もょもとがダンジョンにいるのは間違っているだろうか【DQ2×ダンまち】 作:こうこうろ
これ、一巻のストーリー何時になったら終わるんだ・・・?
『豊穣の女主人』にもまばらに客が集まり始めた頃、ヘスティア・ファミリアのメンバーは食事の真っ最中であった。
主神であるヘスティアは肉汁溢れるジューシーなハンバーグを実にうまそうに頬張り、ベルも腹が決まったのか、フォークにパスタを多めに巻きつけ口に運んでいる。
そのテーブルの中で、異色を放っているのがロランの食事風景である。ステーキを上品に切り分け、しっかりと味わうように肉を噛み締める。
そしてパスタを巻き取る際にもカチャカチャと音を鳴らさず、静かに口に運ぶ。
かといって、粗野な冒険者が慣れない所作で振る舞っているようでも無く、彼の姿は実に自然なものであった。
「ベルさん、楽しんでいますか?」
彼らの座るテーブルに、微笑みながら近づいたのはベルをこの店に誘ったシル・フローヴァ当人だ。
「ええ……ちょっと、支払いは怖いですけど。それと今朝のお弁当、ありがとうございました」
「大丈夫だよ、ベル君。もし足りなかったとしても僕が支払うさ」
「そう言う訳にはいきませんよ、ロランさん。今日は稽古とかのお礼も兼ねてるんですから」
「……どうやら、楽しんでいただけているようで何よりです」
そうして、シルはもう一度ニコリと微笑んだ。
それとは対照的に、若干面白く無さそうな顔をしているのがヘスティアである。
何だか自分だけ、のけ者にされてしまっているような――
「もちろん、何時ものお礼を神様にもしなきゃいけませんからね」
ベルが一言放った瞬間、女神の表情がパアッと華やいだ。
その様子を微笑ましそうな顔で見つめると、ロランに向き直り、シルはある種ロランに取っては爆弾ともいえる発言を投げかけた。
「ロランさんは、上品に食事をなさるんですね。もしかすると、どこか国のお貴族様なのですか?」
ロランは、冷や汗が一筋背中を流れたのを実感した。
シルとベル、そしてヘスティアまでも彼の返答に興味津々といった表情で見つめている。
まさか、自分がとある国の王子であり、王位を継承される直前に逃げ出した――と、馬鹿正直に答えるわけにもいかない。
もしも正直に答え、都市中に広まってしまったとしたら、大幅な曲解を入れたはた迷惑な物語を作られるか、さらに強引な勧誘が行われるか。
とにかく、厄介なオラリオの神々に、どう反応されるか見当すらつかないほどに酷い事態になるのは間違いない。
オラリオに来てから、嘘をつく必要が増えたことにうんざりしながら何とか誤魔化すための返答を考え付いた。
「……いや、親が子どものしつけに人一倍厳しかっただけさ。別に、貴族ってわけじゃないよ」
確かに、貴族ではない。
ロランは間違いなく貴族より身分の高い王族である。
父が王であるからこそ、ある程度はテーブルマナーなどを仕込まれただけ。ギリギリ嘘はついていない……はず。
「そうだったんですか……」
返答を聞いたシルが、何故か残念そうな面持ちであったことを、ロランは見なかったことにした。
その後、テーブルの4人は食事を進めながら談笑を続けた。
シルはどうにも客の集まりが悪く、ミアの厚意もあって少し休憩を頂けたらしい。
ベルがロランにダンジョンで見せた功績を話せば、ヘスティアもそれに感嘆し、ロランも弟子に近い存在の成長に嬉しさを滲ませる。
シルも彼がダンジョンに潜り始めてからまだ半月ほどしか経っていないにもかかわらず、斯様な活躍を見せていることに驚き、ベルに興味を持ったようだった。
一通りダンジョンでの冒険の話が終わり、食事もほとんど済んだとき、話の流れは自然と彼らが親交を深めている場所『豊穣の女主人』についての話へと、シルに質問するような形での会話へと移り変わっていった。
シル曰く、女将のミアは昔は冒険者であり、店の従業員は女性のみ受付という規則が徹底的に守られている。
ミアは、いわゆる訳ありの人たちでも気前よく迎え入れてしまうため、脛に傷を持つ人も多いらしい。
その言葉を聞いて、ロランはシルには気付かれぬよう店内へと目を向ける。
確かに、彼から見ても、歩き方や姿勢が
少なくとも、彼女たちは今のベルでは相手にならない程に腕が立つのだろう。
「もしかして、シルさんも……?」
この、大変な失礼ともとれる質問をしたのはベルだった。
そんな無礼な彼を戒めるため、ロランはテーブルの下で少年の靴を足先で軽く小突く。
それでようやく自分の失敗に気付いたのか、ベルは恐縮し、体を縮こめてしまった。
シルは彼らの様子を見て楽し気に、しかし多少の苦笑は隠しきれなかったようである。
「私がここで働いているのは、環境が良かったからですよ。……それに、お給金も良いですし、ね」
「環境、かい? 正直、冒険者なんて荒れたような人が多いし……良くないんじゃあないかな? もちろん、僕のファミリアはそんなことないけどねっ!」
段々と席が埋まりつつある『豊穣の女主人』には防具を装備し、剣や槍などを手に持つ冒険者とおぼしき客が多い。
彼らのような荒くれ者たちの相手をするには腕の立つ従業員はともかく、華奢で可憐な女性には向かないと誰もが考えてしまうことだろう。
