遊戯王GX ~もしもOCGプレイヤーがアカデミア教師になったら~   作:紫苑菊

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すいません、モンハンやっていて遅れました。キリンが悪いよキリンが。
もう少しで第一部が完結します。それが終わり次第廃人の方を完結させるつもりです。リメイク、改定は、もう少し後になるかもしれません。





第17話

 

 ふと、昔の夢を見た。

 

 当時、俺はペガサスさんに保護されたばかりで、どこにも友と呼べるようなものはなく、周囲の子供たち(と、言っても既に15を超えた子ばかりだったが)から孤立していた。

 無理のない話だった。その時既に、俺の悪評は伝わっていたらしく、特にペガサスを敬愛していた月光やデプレなどは、俺を「デュエルモンスターズの価値を貶めた戦犯」として扱い、夜行などは逆に俺を「大人たちの被害者」として扱うものだから、無理はない。

 俺に同情的なのは「被害者」であるからで、それが違うことを知っているのは俺だけ。むしろ月光達の扱いの方が、正直ありがたかった。が、それはそれで精神的に摩耗していく。当時の俺は、これを一種の罰なのだと受け入れていた。

 そんな時だった、彼女と再会したのは。当時、彼女はペガサス・チルドレンではなく、コクラン邸と呼ばれる、コクランの屋敷に住んでいた。だが、そりが合わないのか知らないが、チルドレンたちが住むこの施設に、ミニオンのメンバーと同じように生活することがままあったらしい。

 さらに言うなら彼女は優秀で、よくペガサスさんの仕事を手伝ってもいたらしい。そのことを知ったのは、もっと後になってからだった。

 

「隣、いい?」

 

 そう聞いたのは俺かあいつか、どっちだっただろう。

 多分向こうからだったと思う。俺は、他人に顔向けできるような奴ではなかったから。施設の外にあるベンチの上で、二人して腰かけた。あいつも俺も、出来るだけ人に会いたくなかった。

 他の奴らとは遊ばないのか?と言うと、一人になりたい時だってある、と言って、俺の隣にいるのだ。不思議だった。チルドレンやミニオンから嫌われている俺はともかく、その逆であるこいつも、ここに一人でいるのだ。

 なんとなく、俺は急激に寂しくなった。新聞を読みながら、微塵もその内容は頭に入ってこない。久々に誰かといる感覚が、こんなにも落ち着かないものだとは思わなかったのだ。

 少し隣を見てみた。何を読んでいるのか気になったから。『シェイクスピア』の物語集、『タイタス・アンドロニカス』や『リア王』が表紙裏のリストに書かれていた。本の趣味がとても同世代とは思えない。思わず苦い顔をしてしまった。

 

「好きなんだ、シェイクスピア。現実味があふれてて。」

 

 声を掛けられるとは思っていなかった俺は、思わずぎょっとした。

 

「そんなに意外?『ドグラ・マグラ』よりはマシじゃない?」

 

 いや、そうじゃなくて見ていることを悟られたのが意外だったのだ。随分と集中しているものだと思っていたから。

 

「うん、なんとなく集中できなくて。」

 

 そう言って、彼女は本を閉じた。きっと、彼女も俺と同じで、落ち着かなかったのだろう。

 

「あなたは、何を読んでいるの?」

 

 彼女は、俺の持った新聞を覗き込む。そこには、何一つ楽しいことなんて書かれていない。強いて言うなら、あの事件の顛末を記したものが、新聞の三面記事の片隅に追いやられて書かれているだけなのだ。それを見て、あの事件が風化しつつあるのを、俺は感じ取っていた。

 渋い顔をする。そりゃあそうだろう。ああまで言って彼女を説得したのに、何一つ俺は前に進めていないのだ。

 話題を逸らしたかった。随分、残酷な話が好きなんだな、と声を投げる。

 すると、少し驚いたかのようだった。いや、どこか心ここにあらずだったのかもしれない。ああ、うん。と呆けたような返事をした後、彼女は言った。

 

「だって、分からなくないじゃない。」

 

 人間、誰だってああいう感情を持っているものでしょ?

