蒼色の名探偵   作:こきなこ

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Level.16 再会と対面

「――あそこだ!」

 バスの窓を開けて空を睨みつける様にして見ていた快斗は、黒く小さい影から光が発せられるのを見てそう叫んだ。それぞれ硬い表情を浮かべていた人たちもその言葉で窓の外を見る。

(一瞬だけど確実に光った。多分攻撃か何かがあったってことだろうな……)

 地上へと降りていく黒い影を睨みつけながら、唇を噛み締める。影の大きさからしてまだ距離がある。大人数で来たからか新一の仲間はバスを用意していてくれたが、今はそれが裏目と出た。小回りが利かない上にスピードを出してしまえば、街の人々に迷惑をかけてしまう。制限速度を守りながら、新一達の後を追わなければならない。

(ああもう、オレだけだったら追いかけられたのに……!)

 上手くいかない状況に苛立ちが増す。怪盗KIDとしてなら追いつくことは可能だが、今ここにいるのは日本警察とFBIという天敵集団。両親、そして自身の未来の為にも彼らに正体を知られる訳にはいかない。しかし、そのせいで新一に置いていかれてしまった。

「――やっぱり、こうなるのよね。私達は結局、置いていかれるのよ」

 心を読まれたかと疑う程丁度いいタイミングで呟かれた言葉に、快斗の心臓は飛び跳ねた。声の主は快斗の前の席に座っている灰原哀。彼女の隣に座っている阿笠にも聞こえたのだろう、「哀君?」と小声で問いかけている。

「どれだけ追いかけても、力になりたくても、彼はこっちを振り向きもせず行ってしまう。頼みごとは沢山するくせに『助けて』の一言は絶対に言わないで、一人で戦おうとするのよ」

「哀君……」

「どうせ今回も、私達は『危険だから』って置いていかれるわ。魔物の力が無いからなんて尤もらしい理由をつけて危険から遠ざけて」

 馬鹿みたい、と呟かれたそれに快斗は目を伏せた。

 怪盗KIDとして何度も江戸川コナンであった彼と戦い、時に手を貸してきた。彼本人に手を貸してほしいと言われたこともあった。しかしそれは何時も誰かを助けるためであり、彼本人を助けるためではなかった。

 工藤新一は自身に危機が迫っていようとも助けを求めない。否、そんな時でさえ自身の命と引き換えに大切なものを守ろうとする。

 哀の言う通り、今回のこの戦いもそうなるだろう。優作を助けるために、新一はナゾナゾ博士達から離れ一人で戦おうとするはずだ――今までと同じように。

「彼を助けることは、させてくれないのよ」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 ウマゴンと思わしき魔物を見上げ、新一は目を細めた。ウマゴンだと断言できないのは、今彼の姿は普段よりも一回り以上大きくなっており、更に全身を鎧で覆っている為である。その額からは一角獣のような角も生えている。その背にはガッシュと清麿、そして見たことも無い男が乗っている。彼が例のウマゴンの本の持ち主なのだろう。

「肉体強化の術か……馬族ならではの術だな」

「やっぱりあれ、ウマゴンなのか」

 同じように見上げていたスペイドの呟きで、あの魔物が本当にウマゴンなのだと納得した。

「ガッシュ!!」

 ガッシュ達が戻ってくると信じ必死で赤い魔本を守っていたティオが、顔中に喜びの色を浮かべながらガッシュの差し出した手を掴む。感動の再会――かと思いきや、清麿は今の状況を忘れていなかった。

「よし、ガッシュ登れ!!」

「容赦ねぇ……」

 ポカンとするティオの顔を踏みつけ、ガッシュが千年前の魔物をよじ登っていく。確かに必要なことなのだろうが、ティオの奮闘を見ていた新一は思わず顔を手で覆ってしまった。あとで怒られてもこれは仕方ない。

