仮面少年★クウガ   作:快傑あかマント

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ex4:蜂蜜色の少女★鋼鉄の三銃士

 結局……あまり、有力な情報は手に入れる事は出来なかったアカギとミドリ。

 

 そして、それは別行動アオイ達も同様で……ただ既に手元に有る情報の上塗り……いや、堅固な物にしたと考えるべきだ。

 

 捜査はもちろん、何事のも“速やか”は美徳だが、“焦り”は禁物だ。

 

 何より、“餅は餅屋”だ。情報収集は、杉浦警部たち捜査課に任せて……

 

 アカギ達『G3-Unit』も、自分達の“餅”に取り掛かった。

 

 

 その夜のこと……

 

 

 テロリズムはもちろん、未確認生命体関連の事件の一番の対策は『予防』である。

 

 徹底した注意喚起と危機意識を持つ事を呼び掛ける事も、また重要なのだ。

 

<マッチいっぽん! 火事のモト~! 戸締り用~心! テロ用~心!>

 

<油断一瞬っ! ケガ一生ぉ! 飲んだら乗るなっ! 乗るなら飲むなっ!>

 

<皆様のご協力が、テロを……そして何より《未確認生命体》の凶行を防ぎます! こちら、まいどお馴染みの『G3-Unit』!>

 

<たいへんお騒がせしております! こちら、あなたの街の用心棒『G3-Unit』でぇ……ありますっ!>

 

 Unitの移動基地である『Gトレーラー』に搭載されたスピーカーから間の抜けた標語が、班長 柳田 理科警部の可愛らしい甲高い声で夜の街に響いている。

 

 スピーカーからの声に、《G3》を装着し専用マシン《ガードチェイサー》に跨ったアオイがウンザリし始めたころ、『G3-Unit』は人の気配がすっかり消えたビジネス街に入った。

 多くのビジネスマン達が、堂々と肩で風を切り足早に歩く道も、今はひっそりと静まりかえっている。

 

 その時、先頭を行く《G3》を同じく装着し《改良型トライチェイサー2000A》に跨ったアカギが……

 

『女の子がいた!!』

 

 と、突然G3の仮面ごしに叫び、バイクを急停車させた。

 

『何だと?』

 

『ナニいきなり言い出してんの? いくらモテないからってオマエ……』

 

 危なげなく各々の車両を停車させる後続メンバー。

だが、アカギの言葉に流石の『G3-Unit』も困惑するしかなかった。

 

 何故なら、G3とGトレーラーそれぞれの各種センサー……動体探知、熱源探知そして音響探知も、それらしい反応は捉えていない。

 

 それはともかく、アオイは純粋に疑問符を浮かべる一方で、ミドリは仮面で隠れて見えないが心から気の毒そうな眼差しと声で、彼女イナイ暦=年齢の同僚を見つめている。

 

『ホントに見えたんだって! たぶん、高校生くらいの女の子が! 一人で歩いてたんだ!』

 

『こんな時間に? しかもビジネス街でか? 見間違いじゃ……』

 

『本当だ!!』

 

 なおも、可哀想な子供にい話し掛ける様な口調を止めようとしない同僚に、アカギは焦れた様に叫び返す。

 

『……柳田管理官』

 

 しばし黙って同僚二人のやり取りを眺めていたアオイは、Gトレーラーに向けて通信を開き、自分達の指揮官に呼び掛ける。

 

「は~い、アオイくん。なんですかぁ?」

 

 トレーラーの助手席側のウィンドが開け、ひょっこり……と顔を出し手を振る柳田警部。

 

『……我々で様子を見てくる。管轄外かもしれないが、本当に子供がこんな時間に出歩いているのなら、警察官として見過ごすべきではない……。しばらく、ここで待っていてくれないか?』

 

 抑揚の少ない静かな声で切り出す。

そして、さらに続ける。

 

『それに、何らかの《ルール》の《ゲーム》……あるいは《そういう能力》で《ゲーム》を行っている《人間体》という可能性もありうる……』

 

 そう、可能性だ。取るに足ら無い微々たる可能性……

 

 しかし、その微々たる可能性を一つ一つ潰して零にする。そうして『安全』を確保するのが『G3‐Unit』の重要な仕事の一つでもある。

 

