蒼色の名探偵   作:こきなこ

21 / 22
Level.18 戦いの前夜

 警察組織を交えた夕食は、比較的平和に終わった。

 快斗と新一の双子疑惑騒動が起きたり、日本の人気アイドル歌手である恵が実は有希子の大ファンで大はしゃぎしたり、ブリを丸かじりにするガッシュを見て快斗が悲鳴をあげて気絶したりなど、細かい所で小さな騒動はあったが、互いの自己紹介も比較的スムーズに行き、二名着いてくることへの了承も得た――清麿が認めたということが決定打になったことを、本人だけが知らない。因みに外見小学生な哀も連れてきたことは主に女性陣から難色が示されたが、当の本人が押し切った為触れてはいけないと認識されている。

 夕食が終われば、次は作戦会議である。

 アポロが用意した部屋に集まり、始まるまで各々寛ぐ。漸くとれたゆっくりとした時間に張りつめていた緊張も緩む中、新一は妙な緊張感に襲われていた。

「――貴方、傷跡が増えているんじゃないの? スペイド、包帯取って」

「もっと言ってやってくれ。私が幾ら言っても聞かないんだ」

「それについては諦めた方がいいわよ。この人、昔から人の話を聞かないから」

 灰原の小さな手が背中の傷を手当てして、包帯を巻く。妙に力が込められているが、それを指摘すれば傷をダイレクトに攻撃されてしまうので甘んじて受け入れる。余った包帯はスペイドが受け取り救急箱に仕舞う。いつの間にか役割分担が出来ていた二人に、新一はボソッと呟く。

「お前らいつの間に仲良くなったんだよ……」

「仲良くない」

 ピシャリと二人同時に否定された。冷たい視線もオマケでついている。

 でもなぁ、と新一は苦笑いを浮かべた。二人一緒に新一の傷の手当てを買って出て、仲良く新一への苦情を言っている辺り、仲良しにしか見えない。

「女心は複雑なんだよ、新ちゃん」

「新ちゃん言うな」

 哀とスペイドの冷戦に怖がってはいるが、それよりも両親の近くに入れない方が強いため新一の隣に避難している快斗が分かったように諭す。複雑なのは新一も分かっているので、最後の方だけ跳ね除けた。

 捲り上げていた服をおろし、部屋の中を見渡す。有希子達は恵と楽しげにしているが、警察組織の方はナゾナゾ博士と真剣な表情で何やら話し込んでいる。阿笠の姿が見えず探していると、気付いた哀がああと答えた。

「博士なら部屋に戻っているわ。明日までにメカを完成させるって、アポロさんと一緒に」

「アポロさんも?」

「アポロさんが興味持ったみたいで、一緒に着いていったのよ」

「ふうん……何作ってるんだろ、博士」

 明日までに完成させる、ということは、武器か何か作っているのだろうか。博士の発明品に幾度となく助けられてきた新一も興味はあったが、警察組織と話を終えたナゾナゾ博士がやってきたので意識をそちらに向ける。