 涙目になりながら、ティオは清麿に本を差し出した。ようやく持ち主の元に戻った赤本。その瞬間を、この場にいる集まった仲間の誰もが待ち望んでいた。

「ガッシュ!!」

「ウヌ!」

「ザケルガ!!」

 ガッシュの電撃が千年前の魔物に直撃し、ティオを離す。宙に投げ出されたティオを今度はガッシュが掴み、その二人を清麿たちがキャッチして地上へと降りてきた。

「清麿君、ガッシュ君!」

「よく生きていた、清麿!!」

 恵とフォルゴレが真っ先に清麿たちの元へと駆けていく。新一も後に続き、ウォンレイとリィエンが来ていることに驚く清麿の肩を後ろから軽く叩く。

「よっ、王様」

「新一!?」

 ニシシと笑いかけると、清麿は驚いた表情を浮かべた後明るくさせた。スペイドもガッシュの前で跪く。

「ガッシュ、遅くなってすまなかった」

「スペイド、来てくれたのだな!」

「メルメルメ~!」

「ウマゴン、よくガッシュを守り切った」

 肉体強化を解いたウマゴンがスペイドへと駆け寄り、嬉しそうにしっぽを振っている。スペイドもその頭を撫でふわりと笑みを浮かべた。褒める内容に少し引っ掛かりを覚えたが、ビョンコの叫び声ではっとそちらに意識を戻す。

「みんな、コンビネーションだゲロ!! 態勢をととのえて戦えば、あんな奴ら屁でもないゲロ!!」

 ビョンコの指示で千年前の魔物達が隊形を組む。それを見たナゾナゾ博士が新一達に指示を出す。

「君達! 再会を喜ぶのは後にしよう、奴ら隊形を組んで本気でくるぞ!」

 新一は本を構えた。他の者達も体勢を整える中、ナゾナゾ博士とキッドが一歩前に出る。

「ああなると、攻撃をあてるのもやっかいだ! 私が先に突っ込み、スキをつくる! その後に君達が追い討ちをかけてくれ!!」

「な!? それではナゾナゾ博士が危険な目に……」

 告げられた作戦に清麿が心配そうにする。だがナゾナゾ博士は作戦成功への自信で溢れている。

「何、大丈夫だ! 私にはMJ12という僕がいることを忘れたのかね?」

「何!?」

「MJ12だと!?」

 出てきた思わぬ名前に、新一は清麿とともに声を上げた。えっという顔をスペイドから向けられ、新一は興奮を隠さず説明する。

「マジョスティック・トゥエルブ――名前の通り、十二人の超能力者集団。アメリカ裏社会では有名な存在だが、その詳細は明らかにされていない……都市伝説だとばかり思っていたが、まさか実在していたとは!」

「……私の方が優秀だ!」

「なんで張り合おうとするんだ」

 新一が興味を示していることに嫉妬したのか、スペイドが敵対心を顕わにする。だが彼女は立派な魔物の子ども。張り合っても意味がない。

「いくぞ!」

 ナゾナゾ博士はマントを靡かせ、手を前に大きく振る。

 

「ビック・ボイン!!」

「イエーイ!!」

 

 ――大きな胸をタプンと揺らして現れた女性に、清麿はその場に崩れ落ち、新一達は目を点にした。

 一体この女性は今までどこに潜んでいたのだろうか。ビック・ボインとは名前かコードネームなのだろうか。そもそも十二人いるはずなのに何故一人しかいないのだろうか。

 タプンタプンと大きな胸を更に強調するかのように腰に手を当てて胸を張っているビック・ボインを、新一はポカンと口を開けて見る。コナンの姿をしていたなら「あれれー?」と首を傾げていただろう。

 超能力集団の一人なのだから、このビック・ボインも何らかの超能力を持っているのだろうか。やけに得意満面にしているナゾナゾ博士が、僕である彼女に指示を出す。

 

「よし、ビック・ボイン……『ボイン・チョップ』だ!!」

「イエーイ!!」

 

 ビシバシビシバシ、とビック・ボインは自身の胸にチョップをし出した。

 

 思わぬ光景に、新一達の目が半目になった。敵側のビョンコ達も唖然としている。

 皆が言葉なくビック・ボインのボイン・チョップに目が釘付けになっている――そのビョンコ達の背後に、ササッとナゾナゾ博士達は移動していた。

「ギガノ・ゼガル!!」

「ぐあぁあああああああああ!!」

 ドシャァアァアと音を立てて攻撃を直撃したビョンコ達が吹き飛ばされる。それを見ながらもボイン・チョップを止めないビック・ボイン。新一達もただ呆然として敵が吹き飛ばされるのを見ている。

