東方紫陽花考   作:氷川蛍

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だれそかれ

 八雲藍は地面を揺るがす振動に目を覚ましていたが、それ以上に胸の真ん中を抉る痛みで突っ伏していた。

 突然響いた地響きに驚き、小さな洞が崩れる事を恐れて一歩踏み出した瞬間にその痛みは、喉を縦に割る亀裂のように心臓から脳を突く形で俊敏な体の動きを止めていた。

 

「なんだ? 何が……」

 

 身を返し転がり、簾のように滴った木の根を割って小高い丘から落ちた。

それ自体の痛みは対した事ではなかったが、心臓を突く痛みに胸を押さえ、揺れる地面にしがみついて堪えた。

 

『ここは我が世ぞ』

「……」

 

 耳の奥に届く声、声が大きいから届くとかそういう類のものではなく、直接頭に文殊として響き渡る振動に首を振った。

同時に、自分の中実に走る痛みの検索をした。

振動程度が体を痛めつける事などない、これは何かが可笑しいと、隠していた手を服から出すと喉と胸の間を触れてみる。

体の中に混じった異物が、山から響く振動に大きく反応しているのを実感する。

 

「これは葛の葉の欠片に……反応している? どういう事だ?」

 

 一度死んだ後、正確には岩に閉じ込められた時。

葛の葉は藍と融合しようとした。

融合という言葉もおかしなものだが、あの殺生石というのは葛の葉の変異体、最終目標だった。

自らを要にする事、何故そんな石になる事を望んでいたのかは、今では思い出せないが、葛の葉の言葉を借りるのならば

「道の灯として生きるため」という不思議な答えだった。

 とにかくその言葉の実行のために、故に何十年も練り込んだ重複層型の文殊と、さらに重層の仕切りによって藍は閉じ込められ細分化されていた。

 後年主紫が、本人曰く暇つぶしで人を使って石を割り、葛の葉の願いの塔は粉砕して消える訳だが、再構築した時に藍の体に欠片が混ざる形になったと知らされてはいた。

 自分の体を触れる事で、わからない箇所があるとするならば……それは葛の葉の欠片であると言い切れる。

藍は何度か体の部位に手を当て確認をしてみた、胸の真ん中辺りに残っているのか、喉を絞めるように痛みの道を造っているのをさする。

 

「何故今時分? 山に何かあるのか?」

 

 頭岩山を囲んだ光の線を見つめ、まだ収まらぬ振動が何かを確認する作業に入る。

自分の身の上も大切だが、もっと大きな事が起こっている今をただ見ている訳にはいかない。

手を突き地面に向かって、八雲八卦八卦に繋ぐ印を打ち付ける。

揺れ続け地面から這い出た線が山を駆け上り、星に消えたのを見ながら、何が起こっているのかを要の目を使って確認しようとしが、付けた証印に刺さる針、接続した掌に走る激痛で体が跳ねた。

平の真ん中に焦げる熱さ、八卦八卦に繋がる霊線の断絶? 

自分の手を一度見返し、印を打つ場所に円陣を架ける、服から緋色縄を出して繋ぐと、転がっていた木の幹に輪をかけて札を打つ、そこからもう一度手に印を結び地面を打った。

今度は弾かれる事はなかったが、要の八卦は藍の要請に対して応えを返さなかった。

それどころか繋がって糸を浸食し始めている事に驚き、慌ててもう一つの木立に縄を通す羽目に……

 驚くべき事だった。

八雲八卦八卦を繋ぐ糸に絡む、別の青い糸。

それが要の線に割り込み押さえ込んでいる。

 

「芽の輪が斬られている……そんなバカな」

 

 郷にも山にも、幻想郷の各所に置かれて居る石は藍が作った物だ。

主紫の持つ「確立眼」を模倣して作った糸の輪は、屋敷にて全部を見るための目であると同時に、外ではその糸を追う事で危険を察知するためのもの。

橙の持っていた石で転移の力が使われるならばまだしも、完全に別物に塗り替える内部浸食が簡単にできる代物ではない。

なのに……

 

「……輪の中に輪を……山を郷から切り離したと?いや、幻想郷から山を隔離したという事か」

 

