蒼色の名探偵   作:こきなこ

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Level.17 交渉終了

 快斗達を乗せたバスが着いた先は、この街の中で最も高級であろうホテルだった。先ほどの飛行機貸し切りといい、新一達のスポンサーは余程の財閥家であるようだ。

 しかしながら、ホテルの一部分は見るも無残に大破されていた。その周囲の建物も一部破壊されており、戦いの爪痕がくっきりと残されている。

 果たして新一は無事なのだろうか――最悪の結末が頭をよぎった時、ホテルの出入り口から新一が現れた。見た所怪我はしておらず、無意識に安堵の息を吐く。どうやら彼らは無事仲間の救出が出来たらしい。

 彼の後ろから、高嶺清麿が姿を見せる。現在新一に最も信頼されている彼はFBIと日本警察――特に赤井と高木を見て顔をしかめた。麻酔銃付き鬼ごっこを繰り広げた相手に対する当然の反応だと言えよう。

「おぉおおお!」

 ――予想外だったのが、その後に続いて姿を見せた人物だった。イタリアの英雄である世界的映画スターのパルコ・フォルゴレが、新一と清麿を追い越して前に出てくる。

 彼もまた、魔物の本の持ち主なのだろうか。そんな疑問が浮かぶ前に、フォルゴレはFBI――のジョディの手を握った。

「なんと美しいバンビーナちゃん! そちらには大和撫子が三人! そして将来有望な麗しの乙女も! いやぁ、ついてきて正解だったなぁ、ハハハ!」

「えっ?」

 突然のことにジョディが目を丸くする。大和撫子と言われた千影はキャッと嬉しそうに頬を染めて両手をあて、有希子はあらあらと笑っている。もう一人の佐藤は自分のことを指していると気付かずキョロキョロと左右を見渡しており、麗しの乙女な哀は実に冷たい目をフォルゴレに向けていた。三者三様の反応。ここまで反応が違えば見ていて中々面白い。

 男性陣の反応も見応えがある。FBIはそれぞれ納得した表情に警戒心を滲ましているが、日本警察の目暮はフォルゴレを知らないらしく胡乱げな眼差しを向けている。佐藤のことになると誰よりも敏感かつ斜め方向に思考が飛びがちな高木は、非常に慌てた様子で佐藤を自分の背中に隠した。フォルゴレに口説かれるとでも思ったのだろう、あながち間違いではない。阿笠は哀の反応に苦笑している。そして己の父親である盗一は、千影の反応に面白くなさそうに顔をしかめていた。何時までたってもバカップルで一緒に居る方が辛い――かつて、コナンの時に自身の両親についてそう愚痴った彼の言葉に今更ながら同感する。これは確かに見ていて呆れてくる。

 ふと視線を新一に向けると、彼は手で顔を覆い、深く息を吐いていた。その隣にいる清麿は無表情で巨大ハリセンを構えている。そうとは知らず、美女たちにフォルゴレの鼻息は荒くなっていく。

「こうして出会えたのはまさしく運命! さあ、是非ともボインを――」

「――なにしようとしてんだ、このチチもげ魔がぁあああ!」

 ――スパンッと気持ちがいい音を立てて巨大ハリセンがフォルゴレの頭にヒットした。

 突然の衝撃にフォルゴレはジョディの手を離して蹲り、その隙を逃さずジョディは距離を取る。

 新一が片手をあげた。それを合図にゆらりとどこからともなくスペイドが姿を現す。

 スペイドがフォルゴレを指差し、新一は無言のまま頷いた。スペイドも頷き返し、鞘に入れたままの剣を振りかざす。

「いたたたた……っ、酷いじゃないか清麿。何も叩くことも……」

 清麿に文句を言いながら顔を上げたフォルゴレは、途中で言葉を切った。彼の視界には、無慈悲にも剣を振りかざすスペイドの姿が映っている。

 さっと視線を逸らす。これから起きるだろう悲劇を見ないよう手で顔を覆った時――先ほど以上に重い音と、フォルゴレの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 案の定暴走したフォルゴレに制裁を加えた後、新一はアポロが手配した広い多目的室へと案内した。ホワイトボードを真ん中に、左右に長机と椅子が向き合うようにして並べられている。魔物の本の持ち主側と、そうでない者達側に分かれて自然に座ったため、新一も魔物の本の持ち主側についた。この場で唯一の魔物であるスペイドは椅子に座らず、壁に寄りかかり腕を組んで立っている。アポロは夕食の手配をすると言ってこの場から立ち去った。

