蒼色の名探偵   作:こきなこ

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Level.19 遺跡突入

 パチリと、新一は目を開けた。

 瞬時に覚醒する意識。寝起きの悪さに定評がある新一にとってそれは、珍しい程にすっきりとした目覚めだった。

 体を起こして部屋の中を見渡せば、右隣のベッドで快斗が眠っている。左隣のベッドには清麿が寝ていたはずだが姿はない。窓の外はまだ薄暗く、少し肌寒い。

 静かにベッドから降り、部屋の外に出る。耳が痛くなるほど静けさに包まれた廊下を歩いていると、向かい側から見慣れた魔物が歩いてくるのが見えた。

 ふっと表情を綻ばせ、小さな声で名前を呼ぶ。

「スペイド」

「おはよう、新一」

 寝ずの番をしていたスペイドは、そうは見えない程いつも通りにしている。彼女ほどになると、一週間は睡眠を取らずとも行動することが出来るらしい。

「見張りはいいのか?」

「今、ガッシュと清麿がいる。邪魔してはいけないと思い、戻ってきた」

「そうだったのか。あの二人も起きていたんだな」

 清麿が部屋にいなかった訳が判明した。苦笑をこぼし、それもそうかと納得する。

 今日は、運命の決戦の日なのだから。

「――ああ、夜が明ける」

 廊下の窓から朝の陽ざしが舞い込んでくる。

 スペイドと並んで窓の外を見上げた新一は、その眩しさに目を細めた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「――本当に大丈夫? 新ちゃん」

「大丈夫だから、母さん。そんな心配するなって」

「でも……」

 キャッキャと魔物達の笑い声が響き渡るホテル入り口前。一見すると平和な光景だが、それを見守る大人達の表情はどこか硬く、何かあるのかと思わせている。

 実際、それらには訳があった。

 これから魔物とそのパートナー達は、千年前の魔物達との戦いに向かう。それに大人の――警察組織や関係者達の殆どが同行することが出来ないのだから。

 新一の母親である有希子もまたその一人。最愛の夫が誘拐されただけでなく、最愛の息子が戦いの場に向かうのだ。本当なら止めたいだろう、着いていきたいだろう。それでも、有希子は残ることを選択した。己ではなく、戦いに向かう者達の事を想って。

 十九世紀フランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの言葉に『女は弱し、されど母は強し』というものがある。今現在の女性が弱いかはさておき、母は強しとは確かにその通りだと新一は納得せざるを得ない――有希子は、この場の誰よりも強い。

 だからこそ、その心配を跳ね除けたりなど出来ない。少しでも安心して待っていてもらえるよう、新一は笑みを作る。

「オレ達は絶対に負けない。必ず、父さんを助け出してくる。だから待っていてくれよな、母さん」

「……早く帰ってこないと、迎えに行っちゃうからね」

「それは止めてくれ」

 思わず乾いた笑みになった。有言実行しそうだから恐ろしい。

(――……まぁ一番怖いのは、実は博士なのかもだけど)

 ゆるりと視線を動かし、阿笠と警察集団を見る。

 話し合いの結果着いていくことになった日本警察の高木歩とFBIの赤井秀一。赤井の方は普段通りだが、高木は見て取れるほど緊張していた。魔物に対する恐怖心がこの中の誰よりも強いというのに、恋人の佐藤を行かせる位ならと自ら率先して手を挙げたのだから仕方ない。

 その二人に、博士が特製リュックを渡している――丁度鎖骨部分に当たる場所に超小型カメラが埋め込まれているそれを。

 博士が作っていたのは、待っている側にも戦いが見られるようにと作った盗撮器もとい中継用カメラだった。邪魔にならないようにと小型化されているだけでなく、映像が途切れてもいいように盗聴器、場所が分かるように発信器などと様々な道具がリュックに仕込まれている。寧ろリュック自体が博士の新作道具になっている。

 常に新一達の行動は監視されてしまうことになったが、ガッシュを始めとする魔物は全く気にする様子を見せずそればかりか張り切りだした。一方清麿を始めとする本の持ち主は少し難色を示したが、魔物達の今後の事や、リアルタイムで情報が伝わることで解放された人達の救助がスムーズにいく等のメリットも多いこともあり受け入れた。アポロも一緒に見るということも大きい。

(これで納得してもらえるならいい……記憶媒体に残ることになったけど、それも全てが終わった後に消せばいいだけの話だ)

 視線を逸らし、今度はスペイドに向ける。彼女はじっと遺跡の方を見ていた。そこにいる魔物――先祖の気配を探ろうとしているのだろうか。はたまた、別の魔物の気配でも察しているのだろうか。

 不意にスペイドが振り向いた。目が合い、緩やかな笑みを浮かべられる。

「新一、敵がこちらに向かってくる気配は無い。大方、私たちが来るのを待っているのだろう……あの力があちらに行ったのは残念だ」

「あちら?」

「ふふっ、何でもない。単なる独り言だ」

 機嫌が良さそうなスペイドに首を傾げたが、清麿の集合の声に意識をそちらに向けた。集まる前に最後に有希子と向き合い、挨拶の言葉を伝える。

「行ってきます、母さん」

「いってらっしゃい、新一」

 行ってきますとは、必ず戻ってくると云う誓いの言葉。

 いってらっしゃいとは、無事に戻ってくるようにと云う祈りの言葉。

 誓いと祈りを交わし、今度こそ母親に背を向けた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「行っちゃったわね……」

