工藤新一達が乗り込んだ飛行機は、貸し切りだった。
座席の一部を占領しているのではない、飛行機自体を貸し切っていたのだ。一体どれほどのお金がかかっているのか、何故アポロという協力者はここまでしてくれるのか等疑問は様々あるが、報告した時ナゾナゾ博士が余裕を見せていたわけである。
「――それならそうと最初から言ってくれよ、ナゾナゾ博士。びっくりしたじゃんか」
「いやぁ、その反応をぜひ見たくてね」
香港国際空港。空の長旅を終えて地面に降り立った新一は、出迎えてくれたナゾナゾ博士にムスッとした表情を浮かべた。ナゾナゾ博士は心底愉快そうに笑っており、反省の色は欠片も見当たらない。
「無事だったか、キッド」
「当然さ、僕は強いんだからね!」
意表を突かれたことで不機嫌になっている新一とは裏腹に、スペイドはナゾナゾ博士の肩に乗っているキッドと友好的に接している。今まで人間ばかりの環境下にいた反動だろうか、同じ魔物ということだけでどこか安心している様に見える。
スッと視線を反らせば、少し離れた場所でこちらを見ている男女二人組がいた。
一人はチャイナ服を身に纏っている少女。シニヨンキャップで団子状にまとめた黒髪が目を引いている。薄い青紫色の本を持っており、新一と目が合うと笑みを浮かべて小さく手を振ってきた。
もう一人はカンフー服を着た青年。こちらが魔物なのだろうか、とても穏やかな表情を浮かべてスペイドとキッドを見ている。
『工藤新一』であることには気づいていないようだ。この二人がナゾナゾ博士が見つけてきたガッシュ達の仲間なのだろうか。目で問いかけると、ナゾナゾ博士は彼らを手招きして呼び寄せた。
「紹介しよう。こちらは魔物のウォンレイ君に、その本の持ち主のリィエン君だ」
「よろしく」
「よろしくある」
やはり彼らは仲間だったらしい。ナゾナゾ博士は続けて新一達の紹介も行う。
「そしてこっちが、魔物のスペイド君に、その本の持ち主の新一君だ」
「こちらこそよろしくな」
手を差し出せば、リィエンがその手を握った。直ぐに手は離され、今度はウォンレイが握手をする。スペイドはそれを隣で見つめ、だが同じように手を出そうとはしなかった。
「――こちらの挨拶も終わった所で、次は彼らに挨拶をしてこようか」
挨拶が終わったのを見計らい、ナゾナゾ博士がシルクハットの縁を掴み少し持ち上げ、ニッと悪戯を企む子どもの笑みを浮かべた。
彼等とは勿論、日本から同行してきた日本警察とFBI、そして新一の身内と黒羽家のことである。
新一は振り向き、遠くの方でこちらを窺っている元仲間たちを一瞥した。ナゾナゾ博士に視線を向ければ、パチリと片目を瞑られる。
「ここから先は私に任せなさい」
「……赤井さんには気を付けろ」
「私とて『シルバーブレッド』を甘く見てはいないよ」
新一の小声の忠告に、ナゾナゾ博士は真剣な声色で答えた。相変わらず笑みを浮かべたままが、その頬には汗が流れている。
(流石に、ナゾナゾ博士も緊張しているか……)
それもそうだろう。これは魔物の今後を握る戦いであり、負けるわけにはいかないのだから。
マントを翻し、キッドを連れ颯爽と警察組織の元に向かうナゾナゾ博士の背中に、新一は小さくエールを送る。自分も着いていった方がいいかと考えていると、「新一」とリィエンに名を呼ばれた。
「貴方達も、ガッシュと清麿に助けてもらったあるか?」
「えっ?」
思わぬ言葉に、新しく仲間になった二人の方を向く。隣にいるスペイドも兜の下で驚いているようだ。リィエンはウォンレイの腕に自分の腕を絡ませ、ウォンレイもリィエンを愛しそうに見る。それを見て新一は察した――この二人は恋人同士であると。
「私は一度、この戦いから逃げた。リィエンを傷つけることを恐れ、運命や障害と向き合うのをやめてしまった――そんな私を正しい道へ導いてくれたのが、ガッシュと清麿だった」
「私達にとって、ガッシュと清麿は恩人ある。二人が戦っているなら、私達だって戦うあるよ」
魔物と人間という種族の壁を越え愛し合い、共に戦うことを選んだ二人。その覚悟は、このロードと千年前の魔物との戦いに加わったことからも感じ取ることが出来る。
(――強いな、こいつら……)
漠然と、新一はそう感じた。ブラゴの時のような圧倒的な力ではない、清麿やガッシュのように強く大きな絆を、強い心の力を感じたのだ。
スペイドを見れば、今までの一歩引いた様子を消し、ウォンレイ達に強い関心を見せている。彼女もまた二人の強さを感じ取ったのだろうか。
「――ウォンレイ、一つ聞かせてほしい」
「なんだ?」
「貴方はどんな王を目指している?」
スペイドの問いに、ウォンレイは目を丸くした後リィエンを見てほほ笑んだ。リィエンもまた、誇らしげにウォンレイを見つめている。
「守る王を。愛しい人を、魔界の者すべてを守れる王に」
――それが、二人の出した答えなのだろう。
ウォンレイの答えに、スペイドは兜の下で嬉しそうに笑った。先程新一がして見せたように、自らその手を差し出す。
「私の王はガッシュ・ベル。私はガッシュの剣になるべく戦っている。だが……共に戦う仲間として、貴方達の為にもこの剣を振るいたい」
「では私は、共に戦う仲間として貴方達の盾となろう」
ウォンレイは緩やかにその手を握り返す。
その様子に、新一は笑みが零れるのを止めることが出来なかった。
かつて王を目指す魔物を嫌悪していたスペイドが、今では王を目指す者を受け入れられるようになっている。あの日ガッシュと出会い、その心に触れたことで、彼女の心に変化が生じた。
