東方紫陽花考   作:氷川蛍

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蠢動の波

 上半身を起こした藍の質問に、橙は一瞬硬直し、そして顔を背けた。

しばらく拳を握ったまま沈黙していたが、失った怒りを充填させた声で返事した。

 

「無いよ!! あの天狗が持っていったんだ!!」

 

 ボロボロになった頬、何度も郷人に引っ張り回された体は見える部分だけでも傷だらけだ。

手も足も、顔にまで残る赤い痣。

 最初に会った時も相当着込んだボロの服を着ていたが、今度もすごい。

郷人が脱ぎ捨てた服を何十枚と重ね着したはいいが、どれもドロと埃にまみれた農作業着、ちぐはぐな模様もが天然の迷彩みたいになって見える。

身丈も合わない着物に鼻を埋めていた橙の声は半分湿っていた。

このうっそうとした滴りを撒く洞窟にはお似合いな程に。

 

「……橙、私が聞きたいのは天狗が奪ってしまう程のあの石が、本当は何なのかという事だよ。詳しく解れば私も取り返すことを手伝える」

 

 藍は見窄らしい身なりに磨きをかけた橙を落ち着かせるように、緩く長い説明をした。

最初の一言は不用意だったと、策士らしからぬ失敗に眉をしかめながら手を開いて、警戒をほぐそうとした。

 

「天狗を戒めるためにも、きちんとした知識が欲しい。教えてくれないかい」

「手伝ってくれるの……」

「もちろんだ」

 

 背けた顔を翻し、乞うように眉を下げた顔で橙は藍の元に駆け寄った。

天狗と言われた者、自分を地べたに這い蹲らせ高笑いを見せた相手が普通でなく、一人では到底勝てないのは十分に理解していた。

というよりも、大陸からここまで色々と危ない思いはしてきたが、今日程恐怖を身に刻まれた事はなかった。

母の形見である石は取り戻したいが、相手の目に見えない強さを知った体は震えて前に進めないでいたのが現実だった。

 

「石は石だよ。前に話したでしょ……お母さんがくれたって」

「ああ、それは聞いているが……橙、何故お前は仲間の所から離れて、その人と暮らそうなどと思ったのだ? 他の仲間の所に留まれなかったのか?」

 

 最初に話した時の違和感。

藍はあの時は何気ない会話をしながら石を奪う事に集中していた。

どこから来たとか苦難の道のりだったというのはどうだって良いことで、程度を聞き後は流していた。

その中にあって違和感が残った部分。

何故この化け猫が、いきなり人の住む町に降り、人を母として暮らして居たのかという点。

普通ならば同じ化け猫の高位先駆者がいて、交友を持つ。

化け猫の群れは有ったり無かったりだが、ネコ特有の集会を持つ事で有名だ。

橙が一人だけ、化けた時から追い出されていたと考えるのは不自然過ぎた。

シナから来た橙はおそらく鬼猫のハズなのに、仲間は普通のネコたちしかいないというのもおかしな点だった。

 

 藍の問いに曇る橙の顔。

今更それを聞かれる? そういう不安ではなく、思い出す事が苦痛という顔。

 

「仲間なんて……昔からラオ達しかいないよ」

「他のネコたちはどうした? 化け猫たちは群れを持たなくても集会を持っていただろう。橙が化けた時に集まらなかったのか?」

「いないよ……私がこの姿になった時にいたのにはラオ達だけだよ」

「何故?」

「わからないよ……私……自分がどうしてラオ達と違う形になっちゃったのかもわかんないんだから」

 

 不可思議すぎる返答。

それでも藍は冷静に分析を続けていた。

何故いない、それは自分が居たときと外の世界の状態が変わっている事に一つの理由があるのではと。

実際、ここ数年、外から来る妖怪は増えた。

外に居心地の良い世界があるのならば、わざわざ箱庭の楽園に来たりはしない。

なのに流入する妖怪は増える一方だ。

機会があれば外で何が起こっているのかを確かめたいが、自分は幻想郷の外では生きられないし、出る事を考えた事がない。

こうして改めて聞くしか方法がない事を痛感した。

 

「橙、ここに来る前の都はどんな所だった? 他の妖怪達はたくさんいたのかい?」

「都? ……町はどこもかしこも戦争してたよ。あぶなくて近寄れないから山奥の村にいたよ。妖怪なんてどこにもいなかったよ」

「妖怪がいない……どうして?」

「知らないよ!! 私がこうなった時には誰もいなかったよ!! 人がたくさん戦争して……旗が赤とか黒とか、みんな狂ったみたいに同じ事を叫んで、鉄砲持ったやつらがそれを追い回して……ネコは捕まっていっぱい食べられたよ!!」