 彼女が開けていた頁は、『ハムレット』の表紙が飾られていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 随分と、嫌な夢(・・・)だ。嫌な予感、と言うものを凝縮させると、何もない、平和な夢を見るのだと知ったのはいつだったか。自分が、そう言う人間だと気付いたのも同じ時期だったような気がする。

 不幸な、でも幸福な、でもないとこがミソだ。そもそも、夢なんてものは自分が見た記憶のツギハギから出来るものなのだから、それはただの記憶の塊だ、と流すことだって出来る。そして、俺の記憶は、その大半が不幸な過去で出来ていると言っても過言ではない。

 幼少、つまり前の世界の時は幸せだった。両親に恵まれ、祖父、祖母に恵まれ、成績もそこそこ優秀で、友達もそこそこいた。言ってみれば、少しだけ幸せな、平凡な生活だった。

 少年期に入ったころ、親に違和感を覚えた。自分、と言うものを全く見られていないように思った。それを感じるのと同時期に、親には離婚話が出ていたし、祖父や祖母の人となりが、よくわかった。

 祖父や祖母は、褒められた人間ではなかった。自分の都合のいい人間を手元に置き、そうでないものは迫害する。なまじ、中小企業の社長と言うのが余計にそれを助長させていた。

 母はそんな祖父母を嫌っていた。ああはならないと、自分の家族はああはならないと決めていた。そして、それを家族に押し付けようとした。いや、押し付ける、ではなかった。願っていた。

 そんな時に、浮気が発覚した。よくある話だった。父は、プレッシャーを感じていたのだろう、分からなくもない。当時中学生だった俺も、それに反発していたから。

 家庭はすでに崩壊していた。仮面、と言うものを全員が付ければこうなるのだと知った。

 幸せな思い出は、そこで途切れた。今はもう、かけらほどしか幸せな思い出はない。

 そんな折だった。よくわからない『何か』に出会った。平凡な夢の中だった。両親がいて、妹がいて、みんなで楽しく騒いでいる夢だった。

 でも、そんな光景はあり得ない。俺に、妹なんてものは存在しない。いるのは、判明したわりかし年の近い異母妹だけ。父の浮気がいつからだったのかは、想像がつくというものだ。

 

『幸せになりたいか?』

 

 夢の中の『何か』は、そう俺に告げた。『何か』は、人の形をしていなかった。

 そう、まるで大きな竜のような形をしていた。

 

『幸福になりたいか?』

 

 俺に問いかけた。これが夢の主だろうか。

 

『この光景を、現実にしたいか?』

 

 その言葉で、この光景は『何か』が用意した『if』なのだと、理解するのに時間はかからなかった。

 平和な空間だった。誰も彼もが楽しそうで、この世に憂うことなんてないと言わんばかりの光景だった。

 ここで暮らせればどんなに良かっただろう。素直にそう思えた。

 

 だけど。

 だけど、俺はこの光景を願わなかった(・・・・・・)

 だって、当時の俺は思春期だった。出来心だったんだ。

 

 つまり、何が言いたいかと言うと。

 俺は、『家族のいない世界』を望んだのだった。これから先の俺の未来は、すべて自業自得なのだ。

 

 だから、これから起こる俺の選択も、きっと自業自得なのだ。

 

   ◇

 

 不思議なことに、『俺』の入院は、『彼女』の入院よりも長引くことになった。

 まあ、幻魔の力を使って直した彼女と、精力気力をとうに使い果たし、その状態で尚且つ過労死一歩手前まで精霊の力を使った俺となら、幻魔の力>魔法、という図式が出来上がるのは仕方のないことだろう。彼女は早々に車椅子から立ち上がるほどに回復し、大して俺は入院生活を強いられていた。

 

「君ね、無茶するならそれはそれで事前に言っておいてくんない?」

 

 とは、担当してくれた顔見知りの医者の談だった。そんな無茶な、とは思うが、個室の病室を手配し、死の一歩手前まで逝っていた俺を文字通り救ったわけだから、何も言えない。

 

「・・・言っとくけど、私の責任じゃないよ、それは。君が無茶しすぎたのだ悪いんだ。」

 

 そう言う医者は、それでもなんだか罪悪感を抱いているようだった。

 

「・・・君は一度心臓が止まっていた。脳に酸素が言っていない、所謂脳死状態に近かった。

 発見が早いのが幸いしたね、ジュリアちゃんに感謝すべきだ。パニックになりながらも、必死に看護師を呼んだおかげで、何人もの看護師が集まってね。迅速な処置が行われた。

 ・・・君くらいだと思いたいね、心臓が止まっていてもなお動こうとする大馬鹿者は。」

 

 訂正、どうやら俺は一度死んでいたらしい。そりゃあ、入院も長引くはずだ。

 

「ちなみに聞きたいんだが、死ぬ直前に最後に残ったのはやっぱり聴覚なのかい?」

 

 その質問は余りに不謹慎だとは思ったが、最後に聞こえてきたのは彼女の声だったので、間違いはないのだろう。

 

「・・・いいねぇ、若いってのは。私もそんな青春を過ごしたかったよ。」

 