否、スペイドの根本とも言える『民を想う王』を求める心は変わっていない。だがそれまで認めようとしなかった王を目指す気持ちを、頭ごなしに否定することは無くなった――スペイドは確実に、あの日から成長を遂げているのだ。
(オレも、成長できているといいな……)
話に花を咲かせだす薄い青紫本組とスペイドを眺めながら、そっと本に手を触れる。
新一の想いに反応するように、蒼色の本は薄らと光り輝いた。
☆ ☆ ☆
乗り換えた先の飛行機も貸し切りだった。
金の無駄使いだと思いながらも、新一は前方の席に座る。後方の席に同行者たちが座ったためだ。ナゾナゾ博士達も新一同様前方の席にそれぞれ座っている。一体どんな話をしたのか気になったが、ナゾナゾ博士は意味ありげに笑うだけで詳細を話そうとはしなかった。
「新一、隣いい?」
「黒羽? 別にいいが……気まずくないか?」
「後ろの方が精神的にきついからさ」
ナゾナゾ博士が話をしたいからとスペイドと隣同士で座ったため、一人寂しく座っていた新一の隣に快斗がやって来る。確かに怪盗である彼にとっては魔物だらけの前方より、警察組織集団の後方にいる方が辛いだろう。微妙な距離感の父親もいれば尚更だ。
二人の会話が聞こえた通路を挟んで隣側の席に座っていたリィエンが何気なく新一達の方を見、感嘆の声を上げた。
「新一は双子だったあるか? そっくりあるね」
「本当だ。双子は初めて見た」
リィエンの隣に座っていたウォンレイもその声に新一達を見て、目を見開いている。
だが、新一と快斗は顔を見合わせた。次いで「違うぜ」と二人揃って否定する。
「血の繋がりもない全くの他人なんだ、オレら」
「よく似てるって言われるけどな」
「そうなのあるか?」
双子じゃないことに、リィエン達は逆に驚いている。細かいパーツや髪形は違うためそこまで似ていないと思っている二人は、そこまで似ているのかとお互いの顔を見る。
「オレの方がイケメンだろ」
「はっ、どう見てもオレの方がカッコいいな」
然し、二人からすれば驚かれる程似ているとは思えなかった。
どちらがよりイケメン度が高いか口論になりかけ、ふと快斗はリィエンの方を見た。彼女はすでにウォンレイとの話に夢中になっており、新一達の方を見ていない。
「そういや蘭ちゃんも、オレのこと新一と間違えたっけ……」
「蘭? お前、蘭と会ったのか?」
「オレの幼馴染の紹介でちょっと。つっても顔合わせただけで、遊ぶ時も他の奴らも一緒だったからあんま怒んなよ?」
ニシシと笑う快斗に、新一は訝しそうにした。何故とっくの昔にフラれている彼女と快斗が遊んだだけで、新一が怒らなければならないのだろうか。
(まさかこいつ……)
浮かび上がる一つの疑惑。新一が生きていることを突き止めた彼がそのことを知らないはずがないと思うのだが、念のために問いかける。
「お前、オレが蘭にフラれたの知っていてわざと言っているのか?」
「……ハァッ!? 蘭ちゃんにおまえがぁ!?」
「馬鹿! 声大きい!」
大声を出した快斗の口を慌てて塞ぐ。不思議そうに見てくるリィエン達に愛想笑いを向けた後、耳元に口を寄せ小声で説明する。
「組織戦の前にあいつに呼び出されて、好きな男が出来たからってフラれたんだよ」
「うっ、嘘だろ……? しかもそんなタイミングで?」
「マジだって。お前そこまで調べてなかったのか?」
呆れて言えば、快斗は首を左右に振った。本当に新一の生死の情報しか集めていなかったらしい。
探偵と怪盗として対峙している時から思っていたが、やはりどこか抜けている。自分の事を棚に上げてそう思う新一に、快斗は気まずそうな顔を向けた。
「悪い、まさか恋人解消されていたなんて知らなくてさ……」
「恋人にすらなってねぇよ」
「あっ、あれで?」
「あれで。一応オレは告白してたし、蘭もオレの事好きだって知っていたけどな」
「……何というか、聞いてごめん……」
新一と蘭が互いに向ける嫉妬深さを目にしてきたからか、快斗はそっと目を反らして謝罪した。
とうの昔に吹っ切れている新一からすれば謝罪されることでもない。だが、続けられた快斗の言葉に耳を疑った。
「蘭ちゃんもなんで……。つうか青子の奴、何が『蘭ちゃん、恋人が死んじゃって可哀想』だ……思い込みで話すなよなー。新一が可哀想じゃんか」
「おい、それどういうことだ?」
「あっ、いや、そのな……オレの幼馴染がちょっと勘違いしてて……」
詰問すれば、快斗の目が左右に泳ぎ出した。新一の問い詰める目から顔ごと反らしつつ、ボソボソと新一の死が発表される前後の蘭の様子を語り出す。
「オレの幼馴染、中森青子っていうんだけど……二課の中森警部の娘でさ。二人ともキッドの現場に父親に引っ付いて来てそこで知り合ったらしくて、新一にそっくりだからという理由でオレを彼女たちに紹介したんだよ」
「それで?」
「そしたら蘭ちゃんが頻繁にオレに連絡取ってくるようになって、青子に訳聞いたら『新一君と会えなくて寂しいからだよ』って言われて。確かにそん頃新一も忙しそうにしていて……一回事務所に青子と一緒に行った時すれ違ったけど、お前オレに気付かなかったから」
「……確かにあの頃は忙しかったな」
快斗の言葉に頷くが、新一の目は徐々に半目になっていく。
新一が快斗のことを知ったのはキッドについて調べた時であり、江戸川コナンの時に実際会ったことは無かった。しかしながら、新一はそもそも蘭が親しくしていた男の顔を記憶から抹消しているのだ。更に、彼が蘭と会った時期は丁度新一が蘭に男の影があることに気付いた頃である。
「新一に嫉妬されたくなかったし、適度に距離置いていたんだ。そしたらお前が死んだーって報道されてよぉ、あん時どれだけオレがショックを受けたことか」