「有希子ちゃん……」

 戦いに向かう者達の背中を見送りながらポツリと零した有希子の言葉に、千影が気遣う表情を浮かべた。それに有希子はふふっと笑みを浮かべて見せる。

「優作も新一も、本当置いていくのが得意なのよ。優作ならまだ待てるけど、新一はあの蘭ちゃんでも無理だったんだから……スペイドちゃんのように、一緒に戦ってもいいと思える子じゃないときっと難しいわ」

「――そして私達家族は、そんな新一君に救われた」

 後ろから響く声に有希子は振り向く。そこには千影の夫である盗一がいた。もう見えなくなった息子と同い年の少年の背中を追いながら、二人の隣に並ぶ。

「彼がいなければ、私は愛する家族を傷付けていた。今もゾフィスに操られていたかもしれない」

「盗一さん……」

「あの時の記憶はないが、これだけははっきりと覚えている――あの、暗闇を照らした一条の光を」

 そっと盗一は千影の肩を抱き寄せた。腕の中に愛する人がいるのを確かめてから、穏やかな双眸で有希子を見つめる。

「新一君は必ず帰ってくるでしょう。優作を取り返して、元気な姿で」

「……有り難う、盗一さん」

 慰めの言葉をかけられていたことに気付いた有希子は、泣き笑いにも似た表情を浮かべた。

 胸に手を当て、目を閉じる。

 新一が、愛する息子が死んだと聞かされた時の喪失感は今も尚有希子の心に潜んでいる。

 本音を言えば引き止めたかった。もう二度と、危険なことなどさせたくなかった。

 それでも、新一が「行ってきます」と言ったから。

 あの時のように死に行く覚悟ではなく、帰ってくる覚悟を示したから。

「どうか、無事で……」

 祈りの言葉を呟いた時、ふと周囲にざわめきが生じた。

 目を開けてみれば、博士が焦ったように養女の名前を呼んでいる。

「哀君、哀君! どこいったんじゃ哀君!」

「阿笠さん、どうしたの?」

「おお、有希子君。哀君を知らんかね? さっきから姿が見えないんじゃ」

「見てないけど……千影ちゃんと盗一さんは?」

 新一が姿をくらませて以来、一緒に探している内にこっそりと娘のように思い始めていた哀の姿が見えないことに心配とある種の予感に襲われながら、怪盗夫婦に問いかける。

 お互い大怪盗として――内夫の方は今現在息子が跡を継いでいる――世間を騒がしてきた夫婦は顔を見合わせ、千影は呆れたように顔を手で覆い、盗一は苦笑を浮かべた。

「あの子ったら……まさか連れて行くなんて……」

「彼女も一緒の方が追い返されないと思ったのだろう」

 不吉な言葉を発する二人に、有希子と博士は顔をひきつらせた。

 ――今気づいたが、この夫婦の息子である快斗の姿も先ほどから見えない。

「まさか、快斗君と哀ちゃん……」

「そのまさかみたいだ」

 盗一が指差した方向は、新一達が消えて行った先。

 一拍後、博士の絶叫が響き渡った。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 デボロ遺跡までの道のりは長く、まずは船に乗り川を渡る。その後徒歩でジャングルを抜けると、ようやく目的に着く。船に乗らずにジャングルを強行突破する道もあるにはあるが、時間がかかる上に魔物以外の危険も潜んでいる。そのため新一達は途中まで船で向かうことを選んだ。

 船の上と云えども、警戒を怠るわけにはいかない。何時どこから襲ってくるか分からない敵に、本の持ち主達はどこか緊張した面差しで、各々戦いに備えている。

「スペイド、この川にはナオミちゃんそっくりの魚がいるのだ」

「ほお、人面魚なる生き物が住んでいるのか」

 一方、魔物達はあまり緊張していなかった。波を立てる川に興味津々といった様子で眺めては楽しげにしている。

 決してそれが悪いとは言わない。無駄に緊張するよりも、決戦前にリラックスすることは大切なこと。川に飛び込んだりせず、他愛無い会話を交わしている程度なので注意する必要もない。

 ガッシュと一緒に川を覗き込んでいるスペイドを見ながら、新一はゆっくりと緊張を解いた。一人船の中に戻って椅子に座り、魔本を開く。他の本の持ち主達や着いてきた二名は甲板に出ているため、新一一人きりだ。

「新一、なんか新しい呪文でも出たのか?」

「いや、そうじゃなくて心の力の配分の最終調整でもしようと――……はっ?」

 一人きりのはずなのに、話しかけられた。それも己に似た声に。

 その異変に気付いた新一は言葉を切り、声のした方を向く。

 そこには、己に似た、しかしやはり違う少年がいた。ニシシと悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべている。

 パカッと新一は口を開けて固まった。少年の隣で優雅に足を組んで座っている少女の幻覚も見える。

「工藤君、スペイドのアホ面が移っているわよ」

 幻覚が喋った。ゴシゴシと目を擦り何度か瞬きをする。それでも消えない姿にギュッと一度目を閉じ、息を整えてから開ける――まだ消えない。

 そこまでしてやっと新一は現実を受け入れた。目の前にいる少年少女は幻覚ではなく、本当にそこにいることに。

「何してんだよ――黒羽! それと灰原!」

 響き渡る新一の叫び声に何事かと甲板に出ていた者達が船の中に押し掛ける中、ホテルで待機しているはずの二人は何故か胸を張っていた。

 