「こらー、何をしておる!? スキを作ったんだぞ! 攻撃せんかー!!」

 味方誰一人動かない状況に、ナゾナゾ博士が声を張り上げた。それにいち早く我に返ったガッシュが慌てて清麿に指示を求める。

「きっ、清麿!」

「あ、ああ、そうだった!」

 我に返った清麿が本を広げる。ガッシュの声で同じく我に返った新一達も、清麿とガッシュのフォローにいつでも入れるよう構える。

「第六の術、ラウザルク!!」

 空から稲妻が落ち、ガッシュの体へと落ちる。

 初めて見る術に新一とスペイドは目を見張った。稲妻を受けたガッシュの体は光り輝き、更に術を発動しているというのにガッシュは気を失っていない。

「ガッシュ! 魔物を遠くへ放り投げろ!! 倒れてる奴からだ!」

 攻撃ではなく、この場から魔物を退場させる指示に、スペイドの眉がピクリと動く。

「素早く動き、奴らに反撃のスキをあたえるなぁ!!」

「ウヌゥ!!」

 清麿の指示にガッシュは地面を蹴り、瞬きをした一瞬の間で敵の前に現れた。

 その素早さはスペイドにも劣らないもの。素早さを得意とする彼女を見続けてきたことで動体視力が格段に上がっている新一の目には、ガッシュが走って移動した姿が映っていた。

「ヌァアアアアアアアア!!」

 ガッシュが千年前の魔物の体を空へと投げ飛ばす。魔物は宙高く飛んでいき、点となって見えなくなった。

 普段の彼にあれほどの力はない。しかい今彼の肉体は、格段に強化されている。

「あれは、肉体強化の術か!」

 そこから導き出される答えは、おのずと一つ。ガッシュ達が新たに手に入れていた力は、ガッシュの体を一時的に強化する術だった。

 二体目の魔物は何とかガッシュに攻撃を当てようとしたが、ナゾナゾ博士達の不意打ちで冷静さを失っている為狙いを定めることが出来ない。

「ヌァアアアアア!!」

 二体目も空の彼方へと飛ばされる。

 空中で待機している魔物を除き、地上にいた三体の魔物の内二体も飛ばされたビョンコは唸った後、残っている千年前の魔物に指示を出した。

「お前の『あの術』ならこの小僧を仕留められるゲロ!」

 ビョンコは頭がよく回る魔物だった。素早い動きの魔物に翻弄されても、冷静さを取り戻せば攻略の道を見つけることが出来る。

「バズ・アグローゼス!!」

 ガッシュの真下に、ハエトリグサに似た巨大な花が出現した。表面には岩をも溶かす特殊な溶液が流れ、口のような部分はぱっくりと開き、舌のようなものをニュルリと動かし獲物を捕まえようとしている――ハエトリではなく人食い花だ。

「ヌァ!?」

「やったゲロ!」

 ガッシュの術は肉体強化の術であり、瞬間移動の術ではない。足場を失えばここから動くことは不可能、触れれば溶かされ、降りれば人食い花に食べられる。

「ざまぁみろだゲロー!!」

 ガッシュを追い詰めたことにビョンコは得意げに腕を振る――だが。

 

「私が控えているのを、忘れてもらっては困る」

 

 ウォンレイの静かな声に、ピシリと固まった。

 

「ラオウ・ディバウレン!!」

 三本のしっぽを持つ巨大な白虎の姿をしたエネルギーが、ガッシュを守る様に人食い花をその鋭い爪で薙ぎ払う。

 ガッシュの小さな体はウォンレイの術により人食い花の範囲から抜けることが出来たが、その余波で大きく宙へと舞い上がった。それを見たスペイドが駆け出し、新一が呪文を唱える。

「サーボ・アライド!」

 水で出来たサーフボートにスペイドは乗り、落ちてくるガッシュの体を受け止めた。スペイドはそのままサーフボードを三体目となる魔物めがけて蹴る。まだ完全に術が消えていなかった為、反応が遅れた魔物はサーフボートをもろに食らい後ろへと吹き飛ばされた。

 消えていく魔物の術に、ビョンコはその場で両手両膝をつく。項垂れるその後姿にナゾナゾ博士達が止めを刺す。

「まだやる気かな、カエル君?」

 あくどい笑みを浮かべたナゾナゾ博士が二冊、その肩に乗り無邪気な笑みを浮かべたキッドが一冊。その魔本は千年前の魔物達の本であり、ゴォオオと勢いよく燃えていた。

「ゲロロロロ……」

 たっぷりと冷や汗を流し、ビョンコは周りを見る。己を取り囲むようにして立つのは、仲間ではなく敵の集団。その中でも妙にウキウキとした新一のあくどい笑みを見て悟る――このままでは踏み潰されてしまう、と。

