遊戯王GX ~もしもOCGプレイヤーがアカデミア教師になったら~   作:紫苑菊

17 / 20
お久しぶりです、紫苑菊です。まだこの小説を覚えている方がいらっしゃるでしょうか?ここ数ヶ月忙しく、全く更新が出来ず申し訳ありません。ちょっと携帯やロードバイクを買うためにバイトの量を増やしていたもので。それから、しばらく遊戯王自体から離れていたのもあります。サブテラー来日とヴレインズパック発売するということで復帰した感じが強いです。サブテラーは来日前から英語版で集めるくらいには好きです。なちゅび強い。


第15話

 先生が目を覚ましたのは、すべてが解決した後だった。黒幕、影丸理事長による三幻魔の復活計画。その一翼を担っていたとされた沖田先生は、厳しく先生たちに問い詰められ、保健室、その更に奥にある薬品管理室で身柄を拘束されていた。

 と、言っても、先生は数日寝たきりで、拘束はあってないようなものだ。容体が変化した時のために、保健室に一番近い鍵のかかる部屋で隔離されている以外に、先生が不自由になるようなものはなく、面会も自由に行われていた。その面会も、先生が目を覚まさないために、生徒が自己満足で行う程度の物だったが。

 最終的に、事件自体は解決した。あの後現れた影丸会長は十代が危なげなく倒した。三幻魔も、なぜか異様に弱体化していた(・・・・・・・・・・)らしく、懸念されていた世界への悲劇も、周辺地域のカードへの異変だけで済んだらしい。影丸理事長や鮫島校長、そして事後処理に来ていたペガサス会長曰く、完全に復活していてもおかしくはなかったらしいのだが、結局その真相は分からないままだった。

 精霊の力。私にはわからないし、そんなものが本当にあるとなんて思ってはいない。でも、兄さんや十代、そして影丸理事長の計画が、その存在を物語っていた。それなら、いつか自分の精霊たちも見てみたいと、子供の様に願ってしまう自分がいる。

 話がずれた。ともかく私、天上院明日香は、今、その保健室の前に来ていた。目を覚ました後の先生は、他の先生たちによる尋問や、ペガサスさんによる報告、という名の説教、そして今回の件による自分の行いについて激しく詰問されていた。それが全て落ち着いたのが今日で、そして私は十代とお見舞いに来ていた。

 

「なあ、明日香。入らないのか?」

 

 部屋の前で立ち尽くす私に、十代が話しかける。そんなわけないじゃない、と言おうとして、私は改めて体が動かないことに気が付いた。

 

「いやなら、帰ってもいいんだぜ?」

 

 そう言ったのは、十代だった。

 

「怖いんだろ?手が震えてる。」

 

 無理もないぜ。そう言って彼はまた前を向いた。本当に、こいつは意外なところで人を見ている。

 いや、違うか。きっと、こいつは周りが思っているよりも頭がいいんだ。オシリスレッドにこそ甘んじて、成績も悪い。でも、きっと心根は私たちが思っているよりも子供で、そして大人なんだ。

 

「舐めないでくれる?十代。先生が怖いわけないでしょう?」

 

 嘘だ。本当は怖い。あの日、あの時の先生の姿が忘れられない。

 セブンスターズとして名乗った先生の目は、どこか虚空を見つめているようだった。デュエルは、私が知るよりもはるかに早く、遥かに暴力的だった。淡々と進んでいく先生が怖かった。何の抵抗も出来ず負けた時の、あのモンスター達が忘れられない。力が抜けていく瞬間、モンスターに止めを刺された瞬間が、未だに脳裏に焼き付いて離れない。

 あの時の先生は、私たちの知る先生ではなかった。それだけは断言出来た。それほどまでに、普段のデュエルとはかけ離れていた。

 

「そんなところで話していないで、中に入ったらどうですか。」

 

 考え事をしていた私に、扉越しから声がかかった。先生の声だ。

 促されるままに、私は扉を開けた。恐らく、先生用に設置されたのであろう孤立したベッドが、薬品棚の前に置かれている。窓が開いているからだろうか、シーツが風に吹かれて、たなびいていた。

 

「いろいろ、聞きたいことがあるんでしょう?」

 

 そう言って、あの人は笑って私たちを招き入れた。

 

 

 

 

「さて、何から話しましょうか。」

 

 そう言って、先生は横に置いてあるポッドにお湯を注ぐ。落ち着いたいい匂いがした。紅茶、だろうか。ポッドからして、先生の趣味とは思えないから、響先生や鮎川先生のものかもしれない。

