「ねぇ、秋。この人たち・・・・・・誰?」
「えっと・・・・・・知り合い?」
朝から秋は春華に詰問されている。朝起きて隣ののベッドに知らない女が四人もいればこの部屋唯一の男の秋を疑うのは当然だ。
「それに・・・・・・どうして秋のベッドで寝てたの!?私も寝たことがないのに!!」
春華が一番怒っているのは自分が寝たことがないのに何処の女とも分からない四人が秋のベッドで寝ていたことが一番気に入らない。
「流石に年頃の女の子をソファーで寝かせる訳にはいかないだろ?それに数が足りないし」
「うぅ~!!そういう意味じゃないの!!」
春華は自分の言いたいことが伝わらないことに若干イライラする。
「良い!?同じ歳の男の子が使ってるベッドに女の子を寝かすなんて、飢えた狼の群れに羊を放り込むような愚行だよ!!私なら間違いなく秋のベッドを滅茶苦茶にする自信があるよ!?」
「僕は君のその発言にドン引きだよ・・・・・・」
そもそも、秋は楯無達の事を異性として認識していない。秋にとっての異性は後にも先にもジャンヌ・ダルクただ一人。
「朝から喧しい。春華、お前は今日は学校だろ?遅刻する前に行け」
「えっ?あ、本当だ!?秋!帰ってからじっくりと話を聞かせてもらうからね!?」
春華は食パンをくわえ、慌ただしく部屋から出ていった。
「はぁ・・・・・・朝から喧しい奴だな、お前の姉は」
「えぇ・・・・・・昔からあんな感じですよ。喧しくて、無神経で、人の領域に土足で踏み込んで来るくせに誰にでも分け隔てなく接するんですから、たいした人間ですよ。春華は」
橙子はため息を吐いているが何処かからかうような瞳で秋を見る。秋も秋で呆れたような顔をしながら口元は少しだけ笑っている。
「それで?今日はどうするんだ?お前も学校に行くか?それとも黒魔術使いを捜すのか?」
「そうですね・・・・・・いくつか霊脈が通ってる場所に仕掛けをしてきます。そのあとは・・・・・・そうですね。夜まで散歩してきますよ」
秋は今日の予定を橙子に伝えてから自室に入っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・・・・秋は行ったな。これからの君たちの話をしましょうか」
秋が出掛けたのを確認した橙子は眼鏡をかけて、話を始めた。
「更識家を実質的に潰してしまった手前、君たちを放置するのは気分が悪いのよね。出来る限りの援助はしようと思うけど・・・・・・何かしてほしいことはあるかしら?」
「・・・・・・私と本音は布仏の分家筋から前々から誘いがあったので其方に世話になろうと思っています。ただ、お嬢様を一人にする訳には・・・・・・」
布仏虚は対面に座っている楯無を見る。楯無はいまだに瞳に光はない。『まるで人形のようだ』、虚は主にたいして無礼であると思いながらも、そう思わずにはいられなかった。
「・・・・・・虚さん。私とお姉ちゃんは大丈夫だから、分家筋の方に行ってください」
簪はそう言うが、誰の目から見ても無理をしているのが分かる。
「私は嫌だよ~!かんちゃんとお別れなんてしたくないよぉ~!!」
「本音・・・・・・我が儘言わないで。一生会えない訳じゃないんだから」
虚の妹、布仏本音は泣きながら簪と別れることを拒否するが、簪が宥める。
「・・・・・・虚ちゃんたちは本当にそれで後悔しないのね?」
「はい。ですからどうか、お嬢様と簪様を此処に住まわせてあげてください」
虚は立ち上がり、橙子に向かって頭を下げる。虚とて橙子に思うところが無いわけではない。橙子の報復のおり、匣の中の『魔』に
「わかったわ。でも、君たち二人を養えるほどこの会社にはお金は無いわ。だから、働いてもらうわよ。それでも良い?」
事実、『伽藍の堂』は年中経営難だ。橙子の建築物のデザイン料に秋の依頼料等で賄われている。そこから黒桐幹也への給料、秋の学費、三人の食費、橙子が注文した骨董品等で一気に吹き飛ぶ。
「あの・・・・・・本当に良いんですか?私たちを此処に住まわせても蒼崎さんには何の得にもならないのに」
「良いの良いの。君たち二人には秋がお世話になってるしね。それに、更識を潰したのは私だし二人を放置して路頭に迷わせる訳に行かないじゃない」
橙子は煙草に火を灯す。実際は心配してが四割、打算が六割だ。橙子は簪の『近未来視の魔眼』を手元に置いておくためだ。とある事件の加害者にして被害者の少女と同じ、先天的な魔眼持ち。橙子にとってこれほど興味をそそるのは秋を拾って以来の出来事だ。
「なら・・・・・・すいません。お世話になります、蒼崎さん。お姉ちゃんの分も私が働きますから、今は休ませてあげてください」
「ええ、今の彼女を働かすほど私も鬼じゃないわ。近いうちにカウンセリングしていくからそのつもりでいてちょうだい」
橙子は煙を吐き出し、窓から見える高層建築物群が建ち並んでいる風景を見る。
