もょもとがダンジョンにいるのは間違っているだろうか【DQ2×ダンまち】 作:こうこうろ
「ね、ねえ!君ってもしかして、他の町では高名な戦士なのかい?」
ショックに打ちひしがれたロランにヘスティアが期待を持って問いかける。
腕に覚えのある剣士だから先の言葉がロランの口から出たと思っているようだ。
そんな剣士が自分のファミリアに入ってくれたなら!
一人も眷属がいない女神がそんな希望を抱くのはある意味必然だろう。
(……でも、これは最後のチャンスなのかもしれない。)
もう一度、戦士として、いや、勇者の力を持つものが、普通の人間として生きることのできるチャンスだとロランは考えた。
ダンジョンを冒険する者―――冒険者として生きる上で、ロランの異常ともいえる力量は、絶対に役に立つことは明白だろう。
そして……神々が下界に降りるような特殊な環境であれば、自分の力の印象も少しは薄まる……かもしれない。
もしかしたら、自分より遥かに強い冒険者がこの都市に存在する可能性だって捨てきれないのだ!
最悪、他の冒険者たちに実力を隠してしまえばいい。簡単だ、人に見られぬよう気を払いながらモンスターに剣を振るえば済む話なのだ。
……ロランという『勇者』を知らない、この世界の中では。
そう考えると希望も湧いてくる。
元のように、自分を知っている世界のように英雄として、なんて大それたことは望まない。
人に恐怖される英雄なんて、もう真っ平御免だ。
――そして、ダンジョンに潜れば少なくとも、目の前で困っている可憐な女神様は助けることが出来る。
ロランは確かに裏切られた。
魔王からその身を挺して守ったはずの国民たちには。しかし、勇者としての心までは、正義感までは捨てていない。
困っている人あればその手を差し出し、邪悪なるモンスターに虐げられている人あればその剣をもって斬り伏せる。
要は、人一倍――優しいのだ。
人を慈しみ、その身をもって人々を守ろうとする心。
それが、勇者として必要な唯一の資質と言っていい。
確かに、ロランは勇者ロトの子孫であった、勇者の血統であった。
しかし、そんなことは瑣事でしかない。
ハーゴンに襲われたムーンブルクを救うこと、世界の人々を救わなければならないと、ロランという男は心からそう思えたのだ。
「……はい。僕は、そうだな……古流剣術を修めた、国一番の剣士でした。」
嘘は言ってない。
全て本当のことを言うならば剣士、という単語の前に、破壊神と剣一振りで渡り合える、という但し書きは付くが。
「へえ! それは凄いじゃないか! ……それで、その……君は、冒険者になるためにオラリオに来たのかい? あまり、ここのことについても詳しくないようだし……。」
……どうにも、彼女の歯切れが悪い。
もっとも、零細ファミリアに優秀な剣士を勧誘することに気が引けてしまうのは仕方の無いことだろう。
「その……あまり、盛況しているとは言えないんだけど、僕のファミリアなんてどうだい?まあ、拠点はぼろぼろなんだけどね。一応、冒険者のための探索ファミリアにしようと思ってたし……まだ、一人も集まっていないんだけど。」
見る限りは貧乏で、切羽詰っているからなのかもしれないが、この廃教会に倒れていただけの素性も知れない男が言う事を信じて、面倒を見てくれるなんて、やっぱりヘスティアは心優しい人・・・神?、なのだろう。 この優しさに報いてあげたい。彼女を助けてあげたいと思うのは、勇者共通の矜持が理由なのだろうか?
