仮面少年★クウガ   作:快傑あかマント

11 / 12
ex5:ぎこちない3人と1人★歪な劇場

 アオイは一人《GM-01》を構え、デッサンの崩れた“劇場”の巨大な門扉に慎重に近付いて行く。

 

『もうちょい下がろうか。えーと……? そういや、お互い自己紹介まだだったよね』

 

 マミの両肩を遠慮がちに触れ、アカギは彼女を三台の自分達の専用マシンの後ろに導く。

 

『俺は《アカギ》。っても、あだ名みたいなモンなんだけどね。ほら! 肩が赤いだろ? ハハハ』

 

 努めて明るい口調と仕草でアカギは、マミに笑い掛けた。

 

 仮面も笑っている様に見えるから不思議だ。

 

「あ、えっと……、と……巴。……です」

 

 少しの困惑と少しの焦燥がマミの喉と唇を詰まらせ、彼女の自己紹介を散々な物にしてしまった。

 

(私って……こんなに口下手だったかなぁ……?)

 

 と、マミは後悔とも羞恥とも着かない感傷を覚え、胸の内で盛大にうなだれる事しか出来ない。そして彼女は、自分が教師以外の大人の男性と話す事に慣れていないのだと感じた。また一層先ほどの感傷が増す。

 

『へぇ、『ともえちゃん』かぁ、かわいい名前だね。肩の色を見てくれると解っちゃうかもだけど、俺は《ミドリ》。よろしくね』

 

『よろしくな『ともえちゃん』! ついでに、あそこの愛想の無いのが《アオイ》って言うだ。肩の色は紺色だけどね』

 

 マミの壊滅的な自己紹介を、特に気にした様子も無く朗らかに名乗るアカギとミドリ。勘違いはしているが……

 

「あ……の、いえ、すみません。その『巴』は名字で……名前は『マミ』と言います。『巴 マミ』です……」

 

 思わず律儀に、愛想笑いで勘違いを訂正するマミだったが、内心では……

 

(なんで私、身元がバレる様なコト……しゃべってるんだろ? もしもの時は、この人たちの前で

魔法を使わないといイケナイのに……)

 

 と、後悔とも自己嫌悪とも着かない、不可思議で何とも落ち着かない感情に苛まれていた。

 

『あっ、そうなの? ごめんな。まぁ改めて、よろしくなマミちゃん』

 

『どっちにしても、かわいい名前じゃない。よろしくねマミちゃん。ハッハッハッ』

 

 マミの複雑な心境など、当然ながら知る由も無く笑い掛けるアカギとミドリ。

 

「こちらこそ……」

 

 マミは、そんな明るい二人に、自身でも“理不尽だ”と思いつつも、ある種の“苛立ち”を覚えてしまっていた。

 そんな自分自身に、彼女が自己嫌悪を覚えたのは言うまでもない。

 

『……楽しそうで何よりだが、用意しろ。侵入を開始する』

 

 アオイの冷めた声が、マミを自己嫌悪の淵から引き戻す。

 

 アカギとミドリは、マミの姿勢を低くさせると、無言でそれぞれの右大腿の《GM-01》を引き抜いた。

 

 身を低く扉に張り付く様にしてドアノブに手をかけるアオイ。

ギリギリ……と、僅かに響く痛んだ金属が磨れ合う音。

 

 アオイは、僅かに口を開けた扉の隙間から、《GM-01》の上部に設置されたCCDターゲットスコープのカメラ機能を利用して“劇場”の内部の様子を伺う。

 

 しばらく《GM-01》を上下左右に動かしていたアオイだったが、「ここで待て」とハンドサインを残し、扉を僅かに開けると、なんの躊躇いも無く“劇場”の中に姿を消した。

 

『いやぁ~ハッハッ……、相変わらず度胸あんなぁ。このシチュエーションで一人で入っていっちゃうワケ? 憧れるよホ・ン・ト。まぁ、積極的に真似しょうとは思わないけど……』

 

 マミの後ろ隣で、ミドリが低い声で笑いながら左腕の《G-COM》を開き操作している。

 