 明確な線引きを表しているそれが、この話し合いが上手くいかないことを示しているように感じ、新一はばれないようこっそりと息を吐いた。今日だけで何回溜息をついたのか考えるだけで頭が痛くなる。

「あーっと……、さっきの戦いもあって全員は無理だったから、こっちからは高嶺清麿と、パルコ・フォルゴレさん、ナゾナゾ博士とオレが代表してきた。紹介……する必要はないよな?」

 新一の確認に、本の持ち主ではない側達が同意を示す。先程フォルゴレとの交友が発覚した有希子だけが「あらヤダ」と驚いた表情を浮かべた。

「フォルゴレさんも新ちゃんと一緒で本の持ち主だったの?」

「やあ、久しぶりだね有希子。私も驚かされたよ、君達が何時も自慢していた新一君に」

 フォルゴレが言葉に含みを持たせて返す。それを新一はそ知らぬふりをして聞き流した。話し合いのタイムリミットは夕食前まで。時間は刻一刻と迫っている。

「さて、早速だが本題に入らせてもらおう。世間話をする時間も――余裕も無さそうだからね」

 本の持ち主達を代表するかのように真ん中にいるナゾナゾ博士が、先に口を開いた。

「君達がここに到着するまでの間にこちらで少し話し合った結果、君達にはここに残り、アポロ君と一緒に操られた人達の手助けをしてもらいたいということになった」

「それは、戦いの場に連れて行くことはできない、ということか?」

 ナゾナゾ博士が遠回しに伝えたことを、赤井が言葉にして確かめる。その声から伝わる感情に、新一はやっぱりと肩を落とした。

 FBI、特に赤井は何が何でも着いてくる気でいると。

(一体何がそこまで赤井さんを……)

 彼らしくないと言えばらしくない赤井の態度に、新一はようやく疑問を抱いた。優作がロードに囚われたことでそうは見えずとも頭に血が上った状態だった為気付くのに遅くなってしまったが、FBI一の切れ者と恐れられ新一と同じく『シルバーブレッド』と呼ばれていた彼にしては、魔物に対する態度が過激すぎる。まるで宿敵だったジンを前にしているかのようだ。

 その原因こそが、この流れを変えるきっかけにかもしれない。そう思い口を開こうとした瞬間、清麿の口から赤井に劣らない非好意的な声が出た。

「魔物の力を持たないあんた達が着いて来ても、こっちは迷惑だ」

 ――どこからどう聞いても喧嘩を売っているそれに、新一とフォルゴレはギョッとした。喧嘩を売られた赤井は面白そうに清麿に目を向ける。バチッと二人の間で飛び散る火花に、新一は混乱し煽るべきか止めるべきか一瞬迷ったが、煽ってどうすると直ぐに我に返る。

「清麿、ちょっと落ち着け。ガッシュの言葉を忘れたのか?」

「……っ」

「そうだぞ、清麿。お前が冷静さを失ってどうするんだ」

 間に入ると、赤井の目が新一に向けられた。清麿は何か言いかけたが、フォルゴレにも抑えられ渋々口を閉ざす。

 赤井もだが、清麿も過激になっている。恐らく繰り広げたであろう鬼ごっこの最中に何かあったのだろうが、その件については清麿本人が何も話そうとしない。話したくないのなら聞かないでおこうと思っていたのだが、後で問いただした方が良さそうだ。