「しかしウォンレイ達がきてくれるとは……」

「当たり前あるよ、清麿たちが戦っていると聞いて、飛んできたある!」

 博士に気付かず、清麿はリィエン達と話していた。

 香港から駆けつけてくれた仲間に、清麿とガッシュも嬉しそうだ。

「ありがとう」

「ウヌ、二人とも元気そうで何よりなのだ!!」

 恵が他の人達が集まってきていることに気付き、駆け寄って来る。話は明日の戦いへと変わり、ウォンレイが決意を顕わにする。

「ああ、一刻も早くロードを倒そう」

「ウム。そのロードという者だが……正体が分かった」

 ――ナゾナゾ博士の爆弾発言に、新一とスペイドも驚いた。慌てて立ち上がり、彼らの元に行く。

「ロードとは仮の名……真の名はゾフィス! 心を操れる現在の魔王候補じゃ!」

 ゾフィス、と口の中で呟く。スペイドを見れば、どこかで聞いたことがあるのか考え込むように首を傾げていた。同じくウォンレイも、腕を組み何かを思い出そうとしている。

「少しだけ噂を聞いたことがある。たしか爆発の術を使えると……」

「……精神操作に特化した一族の中に、確かそのような名の魔物がいた気がする。あと誰かがその名前を言っていたような……」

 魔物二人の反応に、ナゾナゾ博士が重々しく頷いた。

「ウム、その通り……。私はその魔物のことを、ここに来る前に立ち寄ったある魔物と人間から聞いた」

「ある……魔物?」

「君達がわかるかどうかは知らぬが……今まで会った中で、最も強大な力を持った魔物じゃ」

 最も強大な力を持った魔物。脳裏に浮かぶ黒い魔物の姿に、新一とスペイドは目を合わせる――まさか、彼の事なのだろうか。

「その魔物の名はブラゴ……そして本の使い手のシェリー」

 ――その名前に、清麿とガッシュも驚愕の表情を浮かべ、他の魔物達も恐怖の色を顔に滲ませた。

 魔物達だけでない、警察組織の者達、そして哀もまた、別の意味で驚いていた。

 シェリーとは、かつて哀が『宮野志保』だった頃の黒の組織でのコードネーム。再びその名前を、しかも本当に人名として聞く日が来るとは思ってもいなかった。

 そして新一は――目を見開いて固まっていた。

(本の持ち主の名前が、シェリー……?)

 脳裏に蘇る、カナダで出会った旅人の少女。スペイドに対する意趣返しで入った喫茶店で共に一時を過ごした――もう出会うことは無いと思っていた人。

 彼女の名もまた、シェリー。それだけなら単なる偶然だと思えるが、あの日、そこにはブラゴがいた。

『少しだけ分かるわ。私も早く教えてあげたくて、あの子を探していたから』

 シェリーは旅の相棒を探していた。確かあの日は、残りの数が四十名を切った日でもあった。

(シェリーの探していた人は、ブラゴだった……?)

 急激にのどが渇き、コクリと唾を飲み込む。速くなる胸の鼓動に手を当て落ち着かせ、いやと考えを否定する。

(証拠はない。あの日出会ったシェリーが本の……あのブラゴのパートナーと決まったわけじゃ……)

 それでも心臓は落ち着きを取り戻さない。否定する脳に何かを訴えてきている。

 様子が可笑しい新一に気付いたのは、スペイドだけだった。残りはナゾナゾ博士のブラゴ達との出会い、そして交渉の話に集中している。

 そっと肩に手を置いてきたスペイドに手を重ね合わせ、緩く首を振る。大丈夫だと呟き、意識をナゾナゾ博士に向ける。

(シェリー……お前じゃないよな……?)

 脳裏に浮かぶ、涙を堪えた笑み。彼女の引いた一線が、魔物が関係していないことを望みながら。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 ナゾナゾ博士がブラゴ達と出会ったのは、フランスの山中だった。

 千年前の魔物を圧倒的な力で倒した彼らに白旗を振って敵意がないことを見せた後、ブラゴ達が現在拠点にしている家へと招かれ、ロードの事、千年前の魔物の事、そして警察の動きの事について話した。

「では……私達に手を組めと?」

「ウム……千年前の魔物達と戦うには、皆が手を……」

 

「――断る」

 

 最後まで話を聞くことなく、ブラゴはその申し出を跳ね除けた。

 それにナゾナゾ博士が説得を重ねる前に、ブラゴは言葉を続ける。

「オレがなぜ貴様らと手を組まねばならん。弱い奴のケツを守るのはゴメンだ」

 魔界で恐れられている魔物の言葉に、それでもナゾナゾ博士は説得を試みようとした。しかしそれも、パートナーたるシェリーによって拒まれる。

「申し訳ありませんが、紳士殿。お引き取りねがいます」

 思わず口を閉ざしてしまうような殺気を身に纏いながら。

「今話してくれたロードの居場所、警察の動き等の情報には、お礼を言います。

 しかし、そのロードという者は、私の宿敵でもあります。あなた方の手を借りて倒すつもりはありません」

 強い覚悟と決意を。ナゾナゾ博士たちのように魔界の未来を案じてではなく、途方にもない復讐の色を滲ませ。

「あなたは他の魔物にも協力するよう、呼びかけているみたいですが、これだけはその魔物達にもお伝えください。

 ――あなた方の言うロードだけには手を出さぬよう……もしあ奴に手を出したら、あなた方もただではすまないと」

 たとえ死ぬことになろうとも、一人で奴らをすべて倒す気でいるとナゾナゾ博士に思い知らせる程に。

 出ていく間際、最後の抗いとしてそこまで敵視するロードについて問いかけたナゾナゾ博士に、シェリーは情報の礼として少しだけ答えた。

「ロードとは仮の名。心を操る魔物の真の名はゾフィス。

 私の命の恩人とも言える親友の心を操り、幸せを奪った……最低最悪の魔物よ」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「そうか……あいつらそんなことを……」