「ん、う~ん、そうですねぇ……。解りましたぁ。何か事件に巻き込まれているのかもしれませんしぃ……。それが良いかもしれませんね、お願いしますぅ。気を付けてくださいね? 私達もトレイラ―の向きを変えたら、すぐに向かいますぅ」

 

 柳田警部は、心配そうだったが笑顔で部下達を送り出す。

 

 G3達は、すぐさま各々のマシンをUターンさせて来た道を戻る。

 

『あそこだ! あの道だ!』

 

 大きなビルとビルの間に、押し潰される様に小さな路地を指差すアカギ。

 

 危なげなく三台のマシンが路地に滑り込む。

 

『ほら、いた!』

 

『ありゃ、ホントにいた』

 

 得意気な声のアカギの視線の先に、確かに明るいクリーム色の学生服を着た高校生くらいの少女がいた。

 

 少女は、突然のヘッドライトの強い光とマシンのエンジン轟音に驚いたのか、二つの綺麗な蜂蜜色のお下げ髪を揺らしてG3達に振り返った。

 

 

 

 『巴 マミ(ともえ まみ)』は、その夜も何時もの様に魔女を探して夜の街に出た。

 

 今夜は何時も以上に緊張する。

 

 自分を包む夜の暗闇の深さが怖い。

 

 自分の視線の届かない曲がり角の暗闇の内に、自分を狙って得体の知れない“何か”がいる気さえしてくる。

 

(ちいさな子じゃ……あるまいし)

 

 このまま、家に逃げ帰りたい衝動が、マミの勇気と使命感のすぐ裏側で燻ぶっている。

 

 あんな話を……

 

 “友達”

 

 としたからかもしれない。

 

 今のマミの、大切な唯一の“友達”……

 

 彼とした話というのは、昨夜の“事件”の事だ。

 

 それは、マミたち魔法少女のチカラに良く似た……しかし、何かが違う『強大なチカラ』のぶつかり合いだった。

 

 その夜も魔女を倒したマミが、急いで“事件”の現場に駆け付けた時には、既にチカラのぶつかり合いは終わっていて、そこは僅かに燻ぶる炎と砕けた地面や瓦礫が有るだけの廃墟だった。

 

 その後しばらくして、警察や消防の緊急車両が続々と集結し始めた為、マミ自身はその場をくわしく調べる事は出来なかった。

 

 その『強大なチカラ』その物は、百戦錬磨のベテラン魔法少女のマミならばだが「引き出そうと思えば引き出せる……」であろう物だった。

 

 しかし、それは

 

「瞬間的になら……」

 

 という意味で、“事件の彼ら”の様に『常に発揮しながら戦う』という様な真似は、いかにマミといえども、あっと言う間にスタミナ切れを起こして《グリーフシード》が……いや、恐らくは《命》の方が、いくつ有っても足りはしないだろう。

 

 そして……なんだかんだで常に冷静沈着な“友達”が、ある種の焦りを見せた事がマミの不安を煽った。

 

『マミいいかい……? 《彼ら》を……《怪人》を見たら、すぐに逃げるんだ。《彼ら》は、頭は動物。身体は人間。人間を狙う際や能力を使う時、あるいは武器を取り出す際に、頭の上に強い光の輪を浮かべるから一眼で解るはずだよ』

 

『魔女より小さいからって、油断しちゃダメだよ。《彼ら》は神話の時代から存在し続け、大勢の魔法少女を手に掛けてきたんだ。どうして今頃になって……?』

 

『ぼくはキミを……ぼくはぼくの大切なキミたち魔法少女を、無益な戦いで失いたくないんだ……。そもそも、当然《彼ら》からはグリーフシードは獲れないからね。運良く勝てたとしても消耗するだけなんだ』

 

 

『じゃあ、ぼくは他のコの所に忠告しに行かなくちゃだから。まったく《彼ら》のせいで、身体がいくつ有っても足りないくらいだよ……。マミ、くれぐれも気を付けるんだよ』

 

 “友達”は、来たばかりだというのに、有無を言わせない忠告と愚痴を残してマミの部屋を後にしてしまい、彼から詳しい情報を得る事は出来なかった。

 

 彼の言う《彼ら》――《怪人》とは《未確認生命体》の事なのだろうか?

