蒼色の名探偵   作:こきなこ

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Level.01 蒼い本と魔物の子

 人間界とは別に存在するもう一つの世界――魔界。

 魔界にも社会があり、それを治める王がいる。

 その王を決める戦いが、千年に一度、この人間界で行われる。

 選ばれた百人の魔物の子どもが人間界に送り込まれ、王の座をかけて戦いあう。

 そして最後生き残った一人が、次の王となる。

 

 

「――で、お前はその百人の魔物の一人だっていうのか?」

「ああ、不本意ながら」

 淡々と説明してくれた『黒衣の騎士』に、コナンは額を手で押さえた。

 いきなりともに戦ってほしいと頼んできたので組織関連かと思いきや、まさかの魔界に魔物というファンタジーな世界。リアリストだと某怪盗に言わしめるコナンにとっては頭が痛い話である。

「それで、なんで俺がその戦いに協力しないといけないんだ? 魔物同士で勝手に戦えばいいだけの話だろ」

 助けてくれた恩があるので一先ず話に乗っかりながらも、このふざけた話の可笑しい点を突く。しかし『黒衣の騎士』は動揺することなく、目の前に一冊の本を差し出した。

「理由は、すべてこの本にある」

「本……そういえばさっきも、俺のことを『本の持ち主』とか言っていたな」

 差し出された本を受け取り、表紙を見る。

 真っ先に目を引くのは、その本の色だろう。己の目と同じ色の蒼色をしている。表題と思わしき場所に見たことのない文字が書かれており、その下に不思議なマークが描かれている。中をめくると、題名と同じ見たことのない文字で埋め尽くされていた。

 父親の教育方針上あらゆる国の言語を習得しているコナンでさえ読めないそれに、ほんの少しの不快感を抱く。このまま読めないと突き返せば負けな気がしてページをめくっていくと、一小節だけ色の違うページを見つけた。

 他の部分と同じ文字のはずなのに、なぜかこの部分だけ理解できる。頭に浮かんだ、といった方がいいのだろうか。読めたわけではない、何と書かれているか「理解」することが出来たのだ。

 その一小節を指でなぞる。ポウッと本が光り、口が勝手に理解できた部分を言葉にする。

 

「第一の術、アルド」

 

 刹那、本の輝きが増し、『黒衣の騎士』が素早く鞘から剣を抜いた。

 抜かれた剣の刃に、薄い膜状の水が張る。それに目を見開くコナンの前で、『黒衣の騎士』は高く跳躍した。

「ハァッ!」

 ザンッとツララを真っ二つに水を纏った剣が切り裂く。切り離されたツララが下に降り、地面に突き刺ささる。

「な……っ!」

 それらをコナンは呆然と見ていた。手品とは全く違い種も仕掛けもない、化学でも完全に説明することはできないだろう現象に、脳が目まぐるしく動く。

 剣を鞘に戻した『黒衣の騎士』はゆっくりとした動作でコナンを振り返った。動揺しているのが分かっているらしく、「今のが」とゆったりとした口調で説明する。

「私の使える術……人間界では『魔法』といった方が分かりやすいか」

「術……魔法……」

「魔界では私たち自身の魔力だけで出せるのだが、人間界では出すことが出来ない。そこで、この本が重要のカギとなる」

 コナンの前で跪き、蒼色の本に手を置いた。兜越しに感じる視線に顔を上げ、見えない視線と交差させる。

「この本は、私たちがこちらに送り出される前、一人一冊ずつ持たされた魔界の道具だ。人間がこの本を手に持ち呪文を唱えれば、魔物は術を使うことができる。

 私たちはこの本を燃やしあうことで勝敗を決める。燃やされた者は魔界へ強制送還され、最後まで本を燃やされなかった者が、王となる――これが、人間の力が必要な理由だ」

 突拍子もない話である。普段なら到底信じなかったであろう。

 しかし、実際に呪文を唱えて術を発動した。不可思議なそれはコナンの目にそれが真実であると映った。例え常識から逸脱していようとも、今までの価値観から外れていようとも、それが真実であるならばコナンは受け止める。