 

 

「――で、なんで着いてきたんだ?」

「遺跡と言ったらお宝と罠……ときたらオレだろ?」

「ああもう、お前は隠す気あるのかよ!」

「オレは逃げも隠れもしない!」

「格好つけるな! 灰原もどうして……!」

「私は連れられてきただけよ……引き返すつもりもないけど」

「灰原ぁ……」

 勝手に着いてきた二人の言い分に、新一は頭を抱えて蹲った。

 本の持ち主や魔物達は唖然として二人を見ているが、快斗はともかく哀のことは良く知っている赤井と高木は「予感はしていた」と言わんばかりの表情を浮かべていた。高木の場合は少年探偵団が原因だろう。

 こうした事態に対する経験値は有り余っている高木はうんざりしながらも、二人に声をかける。

「哀ちゃん、それに黒羽君も。阿笠さんやご両親が心配しているだろうし、ここは大人しく戻ってくれないかな?」

「嫌よ」

「大丈夫です、あの人達ちゃんと知ってますので」

 にべもなく断られた。快斗はまさかの両親公認であり、哀に至っては一刀両断だった。

 経験値は有り余っているとは言っても、高木が説得できたことは数少なく。「無理です」と呆気なく白旗を上げた。

 コナン時代に高木を振り回してきた新一は最初から当てにしておらず、寧ろ果敢に突撃していったことに敬意すら抱いた。この二人を説得するなど、それこそ盗一にマジックで勝負を挑む位無謀なことである。

(灰原が俺の言うこと聞いて大人しく待っていたことって、本当少ないからなー……こういった危険が目に見えていると尚更)

 哀は少年探偵団やその他の者達がいる時はあまり追いかけて来なかったが、一人になるとコナンの時に愛用していた犯人追跡メガネの予備を持ち出して追跡してきたことは何度もあった。そのどれもが助けられたことばかりなため、イマイチ頭が上がらない。

(黒羽もキッドだしなぁ……こいつの言う通り、仕掛けとか解除する時にいてくれた方が助かるかもしれねぇし)

 快斗もまた、哀とは別の意味で説得しがたい。彼は二代目キッドであり、今から向かう遺跡や古城については、間違いなく彼の方が詳しい。その実力も新一は認めており、赤井と同様頼りにしたいレベルである。難点と言えば、黒羽家の正体を警察組織に気付かれないようにしないといけないことだろうか。

 さてどうしようか、と新一は腕を組んで悩む。言葉を発さない赤井に視線を向けると、肩を竦められた。

「俺達も無理を言って着いてきている身だ。とやかく言うことは出来ない……二人の事はボウヤ達の判断に任せよう」

 こちらもある意味説得力があった。新一達ならともかく、赤井や高木が何を言っても二人は聞かなさそうなのは確かであるので、これ以上求めることは出来ない。

 ならばと清麿を見ると、渋面を浮かべられた。

「帰した方がいいだろ。そっちの黒羽さんはともかく、哀ちゃんは小学生なんだぞ?」

「やっ、こいつ俺よりとし……グッ」

 言い終わる前に哀に足を踏まれた。

 清麿には全てを話しており、当然灰原哀の正体である宮野志保のことについてもある程度は説明しているのだが、彼の中ではまだイコールで繋がっていないらしく彼女の正体に気付いていない。昨夜は簡単な紹介しか出来ず、今はゾフィスの事で頭がいっぱいになっているので仕方ないことだが。

 しかも、清麿以外にはまだ話していない。哀が止めるのも尤もだろう。

 無言の睨みから目を逸らしつつ、「そうだけど」と眉を下げる。

「正直、こいつら帰してもまた着いてくるとしか思えないんだよなー……」

「流石名探偵、分かってるじゃん」

「肯定すんなバーロ」

 悪びれる様子もない快斗に頭痛までしてきた。眉間を手で解しながら、新一は諦めの表情を浮かべる。

「引き返す時間もないし、連れて行った方がいいかもしれねぇと思って」

「でも……」

「黒羽なら実力的に問題はない、オレが保障する。いざとなったらこいつ一人で脱出させればいい」

「名探偵、オレの扱い雑じゃねぇ?」

「できねーの?」

「できるけども!」

 ならいいじゃねぇかと飄々とする新一に、快斗はがっくりと肩を落とし、そしてひっそりと口角を上げた。

 ある種の信頼の表れだとは理解しているが、いかんせん探偵と怪盗という敵対関係を土台にしているせいか容赦がなさすぎる。情けをかけられればそれはそれで腹立だしいが。

 しかしながら、新一が快斗を――より正確に言えば二代目怪盗キッドの実力を評価し、信頼していることには他ならない。

 全てに裏切られたと思い関わっていた人達全てを断ち切った探偵が、深く関わりあったはずの怪盗を信頼しているのだ。

「工藤、君……?」

「ほお……」

 そのことに、高木は愕然とし、赤井は興味深そうに目を細めた。

 快斗の正体、そもそもどういった二人がどういった繋がりかも分からないが、家族ぐるみの知り合いだということを有希子から聞かされている。

 快斗は『江戸川コナン』のことを知らないからここまで信頼を示すのか――新一が世界を拒絶した訳を知っているからこそ、二人はそう考えた。考え、全く違う反応を示した。

 高木は複雑そうな表情を新一に向けた。何かを言いたそうに口を開き、ぐっと我慢するかのように飲み込む。手は握り拳を作り、内からの衝動を堪えていた。

 対する赤井は、容疑者を見るかのような鋭い目を快斗に向けた。工藤新一が戦地に連れて行ってもいいと思えるほど信頼される訳を、暴き出そうとしているかのように。

 相手は違っていても、同じ想いを向ける二人。

 新一はそんな二人の視線に気づきはしたものの、その思いに辿り着くことはなかった。

 