 

 《未確認生命体》の事は、書籍や新聞、テレビのニュース映像でしか知らないマミだったが、彼女の内では《怪人》といえば《未確認生命体》だった。

 

 文章や写真からだけでも《未確認生命体》の恐ろしさは、魔法少女として戦い続けるマミには理解できた。

 

(悔しいけど……)

 

 自分では、彼らから勝ちを拾う事は難しいだろう。

 

 《第4号》の様に警察や自衛隊の協力が得られるのなら、解らないが……

 

 

 そんな事を考えていたマミの視覚と聴覚が、三本の眩い光と軽快だがけたたましいエンジン音に晒された。

思索と思案の淵から、暗い夜のビジネス街に一気に引き戻された。

 

 慌てて振り返ったマミの蜂蜜色の瞳に、オートバイに跨った三つの異形の影が飛び込んで来た。

 

 暗闇で紅く光る昆虫の様な三対の無機質な複眼が、マミを見おろしている。

 

『驚かせてゴメンね! 俺達、怪しいモンじゃないから! 見た目はともかく……』

 

『見れば解ると思うが……、警察の人間だ』

 

『まっ多少、変わり種なワケだけどね。ハッハッハッ』

 

 ……最初の数瞬、マミはそれらを『ロボット』かと思った。

 

 紅い複眼に青い甲羅、そして銀色の三本角……悪趣味な『昆虫人間型ロボット』

 

 同じ色合いなのに“どら焼き好きの彼”と違って愛嬌が全く無い、不気味な姿だった。

 

『えーと、俺たち怖くないよ~……。なんて……アハハハ』

 

『まぁ、無理ないか。見た目的には酷いもんな? 今の俺ら。ハッハッハッ』

 

 しかし、仕草や話し方で“彼ら”が人間である事は、すぐに理解できた。

 

(確か……《G3》だったかな? 困ったな……)

 

 マミは、ようやく以前目にした報道番組で“彼ら”を見た事を思い出した。

 

 家事をこなしながらだった為、どういう趣旨の報道だったかは思い出せないのだが……

 

『彼らの存在は違憲! 存在そのものが悪!』

 

『国民の払った血税を、人殺しを養うのに使うなんて……吐き気がする!』

 

『軍靴の響きが聞こえてくる!』

 

『アジア諸国に不必要な不安を与えかねない!』

 

 と、何やら嫌われ放題、言われ放題だった事は思い出せた。

 

 それはともかくとして、こうしたトラブルを避ける為、夜道を歩く時は常に認識阻害の魔法で見つけにくく……見つけられたとしても“気にされない”様にしているのだが……。

 

 気が抜けていたのだろうか……?

 

 それとも、彼ら三人の誰かが、よほど『勘』の良い人物がいるのか?

 

 そういう人物は時として、運悪く《魔女の結界》の入口を見つけてしまい、自分の方から迷い込んでしまう事が有るのだ。

 

 彼らを“保護”すべきだろうか……?

 

『こんな時間に、こんな場所で……いったい何をしている? その制服、君は中学生だな?』

 

 白字で『01』と書かれた紺色の左肩が特徴的な《G3》が、抑揚の少ない声で目敏く質問してくる。

 

 仮面ごしにデジタライズされた《G3》のくぐもった様な声はさらに機械的で、マミは気圧された。

 

 そこでようやく彼女は、彼らからすれば今の自分こそが“保護”されるべき対象なのだ……と気が付いた。

 

(これも職業病っていうかしら……)

 

 胸中で頭を抱えつつ、マミは言い訳を考える。

 

「えっと……私、探し物をしていたんです。だから……」

 

 嘘を吐くのは心苦しいが、態度や口調だけでも真摯な物になるように心掛けて言葉を選んび話すマミ。

 

『探し物って、なんか落としたの? 俺達じゃ管轄ちがうけど、悪いようにはしないよ? もしかして財布とか家のカギとか?』

 

『そりゃ大変だ……。俺達、けっこう探し物は得意よ?』

 

 『02』と書かれた赤い左肩の《G3》は、我が事の様に気遣わしげな声で心配してくれ、『03』と書かれた緑色の左肩の《G3》は若干軽薄だが優しい声音でマミに語り掛け頷く。

