東方紫陽花考   作:氷川蛍

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のんびりしたペースでやって行こうと思います。
大好きな東方Projectの中、とっても好きな紫様と藍様、八雲一門を中心にした話を少しだけ。


序章 湖水の波紋
雨の夜


 しとしと、そういう音が実際にしているわけではないのだが、軒からつたい木にかかる雨には心にしみいる音を感じさせる。

障子戸と、雨戸の重ねを開いた奥の間にある掛け軸。

少し色あせ、特に字も絵もないそれの前には、緩い雨風に揺らされて古紙の香りを舞わせていた。

 ここは人里から遠い、そして猫達が住むマヨヒガからも遠く、妖達が住む山から遠い。

まるで湖水の上に浮かぶように、靄の立つ間にポツンと存在する館。

 

「今日はもう……いらっしゃらぬか……」

 

 掛け軸の前に座るそれ、人ならざる者は抑揚のない声を一人零した。

青の道士服に方陣の棋風を描き、下に白の清め衣を重ね着している。

顔立ち美しく、凛とした鼻筋に、閉じた眼。

豊かな麦の原を思わせる金色の髪に、道化が被るような帽子。

房に文殊と耳に宝珠。

人の姿をしたそれが、人成らざる者であると断ずる事が出来るのは、その身に揺れる九房の尾。

およそ二畳を占有するほどに大きく、柔らかに揺れる尾が、ここに佇む美しき女を人とは違う者と知らしめていた。

 

「せっかく御膳も、雨ではおいしくなかろうて……そういう事であろうか?」

 

 三方の膳を三つ並べた上には、魚と酒、少しの総菜を盛った白磁の皿。

 

「それとも普通過ぎたか?」

 

 自分が腕をふるい作った膳を細い糸目で眺める。

ここに来る御仁は、割と些細な事を元に話を始める。

つまらない事だろうと、高をくくっていると心の奥底までをの覗き込まれるような会話に繋がるという奇妙を旅する事になる。

何度か、顎に手を置き細い指先で膳を確認して。

 

「いきなり人を食べたいと言われても……困るというものだが」

「そう言うやもしれぬわよ、私は」

 

 声は緩く、開け放たれた障子の間に響く。

続くのは、空気を歪める万力の響き。少しばかり腹に伝わる振動の前で掛け軸の中央は大きく裂けた。

空間を刃物で切ったような穴の中、ざわざわと揺れる枯れ草のように手と手、目と目の世界から紫の道士服を付けた足は滑らかに膳の前に立った。

上衣の紫と、白の下衣は広がりに波打つ裾を持ち、装飾の多い服に金の髪と、黄昏時を過ぎ人を夜に誘う色の目は笑っていた。

 

「お目覚めお待ちしておりました。八雲紫様」

 扇子を開き笑う口を隠した主。

「変わりないか? 私の式、藍よ」

 落ち着きのある音色に、少し尖る声で聞いた。

 

「所に変わりはありません。ただ神社の巫女が代替わりをいたしました」

「まあ、まだ若い身であろうに……そう憶えておったが?」

 

 小さな欠伸には悪戯な目、眼前の糸目は同意と頷く。

 

「ええ、そうですねまだ若いです。ただ長く独りで事を成すものではないという事のようで」

 若い、とはいえここにいる人成らざる者からみれば、砂時計の一粒の時にすぎない

時は長く、そして眠りの一瞬であると互いの目で認めると。

 

「そう、でわ挨拶に行かなぬとねな……でもまあ、雨が止んでからでよかろうてよ」

 

 軽く仰ぐ扇を閉じると、膳の前に静かに座る。

続く雨の音の中で、紫は最初の一杯を喉に通す。滞りなく唇から喉をかける潤いに熱い息を吐くと箸には触れず、盃を重ねる。

 

「久しくこちらに来たのよな、なにぞ楽しい事があると良いのだが……あれ騒がしい事とか、泉の赤い館の者達はどうしておる? 」

 

 茶化しながら盃を前に、静かに避けを注ぐ藍は少し眉をしかめると。

 

「そうはおっしゃっても、郷に響く様な騒ぎはご勘弁のハズ。あの者達の動き、見てはおりますが特に変わった事はありません。当主は変わらず血を好むままですが、取るのは少しばかりの量にて問題なく。ごくまれに人掠う事も有りますが、郷に問題が残るほどでもありません」

「たまにね、夏はいやだけど秋口には食べたいわね……人、柔らかそうなのがいいわ」

「かしこまりました。良く憶えておきます」

 

 口端を少し浮かせる苦笑い、久しぶりの主はご機嫌な様子で掛け軸の切れ目、自分の来た穴の中に手を差し込むと分厚い書物を取り出した。

 

「外の世界のものよ、どうぞ読んでみたら。事象というものを算学として示したものらしい」

 表紙に数学と書かれた本。何冊は工学、数冊は化学。

どれも整然とした字体と、分厚く綴られた書物。

 

「事象を数字に?」

 

 聞かぬ言葉に質問をすると、細く長い指と飾られたネイルは藍の額にふれる。

 

「そうよ、藍ならば思い浮かべれば出来るというものをな、わざわざ数字してあるのよ。物事は分解すると細かな個になろう、それがどのように足されまたは引かれ、重ねられては削られる事により物体、または事象になるかを知る一つの方法が書いてある」

 

 言っている事はわかるが、自分の持っている技を分解する意味はなんであろう?

藍は素直に首を傾げ問う。

 

「そのように物事を細分する意味はなんでありましょう?」

 

 開かぬ糸目の式の問いに、八雲紫は静かに笑う

 

「知っている事と、知らぬ事。知っている事の中身と、知らぬ事の無知。そうこれはね、いずれ貴方が式を使役する時に役に立ち、郷を護る要を知るのに役に立つ。私は嘘はつかない」

 

 まるで試すように細く尖る瞳孔。

 

「紫様、貴女様が嘘など」

「あら、でも嘘やもしれない」

 

 クルリと発言を返す。盃を満たし揺れる酒を見つめて。

 

「これが満ちるために必要な数がある……そう思う?」

「紫様が思われるのならば、きっとあるのでしょう。大変興味深くなりました」

「そう言うてくれると嬉しい、今夜は長く語らい、長く呑もうぞ。ここは幻想の郷、時に狩られ急ぐことのない日を過ごそう」

 

「はい、おおせのままに」

 

 雨露の向こうにあるであろう星を詠む紫に、藍はただ膝を着き敬服と畏怖を憶えながら主の帰宅を迎えた。

 

 そして少しずつ時は動いて行く、この幻想郷の緩やかな日々が




初めまして氷川蛍です。

古式の語りをする紫様が大好きです。
ただし上にも書きましたようにゲームはプレイした事がありません。
いつも友達が楽しそうにやっているのを横に、見ていて、たくさん種類があってどれも好きです。
これ機会に本を何冊か、求聞史から、文花帳を。本に描かれているイラストが可愛くて大好きです。
少々日本語も不自由で見苦しいところもあると思いますが仲良くして下さると嬉しいです

この先は紫様と藍様の出会いトークや、橙と藍様の出会いトークなんかを書きたいなと考えてます。
あまり長くならないように、できれば短い作品として作りたいと思います。

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