 ともあれ、リーダー的存在である清麿が非好意的態度を取り続けるというのなら、この場を任せることは出来ない。組織戦の時とは違い新一はあくまで戦力の一つであることを見せる意味もあり、この話し合いは清麿に任せるつもりでいたのだが仕方ない。

 ナゾナゾ博士に目配せを送り、フォルゴレが清麿を抑えているのを確認してから口を開く。

「まずはそちらの望みを教えてください。まさか、全員一緒に突撃したいとは言わないでしょう?」

「ああ、そうだな。あの魔物の力に対する十分な戦力を備えることが出来ない今、そこの少年の言う通り我々の方が足手まといになるのは目に見えている」

 ――赤井の方は話し合いを穏便に進められる程の余裕がまだあるらしい。しかし、その目は雄弁に語っている。だからといって引き下がるわけにはいかない、と。

 その目に新一はふと懐かしさを感じた。組織戦に向けて何度も繰り返し行われた作戦会議の時、赤井と新一は何度も意見を交わしあった。一方の意見を主張し通そうとするのではなく、より最善の道に進むために。

(やっぱり、赤井さんは赤井さんなんだな……)

 その時の目と、同じだった。赤井が何故魔物に対して過激な対応を取るのか分からない。だが、それでも彼は今この瞬間自身の感情ではなく、勝てる道を、犠牲の少ない道を選ぼうと新一に訴えてきている。

 流石はFBI一の切れ者、と言ったところか。赤井があくまで魔物を信じることは出来ないと主張してきたのなら新一もそれ相応の態度で挑むつもりだったが、手を差し伸べてきたのならそれに応えなければならない。

 顎に手を添え、そっと目を伏せる。新一が何かを考えている時に出す癖に、そうと知っている者たちはハッと息をのんだ。

(魔物の力を持たないとはいえ、何もできないという訳ではない。危険だからと言って遠ざける方が、彼らにとってはよっぽど危険だ。それに、もしロードと戦う前に父さんと会ったら……。戦いに集中したいオレ達では解放された人達を助ける余裕なんて……)

 目先の事だけでなく、遠い先のことまで。一つの可能性だけでなく、最悪の可能性まで考慮に入れて。あらゆる可能性に対して最善の解決策を。

「……全員は、連れて行けない。けれど少人数なら……」

「新一!?」

 ポツリと呟いた言葉に、赤井はフッと口角を、清麿がギョッとして声を上げた。だがそれを無視して、新一は顔をあげてスペイドを見る。

「スペイド、何人までなら連れて逃げることが出来る」

「二人。これが限度だ」

「二人か……捜査一課から一人、FBIから一人、ということになるな」

「分かった。人選はこちらで行うがいいか?」

「ええ、どうぞ。ただし……」

「――ちょっ、待てよ新一!」

 連れて行かないという意見を翻したところか、連れて行く前提で話を進めていく新一に清麿が思わず食って掛かる。

「二人も連れて行く気かよ! 何が起きるか分からないんだぞ!?」

「確かに何が起きるかも分からないし、安全の保障もできない。本音を言えばオレも連れて行くのには反対だ。リスクが大きすぎる」

「なら……!」

「――そのリスクを背負ってでも、オレ達本の持ち主は守らないといけないものがある」

 新一の言葉に、えっと清麿は狼狽えた。ナゾナゾ博士は既に理解しているらしく頷いており、フォルゴレも何かを感じ取ったのか真剣な表情を浮かべている。

「思い出せ、清麿。どうしてこの人達がここにいるのかを――それが意味するものを」

「どうしてって……それは、この人達が魔物について知ったから」

「違う。この人達は魔物について知ったからじゃない、行方不明になった人達を助け出すためにここに来ているんだ……そう、魔物に連れ攫われた人達を」

 ゆっくりと、興奮状態に陥っている清麿にも分かるように言葉を紡ぐ。

 それで十分だった。一度興奮状態が収まれば、天才的頭脳を持つ彼はその言葉の意味を直ぐに理解できる。

「ロードに……魔物に……」

「もう分かっただろ? オレの言いたいことが」

「すまん、新一君。私にはサッパリだ」

 ――残念ながらフォルゴレは、理解することが出来なかったが。

 ごく真面目な顔で手を挙げるフォルゴレに、新一は無言でこめかみを押さえた。だからと、フォルゴレにも理解できる言葉を選ぶ。

 