『うーん。なんか、こんなカンジの“画”。寝起きドッキリで観たなぁ。残念ながらバズーカの持ち合わせてないんだよなぁ』

 

 マミには見る事が出来ないが、恐らく“劇場”の中のアオイの視界を共有しているのだろう。

 それはともかく、何かが起こる前に、彼には早く戻って来てほしい……。

 

 神に祈る様な気持ちで、左手中指に指輪の形で納まるソウルジェムを指で撫でるマミ。

 

 

 一方、その時……

 

<アカギ、ミドリ。彼女……巴 マミをどう見る?>

 

 アオイからアカギ、ミドリに外部への出力を断ちマミには聞こえない形の音声通信が届く。

 その声は、何時もより数段低く硬い。

 

<どう……って? どういう意味だ?>

 

<鈍いなぁ。一人の男として彼女を女性として、どう見ちゃうワケ? ってコトでしょ。常識的に考えて! もしくは……>

 

 アオイの言葉の真意を読み取れず疑問符しか浮かべられないアカギを、からかうミドリ。しかし次の瞬間、ミドリの声が口調はそのままにアオイと同じくらい無味簡素な物へと換わり

 

<彼女が《未確認生命体》の人間態かどうかって話だろうな……。確かに、こんな状況で、あの落ち着きぶりは、ちょっと異常だよな>

 

 と、事も無げに苦笑しつつ言った。

 

<なっ!? なに言って……>

 

 同僚の口から事もなげに吐き出される無感情な言葉と、そんな恐ろしい考えを巡らせながら、彼女に笑い掛けていた事に驚愕し思わず怒鳴り付けようと口を開きかけるが、もう一人の同僚 アオイの冷めた抑揚の無い声で遮られた。

 

<言うまでも無く、後者だ。はっきり言って、俺は人を見る眼が無い。怪しい人物は、確証が持てるまで全員犯罪者に見えてしまう。今もそうだ、彼女の一挙手一投足が怪しく見える>

 

 あくまでも冷徹に恐ろしい考えを取り下げる様子も、悪びれた様子も無く、アオイはさらに続ける。

 

<……それに、俺はアカギと違って“直接”奴等を見た事はないし、特に“勘が良い”わけでもない。そして、ミドリの様に“人付き合い”が好きではない。だから、お前達二人の意見を聞きたい。彼女は、人類の敵か? 護るべき者か? をな……>

 

 弱みを見せるでも、縋るでもなく、ただ事実を事実として伝えた。

 

<俺は……俺は、彼女は人間だと思う。マミちゃんからは嫌な感じはしない。“あの日”見た二人とは似ても似つかない!>

 

<確かに彼女、表情とか視線なんかは“隠し事いっぱい”って感じだけど、なんか悪巧みしてるワケでもないし、未確認でもないと俺も思うよ。俺の場合は資料読んで、ナンチャッテ心理学でもって未確認どもの思考や行動のパターンを、それとなく解ってるつもりだけなワケだけど……。俺が奴らなら、もっと上手くやるね。それこそ、アオイみたいな底意地の悪い疑り深い奴にも何の疑問も持たれないぐらには……ね♪>

 

 アカギは熱く半ば怒りも込めて感情的に、ミドリは薄笑いを浮かべてつつ冷静に、それぞれの考えをアオイに話す。

 

<なるほど、彼女が未確認である可能性は薄いか……。だが、彼女が何か隠し事をしている以上、最低限の警戒は怠るな>

 

 二人の言葉は、頑なな同僚の警戒心をなんとか一段下げる事は出来たようだ。

 

 

 目の前の異形の警官達が、自分の真横で、自分に聞こえない様に、自分の事で意見を戦わせている事など知るよしも無いマミは、結界に侵入したアオイの安全を思い、一人やきもきしていた。

 

 やはり、もう全て事情を話し「保護させてもらった方がいいんじゃ……」と考えていた。

 

 と、ちょうどその時……

 

『おっと……、とりあえずホールを慎重に一回りして……。来た道を……』

 

 闇を含み虚ろに口を開けたままの扉の隙間から、アオイが再びマミの前に姿を現した。

 