「分かった、お前の話を信じよう……だが、まだ疑問はある」

 深く息を吐き、警戒を解かず『黒衣の騎士』を見据える。

「なぜ、そんな不便をしてまでお前たち魔物は人間界で戦うんだ」

「その理由は説明されていない、だが前回もこの戦いは人間界で行われてきている。私の知っている者は、『人間に魔物を育てさせるため』だと言っていた」

「……オレを、選んだ理由は?」

 一番聞きたかった質問だ。なんとなく理由は察しているが、魔物からの証言が欲しかった。『黒衣の騎士』はコナンの質問に一瞬押し黙り、ゆるりと首を横に振る。

「選んだわけではない。貴方だけがこの本を読むことが出来るからだ」

「……やっぱりそうか。この色の違う一小節だけ『理解』出来るんだが、他の本も読めたりするのか?」

「いや、それは出来ない。この本を読めるのは本の波長と心の波長があった者のみ、一冊につきただ一人だけと決まっている」

「つまり、魔物は自身の本を読める人間とペアを組み、戦うのがルール。そしてお前の本を読めるのがこのオレで、だからともに戦ってほしいんだな?」

「ああ、そうだ。勝手だと分かっているが、お願いできないだろうか?」

 力強い視線とは打って変わって懇願するそれに、コナンは思わず苦笑を浮かべた。

 要するに魔物は人間の力無しでは戦えない、だからこそこの『黒衣の騎士』はコナンをあそこから救い出したのだろう。

 だが。コナンはゆっくりと首を横に振る。

 

「オレが本当にお前の本を読める人間なのか、まだ分からない。オレは、『オレ』じゃねぇから」

 

 コナンの拒絶に、『黒衣の騎士』は一瞬だけ悲しげな雰囲気を出した。それは直ぐに掻き消え、コナンの言葉を不思議そうに繰り返す。

「『オレ』じゃない? それは、どういう意味なんだ?」

「……お前はオレを生かし、事情を話してくれた。なら今度は、オレの番だな」

 この話を出会ってすぐの、それも人間ではなく魔物に話すことになるとは夢にも思っていなかった。だがどうせ最後なのだから、とコナンは自虐気味に笑う。

「オレは今、何歳に見える?」

「……人間でいうなら、六歳ほどに見えるが」

「ああ、そうだな。だが本当は十七歳なんだ」

「……成長が遅いのか?」

「そうじゃない。不注意でとある組織に毒薬を飲まされ、この姿に退行した」

 不注意で片づけてはいけないのだが、全てを説明する気はない。要点だけを掻い摘み、淡々と身の上の出来事を話す。

「周りに危害が及ばないよう、オレはこの仮の姿で組織を追いかけた。だが元の姿に戻ることは出来ないことが分かった――解毒剤が効かないんだとよ。仕方ねぇから組織だけでも潰そうと思って、その結果爆弾に巻き込まれ、お前に助けられた」

「……」

「この仮の姿で本が読めたとしても、元の姿に戻ればどうか分からない。もしかすると、本当の『読める人間』がどこかにいるかもしれねぇんだ。それに、こんなガキの姿をしたオレじゃ足手まといになるのが目に見えているしさ……だから、そいつを探して来いよ」

 本を『黒衣の騎士』の手に押し返す。早く立ち去れと念じるも、『黒衣の騎士』は動こうとしない。

「……すまない。私には理解できなかった」

 ポツリと呟かれたそれに、コナンは「だから」と言い募ろうとし、続けられた言葉に息をのんだ。

「貴方が『貴方』でない理由が、分からない。どんな姿をしていようとも、貴方は『貴方』ではないのか? 仮の姿でも本当の姿でも、『心』は一緒ではないのか?」

「――っ!」

「それとも別人格なのか? もう一つの魂がその体の中に合って、それが今の貴方なのか?」

「……ちが、う。別人格でも、別の魂でもない……」

「ならなぜ、『貴方』ではないと言うのだ」

「それ、は――……」

 言葉を出そうにも、出てこない。何といえばいいのか分からない。

 コナンは、己が『工藤新一』でないと思ったことはなかった。否、確かに「なぜこんな姿で」と思ったことは幾度もある。だがそれはこのような姿になったことを恨んでいるからこそで、『江戸川コナン』は『工藤新一』とは違う存在だと思ったことはない。

 『工藤新一』は『江戸川コナン』であり、『江戸川コナン』は『工藤新一』である――これが真実だった。

 それが今崩されているのは何故か。なぜ、この真実を誰よりも強く抱いていないといけないはずの己が、真実から目をそらしているのか。

 