「お前のことはどうでもいい。蘭は?」
「……オメー本当蘭ちゃん以外……いや、別にいいけどさ。報道された日から、蘭ちゃんからの連絡はぱったり無くなった。そしたら青子が学校で『蘭ちゃんが可哀想』って騒ぐもんだから、てっきり……」
「……その青子ちゃんって子は、蘭がオレをフッたって知らなかったってことだな?」
「そのはずだぜ。じゃねぇと蘭ちゃんのことを『恋人を失った悲劇のヒロイン』として見るはずねぇだろ」
快斗の言葉に嘘はない。だからこそ腹立たしい。
殴りたくなるのを必死に堪えながら、新一は彼から得た情報を整理する。
まず間違いなく、蘭が好意を向けた男の正体はこの黒羽快斗だ。本人は向けられる好意に全く気付いていないようであるが、時期や蘭の行動から考えてこの推理は外れていないだろう。
(何なんだろう、この苛立ちは……)
吹っ切れているとは言え、まさかの男の正体が宿敵である怪盗。今まで散々ちょっかいを出されてきているからか、はたまた蘭からの好意に気付いていない鈍感さが気に食わないのか、素直に認めるのが非常に癪である。
「――参考までに聞くが、お前青子ちゃんと付き合っているのか?」
「まさか! ……いや、確かに前は好きだったけど、親父の跡継いでからは罪悪感の方が強くなって、今じゃもう妹みたいな感じだ。勿論大切な奴には変わりないけどさ……新一は違うだろうけど」
「いや、オレも同じだ。フラれたとは言え、大切な幼馴染には変わりねぇよ……だからか!」
「何が!?」
快斗を殴りたくなる理由が、である。
どうやら己は娘を取られたくない父親か、姉を取られたくない弟的な心情になっていたらしい。自らを弟と思ってしまうのはコナンになっていた時期の影響だ。
もう一つ、何故青子が知らなかったのかも予想できた。恐らく蘭が新一の恋人であると青子が誤解していた為、そして快斗が青子に向ける気持ちを感じ取り、蘭は何も言えなかったのだろう。その性格上、快斗に大切にされている青子に新一から心変わりをして快斗に好意を向けている等と言えるはずがない。
(オレからすれば腹立たしいが、こいつもオレ達の事情に巻き込まれたようなもんか……)
握りしていた拳をゆっくりと解く。
原因とは言え、話を聞く限り快斗は蘭に対して距離を置き、かつ恋愛対象として見ていないようである。どちらかと言えばフラれた新一に同情気味だ。
(それに、今も蘭がこいつのこと好きかどうかも分かんねぇし……)
新一の死亡報道後、連絡が途絶えたのも気になる。青子が蘭の事を『恋人を失った悲劇のヒロイン』と見える位落ち込んでいるのだろうか。遊園地で姿を見た時は元気そうだったが、また一人で泣いているのだろうか。
(……これも、オレのせいになるのかなぁ……おっちゃんとおばさん怒ってそうだ……)
娘想いである彼女の両親が脳裏に浮かぶ。別居しているとは言え、二人の蘭に対する愛情は本物だ。それが行き過ぎているせいで蘭が問題行動を起こしても新一のせいだと決めつける部分もあるが、決して悪い人たちではない。
とは言え、怒りを向けられるのも不本意というもの。新一の死に蘭が落ち込むのは分かるが、こちらにも事情というものがある。何より蘭の方から恋人未満な関係を打ち切ったのだから、少なくとも『恋人を失った』部分だけはきちんと訂正してほしい。
尤もこれは想像なので、意外にも冷静に見ているかもしれないが。
「――あれ、蘭の奴、恋人だってこと否定してねぇの?」
ふと浮かんだ疑問を問いかければ、快斗はさあと肩を竦めた。
「聞いたことないから知らねー。ただ青子の奴思い込み激しい面もあるから、蘭ちゃんの訂正聞いてないってこともあるな」
「園子と一緒かよ」
「園子ちゃんよりは大人しい。あと女の子の方が好きだぜ、あいつは」
「あいつの男好きはもう病気みたいなもんだからなぁ……」
海外遠征に恋人が行っていて傍にいないから寂しい、と男漁りをする彼女の男好きには何度も呆れさせられたものである。その割に一途なので、本当に浮気をすることが無いというのが彼女の良い所なのかもしれない。
久しぶりに思い出した懐かしい顔ぶれに、新一は深く息を吐いた。故意に思い出さないようにしていた訳ではないが、あの日常を捨てた己にはこの話は少し重く感じてしまう。
そんな新一の心情に気付いたのか、快斗は数回瞬きをした後あからさまに話を変えてきた。
「新一、ロードって奴の所に今から乗り込みに行くけどさ、どんな作戦立てているんだ?」
「本を燃やす」
「うん、それ戦い方」
――だが、その変えた話もあまり良くなかった。
ふざけんなよーと体を倒してくる快斗を押し返しながら、新一は前の席に座っているナゾナゾ博士の帽子を見る。
「作戦その他諸々は、そこのナゾナゾ博士に任せている。オレは本当になんにも考えてねぇの」
「えー? あの名探偵新一がそんな重要なことに関わってないなんて……」
「あのなぁ、オレは清麿とガッシュについてしか知らねぇのに、作戦なんて立てられるわけねぇだろ」
「……マジで?」
「マジで」
「じゃあ、そのナゾナゾ博士……って人たちと、そこのチャイナっ子も?」
「リィエンとウォンレイとは今初めて会った」
「呼んだあるか?」
名前が出てきたことで、リィエンとウォンレイがこちらを向いた。
ポカンと口を開けている快斗を放って置き、新一も二人に顔を向ける。
「二人は、清麿達以外に知っている魔物はいるのか?」
「知らないあるよ。私達も初めて会うある」
「ああ、だからとても楽しみにしているんだ」