「逃げるゲロー!!」

 ビョンコは素早く身を翻し、空中で待機していた魔物に飛び乗った。

 深追いすることせず、ビョンコが逃げるのを見送ったナゾナゾ博士はふうと肩を落とす。

「きりぬけたか……」

 ようやく終わった戦闘。訪れた勝利に誰もが喜ぶ中、新一はビョンコを踏み潰せなかったことに内心舌打ちをし、スペイドは何かを考え込むようにしてカエルが逃げて行った先を見つめ。

 そして功績者であるビック・ボインは「イエーイ」と自慢の胸を揺らして親指を立てていた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 テラスが破壊されたがそれ以外は奇跡的に無事だった宿へと操られていた人達を運び入れた後、新一達は再会を喜び合った。そして初めて顔合わせをする人達がいることに気付き、ガッシュが張り切って友達の自己紹介をしていく。

「ウォンレイとリィエン、そしてこっちがスペイドに新一殿! そして、ウマゴンのパートナーのサンビーム殿なのだ!」

「ウマゴンのパートナー!?」

 ウマゴンの本の持ち主は、カフカ・サンビームという男だった。ウマゴンは嬉しそうに尻尾を振っており、新一も思わず笑みを浮かべる。

「良かったな、ウマゴン。本の持ち主と巡り会えて」

「メルメルメ~!」

「ガッシュ、私達の事も紹介してよ」

「ウヌ、そうだったのだ」

 ウマゴンの頭を撫でている傍らで、サーモンピンク色の長髪の少女がガッシュを促す。ガッシュはそれでまだ片方しかしていないことを思い出し、今度は新一達に向けて友達の紹介をする。

「ティオに恵殿、キャンチョメにフォルゴレ、そしてアポロなのだ」

「よろしくね!」

 少女――ティオが可愛らしく片目を瞑る。それを微笑ましそうに見ている少女を見て、新一はおやと首を傾げた。どこかで見たことがある顔である。

(そういや、フォルゴレさんもどこかで……)

 アヒル嘴のような口をした魔物――キャンチョメの本の持ち主であるフォルゴレ。彼もまた、どこかで見たことがある気がする。

 その謎は直ぐに判明した――他でもない魔物達によって。

「恵はね、日本の超人気アイドル歌手なのよ!」

「もう、ティオったら……」

「フォルゴレだって、イタリアの英雄なんだぞー!」

「ハハハハッ! そうイタリアを代表する世界的映画スターとはこの私、パルコ・フォルゴレのことさ!」

「アイドルに、映画スター……なるほど」

 見たことがあるはずである。ここ数カ月は海外生活だがそれまでは日本に暮らしていたのだ、名前は知らなくともテレビで何度か見たことがあっても可笑しくない。

 謎が解けて満足そうにした新一は、ふとティオにじっと見つめられていることに気付いた。

「なっ、何か?」

「……ねぇ、恵。この人、どっかで見たことない?」

 新一の質問には答えず、ティオは恵を振り向いた。恵は数回瞬きをした後新一を見て、うーんと首を傾げる。

「会ったことは無いと思うけど……どこかでお会いしました?」

「……いや、会ったことは無いと思う」

「そうですよね……」

「ええー? でも私、絶対見たことあるもん!」

 恵と新一の反応に、ティオはプクリと頬を膨らませた。その反応に新一は首を傾げ、ふとあることに気づく。

 ――彼女たちは新一の故郷でもある日本に住んでいることを。

(そりゃ見たことあるはずだよ……)

 原因が分かった新一は苦笑を浮かべた。同じく理由を悟ったらしい清麿が慌てた様子を見せたので、大丈夫だと手で制する。

(親父の事もあるし、オレの事は知らせておいた方がいいだろうからな)