 

「・・・まず、一つ確認させてください。」

「いいですよ。」

「・・・先生は、本当に裏切っていたんですか?」

 

 それが、まず一つ目の疑問だった。そして、それによって、私がこの後質問したいことも変わる。どちらにしても、ここが分岐点だった。

 

「その答えは、君が一番よく知っているんじゃないですか?」

 

 だからこそ。

 

 だからこそ、私はこの言葉の前に立ち止まるしかなかった。そう言われたら、どう答えればいいのか。どう答えればよかったのか。頭の中が真っ白になる。

 今なお、私は先生への疑いを晴らしていない。未だに、脳裏に張り付いたあの光景が過る。なぜなら、私のそれは確信を持った質問などではなく、懇願だったからだ。

 

「・・・意地悪な質問をしました。すいません、天上院さん。でも、君は違うみたいですね、十代君?」

 

 え?と、十代の方を見る。十代は、真剣な面をして、それでいて笑っていた。いや、目は笑ってないんだけれど。怖いんだけど。十代、あなたそんな顔できたのね。

 

「随分な言い草だな、先生。じゃ、俺が怒ってる理由も想像つくんだろ?」

「残念だけど、俺はエスパーでも何でもないんでね。理由を教えてくれなきゃ何とも言えないかなぁ?」

「言っとくけど、怒ってるのは俺だけじゃなくて紅葉さんも、みどりさんもだからな?」

「そりゃあ怖い。みどりは一階怒られたらそれで満足してくれるけど、紅葉は後からねちねち攻めてくるからなぁ、女かあいつは。」

「そういう性格を見破ってるから一回で済まさないんじゃないの?紅葉さん。」

「・・・君も随分言うようになりましたね。」

 

 随分と朗らかな会話。でも、私だけがそれについていけていない。十代は、どうやら確たるものをもっていたらしい。

 

「・・・どこで気付いた?」

「その前に、先生に渡さなきゃいけないものがあるんだ。」

 

 そう言って、十代はデッキを先生に手渡した。先生が倒れた後、辺りに散らばった、『魔轟神』のデッキ。

 事件に決着がついた後、意識のなかった先生の代わりに、みどりさんが回収していたものだ。十代が持っていたのか。

 

「・・・成程。君が持っていたのか。手元に『シャドール』と『サブテラー召喚獣』しかないから、誰かが持っているとは思っていたが。ありがとう。」

「・・・悪いとは思ったけど、デッキ、見させてもらった。融合デッキの方も。」

「構わない。一時とはいえ手放した自分が悪い・・・グリムロ、悪かった。悪かったから執拗に脛を蹴るのは止めてくれ。レイヴン、笑ってないでこいつを止めろ。「・・・そいつ、ずっと心配してたんだからな。」

「分かってる、十代。OKわかった、グリムロ、テンプシーロールだけは止めてくれ。」

 

 どうやら、彼らには精霊が見えているらしい。私には見えないが、実はここには精霊で埋め尽くされているのかもと思うと、自分だけが損をしているような気持になる。

 

「さて、十代。どうして気が付いた?自慢じゃないが、それなりにいい演技だと思ったんだけどなぁ。」

 

 十代が押し黙る。そして、一呼吸おいてから話し始めた。

 

「最初に疑問に思ったのは、先生がエアーマンをグラファで破壊したことだった。あの時に伏せカードを狙わないなんて、先生らしくない。」

「そうか?あの時ダイレクトアタックが決まればそれだけで俺の勝ちだ。たった一枚を警戒する必要はあるのか?」

「でも、実際はあれを狙っていれば俺をもっと追い詰めていた。」

 

 結果論だ。と先生は言う。私もそう思う。事実、伏せカードなんて伏せた本人以外にはわかりようのない事実だ。

 

「それはそうかもしれない。でも、先生はセオリーを意味なく無視する人じゃない。あの場面なら、バックを破壊するのがセオリーなんだ。何度考えてもそうなってしまう。」

 

 先生の手札にはデモンズ・チェーンがあった。次のターンだけで十代に攻め込まれるようなことにはそうそうならないだろう。万が一の保険もあることを考えるなら、確かにセオリーはモンスターじゃなくバックの方だ。でも、それは十代のモンスターの効果にもよる。エアーマンにはほかに効果があったかもしれないじゃないか。

 