『戻って来た……と。そして、キレイなハニーブロンドのお下げが見えてきた。せっかくだから手とか振ってくれない? かわゆくさ。RECっとくからさ』

 

 ミドリの軽口に、マミはぎこちない苦笑を返す事しか出来ない。

 

 余計な事ばかりしゃべる同僚に溜め息を吐きながらアカギは、時々必要な事もしゃべらないもう一人の同僚に声をかける。

 

『中の様子はどうだった? 行けそうか?』

 

『あぁ……とりあえず、ホール内は妙な仕掛けは無い様だ。慎重に行くとしよう』

 

 “劇場”を後ろ手に指差しアオイは頷いた。

 

 

 “劇場”の玄関ホールは、高い高い天井を宮殿を思わせる太い柱が整然と並び支える立派な造りだった。

全体的に色がくすみ、デッサンが歪んで物体の輪郭がことごとくがぼやけていなければだが……

 

 赤い絨毯、入場口にいくつも並ぶ小さな囲い、その内の入場券入れの白い箱

 

 そのどれもにマミは、なんとなく見覚えが有る……

 

 

 気がした。

 

 

 思い出すのは、まだ幼かった頃、まだ両親と三人一緒だったあの頃、両親に連れられて観た『不思議の国のアリス』の仮面歌劇。

 

 ちょうど、こんな雰囲気の大きな街の劇場だった。

 

 マミは、何故だか忘れる事の出来ない“家族との大切な思い出”を、汚された気がした。

 

 しかし、このホールには魔女や使い魔の気配が無い事には、ひとまず安心した。

 

 《G3》達はマミを庇いつつ、三対の機械の複眼を駆使し、油断なく互いの死角を補い合うよう“劇場”のそこかしこに視線と銃口を巡らす。

 

『……クリア』

 

『クリアッ!』

 

 アオイとアカギが小さく叫ぶと、構えた《GM-01》を下ろし引き金から指を外した。

 

『やぁやぁ。ゴクロー、ゴクロー』

 

 ミドリは社交パーティーよろしく、マミの手を取って彼女を優雅に恭しくエスコートしながらやって来た。

 しかし、彼のおどけた口調と優雅な立ち振る舞いとは裏腹に、歩調と視線には一部の隙も無い。

 

『……基本方針は単純。出口を探し、発見し、脱出する、この全員……四人でだ』

 

 周囲に気を配りつつ、皆の顔を順に見回すアオイ。

 

 

 こうして、ベテラン魔法少女 巴 マミをして初の“護って貰いながら結界を進む”というシチュエーションでの魔女退治が始まった。

 

 

 

 《G3》の計器類で感知しているのは、約八割が窒素、後の約二割が酸素……正常な空気だと言える。有毒物質の類は、一切感知されない。

 

 しかし、空間全体に言い知れない違和感と嫌悪感が充満している。息が詰まりそうな程に……

 

 “劇場”の見た目の構造上、まず有り得ない長さと広さ、そして滅裂で無意味に曲がりくねった廊下を進む。

 

 通路を兼ねた展示スペースなのだろうか?

 

 人間大の巨大な糸繰り人形が磔にされる様に

 

 

 曝されている……

 

 

 辱められている……

 

 

 手信号とでも言うのか、《G3》達は身振り手振りのジェスチャーだけで意思疎通を行い、無言のまま互いの死角を流動的かつ三次元的に補い合い、冷静に通路を進んで行く。

 

 しかし、マミに対する気遣いも決して忘れていない。

 

 

 しかし、マミ自身は気を抜くつもりは微塵も無かった……

 

 無いのだが……

 

 何故だか……

 

(安心する……)

 

 一人では無いというだけで……

 

(なんて現金で図々しんだろ、私……)

 

 彼らとは出会ったばかりで……

 

 本来なら自分が彼らを護らなくてはならない立場なのに……

 

 

 その時、マミの魔法少女としての“感覚”が、ある気配を捉えた。

 

 それと同時に、先頭を進むアオイが後続のマミ達に静止の合図を送り歩みを止めた。

 

 アオイは《GM-01》を構え、油断無く周囲の様子を伺っている。

 