いや、ロラン自身が彼女を助けてあげたいと思っている。この力を、誰かのために使えることが嬉しい、今の化け物じみた自分の力でも誰かを助けることができる、ということを実感できることが彼には嬉しく感じられた。
「もちろん、こちらからもお願いします。ヘスティアさん、僕をあなたの眷属に加えてくれますか?」
ロトの血族に連なる勇者たちにはルビスの加護がかけられるという。
しかし、今ではそんなことは関係ない。彼が他の神からの恩恵を受けることには、障害は生じないだろう。
ロランの立つ場所は、大地の精霊の力も届くことはない、アレフガルドから世界の壁さえも超えた遥か遠き都市、オラリオなのだから……
「……そうだよね、君が国一番の剣士だというならもっと他にいいファミリアが……って、いいの!?」
――ここに、勇者の葛藤を知らぬ喜色満面の女神が一人。
……ヘスティアに促されて、ベッドにうつ伏せになって横になっているロランの、先ほどまでの決心が既に揺らいでいた。
彼はトレードマークの青い服を脱ぎ、上半身裸になっている。
ファミリアに入るに至り、ヘスティアから懇切丁寧な、様々な説明を受ける上で、どうしても聞き逃せない単語が耳に入ってきたからだ。
勇猛果敢にして、天下無双の勇者を震え上がらせる存在、それは『ステイタス』と呼ばれる、オラリオでは何ら変哲のない数字である。
これは、『神の恩恵』を細かくパラメータ化した数値の名称だ。
……『魔法』は関係ない。ロランには魔法が使えないのだから。
神の恩恵を受けた者が発現させる固有の能力『スキル』……も、まあ、彼の推測でしかないが、問題はないだろう。
ロランには特殊な能力はなく、己の剣術しか戦闘には使ってこなかったのだから。
『発展アビリティ』についても問題ない。
何かに特化した特性とでも言うべきそれは、Lv.2以降、レベルアップ一回につき一つ発現する可能性があるらしい。
しかし、自分に発現するとしたら剣に関する物だけだろう。ダンジョンにおいて剣士は珍しくないと言っていたことから、他の冒険者に知られたとしても、別に異常なことなど何一つ無い。
問題は、『レベル』と『基本アビリティ』だ。
レベルとは冒険者のランクを表し、レベルアップのためには自分の限界を突破するような経験を必要とするそうだ。
大多数の冒険者はLv.1であり、迷宮の存在しない都市外ではレベルアップ自体が困難であるので、Lv.3もあれば頭一つ以上飛びぬけた存在と認識されるようだ。
果たして自分、つまりロランはどうだろうか。
困難な旅を乗り越え、凶悪な魔物を何十、何百とその剣と仲間の力をもって屠ってきた。
そして、遂には破壊神を破壊するに至ったのだ。自画自賛のようで気恥ずかしいような気持ちを覚えるが、その経験がとても自分の壁を乗り越えるような経験で無かったとは言えない。
次に、基本アビリティである。
『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』の五項目からなる基礎能力、これも先のレベルと同様に、異常な値を示すかもしれない。
(……基本アビリティが他の冒険者と比べて高かったのなら、ヘスティアさんは喜んでくれるのだろうか?それとも、ローレシアの人たちみたいに……。)
自分自身の嫌な想像に思わず寒気が走る。
あの恐怖に満ちた数多の眼……あれを、ヘスティアから向けられた時、ロランは耐えられるのだろうか?
……それとも、耐えきれずに彼女の前からも逃げ出してしまうのだろうか?
(……まだ、基本アビリティの方はマシだ。)
例え、この目の前の少女には畏れられようとも、助けたいと思った女神から逃げ出す、という最悪の方法ではあるが、あの『眼』から逃れることはできる。
冒険者のステイタスは部外秘のものであるからだ。
しかし、レベルについては例外なのだ。これのみは、ダンジョンの運営を行っているギルドへの公開、申告が義務付けられてしまっている。
冒険者だけでなく、全てオラリオ都市民、ひいては他のファミリアを組織する神々にまで知られてしまう。
この事実が、ロランの眷属になるという決心を鈍らせる。しかし……
「やっぱりちょっと不安なのかい?国一番の剣士って言っていたからね…思っていたより低いステイタスが出てきたらショックだよね……。でも、大丈夫!僕もしっかりサポートできることはしてあげるからさ!当分は二人三脚で頑張っていこうよ!」
この、いかにも「初めての眷属が出来て、嬉しいです!!」といった気持ちを、全身で表しているヘスティアの笑顔を見ると、そんなことは言えなくなってしまうロランであった。
(……そうじゃないんです、ヘスティアさん。ステイタスなんて低ければ低いほどいいんです……。)
――ロランの、他の冒険者が聞いたら激怒しそうなほど贅沢な、声にはとても出せない望みが叶えられるのか、それが今分かるのだ……!