「鉄砲? なんだそれは?」

「相手を撃ち殺す道具だよ。そんな事聞いて何がわかるの……」

 

 自分の理解を遙かに超えていた外の様子。橙の辿々しく幼い語彙ではそのもの自体や人の活動の全てを理解するには至れなかったが、妖怪が生きていく事が出来ない程世界が急転していた事だけはわかった。

涙を流し、唇を噛む橙の様子を前にして、藍は自分が生きた時代とは違い過ぎる事に息をついた。

橙には変化した自身の事を教えてくれる仲間の妖怪がいなかった事。

その理由は、妖怪が住む事が出来なくなった外の世界の状態にあったこと。

この小さなネコは急転する時代に取り残された物の怪だったと。

教えられず、育てられず、本当に幻に消えそうな化け猫だったと知った。

 

「……じゃあそのお母さんが、橙を助けてくれたのかい」

「そうだよ、私はどこにも行けなくて、何処に行っても人に追っかけられて……そこでラオ達に会ったんだ。私に優しくしてくれたのはお母さんだけなんだ、だからあの石は……あの石は……」

 

 母を想う大切な石、それだけが橙を勇気づけてここまでやって来させた。

 藍は手を組んで考えた、そこまで妖怪が居られなくなった世で……あの石がなんらか特別な力を持っていたとしても、それは鉄砲という聞き慣れない武具のようなものだとすれば、知識は追いつかずお手上げだ。

奪っていった天狗がそれを知っているならば更に悪い予感しかしない。

自分の知らない術によって幻想郷に害が及ぶ可能性は極めて高い、顎に手を置き直し出来る事を考える。

石は破壊するしかない、という結論に

 

「ねえ、取り返すの……手伝ってくれるんでしょ」

 

 不足の事態までを見越し、最悪を避ける方向で考えを纏め始めた藍の膝に橙はすがりついていた。

乞うように下から、涙の目で藍の糸目を見つめる。

 

「石、……お母さんは石については何も言っていなかったのかい?」

「石は昔から大切にしていたものだったと思うよ、ずっと胸に付けていた……そうだ一度だけ聞いた時に言ってた。古い友達の所に行くためのものだって……それしか知らない」

「古い友達……」

 

 やはりそれだけではどんな人物かは解らなかった。

首を捻りながら自分の記憶を遡ったが、それだけでは解らない現世に詮索するのは諦めた。

 

「橙、落ち着いて聞いて欲しい。ここは妖怪と人が暮らすことのできる唯一の郷だ」

 

 唯一と言ったのは他を知らないからだが、この箱庭の郷をこよなく愛し大切にしている主紫の事を鑑みれば、ここでしか妖怪は生きられなくなったのではという不安と正直な気持ちだった。

 

「ここは一つの大きな結界に護られている。争いを持ち込み、幻想を滅ぼす人間はここにはこられない。同じく……争いを起こす物を持ち込まれても困る」

「……石がそうだって言うの?」

 

 膝にすり寄っていた橙は、藍の膝に付けていた手を離すと半歩下がった。

頬に緊張を浮かべて、目を尖らせる。

 

「そうだとは言い切れないが……取り返した後、私に預けると約束してくれないか。その代わりお前が安全に暮らせるように取りはからおう」

「嫌だよ!!!」

 

 解っていた答えだった。

橙にとって石は母から貰った唯一の宝であり、思い出であり、母その物だった。

自分を娘と愛してくれた母の大切な石を、それを手放すなんて考えられない。

鼻筋に皺を寄せて牙を立てる。

 藍の方もそう来るだろうという覚悟はあった。

話しを聞くに、この見窄らしい子猫の物の怪を助けたのは皮肉な事か人であり、それを唯一のよりどころにしている者から、宝を取り上げるのは無理からぬ事と理解はしていた。

それでも一言、石の処遇について宣言したのは、互いの了解の元、穏便に事をすすめたかっただけ。

 

「そうか……ならば仕方がない。私は石を取り戻す……だが」

「目を開くな!!!」

 

 語りかけながら、藍は目の下に指を這わせていた。

瞼の裏に青い光りが走る気配に、ネコは敏感に反応していた。

幻惑の目。

意のままにならない自分を惑わそうとする相手に、警戒の波は高くなり身構えていた。

 

「なんの話しだ……」

「私は……知ってるんだぞ!! お前は狐なんだろ。妖狐で目の中に幻術を持っているのを、そうやって妖怪を操って自分の好き勝手にしようとしてるんだろ!!」

 