 ポツリと、そう清麿が呟いた。まるで二人を知っているかのような台詞に、おやとナゾナゾ博士とスペイドが意外そうにする。

「清麿君は彼らを知っておるのかね?」

「ああ、一度だけ戦ったことがある」

 サラリと何でもない風に言った彼の言葉に、一拍後、魔物達の叫び声が轟いた。

「ええええええ!? あのブラゴと!?」

「え……何!?」

 一斉に魔物達から距離を取るように後ずさられ、清麿は狼狽える。魔物達のこの反応は全く想定していなかった。

 そんな清麿を無視して、ティオはガッシュの胸ぐらを掴んで揺さぶる。

「な、なんでガッシュは無事なの!? あのブラゴと戦ったんでしょ!?」

 心配と驚愕、信じられないことが起きていることへの困惑。混乱しきっている魔物達に、清麿の方も困り果てた。どうしてここまで魔物達が過敏に反応するのか分からない。

「イヤ、でもボロボロにやられたし、負けたけど、見逃してもらったというか……」

「ブラゴが……? 珍しいな、彼奴が獲物を見逃すなど……」

 唯一そこまで驚いていなかったスペイドが、ブラゴがガッシュ達を見逃したということに面白そうに口角を上げた。新一からすれば、あの憎たらしい魔物が何を考えて見逃したのかが気になるのだが、スペイドはそうでもないらしい。

「フフ……面白い。彼奴がここまで変わっていたとは……」

「スペイド?」

「次会う時が楽しみだ」

 ワクワクといった表情を浮かべる彼女に、新一は何とも言えない顔をする。他の魔物は怯えきっているというのに、このパートナーだけは正反対の反応をしているのだから。ウォンレイでさえ驚愕の余り固まっている。

 ガッシュを揺さぶっていたティオは手を離して、ブラゴがいかに恐ろしい魔物であるかを分かっていない清麿に訴えてきた。

「魔物の子でブラゴを知らない子はいないわよ!! それだけ強いの、優勝候補よ!」

 ティオの言葉を聞き、新一はスペイドに耳打ちする。

「あいつそうなの?」

「確かに民にも名が知られている魔物の中で最も強いのは彼奴だな。だが、知られていないだけで、他にもオーガ族や竜族といった強い魔物達がこの戦いに参戦している。正確には優勝候補の一人、だろう」

「なるほど」

 民、という言い回しが王宮騎士である彼女らしい。

(つうかこいつ、強い魔物の参加者しか覚えてないんだな……)

 乾いた笑みを浮かべ遠い目をする。もし彼女がゾフィスの事を覚えていたなら、ナゾナゾ博士も回り道しなくてよかったのではないかと思うと、申し訳なさを感じて仕方ない。

 余計な混乱を与えないため、小声でやり取りを交わしていた二人に気付かず、ティオ以外の魔物達もそれぞれ訴え出した。

「僕なんか、顔見ただけでもらしちゃうよ!」

「メルメル!」

「僕はブラゴよりも、あのシェリーってパートナーの方が怖かったよ」

 ――あっ、やっぱり別人かもしれない。

 身を寄せ合いながら震えている魔物達の会話に、新一は少しだけ顔を明るくさせた。新一の知るシェリーは感情表現豊かでからかうと面白い反応を見せるお嬢様であり、ブラゴのように恐怖を与える人ではなかった。

 同姓同名の別人の線も浮上し、気分が浮上した新一だったが、次のティオの言葉で固まることになる。

「あのブラゴと対等に戦えるのは、『黒衣の騎士』くらいだって専らの噂よ」

「――黒衣の、騎士?」

「メル?」

「あっ、そっか。ウマゴンはともかく、ガッシュは記憶がないんだったわね。『黒衣の騎士』は王宮騎士唯一の女騎士で、とっても強くておっかない魔物のことよ」

 ――思い切り聞き覚えのある名前に、新一はスペイドも見た。スペイドも新一を見て、不思議そうに自分を指差しながら首を傾げる。

 何故彼女が不思議そうにしているか分からないが、キャンチョメの「聞いたことあるよ!」と続けられた言葉で納得した。

「いつも兜を被っていて、滅多に姿を見せないっていう魔物のことだろ?」

「そうそう。でも王様に対する反乱とか起きると颯爽と戦場に出て、敵を容赦なく倒していくから、他の騎士達が『黒衣の騎士』って呼びだしたんだって。私は見たことないけど、あのブラゴと仲がいいみたいで、絶対に敵に回したらいけないって学校の先生が……!」

「――だ、そうだが?」

「……驚いたな。まさか民にまで通り名が知られていたとは……」

 本人を目の前にして語られる噂の内容に、スペイドは憤ることなく寧ろ感心していた。どこまで本当なのか分からないが、あながち間違ってないんだろうなと新一は推測する。

 魔物達の噂話に、清麿が胡乱げな目を向けてきた。警察組織や怪盗一家、母親たちもスペイドの方を見ている――気持ちはよく分かる。事情をなぜか知っていたナゾナゾ博士と、彼から話を聞いているのだろうキッドは笑いをこらえていた――この二人は本当に懲りない。