 手に近づく浸食の綱を放し、別の力で外殻に張られた結界を霊視する。

頭岩山を中心に裾野の全てを囲う、八卦八卦を塗り替えた結界。

半円のドームのようにそれは構築された、立体型円陣として考えられない複雑な術式を走らせていた。

 藍は首を振って冷静さを取り戻そうと勤めた。

端的にいえばこれは、乗っ取られたという現象。

幻想郷自体を囲う大結界は紫の物である、これが奪われるという事は万に一つとしてあり得ないが、中身を見るための区切りは藍が管理のために置いた要だ。

もちろんこれも簡単に塗り替えられる代物ではないが、今目の前ではそれが起こっている事を否定は出来ない。

 山と郷を分ける、大結界に触らない形で中身を分ける、区切るという荒技が、自分の敷いた要を乗っ取る事で行われていると理解した。

もちろん並大抵の事で出来る事でない術のため、苦い笑みで否定を思い浮かべたが、事ここに至って否定は無意味だった。

 

「一千六百七十七万七千二百十六の内、五千百二十二を取られたという事か……なんたる事……どうやって要の中身を解除した? 信じられない」

 

 要にある文呪基盤数は複合型で一基につき最大四千と九十六。これを年次で改訂している事を考えれば一度に五千もの要を取られるのは信じがたい事だったが、耳の中には妹子という天狗が高笑いと言葉が鳴り響いていた。

 

「貴女の術は古く個々しい」

 

 苦く思い出す声。

自分の使っている技が時代遅れであり、既に紐解かれた答えの分かりきったものだという天狗の言葉は嘘ではなかった。

ここに来て以来、技精進をおこたった事はないが……同じ事の繰り返ししかしてこなかった。

外の世界は、橙が言うように得体の知れない武具もある。

当然進歩した術式があり、八卦八卦を分解するだけの技量を身につけた者も……あの天狗、妹子の仲間にいるという事を思い知った。

 顔を下げ何度も冷静であろうと額をさする。

眉間に立ち上がる亀裂を柔らかくほぐして、息を吐く。

 

「……遅れを取ったという事か……? しかし何故だ? 山を囲うだけなら五千もの要はいらない……重複層型円陣と二重構築したという事か?」

 

 尋常ならざる事態の中で、もう一度体の具合を確認する。

総数からすると対した事ではないが山を絡め取るには多すぎる数。

元々山は天狗達が大結界を作る以前から住んでいる場所。それ故に八雲八卦八卦の設置は極力少ない、外輪の側には多いが中身にはそんなにない……あるとして三百基程度……なのに浸食によって塗り替えられた数はそれを上回る五千。

これの意味するものは……

 

「余剰の意味は、依代の妖取……そう考えるべきだな」

「さすがに賢しい、そのとおりぞ」

 

 耳の中に響いたのは女の声だった。

次に代わったのは視覚と聴覚に繋がる痛みと歪む風景。

なにより、先ほど痛みを確認した胸が千切れんばかりに脈打つ。

自分が繋いだ糸を、たぐった手を隠した扇。

目の前に立つ桜襲の尼頭巾。

 乗っ取りの線から自分の深慮に入り込んだ相手の姿に、藍は一度足下をふらつかせたが、何事もなかったかのように立ち上がった。

足下には水鏡と、空の星がゆっくりと描く軌跡の線、外園を囲む数字の羅列に、頭を直結されたと自分の迂闊さに牙を剥いたが顔には出さなかった。

自分の頭に直接会いに来た敵を見定めるために。

 

「……なるほど、高位術式を使う者。お前が金子か?」

 

 整えた息、乱れる事なく潤った声色で話す。

扇で顔を隠した敵に。

これが菖蒲の刃を作り、簡易陣である八卦の二角を作った者と肌で感じて。

 

「……あのたわけものが……軽々しゅう我が名を伝えるとは……」

 

 古い言葉、取って付けたような響きはなく慣れ親しんだ滑舌が繰り言を返して目を見せた。黒に赤い瞳孔を持つ物の怪の目は嬉しそうに藍を見ると恭しく頷く。

 

「いかにも、我がそうである。貴女様の事は存じておる……妖狐瑞九女」

「古い名前だな、という事はあの頃見知った者か……お前もあの天狗も」

「……」

 

 反射のない部屋の中。風景も無く、野もない空間は術式の溜まりにあるらしく、今まで吹いていた風も、近づく朝の匂いもない。

無機質過ぎる水鏡の前で違いに近づく事なく相手を見る。

そこが二人の会話の間となっていた。

 