 

 二人の警察官の無償の優しさと気遣いが、マミには仮面ごしにでも確かに伝わってくる。

 

 

 魔法少女として……孤独な生き方を強いられ、週に一、二度逢えれば良い所の“友達”が一人だけの彼女にとっては、涙を流したいくらい嬉しい事だった。

 

 ただし

 

 自分が“嘘”をついていなければの話ではあるが……

 

「あ、いえ……大した物ではないので! もう、帰る事にします。お世話をお掛けしました。それでは、失礼いたします……」

 

『待て……!』

 

 足早に立ち去ろうとするマミの背中に、『01』の静かだが鋭い声がかかる。

 

『君は……その“大した物ではない”物を探す為に、一人で真夜中のビジネス街をうろついていたのか?』

 

「え? いえ、その……」

 

 マミの言葉の揚げ足を取る『01』。微塵の容赦も無い。

 

 『01』の巨大な複眼の無表情な視線が、マミを射抜く。

まるで、自分が『ただの15才の女の子』になってしまった様な錯覚をおぼえるマミは口籠る。

 

 嘘を吐く事も、誤魔化す事も、慣れているのに……

 

 慣れてしまっているのに……

 

 蜂蜜色の瞳を左右に彷徨わせるマミ。

 

 そんな彼女を、無表情に見守っていた『01』は、ため息を一つをついた。

 

『家まで送ろう……』

 

 『03』の乗るオートバイのサイドカーを後ろ手に指差し、先ほどよりは幾分柔らかく感情の熱を感じさせる言葉を『01』は呟く。

しかし、それでも十分に有無を言わせない高圧的な雰囲気をマミは感じる。

 

「あ……ありがとうございます。でも、そんな気を使って頂かなくても大丈夫です。一人でも帰れますから……大丈夫ですから……」

 

『……勘違いしているな。別に、君を気遣って言っているわけではない。最近、妙な事件も多い。このまま、もし君を一人で帰して、何かが有ったなら……俺達の《警察官》としての心証が悪くなる。いいから、乗るんだ……』

 

「え……?」

 

 ため息をもう一つ吐いた『01』は、ほとんど予備動作も無くマミの目の前に移動し立ちはだかった。

 

「あ……?! あの、私は……きゃっ!?」

 

 突然襲った浮遊感に、マミは思わず悲鳴を上げてしまう。

 

『おいおい……。ハッハッハッ』

 

 『03』が、呆れた様に肩を竦めて笑う。

 

 見れば、『01』が自分の両肩を掴み、いやゆる“高い高い”する様に持ち上げているではないか。

 

 『01』は、さほど“重くない”とはいえ……そう、“重くない”とはいえ、成人女性とあまり変わらない体格の自分を軽々と抱えて歩く。尋常成らざる腕力にも関わらず、両肩に添えられたて掌の力は壊れ物を扱う様に優しく痛みは無い。

 

 マミは幼い頃、父にせがんだ“飛行機”を思い出した。

 

 そして、そのまま『03』のオートバイのサイドカーに、マミは乗せられてしまった。

 

『やぁ、いらっしゃいませ。プリンセス♪』

 

 『03』は苦笑気味にだが気取った仕草で、マミに微笑み掛けて来るが、『02』は『01』に喰って掛かった。

 

『おい、アオイ! 無茶苦茶すんなよな!』

 

『……無茶? こんな時間に出歩く子供の言い分を素直に信じる事の方が無茶だな……』

 

 胸倉を掴まん勢いで詰め寄る『02』の剣幕など「どこ吹く風……」とばかりに『01』は微塵も悪びれた様子も無く、心底あきれた様子で肩を竦める。

 

「あ…あの! 困ります!私は……」

 

 焦って立ち上がろうとするマミ。このままでは、魔女退治が出来なくなってしまう。

 

 それは、誰かに理不尽な不幸に襲われるということだ。

 

 名前も知らない誰かに、毒を盛られたかの様な理不尽な死が、本人や家族に襲い掛かるのだ。

 

『……悪いが、本当に困るのは俺達だ。あまり手間をかけさせるな』

 