「成程。では、俺がHEROの専用サポートを警戒した線は?」

「ないわけじゃないけど、それならなおさらバックの方を狙う。何より、エアーマンは先生が持っていたカードだから、エアーマン自体を警戒したとは思えない。」

「・・・その様子だと、他に考えてくれた人がいるねぇ。君にしては随分と考えている。」

 

 確かに、十代にしては随分と考えているようにも思う。まるで、これでは三沢君のようだ。いや、違う。多分これは。

 

「実は、三沢に手伝ってもらったんだ。で、おかしな点をいくつか考え直した。」

 

 やっぱりか。そう言えば彼らは仲が良かった。

 

「三沢君、か。成程、彼は俺のデュエルを研究していた生徒の一人だ。何より頭がいい。彼なら、俺のデッキからデュエルの棋譜の再現までこなしただろう。そしてその上で、改めて俺の思考を読んだ。その様子だと、神楽坂君も一枚かんでいるんじゃないか?

 彼もまた、俺を研究していた。3度見せただけで俺のアロマージを寸分たがわず再現した彼なら、棋譜から思考のトレースまで行える。」

「・・・悩んだんだぜ?それだけ多くの人にデッキを見せることになるから。」

「だから、それはこのデッキを手放した俺の責任だ。まあ、ここまで多くの人に見られたら調整を余儀なくされるだろうが。」

「神の宣告すら入れていないデッキだから?」

 

 先生の動きが止まった。神の宣告。ライフを半分支払うことで魔法、罠、モンスターの召喚などを封じるカード。汎用性が高く、あらゆるデッキに入るそれは、先生も愛用していた一枚だった。

 十代が続ける。

 

「先生にしては、妨害が少なすぎる(・・・・・・・・)。」

 

 確かに、先生は必要最低限と言える量しか妨害カードを入れていない。使ったのは、デモンズ・チェーン3枚のみだった。逆に言えば、たった3枚の妨害のみで十代はあそこまで苦しめられたのだ。

 

「それで、三沢に頼み込んで、俺と先生のデュエルを、可能な限り再現してみたんだ。映像とかはなかったけど、それでも三沢と俺、それにカイザーも居たし、万丈目も居れば、どういうカードが手札にあって、何が墓地に行っていたのか。

 でも、確認すればするほど、奇妙なんだ。」

「ちょっとまって、十代。」

 

 なんだよ明日香?今いいところなんだぜ。と言う十代に、私は苦言を申さざるを得ない。

 

「私、呼ばれてないんだけど。」

 

 それ、あの場にいたほぼ全員なんだけど。

 

「悪かったって。でも、集まったのがレッド寮だったし、夜中に男女だけはまずいって万丈目と三沢がうるさくってさぁ。」

「それは万丈目君と三沢君が正しい。」

 

 そうかもしれないが、呼ばれもしないのはそれはそれでなにかくるものがある。

 余談ではあるが、これをももえに愚痴ると「女として死んでます。」とありがたいお説教と着せ替え人形と言う名のファッションショーもどきが発生した。

 

「話を戻すぜ。

 とにかく、先生のデッキを見るうちに、入っていなければおかしいカードが何枚もあった。大嵐、神の宣告、強欲な壺、何より天使の施し。大嵐は分かる。フィールド魔法を破壊する恐れがあるから。でも、デモンズ・チェーンを入れて神の宣告を入れない理由はない。強欲な壺もそうだけど、なにより天使の施しは、暗黒界とも、魔轟神とも相性がいいはずなのに。」

「と、三沢君は考えたわけだ。いや、丸藤亮もか。」

「二人とも、不思議に思っていた。でもまあ、それを抜きにしても、違和感があった。で、神楽坂に頼んでみた。神楽坂のことは知ってるんだよな、先生。」

 

 神楽坂。先ほどから何度も名前が出てきた彼は、以前武藤遊戯の思考をトレースして、彼のレプリカデッキを使うことで十代を苦しめた。彼の特徴は、所謂コピーデッキの使い手ということ。デッキを再現し、使用者になりきることでそのデュエルを再現することが出来る。

 

「神楽坂君に関しては、俺も優秀な生徒として目をつけていた。彼の特性も知っている。それで、彼は俺の思考を読んだうえで、問題点をあげていったわけか。」

「ああ、それはいくつかあったんだけど、致命的なのはこれだった。」

 

 そう言って、十代は一枚のカードを、先生の融合デッキから取り出した。

 

「琰魔竜 レッド・デーモン・アビスか。そうだな、それを見せたのだけは失敗だった。」

「やっぱり、か。先生、あえてあの時アビスの効果を使わなかったんだな。」

 

 え?