「ウヌ、そうだったのか」

「メルメル」

 一方、ティオ達の話を聞いたガッシュとウマゴンは、無邪気な顔をスペイドに向けた。何の含みもない純粋なそれは、恐ろしいほどに気付いていない。

「スペイド以外にも、王宮騎士とやらはいるのだな!」

 だからこそ、核兵器並みの言葉を素直に出すことが出来る。子どもの恐ろしいところはこういった、自身の発言が周囲にいかに影響を及ぼすか分からない所だと常々感じる。

「……えっ?」

「ティオ達は知らぬのか? スペイドも王宮騎士なのだぞ! のう、スペイド」

 ガッシュの言葉に、ティオ達はピシリと固まった。それをどう勘違いしたのか、ガッシュはどこか自慢げに胸を張りながらスペイドを紹介する。

 王宮騎士の中で唯一の女騎士の通り名が『黒衣の騎士』、そしてスペイドは王宮騎士。

 その事実から導き出される答えに、ギギギッとティオ達はスペイドを振り向いた。顔から流れる汗の量がとんでもないことになっている。

 この場にいる全員の視線を集めることになったスペイドは、数回瞬きをした後、確かにと何でもない風に言葉を紡いだ。

「反乱が起きれば戦場に行き、『黒衣の騎士』という通り名をつけられ、暇さえあればブラゴと組み手をしていたのは確かにこの私だな……兜は戦い故外しているが、ほら、この通り」

 カポっとどこからともなく兜を取り出したスペイドが被って見せた一拍後――魔物達の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「おいスペイド、どうすんだよコレ」

 パートナーの後ろに隠れて怯えるティオとキャンチョメを見て、新一は呆れの目をスペイドに向けた。彼女たちが怯えている理由がブラゴと親しくしているからなのは分かるが、それ以外にもある気がしてならない。この相棒には、周囲に悪い意味で誤解を与える言動を無意識にしてしまうという悪癖がある。

 幸いなことに脅えているのは二人だけで、ウォンレイは呆然としており、ガッシュとウマゴンは困惑を隠さずスペイドと二人を交互に見ている。二人だけなら説得も容易いだろう……そう思った新一だったが、スペイドの思考回路は相変わらず斜め方向に飛んでいた。

「見慣れた反応だが、ガッシュの仲間ということを踏まえると……私達は単独行動をした方がよさそうだな」

「お前の中に誤解を解くという選択肢はないのかよ!」

 何故か二人を気遣い単独行動を取るという結論に至ったスペイドに、新一は思わず頭を抱える。それはあくまで最終手段であり、その前の段階が欲しかった。

「ウヌゥ……ティオ、キャンチョメ、何をそう怯えておるのだ。スペイドは私の友達なのだぞ」

「メルメル」

「でっ、でもガッシュ! あの『黒衣の騎士』なのよ!?」

「ぼっ、僕、殺されちゃうよ……!」

 ガッシュとウマゴンが代わりに説得しようと試みているが、中々二人は応じない。先程の新一に対する失言と暴言の数々を思い出しているのか、キャンチョメは可哀想な程青ざめている。

「誤解を解くも何も、私が『黒衣の騎士』と呼ばれていたのは事実だ。ブラゴと仲が良いのかは微妙だが、組手相手であるのも本当の事。一体何を解けと言うんだ?」

 悟りを開いているのだろうか、はたまた開き直りなのだろうか。淡々と、寧ろ二人の反応は当然だと言わんばかりのスペイドに、新一はかける言葉を失った。

 ――この相棒、なぜ二人が怯えているのか全く分かっていない。

(まずいな、このままだとゾフィスと戦う以前の問題に……)

 ここにきてまさかの事態に途方に暮れていると、今まで固まっていたウォンレイが動き出した。

「驚いた……まさか貴方が『例外』だったとは……いや、ガッシュなら納得だ」

「ウォンレイ?」

 怯える二人とは対照的に、ウォンレイは納得の表情を浮かべていた。それだけではない、スペイドに対して尊敬の色も見せている。

 相棒兼恋人のその反応に、リィエンが不思議そうにした。それに気付いたウォンレイは、スペイドを手で示しながら「この方は」と説明する。

「この王を決める戦いにおいて、たった一人だけ魔界の現王に『王になる権利』の辞退を申し込んだ『例外』なんだ」

「辞退を、あるか?」

「ああ。由緒なる権利を放棄したということで悪い風に捉える者もいたが……私は、寧ろ尊敬した。候補者に選ばれたことを誇りに思い、それを拒むことは許されないとされていたあの中で、真っ向から意思を主張出来る者などそうはいない。噂を聞いた時、なんて強い人なのだろうと思った」