 有無を言わせない『01』の言葉。しかし、言葉とは裏腹にマミの小さな肩に置かれた硬い大きな手は、優しく彼女を座席に押し戻す。

 

 そして、『01』は拘束する代わりなのか、シートベルトを勝手に絞めてマミの身体を座席に固定してしまう。

 

『どういうつもりで……君が出歩いているのかは知らないし、知るつもりもない。恨んでくれても一向に構わないが、今は大人しくしていて貰おうか』

 

 『01』は鋼鉄に覆われた指で、マミの少し乱れた蜂蜜色の髪をなだめる様に梳かし撫でると、踵を返して自身のオートバイに颯爽と跨った。

 

『ゴメンねぇ? コイツら女の子の扱いってのを知らなくてさぁ。だけどね、このお巡りさんは一味違うワケ。俺に任せとけば、つまんない帰り道も楽しいツーリングコースに《大変身》!! って感じだからさ! ハッハッハッ』

 

「え? あ、はぁ……」

 

 堅牢な仮面とは真逆の柔らかく軽い口調で『03』はマミに笑い掛け、ヘルメットを手渡す。

 困惑するマミは、思わず素直に受け取ってしまう。

 

 やり場を無くした剣幕を、どうにか抑え込んだ『02』は視線を『01』から『03』に移すと、溜め息まじり切り出した。

 

『て言うかさ……。こら、ミドリ。“コイツら”ってなんだよ? “ら”って? 俺もかよ?』

 

『焦んなよ。焦ると、図星を突かれた様に見えるぜ? それより俺への文句より、彼女への気遣いの言葉を考えた方が、いろいろ建設的だと思うぜ?』

 

『あ、そ、そうか……』

 

 おどけた調子で大げさに肩を竦める『03』。そんな同僚に簡単に丸め込まれた『02』は、頭を掻く様な仕草をしつつ、すまなそうにマミに頭を下げる。

 

『ごめんな。でも、女の子が一人で出歩くのは良くないよ……。こんな夜中に……』

 

「いえ、その……。私こそ、ごめんなさい……」

 

 マミも思わず頭を下げ返してしまう。

 

 彼らは、別に悪意から自分の邪魔をしているわけでは無いのだ。

あくまで、誠実さと親切心から自分を護ってくれ様としているのだ。

 

 感謝の気持ちと歯痒さが、マミの肩身をさらに狭くする。

 

 そんな彼女の複雑な心境を無視する様に、『01』は仮面の右側面を押さえながら抑揚無く呟く。

 

『《G3-202-01 アオイ》から《Gトレーラー202》へ……』

 

<はーい、こちら《Gトレーラー202》柳田でーす! アオイくん、どうでしたか?>

 

 通信機ごしに、幼い少女の様な甲高く朗らかな女性の声が響く。彼らの指揮官なのだろうか?

 

『中学生の少女 一名をを発見。保護しました。今から、そちらに連れて行きます……』

 

 『01』……アオイは、女性とは正反対に抑揚の無い冷めた声で、機械的に返事をするが……

 

 ふと、マミは無機質な赤い複眼と眼が合った気がした。

 

『……柳田管理官。年上の同性として伝えるべき言葉と、温かい飲み物の用意を頼む』

 

 やはり抑揚の無い声だが、彼がどういう人物なのかマミには解った気がした。

 

 一言で言い表すなら『不言実行』。

 

 真面目で融通が利かないが、心根は優しい。

しかし、融通が利かないが故に勘違いされて余計な苦労をするタイプの男性だ。

 

 個人的には好感が持てる。そして、いざと言う時には一番信用の出来るタイプだと思う。

 

 彼なりの、優しさや気遣いを理解出来ないほど、マミは子供では無いつもりだ。

 

 ……なのだが、嬉しい気持ちと気恥ずかしい気持ちと共に、年上の人物に気遣われている事に、なんだか解らない違和感をマミは感じてしまっていた。

 

<はーい、インスタントのコーヒーか紅茶しか有りませんけど、どっちでも大丈夫な様に用意しておきますねぇ。それにしても、アカギ君はやっぱり“良い勘”してますねぇ……>

 

 できれば紅茶にして貰いたいが、この状況で飲み物の注文をつけられるほど、マミは恥知らずでも怖い物知らずでは無かった。

 それにしても、やはり彼の中に、自分を見つけられるだけの“勘”を持った人物がいるらしい。

 