「だとしてこの仕儀はいったいどういう事か? 外からお前達を受け入れた郷を騒がすなど」

「ただの遊びぞ、何を粟立っておる?」

「遊びだと? 山を郷から切り離してなんの遊びだ? 要に手を入れるなど許されると思っているのか。いかに私が温厚でも許せぬ遊びもあるのだぞ」

「さすれば……賢妖様も同じように罰するのかえ?」

 

 よどみない返事。

ただ目付きは嬉し目を見せていた最初とは違い、瞳孔をきつく絞り上げる中で薄暗く重い雰囲気を漏れ出している。

 

「紫様が何故罰せられねばならん? 貴様は少々感謝の心が足らないようだな、それ程までに高位術式を学べたのら謙るという気持ちはどこに捨ててきた?」

「はっ、これだからいかぬ。かつては世を戦かせた妖狐も今やただの式、故にこの籠の中で空威張りをしてみせよるわ、実に情けなや」

 

 蠅を払うように扇を仰ぎ背中を向けると、長いため息を落とす。

空間にあるのは互いの写し身なので攻撃されるなど気にもしない横顔は、縦に輝く赤い棘で藍の顔を見ると、もう一度ため息を吐いた。

 

「のう、遊ばぬか? 我と共にこの郷で戯れを謳歌せぬか?」

「断る、なんと言われようと私は課された仕事に従いお前を成敗する」

「課された……つまらぬものよ。やはりただの下郎に成り下がった狐には心及ばぬの事ぞ……我は賢妖様と同じ事をしておるだけの事。升を仕切った我が世の春で遊びせんやと……そのための郷であろう? 違うのかえ?」

 

 手を返し、扇の頭で藍を刺す。

相手の腹を探りたい藍にとって、自分の願いだけしか語らない者は不愉快な存在だったが、隙のない所作を見せられるに自分も襟を正し、冷徹を律してみせた。

法衣と桜重の袖に隠した手で、苛立ちと冷静を読む。

二つの反する感情の在処を、相手がどこにそれを求めているのかを藍は考えていた。

苛立つ事、それはこの物の怪が起こした技を主紫のしている事と同じと語った事。

冷静である事、それは箱庭の楽園であるが故の矛盾をどう自分に理解させるかという点。

返事を待つ尼頭巾、その後ろから見える髢を纏めた一本飾り毛。

宿世の姿ありながら、世に執着するという黒髪を睨む。

 

「お前のような者が紫様と立場を同じなど……口にするな」

「何が違う? 賢妖様も囲いを作り、升を仕切って、郷を繕うた。妖のあるがままを受け入れるがためのこの囲いで……瑞九女、お前様は何をしておるのか? 遊びもせんと何をしておるのか?」

「私は郷を」

「護っておるなどと下らぬ事を申すなよ、さしてまた人を護り我らを飼い慣らすためにこの囲いを繕うたと……賢妖様はそうおっしやったのかえ?」

「そんな事は……言ってない……」

「ならば何故にこの郷はあろうや?」

 

 何がための幻想郷。

妖を幻に、生きる場所を破壊する流れが外の世界に今あり、そこから身を守るため生きるためにこの郷に来る者達にとって避難場所のような所でもある事は十分に知っていた。

 だが、興味の範疇にはなかった。

一度の死から目覚め紫に仕えてから、多くの事を疑問に思う事を止めていた。

体や記憶、技の一部を失った藍にとって、生きられる場所はここでしかなくなったのだから余計にこの郷の存在を根っこの部分から考えた事などなかった。

 

 言葉を紡げず、金子の顔を見る藍に相手の余裕は十分すぎた。

何かにケリを付けたように小さく笑うと口元を隠して向き直った。

 

「そうであろう、ここは遊び場よ。かつてのように遊びゃんせ、世を狂わせ人を踊らせ、血花の歌を詠いやんせ」

 

 共にと手を伸ばし誘う、無機の空の中に抱え込んだ仄かな香り。

伽羅の香は薄く水を張った鏡の上を、霞みのように漂う中に、胸にかけられている橙の石。

藍はそれも聞かねばという焦りをさらに呼び起こされ言葉は滑り始めていた。

 

「妖の成す事は妖のように……人は人のように、郷は郷を護る者の成すように、帰すべき事柄を守ればいい、話しを混ぜ返すな」

「ほうけた禅問答を言われるな、妖は人を喰うために、人は妖を滅するために、郷はその願いを叶えるためにある。我は正しかろう」

「それにだって度合いというものがある!!」

「否、無きにや、そんな枠を誰が決めたもうた? もしや賢妖様がそれをお決めになったのかや? だとすればやはり罰せられるは我にあらずじゃ」

「詭弁を」

「戯れ言を」

 