 

 

(……高木刑事はともかく、随分と分かりやすい……)

 新一の他にもう一人、二人の視線に気づき、そこに込められた想いを汲み取っていた者がいた。

 灰原哀である。

 おそらく快斗も新一同様視線には気付いているだろうが、はっきりと想いまでは分かっていないだろう――哀もまた、快斗に同じものを向けていた為気付けたのだから。

(まあ、それも仕方ないかもね……)

 フッと小さく自虐的な笑みを浮かべる。

 哀は快斗の正体を、この計画を聞かされた時に教えてもらった。

 江戸川コナンと関わりが深かったハートフルな怪盗。まさか彼が独自に新一の居場所を突き止めた挙句、本当の姿でも関わりを持っていたことには驚いた。

 正体を知っている哀でさえ思ったのだから、何も知らない二人は尚更だっただろう――快斗を羨ましく思い、嫉妬したのは。

 哀達は徹底的に拒絶された。新一に向けられた冷たい目を、声を、未だに忘れることが出来ない。近付くだけで怯えられた。分かりやすい一線を引かれた。

 スペイドによって阻まれ、区切られた空間。目で見ることが出来た、明確な溝だった。

 それなのに何故、彼だけ信頼されるのか。

 清麿達のように本の持ち主でない、そればかりか哀達と同じように組織戦前からの知り合いだったはずなのに。

(彼が怪盗だから……だから信じたの? 工藤君)

 今はまだ声にしない問いかけ。聞こえるはずのないそれに、新一は答えるかのように哀の方を向いた。

 蒼の双眸に考えを見抜かれたかと一瞬身体を固まらせると、新一の目が宥める様に和む。

「安心しろ、灰原。戻れなんて言わねぇから」

「えっ?」

「お前も置いて行っても着いて来そうだし、傍にいてくれた方が安心する。それに……」

 新一は哀の考えを見抜いたわけではなかった。

 そのことに安堵しながらも、新一の目を向けた方を追いかける。

「――あの人が命をかけて、お前の事を守るだろうよ」

 そこには、赤井の姿があった。

 赤井と哀の間には複雑な事情が入り組んでいる。最愛の姉を利用して奪った男。組織に潜入するために利用した恋人の妹であった女。命がけで守ろうとしてくれた男。命がけで守ろうとした少女。最後の最後で全てを聞かされ、恨むことは止めたが、心のどこかでまだ許せない気持ちがあるのも確か――完全に心を開くためには、時間が足りない。

 何年もかかるだろうそれに、哀はフンと鼻を鳴らした後新一を見る。

「貴方はもう、私を守るとは言ってくれないのね」

「……勿論守るさ。命をかけることはもう出来ないけどな」

 浮かぶ微笑。心の底から愛しいと想っているそれは、彼の持つ本に向けられていた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 新一が押し切る形で許可させたため、同行者は二人から四人に増えた。当然難色を示した者達もいたが、最後には呆れたようにしながらも了承してくれた。

 船を下りてジャングルを進めば、遺跡へと辿り着く。ここまで魔物に出会わずに来られた新一は高くそびえ立つ崖を見上げ、ほうと感嘆の息を漏らした。

「立派な遺跡だな」

「ああ、中も迷路のようになっている。入口はここからもう少し行った先にあるが……どうだ?」

 清麿の問いかけは新一ではなく、スペイドに向けられた。

 清麿の指差す方に顔を向けたスペイドは、数回瞬きをした後コクリと頷く。

「魔物の気配を近くに数体、この中からも感じる。正確な位置は術を使えば把握できるが、必要か?」

「いや、そこまで分かればいいよ。ここは計画通り、この岩肌を登ることにしよう」

「えぇえええ!?」

 清麿の作戦に、キャンチョメとフォルゴレが声を上げた。直ぐに周りの者達に口を押えられたが、嫌だと目が訴えている。

 二人の反応に、清麿は呆れの色を浮かべた。「あのなぁ」と溜息をつくのを堪えながら、崖を顎で示す。

「昨夜の作戦会議で説明しただろうが。敵に見つからずに城の頂上を目指すなら、中を進むよりも外の岩肌を登った方がいいって」

「そっ、それは勿論聞いていたけどな、清麿……。これは登れるレベルじゃないだろ?」

「フォルゴレの言う通りだよ、こんなの登れないよぉ!」

 黄色本組の二人が無理だと清麿に縋り付いた。目から大量の涙を流している。

「この程度を登れないとは、随分と情けない……」

「お前は情けをかけなさすぎだ」

 そんな二人を横目で見ながら、新一とスペイドはアップを始める。高木と哀が「これ……登るの……?」と言わんばかりに呆然と見上げているのが見えたが、着いてくると決めたのは彼らなので何も言わない。