 

 耳に痛い沈黙が続く……

 

 

 と、その時である。唐突に天井から垂れ下がる糸繰り人形の一つが、ぬるり……とマミ達の目の前に立ちはだかる様に降りてきた。

 

 ぐったり……と、手足を投げ出して床に転がる糸繰り人形が、ぎこちない緩慢で不自然な動きで立ち上がった。

 

 マミの身長とさほど変わらない大きさの人形は、無意味にぎょろり……と動く作り物の双眸でマミ達の顔を無遠慮に見回すと、胡桃割り人形を思わせる口を開き笑った。

 

 牙を剥きだしにして、喜色満面に虚ろに笑った。

 

(使い魔……!)

 

 次の瞬間

 

 人形は耳障りな金切り声を上げ、右腕に括り付けられた粗雑なナタを振り上げてアオイに躍り掛かった。

 

 不自然なほどに侮れない速さで……

 

 だが、マミの反応もまた速やかだった。刹那の瞬間にソウルジェムを指輪から宝玉に換える。

 

 しかし、マミが魔法少女としての姿に変身するよりも

 

 使い魔が顔面を壁に激突し、首から上を多重構造特殊ジュラルミン合金の頑強なブーツに踏み砕かれて、辺りに破片が散乱させる方が、ずっと速かった。アオイが回し蹴りを放ったのだ。

 

 そして、使い魔の背中に大きなトレンチナイフの様な形をした電磁コンバットナイフ《GK-06 ユニコーン》が、勢い良く突き立てられた。

 

「あっれ……ぇぇ?」

 

『なんだコレ……? なんだコレ? なんだコレ?!』

 

『ハッ……ハッハッ。見りゃ解るだろ? これは、なんて言うか……そのぉ……えぇと……こういう……なんか、こういう……こういう物だよ!』

 

 突然の出来事に、三者三様の反応で唖然とする後続の三人。

 

 まず、マミは何のチカラも無い“普通の人”が、使い魔を瞬殺した事に驚き、アカギとミドリは、正体不明の“何か”の延髄を冷静に踏み砕き心臓を一突きにする同僚の思考回路が心配になった。

 

『……落ち着け。何が起きているのか解らない状況での混乱する事が、一番の危険だ』

 

 冷静なアオイの声。

 

 《GK-06》を引く抜きつつ、立ち上がった彼は続ける。

 

『……倒す事が出来る相手なら、無闇に恐れる必要は無い。油断しなければ良いだけの話だ。この先も襲って来る様なら排除する。それだけの事だ。似たようなVR訓練を散々やらされただろう?』

 

 《GK-06》の伸縮式の刃を収納し左上腕部アタッチメントに再び納め、マミと同僚二人に向き直った。

 

『オマっ……、それだけ……って!? 消えたぞ……』

 

 アカギは、アオイの民間人……しかも中学生の少女の目の前での配慮を欠いた冷酷な行動に口調が厳しくする。

が、目の前で“何か”の残骸が、まるでインクが水に滲み溶ける様にぼやけて跡形も無く消え失たため、続きが出てこない。

 

『ますます何なんだ……? これ……』

 

『死んだ……、という事か? 殺せる相手なら問題無い』

 

『ハッハッ……問題無くは無いだろ? 常識的に考えて』

 

 そう、その通り、常識的に考えて有り得ない事だった。

 

(使い魔を素手で倒すなんて……!)

 

 正確には素手では無いのだが、両親を亡くし一人ぼっちで、魔法少女という事以外は、ごく普通の中学三年生として暮らしているマミの認識では《G3》は

 

「ただ頑丈そうなヨロイを着たお巡りさん」

 

 であって、あくまで魔法少女の自分が護るべき対象であって、間違っても使い魔と白兵戦を演じる様な存在では無かった。

 

 マミの知らない事だが……

 

 自衛隊では《G3》及び《G4》は『機甲部隊』に配備される。

すなわち、“装甲車両”“戦車”扱いなのである。

 

 歩兵の柔軟性、装甲車両の防御力と攻撃力を合わせ持った現代最強の兵器の一つ。それが、この第3世代型強化外骨格および強化外筋システム《GENERATION-3(ジェネレーションスリー)》こと《G3》システムなのである。