「このまま放っておくと、魔物は人間に害成す存在だと警察組織に認識され、魔物の迫害が起きるかもしれないってことだ」

 

 簡潔かつ率直なそれに、息を飲む音が響いた。

 日本警察からもFBIからも、新一の言葉を否定する者は出てこない。警察と無関係な黒羽家や有希子達からも、反論の声は無い。

(オレも焦っていたってことか……)

 分かってはいたことだった。寧ろ新一はそのことを危惧しており、回避する手段を考えていた。

 然し、父親がロードに誘拐され、母親達が襲われ。焦るあまり目の前の問題しか見えていなかった。ロードを倒すことを一番に考え、その先のことまで考えが及んでいなかった。

「以前から世界各国で魔物は事件を起こしている、窃盗から殺人まで様々に。今まではその犯人が分からず迷宮入りになっていたが、魔物の存在が知られた今――例え世間に公表しなくとも、秘密裏に排除しようと動いても可笑しくないんだ」

「おっ、おいおい、ちょっと待ってくれよ。それは私達がしたことではないじゃないか、全部他の魔物がしたことであって……」

「それはあくまで、本の持ち主側の認識だ。普通に考えてみろ、魔物と何ら関わりのない人間達が魔物の存在を知ったらどう思う?」

「――っ」

「得体の知れない存在、未知なる力、罪を犯しても捉えることは出来ない……魔物全てが害成す存在だと一括りに捉えても仕方ない。良い魔物、悪い魔物と区別できるのは、オレ達のように魔物と深い関わりのある者だけなんだから」

 新一の言葉に、フォルゴレは悲痛な表情を浮かべた。差別だ、とポツリと呟かれた言葉にそっと目を伏せる。

 偏見や差別だと主張するのは簡単である。しかし、これらは正しい知識が無いからこそ起こり得るものであり、している側にその意識が無いのが殆ど。魔物達でさえ、人間に対する差別意識が根強くある。人間と魔物、どちらもが歩み寄ることを知らない。

「――だから、オレ達が見せないといけない。魔物の全てがそうでないことを、ここにいる魔物達は人間を大切に思っていることを」

 ――ここに集まった者たちを除いて。

 新一の言葉に、フォルゴレは顔を上げた。一方清麿は複雑そうな表情を浮かべたが、丁度警察組織達の方を見渡した新一はそれに気付かなかった。

「さっきは言えなかったが、ここにいる人達は実際魔物に……ロードの手下に襲われたばかりだ」

「なに!?」

「聞いてないぞ!?」

「言う暇もなかったんだよ。清麿達は先に突入して連絡取れず、こっちに来てみればフォルゴレ達が襲われていて、追い払ったと思えばキャンチョメにズボン脱がされそうになるし……パンツまで脱げそうになった時は本気で泣くかと思った」

 最後の方は愚痴になってしまった。先ほどまでの精神的苦労を思い出し遠い目をすると、清麿も遠い目をしながら納得し、フォルゴレはそっと目を逸らした。一人だけナゾナゾ博士が笑いをこらえていたのでジロリと睨んでから、話を続ける。

「ロードの方もこの人達が感づいたことを察しているんだろう。今回先に清麿たちが突入したことで意識はこっちに向いているだろうが、警戒するに越したことはない。この人達以外襲われた報告はないことから、警察組織全体というよりも実際に動いているこの人達に対する警告だった、とも考えられるし」