「ごちゃごちゃ言うな! 新一、スペイド!」

「準備オーケーだ」

 呼びかけられたので、親指を立てて見せる。

 崖を登っている時に敵に見つかっては意味がない。術を使わなくとも崖を駆け登ることが出来、尚且つ千年前の魔物と対等以上に戦える魔物はスペイドとウォンレイの二人。そこでスペイドが最初に駆け登って上から見張りを行い、ウォンレイが最後まで下に残り、全員が登り切った後に登ることになった。

 スペイドが新一の腰に腕を回して掴む。行ってくると新一が後続メンバーに手を振ると、タンと彼女は軽く地面を蹴った。

 その軽さから想像できない度跳躍し、崖の凸部分を足場にして跳躍を繰り返す。

 あっという間に崖の上に辿り着いた二人を見上げながら、残された者達はおおと何とも言い難い声を出した。

 

 

 

 崩れ落ちそうになっているバルコニーに着いた二人は、それ以上登ることはせず周囲の気配に神経を尖らせた。このバルコニーから先は急な斜面となっており、リスクが大きすぎるため、ここから先は中を進む計画になっている。

「スペイド、どうだ?」

「中に魔物が数体、近付いてくる気配もある」

「見回りをしている奴もいるのか……グレイス・アルサイトを使うか?」

「いや、それよりも第十の術を頼む」

「分かった」

 勘のいい魔物が気付けるか気付けないかギリギリのラインで心の力を込める。

「第十の術、ガンズロック・リスアルド」

 囁くようにして唱えると――スペイドの左手首に水の細いリングがかかった。次いでリングに沿うように水の結晶が十二個出現する。

 スペイドの第十の術、ガンズロック・リスアルド。

 左手首に出現した水の結晶の弾丸を撃ち込み、刺さった相手を異常状態に陥らせる術である。コナンが使用していた時計型麻酔銃と似ており、新一が博士達に見せたかった術の一つだ。

 スペイドが左手を拳銃の形に模し、バルコニーの奥へと向ける。数拍後、新一の耳に複数の足音が響いてきた。スペイドの後ろに隠れるようにして立ち、光が消えた本を開いて構える。

 バタバタと響く足音が大きくなってくる。影が見えた瞬間、スペイドが小さく左手の人差し指を動かした。

「ゾフィスが言っていた侵入――フニャァ」

「おい、どうし――ホニャフゥ」

 奥から千年前の魔物が二体姿を現したと思った瞬間、身体から骨が抜けたようになり床に落ちた。クカァと寝息を立て始める魔物達に本の持ち主達が言葉無く慌てている中、スペイドが素早く本の持ち主達の後ろに回り込み手刀を入れ失神させる。

 あっという間に二体の魔物を戦闘不能、それもガッシュが望む誰も傷付けないやり方で終わらしたことに、新一は苦笑を浮かべながらライターと発信器を取り出した。後で居場所が分かる様取り付けた後、魔本を燃やす。

「色んな意味で見事な手際だな。照準合わせるのも、上手くなってきている」

「……新一程ではない。この手の飛び道具はやはり苦手だ」

 二冊の魔本が燃え、眠りながら魔界に帰る魔物達を一瞥した後、スペイドは興味を失ったかのように彼らに背を向けて左手首を顔の前に持ち上げる。

「便利といえば便利だが、どうも私の性には合わんな」

「そういうな。この術のおかげで、お前自身の力の幅も広がったんだから」

「それは分かっているが……」

 納得がいかないのかスペイドは複雑そうな表情を浮かべた。

 事実、この術を得てからスペイドは自信の能力をよりコントロール出来る様になった。

 ガンズロック・リスアルドの水の結晶は、スペイド自身の能力から作られている。つまり、術の力は弾丸装填可能なリングを作ることであり、必要とする心の力も少なく、他の術も併用して使うことが出来るという強い利点がある。

 ただし、利点もあれば弱点も当然ある。装填可能な弾丸は十二個までであり、補充は出来ず、すべて使い切らない限り再びこの術を発動することは出来ない。効果はスペイドの努力により自由自在に選べることが出来る様になったが――出てきた当初は麻酔銃のみだった――、その威力は直接水を飲ませるよりも劣っている。

 何より、スペイドがこの術を苦手とする理由は――。

「銃、などといった武器はそもそも魔界に存在しないのだ。私には剣の方が合っている」

 ――スペイド自身、使い方が分からないからだった。

 王宮騎士としてある程度の武器は嗜んでいるが、魔界には銃のような射撃能力を必要とする武器は存在しないため、スペイドは最初この術を全く扱うことが出来なかった。ヘリの上からロープを正確に狙える腕を持つ新一の指導のもの、一先ず照準は合わせられるまでになったが、苦手意識の方がまだ大きい。

 とは言え、なるべく戦わず進むためには必要な術でもある。スペイドには申し訳ないが、新一には汲むことが出来ない。

「ゾフィスを倒すまでの辛抱だ、我慢してくれ」

「……新一に装着できればいいのだが」

「無理だろ」

 いやしかし、とグズグズしているスペイドを放っておき、新一は崖を見下ろす。

 まだまだ下の方だが、清麿達が登ってくるのが見えた。キャンチョメとフォルゴレも自分の手で登ってきており感心する。哀は赤井に背負われているのも見つけ、下でどんなやり取りがあったのか気になったが、聞けば絶対零度の眼差しで一刀両断されそうなので心のうちに留めておく。

