!」

 ピシャリと言い切るスペイドに、ガッシュは大きな目に涙を浮かべた。「そうじゃないのだ……」と呟かれた言葉に新一が訝しそうにした瞬間、少年の名前が大声で呼ばれた。

 

「ガッシュ!」

 

 緊張感の孕んだ、焦りを含む声。振り返れば、中学の制服に身を包んだ少年が赤い魔本片手に走り寄ってきていた。ガッシュがそちらに顔を向け、涙を消して顔を輝かせる。

「清麿! 今日は早かったのだな!」

「早退してきたんだよ! くそっ、嫌な胸騒ぎがしたから探してみればこれだ!」

 精悍な顔立ちの彼が、ガッシュの本の持ち主である高嶺清麿らしい。

 立ち上がり喜んで駆け寄っていくガッシュを、清麿は片手で抱きかかえた。ガッシュの顔が新一たちに向くようにし、彼自身もまた視線を新一たちから逸らさない。

 明らかに新一たちの攻撃を警戒しているその様子に、スペイドは感嘆の息をこぼした。新一もまた、人間であるはずの彼のほうが状況をより正確に理解していることに感心する。

「以前は遠目から見ただけで分からなかったが、なるほど……。人間にしては中々の面構えだ、私の新一ほどではないが」

「最後の一言が余計だバーロ」

 慕われているのは嬉しいが、今この状況下ではいただけない。

 スペイドの軽口に清麿は反応を示さず、視線を固定したまま警戒を解かない。ガッシュの危機管理の低さはこうしてパートナーが補っているとみた。

 普段ならばこれでいいのだが、今回は戦いに来たわけではないのでこのままでは少々やり辛い。

「警戒しなくていい。オレたちは戦いに来たわけではないから」

「……」

 清麿は胡乱げな目を向け、ジリッと後ろに一歩引く。

 新一とのやり取りに、おとなしく清麿の腕の中にいたガッシュが慌てて「違うのだ!」と声を上げる。

「清麿、この者たちは敵ではない! 私の友だちで、なにより……!」

「なにより?」

 

「バルカンを助けてくれた、良い人たちなのだ!」

 

 ムンッと鼻息荒く胸を張るガッシュに、清麿の緊張がフシュッと抜けた。

 膝から崩れ落ちる少年に、新一は同情のまなざしを向ける。ガッシュが大真面目だと分かっているからこそ脱力感は凄まじい。

 しかし折角のこの機会を逃してはいけない、と新一はかけていたサングラスを取り、素顔を清麿に見せる。

「バルカンはともかく、友達なのは本当だ。オレのパートナーのスペイドが魔界でのガッシュの知り合いでさ、こんな戦いの最中だけど会いたいっていうから来たんだ」

「新一殿の言う通りなのだ。それとも清麿は、私の友を疑うのか?」

「疑うってなぁ、ガッシュ……。お前は――っ」

 清麿はそこで言葉を切り、仕方なさそうに肩を落とした。

「そうだよな、お前はそういう奴だよな」

 ふにゃりとした笑みを浮かべて抱えていたガッシュを降ろし、形の良い小さな頭を撫でる。

「俺が悪かったよ、お前の友達疑って。そっちも悪いな、なんか見るからにその……」

 抜けた警戒心を再び纏うことはせず、友好的な雰囲気を出しながらも清麿は言いにくそうに視線を泳がせた。その後に続いたであろう言葉を予想した新一は、己とパートナーを見て深く納得する。

「いや、謝るのはこっちの方だ。普通の感性を持っていれば、オレたちが怪しく見えるのも仕方ない」

 片やサングラスと帽子で顔を隠し、大きなスポーツバックを下げている青年、片やコスプレもどきの性別不詳――どこからどう見ても、怪しい二人組である。

 やはり一度帰るべきだろう。このままでは不審者として通報されかねない。ガッシュの様子の可笑しさは気になるが、清麿の方が適任だ。

 素性を明かす目的で外したサングラスを再びかけ、新一はスペイドの腕を掴む。

「そんでわりぃな、オレ達もう帰るから」

「新一?」

「また今度会いに来るからさ、その時にお互い情報交換とかしようぜ」

「お、おう?」

 戸惑うパートナーを無理やり引っ張りながら、同じく戸惑っている清麿を笑顔で押し切り踵を返す。学校を抜け出してまで来た清麿には申し訳ないが、先ほどから嫌な予感が止まらない。

 早く、この場を立ち去らなければ。

 頭の中で鳴り響く警戒音に従い、必死に足を動かす。

 

「――ちょっと待つのだ!」

 

 だが。ガッシュの必死な声色に、意思とは反し足が止まった。

 警戒音が強くなる。ガッシュの口を塞げと頭が命じている。

 しかし、振り返った先にある意志の強い目に、体が言うことを聞かなかった。

「スペイド、お主はいい人なのだ。だから私は、このままにしておくことができぬ――いや、してはならぬ」

 先ほどまでの脅えが嘘のように、ガッシュは真っ直ぐにスペイドを見上げている。握り拳を作りながら手を震わせ、汗を流しながらも、決して目をそらそうとしない。

「私は、私自身王に相応しいとも、なれるとも思っていない。だが――」

 それは覚悟を決めた者の目だった。目の前の現実から逃げずに、真正面から立ち向かうことを。

「――私は、王を目指している」

 