「……成程。ナゾナゾ博士に頼まれて説得に行った新一達が偶々その場に居合わせて、事無きを得た、ということか。それでこの人達も着いて来たと」

 なぜ彼らが魔物の存在を信じた上で着いてきたのか。その謎が解けた清麿は、原因とも言えるナゾナゾ博士をジトリとした目で見た。日本警察とFBIなどといった組織との確執を知っている清麿からすれば、ナゾナゾ博士の頼みは許せないものだったに違いない。例えそれが最善の方法だったとしても、新一の気持ちを無視するような真似を清麿はしたくなかったはずだ。

 驚くほど優しく仲間想いな友に、新一はひっそりと口角を上げる。こうして心配してくれる存在がいるから、新一は必要以上に傷付かないで済んだのだ。

「因みに襲ってきた魔物は、あのクソカエルに千年前の魔物三体。二体は俺達で倒したけど、ゲロゲロうるせぇカエルと空飛ぶ奴は逃がしちまった。そのせいで戦力補充したカエルもどきがフォルゴレ達を襲うことになっちまって、悪かったな」

 ビョンコに対する敵意が如実に表れているが、懸命にも誰も突っ込もうとしなかった。

「いやいや、新一達のせいではないよ。寧ろ、よく君達だけで二体も倒せたな。千年前の魔物は現代の魔物よりも遥かに頑丈な身体をしていて、中にはとても強力な術を持っている奴もいるのに」

 素直に称賛するフォルゴレに、新一は曖昧な笑みを浮かべた。対して苦戦しなかったと告げていいのか迷っていると、遠慮というものを知らないスペイドが先に口を開く。

「千年前の魔物達は弱く、私達の方が強かった……ただそれだけだ。あの程度で苦戦しているようでは、この先生き残れないぞ」

 一刀両断。見事なそれはフォルゴレだけでなく、清麿やナゾナゾ博士も切り裂いた。

 ウグッと言葉に詰まる本の持ち主達に、慌てて新一がフォローを入れる。

「たっ、偶々だって! クローバーとエルジョって魔物が、偶々千年前の魔物の中でも弱かっただけで……!」

「エッ、エルジョって、俺達を襲ってきた魔物と同じ名前なんだが……」

「あっ、そうなの?」

「……俺とガッシュだけじゃ歯が立たなくて、勝てたのはティオと恵さんが助けに来てくれたからなんだが……エルジョとパティには逃げられたし……」

「……ええと……」

  そのエルジョを瞬殺した新一は、目を左右に泳がせた。そんな新一を見て、仕方ないとスペイドがフォローを入れる。

「今の弱さを認めることが、この先強くなる秘訣となるぞ」

 フォローではなく止めを刺した。

 ピシリと固まる本の持ち主達を見て、スペイドは不思議そうに首を傾げる。

「何も恥ずかしがることはないだろう。魔物の戦いは基本一対一で行われている。複数対一の戦いに慣れていないのだから、苦戦するのも当然のことだ」

「……ん?」

 意外な言葉に、新一は少し浮上した。目を丸くするパートナーの様子に、だからとスペイドは言葉をより詳しくする。

「ガッシュ達の弱さは、複数を相手にした戦法を知らないことだ。そこを克服することによって、彼らはより強くなれる。そうだろう?」

 ――弱さの意味に、清麿は目からうろこが飛び出そうになった。確かに清麿たちは複数を相手にした経験は少ない。更に、そのどれもが誰かが助けに来てくれて事なきを得ている。それを『弱さ』と表現したのは彼女らしいが、悪い意味で言っておらず、寧ろ今後の課題点としてより高みへと導こうとしている。

 まさか、あのスペイドからこんな言葉が聞けるとは。

 そう驚いたのは何も清麿達だけではない。

 一番驚いているのは、パートナーたる新一だった。

「……スッ、スペイドがちゃんとフォロー入れていた……!」

「……新一、そんなに驚かなくとも……」

「だっ、だってスペイドだぞ!? オレに対してでさえ戦闘のことになると遠慮容赦しなくなるスペイドがだぞ!? オレには『それくらい自分で考えてみたらいい』と放っておく癖に!」