「仕方ねぇだろ……周りはみんな、『江戸川コナン』を望んでいるんだ……」

 

 胸を強くつかみ俯く。ギリギリと痛むそこに歯を食いしばり、だが涙は流さない――流せない。涙はとうの昔に枯れ果てている。

 コナンの秘密を知る者が『江戸川コナン』として生きることを勧めてくるのは、コナンが元の姿に戻れないと知っているからだということは分かっている。しかし感情は追いつかない。そこまで簡単に『工藤新一』は切り捨てられる存在だったのかと、叫んで回りたかった。何より、秘密を知らない幼馴染は『工藤新一』を切り捨てた。『工藤新一』の帰る場所は、どこにもない。

 『工藤新一』は死に、『江戸川コナン』は生きる。それが周囲にとっての真実であり、コナンはそれに合わせるしかなかった。

 『江戸川コナン』と『工藤新一』は違う存在。それが偽りだと知っていても、真実であると言う仲間たち。

 

「ならば私が言おう。どんな姿をしていても、貴方は『貴方』であることに変わりない」

 

 ――そんな中、誰もが目を背けた真実を、『黒衣の騎士』が突きつけた。

 

 ハッとして顔を上げれば、変わらず兜とぶつかった。隠されていようとも分かる視線は、まっすぐにコナンを貫いている。

「先ほど、私は本が読めるのは本の波長と心の波長があった者のみだと言った。だが、もう一つ理由があると聞いている」

「もう一つ……?」

「――魔物と心の形が一致する人間が、本を読むことが出来ると」

 そっと、『黒衣の騎士』の手がコナンの手に重ねられる。その位置はちょうど胸当たり。

「貴方が私の本を読めたのは、仮の姿をしているからではない。貴方の心が、私の心の形と一致しているからだ」

「……っ」

「どうか、信じてほしい。貴方は私の、いや、貴方だけがパートナーであることを」

 手を握りしめられる。黒い手袋越しの感触に、コナンは「でも」と再び目を伏せる。

「オレは、こんな姿で……」

「それは、元の姿に戻りたい、ということか?」

「っ、そんなの当たり前だろう! そのためにオレは、頑張ってきたんだ!」

 思わず叫ぶコナンに、スペイドは数拍黙った後「分かった」と手を放した。

「それなら、私が役に立つはずだ」

「は?」

「私の能力で、貴方を元の姿に戻せるかもしれない」

 

 

 

「魔物は多種多様な能力を持つ種族であり、それぞれによって様々な能力を併せ持っている。私の一族は水を司っていて、能力も水に関するものが多い。私もまた、その一人」

 黒い手袋を外したスペイドは、コナンの目の前で手のひらを上にした。途端そこに水の球体が現れる。

 如何にも魔物らしいそれに、コナンはほおと感嘆の息を吐いた。

「すげぇ……これ、飲めるのか?」

「健康状態で飲めば死ぬ」

「ウゲッ!?」

「だが、今の貴方のように体に毒がある者が飲めば、その毒と中和される。簡単に言えば解毒水のようなものだ」

「これが……」

 『黒衣の騎士』の手のひらにある水球体に、コナンは唾を飲み込んだ。

 諦めていた元の姿に戻る方法が、こんなところで見つかるとは思わなかった。『黒衣の騎士』を信じていいのか分からない。だが、どうせ死ぬはずだった身なのだ、一か八かこの魔物にかけてみようと思う。それで死んでも、悔いはない。

 意を決して受け取ろうと手を伸ばすも、『黒衣の騎士』は水球体を乗せたまま手を引っ込めた。なんだよと胡乱な目を向けると、何やら戸惑いの視線を感じる。

「これを飲む前に、聞きたいことがある」

「なんだよ」

「……私が貴方を見つけたあの建物は、人間同士の戦場だった。その戦場が爆破されてもなお、貴方は動こうとしなかった。私が間一髪で入り込まなければ、そのまま死んでいたはずだ」