 

 

 沈黙が、おりた。

 状況がつかめない清麿はいまさら何をと言いたげな表情を浮かべているが、新一とスペイドは違った。

 本の持ち主は辛そうに顔を背け、魔物は息を止めた。嘘だ、と零れ落ちる声は魔物が生み出したもの。

「嘘、だろう……?」

「嘘ではない」

「なぜ……思っていないのに、なぜ……」

 震える声に体。信じたくないと首を横に振りながら後ずさり、顔を俯かせ堪える様に手を握りしめる。

「スペイド、聞いてほしいのだ。私は……!」

「――信じていたのにっ!」

 何かを訴えようとするガッシュを遮り、スペイドは叫んだ。

 あげられた顔は兜に隠れてどんな表情を浮かべているか分からない。だが、頬を伝い流れてきた涙が滴り落ちており、ガッシュと清麿は大きく息をのみ、新一は目を見開いた。

「貴方は変わらないと、こんな戦いの中でも、変わらないと信じていた! 信じていたかった……っ!」

 スペイドの手が剣の柄に伸び、鞘から抜き出される。太陽の光に反射して光る刃に、清麿と新一は同時にパートナーに飛びついた。

「ガッシュ!」

「スペイド!」

 清麿は守るため、新一は止めるために。

「離せ、新一!」

 動きを封じられたスペイドは声をあげ振りほどこうとしたが、新一は決して抑える体を離そうとしない。突然攻撃されそうになったガッシュは、抱えられたまま呆然とスペイドを見上げている。

「落ち着け、スペイド! ガッシュの話を最後まで聞くんだ!」

「聞く必要はない! 変わってしまった者の言葉など、聞く価値もない!」

 新一の言葉にも耳を貸さないスペイドは錯乱しているようだった。嘘だと何度も繰り返し呟いており、剣を握りしめる手も震えている。

 新一は早くこの場を立ち去らなかったこと、そして気付いてやれなかったことを後悔した。彼女が『王を目指さない者』に固執する訳に、『王を目指す者』に異常な嫌悪感を示す理由に気付いていれば、こんなにも彼と彼女が傷付くことはなかったはずだ。

 今の彼女に言葉は通じない。ならば、彼女に伝える方法は一つ。

「ガッシュ、そして清麿。頼みがある」

 覚悟を決め、新一は顔を上げる。決して言いたくなかった言葉を、自ら音にかえる。

「オレ達と、戦ってほしい」

 告げられた宣戦布告に、清麿は黙って頷いた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 明日の朝十時。場所は清麿の通う学校の裏にある山。

 そう約束を取り付けた新一は、今すぐにと暴れるスペイドを引きずり予定よりも早くホテルに向かった。

 公園を離れてからは嘘のように大人しくなったスペイドは、その代わり何も反応を示さなくなった。ホテルの部屋に入ってからは、兜も外さずそのままベッドに潜り込む始末。

 新一は深く息を吐き、スペイドのいるベッドに腰掛ける。

「スペイド、寝るなら着替えろ。オレはシャワー浴びてくるから」

「……このままでいい」

「だめだ、クリーニングに出すから脱げ」

「……新一の意地悪」

「意地悪で結構。それとも、花よ蝶よと扱ってほしかったか?」

「……今のままでいい」

 むくりと、スペイドが起き上がった。しかしそのまま動かないので、新一がゆっくりと兜を外す。

 現れた顔には、くっきりと涙の跡がついていた。もう止まってはいるが目は赤く腫れている。手を伸ばすと、するりと頬を寄せられた。甘える仕草に苦笑しながらも立ち上がろうとする。

「オレがいない間に外に出る時は……っと」

 だが、くいと服の裾が引っ張られ再びベッドに腰掛けることになった。

 犯人であるスペイドは新一の肩に額を乗せ、なあと問いかける。

「不変を望むことは、いけないことなのか……?」

 ヒュッと息をのんだ。

 かつて新一も感じたことのあるそれに、忘れていた胸の痛みが蘇る。

「私は、間違っているのか……? 何が、正しいんだ……?」

 ジワリと肩が濡れていく。

 それでも、何も答えることが出来なかった。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「そうか……そういうことがあったんだな……」

 早退してきた身、家に帰れば母親に怒られるためそのまま公園で話を聞いた清麿は、ガッシュを置いて学校に行っていたことを後悔した。あの時、連れて行けとしつこかったガッシュにキレてバルカンを身近な所に括り付けたのだが、それをしなければ彼らと出会うことは無かったのだろうか。

 そこまで考え、否と清麿は自身で否定する。

 例えその時出会いを回避できても、必ず彼らと出会っていたはずだ。それがこの戦いの運命なのだから。

「で、お前はどうしたいんだ?」

「私は……出来ることなら、戦いたくない」

「俺だってそうだ。けど、向こうはやる気だぜ?」

 いきなり抜刀してきた魔物を思い出す。どこかで見たことがある恰好をしていた魔物は、涙を流しつつもガッシュに向けて明確な敵意を向けていた。逃げても追いかけてくる、そう思わせるには十分なそれに、清麿は直ぐに戦いの覚悟を決めた。