流石に初対面のロランに跨ったりはしない。
ベッドの横に立つヘスティアの指が、優しく背中に触れる、その時、彼の背中に神の使用する神聖言語がまるで刺青のように、微かに溢れる光と共に刻まれる。
これが、神の恩恵の授け方。刻まれたステイタスは、神々にしか理解できない。本来なら、これを共通語に書き直した紙にでも書いて渡すのだが……。
――ヘスティアの動きが完全に止まった。
へんじがない、まるでただのせきぞう(石像)のようだ。
その豊満な胸部、美しいというよりは愛らしい顔、そして女体の美しさを損なわない、しかし、いやらしいという表現は適さない服装。
ツインテールにまとめた、腰にまで届きそうな美髪――本当に像であったなら、一千万ヴァリスを下回ることはないであろうが。
数十秒経った後も、互いに無言であった。
ロランは、その逞しく隆起した筋肉を備えた、まさに戦士といった肉体を上半身裸で晒したままで、なんだか気恥ずかしく。
対するヘスティアの……その表情は驚愕を通り越して、今にも気を失ってしまいそうに茫然とした様子のまま、ステイタスが完全に刻まれた後も、二人の時は止まっていた。
――初めに動いたのは、ヘスティアだった。ステータスを翻訳するために、なけなしのお金で用意していた羊皮紙とペンをベッドのそばに位置する机の上から手に取り、背中の数値を書き写していく。
見間違いが無いか、何度も何度も確認しながら。
無言で、その羊皮紙をロランに渡す。
その表情はロランには見ることができなかった。
あの無言が、恐れによるものだったら……どうするべきか分からない。 しかし、まずは自身のステータスを確認しなければならない――
勇者としての自分を知らない、遠い世界に来たにも関わらず、共通語を読むことが出来た。
(もしかしたら、今まで話せたのも、文字を読むことが出来たのも、最後のルビスの加護によるものかもしれないな……。)
なんてあてもない想像を、心の中で苦笑しながら自分の羊皮紙を確認する。
そこには、様々な数値が次のように、簡潔に書いてあった。
ロラン Lv.10
基礎
力・・・S 921
耐久・・・S 908
器用・・・B 729
敏捷・・・A 816
魔力・・・I 0
発展
【剣士】【怪力】【共闘】【耐異常】
≪魔法≫
≪スキル≫ 【勇者(ヒーロー)】
・人に仇なす邪悪の前に、彼が膝を屈することは無い。
……まず、目についたのは900を超えている数字だ。
上限によって大きく変わるだろうが、数値は高い方のようだ。
発展アビリティの剣士は、まあ分かる。
幼いころから剣を握っていた身であるので、当然だろう。
怪力は生まれつき言われていたもの。
共闘は、仲間と共に旅をする内に身に着いたものだと考えられる。
耐異常があるのは恐ろしい毒や、死の呪文を受け続けてきたことからだろう。
しかし、最もわからないのはスキルだ……この曖昧な表現はどういうことだろうか。
ベッドに座り直し、まじまじと羊皮紙を眺めた後、その紙の奥で拳を握りしめ、顔を伏せて震えるヘスティアさんに気付く。
何を感じているのか、どんな表情をしているのかも分からない。
「あ、あの~。ヘスティアさん、どうしたんですか?」
「……す」
「す?」
「……凄すぎるよっ! ロラン君!君は間違いなく国一番、いやっ!オラリオ一番の剣士だよっ! 僕も鼻高々だよっ! 間違いなくロキ・ファミリアとか、フレイヤ・ファミリアにだって君より強い冒険者はいないだろうさっ!」
彼女に両手を掴まれ、捲し立てられる。
その顔は喜び半分、ステイタスを見た時の驚き半分といった表情だ。少なくとも、その顔の中にちっとも恐怖の色なんて見られない。
――それが、嬉しかった。
心の中で、一番に恐れていたこと、それは、この世界の全てから拒絶されること。
(……きっと、大丈夫だ。)
心優しき女神と、これから現れてくれるだろう同じ眷属たちとなら。
どんなことだって乗り越えられる仲間(パーティー)になれるはずだから……
ステイタスの999+、という数値は筆者の逃げです。というか、唯一のLv.7であるオッタルのステイタスが分からない時点で、明確に書くのはまずい、と感じてお茶を濁した次第です。
ロランのステイタス高すぎ!と思う人はドラゴンクエストモンスターズ+を読んで、彼の恐ろしさを垣間見てみましょう。きっとローレシア国民の気持ちが分かるはずです。
レベルは、オラリオにもさすがに破壊神を殺っちゃった男なんていないだろう、という推測の元に決めました。
今回の話で、説明回は終わりです。次回からはいよいよもょもとがダンジョンに潜ります。モンスターたちの未来はどうなってしまうのか!楽しみに待っていてくだされば幸いです。