「お前たちもか。オレ達もウマゴン以外は知らなくてさ、キッドの術も知らねぇんだ」
「何々? 僕の事呼んだ?」
今度はキッドが前の席から乗り出しこちらを向いて来た。スペイドも同じように後ろを向き、新一達と顔を合わせる。
「皆どんな術を持っているのかって、話をしていたんだ」
「僕知ってるよ! キャンチョメは変化の術で、ティオは守りの術なんだ。特にティオの盾は凄いんだよ、ギガノ級の術二つも防げるんだ」
「それは凄いな。とても心強い」
「私の術は接近戦が主。リィエンに教えてもらったカンフーを組み込んでいる」
「僕は機械系の術が多いよ。エネルギー派を出したり、小キッドで相手を翻弄したり! 後ね、この腕を飛ばしたり大きくも出来るんだ」
「私は水の術だが、主に剣技を用いている。格闘技も嗜んではいるが、カンフーとやらは初めて聞くな」
「興味があるなら、私が教えようか?」
「ぜひ頼む。人間界の格闘技には興味があった」
「僕も! 僕もカンフーやってみたい!」
和気あいあいと騒ぎ出す魔物達に、新一は微笑ましそうに笑みを浮かべた。リィエンもウォンレイの楽しげな表情を愛しそうに見つけている。
「……これで、初対面……オレの時とは全然違うぜ、スペイドちゃん……」
和む雰囲気に馴染めない快斗がポツリと呟いた。それに新一が言葉を返す前に、「それはだね」とニュッと前の席からナゾナゾ博士が顔を出す。
「魔物と人間の差も大きいが、それでも私達が仲間と思えるのには訳があるのだよ」
「それよりも前に突然出てこないでください……!」
「すまんすまん、つい」
突然振り返って顔を出された上に話しかけられ、快斗と新一はびくりと肩を震わした。ナゾナゾ博士は頬を掻いて謝罪した後、後ろの席に届く位の声量で話し出す。
「この戦いの勝者はただ一人。このシステムのせいで、魔物達は『周りの者すべてが敵』だと思っている――そう、ここにいる三人も例外なくね」
「そうなの?」
キョトンとして聞いてくる快斗に、新一は頷いて肯定する。
「出会ったら即戦いがこの戦いの基本だ」
「初対面なのに?」
「相手も王を目指す『敵』だからな。魔物という時点で、戦う運命にある」
「私達もガッシュ達と出会う前は、出会った魔物達と戦っていたあるよ」
「こちらに戦う意思が無くとも、向こうは容赦なく襲ってくる。生き残るためには戦わなければならない」
「バトロアかよ……容赦ねぇな……」
「それがこの戦いの運命なんだ。例え世界の裏側にいようとも、魔物は魔物と必ず出会う運命になっている――戦いから逃げることは、許されていない」
「因みに、逃げようとすれば……?」
「戦う意思のない者には、別人格を与えられると聞いたことがある」
「最も、この戦う意思のない者はごく少数。残り四十名を切った今、そうした奴が生き残っている者も限られているだろう」
その限られた者で身近な例をあげるとすれば、ウマゴンが該当する。
情け無用の非情なる戦いのルールに、快斗は絶句した。後ろの方から「ひどすぎる」と叫ぶ声も聞こえてくる。恐らく高木の声だろう。
「だからこそ、『仲間』となれる魔物はとても貴重なんだ」
主に人間達の間で重苦しい空気が漂う中を、ナゾナゾ博士の声が響き渡る。
「私も何人もの魔物に出会い、協力を断られてきた。『仲間』という存在を信じることが出来なくなっているからだ。だがそんな中で快く協力してくれる魔物達もいた――そう、ここにいる彼ら。そして今ロードの本拠地で戦っている清麿君達だ。
さて、ここで一つ問題だ。どうして彼らは、協力してくれたのだろう?」
「新一は親父さんを助けるためだろ?」
「半分正解、半分不正解」
「えー?」
手でバツ印を作ると、快斗が胡乱げな目を向けていた。それ以外に理由があるものかと本気で思っているらしい。
次に手を挙げたのはキッドだった。「はーい!」と元気よく小さな手を上に上げるパートナーに、「はい、キッド君」とナゾナゾ博士も指名する。
「ガッシュがいるからだよね?」
「ふふっ、正解だよキッド。その通り、協力してくれる魔物達全員が、ガッシュ・ベルと高嶺清麿が戦っているから集まったんだ」
彼らにとっては意外過ぎる答えと予想外だった名前が出てきたことに、誰かが息を飲む音が聞こえた。
ナゾナゾ博士の言葉を裏付けるように、リィエンとウォンレイが頷く。
「私達は、ガッシュ達が戦っているからここに来たある」
「ガッシュ達は私達の恩人。彼らが戦うというのなら、私達も戦おう」
「私と新一とて同じこと。例え新一の父様が捕らえられていなくとも、ガッシュ達が戦うのなら共に戦うのは当然だ」
「ああ、そうだな。あいつらが戦うのに、オレ達が戦わないわけにはいかない」
「ふふっ、ティオ君達も同じことを言っていたよ。キャンチョメ君はみんなの役に立ちたいと言っていたが、ガッシュ君がいなければ向かってくれなかっただろうね。
さて、それでは第二問――ではガッシュ君と清麿君は、どうして戦うことを選んだでしょうか?」
後部座席に座っている人たちに答えられない問題に、新一は小さく噴き出した。
後ろを向いたままのスペイドと顔を見合わせ、二人同時に手を挙げる。
「はい」
「はいある」
全く同じタイミングで、リィエンとウォンレイも手を挙げた。ナゾナゾ博士は四人の顔を見渡し、「では同時に」と音頭を取る。
「――操られている人たちを、助けるため!」
「――大正解!」
一言一句違わず奇跡の一致を見せた四人に、ナゾナゾ博士もニヤリと笑う。
「そう、あの二人が戦う理由は自分たちが王になるためではない。この戦いに巻き込まれた人たちを助けるために戦っている。そんな彼等だからこそ、私達は『仲間』という存在を信じることが出来た――ガッシュ君達の仲間だからこそ、信じあうことが出来る」