 深慮の間という中にあって、逸りきった藍は印を結ぼうとしていた。

そして金子はそれを見透かしていた。

 

「終わりぞ狐、ここで印を討っても無用な事よ。まったくもって口惜しや、夢に糸を繋ぐなどせず現にあって貴女様を殺めればよかった……さすれば賢妖様も早うに現れて下さったやもしれぬ」

 

 深慮の間であっても印を結ぶ事は出来る。

それは頭の中のに繋がる戦いだが、繋がっているからこそ相手を討てるという確信で藍は吠えた。

 

「痴れ者め!!」

「無礼者め、腐れた深慮を稼ぐ耳などいるまい」

 

 構えた藍の前で金子は一回転、クルリと身を舞わし扇の葉を強く閉じた。

破裂の音を直接相手の耳の中にぶつけるという荒技を、何事もない優雅な中に仕上げて見せた。

 一寸、術式の文言もなく突然弾けた音に溜まらず前のめりに倒れると、地面に顔を打ち付けた。

夢に繋がれた糸を半強制的に切られたため、立ち上がっていた体に戻った意識は合致せず姿勢をくずしたらしく、勢い顔を打ち付けたが、耳も同じように壊されていた。

感覚で手を這わせ地面を握るが立ち上がれない音の痛みに転がる。

耳の中をから零れる血に、体の芯を曲げられたと苦悶した。

 

「あっああ、おのれ……その石の力か……」

 

 打ち付けた顔から鉄を噛んだ赤い血を口から溢れさせ、続かない言葉の前で金子の声だけは頭にも空にも大きく響き渡っていた。

胸元の石に笑みを浮かべて金子は笑った。

 

「呪方を小さくするのに実に役に立っておる……」

「……」

 

 喉を詰まらす血の逆流に意識が遠くなり始める。

苦悶で見る相手の顔に金子は石を揺らして見せながら、姿を霞みのように消し始めていた。

 

「そこで這ったまま死ぬるが良い、ここは我が世、立ち出でて妖よ。我らの春を迎えようぞ、踊り詠って仕合ましょうぞ、そうぞ仕合をそうぞ、死合いを、今宵よりこの山は我が城、どうぞ皆揃って遊びませいよ」

 

 またもの重傷に体を伸ばし痛みを堪える藍を前に、金子の声は踊るように楽しく笑い続けていた。

その声は広く、囲いの山に鳴り響き、藍は血を吐きながら焦りまでも絡めて苦しんだ。

 

「いかん……こんな事が郷にまでしれたら……」

 

 争いを遊びと呼ぶ者の声に応じて興じる妖は、必ずいる……

止められない争乱の嵐を、扇を仰ぐ空の影が呼び続ける姿を、今はただ見続けるしかできなかった。

 

 

 

 

 

「おっおおおっお?」

 

 椛は自分の将棋盤の足を押さえて、浅い眠りから起きていた。

細かく波打つ振動は、すぐに耳に届き眼は覚めたがその後は揺らされるままに転げ結局盤の足に捕まって周りを見回していた。

 

「……なんてことだよ。ここまで良い調子で打ってきたのに……まあーた並べ直しだな。他人の棋譜を自分では触りたくないのに……」

 

 愚痴りながら、腰を上に背中を楽器の弦のように伸ばす。

一日は寝ていないハズと、首を鳴らせて駒を並べ直す。

せめて一日はしっかり寝たかったという残念で何度も欠伸をしながら、誰もいない詰め所を薄い眼で見回した。

滝の緞帳をしいた詰め所の中は、声が響くほどがらんとしていた。

水の音は睡眠に心地よい夢を連れて来るが、起きてみると少々やかましいと小指で耳の穴を掃除する。

 

「……なんで誰もいないの? 緊急招集とかあったの? 違うよな……」

 

 いくら交代だからと、自分以外の全てが出払うなんて事はまず無いと当たり前の危機感に椛は腰を上げると、洞の入り口に引っかけてある自分の太刀と使い込んだ盾を手に持った。

心を騒がす、同じように滝のから向こうに見える薄い朝日を走る風。

森の中身には未だに塗りつぶした黒い世界が広がっているが……

 

「何かいるな……」

 