 先生の青春、と言うのは少し興味がある。目の前の人物は、ガタイのいい、所謂マッチョ体系だ、とでもいうべきか。顔つきも悪くなく、むしろ整っている部類に入るだろう。

 ・・・彼が『女』と言うことを知らなければの話だが。

 

「私の青春?そりゃあ灰色だったとも。レスリング部に入ったあとはボディービルダーを目指してたんだけど、うまくいかなくてね。結局親の後を継いで医者になったわ。」

 

 納得の経歴だった。いっそ、性転換手術をお勧めしたくなる。

 

「嫌、男の子は好きだけど、なるものじゃない。」

 

 全くである。至言である。

 

「・・・話を戻す。脳に酸素が言っていないっていうのは、それだけ障害が残りやすいということ。君の場合、左半身の神経が少しマヒしている。

 それだけじゃない。どれだけ心臓に負担をかけたのかは知らないけれど、随分と弱ってる。施術中、いつ心臓が止まるか冷や冷やしたわ。」

 

 俺からすればその程度で済んでいたというのが驚きだ。『トラゴエディア』の影響が及んでいるのは分かっていた。むしろ、そのまま心臓が止まっていてもおかしくはなかった、とさえ思っている。それに、地下にいた時に電撃は浴びることが多々あったから、その影響で心臓自体の機能は芳しくなかった。それでも生きているほうが不自然なのだ。

 やはり、『あれ』は俺を簡単には死なせてくれないのだと痛感した。左手の『痣』があった『痕』を見る。『竜の心臓』の絵が描かれたその痣の痕は、『あれ』、即ち夢に出てきた龍、『アルティマヤ・ツィオルキン』との契約の証だった。と、言ってもすでの痣は消えてしまったが。

 そう、俺は『シグナー』だった。正確には、『シグナーもどき』と言い換えて差し支えない。龍に『選ばれた』のではなく、契約した結果の『副作用』でなあなあで選ばれた『シグナー』。だから、何処かの主人公みたいに特に竜を扱えるわけではない。強いて言うなら、『過去のシグナーの龍』なら、ツィオルキンが貸してくれれば扱えるが、そうでないなら、俺は本当の意味では龍を扱えない。『レッド・デーモン』を使って地形を変えたり、『スターダスト』を使って自分や子供達を守ったりすることはもうできないだろう。

 報酬は『俺の幸せ』。契約内容は『守護』、こちらの世界に来てから、その役目と力を貰い、今まで生きていた。『ツィオルキン』としては、俺が次の世代の『シグナー』を選び、守ることを望んでいたらしいが、体に残った障害により、『守護』という役割を俺が果たすことは、これで出来なくなってしまった(・・・・・・・・・・・)

 俺が死んでいないのは、何かしらあの神様が、便宜を図ったのだろう。最低限の保証をしてくれて、俺が生かされたのはそう言うことだ、とそう感じた。その証拠に、もう俺の腕には痣がなかった。

 もしかしたら、『あれ』はもう、この時代の『守護』を担う誰かにとりついた(寝取られた)のかもしれないが、そんなことはもうどうでもよかった。

 

「聞いてる?」

 

 身を乗り出して先生が俺の顔を見た。どうやら考え事をしているのがばれたらしい。素直に降伏すると、注意事項を淡々と告げていく。

 

「とにかく、しばらく激しい運動は禁止、心臓に負荷をかけるような行為はもってのほか。

 ・・・できれば、アルコールの類もしばらくは禁止。それから・・・。」

 

 そして最後に、俺に究極の罰を先生は申告した。俺の口元にあるモノを拳で弾く。

 

「煙草、禁止ね。病院内で吸ったらぶっ殺す。」

 

 ひぎぃ。

 

 

   ◇

 

「病院内で吸ったらいけないんじゃなかったの?」

「『病院内』だろ?ここは中庭、『病院外』だ。」

「屁理屈こねて。」

 

 怒られても知んないよ、と彼女、ジュリアは言った。会うたびに思うが、幻魔、人の力が及ばない神秘とは、こうも凄まじいものなのか、と思わずにはいられない。それほどまでに、急速な回復だった。

 目の前にいる彼女は血色がよく、とてもこの間まで寝たきりだったとは思えない。少々肉付きが気になるが、数年寝ていたら仕方のない面もあるだろう。

 

「隣、来るか?」

「その煙草を吸い終えたらね。」

 

 そう言われたら仕方がない。携帯灰皿にまだ半分残っている煙草を無理やりねじ込んだ。煙草を買いに行くことを考えれば少々もったいない気はする(病院の購買では売られていなかった)が、ついこの前まで寝たきりだった彼女を立たせるほうが嫌だった。

 吸い終わるのを確認するとジュリアは隣に腰を下ろした。

 

「煙草、吸うようになってたんだね。」

「ああ。」

 