演説をしているかのように、ナゾナゾ博士はシルクハットを取りお辞儀の姿勢を取った。しかし顔は上げたまま、後方の座席にいる人たちを向いている。
「この絆をどう思うかは、貴方達に任せよう。ただ一つだけ言っておく――ガッシュ君達に手を出せば、彼らは黙っていないぞ?」
どこから聞いても脅し文句なそれに、だが新一は否定の言葉を出さない。快斗が目で真偽を問いかけてきたので、ニヤリとした笑みを向ける。
ウォンレイ達はどうかは分からないが、少なくともスペイドと新一からすれば、その言葉は真実だった。
☆ ☆ ☆
南アメリカ、某空港。そこから車に乗り換え、デボロ遺跡の近くにある小さな街に行く。
二度目の空の長旅を終え漸く地上に降りることが出来た新一は、新鮮な空気を大きく吸い込み背伸びをした。
「やーっと着いた。ナゾナゾ博士、ここからどうするんだ?」
「アポロ君が車を手配してくれているよ」
「……アポロさんには後で何か礼をしないといけないな」
ぞろぞろと降りてくる人たちを眺めながら、新一は母親の有希子の姿を探した。有希子は日本警察とFBIの後に続いて降りてきた。そばに寄ると、疲れを感じさせない笑みを向けられる。
「母さん、これから車で移動だけど大丈夫か? 疲れている様なら少し休むよう頼むけど」
「大丈夫よ、心配しないで新ちゃん。体力には自信があるんだから」
「……無茶だけはするなよ、オレが父さんに怒られるから」
「はいはい、分かりました」
軽く返事をする有希子はその言葉通り無茶している様には見えない。持ち前の演技力で隠している可能性もあるが、新一は一先ず信じることにした。
その様子を快斗がどこか羨ましそうに見ているのに気づきながらも、視線を有希子からナゾナゾ博士へと移す。
(ナゾナゾ博士……? 何かあったのか?)
ナゾナゾ博士は初めて見るスーツを着た男性から二枚の紙を手渡されていた。眉間にしわを寄せながら紙を睨み、男に何かを伝える。男は頷きその場から駆けて去っていった。その後姿を眺めていると、「新一君」とナゾナゾ博士に呼ばれる。
「少々まずいことになった。急いで向かおう」
「清麿たちに何かあったんですか?」
「……アポロ君から連絡が来た。遺跡に突入していた清麿君達が危ない」
そう言って話された内容は、今の清麿達の現状についてだった。
先に遺跡に突入した清麿達は千年前の魔物と連戦し、心の力を使い果たした時に二体の千年前の魔物に襲われたらしい。内一体が体を張って清麿達を逃がそうとし、清麿とガッシュはその魔物を助けるためその場に残り、一緒に突入していた大海恵とティオ、パルコ・フォルゴレとキャンチョメを逃がした。ガッシュを魔界に返さない為、彼の赤い本は今ティオが預かっているとのこと。
「――ティオ君達は今アポロ君の元にいる。私達も急いで向かう」
「待ってくれ、ナゾナゾ博士。清麿たちが心配だ、オレとスペイドはそっちの救出に向かいたい」
「それなら心配ないだろう。ウマゴン君の本の持ち主が来ているからね」
「ウマゴンの本の持ち主!?」
全く想定していなかったことに、新一とスペイドは叫んだ。
ウムとナゾナゾ博士は手に持っていた紙を見ながら説明する。
「カフカ・サンビーム君という男だ。彼からウマゴン君と共に戦うと連絡が入っている」
本の持ち主と未だ巡り会うことが出来ていなかった珍しい魔物のウマゴンに、ようやく本の持ち主が現れたのは喜ばしいことだ。しかし、と新一は眉を顰める。
「ウマゴンは今まで戦ったことが無い。千年前の魔物相手に、大丈夫なのか?」
ウマゴンに戦闘の経験が無いことが、新一から不安を取り除かなかった。リィエン達も新一の言葉を聞いて不安そうにしている。
――その不安を取り除いたのは、意外な人物だった。
「私はウマゴンを信じる」
「スペイド!?」
この場にいる誰よりも戦闘に関してシビアな考えを持っているスペイドが、まさかのウマゴンを支持した。
「あの子はとても優しいが、同時に友達想いの強い子だ。ガッシュを助けるためになら、その秘めた力を存分に発揮するだろう」
「スペイド……」
ウォンレイの時と引き続き、スペイドの変わった面に新一は思わず感動した。これで人間に対する態度も変われば手放しで褒めている所だが、そちらは期待できそうにない。
スペイドの言葉で、ウォンレイ達もウマゴンを信じることにしたらしい。魔物とそのパートナー全員の意識が一致した所、ナゾナゾ博士が指示を出す。
「ではこれから、ティオ君達の元に向かう。その前にスペイド君、君の力で近くに魔物がいないか探ってほしい」
「分かった。新一」
「おう……っと、そうだ。博士、灰原、こっちこっち」
スペイドは兜を取り、フルフルと頭を左右に振った。新一も本を構え呪文を唱えようとし、ふと思いついて博士達と手招きする。
「ワシか?」
「私も?」
「オレはー?」
呼ばれると思っていなかった阿笠と哀は驚きの表情を浮かべ、そろそろと近寄って来た。快斗は呼ばれなかったのだが、ニュッと新一の背後に出没しのしかかる様にして背中に張り付いて来る。
重たいと思いながらも、この術の間ならいいだろうと快斗はそのままに、新一は新しい呪文を唱える。
「第十一の術――グレイス・アルサイト」
直後、スペイドの左目に水の輪っかが現れ、そこに水で出来た薄い膜が張る――モノクルが形成された。
スペイドはモノクルに手を当て、じっと宙を見つめる。
「この術――グレイス・アルサイトは、水を媒介にして魔物や人間の存在をレーダーで映すことが出来るんだ。因みに望遠機能もある」