 だから一度会ってみたかった、とほほ笑むウォンレイに――スペイドはびくりと体を震わせた。見るからに挙動不審になり、ピャッと新一の背中に隠れる。相棒の予想外の行動に新一が目を丸くする中、背中に隠れたままスペイドが弁明する。

「それこそ誤解だ。私はただ、王に相応しい者を戦いに参加させるべきであり、私のような相応しくない者は参加させても意味がないと申し立てただけなんだ。ウォンレイの言うような『強さ』からではない!」

 焦りからか早口になっている。

 褒められて照れているというより困惑の方が強いように見え、新一は首を傾げた後納得した。

(こいつ、悪意とかを向けられるのは慣れているけど、ウォンレイのような好意を向けられるのは慣れていないんだったな)

 スペイドは周囲に誤解を非常に与えやすい。それは彼女の言動が理由であり本人はそのことを自覚していないが、今まで負の感情を向けられ過ぎたことにより、悪意を持ってみられるのが当然のことだと思っている節がある。先程のスペイドの辞退もまた、ウォンレイの言った通り悪評として捉えられる方が普通だったのだろう。

 新一やガッシュのような親しい間柄でもない、会って間もないはずのウォンレイからの好意的な言葉は、スペイドにとって有り得ない異常事態だったに違いない。

(まぁ、これからガッシュ達と行動するうちに慣れてくるだろうし、今は放っておいて問題ないか)

 必死に否定するスペイドには悪いが、新一は傍観を選んだ。ウォンレイ側に回ってさらにスペイドを煽ることも出来るが、そうすれば発狂しそうなので自重する。

(こいつらにも、いい感じに映っているみたいだし)

 横目でティオとキャンチョメを見れば、二人はポカンと口をあけてスペイドを見ていた。先ほどとは打って変わり、今のスペイドは全く怖く見えない。否、元から彼女はあまり強そうに見えなかった。

 スペイドは新一によく似た容貌の持ち主である。スレンダーな体型からブラゴと対等に渡り合えるのは想像しにくく、澄んだ蒼の瞳に整った顔立ちは清楚な印象を与えても、戦いを連想させることはない。

「……あんまり、怖くなさそうね……」

「……ブラゴみたいに、おっかなく見えないや」

 ――結果、二人はスペイドもとい『黒衣の騎士』に対する認識を改めた。

 一度恐怖心が取り除かれれば、まだまだ幼い子どもである二人は怖いもの知らずへと変身する。

「ごめんね、スペイド。噂に振り回されちゃってたみたい」

「ねぇねぇ。お菓子好きー?」

「……いや、別に気にしていないが。レモンパイなら好物だぞ」

 先程までの態度を一変させて近寄ってくる二人に戸惑いつつも、スペイドはそろそろと新一の後ろから出てくる。ウォンレイに対してはやや警戒する態度を見せているが、時間の問題だろう。

 危うく仲間内に亀裂が走りかけたが、何とか無事乗り越えたことに本の持ち主達は顔を見合わせ安心した表情を浮かべた。唯一フォルゴレだけが冷や汗を流しているが、見なかったことにする。

「ねぇスペイド、どうして王宮騎士になろうと思ったの?」

「それは……ああ、そうだ。先にこのことを話さなければならなかったな」

 ティオの疑問に答える前に、スペイドが視線を上げ清麿に向けた。向けられた清麿はどうしたと首を傾げる。

「何か思い出したことでもあるのか?」

「いや、思い出したというより……伝えておくべきことがある」

 個人的なことだが、と前置きして、スペイドは淡々とした口調で新一以外に話していなかったことを――警察組織側が疑問に思っていたことを話す。

 

「千年前の魔物の中に、私の先祖がいるみたいだ」

 

 その言葉に、ふうんと魔物側は受け止めようとした。何でもない風にいうスペイドにつられて「そっかー、先祖がいるんだ」と軽く繰り返し――

「先祖ォオオオ!?」

 ――それがとてつもなく重たい物であることに気付いた。

「清麿、先祖とはいったいなんなのだ!?」

「知らないで叫んでいたのかよ!」

 ただし、ガッシュを除く。

「……別に驚くことではなかろう。千年前の魔物の中に、現在の魔物の血筋の者がいても可笑しくない」

 警察組織側はやっぱりと、何故か知っていたナゾナゾ博士は今それを話すのかと言いたげに、新一は父親の事を伝え忘れていたと少しずつ清麿から距離を取る中、知らされていなかった魔物側はただただ驚愕していた。それが不思議でならないスペイドは呆れの目を向けるが、「何言ってるのよ!」とティオが噛みつく。