(今日には嵐が来るかしら・・・・・・頑張りなさいよ、秋)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・・・・此処にもある」
秋はアインツベルンの森にいる。かつての聖杯戦争に参加していた最強のマスターと不撓不屈の大英雄が拠点にしていた城と森。そこには冬木教会の地下で見つけた魔方陣が書かれている。
「ここでも儀式をしたのか・・・・・・」
秋は魔方陣に触れる。橙子から
「下手に細工したらバレるね・・・・・・」
秋は袖口から黒鍵四本を取り出して、魔方陣の四方を囲うように刺す。黒鍵の刃には『土地』のルーンと『財産』のルーンが刻まれている。『土地』のルーンによって魔方陣の回りを外界から隔絶し、『財産』のルーンによって、魔方陣が書かれている土地を秋の財産だと一時的に世界に誤認させる。こうすることで霊脈から流れてくる魔力を遮断した。
「あとは上手く起動するか・・・・・・だね」
秋はしばらく魔方陣を見つめてから、アインツベルンの森を後にした。森を抜け、人混みに紛れ、ビル街の隙間を抜けていく。そしてーーーーーー秋の足は一つの住宅の前で足を止めた。
「・・・・・・・・・・」
普通の住宅、在り来たりで、一般のサラリーマンがローンを組んで買うような家だ。その表札には『織斑』と書いている。
「馬鹿らしい・・・・・・」
秋にとって、織斑家には未練はない。そもそも、此処に来たのはただの偶然。秋は住宅の前を通り過ぎていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜。ネオン煌めく繁華街を秋は歩いている。路地裏から聞こえる不良の笑い声、客引きの声、車が走り去る音、その全てに関心無く繁華街を歩く。
「収穫なし・・・・・・か。大まかな霊脈が通っている場所には黒鍵を刺しておいたけど、どれだけ効果があるか」
繁華街を抜け、自身の家とも言える建物『伽藍の堂』に帰るために歩いてる。辺りの工場は仕事が終わったからか明かりが消え、まるでゴーストタウンのように人気がない。
『ーーーーーーまさか、生きているとは思いませんでしたよ』
ーーーーーー工場地帯に男の声が反響する。
「そういうお前こそ、まだこの町に居たんだ」
『ええ、いますとも。私の目的は根源への到達。そう易々と帰る訳にはいきませんからねぇ』
秋の前に人形の影が表れる。
『生き残った貴方には私が根源に到達するところを見学する権利をあげましょう。この町を守りたいんでしょう?生きたいんでしょう?私を止めたいんでしょう?午前零時、この町で一番高い山でお待ちしておりますよ、極東の魔術師』
影はその言葉だけを残し、霧散した。秋は何事も無かったかのように歩き出す。伽藍の堂の階段を登り、事務所に入る。
「帰ってきたか。何か収穫はあったか?」
事務所には普段通りの橙子が煙草を吸っていた。その姿に秋は何故か安心した。
「今さっき宣戦布告されましたよ。自分を止めたかったら円蔵山にまで来い、らしいです」
「ほぉ、用心深いくせに挑発と来たか。もちろん行くんだろ、秋?」
「ええ、今は相手の思惑に乗ってやりますよ。
秋は着ていたコートを脱ぎ、椅子にかける。
「・・・・・・四人はどうしてます?」
「隣の部屋だ。今ごろ春華も含めてガールズトークでもしてるんじゃないか?」
「そうですか・・・・・・コーヒーでも飲みます?」
「ああ、貰おう」
秋はコーヒーメイカーに豆を入れ、スイッチを押す。コーヒーメイカーが豆を焙煎する音だけが事務所に響く。焙煎が終わり、カップにコーヒーを注いでいく。
「はい、出来ました。幹也さんみたいに上手に出来てないと思いますけど」
「インスタントを淹れるのに上手い下手は無いだろ」
橙子は秋からカップを受け取り、一口飲む。
「・・・・・・まぁまぁだな」
「あはは、そうですか」
橙子の評価に秋は気にした風もなくコーヒーを飲む。
「・・・・・・まぁまぁですね」
「だろ?」
自分で淹れておきながら橙子と同じ評価だった。
「少し待ってろ。何か作ってやる」
橙子はパイプイスから立ち上がり、もはや春華の領域となっているキッチンに入っていった。
「先生の手料理・・・・・・」
秋はイスに座り、コーヒーを飲みながら橙子の手料理を楽しみにしていた。この先にある、黒魔術使いとの戦いを見据えながら。
・布仏の分家筋
魔術のことは知っているが魔術とは一切関係無い分家。布仏本家の虚と本音の扱いに不満を持っている。密かに虚に分家に来ないかと誘っていた。なお、現当主はかなりの子供好き。
・とある事件の加害者にして被害者
CV能登麻美子さんなあの人。坂本真綾さんとの共演多いね。
・『土地』のルーンと『財産』のルーン
何処かでルーン文字は解釈によって意味が変わる、って聞いた気がしたので深くは突っ込まないでください。