 

「・・・レッド・デーモン・アビスには、ベリアルと同じ、チューナーを特殊召喚する効果。まあ、これはベリアルとは違ってデッキから特殊召喚する効果はない。でも、」

「アビスには、相手のフィールドの表側表示のカードを無効化する効果がある。つまり、あの時場にあったスカイスクレイパーはもちろん、」

「その次のターンに発動したモンスターの効果も、それどころか魔法の効果も、罠の効果も止めることが出来る。」

 

 つまり。

 つまり、あの十代のドローカードも、それどころかワイルドジャギーマンの効果も、十代の生命線だったフィールド魔法の効果も、そして、最後の足掻きだったシャイニング・フレア・ウィングマンすらも。

 そのすべてが、あのカード一枚で潰されていた。

 

「なのに、先生はこれを使わなかった。」

 

 使えなかった、じゃなくて使わなかった。十代は言外にそう言っていた。

 

「レッド・デーモンを使ってわざわざ攻撃表示モンスターを破壊しなくても、アビスを出すだけで、俺のフィールド魔法も、逆転の手だって封じることが出来た。カオス・ゴッデスで出したベリアルの効果で蘇生する先も、レッド・デーモンじゃなくてアビスの方を出すことだって出来たはずなんだ。打点だって、そっちの方が高いだろ?」

 

 そうだ、使える盤面は多かった。それでも、あえて先生は使っていなかった。デモンズ・チェーンだって、他に使いどころは会った筈なのに。

 

「そして何より、先生の態度。闇のゲームは最悪命に係わる。それは、先生のデュエルでも例外じゃなかったはず。それなのに、デュエル中の先生の言葉は、まるで次があるみたいだった。」

 

 つまり、殺す気がなかった。そしてそれは。

 

「最初から、負けるつもりだったんだよな、先生。」

 

 先生の、敗北を意味していた。先生は、最初から負けるつもりだった。

 

「まだあるぜ。闇のゲームの時の先生のダメージ量が大きすぎる。その割に、万丈目やカイザーはすぐに起き上がれるくらいのダメージしか負っていなかった。もしかして先生は、ダメージを肩代わりする」

「その先は不要だよ、十代。そこまで見破られているとは思わなかった。」

 

 そう言って、先生は笑った。パチパチパチ、と拍手を送る。

 でも、その様子がたまらなく私たちをいらだたせる。はらわたが煮えくり返る、とまではいかないが、それでも怒りが湧いてくる。

 

「どうして、こんな真似したんだよ。」

「どうして、と言われれば、そうしなければいけなかったから、としか言いようがない。成程、お前が怒った理由が分かったよ。」

 

 そして先生は、私たちが怒っている理由をその口にした。

 

「お前、手加減されて悔しいのか。」

 

 そうだ、悔しいのだ。たまらなく悔しい。そうまでお膳立てしてなお、先生はサレンダーしたのだ。

 

「いいや、それは違うぞ?サレンダーしたわけじゃない。あれは、あの時点で俺の負けだ。」

 

 えっと、それはどういうことなんだろう。先生の場には、まだ大量の大型モンスターがいた。それに対して十代の場には、シャイニング・フレイム・ウィングマンのみで、それすらデモンズ・チェーンの効果で効果が無効になり、攻撃できない2500の木偶の坊と化していた。

 正直に言って、敗因が見当たらない。何が理由で負けたのか、見当もつかなかった。

 

「デッキデス、だろ?」

「そうだ。」

 

 デッキデス、ってあの?でも、正直言って普通にデュエルして起こることじゃないはず。それが、あんな数ターンで起こるの?

 

「不思議なことじゃない。魔轟神は手札を捨てることで効果を発揮する。そして、カードを捨てる効果には同時にカードをドローする効果を持つものも多い。手札抹殺、暗黒界の取引に、暗黒界の門。墓穴の道連れや、天使の施しだってそうだ。何より、スノウもブラウも、手札を増やす効果を持つカード。手札の入れ替えで失うはずだった手札一枚というアドバンテージを、補って余りあるデッキの圧縮が可能になる。」

 

 いや、そうかもしれないけど。

 

「だから、そのデッキを選択したんだろ?」

「・・・。」

 

 え?