「とっても大変なことじゃない! 貴方の先祖が、ゾフィスの手下になっているのよ!?」

「……手下になっているかは定かではないが、間違いなく私を狙ってくるだろうな」

「なっ、何故なのだ? 血は繋がっているのではないのか?」

 清麿に先祖の意味を教えてもらったガッシュが、スペイドの言葉にピシリと固まった。魔界にいた頃の記憶がなく、家族――それも血の繋がった者達に対する憧れが強いガッシュにとって、その言葉は理解しがたいものだった。

「――血は繋がっていたとしても、向こうにとって私は……それこそ認めがたい『例外』のはずだ。女の身で、この名を授かっているのだから」

「名前……?」

「ああ、すまない。これは個人的なことであり、今優先すべきことは他にある」

 スペイドの零した言葉に反応を示した清麿に、彼女は緩く首を振り強制的に終わらせた。追求される前に、背中に隠れていた新一を前に押し出す。

「重要なのはここから。私の先祖の本のパートナーとして、新一の父様が攫われた」

「今! このタイミングで! それ言っちゃうのかよ!」

「新一が私のパートナーなのだから、その血筋の者が先祖のパートナーに選ばれるのは至極当然のこととは言え、新一の大切な人をゾフィスから早く解放して差し上げたい。どうか、新一の父様に出会った時は私たちに任せてほしい――これが伝えたかったことだ」

 隠れることに失敗した新一の叫びを、スペイドは華麗に無視した。

 彼女の欠点は誤解を招く云々よりも、この空気の読めなさにあるのかもしれない。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 デボロ遺跡頂部にある古城。

 そこがロード、真の名ゾフィスの拠点地であり、復活した千年前の魔物達も住んでいる。

 跡に乗り込み絶体絶命の窮地に陥った清麿達に味方をし、逃がした魔物――レイラもまた、例にもれずその城にいた。

「アル、清麿達は無事に仲間と合流できたみたいよ」

 人間にとっては異形と呼ばれる姿をした者が多い千年前の魔物の中では珍しく、レイラの外見は幼い少女そのものである。胸部分に三日月模様がある紫を基調としたワンピース姿は愛らしさに満ちており、とても魔物には見えない――頭に生えた二本の小さな角を除くと、だが。

 城のベランダから街を見下ろしていたレイラは、新たにパートナーになったアルベールに話しかける。しかし、彼からの返事はない。ゾフィスによって戦闘マシーンへと変えられた彼は、レイラを見ることもない。

 それがとても悲しかった。ゾフィスによって操作されているとはいえ、今彼はレイラの相棒である。何よりアルベールは、千年前のパートナーにとても良く似ていた。

 レイラの千年前のパートナーは、石に閉じ込められた彼女を大切に扱った。その術を解こうと必死に動き回り、死にゆく最後の瞬間までレイラのことを案じていた。パートナーの死後レイラは世界を彷徨うことになったが、あの頃の記憶は憎悪に塗り潰されることなく大切な宝物として胸の中に仕舞ってある。

 そんな大切な元パートナーに似た彼を、レイラはとても大切に想っている。何時かゾフィスの呪縛から解き放たれ、何も映さない目に己を映し、握りしめる手を握り返して欲しいと願っている。

(だから私はきっと、清麿達を逃がしたんでしょうね……)

 アルベールを見上げ、薄く笑みを浮かべる。

 千年前の魔物を復活させ、王になろうとしているゾフィスを食い止めるべく、つい数刻前にこの遺跡に突入してきた魔物達がいた。

 レイラが見た時、彼らは既にボロボロだった。すでに何体かと戦った後だったのだろう、心の力も使い果たしていた。

 それでも彼らは――清麿とガッシュ達は諦めていなかった。仲間を想い、パートナーを想い、そして光り輝く未来を見据えて。

 眩しかった。ただただ眩しかった。ゾフィスに対する恐怖心から逆らうことも出来ずいいなりになっていた己の目に、その姿はとても輝いて映った。

 だからレイラは彼らを助けた。一種の賭けに出て――見事勝ってみせた。

(清麿達が来てくれたら、アルベールも解放されるかも……)

 遺跡から逃げ出した彼らは、必ずまた来ると言った。それはゾフィスを倒して、レイラ達を助けるためにだと直ぐに分かった。

 数も勢力も圧倒的に劣っているはずなのに、レイラの心は喜びに満ち溢れている。彼らなら勝てるかもしれないと、そう思っている自分がいる。

「フフ……変なの」

 思わず出た笑い声を手で隠し、浮かぶ笑みを堪えようとする。

 