「なぁ、新一」

「ん? また魔物か?」

「いや、こっちには近づいてきていない。そうではなく、どうしてあの四人の同行を許可したのか気になってな」

 その言葉に視線を彼女に移す。兜を被っていない為見て取れるその表情は、心から理解できないと訴えていた。

「どうしてって……」

「清麿は反対していたのだ。それを押し切ってまで、なぜあの者達を……私達魔物のことを考えてくれているのは分かるが、それならあの黒羽快斗という男や灰原哀まで連れて行く必要はないはずだ」

「なんでそこで清麿が出てくるのかわかんねぇけど……灰原の方は、赤井さんのストッパーになると思ったからだ」

 赤井は何時も哀のことを陰ながら守ってきた。新一と同じく個人プレーを好む彼だが、哀がいればそれも幾分か制御される。魔物に対して良い印象を抱いていない彼の行動を押さえる意味でも、哀を連れて行く価値はあった。

「黒羽は……あいつ役に立つし」

「……清麿は信用していない」

「だから、なんで清麿が信用していないといけないんだよ」

 いやに清麿にこだわる彼女に、新一も理解できないと顔に浮かべる。

「オレがあいつを信用しているんだから、それで充分だろ」

 その言葉に、スペイドは目を見開いた。

 なぜ、と呟く唇は震えており、新一は過去彼女の前で快斗を拒絶していたことを思い出す。

「確かにあん時は受け入れることが出来なかった。けどな、お前や父さん母さんと同じように、あいつもオレの真実を見ていてくれていたってことに気付いたら、その信頼に応えねぇとって思った」

 両親や警察組織よりも早く、真っ向から来た怪盗。リスクも大きかったはずなのに、それでも向けられた信頼を、もう跳ね除けることなど出来ない。

「清麿は関係ない。オレがあいつを信じている――また、信じることが出来たんだ」

 ――そしてそれは、徐々に哀達にも向けられてきていた。

(きっとこの戦いは、オレにとっても……)

 直ぐにでも魔物と敵対するだけの理由があるにも関わらず、新一を信じてゾフィスを任せてくれた警察組織。同行を申し出たのも魔物を信じられないからではなく、心配、そして少しでも役に立ちたいという気持ちからきていたものだということにも、本当は気付いている。

 気付いていながら受け入れることが出来なかったのは、新一にそこまでの余裕がなかったから。

 それが、この戦いを通して、余裕が生まれる気がする――そんな予感があった。

「この真実さえされば、それでいい」

 ふわりと笑いかけると、スペイドは戸惑いの表情を浮かべた。予想していなかった反応に、お前だってそうだろうと首を傾げる。

「ウマゴンなら大丈夫だって、信頼していたじゃないか」

「……っ」

「他の奴らはまだあったばかりだけど、心優しい魔物達だってことはもう十分に分かった。それでいいと思うし、お前もそう思ったからこうして一緒に戦っているんだろ?」

「――私、は……」

 新一の言葉のどこに衝撃を受けたのか、スペイドは顔を俯かせ唇を噛んだ。相棒の戸惑いに、新一もまた戸惑う。彼女の魔物に対する態度の軟化は、信頼しているからだと思っていたが違ったのだろうか。

 二人だけの空間が沈黙に包まれる。

 再び言葉を発したのは、清麿達が登って来てからだった。

 

 

 

「清麿、手を」

「ああ、悪い」

 手を伸ばして清麿の手を掴み、上へと引っ張り上げる。バルコニーに完全にあがったのを見てから、今度はフォルゴレに手を貸した。スペイドも魔物達に手を貸している。

「みんな、大丈夫か?」

「ああ」

 全員が登り切り、リィエンを背負ったウォンレイが駆け登ってくる。難なくバルコニーへと降り立った彼らの無事を確認してから、清麿はさらに続く崖の上を見上げた。

「ここまでだな……これより上は崖が急すぎて、敵に襲われたら転落しちまう」

「なら、予定通りこの中を進むんだな」

「ああ。それに、できれば敵に見つかりたくはない。だから遠回りになっても、敵の配置が薄いと予想される道を進むことにする。全員、地図は持っているな?」

 清麿の問いかけに、本の持ち主達が頷く。前回突入した時に、清麿がチェックしてノートに記入していたものをまとめた内部図のことだ。彼らが足を踏み入れていない所は不透明だが、それでも何も無いよりかは格段にマシである。

「我らが目的は、頂上の城にある『月の光』を出す石……一点のみ! そこへたどり着くことがこの戦いの終結への道となる!」

「そしてもう一つ。これが一番重要だ」

 ナゾナゾ博士の言葉に清麿が続ける。『月の石』よりも大事だと言い切った知将は、全員の顔を見渡した。

「――必ず、全員が生きて戻ること」

 コクリと、応えるようにして頷く。圧倒的不利な状況の中でも、ガッシュ達は希望を見失うことは無い。

「行くぞ! 昨夜たてた作戦通り、一丸となって突破しろぉ!!」

 操られた人々を、千年前の魔物を救い出す為、ガッシュ達はその城内へと踏み込んだ。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 ただのアクション映画ではなく、ファンタジーアクション映画の世界に飛び込んだようだと快斗は思った。

「ゼガルガ!!」

「ゴウ・ガイロン!!」

 奇遇なことに名前が同じ――怪盗の通称の方だ――小さくブリキの玩具に似た魔物のキッドが、腹から大砲を出現させて光線を出す。それは千年前の魔物――快斗からすればあまり差が分からないのだが――に当たったが、別の千年前の魔物の腕がすさまじい勢いで伸びてキッドを襲おうとした。

「まかせて!」

「セウシル!!」

 それよりも早く魔物の子どもティオとそのパートナーである日本の大人気アイドル大海恵――快斗の幼馴染が彼女のファンなため知っていた――が彼らの前に立ち、半ドーム型のシールドで防ぐ。

「ウォンレイ!」

「ハイー!!」

 シールドの前にリィエンが、シールドの後ろからウォンレイが飛び出した。

「ガルレドルク!!」

 ウォンレイの足が光ると同時に体を勢い良く回転させて敵に突っ込む。すさまじい音と同時に敵の悲鳴が上がり、キャンチョメとフォルゴレが沸き立つ。

「いいぞ、いいぞ!」

「突き進めー!」

 ――突き進んでいいの、これ?

