かなりレアです。めったにないです。でも次の更新はかなり先になると思います。
今日の天気は雨だ。ただでさえ電力が貯まっていないのにこんな天気が続くのでは、浄水用の電力さえなくなってしまうのではないかと心配になる。
節電のため簡単な調理さえも行うことができず、食事は乾パンと水だけだ。
「ううむ…口の中がパサパサする…」
乾パンをもそもそと食べながら恵飛須沢が呟いた。
「今日は電気使えないからな。仕方ねえさ」
乾パンにジャムを塗りながら建宮は宥めた。
むしゃむしゃと乾パンを頬張りながら丈槍が言う。
「私は好きだけどね、停電。なんかわくわくするし」
「ここのシャワー電熱式だからお湯使えないぞ」
「え!?」
お湯が使えないことが相当ショックだったのか、丈槍が呆然と固まる。
「大丈夫かー?」
恵飛須沢が揺り動かすと、急に丈槍が椅子から立ち上がって言った。
「キャンプだよ!」
『キャンプ?』
「は?」
また突拍子もないことを丈槍が言い出した。
「ほら、遠足でキャンプとかするでしょ?学園生活部だから学校でキャンプするの!」
「なるほど、キャンプなら電気とかないもんな」
恵飛須沢は納得しているが、建宮は何か違うような気がした。
だが学園生活部の面々はキャンプに乗り気のようだ。若狭が建宮に質問する。
「先生、いいですか?」
「まぁいいんじゃね?それぐらいなら」
この前のようにバリケードの外に出るわけではないし、建宮はあっさりと許可を出した。
「テントってあったかな?」
「部室にあったはずよ。あれなら3人入れるわ」
若狭がそう言うと、丈槍が急に慌てた表情になった。
「だ、大丈夫だよ!詰めればめぐねえも入れるよ!」
丈槍がまた誰もいない空間に話しかける。丈槍にはそこにめぐねえ、佐倉慈先生がいるように見えるらしい。
だが、建宮には一切見えない。もちろん若狭と恵飛須沢もだ。
しかし若狭は丈槍に合わせてそこに佐倉がいるように話しかける。
「!すみません、そういうつもりじゃ」
若狭が謝罪した後、少し間をおいて丈槍が
「めぐねえ、いつもおつかれさま」
「めぐねえおつかれさまー」
「めぐねえお疲れ様です」
丈槍に続いて恵飛須沢も若狭も佐倉に対し労いの言葉を掛ける。だがそこに、その言葉を受け取る人物はいない。
丈槍には佐倉の幻がどんな風に見えているのか。そう思うと建宮は罪悪感で何も言えず、無言で乾パンをかじり続けた。
◇◇
学園生活部のもう1人の顧問、佐倉慈先生は殉職された。だいぶ前に。
だがこれは佐倉慈が幽霊になり、丈槍由紀が霊感のあるというオカルトのような話ではない。
事件が起こってほとんど間を置かずに丈槍は時々様子がおかしくなる事があった。まるで事件が起きる前の学校風景が広がっているかのように振る舞うのだ。
建宮は脳関係にそれほど詳しくないが、丈槍が
建宮自身、時々自分の頭がおかしくなってるのではないかと、ふと考えてしまう。この状況に慣れかけている自分はおかしいと。
大人であり教育者の端くれでもある建宮でさえ精神が不安になる状況で、生徒の精神が不安定にならないはずがない。恵飛須沢も若狭も大なり小なり状況による精神への悪影響が及んでいるようだが、特に酷いのは丈槍だった。
日に日に罅が入っていく丈槍の精神。それにとどめを刺したのは、佐倉慈の死だった。
あの日、屋上で辛うじて難を逃れたのは2人の教師と3人の生徒だけ。
電話は繋がらず、これからどうするか時には若狭悠里も加えて建宮と佐倉の教師組は相談しあった。
その後、若狭悠里の提案で学園生活部を創部した。この状況を生き抜く共同体だ。
そして屋上以外に安全な生活空間を広げるために教室の椅子や学習机などで、奴らが侵入しないよう廊下や踊り場にバリケードの構築を進めた。
そして、色々あったがなんとか三階の安全をある程度確保した時の事だった。