「――何が変なの? レイラちゃん」

 

 その努力は、話しかけてきた声によって無駄になってしまった。

 聞かれてしまったことが動じることなくレイラは振り返り、声の主の名を呼ぶ。

「ただの独り言だから気にしないで、ネロ……ネロ?」

 不思議そうにこちらを見ている魔物――ネロを見て、レイラは首を傾げた。

 ネロと呼ばれた魔物は、レイラと同じく復活した千年前の魔物の一人である。

 レイラと同い年位の少女の容貌をしており、一見するとただの人間の子どもにしか見えない。千年前の戦いの時には顔見知り程度だったが、ゾフィスによって復活されてからは良き友として共に行動することが多い彼女に、レイラは戸惑いの声を上げた。

「どうしたの、その服」

「エヘヘ、似合うかな?」

 先程のレイラのように嬉しそうな笑みを浮かべたネロは、その場でくるりと回って見せる。レースがふんだんにあしらわれた赤色のスカートがふわりと舞い上がった。

 レイラの知っているネロは、シンプルな赤色のワンピースを身に着けていた。それが何時の間にか、レースがたくさんの服へと進化している。

 似合っているが、何時。どうやって。ぐるぐると回る疑問を再び口に出すと、ネロは悪戯っ子の表情を浮かべた。

「あのね、桜子が縫ってくれたの! ええと、リメイク、だったかなぁ?」

「桜子って……貴方のパートナーの?」

「うん! ねっ、桜子?」

 くるりとネロが振り返り、傍にいたパートナー――米原桜子を見上げる。アルベールとは違い日本人女性である彼女もまたゾフィスによって操られており、その目に光はない。それでもネロは嬉しそうに桜子の手を握り上機嫌にしている。

「どうして……」

「えっとね、ゾフィス様がココ様のお洋服の解れを直したいからって、桜子の操作を少しだけ解いてくれたの。桜子ね、家政婦ってお仕事していて、お裁縫も得意なんだって」

 本来パートナー達は自身の意志で行動できず、例え出来ても戦闘外の行為なら食事や生理現象等と限られている。縫い物など以ての外だったのだが、ネロのあっさりとしたネタばらしにレイラは納得した。

 ゾフィスのパートナーであるココと呼ばれる女性は、ゾフィス同様その性格は良くない。同じ人間を道具として扱う姿など、魔物以上に魔物らしいと評判である。更にこのような古城にいながらも、ココはお洒落に力を入れている。身近に便利な特技を持っている人間がいると知り、その特技を生かせられるだけの精神操作を解いたのも頷ける話だった。

「でも、よくゾフィスが許してくれたわね、貴方の分もすることを」

「……よく言う事を聞く僕に対するご褒美だって、特別に……」

「……ネロ、貴方……」

「だっ、だってゾフィス様怖いし、石に戻されたくないんだもん……」

 レイラとは違い、ゾフィスの下に甘んじているネロに呆れた視線を向けると、ネロは顔を曇らせ桜子の後ろに隠れた。

「ネロはレイラちゃんみたいに強くないもん……『月の光』が無くなるのが怖くて、『月の石の欠片』も持てないし……」

 ポツリと呟かれたそれに、レイラは息を吐きたくなるのを我慢した。

 『月の光』とは、千年前の魔物を復活させた光の事である。この光により、千年前の魔物達は石から解放された――しかし、完全にではない。

 『月の光』を出している物は巨大な石――『月の石』であり、その光を浴びれば体力や心の力を回復することが出来る。その石が無くなれば、千年前の魔物は再び石に戻ることになる。

 だからこそ、千年前の魔物達はゾフィスに従い、この城に帰ってくる。

 すべては石の呪縛から解放されるために。

(ネロは決して可笑しくない……ううん、ネロと同じ魔物もたくさんいる……)

 石に戻ることへの恐怖は、千年前の魔物全ての心と性格も変えてしまった。

 かつてネロは、魔物一番のお人好しであり正義感の強いことで知られていた。しかし今ではゾフィスに逆らえず僕という立場に甘んじている。ネロだけではない、殆どの魔物がかつての誇りを失い、憎悪と恐怖に支配されている。

(私だって……本当は怖いもの……)