『今のとこ、ガチでヤバイ“現場”とか“シチュエーション”くらいでしか活かされないのが、玉に傷なワケだけど……。なっ、アカギ!』

 

『なんだよぉミドリ……。“現場”は重要だろ? 現に今、助かって活きてるだろ?』

 

『かもな。ハッハッハッ』

 

 肩を竦める『03』とこミドリは同僚に、おどけた口調で呼び掛ける。

 

 どうやら、“勘”の持ち主は『02』ことアカギらしい。

 

 そして、それぞれの左肩の色が名前になっているのだという事も解った。

 

 恐らくは偽名なのだろうが、あまりの安直さに思わず苦笑していしまうマミ。

 

 

 その時である。

 

 

 マミの魔法少女としての“勘”と、彼女の細い左中指の《ソウルジェム》が、不吉な気配を感じとった。

 

『どうしたの? 寒い?』

 

 緊張で強張ったマミの顔を、ミドリが心配そうな声で覗き込んでくる。

 

「い、いえ……」

 

『なん……だ? なんか“嫌なカンジ”がする……! 早くココから離れた方が良い! アオイ! ミドリ!』

 

 なんとか誤魔化し彼らを退避させようと考えたマミだったが、彼女が言葉を選び終える前にアカギが叫び、仲間達の顔を仰ぐ。

 

 《G3》達の行動は迅速だった。アカギが言い終わるが早いか各々のマシンを急発進させた。

 

 タイヤが地面に喰らい着き、白煙と砂粒を巻き上げてマシンをさらに加速を促す。

 

 しかし、『G3‐Unit』が誇る最高時速300km以上のトライチャイサー、ガードチャイサーをもってしても、《悪夢》が具現化し、人の世を蝕み、犯し、覆い隠す邪悪な速さからは逃れる事は出来なかった。

 

 色とりどりの鮮やかで美しい絵の具が、空間全体に無秩序に滅裂に、ぶち撒けられ混じり合おい不気味で無価値な彩に成り下がりマミと《G3》達を包み込み、《悪夢》の世界へと引き擦り込んだ。

 

 

 マシンを急停車させた《G3》達の眼の前に、それは唐突に存在していた。

 

『劇場……か? どうなっている……』

 

 アオイが、油断無く周囲を警戒しながら呟く。

 

『えぇ……と、そりゃオマエ……。わ、ワープ的な……とか? アハハハ』

 

『はい、出た。アカギくんワールド炸裂! ハッハッハッ……』

 

 アカギの突飛な発言を、何時もの調子で笑い飛ばそうとするミドリだったが、何時もなら冷静かつ面白みの無い同意をくれるアオイが、黙ったまま頷きもしない事に言葉が続かない。

 

『いや、流石に有り得ないって……。え? 有り得ないよなぁ……?』

 

『……どうかな? 少なくとも、俺は完全に否定出来る情報は持ち合わせていないが……』

 

『えぇー!?』

 

 願いを込めたミドリの言葉を、アオイはバッサリ……と切り捨て、首を横に振った。

 

 

 話し合う彼らの困惑が、仮面ごしからでもマミにも伝わってくる。

 

 無理もない事だ……

 

 彼らにとって当たり前の世界が、突然の悪夢に覆い隠されてしまったのだから。

 

 その上、背後に在るべきはずの道と高いビルの壁は消え失せて、暗闇と悪意、絶望と悲愴が交わり凝り固まったかの様な、蠢く黒い壁が彼らを取り囲んでいるのだ。

 

(私が、もっとしっかりしていたら……!)

 

 マミは思わず拳を握りしめ、自分の不覚を悔やむ。自分が着いていながら、むざむざ無関係の“何の力も無く”“抗う術を知らない”“一般人”を、魔法少女の闘いに巻き込んでしまうなど……

 

 人類の“最後の希望”である魔法少女として失格だ。

 

 果たして、そんな自分に“一般人”を三人も護りながら恐ろしい魔女を倒す事が出来るのだろうか?

 

 倒せずとも、結界から無事に連れ出して上げられるのだろうか?

 

 この結界の主は、それらを許してくれる相手なのだろうか?