 

「ちょっと十代、どういうこと?」

「明日香、お前、先生とデュエルした時、どんなデッキだった?」

「えっと、シャドール。シンクロもされたけど。」

「やっぱり、か。先生、あんたは、デッキの時点で大分手を抜いてたんだ。」

 

 随分と聞き捨てならないことが聞こえた。十代が何かのメモをポケットから取り出す。それは、先生が倒した時に使っていたデッキの、リストだった。

 

「俺が相手をしたのが、魔轟神。明日香と三沢はシャドール。万丈目は召喚獣で、カイザーはサブテラーだって言ってた。サブテラーは裏側守備表示モンスターを主体にしたデッキで、貫通効果で大ダメージを与える、カイザーの切り札とは相性が悪い。万丈目に使った召喚獣に関しては分からないけど、明日香と三沢に関しては、シャドールの強みが生かせない。」

 

 あ、そうか。確かシャドールの融合魔法は。

 

「影衣融合は、相手のフィールドに融合モンスターがあって初めて、デッキから融合が出来る。カイザーとの時の様な、デッキからの融合はほとんどできないはずだった。」

「でも、十代。私にはサイバー・ブレイダーが。」

「明日香は最近、サイバー・エンジェルとの混合型にしたんだろ?それで、融合の比率が落ちてるはずだってカイザーが言ってた。三沢は今まで融合を使ったデッキは使っていない。ウォータードラゴンは、ボンディングH2Oの効果から出るけど、あれはあくまで特殊召喚だ。だから、影衣融合の影響は受けない。

 三沢が言ってた。俺が先生の立場なら、シャドールを使うなら万丈目やカイザーを狙うって。万丈目は色んなカードを使うけど、おじゃまやXYZだって入っているから、十分影衣融合の効果は使えただろうし、カイザーは言わずもがなだ。」

「さらに言わせてもらうなら、サブテラーを選んだのは二つ理由がある。弱点が明確なことと、初動が遅いから、君たちに十分チャンスを与えることが出来る。そのうえで、カイザーや万丈目君なら突破できると思ったんだが、そうはうまくいかなかった。」

 

 それじゃあ、あれはお膳立てされていた?

 

「当たり前だ。俺はもともと、全力のお前たちが勝ち抜けるなんて思っていない。カーミラ風情に鍵を二つ取られ、アムナエル、大徳寺のレベルで大半が倒されていた。何とも言えない範囲だとは思っていたが、それでも十二分に勝てなくはない、ギリギリのラインのはずだった。何より俺は監視されていて、人質がいたから、下手なことは出来なかった。」

「人質?」

「・・・以前、天上院さんと十代が俺の部屋に来た時に、写真があっただろう?」

 

 そう言って、先生はポケットの中から携帯を取り出し、写真を見せた。

 

「ジュリア、って言ってね。過去に精霊が絡んだ事件に巻き込まれて、今も昏睡状態だ。身動きの取れない彼女を、俺は人質に取られていた。」

「だから、俺たちに実力で出来るだけ勝ってほしかった。」

「ああ。彼女は、俺とネフィにとって、命よりも重い。そもそも、『シャドール』は彼女のデッキだった。今でこそ、俺と行動を共にしてはいるが、ネフィ達は彼女以外を主とは認めない。彼女を人質に取られたことで、ネフィは動きを封じられた。そして、俺が下手なことをすれば、ネフィが俺を殺しにかかるだろう。」

「あの精霊が?」

「不思議なことじゃない。精霊にとって、主とはとても重要で、そしてそれはネフィにとっても例外じゃないだけの話だ。俺か、ジュリアか。ネフィが天秤にかければ、俺は省かれる。そして、ジュリアの安全のために、俺を傀儡にでもして、お前ら全員をなぎ倒す。それが彼女だ。」

 

 精霊ってこわい。素直にそう思った。でも、先生はそこで身動きが取れなくなってしまった。味方だったはずの精霊は、既に味方とは言えなくて。それも、下手をすれば自分の命すらなくなる。

 だから一縷の望みにかけて、私たちに勝負を託すことにした。

 

「幸いにも、精霊による工作ならば、影丸の用意した監視を切り抜けられた。精霊に、闇のゲームの負担を減らす術式を、あらかじめ君たち全員に付与することは可能だった。まあ、俺の魔力《ヘカ》を大量に使うことになったし、体に多少の以上は出たが、まあ、最悪の結果よりは遥かに被害はなかった。三幻魔に関しては、あらかじめされていた封印とは別に、封印を施すことも可能だった。」

 

 ネフィとグリムロが一晩でやってくれました、と先生は笑った。

 良かった。先生は、最初から私たちの味方だったのだ。

 

「あ、それは違う。君たちを守ったのは、それが可能だったからに過ぎないし、十分君たちが死ぬ可能性もあった。と、言うかそっちの方がはるかに高かった。」

 

 え?