 キュッと服の上から心臓あたりを掴む。息を飲み込み顔をあげ、無理やり笑みを作った。

「別に責めている訳じゃないわ、ネロ。その服、とっても似合ってる」

「本当?」

「勿論」

「……えへへっ、嬉しいなぁ。良かったね、桜子! レイラちゃんに褒められたよ!」

 レイラの言葉に、ネロは頬を紅潮させて桜子の後ろから出てきた。ペタッとパートナーに抱き着くその姿にこっそり安堵しながら、レイラもアルベールの手を握る。

「ネロ、そろそろ部屋に……」

「あっ、待ってレイラちゃん」

 最後まで言い終わる前に、ネロが言葉を遮った。

 

「ゾフィス様がレイラちゃんのこと、呼んでるよ」

 

 ――世界の時間が、止まった。

 勿論それは錯覚である。実際に止まった訳ではない。

 それでもレイラは、息をするのも体の動かし方も忘れてしまった。ネロの言葉が頭の中で繰り返され、ゆっくりと首筋へと移動する。

「ゾフィス、が?」

「うん、レイラちゃんに話があるんだって」

 さわりと、首をなぞられた気がした。纏わりつく感触に、冷や汗がどっと湧き出てくる。

「レイラちゃん?」

「……何でもない。分かった、行ってくる」

 言葉が勝手に出てくる。行きたくないと叫ぶ声は、喉の奥で潰された。

 裏切りがバレてしまったのか、否、そんなはずはない。レイラの行動を知る千年前の魔物は、魔界に帰っている。

 心の中で呪文のように落ち着けと唱える。息と表情を整えて何時もの表情を作り、アルベールの手を引いてゾフィスの元に向かう。

 その足元は、何時でも地獄に落ちられる程揺れ動いていた。

 

 

 

「レイラちゃん……?」

 何時ものクールなポーカーフェイスを浮かべてゾフィスの元に向かっていったレイラの背中を見送りながら、ネロは嫌な予感に胸を押さえた。

 ネロにとってレイラは、この古城の中で唯一の友達であり、憧れだった。

 レイラはゾフィスを恐れていない。言う事は聞いているが、ネロのように恐怖から従っている訳ではない。

 そんなレイラが一瞬とはいえ、動揺を露わにした。今まで見たことがなかったその表情にネロは驚き――見て見ぬフリをした。

(大丈夫……だよね……?)

 知ってしまえば、後戻り出来ない気がした――大切なものを失う気がした。

 チクリと胸が痛む。友達を見捨ててしまったような感覚に取りつかれ、ネロは泣きたくなった。

「……桜子。ネロ、どうすればよかったのかな……?」

 パートナーの手を握り、己よりも高い位置にある顔を見上げる。

 ネロのパートナーは、何も言わなかった。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「あー……ちかれたー……」

 ポスンと、新一は与えられた部屋のベッドに飛び込んだ。

 優作が誘拐されていたことに多方面――主に清麿――から何故早く言わなかったと突っ込まれたが、何とか有耶無耶にして誤魔化した。優作を助けるのは新一とスペイドの優先順位の高い目的であり、それを他の者達に押し付けるつもりはなかった。

 それを何人かは見抜いており、複雑そうな表情を浮かべていたが、新一は誰の言葉も受け入れずに別の話へと切り替えた。

「……でも、収穫は得られた……」

 先程まで行われていた作戦会議。清麿達が遺跡に突入することで明らかになった秘密。

 千年前の魔物を石の呪縛から解放した『月の光』。

 その光を浴びれば体力や心の力を回復することが出来る『月の石』。

 千年前の魔物達がロードに従い、遺跡に戻る訳。

 ――これらのことから導き出される、隠された真実。

「……『月の石』か……」

 ポツリと呟き、新一は己の魔本を顔の上に掲げる。

 今部屋には新一しかいない。他の同室者は清麿と快斗だが、二人は現在各々で行動している。スペイドは見張り役を買って出ており、今頃ホテルの屋根の上で遺跡を睨んでいるだろう。

 ――久しぶりの一人の空間だった。掲げたまま本をめくり、文字が浮かんでいないページを開けて止まる。

「……父さんを助けるための、呪文があったらなぁ……」

 一人だからこそ零せる本音。特にスペイドの前では言えない、言ってはいけない言葉。

 魔物の術は、人間にとっては魔法のようなものだ。何でもできるのではないかと錯覚してしまいそうなそれに、呆気なく溺れてしまう人間を、新一は幾度となく見てきた。

 術に頼ってはいけない。そうとは分かっていても、奇跡を望んでしまうのもまた事実。

「……悪い、スペイド……」

 込み上げる罪悪感に謝罪の言葉をこぼし、本を閉じて顔の横に置く。

 目を閉じれば、果てしない暗闇が広がっていた。




次回、遺跡突入です。


ネロは鈴神様からいただいたオリキャラです。
有難うございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。