 

 知る術の無いマミの、疑問と不安は尽きる事を知らない。

 

 

 マミが一人、魔法少女として思い悩んでいる一方、《G3》達は努めて冷静に現状を把握しようとしていた。

 

 各々の左前腕の装甲を開け、その裏側に取り付かられた専用情報端末《G-COM》を操作して情報収集を急ぐ。

 

『《G3―202-02 アカギ》から《Gトレーラー202》へ。……柳田さん? こちらアカギ! 《Gトレーラー》! お願いだ! 返事してください!! まさか、何か有ったのか……?』

 

『いやいや、何か有ったのは俺達の方で、トレーラーの方じゃないと思うね、俺は……。GPS情報エラー、現在位置を特定出来ない。衛星を経由……各種通信エラー。ハッハッ……《G3》を管理する為の静止衛星だろ? ちゃんと仕事してくれよ……』

 

 仲間の身を案じてか焦った様にまくし立てるアカギ。そんな彼とは、対照的に冷静にだが同時に、憂鬱そうに自分達の状況を分析しつつ端末を操作するミドリ。

 

『どうする? 手詰りっぽいぜ?』

 

 ミドリは端末を閉じ、もう一人の同僚 アオイへ視線を送る。

 

『……仕方がない。此処からは、俺達《G3》独自の判断で行動する。残念ながら《G3》に与えられた時間は限られている。あまり呑気には構えてはいられない』

 

 《G‐COM》を閉じて顔を上げたアオイは、自らの背中を指差し抑揚なく呟く。

 

 彼ら《G3》が背負う形で装着された小型大容量蓄電池ランドバッテリーパックは、各部パワーアシスト並びに暗視装置を初めとする各種機能のエネルギーを賄っている。

 いかに年々改良が進み稼働時間が延長され、そのうえガードチェイサーなどの専用マシンに予備電源を積まれ、跨っている限りしばらくは保つとはいえ、省エネモードであっても装着し稼働させている以上、やはり限度は有る。

 

『引き返せる道が消えてしまった以上、前に進む他無い……。この“劇場”の探索を提案する』

 

 無機質な視線を“劇場”に……いや、その奥に待ち受けているであろう“容易ならざる何か”に向けるアオイ。

 

『“虎穴に入らずんば”ってワケか。コイツは面白く……は、ならないか……』

 

『うんうん、ならない、ならない……』

 

 おどけた様にも真剣な様な調子でため息をついて、ミドリとアカギも続いて立ち上がった。

 

 マミとしても彼らの意見に賛成だった。

 

 この場に止まっても、この悪夢の檻からは決して脱出できないのだから。

 

 この結界の主である《魔女》と対決し、これを撃破する他ない。

 

『どうする? ここは二手に別れるか? ここに残って可憐なプリンセスと二人きりの一時を享受しつつ、この場を確保する“華麗なる俺”と、何が出て来るか解ったもんじゃない謎の人外魔境を馬車馬の如く駆けずり回る“泥臭いオマエら”という図式が、俺的にはオススメだが』

 

『……いや、状況が状況だ。確かな情報が手に入らない今、戦力を分散させるのは危険だ。困難だが……、彼女を護りながら全員で行動すべきだ』

 

 ミドリの冗談に、付き合うそぶりも微塵も見せず、淡々と抑揚無く真面目に返すアオイ。

 

『うーむ、各個撃破は避けたいよなぁ。やっぱさ……』

 

『真面目に答えんなよ……。言葉のキャッチボールがしたいワケ、俺は。もっと。緊張とかそういうのをほぐしたいワケ』

 

 頷くアカギと、肩を竦めて愚痴るミドリ。

 

『まぁ、そういうワケで、ごめんね。楽しいツーリングは、また今度ってコトで。では、お手をどうぞ、プリンセス……』

 

「え……? あ、はい、ありがとうございます……?」

 

 ぶつぶつと愚痴りつつも、マミの座るサイドカー側に回ると恭しく一礼してミドリは彼女に手を差し出す。

 

 しかし、そんな『パッと見ロボット』な彼の気取った仕草に、マミは苦笑するしかなかった。

 

『俺が呼び止めたばっかりに、こんな事になっちゃて本当にゴメン……。君は俺が護る。命に代えても絶対に!』

 