悪戯っ子のような笑みを浮かべる新一に、阿笠と哀は何故呼ばれたのか理解した。今スペイドが使用している術には見覚えがある。今目の前にいる人物の体が縮んでいた頃、彼が身に着けていたもの。
「犯人追跡眼鏡!」
「へへっ、そっくりだろ?」
「魔物の力って、そんなものまであるの?」
「いいんだよ、これがスペイドの術なんだからさ」
「いやいや、これは面白い!」
呆れる哀の反応は面白くないが、目を輝かせる阿笠の反応に新一は満足げに頷く。
今はもう阿笠の作った道具は何も持っていないが、代わりにスペイドが似たような術を覚えた。このようにかつてコナンが身に着けていた道具に似た術が出てくるたびに、新一の中で阿笠と過ごした日々がよみがえり、彼に対する恐怖心を薄れていく手助けとなっていたのだ。今ではもう、阿笠に対する恐怖心は両親同様に無い。哀もまた共に過ごした日々を思い出し、阿笠程ではないが大分薄れてきている。
「ていうかこれ、思い切り新一の能力じゃんか。スペイドちゃんも新一に毒されているなぁ」
ボソリと哀達には聞こえないよう――彼女達にはまだ正体を明かしていないためだ――耳元で呟かれた快斗の指摘は無視する。新一がかつて似たような道具を駆使して暴走していたとしても、今はれっきとした術なのだから文句は言わせない。
「博士、後で詳しく教えてやるよ。スペイドの術、中々面白いんだぜ?」
「おお、それはぜひ頼む! 魔物の術に興味があったんじゃよ」
「工藤君、ぜひ私にもそこのスペイドを貸してほしいんだけど」
「……灰原、実験は駄目だからな?」
嬉しそうにする博士の隣で目を煌めかせる哀に、新一はやや引きながらも断りを入れた。途端小さな少女から舌打ちする音が響き、ブルリと震えあがる。背中に張り付いている快斗も一緒になって震えていた。
「――見つけた」
哀に対する恐怖心――ただしこちらは怒らせると怖いという意味――を改めて思い出した時、スペイドがそう呟いた。その言葉に弾かれるようにして新一はそちらを向き、快斗も背中からどいて隣に立つ。
「千年前の魔物か!?」
「……いや、あのビョンコとかいうカエルだ。何故かハッキリ捉えることが出来た」
モノクルを覗きながら、スペイドが首を傾げる。
憎きカエルの名前に新一はムッと顔をしかめたが、ナゾナゾ博士の「いけない!」という叫びにそちらを向く。
「あのカエル君は、千年前の魔物を率いて現代の魔物狩りをしている。カエル君のそばにいる魔物の数は?」
「……すまない。カエルはハッキリ見えるんだが、その周りがぼやけている。何かに妨害されているみたいだ」
ゆるりと首を横に振るスペイドに、ナゾナゾ博士の表情が厳しくなった。それはスペイドに対してではなく、今の状況に対して。
「確かあのカエル君がよく連れている魔物の中に、レーダーで魔物の気配を探知することが出来る魔物がいたはずだ。そのレーダーに阻まれているのかもしれない」
「……それならなぜ、あのカエルだけがこうもはっきりと……」
「細かいことは後だ。スペイド君、カエル君の位置と向かっている方角は?」
「……ここより離れた南方上空を移動。向かっている先は――ティオ達がいる街だ」
ぞわりと、背筋を何かが走り去った。今カエル達には、探知能力にたけた魔物がいる。そして彼らが向かっている先には、心の力を使い果たしたティオ達がいる。
「リィエン!」
「レドルク!」
真っ先に反応したのはウォンレイ達だった。リィエンが呪文を唱えると、ウォンレイの足が光り輝く――足の強化呪文だ。
「ナゾナゾ博士、私達は先に向かいます!」
「頼んだ、私達もすぐに行く!」
リィエンを背負い、ウォンレイが駆けだす。あっという間に見えなくなった姿を見送る前に、ナゾナゾ博士はスペイドを振り向く。
「スペイド君達も先に向かってほしい。私達には身体強化呪文や移動に適した呪文はない、心苦しいが彼らと一緒に車で向かう」
「……いや、その必要はない。私達と一緒に向かおう」
「しかし、サーボ・アライドは君達しか乗れないのだろう?」
「方法はある。新一、その間に人間達に説明を頼む」
「はいはい」
ご愁傷さま、と心の中で呟きながら、新一は快斗達を連れ有希子達の元に向かった。
先程の会話からことの重大性に気付いているらしく、心配するような目を向けられる。FBIや日本警察からも同じような目を向けられて、新一は苦笑を浮かべた――唯一高木が可哀想な位青くなっているのが申し訳なく感じる。
「すみません、緊急事態なのでオレ達は先に向かいます。貴方達は車で向かってください」
「仲間が狙われているのだろう、俺達に出来ることは無いか?」
赤井の言葉に新一は目を丸くした。言われたことを理解する前に、ジョディとキャメルが言葉を続ける。
「確かにまだ魔物を信じることは出来ないけど、貴方の仲間の危機なら話は別よ」
「戦うのは無理でも、他の事で何か出来ることがあれば言ってほしい」
「……母さんたちを守ってくれれば、それでオレとしては気が楽になりますけど。他の魔物が襲ってこないとは限りませんし」
勢いに圧倒されてそう答えれば、高木が悲鳴をあげた。どうやらトラウマになりかけているらしい。
「……佐藤刑事と目暮警部は、高木刑事のこと宜しくお願いします」
「全く……」
「ごめんね、工藤君……」
「いえ、そうなるのが普通ですよ。高木刑事もすみません、辛ければこのまま日本に戻った方が……」
「だっ、大丈夫大丈夫……!」
全く大丈夫には見えないが、それでもついて来ようとする努力に新一は何も突っ込まないことにした。