「……ああ、そうだ。というか見ていたのか?」

「周りに人が多すぎて近寄れず、接触できる機会をうかがっていた」

 さりげなくストーカー発言を聞いた気がした。

 ここで深く突っ込んで聞いてはいけないと直感したコナンは『黒衣の騎士』の言葉を受け流し、それでと話を促す。

「なぜ、死のうとした」

「……生きていても、仕方ねぇだろ」

 ぴくりと『黒衣の騎士』の肩が揺れ動いた。顔を俯かせ、水球体を乗せていないほうの手でコナンの腕をつかむ。

「約束してほしい。この戦いの間だけでもいい、命を捨てる真似だけはしないでくれ」

 腕をつかむ手は震えていた。よほど動かなかったコナンが衝撃的だったのだろうか、ここで初めてコナンは己の選択を後悔した。

『黒衣の騎士』の手に手を添え、そっと両手で包み込む。

「お前がそれを望むなら、約束する」

「……絶対、か?」

「ああ、絶対に守るよ」

 ――『江戸川コナン』と『工藤新一』の真実を見つけてくれたのだから。

 言葉には出さず心の中だけで呟き、コナンは約束する。

 それに安堵したのか、『黒衣の騎士』の雰囲気が和らいだ。

 不思議な魔物である。己が演じた『黒衣の騎士スペイド』に似ているが、園子が考えたように気障なセリフは吐かない。そもそも工藤新一よりも一回り小柄である。

 そこまで考え、ふとコナンは重要なことに気付いた。

 

 この『黒衣の騎士』の名前を聞いていないことに。

 

「お前さ、名前なんて言うんだ? 『黒衣の騎士』じゃねぇんだろ?」

「ああ、それは私の通り名だ――スペイド、と呼ばれている」

「スペイド……」

 どうやらその名前も一緒だったらしい。園子は魔界の電波でも受信したのかと疑いたくなる位の一致ぶりである。

「そうか、よろしく、スペイド。オレは江戸川コナン、本当の名前は工藤新一だ」

「……ならば、新一と呼ばせてもらおう」

「ああ、そうしてくれ、スペイド」

 迷うことなく真実の名を呼んだスペイドに、コナンは笑みを向けた。再び差し出される水球体を持つ手を包むようにして握り、自らの口に近づける。

「この水は、毒が強ければ強いほど体にも負担がかかる。それでもか?」

「当然だ。オレの望みは、元の姿に戻ることだからな。それに、折角スペイドに助けられたんだ。こんなところで死にはしねぇよ」

「……それについては、心配していない。先ほど約束したからな」

「ははっ、そうだったな。んじゃ、いただきます」

 チュウ、と水球体に口をつける。そのまま吸い込み――こくりと喉に通した。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「すっげー、本当に完全に戻れた……」

 コツコツと地面をつま先でけりながらコナン――否、新一は元に戻った体に嬉しそうに顔をほころばせた。

 

 スペイドと邂逅してから、早一週間が過ぎ去った。

 スペイドの解毒水はゆっくりと効いていくものだったらしく、コナンの中の毒をすべて中和するまで三日はかかった。その間新一は激痛を必死に耐え、元に戻れた後も反動で動くことが出来なかった。

 ようやく自分の足で立てるようになり、リハビリにと新一は洞窟内を歩き回る。まだ足取りはしっかりしないが、すぐに元のように歩けるだろう。

 

「新一」

「スペイド、お帰り」

 

 洞窟の外に出ていたスペイドが戻ってきたので、新一はそちらにおぼつかない歩みで寄っていく。相変わらず兜を被っているスペイドの手には紙袋があり、新一はそれを見て顔を輝かせた。

「買ってこれたんだな」

「ああ、緊張した」

「サンキュ、助かった」

「元は私のせいだ、気にするな」

 スペイドから紙袋を受け取りいそいそと中身を出す新一に、スペイドは苦笑をこぼす。

 だが決して笑い事ではない。コナンは六歳の姿であり、新一は十七歳。元の姿に戻るということは、当然それまで身に着けていた下着類は着られなくなるということである。

 そのことに途中で気づいた二人は、一先ず新一の体はマントで覆い、話し合った結果動けない新一の代わりにスペイドが外に買いに行くという結論で落ち着いた。だが、スペイドはまだ人間界に慣れておらず、通貨も持っていない。本の力を借りれば強奪することは簡単だったが、新一もスペイドにもその選択肢は全く無かった。

 仕方なくスペイドは一か八かの賭けに出ることにした――本無しで魔物と戦うことにしたのである。丁度この近くに魔物がいるらしく、スペイドはそれに戦いを挑んでくると言い出したのだ。

 当然新一は反対した。しかしスペイドが「大丈夫だ」と言い切り、苦しむ新一を置いて戦いに繰り出した。

 その結果無事本無しでも勝利し、相手の本を燃やす代わりに有り金をすべて頂き、それで新一の服と下着を買ってきた、というわけである。

 