 

「そりゃあ、そうだろう。闇のゲームの負担が少なくなっても、呪いが込められることには変わりない。あのゲームは、互いの体力を奪い合うゲームだ。俺の魔力でかばえる範囲には限界があるし、ネフィのサポートを受けれない。グリムロやクルスは手伝ってくれたけど、影丸が近くにいるなかでネフィは動こうとはしなかった。

 正直に言えば、君たちの一人か二人は死んでもおかしくない。万丈目君に関しては、まともに庇えたかも怪しい。あの時点で俺の魔力は底をつきかけていたし、十代君に関しては一切魔力で保護することは出来なかった。」

 

 二人が生きて居られたのは、単に自分の精霊の力を、無意識に防御に使ったからだと彼は言った。

 

「そもそも、幻魔の力を二重に封印する際に、魔力の大半を使っているんだ。それでもなお戦えただけ、奇跡に近い。と、言うかあの状況でまともに動けるような化け物じみた精霊使いは、それこそ武藤遊戯くらいの物だろう。」

「じゃあ、こうしてみんなが生きているのは。」

「運がよかったね、としか俺は言わないよ。」

 

 その瞬間、サッと血の気が引いた。顔が真っ青になるのが、自分でもわかる。死んでたかもしれない、と改めて他人から言われるのがここまでショックだったとは思わなかった。

 

「で、先生はそうやって最後の手段として、魔轟神を用意していた。俺のデッキにブレイズマンを入れたのも、先生?」

「言っただろ、十代。そんなことをすれば、俺は今頃ネフィの操り人形だ。俺が出来るのは、精々お前に渡した鍵のついた引き出しに、HEROの専用サポートを入れることぐらい。その細工をしたのは、お前もよく知る人間だ。」

「・・・・。」

「みどりだよ、響みどりだ。」

 

 え、みどり先生が?でも、それって、もしかして。

 

「ああ、みどりは全部知っていた。言っただろ、十代。このアカデミアには数人だけ、精霊を見ることのできる人間がいる。みどりも、その一人だ。」

 

 みどり先生も、精霊が見える人間だったのか。どうやら、十代も知らないらしい。目を見開いて驚いていた。

 

「みどりは、俺の精霊であるグリムロから、大体の事情を把握した。それを鮫島校長に伝え、グリムロを使ってメッセンジャーの役割を果たしていた。

 その際、あいつは俺の今回の騒動の計画を知っていた。だから、お前と職員室で会ったっていうあの時辺りに仕込んだんだろう。」

 

 そして、何食わぬ顔で私たちの手当てを行った。処置が迅速だったのは、あらかじめ準備をしていたから。

 

「今回の計画は、俺がデュエルで負けることまで計算に入れていた。正直、誰が倒してくれてもよかったんだが、手を抜かずに負けられる相手なんてそういない。まして、それが生徒レベルならなおさらだった。」

「だから、そうやって俺のデッキのレベルを上げて、紅葉さんの持っているはずだったカードを渡して、俺とデュエルしたのか。」

「お前とのデュエルは、いわば最後の手段だった。正直に言うなら、俺を倒すと期待していたのは十代、君とカイザーだけだった。カイザー相手に負けてもよかったんだが、想像以上に早くデュエルすることになってしまった。それが誤算だった。

 そもそも、俺のプレイミスに、万が一影丸が気が付いても、それを連戦の疲労を理由にするつもりだった。どれだけの腕前を持っていても、プレイミスなんて1つや2つは出てくる。それが連戦ともなればなおさらだ。だから、お前を引き留めるようにみどりにグリムロ経由で頼んで、最後にお前が倒してくれることを期待していた。」

 

 ・・・・。

 

 部屋が、静まり返った。だって、先生の期待に、このアカデミアは誰一人ついてこれていなかったと、言外に言われた気がしたからだった。

 全力とは言わないが、これぐらいなら倒してくれるだろうという期待を、私たちは悪い意味で裏切っていたのだ。

 

「だから、デッキデスに計画を切り替えたんだな。」

「ああ。序盤の攻防で、十代が大量の手札を使っていた。その時点でそれでは勝てないと悟った。大型モンスターを処理するだけならともかく、それをデモンズ・チェーンをすり抜けて、となると難易度が上がる。