彼らの中でどのような変化が生じているのか分からないが、今はそれがとても有り難い。ナゾナゾ博士が何か言ったのかもしれないと思いながらも、ジェイムズを向く。
「ジェイムズ捜査官、母さんたちを宜しくお願いします」
「勿論だよ。気を付けて」
「母さん達も、勝手な行動を取るなよ」
「新一には言われたくない言葉ねぇ」
「うるっさい!」
恐らくこの場のリーダー的存在であろうジェイムズに母親たちを預け、新一はスペイド達の元へと戻る。心配するような目を向けられたが、今心配すべきはティオ達の方だ。
「スペイド……って、おお」
「新一君、なぜ私はこんな風にされないといけないのかね!?」
「博士ぇえええ!」
戻ってみると、ナゾナゾ博士はスペイドに俵担ぎにされていた。年端のいかない少女に荷物のように抱えられる長身の老人とは、中々の光景である。
「我慢してくれ。二人乗りだから、他は荷物として扱わないといけないんだよ」
「そんなバカなぁ!」
「本当だ。新一」
「了解――サーボ・アライド!」
博士の背中で泣いていたキッドを己の肩に乗せ、ナゾナゾ博士を避けながらスペイドの腰を抱き寄せ呪文を唱える。途端足元に水状のサーフボードが出現し、地面からあふれ出す水流が二人を乗せたボードを浮かび上がらせた。
「ナゾナゾ博士、舌噛まないように。この術、オレと一緒に操作することで機動力倍増するんで!」
「ちょっ、まっ……!」
ナゾナゾ博士でも知らないことがあるんだなぁ、と思いながらも、新一はスペイドと息を合わせてサーフボードを動かす。二人により操作されたボードは、凄まじいスピードで地面を滑り出した。
☆ ☆ ☆
「オル・ロズルガ!!」
「うおぉおおおお!!」
高嶺清麿とガッシュ・ベルと協力して千年前の魔物を倒すことを決めた、魔物のティオとその本の持ち主大海恵。二人は清麿達と共にロードのいる南アメリカのデボロ遺跡へと行き、そこで黄色い本の魔物キャンチョメとその本の持ち主、パルコ・フォルゴレと出会った。彼らはガッシュ達の友達で、南極でナゾナゾ博士達と出会い事情を聞いて駆けつけてきたらしい。
どこかに本を隠してきたのか、気付いたら本を持っていなかったウマゴンを合わせて六人と一匹。四十名近くいる千年前の魔物と戦うには少ないかもしれないが、彼らには『仲間』という強い力があった。
遺跡に入って直ぐに出会った、アルム、ゲリュオス、ガンツという三体の千年前の魔物。アルムとゲリュオスは清麿とガッシュ、恵とティオが倒し、ガンツはフォルゴレとキャンチョメ、ウマゴンが協力して倒した。
それぞれが激闘だった。心の力残り僅かとなり休憩している所を、今度はビクトリームという千年前の魔物に襲われた。まともに術も使えない状況下、メロンを食べては歌って踊る、自分の術を食らい倒れるなどするが、強い術を持つビクトリームをコンビネーションで撃退。しかしこの戦いで、全員の心の力は切れてしまった。
一旦退却することにしたが、息つく間もなく騒ぎを聞きつけた二体の千年前の魔物が現れた。
絶体絶命の危機。容赦なく襲ってくる千年前の魔物、ダルモスからガッシュ達を守ったのは――千年前の魔物であるレイラだった。間違っているのは自分たちの方だとガッシュ達を逃がそうとする彼女に、清麿とガッシュはその場に残ることに決め、赤い本をティオに預け他の者達を逃がした。
ティオ達は必死に逃げた。途中ウマゴンの姿が見えないことに気付いたが、ウマゴンも残っているのだろうと判断して引き返さずアポロの待つホテルへと急いだ。
絶対に、ガッシュと清麿は戻って来る。
そう信じて心の力が回復するのを待つ恵達を――外の見回りに出ていたビョンコ率いる千年前の魔物達が、見つけてしまった。
「く……大丈夫か恵!」
「大丈夫よ!」
巨大な薔薇に襲われた衝撃で地面に強く体を打ち付けた恵は、それでも気丈に振舞い腕を押さえながら立ち上がった。
この場から逃げるためアポロの車へと急ぐが、それに感付いた敵の攻撃によって、車が大破される。
「やったゲロ! やったゲロ! もう逃げ場はないゲロよ!!」
空からの奇襲を仕掛けてきた敵は、止めを刺す為に地上へと降りてきた。カエルの魔物――ビョンコの他に、四体の千年前の魔物。
ギュッと、ティオは腕の中の赤い本を抱きしめる手に力を込める。
「ゲロロロロロロ……。お前達、呪文を唱えないところを見ると……人間の心の力がもうないゲロか!?」
空を飛べる魔物から降りたビョンコは、恵達の隠したかった事情に感付く。否定できない事実に押し黙っていると、千年前の魔物達がニヤリとした笑みを――確実に勝てるという確信を持った笑みを浮かべた。
それに、ティオは震えながらも必死で赤い本を守る様に抱きしめる。
「清麿とガッシュは、絶対戻ってくるの……だから……」
守らなきゃ、守らなきゃ。ただその思いだけが、ティオの心を占める。
「私が託されたこのガッシュの本だけは、絶対に燃やさせちゃいけない!!」
清麿が信頼して渡してくれたこの本を、帰って来ると約束したガッシュを、魔界に帰さないためにも。
踵を返し、ティオは走り出した。ビョンコの指示で千年前の魔物の一人が追いかけようとするが、その前にフォルゴレたちが立ち塞がる。
「ここは通させはしない!!」
――彼らもまた、ティオと同じ気持ちだった。危険を承知でその場に残った清麿とガッシュ。彼らを守るために、術が使えなくとも体を張って立ち向かう。
だが。
「ゲロッパ……ダメゲロよ……」
やれやれと言わんばかりに首を振りながら息を吐くビョンコ。その後ろから飛び出してくる――二体の千年前の魔物達。