「スペイド、助かったがもうこんなことするなよ。運よく勝てたから良かったものの……」

「勝てると分かっていたから挑みに行った」

「……いや、でも万が一強い魔物だったら……」

「安心しろ、私は強い。そこらの魔物には呪文抜きでも勝てる自信がある」

 えっへんと胸を張るスペイドに、新一は着替えながら呆れた視線を向けた。この一週間ともに過ごし気付いたのだが、この魔物はこと戦いにおいて自身の力を信じ疑わない面がある。それがどこから来るのか分からないが、まるでコナンになる前の己を見ているような気がしてなんとなく落ち着かない。

 そう、このスペイドは新一によく似ていた。性格面でも、その素顔も。

「スペイド、ちょっとその兜取れ」

「なぜ?」

「いいから」

「……分かった」

 新一の命令にスペイドは渋々従い、兜を両手で取る。

 その下から現れたのは、新一によく似た顔立ちの『少女』だった。新一も母親似の中性的な顔立ちをしているが、女と間違われるほどではない。スペイドはその新一を女の子にしたような顔立ちをしていた――つまり男ではなく女だった、ということである。

 体つきが男っぽくないと思っていたが、まさか女の子だったとはと新一は改めて魔物の末恐ろしさを感じた。スペイドが特殊なのかもしれないが、まだ彼女以外の魔物と出会っていないので判断することが出来ない。

 新一は手を伸ばし、スペイドの頬に手を添えて眉を顰める。

「けがの手当てをしろと言っただろ、スペイド」

「この額の傷は元から……」

「額じゃねぇ、この頬の傷だ」

 『黒衣の騎士スペイド』と同じように、スペイドの額にも切り傷があった。魔界のことにつけられたものらしく、治ることはないらしい。その傷以外にも前の戦いでできた傷があり、新一はギリッと奥歯を食いしばる。

「もうオレは大丈夫だ。だから、一人で戦おうとするな。わかったな?」

「……分かった。約束する」

「そうしてくれ。ああ、でも助かったのは本当だ。ありがとう、スペイド」

 叱られたことに落ち込んだスペイドを慌ててフォローすれば、パッと顔を輝かせ嬉しそうにほほ笑んだ。兜の下にはこんなにも豊かな感情表現が隠れていることを勿体ないと思うも、スペイドが望んで被っているらしいので何も言わない。

 服に着替え終わり、新一はスペイドにマントを返した。ようやくマント一枚の生活から解放され、新一も笑みを浮かべている。

「よっし、これで外に出られる。待たせて悪かったな」

「いや、元気になって嬉しい……だが、本当にいいのか? 何も言わないで私とともに旅に出て」

「……いいんだよ、これで」

 心配そうなスペイドに、新一はゆっくりと首を振る。

 新一がスペイドに助けられ、動けるようになるまでの間、外の世界ではその死が全国的に発表されていた。コナンであったことは伏せられてはいるものの、『世界的裏組織を壊滅に導いた奇跡の名探偵』として今までの経緯を報道されている。それは恐らく『江戸川コナン』が死ぬ前から用意されていたものなのだろう。彼らにとって予想外だったのは『江戸川コナン』までもが死んでしまったこと。だが、『江戸川コナン』は架空の存在。事情を知らない者たちには日本を経ったときの理由『両親とともに暮らせることになった』のまま、その死は知らされていないはずだ。

 今更のこのこと出て行っては、それこそ追われる日々になってしまう。そうなればスペイドの戦いの邪魔になるのは想像に容易い。

 日常か、非日常か。

 新一の決断は早かった。

 

「『探偵』は死んだ。今ここにいるのは、スペイドの『パートナー』だ」

 

 今までの日常を捨て、大切だった仲間たちも切り捨て、魔物を選ぶ。

 

「よろしく、スペイド。ともに戦おう」

 

 新一に選ばれた魔物の少女は一瞬複雑そうな表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべた。




次から時間が飛び、ガッシュ達と出会う予定です。
新一は日常を切り捨てましたが、彼の精神的成長がこの話のテーマでもあります。魔物との戦いを通してゆっくりと成長していきます。
「金色のガッシュ!!」の良いところは、魔物も人間も大きく成長していくところだと思っています。

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