 驚きが一周して怒りへと変わった。なぜそこに到着したのかは新一にも分からない。

 理不尽にも怒りを向けられ、スペイドもムッと顔をしかめる。

「その件に関しては反論させてもらおう。私があえて新一を突き放したのは、貴方が常に『自身が無茶をする』を前提に考えているからだ。清麿達のように戦法に対する知識の無さ故ならともかく、悪癖ともいえるそれを指摘してもどうにもならない。だから私は、貴方自身に気付かせるべく突き放しただけのこと」

「そっくりそのままお前に返してやるよ、その言葉! 今まで何回お前がオレを庇ったせいで余計な怪我を負ってきたと思っているんだ!」

「新一こそ、私に有利な状況へと持ち込もうとして何度も怪我を負ってきているではないか。私だけ責められるのは納得がいかない」

 新一もスペイドも、互いを大切に想う故に自己犠牲的な行動に出る時がある。それを互いに良しとしておらず、そこだけはこの先相容れることはないと分かっていても、止めることが出来ない。

「――まあまあ、落ち着きなさい。二人とも」

 そんな二人を、ナゾナゾ博士が間に入り宥めた。スペイドは瞬きをして直ぐに落ち着きを取り戻し、乗り出していた身を元の位置に戻す。新一はナゾナゾ博士を一瞬恨めしそうに見たが、時間がないのを思い出し、渋々と頷き座り直した。

 思わぬ二人の喧嘩に呆然とする者達の意識を、ナゾナゾ博士が手を叩いて呼び戻す。

「話を戻そう。

 魔物に襲われた彼等は新一君達に助けられ、魔物の戦いについて聞いた。今回のロードについてもね。そして、今までの謎が解けた彼らは、ロードに操られた人々を解放するのと同時に、魔物に対する対応を決める為にこの場に来た。

 新一君が危惧しているのは、この場に置いていくことにより、余計な誤解を与えて魔物に対する印象をより悪くしてしまうことだ」

「確かに、魔物同士ということでロードとグルだと思われても可笑しくはないのか……」

 ナゾナゾ博士の言葉を、清麿も吟味する。事情を全て知っていればとんでもない誤解だが、中途半端であればそう予想しても仕方ない。以前新一も、探偵や警察はあらゆる可能性を考慮に入れると言っていた。疑いを晴らす為には、実際に見てもらうしかない。

 しかし、と清麿は奥歯を噛み締める。今この場にいる警察組織の人たちは、かつて新一を裏切った者たち。この戦いが終わった後裏切らないという保障はない。何より、これ以上彼らを傍に置いて新一を傷つけるのが嫌だった。

 何とかしてこの話の流れを変えられないかと思考を巡らすと、「一ついいかな」とフォルゴレが立ち上がった。

「貴方達に聞きたいことがあるんだ」

「答えられる範囲であれば」

「いやいや、素朴な疑問さ。どうして貴方達は、魔物を見極めようと思ったんだ? 魔物に襲われたのなら普通、私達を信じようとは思わないだろう?」

 意外なそれに、清麿と新一は虚を突かれた。二人が全く疑問に思わなかったそれは、確かにフォルゴレの言う通り不自然なことである。

 問われた警察組織は互いに顔を見合わせ、代表して目暮が立ち上がった。

「あー、フォルゴレさん、だったかね? 確かに貴方の言う通り、我々は魔物に襲われた。そして魔物が犯したと思われる犯行を追って来てもいる。普通ならこの場に武器も持たずのこのこ来んし、誘拐された人達の救出を任せたりしないだろう」