 人一倍の警戒心が白髪の中に伏せていた耳を起こす。

風の中に紛れる息づかいと、見苦しいほどに乱れた足音。

 

「人か……」

 

 眠気に落ちていた瞼、額を叩いて意識をしっかりと立て直すと、椛は構えて外に飛び出した。

風を切って、足音を織り交ぜて、人では気が付きようのない早さで漆黒の闇を割ってゆく。

人の持つ汗の匂いに鼻先に皺を寄せて、川に沿った道を上がってくる者を目指した。

 

「一人か? 小さい、子供か?」

 

 鋭敏な目は暗闇の中、隠れる事もしないで川岸を上る影を見つけた。

大きさは自分達と同じぐらい……

 

「橙?」

 

 椛の良すぎる目は、暗闇と同化しそうな程汚れきった顔で必死に河原石を上る橙を見つけていた。

そしてうんざりが顔に出てその場に座り込んだ。

最初に会った時以上に汚れた橙の姿に、郷人のボロ着を何枚も重ね着して円形に近い物体になっているのが滑稽過ぎて苦笑いを浮かべながら。

 

「橙!! 何しに来たんだ!! 突然こんなところまで来るものじゃ……」

「椛!!! 椛!!!」

 

 注意を促そうとした椛の顔に、元気いっぱいの橙はネコたちと一緒に駆け寄っていった。

しがみつくように抱きつくと、真っ黒な顔を寄せて大声で話し出した。

 

「もーさー!! 話しだけじゃここまでの道がわからなくって迷ったよー!! よかったー無事にたどり着けて。それでさー、聞いて欲しいんだよ!! 椛ー!! とりあえず寒いから詰め所に連れて行ってくれよ!!」

 

 寄りかかった橙の顔に、椛の顔は真っ青に色を変え次の瞬間橙を両手でバーベルを持つように抱え上げていた。

 

「橙……何を話し来てもいいけど、臭いをなんとかしろーい!!」

 

 鋭敏すぎるのは何も目だけじゃない、いや目も敏感だから橙の容赦のない臭いに涙がこぼれる。

鼻なんか本当に曲がってへし折れそうな程に顔を歪めた椛は、そのまま川に向かって橙を投げ込んでいた。

 

「だっしゃああああい!!!」

 

 怒りがこみ上げる程の臭いに咳き込む椛の前、まだ薄い氷が所々に見える川で橙は飛び上がっていた。

 

「何するんだよー!!!」

「やかましいよ!!! そんな歩く悪臭詰め所に連れて行けるかよ!! 自分達は鼻の効きが良いんだよ! お前酷すぎるよ、連れてるネコはみんな身綺麗にしてるのに、お前が汚物ってどういう事だよ!!千里先でも鼻が曲がるよ!! 前の時も言おうと思ったんだけど、お前は臭い!!」

「だからって投げ込むなよー!! 凍え死ぬよー!!」

 

 ズタボロを引きずって川から這い上がろうとする橙に、椛は問答無用のプランチャーを仕掛けていた。

自ら川に飛び込んでもやらなきゃならない事がある。

こんな悪臭物体をこのまま詰め所に持って行くなど言語道断、みんなの顔を歪める結果など椛の望みには無い。

これで白狼の絆が壊されるような事があってはならない。

腰に付けていた太刀を投げ、盾を裏返すと手持ちの取ってに引っかけてあるヘチマを手に橙に、にじり寄った。

 

「だまってろ……まずは風呂だ。ここでピカピカに磨き上げてやる」

「ここ暖かい水じゃないよ……」

 

 椛の迫力に押されながらも、なんとか凍える川から離れようと横歩きをする橙は、最早上下のかみ合わせが踊ってしまう程口が震え上がっていた。

しかし、がっちスカートの裾をまくり上げ袖を絞った椛は容赦がなかった。

 

「じゃあ次から彼処で体を洗ってからこいよ。今日は自分が徹底的に洗ってやる」

「綺麗にするのは、今度じゃダメなの……」

「今日からスタートだ」

 

朝日が昇る頃、寒さと汚れを削る摩擦に泣くネコの声は音高く響いていた。

 




白狼天狗は綺麗好きだと思う。
というか天狗さんは綺麗好きだと思う。
ネコも本当綺麗好きなのに……橙さんときたらw

八雲八卦八卦は、八雲藍様が作った要の名前っぽいものです。もちろん捏造です。
紫様はこの要があまり好きじゃないのですが、その事は内緒ですよ。

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