 『トラゴエディア』が好きだったんだ。そう言うと、ジュリアは酷く驚いたようだった。

 不思議なことじゃない。『トラゴエディア』は快楽を求める悪魔だった。だが、そのルーツを辿れば、あくまでそれは『クル・エルナ村の盗賊』の現身でしかなかった。元をたどれば、彼はあくまで()だったのだ。

 そんな悪魔が望んだのは、煙草を吸うことだった。あいつは、俺が煙草を吸っている間だけは大人しくしていた。俺が少しでも精霊の力を使えば、『トラゴエディア』は暴れだすことが出来る状態だった。そのレベルでしか、俺はあいつを封印できなかった、と言い換えていい。

 だからこそ、あいつは逆に俺に交渉(脅迫)してきた。『娯楽(ゲーム)』や『料理(うまい飯)』『上質な酒』。その望みの一つが、『煙草』だった。本人としては水煙草がよかったらしいが、そんなものは持ち合わせていない。まあ、吸いだしたら紙煙草の方が好みだったらしい。

 本来ならもう吸わなくていいのだろうが、そこは、まあ俺も好きになっていたから、仕方ない。というかそう簡単にやめられない。禁煙なんてものは知らん。

 

「そう、なんだかんだ上手くやってたんだ。」

 

 悪いことしたかな?と彼女は言った。だが、そういう訳じゃなかった。俺とあいつは、仕方なし、と言うことはあっても協力、なんてことは殆どなかった。

 どこぞの妖怪(字伏)人間(獣の槍)みたいなことはなかった。だから、あれでいいのだ。

 

漫画(うしおととら)で表現するのはどうかと思う。」

「なんで分かるんだよ、大分前だぞ、この漫画。」

「ペガサスさんの部屋にあったよ?」

 

 どうやらあの人はアメコミだけでなく日本の漫画にも手を出していたらしい。今度、『からくりサーカス』か『月光条例』あたりでも持っていこう。

 

「そういえばさ、一つ聞きたかったんだ。」

「なんだ?質問なら俺もある。答えてやるから、お前も答えろよ?」

「それはいいけど。」

 

 そう言って、一息おいて彼女は言った。

 

「なんで、『沖田 曽良』って名乗っていたの?」

「そりゃ、俺は有名だからよ。今の俺は、I2社のトラブル相談役(精霊事件の窓口)にして新召喚プロジェクトの責任者(プロジェクト・リーダー)だったんだからな。」

 

 まあ、元が付くが。

 

「凄いじゃん、大出世。その若さで任されたんでしょ?元、とはいえそれもこの事件があったからなんでしょ?外れたの。なら、これから先、任されることも多くなるじゃない。」

「かもな。だけど、今回の件で、俺はいろいろ問題を起こしたから、出世コースからは外れたかも。」

「なんとかなるでしょ、あなたなら。」

 

 期待が重いなぁ、と俺は笑った。でも、多分なんとかなってしまうような気がした。彼女がそう言ってくれると、不思議とそう言う気持ちになるのだ。

 

「でも、なんで『沖田 曽良』?『沖田』はまだある方だけど、『曽良』なんて名前は目立ってしょうがないでしょ?もっと、『山田 太郎』くらいのインパクトがない名前にしたほうがよかったんじゃない?」

 

 いや、『山田 太郎』の方が目立ってしょうがない。履歴書とかの見本でありそうな、明らかに狙った平凡な名前はこの御時世、むしろ見つかりにくい。

 

「ペガサスさんが用意したんだよ、経歴。ご丁寧に名前まで用意してた。一応、協力者だった校長には本当の経歴書渡していたけど、書類上在籍してたのは沖田、と言う名前で登録してた。」

 

 最も、そう言うことを嫌った鮫島校長はその経歴すらデータベースには乗せなかった。そして結局内通者であった大徳寺から俺が潜入者(スパイ)であることが判明したが。

 あれ、これ戦犯校長じゃないか?と頭に過ぎるが、その思考は消しておく。上が白と言えば黒も白になるのだ。社会とはそういうものなのだ。

 

「・・・ねえ、それ、嫌な予感がしない?具体的には命名する経緯。」

「奇遇だな、俺もそう思った。」

 

 大方、あの人の事だから何かの漫画から流用していたのだろう。個人的には『銀魂』と『ギャグマンガ日和』あたりだと思っている。

 

「その二つもあったわよ、本棚に。」

「確定した件について。ちょっとアメリカいってぶん殴ってくる。」

「今度にしときなさい今度に。」

 

 こうして、二人そろってため息をつくことになった。また仕事をさぼって漫画でも読んでいたんだろう。あの人が持つ仕事用のタブレットの中に、多くの電子化された漫画がインストールされていることを知っている身としては、何とも言えなくなった。