「普通なら、そうですね」

「――しかしなぁ、我々は知っているんだ。工藤君が決して、犯罪者にならないことを」

 その言葉に、新一は目を見開き、清麿は顔をしかめた。

「魔物に襲われた我々を助けてくれたのは、魔物だった。その魔物は工藤君の命の恩人でもあった。そう考えると……一概に魔物を悪だと決めつけるには早計だと思わんか?」

「……成程。しかし恐怖は感じなかったのですか?」

「もちろん感じたに決まっている。だがそれ以上に……工藤君を信じる気持ちの方が大きかった、という訳だ」

 目暮の言葉に、本の持ち主ではない者達が大きく頷いて同意する。

 フォルゴレの疑問以上に想定していなかった答えに、新一は呆然とした。優秀な脳は思考停止になり、耳はこれ以上音を拾わないようシャットアウトしている。

「……そうですか、分かりました。ならばこのパルコ・フォルゴレ、貴方達を全力でお守りすることをここに約束しましょう」

「フォルゴレ!?」

 そしてフォルゴレは、今までの意見を翻した。新一の提案に賛同したことに、清麿が声を上げるが決意は固く揺らごうとしない。

「清麿、この人達は恐怖を乗り越えてここに来ているんだ。それは並大抵のことではない。一度恐怖に取りつかれれば……たとえ血を分けた相手だとしても、恐ろしいものに見えてしまうのだから」

「それはそうかもしれないが……!」

「なあに、心配いらないさ。いざとなれば、私が身体を張って彼らを逃がすまで」

 いつの間にか一人だけが反対している状況に、清麿は焦りを抱いた。新一は思考停止して固まっているため、話しかけようにも話しかけられない。

 ナゾナゾ博士を見れば、ニヤリとした笑みを向けられた。それに嫌な予感を覚えると同時に、追加攻撃を繰り出される。

「勿論、魔物を信じてもらう為の意味もあるが、我操られた人達を解放出来たとしても、戦いに集中する余りその後のフォローまでは気は回らないだろう。だが、戦いに参加できない彼等ならば、我々の代わりに素早く対処することが出来る」

「う……っ」

「その具体的な案はこの後考えるとしたとしても、だ。連れて行く人数がスペイド君のいう二人なら、我々が力を合わせれば守ることもできる。のう、新一君?」

「――へっ? あっ、はい。そうですね。二人なら俺たちの術『サーボ・アライド』で連れて逃げられますし、そこまで支障はでないかと」

 ナゾナゾ博士に呼び掛けられ我に返った新一は、二人と言う言葉に反応してぎこちなくも丁寧に答えた。それに清麿はジトリとした目を向け、「分かったよ」と渋々同意する。

「そこまで言うなら仕方ない。二人までなら連れて行くことにする」

「うむ、そうしようじゃないか。問題は誰と誰を連れていくかだが……」

 本の持ち主側の意見がまとまった所で、ナゾナゾ博士が本の持ち主でない側にバトンタッチする。

 お互いの妥協点を見つけることが出来たことに安堵し、新一は深く椅子に腰かけた。弱冠一名まだ納得できていないようだが、後で説得すればいい。

 一息つくにはまだ早いが、一つ目の山場を越えたことにどっと疲れが押し寄せてくる。話し合う声に耳を傾けながらも、新一は軽く目を閉じた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 ――今こそ元の姿に戻るべきではないだろうか。

 話し合いを聞きながら、哀はそうぼんやりと思った。

 新一達が妥協案として提示してきた二人という制限。それは少ないようでいて、実は多い方であることにこの場に来ている全員が気付いていた。

 魔物の戦いは未知なる力のぶつかり合いであり、力を持たない者が一人でもいるだけで大変な負担になるだろう。

 それでも新一はリスクを承知で手を差し出した。それを振り払うという傲慢な態度など、取れるはずがない。

(――取りたく、ないけれど……)

 ゆっくりと視線を、誰か着いていくか決めている者達に向ける。

 二人という枠組みは、当然のようにFBIから一人、日本警察から一人と決められた。否、それが本当に当たり前の事であり、一応民間人である己達が入れる訳がないことなど頭では分かっている。一番着いていきたいだろう有希子でさえ、名乗りを上げることせず話し合いを――否、目を閉じて座っている新一を心配そうに見ていた。

 疲れているのだろうかと思い、直ぐに当然であることに思い至る。彼は魔物との戦いで大怪我を負いながらも休まず移動し、また戦いに挑んできたばかりなのだ。休む暇など無かったに違いない。