 日本警察やFBI、そしてロードに囚われている工藤優作。これらを説明するには、新一が『工藤新一』であることを知る必要がある。

「新一……」

「スペイドも、オレは大丈夫だから」

 心配そうに窺ってくるスペイドの頭を撫で、安心させるように微笑みかける。

 ナゾナゾ博士を見て打ち明ける意思を伝える。ゆっくりと頷かれたので新一が口を開こうとしたその瞬間、「あれー?」とキャンチョメが不思議そうな声を上げた。

「フォルゴレ、僕も見たことあるよ」

「ははっ、それはそうだろうよ、キャンチョメ。彼はあの『工藤新一』のそっくりさんなんだから」

 ――思わぬ展開に、新一は目を点にした。清麿やナゾナゾ博士も呆然と口を開けている。

「確かにそうだわ、ティオ! 彼、あの『工藤新一』に似ているのよ」

「そう言われてみればそうね、確かに似ている気がするわ」

 ティオと恵もフォルゴレの発言に、納得の声を上げた。違う違うと清麿が首を横に振っているのが視界の端に映る。似ているのではなく本人だ。

「ウヌゥ、新一殿は新一殿だぞ?」

「メルメル」

「もう、ガッシュったらテレビ見てないの? 私達が言っている『工藤新一』は、名探偵の方よ」

「めい、たんてい……?」

「知らないのぉ!?」

 TVはカマキリジョーしか見ていない為、話に着いていけず首を傾げるガッシュとウマゴンに、ティオが信じられないと声を上げる。

 キャンチョメは小馬鹿にしたようにハハンと笑い、得意げな表情を浮かべた。

「駄目だなぁ、ガッシュは。フォルゴレ程じゃないけど、名探偵工藤新一は有名なんだぜ?」

「そうよ、悪い組織を倒した世界の救世主なんだから!」

「ナヌ、めいたんていとやらは正義のヒーローなのか!」

 新一はブンブンと首を横に振った。しかし盛り上がっている魔物達が見ているはずもなく、話はどんどん進んでいく。

「でも名探偵工藤新一は、悪の組織と一緒に死んじゃったのよ」

「めっ、めいたんていは強いのではないのか!?」

「そんなの、弱かったから死んだに決まっているじゃないか」

「そんなことない、正義のヒーローは強いのだ!」

「メルメル!」

「じゃあどうして死んだんだよ」

「ウ、ヌ……」

「ほらみろ。その点フォルゴレは英雄だからな、悪い奴ら何てあっという間に倒せるんだ! 死んだ名探偵なんて目じゃないさ」

「ちょっとキャンチョメ、あんたなんてこと言ってんのよ!」

「本当の事だろ?」

 子どもの素直さは時として鋭い刃になる。

 キャンチョメの言葉がグサグサと胸に刺さり、新一は思わずよろめきそうになった。だが、隣にいるスペイドが真顔で剣を鞘から抜き出しているのを見て根性で踏みとどまる。ここで仲間割れという事態に発展するのだけは阻止したい。

 視界の隅に見える清麿の頭に角が出ているのは気のせいだと思いたい。

「キャンチョメ、そんなことを言ってはいけないよ」

「フォルゴレ……?」

 得意げにしていたキャンチョメを諫めたのは、パートナーたるフォルゴレだった。腰をかがめて視線を近づけ、ゆっくりと諭す。

「いいかい、キャンチョメ。工藤新一は自分の命を犠牲にしてまで悪い奴らを倒した、とても強い少年なんだ。そんな子のことを悪く言ってはいけないよ」

「分かったよ、フォルゴレ……」

 誰よりも尊敬しているフォルゴレの言葉に、キャンチョメは小さな背中をさらに小さく丸めた。

 フォルゴレからのフォローの言葉に、新一は意外そうにする。子どもの言動に注意するのは本の持ち主の役目ではあるが、そこまで庇われるとは思っていなかった。

 新一の視線に気づいたのか、フォルゴレが顔をあげて煌びやかな笑みを浮かべる。

「私は工藤新一君のご両親と知り合いでね、話でよく聞いていたんだよ」

 まさかの交流関係が発覚した。フォルゴレは世界的映画スターであり、有希子は元世界的大女優。引退した後も度々アメリカのテレビ番組などに出演している為、知り合っていても可笑しくはないが。