 

『大丈夫? 怪我とかしてない?』

 

『マジでごめん。ガサツな奴でさ。女の子には衝撃映像過ぎだったよね? おいコラ、アオイ。もっとカワイイ感じで戦えよな』

 

 黙って固まったままのマミに、アカギとミドリ気遣わしげな声がかかる。

 

「い、いえ、私は大丈夫です……。私の事より、アオイさんが無事で良かったです」

 

 やはり何処か居心地の悪いマミは、それを誤魔化すように早口にアオイに微笑み掛けた。

 

 しかし、当のアオイは無機質の複眼でマミを一瞥するだけで何も答えない。

 

『なんだ? 照れてるのか? どういたしましてくらい言える様になれよな。俺達のロクでもない仕事で、一般の方からの御気遣いと御褒めの御言葉なんて、かなりレアだぜ?』

 

『……そうかもな。だが、子供に気遣って貰わなければならないほど“ヤワ”じゃないつもりだ』

 

 からかう様なミドリの言葉に頷きつつ、今度は真っ正面からマミの瞳を見つめ返してアオイは続ける。

 

『巴 マミ……優しいのは大切な事だ。だが今は、君は自分自身の事を考えるのが先だな。利己的になるべき場面だ。少なくとも今はね……』

 

 アオイの冷めた声が、マミの厚意を突き返した上、マミとしては受け入れ難い種の説教までしてきた。

 

「え……? でも、そんな……こと……」

 

 思わず何かを言い返そうと口を開きかけたマミの左肩に、そっと優しく硬く大きな手が置かれる。

 振り向かば、アカギの装甲に包まれた右手が、マミを諌めるように置かれていた。

 

『通訳するとね、「君の事は俺達が絶対護るから何も心配しないで」って言いたいんだ。コイツは……口の悪い奴だから……。許してやってよ』

 

 人の好い明るく快活な口調でアカギは仮面ごしに笑う。

 

『もちろん、俺も同じ気持ちだぜ! でも、アオイ! もっと言い方考えろよな!』

 

 そして、アオイとマミにとびきりのサムズアップを交互に送る。

仮面に隠れて見えないが、ヘタクソなウィンクのおまけ付きである。

 

『……無駄口は此処までにしよう。行くぞ』

 

 アオイが、アカギの言葉に呆れたのか、照れたのかは、口調からは読み取れないが「もう、話す事は無い」と言わんばかりに、マミ達から視線を逸らし深い闇が鎮座する通路の先を睨み付ける。

 

 依然として滅裂な展示通路が続く、有り得ない長さで続いている。

 

 マミの時間の感覚と距離の感覚が麻痺し始めている。

 

 マミとしては慣れっこだが、相変わらず据わりの悪い嫌な感覚。

 

 硬い仮面に隠れて解らないが、恐らく《G3》達も同じ様な感覚を味わっているだろう。

 

 そんな事を考えていると、アオイはマミ達への静止の合図と共に立ち止った。

 

 またしても使い魔だ。

 

 今度は五体の糸繰り人形が天井から降りて来た。

 

 結論から言えば、今度もマミの出番はなかった。

 

 アオイは、左大腿部アタッチメントから《ガードアクセラ―》を引き抜き、さらに右大腿部アタッチメントに《GM-01》を納めると左上腕部アタッチメントから《GK-06》を引き抜いた。

 

『気を付けろよ。アオイ』

 

 アカギもまた《ガードアクセラ―》を構えながら、言った。

 

『……俺よりも彼女の心配をしろ』

 

 アオイは、同僚の言葉を一蹴すると約3tを誇る脚力と巧みな体重移動を駆使して、一足で糸繰り人形達との間合いを詰めた。

 

 そして、振り下ろされた電磁警棒は、立ち上がりかけた人形の頭部を真っ二つに打ち砕いた。

 

 動かなくなった目の前のガラクタを引き摺り倒し、アオイはその勢いさえ利用して、次なる標的へと疾駆する。

 