 だから、途中で自分でデッキを破壊する工作に出た。十代のインパクト・フリップのおかげもあったが、な。」

 

 いや、そうじゃない。あの攻防の中、自分のデッキを、ほとんどぴったり削りきるように計算していたことそのものが、自分たちとのレベルの差を実感させる。出来なくはないが、あの時先生は自分のデッキに殆ど目をやっていなかった。演技だとばれないように、目は常に十代の方に向いていた。

 頭の中で自分のデッキの内容を把握して、枚数を数えて、何をどう使って盤面の強度を維持しながらデッキを削りきるか。

 それをやってのけて、それでなお十代に実質的に勝っていたのだ。

 

「そう、か。じゃあ、俺はやっぱり負けていたんだな。」

「そう卑下することはないだろ。俺は、反則を使ったのも同然なんだぞ。シンクロ召喚、プロトタイプとはいえ、未発売のカードを使ってデュエルしていたんだ。」

 

 でもそれは、負けていい理由にはならない。だって。

 

「負けは負けじゃんか。どうせそのカードは一年もしないうちに出るかもしれないんだろ?ペガサスさんに聞いたぜ、俺ら全員。」

「まあ、そのあたりの説明はあるか。プロジェクトのことについて緘口令を敷かなければならなくなったことは、少々悔いが残る。なにより後始末は、結局ペガサスさんと鮫島校長にお願いすることになった。何より、計画のうちとはいえ生徒に被害が出たことだけは、どうあがいても弁明のしようがないし、美化しようもない。」

 

 それでも。

 それでも、言いようのない口惜しさと、怒りが湧いてくる。そしてこれは、自分自身に対する怒りなんだと、悟ってしまった。

 そして、それはとっくに十代達は気づいていて、だから、十代はさっきから苛ついていたんだ。

 味方に換算されていなかった悔しさと、鍵を守る守護者ではなく、鍵ごと守られる庇護者だと、気付いてしまったから。

 そして、それはデュエリストとして換算されていないことと、同然だった。

 

「俺からの話は、以上だ。」

 

 先生の話が終わった。それと同時に、言いようのない恐怖と違和感は私たちの中から消え去り、それと同時に、自身の力のなさに絶望する。

 私は、気が付けば地面を見ていた。いつの間にか、目線が下に言っていたらしい。手加減されていたことがないわけではないが、それでも今回のこれは、一段と効く。

 

「先生。」

 

 だけど、それでも。

 

「俺と、そのデッキでデュエルしてくれないか?」

 

 それでも、十代は前を向いていた。

 

 

    ◇

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 盤面は目まぐるしく動く。十代がモンスターを召喚しそれを先生がなぎ倒す。かと思えば、先生の場を十代が崩していた。

 でも、それでも拮抗は崩れるもので、そして、それは終わりの時だ。

 

「融合を発動!場のフレイム・ウィングマンと手札のスパークマンを融合!シャイニング・フレア・ウィングマン!!」

 

 十代が最後に出したのは、あの時と同じHERO。シャイニング・フレア・ウィングマン。光り輝く体をした、希望を体現したHERO。

 

「罠発動、デーモンの呼び声。手札の悪魔族を捨てることで、墓地のレベル5以上のモンスターを蘇生させる。蘇生するのは魔轟神レヴィアタン。

 この時、捨てられた魔轟神獣キャッシーの効果が発動する。フィールドの表側表示のカードを破壊する。破壊するのはシャイニング・フレア・ウィングマン。」

 

 でも、先生の場に伏せられていたカードによって、それすら破壊されることになった。十代の手札は0枚。フィールドは・・・0。

 

「・・・なあ、先生。今のは、先生の全力なんだよな。」

「ああ、俺の本気のデッキだ。」

 

 先生の場には、レッド・デーモン・ベリアルとレッド・デーモン・アビス。そしてレヴィアタンと、カオス・ゴッデス。

 十代の墓地にはネクロ・ガードナーがいるが、それでもなお4000のライフすら消しつくすだけの準備が先生にはあった。

 

「・・・ガッチャ!今回は、楽しいデュエルだったぜ!」

「ああ、十代。」

 

 やっぱりと言うかなんというか、十代は負けた。そりゃあそうだ。十代は今回、ブレイズマンもエアーマンも、あのアブソルートZeroも使わなかった。

 

 でも、負けた十代はどこかすがすがしくて、それが妙に格好良くて。

 

「またやろうぜ、先生!」

 