 意外? 藍は自分の事をどこかで聞き込んだのかと首を傾げた。

出会った時から何の知識もなかった橙が、自分が狐で、目に幻術の印を持っている事を知っているはずがない。

言葉なく、自分の前から後ずさりを続ける橙。

 

「確かに狐だが、それがなんだ」

「私は騙されないぞ!! 結局藍も石が欲しいんだ!!」

 

 石が欲しい、それは確かだが、最終的目的は違う。

しかしここではもう理性的な会話が成り立たない。

それでも自分の目的は明確にしておこうという、諦め。

 

「橙、私はこの郷の管理を任されている。だからこそ危険を放置はできにない、私の言う事を聞いてくれれば、お前とネコたちの居住を保証しよう。ここでしか生きられない事を知ったのならばそれが賢い選択だ」

「うるさい!!! 騙されないからな!!」

 

 子供には幻術は効きにくい、いや、効くときは効くのだが基本的に会話だけで術を施すのが難しい。

意識が八方に散りやすく、集中しない。だから物で釣った方が早い。

これは妖怪の子であればさらに顕著だ。

橙は、何も教えられなかったのだから、化け猫といってもそこらを歩く野良となんら変わらない。

本能の人型では、話しを詰めるのは無理というものだが、所謂言質というのを自分から与えて見せたのだ。

 

「もういい、藍に頼らない!! 自分で取り返してみせる。だから石に手を出したら……お前殺す!!」

 

 すごんだ声で唾を飛ばすと、橙はそのまま外へ駈けだした。

ネコたちも慌てて後ろに駈けていく。

 

「……ふう、これだから子供は苦手だ、人も物の怪も子供ほど手のかかる者はいない。大人の男ならコロリといくのに……面倒くさい存在だ」

 

 遠くなる足音を聞きながら藍は体の回復具合を確認した。

手足に残る少しの痺れ、精神を蝕んだ攻撃からの復帰にはまだ一刻はかかりそうだと各所を触診する。

痛みは我慢が効くが、神経の方は我慢では活用を邪魔する。

妖術の仕込みも必要と、藍は片手で下に落ちている枯れ葉を取ろうとしたが。

 

「なんだ、お前は主を追わないのか?」

 

 走り去った橙の後、入り口から少し入ったところに座る黒猫は静かに見ている。

……ラオと呼ばれた頭のネコ。

首を傾げ、金色の目を輝かせて藍を見ている。

長く橙に従っているのならば……

 

「私に頼るな、私は私の主から預かる仕事をするだけだ。いざとなれば橙を見捨てるだろう。だからお前はあれに付いていき危機から遠ざけろ。これが最後の忠告だ」

 

 静かな徒である黒猫ラオは藍の言葉に小さく鳴いた。

理解をしたのか? していないのかはどうでも良くなった藍は回復の時間のために自らを内側に沈める事にした。

少しでも早く復調しなくてはならない、場合によって山の当主である大御鞍との会見をしなくてはならない

言葉も力も万全である必要を感じて、隠していた尻尾を現し深く回復の闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 射命丸は南麓の落盤現場上空に浮いていた。

妖怪の山は四方のうち二方向の裾野が長い、片方は郷に繋がる平らであり、片方は森を作る平らで今回落ち込んだのは森の側の石だった。

その轟音が夜半に響いて、そこから大騒ぎで寝る間もなく、現在まで作業にかり出されている射命丸。

憂鬱は瞼に半分、目に被らせた形で騒がしい下の様子を上から腕を組んで見つめると愚痴った。

 

「はー、なんでしょうねぇ。今年は雪も多かったし緩んでいたのかもしれませんけど」

 

 上空に浮く射命丸の下では、複数の白狼達が転げ落ちた仲間の救出を急いでいた。

谷間の清水の通り道、そのとなりに鎮座していた巨大な石が溝口を転げて川向こうに落っこちている。

転がった道が新しい水の通りとなり後追いをしており、さらに落ちくぼんだところから地下に流れ込むという多重災害の様相。

山には空洞がたくさんあるため、コの手の落盤で浸水を受けると次にどの地区が水攻めになるのかと不安が多い。

さらに安直に落盤といっても気を重くさせる原因は他にもあった。

この大石があった場所には山の稜線を護る要がしかれていた。

幸い要自体は滑落せずにすんだが、滑落の衝撃で線が切れてしまい防備が手薄になるという状態だ。

 何せ山は大きく広い、郷の土地に比べたら簡単に百は郷が作れる程の規模を山麓として持つ広大な土地だ。

他者が入る事を拒む天狗達の早期哨戒をする白狼達だが、それだけでは山麓全てを見回す事は不可能なため、こうした大型の稜線石が置かれて居る。

石の警戒線を踏めば、白狼達の詰め所に警戒が発されるという具合に。

ところが最近この石が機能していない事が発覚。

大天狗金子の所用で酷使されていた白狼が偶然に稜線の破綻を見つけたのだ。

それで急ぎ修復のために出かけたところで岩盤の滑落に巻き込まれたという次第。

 