 全体重と突進の勢いを乗せた《GK-06》のナックルガードが淀んだ空気を切り裂き、糸繰り人形の胸部を粉砕し、不細工な造作の頭部と鉈の括り付けられた右腕がもげ落とされた。

 

 ぎしぎし……と、耳障りな音を軋ませて各々の手足に乱雑に括り付けられた鉈や鎌を振りかざし、残り三体の人形達がアオイに殺到する。

 

 砕けて転がる人形の右腕……鉈を蹴り上げ《GK-06》を握ったまま、それを掴み取ると、糸繰り人形目掛けて投げつけた。

 鉈は、三体の内中央の人形に袈裟がけに深々と突き刺さった。

 

 そのまま前のめりに崩れ落ちる仲間を無視して、左右の二体が同時に鉈を振り下ろしてきた。

 

 不恰好な人形とは思えぬ素早い動きだ。しかし、その動きはどちらも大振りで容易に先読みできた。

 

 百戦錬磨の《G3》にとっては止まっているのと同じだった。

 

 アオイは全身に装甲を纏っているとは思えない軽快な脚捌きで、人形達の右脇に踏み込み攻撃を躱し、予測通りの軌道で通過する鉈を見送ると、槍のような蹴りを右の人形の脇腹に見舞った。

 

 胴体がほとんど真っ二つにへし折られた人形は、隣、左の人形に巻き込んで、昏倒した。

 

 左の人形は、仲間の残骸を押し退けて、再びアオイに襲い掛かろうとする。

 

 しかし、高出力電磁パルス振動の刃によって首が胴体から切り離される方が早かった。

 

 “秒殺”

 

 と言って良いアオイの戦いぶりにマミは舌を巻いた。

 

 純粋な身体能力ならば、勝負するまでもないと言い切れる。

 

 だが、戦士としての“技術”や“経験”それらに裏打ちされた確かな勘働きは勝負する事すら恥ずかしいと思う程の差が彼と自分の間には存在していると彼女は思った。

 

 我ながら不毛な……抱かなくとも良い劣等感を抱いていると思う。何故こんな事を考えるのだろう? 魔法少女以外の誰かと結界に入ったからだろうか? どうも調子が狂う。

 

 マミは胸中でかぶりを振り、自分に言い聞かせるように呟く。

 

 彼らは彼らで、自分は自分……巴 マミだ。

 

 自分の倍は生きているだろう彼らと比べる事自体がナンセンスだ。

 

 彼らにできる事を自分ができないからと言って劣等感を感じる必要などない。

 

 自分は、『魔法少女』としてできる事をすれば良いだけの話なのだ。

 

 例えば

 

 魔女を倒し、この結界を破る事だ。

 

 そんな事を考えていた時、

 

『マミちゃん? 大丈夫かい?』

 

 アカギが気遣わしげに声を掛けてきた。

 

 消えゆく人形の残骸を、黙って凝視しているマミを心配した様だった。

 

「はい、大丈夫です。アオイさんがスゴく強くて、ビックリしていただけですから……」

 

 マミは、(険しい顔になっていなかっただろうか?)と考えながら、控えめに微笑んだ。

 

『子供が下らないおべんちゃらを言うな。こんな事は、いくら上手くても自慢にはならない。不愉快だ……』

 

 当のアオイは抑揚のない声で、自分への賛辞をあっさりと切り捨てる。

 

「えっ……?」

 

『お前は、またぁ! そんな言い方ないだろ! ゴメンなぁ、マミちゃん。こんな言い方しかできない奴でさぁ』

 

 アカギが申し訳なそうに頭を下げた。

 

 その隣に立つミドリは

 

『う~ん。実はねぇ、俺達《G3》の間じゃ“戦う事や戦う力に誇りを持つとかダサッ(笑)”って風潮があんるワケ。つーか、オマエ、女の子相手に何マジになったんだよ、思春期かよ?』

 

 苦笑しながら、同僚の態度の意味を説明しつつ、アオイをからかった。

 

『……いいから行くぞ。』

 

 アオイはもう話す事はないと言うように、マミ達から視線を逸らした。

 