 しかしここでどう反応していいのか分からない。素直に「両親がお世話になっています」と言えばいいのだろうか。「別人です」と予定変更して隠した方がいいのだろうか。

 新一は言葉に詰まったが、フォルゴレは返しを求めていなかったらしく「それにしても」と自ら話題を変える。

「ほんとうにそっくりだなぁ、君。同姓同名なそっくりさんは初めて見たよ」

「本当、名前も一緒って奇跡ですね」

 ニコニコとしているフォルゴレと恵。清磨とナゾナゾ博士を除く人たちも口々に「確かに似ている」と言っては笑い合っている。リィエンが何やら「名探偵ならきっとお父さんを……」と残念そうにしているのが気になるが、今はそれどころではない。

 ポリポリと頭を掻き、新一は気まずそうにする。

「すみません、オレ、なんです」

「えっ? 何がだい?」

「……そっくりさんじゃなくて、オレが、その工藤新一なんです」

 ヘッと、知らなかった者達全員の動きが止まった。清麿は仕方なさそうに息を吐き、ナゾナゾ博士は口を手で押さえて必死に笑いをこらえている。スペイドは先ほどと変わらず何時でも攻撃できる体勢のままだ。

 ナゾナゾ博士は後で蹴ると心の中で誓った後、新一はエヘッと笑って見せる。

 

「世間的には死んだことになっていますけど、実はオレ、生き延びちゃってたり?」

 

 告白から数泊後、うそぉおおという悲鳴があがった。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 新一の暴露後、まず起きたのは『工藤新一幽霊疑惑』だった。生きているというのに幽霊だとキャンチョメがパニックを起こし、素直な魔物達がそれを信じて絶叫。新一を馬鹿にされたと感じたスペイドが本格的にキャンチョメに制裁を下そうとしたので必死に止め、何とか誤解を解いた後。

「ほんっとうにすみませんでしたぁああ!!」

 地面にめりこむ勢いでキャンチョメの頭を押さえつけ、フォルゴレは額をゴリゴリ当てて土下座した。

 幽霊騒動でごっそり体力を奪われた――生きているなら証拠を見せろ、とズボンをおろされ本当に足があるか確認させられそうになった――新一は、ぐったりしたまま大丈夫だと首を横に振る。

「気にしないでください。キャンチョメの言うことは本当の事でしたし……」

「だろー?」

「キャンチョメ!」

 新一の言葉でキャンチョメは得意げに頭をあげた。フォルゴレは慌ててキャンチョメを押さえ、新一の後ろにいるスペイドを恐る恐る見る。どうやらスペイドの殺気に脅えているらしい。

 新一は深く息を吐き、スペイドに剣を鞘に戻すよう命じた。スペイドは渋々と従ったが、キャンチョメを睨みつけるのは忘れない。

「グホォ、グフッ……いやぁ、誤解が解けてよかったね、新一君」

「スペイド、殺るならまずはナゾナゾ博士からだ」

「承知」

「承知じゃないよ、スペイド君!」

 笑いの発作を必死に耐えているナゾナゾ博士をジトリと睨み、ケッと新一は吐き捨てた。幽霊騒動の間ゲラゲラと腹を抱えて転がり笑っていた姿はしっかりと見ていた、キャンチョメよりもよほど腹が立つ。

「ゴホン……さて、誤解も解けたことで本題に入ろう」

 笑いを抑え込み、咳払いをしてナゾナゾ博士は真剣な表情を浮かべた。新一はジト目を送りながら話を聞く。

「ここにいる新一君には、あることを頼んでいた。これからの王を決める戦いにおいて、とても重要なことだ」

「重要なこと?」

 こてりとティオが首を傾げる。他の者も不思議そうな表情を浮かべている中、ただ一人清麿だけがハッとした表情を浮かべていた。

「ウム……実は警察組織の中で、魔物の存在を知ってしまった者達がいるのだ」

「警察?」

 はてと魔物達が首を傾げる。対する人間達は表情を硬くした――ナゾナゾ博士の言葉の意味が分かってしまったからだ。

 人間が理解して、魔物は理解できない。この事実に、ナゾナゾ博士は今ここで全てを説明するのではなく建前上の理由を話すことを決める。

「ロードにより攫われた人間達を助けようと、彼らも動こうとしている。だが、魔物の力を持たない彼らでは恐らく歯が立たない……そこでここにいる新一君に、説得してもらうよう頼んだんだ」