 

「そりゃあ、ばれるわ。というか、生徒によく今までバレなかったな、この名前。」

「そうよね、世代的には生徒にバレるか心配になるわよね、その名前。」

 

 ちなみにだが、後日十代に聞くと、普通に怪しまれていたらしい。元になった名前の二人が両方とも性格(キャラ)が似ているから、仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 

「それで、聞きたい事って何?」

 

 わざわざ前置きしたからか、少し警戒されているらしい。そう聞く彼女の目は、真剣な眼差しだった。

 でも、俺はしばらく話すことが出来なかった。正直、したくはない質問だった。それを聞けば、今置かれた状況が180度変わってしまう。

 このまま聞かなければ、きっと俺は幸せになれるだろう。事件はすべて解決した。『ツィオルキン』はもういない。数年前に会った縁談話もない。俺たちを縛るものはもうほとんどない。それらは時間が解決していた。

 このままいけば、きっと彼女は俺を受け入れてくれるし、精霊たちは祝福する。I2社に戻って、二人仲睦まじく生活できるだろう。その一歩手前まで行っていたのだから、なんとなく想像はついた。

 それでも、けじめはつけなきゃいけない。やったことには責任を持たなければいけない。あの時と違って、俺は、俺たちはもう大人(・・)なのだ。

 

「なあ、ジュリア。」

 

 お前、態とトラゴエディアに呪いを受けただろ。

 

 そう言うと、彼女は驚いた顔で、でもすごくいい笑顔で、でもばつが悪そうに。

 

「やっぱ、バレた?」

 

 と、そう笑ったのだ。

 

 

    ◇

 

 

「最初に違和感を感じたのは、『トラゴエディア』と戦った時だった。」

 

 そう、あの時、少女を使って『トラゴエディア』と戦った時点で、『トラゴエディア』の力は恐ろしいものだった。

 人なんて簡単に殺すことが出来るその力。既に名のある決闘者を再起不能に送り込んでいた精霊。その力は強大だった。だから、俺は自分の心臓に封印する、なんていう荒業を使うしかなかった。

 

「でも、私と会った時はそこまで強力な精霊じゃなかったよ?」

「お前が、力を吸い取る型の精霊の脅威を見紛う訳ないだろ?そこまでお前は無能じゃないし、他にも理由がある。」

「理由?」

「お前、親友の弟(紅葉)と見知らぬ子ども、どっちが大事?」

 

 そう言うと、彼女は急に押し黙った。それはつまり、彼女はその二人なら迷うことなく紅葉を取るのだ、という選択を、既にしていたということに他ならなかった。

 

「力を吸い取る精霊は、その養分(吸い取った相手)が強ければ強いほど、手が付けられなくなる。何より、『トラゴエディア』の出自が出自だ。多少の犠牲を払っても、あれは倒すべきだ。普通の精霊使い(リアリスト)ならそう判断する。」

「いや、私はあのカードの出自なんか」

「お前がI2社のカードリストにアクセスした記録が残っていたぞ?」

 

 そう言うと、彼女は完全に諦めたようだった。手をあげて(ホールドアップ)、降参の意を示す。

 

「『トラゴエディア』は確かに脅威だった。でも、知識も何もかもが数千年前のエジプトで止まり、強力な精霊の力を他に吸い取っていなかった状態の『トラゴエディア』なら、俺はともかく、お前は十分に対処できる範囲だったはずだ。」

 

 ヴァンパイア使いの師匠(ティラ・ムーク)の下で精霊の力を学んだときに、よくわかったことがある。横の彼女が、この時代において、並ぶ者などいないほどの精霊使いであるということ。

 精霊に関する力量だけで言うならば、かの武藤遊戯すら遥かに超えるだろう力を、彼女が持っているということだった。

 そんな彼女が、『トラゴエディア』に負けただけで数年も眠り続けるだろうか。同じ時期、いや、それよりも前に負けて倒れていた紅葉の方が遥かにダメージは重かったはずなのだ。それなのに、彼女は昏睡し、紅葉は回復していった。

 道理が合わない。不条理にも程がある。何か裏があると、この数年、俺は考えずにはいられなかった。

 そして、確信を持ったのはつい最近だった。そして、それと一緒にもう一つ、気が付いたことがあった。

 

「十代から聞いたんだがな。アカデミアに帰るあいつが最後に俺に会いに来た時に言ってたんだ。」

 

 そう言って、俺はあの時十代が言ったことを思い出した。そして、それを一字一句違わずに思い出す。

 

「ネフィに、『初めまして』って言われたんだそうだ。」

 