 思わずそう思ってしまったのは、仕方ないことだと信じたい。

 

 

 

 先に清麿達が潜入していたこともあり、敵の警戒は強くなっていた。

 隠れながら進んでいたが主にキャンチョメの行動が原因で見つかってしまい、今では堂々と突き進んでいる。

 尤も、そのことについてとやかく言うつもりはない。先に潜入したことで、不透明だった城塞の内部、千年前の魔物の置かれた状況、『月の光』の謎まで解けたのだから――と新一とナゾナゾ博士が言っていた為だ。

 それを踏まえての、この戦力を分散させずに一丸となって一気に頂上を目指す作戦である。ある意味では作戦通りの展開になっているのだろう。

 快斗が意見を言いたいのは作戦にではなく、新一の立場にだ。

「新一!」

「ゴウ・アルセン!」

 快斗や哀、赤井に高木と同行者組を庇いながら戦う新一とスペイドを追いながら、喉まで込み上げてくる言葉を飲み込む。

 清麿は確かにこの集団のリーダー的存在であり、それだけの知識と頭の回転の速さを持っていた。

 地の利を生かした逃げ方、導きたした『月の光』の謎の答え、周囲の統制力。そのどれもがリーダーに相応しく、知将と呼ぶに値する。

 ――だが、新一の方がより上だという事を、快斗は知っているのだ。

 黒の組織を壊滅に導いたブレーン。各国の機関をまとめあげたその手腕。彼もまた、清麿と同じ答えを導き出していた。

 何故、新一がリーダーではないのだろうか。彼ならば、もっとより良い作戦を立てることが出来ていたのではないか。

 味方となった魔物の事を清麿の方が良く知っているから、という理由は分かる。分かるが、どうしても納得できない。

(……違うな、ただオレは、見たくないだけなんだ)

 そこまで考え、快斗はようやく自身の本心に気付けた。清麿が嫌なわけではない、ただ、新一が誰かの下に着いていることが嫌なだけだということに。

(新一はずっと、誰かに支持する立場にいたからな。このオレに対してさえ遠慮なく命令してきたぐれぇだし……)

 ヤダヤダ、と頭を振る。今はまだ慣れていないだけであり、そもそも彼の最大かつ永遠の好敵手は怪盗キッドであることには変わりないはずだと、後半あまり関係ないことを自身に言い聞かせていると、新一から鋭く名を呼ばれた。

「黒羽!」

「へいへいっと」

 何故呼ばれたかなど分かっている。快斗は素早く隠していた発信器を――魔本が燃えて崩れ落ちる人間に投げつけた。発信器は見事人間の服に着き、よっしゃと小さく拳を作る。

「てかさ、新一。ちょっと人使い荒くね?」

「話しかけんな! ゴウ・アルド!」

 怒られてしまった。へーいと答えながら、快斗はまた人間に――今度はまだ燃えていないが、発信器を投げつける。

 快斗はこの突入で、千年前の本の持ち主達に発信器を取り付けることを新一に命じられていた。無理やり着いてきている身断るつもりは毛頭なかったが、突然問答無用に大量の発信器を渡され「頼んだぞ」と言われれば、少し反抗したくなるもの。尤も、赤井でも高木でも哀でもなく快斗に頼んだという事は、これが己にしか出来ないことだと思われていることでもあることに気付いた時、悪い気はしなかったが。

 それにしても、ちゃんと説明はしてほしい。

「でもお前がいてくれて助かった、サンキューな!」

「……おう」

 ――そして、急に飴を与えないでほしい。飴と鞭の使い分けが絶妙すぎる。

 これが各国の組織をまとめ上げた腕なのか、と気付いてしまった真実に戦慄した時、「皆、ストップ!」との清麿の声がかかった。

 目の前を走っていた新一達も止まったため、合わせて足を止める。急に熱く感じ、汗をぬぐって前を見ると、そこは巨大な広間だった。

 ただの広間ではない。床は無く、下は奈落の底に落ちるかのような深さだ。左右の壁、そして正面に出入り口らしきものがあるが、かかっている橋のような階段の道は正面への一本のみ。さらには、奈落の底は溶岩のようなものが蠢いている。