「……けど、あの人たちは引いてくれなかったけどな」

 清麿の視線を感じる。それに気付かないふりをして、新一は肩を竦めて見せる。

「オレだけじゃ判断できなかったから、皆の意見を聞こうと思って。警察組織は一緒に戦うつもりでいるけど、皆はどうして貰いたい?」

「どうしてって……」

 突然の話に、主に本の持ち主達が狼狽えた。その中でもリィエンの顔が真っ青になっており、ウォンレイが心配そうに寄り添っている。

「新一! その警察組織はどこの国の者あるか!?」

「えっ? 日本警察の捜査一課と、FBIだけど……」

「そっ、そうあるか……香港じゃなくて良かったある。香港じゃないならいいあるよ」

 ホッと息を吐くリィエンに新一は首を傾げる。彼女が香港マフィアの首領の娘であると知るのは今夜の事。

「新一さん、その警察の人達は魔物の力のこと、知っているの?」

「新一でいいよ。一応オレの方から説明はしたし、実際力も見せたからちゃんと理解しているはずだ」

「そう……。ごめんなさい、私は反対とも賛成とも……」

 恵の問いかけに新一は丁寧に答える。複雑そうな表情のまま恵は清麿の方を見るが、清麿は拳を握りしめ睨みつける様にしてナゾナゾ博士を見ていた。

「私は反対だ。魔物の力を侮っていれば、取り返しのつかないことになる」

「私も同意見だ。警察の気持ちも分からなくはないが、これは魔物の戦い。無関係な人間が関与するのはどうかと……」

 この場に四人しかいない大人の中の内、フォルゴレとサンビームは反対の意思を見せる。

「僕はサポートするしか出来ない立場だから何とも言えないけど、ここで一緒に待つだけならいいと思うよ」

 大人組の一人であるアポロはやや賛成寄りの意見を述べた。

 アポロは巨大財閥の御曹司であり、かつて魔物の本の持ち主であった。魔物の子どもの名前はロップス。てんとう虫のような姿をした小柄な魔物であり、後を継ぐ前に自由を満喫する為の旅をしていたアポロと出会った。そして彼らは清麿達と出会い友達となり、本が燃えロップスが魔界に帰った今も戦う清麿達を支援している。

 彼の意見は、祈ることしか出来ない立場だからこそのものだろう。共に戦える存在を失った彼は、どれだけ望んでも共に戦場に出向くことは出来ない。ある意味で警察組織と似た立場にいるのだ。

 一通り本の持ち主からの意見が出そろい、後は清麿だけになった。魔物達はポカンとしてパートナー達の会話を聞いている。

「清麿君は、どう思う?」

「……」

「清麿君?」

 恵の問いかけに、だが清麿は答えようとしなかった。怒りを堪える様に拳を震わせ、奥歯を噛み締めている。

「――俺は、反対だ。警察を信じることは出来ない」

 ようやく出したものは、反対の意思。

 実質この場のリーダー的存在である清麿の意見に、他の者達は怪訝そうにした。清麿の声に深い嫌悪感が滲み出ていたからだ。

「清麿、オレのことは抜きにして考えてくれ。あの人たちの誘拐された人たちを助けたいという気持ちは本物なんだ」

「抜きにして考えた結果だ。俺自身が、あいつらを信じられない」

 その原因とも言える新一は、清麿の返しに唇を噛み締めた。スペイドが心配そうな表情を浮かべ、そっと新一に寄り添う。

 ナゾナゾ博士は二人を交互に見た後シルクハットの鍔を掴み下げ、ゆっくりと息を吐いた。

「分かった、ではこちらの意思を伝えよう。今警察組織はこちらに向かっているから……」

「――ちょっと待つのだ!」

 纏めようとしたナゾナゾ博士を、ガッシュが遮った。様子が可笑しい清麿を見上げながら、自身の考えを口に出す。

「よく分からぬが、その警察組織はロードと戦うと言っておるのか?」

「……ああ、そうだよ。ガッシュ君」

「なら、私達と志を共にする仲間ではないか。どうして清麿は信じることが出来ぬのだ?」

 ――そのあまりにも真っ直ぐ過ぎる目に、新一達は息を飲んだ。

 ガッシュは知らない、気付いていない。どうして本の持ち主達がこんなにも警察組織を警戒しているのかを。警察組織が何を考えてここに向かっているのかを。

 それでも、その真っ直ぐな目に本当のことなど言えるはずが無く、清麿は言葉に詰まる。

「清麿、私はアポロも共に戦っている仲間だと思っている。確かに共にロードの元に向かうことは出来ぬが、アポロは操られた人の手当てをして故郷に帰してくれている。何より、私達を待っていてくれている!」