 そして、それを聞いた瞬間に、ジュリアは空を仰いだ。どこがミスだったのか気付いたのだろう。

 

「おかしいよな、二度目のはずなんだ、十代がネフィに会うのは。」

「そうね、二度目なはずよね(・・・・・・・・)、十代君にとっては。」

「そして、それをお前が知っている。お前は、ついこの間まで寝たきりだったはずなのに(・・・・・・・・・・・・)、だ。

 あと、もう一つ言うなら、俺はお前にバーニャカウダを作った覚えはないぞ。料理を作るようになったのは、トラゴエディアの契約の一つだったからな。」

 

 話してくれるよな、事の顛末を。そう言うと、遂に観念したのだろう、彼女の話が始まった。

 

「まず、初めに断っておくけれど、私もこの事態は予想外だった。」

 

 そりゃあ、そうだろう。こんなこと、誰が望んでなるものか。数年も寝たきりになる事態なんて、誰だって願い下げだ。

 

「・・・こーちゃんに会った時に、呪いをかけられていたのはすぐに分かったの。」

 

『こーちゃん』とは紅葉のことだ。年齢は大して俺と変わらないが、何故かあいつは年よりも若く見られがちだったからか、いつの間にか定着していた愛称。そして、それはこいつが倒れてから誰も言うことのなかった愛称だった。そうして呼ぶこいつの声が少し嬉しくなった。

 

「で、私はその瞬間に、誰がその呪いをかけたのか分かったわけ。」

「いや、ちょっと待て、話が飛躍しすぎている。」

 

 なんで分かんないかなぁ、とでも言いたげに、彼女は俺を見た。

 

「・・・あ、もしかして、何か勘違いしていない?私が『トラゴエディア』の存在を知ったのは、こーちゃんが呪いをかけられる前(・・・・・・・・・)だよ?」

 

 ・・・は?え、どういうこと?

 

「私の仕事(バイト)は知ってるよね?」

 

 そりゃあ知っている。何せ、俺の前任者(・・・)だ。精霊の関与した事件の捜査、そしてその解決役。後に相談役(コンサルタント)なんて言われるようになるその仕事は、かつては彼女の管轄だった。

 元々、I2社に縁がある上に、精霊使いとしてはトップ(武藤遊戯)クラス、更に言うならば、彼女自身が精霊と縁のある生活を送っていたことが大きいだろう。『シャドール』を始めとした精霊たちとも良好な関係を気付いていたし、闇のゲームの存在を正しく認識していた。

 そんな彼女だからこそ、バイトと称して数々のちょとした事件を解決していたのだ。

 

「うん。そして、あの時の私の仕事は、『フェニックスさんが死んだときに行方不明になっていたカードの捜索』だった。

 元々、フェニックスさんも精霊については認識していたし、危険かそうじゃないかの判断はつく人だった。だから、I2社に保存するのとは別に、誰にも存在を知られずに保管しておくべきだ、と判断したカードは、いくつも彼の家に保存されていたの。」

「・・・それは分かった。でも、なんでそれが『トラゴエディア』だと分かった?それに、その言い方なら誰に取り憑いたかも分かってるみたいな言い草だったが?」

「みたい、じゃなくてその通りだよ。」

 

 開いた口が塞がらなかった。あれだけの情報で、もうそこまで特定できたというのだろうか。

 

「言い方が悪かったわね。正確には、『トラゴエディア』であることと、『呪いをかけた犯人』の大まかな年代、そしてその容疑者まで、って感じかな。」

 

 いや、十分すぎる。

 

「考えても見て?こーちゃんが、紅葉があんな風に負けたりする?仮にも世界チャンピオン。全世界で見てもトップクラスのデュエリストにして、私たち『ミニオン』の中で鍛えられた紅葉が、そんな簡単に負けたりする?

 そんな筈はない。なら、何らかの外的要因が必ずある。

 なら、あとはそれが何なのか。呪いを受けるのが分かっている『闇のゲーム』で、わざと負けようとするような状況。見たこともない人間のために、そんなことをすると思う?