「不幸中の幸い? ていうか多分もっと前から壊れてたに違いないわ。人なんか恐るに足らずだものねぇ」

 

 葉団扇を口に当てて、働く白狼達から顔を隠す。

 

「諜報担当の私がなんでこんな事……」

「手を貸しましょうかや?」

 

 不意にかかった声に射命丸の目は不機嫌になった。

自分の背中を簡単に取る者はいない、瞬間の気配は拾ったがこうまで堂々とされると苛立つというもの、扇で鼻から下、牙を研ぐ口を隠して振り返った。

 

「おはようございます。金子様。手を汚すような仕事は白狼にお任せください」

 

 ゆるりと、焦りも苛立ちも微塵に感じさせない笑みで対応すると、目の前の姿に身を引いた。

大天狗金子は背が高かった。

射命丸のからすると自分の頭一つは背の高い大天狗、いつも御簾の奥にいる座った影しか見た事がないが、こうして外に出てきた姿を見ると確かに大きく感じる。

 そんな姿をマジマジと見ながらも射命丸は、手伝おうと声をかけた相手の身なりに吹き出しそうだった。

手伝うのならばそんな豪奢な着物を着てくる必要がないからだ、表着を白の薄い正絹、その下に赤の単。日差しによって重ねは透けて淡い桜色を出す櫻襲。

石を運ぶなどあり得ない姿に顔を伏せると、軽く嫌味の挨拶を続けた。

 

「源氏の君にそんな事はさせられませんよ」

「良く存じておるのう、さすがは勤勉なるカラス、千年の友は伊達ではないと」

 

 嫌味もサラリと流す金子。

どうやらそのぐらいの事を突っ込んでも怒りには触れないと判断した射命丸は、このおかしな上司と話しをする事にした。

 

「あの、お聞きして良いですか? 金子様は随分と背が高いようですが、何か秘訣でも?」

 

 秘訣? 面白い質問に柏扇を顔に当てた金子は、嬉しそうにした。

鴉天狗達は総じて身丈が小さい、というか元がカラスであった者達に変化で頂く大きさがカラスの時より一回りも増えるのだから、慣れるのは大変である。

大きいは不自由というイメージからすると、金子の大きさは不可思議でもあった。

何か理由でもあるのかという質問を秘訣と聞いたのは少しの遊び心だった。

 

「律令の頃の寸法で言えば、我は五尺四寸(159センチ)の身丈となるの。身丈が大きいのは人の中で遊ぶための知恵ぞ、あまりに小さいと女童の扱いを受ける故にの」

「人の中で、ですか……千年のカラス……あの頃の都の周り、私何度か飛んでますけど金子様にお会いした事は一度もないんですよね。どちらの山いらっしゃったのか教えて頂けませんか?」

 

 うまく会話を繋げた射命丸は知りたがりの癖を促進させた。

自分が知らない事があるのは癪、なんでも聞ける者は聞き知りたいという欲で質問を続けた。

片手に筆と、腰に付けた墨坪を見せて。

 

「差し支えなければで良いのですが?」

「ははは、我か、我は都におった」

 

 思った通り、金子は自分の過去について聞かれても顔色を変えなかった。

それ程器が大きいのか、それとも気にする事でもないのか?

 

「都? 平安の都にいたのですか?」

「そうぞ、我はあの都が出来てから……千年、あそこを動いた事がない」

「千年? でも平安の都は結界が架けられてましたよね、特に中期以降は陰陽頭晴明って男がやたら要を作って洛陽の方は妖怪の入れない土地になってませんでした?」

「そうぞそうぞ、さすが射命丸殿、良く知っておられる。清明が作った結界の中に暮らしておったのよ我は……御所を住まいに遊んでおったのよ」

「結界の中に? まるで自分達が結界を作らせたような言い振りですねぇ。興味深いのでもう少しお聞きして良いですか?」

 

 あの頃の都、平安京は時代の初めからすでに方手落ちの都だった。

右京洛陽の側は貴族や武家が軒を連ね、作り並べた事もあり衰退はしなかったが、左京長安は都が出来た頃から不遇な土地だった。

それがさらに零落し、左京は内裏の周り以外の土地に貧民が住む巣窟が作られ荒れ果てていた。

極端に貧富の差がついた右の都と左の都の事を、天狗達は賀茂と安部一門が設置した結界が作った一つの結果と受け取っていた。

左京には妖怪も住めたが、右京には住めない、人が自分達を護るために作った都の完成系だった。

 