「しかし、私は……」

 だがそれは清麿の話であり、ガッシュは違う。

 懐に入れた相手にはとことん甘くなる彼にとって、この決断は苦渋のものだろう。直ぐに決められないのも仕方ない。

 何より、スペイドが豹変したきっかけはガッシュの言葉にあった。

 決して無関係ではないそれに、清麿の眉間にも自然にしわが寄る。

「それとも止めるのか? 王様目指すの」

「っ、止めるわけないであろう! 私は、約束したのだ!」

「なら戸惑うな。向こうはお前が王になるのを阻止しようとしているんだぞ」

 厳しいとは分かっているが、清麿は敢えてきつい言葉を選ぶ。

 二人には王になるという目標がある。それがガッシュだけの望みではない、清麿の望みでもあった。

 だからこそ、清麿はスペイドに負けられない。必ず勝ち、ガッシュを王へと導かなければならない。そのためには、ガッシュの覚悟も必要となる。

「ガッシュ、覚悟を決めるんだ!」

 いつの日か、友と戦う日が来るだろう。それがたまたま明日になっただけの話である。

 それでもガッシュの顔から戸惑いは消えなかった。伝わらない想いにいい加減じれてきた時、「のう」とガッシュが俯かせていた顔を上げた。

「清麿は、スペイドを見てどう思ったのだ?」

「どうって……変な恰好をした奴だなって」

「そうか……。私はな、清麿」

 そこで言葉を切り、ガッシュはゆるりと目を細める。

「私は、スペイドが悲しんでいるように見えたのだ」

「悲しんで……?」

「スペイドは、『王を目指す者』を嫌っていた。今まで出会った魔物は皆変わってしまったと言っていた……恐らく、悪しき心を持つ魔物たちだったのだろう」

「それは、まぁ……俺達が出会った魔物も、そっちの方が多いけど」

「そうなのだ。私たちもそういった魔物達と出会ってきた。だが、ティオやウマゴン、ウォンレイ、キャンチョメ、コルルにダニー、ヨポポ、ロップス……優しい心を持つ者たちにも、いっぱい出会ってきたのだ。

 スペイドは、そういった者達と出会えなかったのではないか? だからあそこまで、『王を目指す者』が嫌いになったのではないか? それでも、パートナー以外の誰かを信じようと思ったのではないか?」

「ガッ、ガッシュ……?」

「だから私のところに来たのではないのか!? 私が、王を目指さぬと言った言葉を信じて、変わっていないことを信じて! 私を信じてくれたのに!」

 ジワリとガッシュの目に涙が浮かぶ。耐える様に唇を噛み締め、頬を伝う涙を拭うことせず手を握りしめる。

「私は、嘘をつきたくなかった。だから本当のことを言った。しかしそれが、スペイドを傷つけてしまった……清麿、私はどうすればいいのだ? どうすれば、スペイドに伝えることが出来るのだ?」

 ああ、と気付く。この小さな相棒は、まだ希望を見失っていないのだと。

 すれ違う想いに、結果深く傷つけてしまったことに後悔しながらも、諦めずに伝えようとしている。

 それは清麿と初めて出会った日と同じように。それしか知らないとばかりに、真正面からぶつかって。

「清麿、私は、スペイドと本当の意味で友だちになりたいのだ!」

 それがどれだけ希望の光となるのかを、清麿は身をもって知っている。

 フッと清麿は笑みを浮かべた。膝よりも低い頭をワシャワシャと撫で、「そうだな」とガッシュの気持ちを受け入れる。

「スペイドは悪い奴じゃない。今は混乱しているみたいだったが、ちゃんと話せば分かってくれるはずだ」

「ウヌ!」

「それに、あの新一っていう本の持ち主、あいつも多分ガッシュと同じことを考えているはずだ」

「ヌ、本当なのか!?」

「ああ。真っ先にスペイドを止めていたし、別に今日戦ってもいいのに明日まで時間を置いたからな。もしかすると、何とか説得してくれているのかもしれない」

 スペイドのインパクトの方が強すぎたためあまり覚えていないが、少々不審者の恰好をしていた新一のサングラスを外した顔は、想像に反しとても穏やかだった。とてもではないが戦いを好んでいるようには見えず、なにより魔物に完全同意していなかった。

 明日の戦いのカギを握るのは、もしかすると本の持ち主の方なのかもしれない。

「……しっかし、どっかで見たことあるような……」

「清麿、さっきから何を唸っておるのだ?」

「んー、いや、別に大した事ねぇよ。さっ、明日のスペイド説得作戦でも立てようぜ」

「ウヌ! 頑張るのだ!」

 天才的頭脳が何かを清麿に訴える。しかしそれが何なのか分からず、少なくとも明日に関係するようなことではないだろうと結論付け、頭の隅に追いやった。




次回、ガッシュVSスペイドのバトルです。

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