 私は思わない。少なくとも私はしようとしない。でも、紅葉は『お人好し』だから、きっと子供か、それとも老人か。」

 

 ああ、俺もそこまでは理解した。でも、そこまでの考えに至ったのは、実際に犯人を見た後だったが。

 

「でも、多分老人はないと考えたわ。」

「まだ決めつけるには早いだろ?」

「ないわよ、だって、デュエルモンスターズが存在しているのはあの時点で十年と少しの話よ?そんな高齢の泥棒が、『ルールをちゃんと把握しているデュエリスト』で、それもそのカードの価値を測れるような人間がいると思う?」

 

 ・・・数は少ないだろうな、と負け惜しみを言うのが精いっぱいだ。

 

「例外はいる。「影丸」さんは多分正確な価値を知っている。でも、そこまでなりふり構って手に入れたいなら、もっと周囲の摩擦の少ない、陰険なやり口を使うわ。」

 

 そこまで言われる影丸に、少しだけ同情した。

 

「だから、多分犯人の年齢層は低い。小学生、よくて中学生くらいの子供。そんな子供が人を殺すとは思えない。だから、犯人の縁者かもしれない、でも、そこまで考えた時にふと別の考えが過ったの。」

「『フェニックスさんが渡した可能性(・・・・・・・・・・・・・・・)』か。」

 

 「正解。」と彼女は微笑んだ。その可能性を考えなかったわけじゃないが、俺はすぐに否定した。なにせ、その肝心の縁者である『エド・フェニックス』のカードにそんな精霊が付いていないことは、隣の彼女と一緒に確認したのだから。

 

もう一人いたの(・・・・・・・)。容疑者は。」

「・・・成程、知っていたのか(・・・・・・・)。」

 

 「まあね。」と彼女は何ともないように言った。

 その先は語る必要はない。フェニックスさんには恩師がいた。かつての上司にして、デュエルアカデミアという計画の先駆者でもあった人物。それと同時に、I2社のカードデザイナーでもあった人物だった。

 彼なら、カードを管理していたフェニックスさんもガードが緩くなって仕方がない。それほどまでに、あの人を崇拝していたのだ、と言うのは後になって知った。

 Mr.マッケンジー。そしてその娘であり、『犯人』によって操られた『実行犯』であるレジー・マッケンジーの存在を、彼女は知っていたのだ。

 

「そこからは簡単、いつも通り犯人を見つけて、元凶を取り除く。でも、そこで一つ思いついたこともあったの。」

「思いついたこと?」

 

 ろくでもないことである、と言うのは流石に分かった。

 

「うん。その呪いを利用して、私を結婚できないような大事故に持っていけないか、ってね。」

 

 想像していた数倍ろくでもなかった。

 

「私が倒れたら、流石に婚約話は破談になる。ベッドから起きれもしない女一人を、ただコネクションのための政略結婚にするには、ちょっと無理がある。

 『あの人』に迷惑はかけるだろうけど、そんなのはもうどうでもいい。それくらいの感覚だった。」

「おい。」

「何より、意趣返しに使えるかもしれないし。」

「おい。」

「それに私なら、最悪死ぬことはないし、自力で封印や呪いくらいなら解くこと出来るし。」

「ふざけるな!!」

 

 つい。

 つい、声を荒げてしまった。自分でも、酷く驚くくらいの声だった。

 

「うん。ごめん。こんな考えに至った私がバカだった。」

 

 だから、こうなったの。そう言って、ジュリアは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

 正直を言うなら、俺はこの時ほどジュリアを、魂の恩人を憎い、と思ったことはなかった。

 だけど、どうして、という思いの方が強かった。そこまで、こいつは卑屈に生きているわけじゃない。邪道を快く思わず、正道を生きる人間だ。

 そんなやつが、本当にこんな手段を選ぶのだろうか。

 

「本当なのか?」

 

 冷静になって、思わず聞いてしまった。

 

「・・・うん。」

「そうか。」

 

 それしか言える言葉がなかった。それほどまでに、彼女が選んだ手段を信じることが出来なかった。

 

「正確に言うとね、実は直前で怖くなったんだ。」

 

 そりゃあそうだろう。その行為は、俺たちにとって自殺とほぼ同義だ。

 

「だから、やめようとしたの。でも、それを許してくれなかった。」

 

 許してくれなかった。そう言った瞬間に、俺は何か勘違いをしていることに気が付いた。

 

「なあ、ちょっと待て、その言い方だと、戦う相手はまるでいつもは許してくれるみたいな言い方じゃないか?」

 

 そう、許してくれなかった、と言ったこいつの言い方は、普段から親しい相手に言うような言い方だった。

 そんな筈はない。こいつとトラゴエディアにはそんな関係はない。

 

「そうだよ。」

 

 なら、こいつが戦った相手はなんだ?