 

 

 その笑顔が、とてつもなく眩しかった。

 

 

    ◇

 

「これで、任務達成か。」

 

 幻魔をめぐる戦いは終わった。首謀者である影丸はもう幻魔を狙うことはないだろう。彼は、十代とのデュエルで文字通り改心した。

 

「そして、俺個人の目的も達成した。」

 

 そう言って、彼の手元には、3枚のカードが現れる。それらはまるで、どこからか転移してきたかのようだった。

 3枚のカード、『Uria, Lord of Searing Flames』、『Hamon, Lord of Striking Thunder』『Raviel, Lord of Phantasms』。それらは、全ての元凶であったカード。即ち、三幻魔。それらが、一人の男の下にそろった。

 

「封印の所為でやはり、多少弱体化はしているみたいだが、むしろありがたい。このくらいの方が、精霊の力を操りやすくなる。

 もう少しなんだ、もう少しだ。」

 

 地面を這いずり回るような音が聞こえる。いや、比喩なく這いずっているのだろう。男の体は既にボロボロだった。見た目が、ではなく中身がである。それはそうだろう。男はついこの間まで、寝たきりの容態だったのだ。

 

「・・・ジュリア。」

 

 男は一人、女の名前を口にした。それは、かつて男の青春であり、一部であり、恩人でありそして、男の生きがい、そのものであるのだ。

 

「このカードを使えば、あるいは・・・。」

 

 男、かつて沖田曽良と名乗っていたそれは、かろうじて意識を保ちながら病室にたどり着く。男自身に治療が必要なことは分かっていたが、そんなものを気にする余裕は、彼にはなかった。

 

「・・・よかった、生きてる。」

 

 男は、病室に着くなりそう呟いた。意識を失って、機械によってかろうじて生き繋がれている彼女は、確かにいつ死んだとしてもおかしくない存在なのだろう。

 

「ジュリア、ごめん、腕動かす。」

 

 そうして、寝たきりになっている彼女の腕に、三枚のカードを握らせた。

 

「ネフィ、頼む。」

 

 そして、横にいた精霊の力を借りて、彼らを限定的に起動(・・)させる。

 三幻魔のカードが光る。それと同時に、ジュリアの体が回復していくのが、視認できるほど急速に行われるのが分かった。

 男は、影丸の計画を聞き、三幻魔の力を知った時から、このことを考えていた。今まで彼は、世界中のありとあらゆるカードを集めていた。それも、回復の効果が付いた、精霊のカードを。

 モウヤンのカレー、ディアンケト、非常食、守護天使ジャンヌ。どれを試しても、彼女が意識を取り戻すことはなかった。それほどまでに、精霊の呪いが強力なのか、彼女自身が目を覚まそうとしないのか、それは分からない。

 でも、幻魔なら。ヘイブリック限界をとうに迎えたであろう老人の体すら回復させた、テロメアに喧嘩売ってるであろう幻魔の回復力なら、あるいは。

 藁にもすがる思いだった。もう、これしかないと思った。影丸の報酬であったカードのことなど頭に入らないほどの驚異的な回復力。これならば、彼女をこの呪いから解放してくれるだろう。

 唯一のネックである代わりの生命力は自分から吸い取ればいい。何なら、この命すら投げ出しても構わない。

 だって、かつて男が十代に言ったように、男の命よりも、ジュリアの命の方が重たいのだから。

 

「・・・・・・・・・・う・・・ん・・・?」

 

 声が聞こえた。何年越しかの、彼女の声だった。

 せめて、もう少し声が聴きたい。自分の愛が重たいことは自覚しているが、それでも彼は彼女を愛していたのだから。

 だけど、彼にはその一歩を踏み出すことが出来ない。当然だった。自分が死にかければ、かつて自分の心臓に封印したはずの精霊(・・・・・・・・・・・・・・・)が暴れだすことは想像していた。予期していた。

 おそらく、自分が自分として動ける時間はそうないのだろう。それでも、顔が見たい、声が聴きたい。その一心で体を動かす。

 

「・・・ぁ。」

 

 動かない。瞼が下りるのが分かる。周りの音も、もう聞こえない。

 でも、それでも、彼女が目覚めたことを伝えないと。幻魔の後処理もしてもらわなければ。

 眼が見えないから、手探りでナースコールのボタンを押す。それと同時に、体の力が抜けるのを感じた。

 

 

 

 もう、彼には、自分の本当の名を叫び続ける女の声すら、聞こえていなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。