 続いてマシンを降りたアカギは頭を下げたかと思うと、顔を上げてマミを真っ直ぐに見つめて『サムズアップ』を彼女に送る。

 

『やだカッコイイ……。というか、そこは“俺達が護る”だろ? 常識的に考えてぇ。お前も友達甲斐の無いヤツだなぁ、アカギくーん!』

 

 実に悲しそうに頭を抱えてミドリは、アカギの肩にしな垂れかかる。

しかし、声は完全に笑っている。

 

『あ……いや、悪い。君の事は“俺達”が護る!』

 

「は……はい……」

 

 仮面ごしにとはいえ、ここまで真っ直ぐな眼差しで宣言されると、妙に照れくさい物を感じてしまうマミ。

 

『……確約できない事を、軽々しく請け負うな。後悔する事になる』

 

 アオイは、抑揚の無い冷めた口調で、同僚の浅慮を嗜める。

 

『また……嫌なコト言うヤツだな、お前は。でも安心しろ。俺達は、お前は“いざっ”て時には真っ先に矢面に立つ一番頼りになるナイスガイだって解ってんだからな。なぁ、アカギ?』

 

『ああ、そうだ。アオイとミドリがいる! だから大丈夫。失敗はしない! 俺達三人なら!』

 

 しかし、アカギとミドリはアオイの冷たい態度と物言いなど物ともせずに、力強い拳を握り朗らかに笑い合う。

 場違いにも、なんだか微笑ましい様な、羨ましい様な気分になってしまうマミ。

思わず苦笑してしまう。

 

『……子供か? お前らは? お前達は、今著しく論理性を欠いた発言をしている。うすらトンカチ二名は落ち着け』

 

 アオイは嘆息しつつ『G-COM』を開き操作する。

 

 ふと、マミは彼の赤い複眼がこちらに向いている事に気が付いた。

 

「あの……」

 

『うすらトンカチ共と違って……。君は、随分と落ち着いているな。こういう状況には慣れているのか?』

 

「えっ……!」

 

 心を見透かされた様な、思いもよらない突然のアオイの言葉に、マミは思わず息を飲む。

自分でも怪しいと思う程に……

 

『ふっ……冗談だ。“笑えない”な』

 

 一言告げただけでアオイは、マミから視線を外す。

 

『……《G3》専用武装 銃火器使用申請 緊急コードE・指揮車両との交信の途絶』

 

 マミの様子に気付かない振りをして、アオイは作業に戻る。

 

『『G3‐Unit』第202小隊 実動班 班長《G3-202-01 アオイ》より申請。《GM-01 スコーピオン》『01』『02』『03』アクティブ……!』

 

 アオイの指令と共に、《G3》達の仮面の内側でHUD(ヘッドアップディスプレイ)に、小型自動小銃《GM01》のアイコンと装弾数の『72』、そしてその下に小さく予備弾倉の『72』強化型神経断裂弾を表す『36』が表示される。

 《GM-01》の安全装置が解放された事と使用上の諸注意が次々に映し出せると、続いて《GM-01》と《G3》の標準システムがリンクし画面の中央にレティクルサイトが表示される。

 

 これで、右大腿部装甲のアタッチメントに鎮座する鋼鉄の毒蠍は、命令が下されればすぐさま“敵”をその毒針で容赦なく抹殺する恐るべき凶器と変じた……

 

『はぁーあ……。これは、またしても始末書かぁ……。これじゃ亀有公園前派出所のあの御方だよ、今から憂鬱だねぇ……』

 

『ふん……余裕だな。それは、この状況から生きて帰れればの話だ』

 

 《GM-01》を撫でながら笑って愚痴るミドリに、アオイの冷徹で酷薄な“突っ込み”が容赦の無く入る。

 

『嫌なコト言う奴だなぁ……。まぁ、せいぜい始末書が書く為に頑張ろうぜ! ハッハッハッ』

 

『なんか、後ろ向きな決意だな……。でも、そうだよな! がんばろう!』

 

『ひとまず、そうするとしよう……』

 

 三人は示し合わせたかの様に、息ぴったりに『サムズアップ』を交わし合った。

 

 そして、G3達とマミの闘いが始まった。


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