油断していたのだろう。その日は雨が降っていて、いつもより校内には奴らが多く押し寄せた。
建宮と佐倉は生徒を優先して避難させた。
3人が放送室の中に入ったのを見て建宮は叫ぶ。
「佐倉先生、早く中に入って!」
だが肩を並べる同僚の女性の返答は弱弱しく、そして建宮の背筋を凍らせた。
「ごめんなさい、建宮先生……私はもう」
建宮は佐倉を見た。そして左腕を庇っているのを見て息を呑む。佐倉は怪我をしていた。
奴らに噛まれたのか、引っかかれたのか。いずれにせよ、このままだと佐倉慈も奴らになる。恵飛須沢の先輩でこの学園のOBだという青年のように。
建宮は奴らに対し箒を振り回しながら叫んだ。
「諦めるな!地下に行けば薬が!」
だが、佐倉は小さく首を横に振った。そして瞳を潤ませ、笑顔を浮かべて建宮に言った。
「…生き延びて、建宮先生。あの子達をお願いします」
そう言って佐倉は建宮を庇うように前に出た。そして奴らの爪を、牙を、その身に受けた。
その最期を目に焼き付けた建宮は、奴らを振り払うと放送室に滑り込んだ。背中で扉を閉め、荒い息を吐きながら建宮は床に座り込んだ。
丈槍達が必死に何か騒いでいる。だが建宮には何も聞こえなかった。ただ佐倉の最期の声が頭に響いていた。
『あの子達をお願いします』
それが建宮の生きる理由であり、目的となった。
◇◇
夜になり、バリケード周辺の見回りを終えた建宮は廊下を歩いていた。
放送室に柔らかな光が灯っている、と建宮が思っていたら急に消えた。
何かあったのかと建宮は放送室に入る。懐中電灯のビームが辺りを照らすが、特に異常はない。室内で立てられたテントの前に立つが、中も静かだ。
建宮はテントを覗くかどうか迷ったが、不意に懐かしい記憶が蘇った。
建宮にも修学旅行などで覚えがある。消灯後でも同室になったクラスメイトとひそひそ話をして、見回りの教師が来ると一斉に口を閉じるのだ。
誰もが通る道か、と苦笑を浮かべた建宮は教師の役割を全うする事にした。
「寝ているみたいだな…。おやすみ…」
それだけ言って部屋から出ていく。
本日の見回りを終えた建宮は屋上に向かった。あの時生死を分けた扉を開け、夜空の下に飛び込む。まだ雲が多いが、隙間から星が覗いていた。
いい加減そろそろ晴れてくれないかなと空に願いつつ、建宮は菜園のほうに足を運ぶ。
畑には十字架を模した佐倉の墓がある。もちろん遺体が安置されているわけでもなく、丈槍はこれが何を意味するかも知らない。
その墓の前で今日も一日、生徒は無事だったと報告するのが建宮の日課だった。
あの時生徒を託された建宮には、自分はそうする責務があると思ったのだ。
「佐倉先生、今日も無事に過ぎました。生徒達はみんな元気です。……まだ助かる方法は見つかってませんけど、生徒達を連れて、いつかここを脱出してみせます」
そう言って建宮は墓にお辞儀をする。そして屋上から降りて寝床に向かった。
佐倉慈という女性は教師にあまり向いていないと建宮は思った。教頭や他の同僚に陰日向から言われたように、佐倉と生徒の関係はどこか友達感覚だ。
先生は生徒の友達ではない。生徒よりも先を生き、教え導く存在だからだ。
でも建宮は教師として佐倉を尊敬していた。
何故なら彼女は新任だと言うのに、一部の生徒と良好な関係を築いていた。
どのような関係であれ生徒に笑顔を向けられ慕われるのは、立派な教師の証だと建宮は思った。
それに比べて建宮の教師人生一年目は授業の準備や課題の評価、テストの作成などでてんてこ舞いで、部活にもあまり顔を出せず、生徒と個人的な悩みを聞ける程仲が良い生徒は1人もいなかった。
だが、佐倉はそうではなかった。いつだって生徒を第一にしてきた。だから生徒も佐倉を慕った。
だから建宮は思う。全てにおいて万能な教師はいない。人間である以上、教師にも欠点はある。その上で、佐倉慈は教師には向いていないが優秀な教師だったと建宮は評価したのだった。