 

「ネフィリム。」

 

 エルシャドール・ネフィリムだよ。そう言って、彼女はさも当然とでも言いたげに、居直った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 つまりは、こういうことだったのだ。

 こいつの結婚を喜んでいなかったのは、精霊であったネフィリムも一緒だった。

 その結婚を破談にするため、彼女たちは計画を立てた。問題になっている『トラゴエディア』を利用して、結婚を破談にするための計画だった。

 だが、直前になってジュリアは怖気着いた。当然だ。周りを巻き込むようなやり方を、こいつは望まない。それをするならば、いっそこいつは行方をくらますだろう。そういう方法を選ぶ人間だった。

 このやり方を計画したのは、単に、縁談話を持ってきた父親に対しての、『意趣返し《復讐》』でしかない。

 だが、ジュリアの計画を実行しようとした『ネフィリム』が、それを許さなかった。

 トラゴエディアを利用するのではなく、自らジュリアを昏睡させようとした。

 

 その結果が、この惨状だった。何年も起き上がることなく、永遠に眠り続ける彼女の姿だった。

 

 「ネフィリムは、私の魂だけを別の場所に追いやることで、私をある意味で封印したの。」と、言うのは彼女の談だ。影衣融合を用いて、自分の体をジュリアに明け渡す、と言うやり方で、ジュリアの体から魂を引きはがした。

 シェイクスピアの『タイタス・アンドロ二カス』を思い出した。

 タイタスはサターナイアスの助言に従い、辱めを受けた娘、ラヴィニアを殺してしまう。辱めを受けて生きながらえるより、いっそ生から解放してしまえば、という考えのもとに。

 今思えば、あれらの物語は、ネフィリムも好んでいた。望まぬ結婚で、望まぬ生を送るなら、いっそのこと、と考えたのかもしれない。そう言う危うさが、ネフィリムにはあった。それ故なのかもしれない。

 話を戻すが、まあつまり、俺がずっとネフィリムだ、と思っていたのはジュリアで、ネフィリム自体はずっとどこかで眠っていたのだ。

 そりゃあ、俺が料理を出来ることも、俺があの学校で起こした顛末も知っているはずだ。俺が、どういう思いで過ごしていたのかも知っていてしかるべきだ。

 なにせ、当の本人は5年間も、自分と共にいたのだから。

 謎は解けた。『トラゴエディア』が昏睡の原因ではないのなら、それを倒したところでジュリアの容態が回復することはない。

 5年も一緒にいたのなら、俺がどういうことを出来るようになっていたのかも、もちろん知っている。

 全ての真相がわかった今、これ以上語ることはもうないだろう。

 

「なあ、最後にもう一つ聞いていいか?」

「どうぞ?」

「その意趣返しの対象、俺も含んでいたのか?」

 

 まあね、と彼女は言った。不思議とすんなり納得した。つまり、彼女はこの縁談話を、俺からめちゃくちゃにしてほしかったのだ。『駆け落ち』と言う形なら、自分は決められた婚約者と暮らさなくて済むし、なにより父親に対してのいい復讐になる。

 あの時にそう言ってほしかった。期待していた。俺が彼女と一緒になりたいと言ったなら、そこでもう実行するつもりでいた。でも、そうはならなかった。

 だから、彼女は意趣返しと言ったのだ。復讐ではなく、意趣返しと。それは、俺を憎んではいないが、ちょっと痛い目にあってほしい、という願望だったのだ。

 そして、ここまでのことになることは、きっと彼女も想定外だったに違いない。好き好んで、ここまで長い間眠り続ける奴なんて、いないのだから。

 

「酷いことして、ごめんなさい。」

 

 それは俺のセリフだった。こいつの気持ちを汲んでやらなかった。前科者だから、と言い訳して逃げずに、こいつの気持ちを最優先に組んでやるべきだった。

 

「ずっと横にいたのに、このことを伝えなくてごめんなさい。」

 

 それは違う。伝えなくて、じゃない。俺が伝えさせなかった(・・・・・・)。ネフィリムに対して、俺は壁を作っていた。ジュリアを守れない精霊だ、とどこかで軽蔑していた。憎んでいた。

 それを、ジュリア(ネフィリム)は正しく察知していた。だから、それは違う。

 

「ごめん、なさい。」

 

 泣いていた。いや、違う。彼女を泣かしたのは、俺なのだ。

 だから、これだけは言わなければならない。

 

「なあ、伝えたいことがあるんだ。」

 

 あの時伝え損ねた、この言葉を。

 最後に会った時に伝えられなかった、この言葉を、俺は伝えなければならない。

 この年になって、どこのラブストーリーだ、と思わないこともないけれど、まずはそこから始めよう。

 

「ジュリア。」

 

 だって、俺はずっと。

 

「あなたを、愛しています。」

 

 彼女を、愛していたのだから。

 

 だから、多少のいたずらくらいは、ちょっとシャレにならない悪戯けのことは忘れてあげようと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 




完結間近です。
それから、ヒロインの所業に反感を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、まだ十代の、それもちょっと家庭環境が複雑な子の癇癪と思って大目に見てあげてください。この後きっちり周りから絞られました。

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