『おーおー。照れとる、照れとる』

 

『ミドォリィ。お前もさ、あいつの事あんまからかうなよな。真面目な奴なんだからさぁ』

 

 先程は、同僚の言葉を批判したアカギだったが、アオイを気遣うような事を口にする。

 

『はっはっはっ、愛し合ってるねぇ。女房役のアカギ君の顔を立てて、しばらく話し掛けないよ』

 

 それを聞いたミドリは肩をすくめて笑った。

 

『まぁ、マミちゃんとお喋りしちゃうから良いもんね。疲れてない? オンブしようか? それともダッコ? おっと、こりゃセクハラだったかな?』

 

「い、いえ……大丈夫です。そんなに疲れていません、ありがとうございます。」

 

『頼もし~!』

 

 そんな益体の無い会話をしながらも、周囲への警戒を怠らず《G3》達は奥へと進んでいく。

 

 そして、悪意すら感じるほど長く続いていた通路が唐突に終わりが見えた。

 

 そこには豪邸の門扉のような立派な扉が、マミ達の行く手に立ちはだかっていた。

 

 その時《G3》達は、マミには聞こえぬように外部マイクをカットして、通信機ごしに囁きあう。

 

<クソッ、スゲェ嫌な感じがする。この向こう、ぜったい何かいるぞ……>

 

<あぁ、そういうのにニブい俺でも分かるわ。いかにもな扉じゃん。それに動体反応も感知してる。結構な数がいるみたいだぜ。微弱で正確な数までは分からんが……>

 

<……しかし、行くしかない。アカギ、彼女を下がらせろ。ミドリ、援護を頼む>

 

 アオイとミドリが《GM01》を構えて、扉の両脇に素早く張り付いた。

 

『ちょっと下がろうか。二人が危なくないか調べるからさ!』

 

 努めて柔らかい口調で、マミの肩を優しく抱くと、彼女を物影へ導く。

 

『はっ、はい』

 

 その時、マミも魔法少女としての感覚で複数の使い魔の気配を感じ取っていた。彼女の顔は緊張に強張っていた。

 

『心配しないで。これでも俺達、けっこー鍛えてますから! なんてね。だから大丈夫!』

 

 アカギはそんな彼女の顔を見て、怯えているのだと思いおどけた調子で頼もしい《サムズアップ》と共に笑い掛けた。

 そして、マミを後ろ手に庇いつつ《GM01》を再び構えた。

 

 

<1、2、3、で扉を開ける……>

 

<あ~、待って待って。俺のタイミングで行かせてくんない?>

 

<好きにしろ。ただし、ふざけるなよ?>

 

<わかってる、俺は空気は空気読める奴だよ。普段あえて読まないだけでなっ>

 

 通信で軽口を叩き合いながら、同時に身構えるアオイとミドリ。

 

 そして、ミドリは《GK06》の刀身を扉にあてがう。

 

<イチ、ニィのぉ、さぁ……ありゃ!?>

 

 扉の留め金を破壊し様とした瞬間

 

 突如として、扉が勢いよく開いた。

 

 素早い身ごなしで、物影に身を隠すアオイとミドリ。

 

<二人とも、大丈夫か! 罠か?!>

 

<問題ない>

 

<罠じゃないが……、待っていてはくれたみたいだぜ>

 

 見れば、そこは舞台ホールだった。

 

 場違いなほど明るいスポットライトが巨大な舞台が照らされている。

 

 その舞台を無数の客席が扇形に囲んでいる。そして、客席に虚ろに鎮座……いや、客席と一体化している観客役なのだろう使い魔達。

 

 カツカツカツ……

 

 カタカタカタ……

 

 ガチガチガチ……

 

 ガタガタガタ……

 

 耳障りな騒音……ではなく、観客からの盛大な拍手が場内に響き満たされる。

 

 その拍手に応える様に内幕がゆっくりと上がる、スポットライトによってくすんだ彩りの舞台を闇に浮き彫りにしている。

 

 

 そして不協和音のファンファーレが鳴り響き、闇の中の誰の目にも触れる事の無い人形による人形のための人形劇劇場の今夜の演目が始まった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。