「それは、俺も勿論そう思っている。アポロがいたから俺達はこうして安心して戦うことが出来るんだって」

「なら、警察組織も同じではないか。操られた人たちを助けたいという思いは私達も同じ、つまり共に戦う仲間なのだ!」

 両手を広げ、ガッシュは純粋すぎる笑顔を浮かべる。ガッシュにとって重要なのは、信じられるか信じられないかではない、志を同じにしているか否か。そこにどんな企みがあろうとも、操られたい人を助けたいという気持ちが本物ならば、ガッシュの中に疑いなど湧かない。

「私もガッシュの意見に賛成。警察組織がいれば、アポロの負担も減るし」

「僕はどっちでもいいよ。僕たちがロードを倒すことには変わらないんだからさ!」

「メルメルメ~」

「私も、そこまで警戒する必要はないと思う」

「僕も別にいいと思うよ。悪い人たちじゃないし」

 ガッシュに同調するように、魔物達も肯定的な意見を述べる。スペイドだけが唯一口を閉ざしたままだったが、ガッシュが受け入れたことで肯定派になっただろう。

 本の持ち主達も、素直な魔物達に気まずそうにする。お互い目を合わせ、清麿の方を向く。

 清麿はガッシュの目を見返していた。疑うことを知らないその目に、ゆっくりと息を吐いた後握り拳を開く。

「――分かった。戦いには連れて行くことは出来ないが、その代わりにアポロと一緒に操られていた人達の援助をしてもらう、ということでどうだ?」

「ウヌ、それがいいのだ!」

「さんせーい! さっすが清麿ね!」

 意見を変えた清麿にガッシュとティオは嬉しそうに同意を示した。他の者達も清麿の意見に賛成らしく、反対の意見は出てこない。無論新一も、それがベストだと考えている。

「では意見がまとまったところで、私はこれから警察組織の人達と話し合って来よう。皆は体を休めていてくれ」

「ヌ、その者達はここに来ているのか?」

「もうすぐで着くはずさ」

 ナゾナゾ博士がそう言った直後、開いた窓から車のエンジン音が響いて来た。新一は窓の外に目を向け、部屋の外へと向かうナゾナゾ博士とアポロの後を追う。

「ナゾナゾ博士、オレも一緒に行く」

「新一、私も行こう」

「俺も行く。ガッシュはここで休んでろよ」

「はーいなのだ」

 新一の後を、スペイドと清麿が追ってくる。ガッシュは素直に返事をした後、ティオ達と早速遊び始めた。彼にとって休息とは、友達と遊ぶことを意味している。

「私も行こう」

「フォルゴレ?」

「キャンチョメはここで待っていろよ」

 意外なことにフォルゴレも着いて来た。新一は警察組織との橋渡し役であるため、話し合いの場にいなければならない。清麿は新一の事情を知っており、かつリーダー的存在であるので話し合いの場にいた方がいいだろう。だが、フォルゴレは無理してその場に出る必要はない。

「フォルゴレ、流石にボインの美女はいないと思うぞ?」

「清麿、私は何時もボインの美女を追いかけているわけではないぞ」

「どの口が言ってやがる、このちちもげ魔が」

「ははは……冗談はさておき、私もいた方がいいと思ってね」

 パチンと綺麗に片目を瞑られ、清麿と新一は怪訝そうにした。そんな二人の背中を押し、フォルゴレは陽気な声を上げる。

「なぁに、心配するな。このイタリアの英雄パルコ・フォルゴレの勘を信じなさい」

 ――その勘とは、美女が数名いることだろうか。

 新一は着いて来た集団の女性陣を思い浮かべ、しかめっ面を浮かべる。来ている女性陣は一人を除き美女の集まりである。除いた一人は美女ではなく美少女だ。因みに胸のサイズはビック・ボインレベルの者はいない。

「……心配だなぁ」

 ボソリと呟く清麿の声に内心同意する。

 そんな二人に構うことなく、フォルゴレは上機嫌でナゾナゾ博士達の後を追う。

 

 話し合いがスムーズにいきますように、と祈る新一の声は、神に届きそうになかった。




警察組織が大人しく待つはずがない。
次回は2月更新予定です。

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