 無茶をするな、とはもう言えない。それを言える権利を、資格を、哀は自らの手で放棄した。

(もしも、もしも私が……)

『宮野志保』ではなく、『灰原哀』を選ぶ。

 それは彼女にとってごく自然なことだった。薬を無理やり飲まされた彼とは違い、彼女は自ら進んで飲んだ。つまり、『宮野志保』を殺す為に飲んだということ。元の姿に対する未練も何も最初からなく、寧ろ新しい姿で新しい人生を歩めるというチャンスに戸惑いすら抱いていた。

 だから、なのだろうか。これ以上の幸せなどあってはいけないと分かっていたにも関わらず、もっとと欲を出してしまったのは。

(『灰原哀』じゃなく……)

 ――哀は知っていた。コナンに最後に渡した解毒剤を飲めば、もう元の姿に戻れなくなるということを。

 推測の域を出ていなかった。もしかすると、の話であり確証も無かった。危険性の一つであったが、確率的には低かった。

 それでも哀は思ったのだ。最後となる解毒剤を渡した時、もし、と思ってしまったのだ。

(『宮野志保』だったら……)

 ――『江戸川コナン』のままなら、同じ時を歩めるのではないか、と。

 以前も似たようなことを彼本人に言ったことがある。その時は冗談だとはぐらかしたが、あの渡した瞬間、再び悪魔の声が囁いた。

 哀はそれに耳を貸してしまった。伝えなければならなかったことを、伝えなかった。

 その結果がこれである。元の姿に戻れないことに絶望したコナンは生ではなく死を望んで姿を消し、哀達の元仲間として、新たな相棒を見つけて、再び姿を現した。

(あそこに、いれたのかしら……)

 このことは誰にも話していない。哀がひっそりと胸の中で、許してはいけない罪としておさめている。墓場にまで持っていくと決意しているそれを、誰にも背負わせるつもりはない。

「FBIからは赤井君を出そう。本人が一番希望しているからね」

「ではこちらからは……」

「目暮警部。私に行かせてください」

「さっ、佐藤さん!?」

「明日には他の人達も到着する予定です。目暮警部は彼らの指揮を。高木君は……無茶しないで? 私は平気だから」

「そんなの駄目です! 佐藤さんに行かせるくらいなら、僕が行きます!」

 思考の波に漂っていると、高木が声を荒げているのが聞こえてきた。

 見れば、日本警察の代表として自分が行くと言い張っている。この中の誰よりも魔物に恐怖しているというのに、愛しい人を危険にあわせたくないという気持ちの方が強いらしい。佐藤と目暮が説得しているが、高木は頑として譲らない。

(羨ましいわ……)

 心からそう思う。

 彼の選んだ道を間近で見られる立場が。

 大切な人を庇える立場が。

 ――彼が、彼女が、羨ましい。

(……なんて、ね)

 クスリ、と小さく笑う。嘲笑とも見えるそれを手で隠し、視線を高木達から逸らした。

 我ながら馬鹿なことを考えた。羨ましいだなんて、言える立場ではないのに。

 思考を振り払うように首を左右に振ると、ポンと肩を叩かれる。

 誰だろうかと振り返り、哀は目を見開いた。

 

 

 

 程なくして、同行者が決まった。

 FBIから赤井秀一。日本警察から高木渉。

 奇しくも、清麿達と麻酔銃付き鬼ごっこを繰り広げた二人――内一人は不本意であったが――が選ばれたことに清麿が猛烈に反発をしたが、武器となる物は置いていくことを新たに条件に加えたことで、渋々と、本当に渋々とだったが認め、この話し合いは終結した。

 しかし、清麿を宥めるのに必死だった新一は、気付かなかった。

 ――陰でひっそりと動こうとしている者達の存在に。




怪盗が大人しく待つはずがない。
スペイドの運び方は、ナゾナゾ博士がお手本です(フラグ)。

実家に帰る機会があったので、投稿しました。
まだ住まいの方のネット環境は整っておりませんので、不定期更新になります。

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