「ウヌゥ、清麿、本当にここを通らねばならぬのか?」

「ああ。でも、ここを登れば城だ」

 流石のガッシュも気が引けたらしいが、清麿の方は変わらず毅然と前を向いている。

 場所はともかく、ようやく城へと続く場所に来られたことに、殆どの者が喜び合った。チームワークの勝利だと言っている声が聞こえたが、それに快斗は嫌な予感を覚えた。

「なぁ、新一。いいのか?」

「……今更引き返すことも出来ない上に、道はここしかないんだ」

 警告を促す意味も込めて、小声で問いかければ、同じ様に緊張している声で返される。どうやら新一もまた、今のこの状況に違和感を抱いているらしい。

 周りを見渡せば、他に赤井とスペイド、清麿の表情が強張っているのが見えた。赤井は哀を気にしながらさり気無く周囲に視線を巡らし、スペイドも戦闘態勢に入っている。

「黒羽はオレの傍に。赤井さんと高木刑事はスペイドから離れないで。灰原は赤井さん……いや、清麿の傍に」

「えっ、工藤君?」

 思わぬ言葉に、哀が不思議そうに新一を見上げた。だが新一は哀を見返すことなく、じっと前を見据えたまま言葉を紡ぐ。

「清麿にはもう話してある。今は何も言わずに、あいつの所に行ってくれ」

「……分かったわ、何か訳があるんでしょう?」

 流石彼の元相棒といった所か。新一の言葉を全面的に信じ、哀は清麿の傍に駆けて行った。

 哀が近くに来たことに清麿は新一に目を向け、小さく頷いて見せる。そして前を向き、階段の道を歩み出した。清麿達の後に他の魔物達が続き、新一達も最後に着いていく。

「清麿……なんでこんな道しかないのだよ?」

「城は王様の住むところだからな。この遺跡では王族など……選ばれた人以外は、たやすく通れない仕掛けになってたんだろう」

 一番臆病だというのに震えながら先頭を歩くキャンチョメと、その質問に答える清麿の会話が後ろにも届いた。「だから『ロード』、か」と新一が呟き、「悪趣味だよな」と返そうとし――目の前でスペイドが剣を抜いたことに驚き、足を止める。

 

「そのとおり……君たちが通っていい道ではないのです」

 

 同時に、声が響いた。

 上から聞こえてきた、少年のような高い声。勢いよく声の方を向くと、そこには宙に浮いた魔物がいた。

「ようこそ、私の城へ。魔物とその本の持ち主達、そして……招かれざる客人たちよ」

 瞬間移動、とスペイドが小さく呟いた声が聞こえる。私の城、と断言したことで、その魔物が誰であるのか分かった。

「私は、ゾフィス。この城の……千年前の魔物を支配している者!」

 ――この騒動のすべての元凶である魔物、ゾフィスであると。

 直々に姿を現したことに、新一が魔本を構えた。光を点すそれにゾフィスは気付いたのか、視線をそちらに向けニッと口角を上げる。

「これはこれは、名探偵殿。現代スペイドと同じく、貴方も気が早い様で」

「……っ!?」

 名探偵、との呼称に魔本の光が一層輝く。そのまま呪文を唱なえる前に、スペイドが新一の前に腕を掲げて止めた。

「耳を傾ける価値もない言葉だ、新一」

「ほお……貴方も相変わらずですね、スペイド。魔界にいた頃から何も変わっていない」

 クスリ、とゾフィスが嘲笑を浮かべる。心の底から軽蔑し見下している眼差しに、だがスペイドははてと首を傾げた。

「会ったことあるか?」

「……っ!」

 ――あっ、これ不味い展開かも。ゾフィスのこめかみに怒りのマークが浮かび上がったのを見てしまった快斗は、一歩スペイドから離れた。新一はピシリと固まっている。

「……ハハハッ、どこまでも小馬鹿にしてくれますねぇ。貴方が王宮に上がる前にいた学校のクラスメイトの事など、覚えている価値もないということですか」

 意外な事実が発覚した。えっと周囲が驚きスペイドを見るが、何故か彼女も驚いている。

「……すまない。ブラゴはともかく、当時からクラスメイトに全く興味なく覚えるつもりもなかった」

 ガックリと、新一が膝をついた。思わずその肩をそっと叩く。

 忘れる云々よりも前に、端から眼中になかったと言われたゾフィスから、怒りのオーラが噴出した。親の仇を見るかのような目つきでスペイドを睨み、余裕を湛えていた顔からは恨みしか感じることが出来ない。

「この私をよくも……っ! 本の持ち主と同じように、非常に不愉快なことをしてくれる……っ!」

 ギリッと歯を食いしばったゾフィスは、だが怒りを隠してフンと鼻で笑って見せた。

「そのような態度を取れるのもここまでですよ、スペイドとその本の持ち主。貴方達はここで、命を落とす運命なのですから」

「そのような運命など切り裂いてくれる」

「出来るといいですねぇ……出来ないと思いますが」

 嘲笑を隠すことなく、ゾフィスはスペイドを、侵入者たちを見下す。一度は消えた余裕を再び身に纏っていることに、ゾワリと何かが背筋を走った。

「あなた方の動きは見させてもらいました。他の場所からの侵入者がいないところを見ると、どうやら他に仲間はいないようですね」

 その言葉で、清麿と新一、赤井、そして快斗は何故ゾフィスがここに姿を現したのか、その訳に気付いた。

 今までの行動が全て見られていたこと、魔物が必要以上に集まらなかった訳。今のこの状況が全て、ゾフィスの思惑通りだったということ。

「だとしたら、話は簡単です……」

 ゾフィスの手が前へと掲げられる。

 

「――ラドム!!」

 

 それを見ていたかのように、可愛らしい女の声がどこからともなく響き渡った。





次回はオリジナルバトルです。

『第十の術、ガンズロック・リスアルド』は鈴神様からいただいた術案です。
有難うございました。

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