「オイラには、強い仲間がたくさんゲロ!! 弱い者がどうあがいても、もう逃げられないゲロよー!!」
フォルゴレたちの頭上を通り越し、ティオへと襲い掛かる二体。
ティオは気付く目を瞑った。呼んでも届かないと分かっていても、心の中で清麿とガッシュを呼ぶ。
「――こちらにも、まだ仲間はいるぞ!!」
「ゴウ・バウレン!!」
波動を帯びた拳による一撃で、ティオに襲い掛かろうとした二体が吹き飛ばされた。
突然のことにティオは目を開け、守るようにして立つ二人を見た。長い銀髪を靡かせ、千年前の魔物を見据えるカンフー服を着た青年。薄い青紫色の本を持つ、チャイナ服の少女。少女がティオを見て片目を瞑った後、青年と同じように前を見据える。
「あ……あなた達……は!?」
まるで庇ってくれたかのような二人に、ティオは警戒心を隠さず問いかける。助けてくれたのは嬉しいが、初めて見る魔物に敵ではないかという思いは消えない。
少女はティオを振り返り、表情を和らげた。安心させるようなそれにティオの中で徐々に警戒心が薄れていく。
「清麿とガッシュの友達あるね? 私はリィエン……そしてウォンレイある」
少女――リィエンが魔物の紹介も合わせてする。二体を吹き飛ばす程強い力を持つ魔物――ウォンレイは、表情を一変させ穏やかな笑みを浮かべた。
「私達は昔、清麿たちに助けてもらったあるよ」
出てきた清麿の名前に、ティオは顔を輝かせた。もう警戒心などない、彼らが何故助けてくれたのか分かったから。
「ああ、だから安心したまえ。僕らは君達の味方だ」
――彼らは、自分たちの仲間なのだと。
「くそおぉおお! 少し仲間がふえたからってなんだゲロ!! 数はこっちの方が上ゲロー!!」
術も使えない魔物達を二体も倒せると思っていたところ、突然邪魔されたビョンコは怒りを顕わにしながら宙へと勢いよく飛んだ。フォルゴレ達に阻まれていた少女の姿をした魔物も高く跳躍し、そのままフォルゴレ達の頭上を通り越してウォンレイ達へと襲い掛かる。
まだ魔物が残っていたことに焦る恵の耳に、聞き覚えのある声が響く。
「イヤ、まだ私も一緒だ!!」
それは、この場に仲間という光を連れてきた人物の声。
「ギガノ・ゼガル!!」
おもちゃの人形のような体の胸から強大な砲口が現れ、回転のかかった巨大なエネルギー派が放たれた。ビョンコ達はそれをまともに食らい吹き飛ばされる。
「ナゾナゾ博士!?」
「そうさ! 私の名前はナゾナゾ博士、なんでも知ってる不思議な博士さ!!」
――ナゾナゾ博士が、新たなる仲間を率いて現れた。
ペションと地面に追突したビョンコは体を震わせながら、増えていくティオ達の仲間達をギロリと睨みつける。
「――よぉ、カエル君。また会えてうれしいぜ?」
「――ゲ、ロロ……?」
しかしそれも、頭上から降って来た聞き覚えのある怖い声で焦りへと変えられた。
ギギギッとブリキのように首を動かせば、見覚えのあるあくどい笑みと蒼い本、ザンッと顔の横に突き刺される剣。
「ガンジャス・アルセン!!」
「ゲロオォオオオ!!」
そして地面から不規則に出る水流に、再び吹き飛ばされた。
突然現れた彼らに、フォルゴレはナゾナゾ博士を見る。
「かっ、彼らは……?」
「魔物のスペイド君に、本の持ち主の新一君だ」
「私達もまた、ガッシュ達の仲間だ」
「遅くなって悪かったな」
瓜二つと言っても過言ではない、似たような顔立ちをした――それもどこかで見たことがあるような顔である――人間と魔物。それでもガッシュ達の友達と聞き、フォルゴレ達は安堵した。
「一気に行くぞ、ウォンレイ君!! スペイド君!!」
「はい!!」
ナゾナゾ博士の声で、ウォンレイとリィエン、スペイドと新一が走り出す。畳みかける様にして攻撃し、千年前の魔物を相手にしても一歩も引けを取らない彼らに、ああと誰かが安堵の息を零した。
「た……助かった」
「ああ、まだいたんだ……」
張りつめていた空気が緩む。自分達しかいないと思っていたことが、遠い昔のように感じる。
「助けてくれる仲間が……!!」
――その気の緩みが、いけなかった。
ビョンコは本の持ち主がいなくとも一人で動くことをロードに許可されている。それはビョンコ自身の頭の回転の速さ、そして小悪党並みのずる賢さを認められているからだ。
「こういうときこそ……」
バサリと、今まで攻撃をしてこなかった魔物が翼を羽ばたかせる。その魔物は宙を飛べる能力を存分に生かし――ティオの背後へと回った。
「空を飛べるお前の出番ゲロ!!」
「しまった!!」
鋭く伸びた爪でティオの服をひっかけ、そのまま上空へと引き上げる。悲鳴をあげるティオに、ナゾナゾ博士達は空を飛べる魔物から目を離してしまったことを後悔した。
「ゲロロロロロロ、おとなしくするゲロー!! さもなくば、小娘も本も、ただではすまないゲロよー!」
長い舌をべろんべろんと挑発するように動かし、ゲロゲロと飛び跳ねる。相手が空を飛ぶことが出来ないと分かっているが故の余裕だ。
くっとティオは忌々し気に己を掴んでいる魔物を睨みつけ、地上から見上げている恵を見る。
ただそこにあるのは、本を守らなければという使命心。戻ってくるガッシュの為にと、ただそれだけしか考えていない。
「恵―! お願い、この本を……!」
己のパートナーなら必ず、この本を受け取り守ってくれる。そう思い本を投げようとした、その瞬間。
「ティオー!!」
――ガッシュの声が、響き渡った。
今年最後の更新です。
来年もよろしくお願い致します。
※「グレイス・アルサイト」の術は鈴神様から頂いたものです。有り難うございました。