 さらに突っ込んだ話しをしようと滑らかに入り込む射命丸の質問に、金子は声を出して、しかし静かに笑った。

 

「そうぞ、あの結界は我らが我らのために作ったのぞ。白狐と、その息子に頼んでな」

「白狐……葛の葉さんですか」

 

 笑う金子と、笑いながらも不穏を感じ始める射命丸。

 

「そうよな、葛の葉様が最初にこれを敷いた。我らが頼んだのはその後の事」

「なんで内側にいらっしゃたので? 外の方が……」

「人との双六が楽しいからよ、斬った張ったなど力任せで頭を使わぬ争いなど、野蛮な事故、楽しゅう遊べる場所におっただけ」

 

 話しを断ち切って口を挟む金子。

半ば話しの糸をはぐらかす嬉し目は、札を手に射命丸に見せた。

 

「都で遊びですか、そのために結界を張ったという事ですか?」

「そう遊びじゃ、升を仕切った双六と同じ、都を仕切って遊んだのじゃ」

「それは……」

 

 眼前に見せられた札、それは大天狗達が住まう回廊である大洞に張られていたものと一緒だった。

 

「こもそのためのものぞ」

 

 射命丸は自分の腰に結わえた袋に放り込んだ同じ札を取り出そうとした。

その時、下で働いていた白狼が声をかけた。

崩れた台座は四角の方陣が張ってあった物だが、仕掛けたのは自然石の目によって出来ている。計算ずくで作られた方術ではないが、ここに天狗が住むと決まった頃から置かれていた事から八雲紫が設置したのではとも言われていた。

故に石の尻に張られた札に射命丸は目を見張った。

 

「なんか札がある、射命丸さん、これは石の台座札か?」

 

 一致する札の文様に次の瞬間背筋は凍り付いた。

 

「貴女様が石を落とした? こんな事したら……」

「それ程に賢妖様と事構えるは恐ろしいかえ? はははははははは」

 

 今まで物静かに立っていた金子は口こそ扇で隠していたが、射命丸にも下で働く白狼達にも聞こえる声で笑った。

 

「貴女のしている事は山の掟に反します!! 許されざ……」

「結界は我が直してやろうぞ」

 

 進み出した駒がごとく、まるで射命丸の言葉を意に介さない金子は、扇で顔を隠したまま片手で印を結んだ。

 

「開封命○五昊九根 八卦八卦」

 

 止める間のない一瞬で、札は呼応し大地を割る光の線を走らせた。

それは大きな地響きをさせて、大地に波を起こし凄まじい勢いで妖怪の山とその山麓の囲いを再構築していた。

空間の中を何重にも囲む大きな円が、山の上から下までを縄で巻くように光りの軌跡を繋げていく、美しくも妖しい光は蛇のごとく山を絡め取ると星と重なって消えていった。

 射命丸はただ口を開けて呆然と見るしかない出来事だったが、下で働いていた白狼達は大変な事になっていた、蠢動する大地の波にもまれ、勢いで滑落の穴に落とされる者や川に落ちる者が出て混乱の場となっていた。

 

「何をしたので?」

 

 揺れる大地を離れ、空で向き合う顔。

目を輝かせた金子は、冷や汗を額に浮かべる射命丸に告げた

 

「升を仕切ったのよ、さあ存分に戯れようぞ」

 

 狂気を孕んだ赤い眼は、嬉しそうに瞳孔を絞っていた。

このただならぬ自体に面と向かうのは自分では足りない、相手は大きい、背丈だけではなく得体の知れない強さを射命丸は感じ、一瞬で目の前から消えた。

大洞に向かって、一刻も早く地下に遊びに出かけた大天狗や大御鞍を呼び戻さなくては成らぬと言う使命感で。

その早さに金子は静かに笑った。

追いつけるはずのない相手の影に向かって、手を振るように扇を揺らすと、混乱で目を回している白狼達と、この騒ぎに気が付いたであろう者達に向けて声をあげた。

 

「ここは我が世ぞ!!」

 

 

 

 




橙生誕の時代=太平天国かな?
この時代にシナは幻想の大半を殺してしまったんだと思う。
でしばらくすると無機質的な幻想に苛まれて、今にいたる大陸w

金子の身長を少し縮めてみました。
天狗さんはみんな小さいのよ。

藍様が幻想郷でしか生きられない=個人設定です。

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