「いえ、そうではなくて……私はたくさんの、今まで知らなかった人たちと触れ合うのが好きで……何というか、心が疼いてしまうんです」
それはある種大胆ともいえる発言で、初心なベルを戸惑わせるには十分なものであった。
しかし、ロランはその言葉には全く反応を示さず、ただ扉の入り口を見つめ続けている。
彼が感じ取っていたもの、それは――純粋な実力者が放つ、空気。
やがて、扉は開かれた。
現れるのは、ドワーフにアマゾネス、エルフに
その誰もが統一されたエンブレムを身に着け、強者の風格を放っていた。
粗暴な男どもからは声が上がる。
『えらく上玉が多いじゃねえか』
『やめとけやめとけ、ありゃあロキ・ファミリアだ。お前なんか歯牙にもかけねえよ』
探索と訓練に明け暮れるロランとベルはオラリオ界隈にあまり詳しいとは言えない。
しかし、それでも、かのファミリアの名前は聞いたことがある。戦闘の実力が求められる探索系ファミリアでも随一の大規模であり、一級冒険者たちが揃い踏みする屈指の戦闘集団だ。
店内は一時騒然とし、客はファミリアに属する女性たちの美貌に軽く口笛を吹き鳴らすものまでいる。
ちなみに、ベルは彼らの雰囲気に既に圧倒されていた。
当たり前の事だが、個々の実力で言えばロランが上である。
しかし、共に暮らし、教えを乞う中で親しくなっていった彼とは違い、ロキ・ファミリアは正に未知の英雄の集団。
数で気圧されてしまっていたのである。
畏怖や尊敬の視線を集める彼らの中でも、一際注目を集めるのが金糸の如く輝く髪をなびかせ、神秘的な印象を放つ少女である。
彼女は談笑する周りと関わることも無く、まるで心ここにあらずといった印象を周囲に与えていた。
彼女の姿に、ロランは見覚えがあった。
彼がミノタウロスを屠った時、近くに居た男女の冒険者の一人である。 狼人の男に庇われてはいたが、ロランには迷宮での短い会合であったとしても、彼女が相当の剣士である事は見抜いていた。
まさか、かのロキファミリアに所属していようとは。
血を被らせてしまった負い目もあり、あまり顔は会わせたくないと思ったのも仕方の無いことだろう。
幸い、食事はほぼ終わった。あまり長居をしなければ問題は――
「あっ! ドチビ!」
「げっ! ロキ!」
先に声を上げたのは、ファミリアの先頭に立っていた女神。
朱の髪を紐で一つに束ね、朱の瞳を持つスレンダーな女性である。
彼女らの声色が嫌悪に溢れていたことから察するに、並々ならぬ因縁を持つだろうとロランは推測した。
思わず頭を抱える。
どうやら、手早く帰ることは諦めるしか無いようである……。
ロキとヘスティアは店内で大騒ぎを繰り広げ続けていた。
耳を澄ませると
「へん! 母性のない胸のクセに、豊穣なんて名の付く店を気に入るたあ笑いものだね! ロキなんて永遠に手に入れることの出来ない夢に憧れ続けていればいいのさっ!」
「うっさいわ! ドチビのくせにーーっっっ!!」
などと益体も無い喧嘩をやり合っているので、見て見ぬふりをしているロランとベルを責められる者はいまい。
ロキ・ファミリアの面々も主神の事は取り敢えず横に置いておき、パルゥムの少年――もっとも、少年に見えるだけで十分に大人といえる年齢ではあるのだが――の音頭で宴会を始めてしまったようだ。
しかし、ヘスティア・ファミリアの面々は食事も終えており、客が増えたことからシルも席から離れてしまったためどうにも手持ち無沙汰だ。
主神を置いて帰るという冷淡な選択肢はそもそも彼らの頭には浮かぶことすらない。
「……どうしましょう、ロランさん」
「まあ、二人が落ち着くのを待つしかないだろうね」
言いながら、ロランはロキ・ファミリアが座るテーブルに視線を向ける。
装備は充実し、練度も高そうだ。彼らはまさしくダンジョンを攻略するために存在する『軍隊』なのだろう。
様々な職業の冒険者が、互いの弱点を支え合い連携して行動する。
それは、ダンジョン攻略における一つの完成形とも言えるものなのかもしれない。
ふと、魔法使いと見られるエルフの女性が天真爛漫なアマゾネスの少女がこちらに来ようとしているのを引き留めているのが見えた。
(……彼女には、取り敢えず頭の中で感謝しておこう。)
「あの、ロランさん。さっきからずっとこっちを見ている人がいるんですけど、知り合いですか?」
「いや、向こうのファミリアに知り合いは――」
視線をずらした先にいたのは、件の女剣士――アイズ・ヴァレンシュタインが、こちらをジッと見つめ続ける姿であった。
その表情からはあまり感情は読み取れないが、ロランを見つめているのだから、彼に何がしかの用件があるに違いないと推測できる。
「知り合いではないけど……ダンジョンで、迷惑をかけてしまってね」
正確に言うなら、かけたのは迷惑ではなくミノタウロスの血液である。 ベルとの会話に戻るため、視線をアイズから外しベルへと向き直った時である。
不意にアイズが立ち上がり、周囲の「どうした?」という疑問の声に反応も示さず、ヘスティア一行のテーブルへと一直線に歩み寄った。
同じ店内であり距離も大したものではないので、ロランでさえ困惑を隠しきれないまま彼女がすぐ近くに立つことになる。
この時、ロランはダンジョンでの出来事について、こちらを責めるのだろうとしか考えていなかった。
いくら汚れなど気にしていられないダンジョンの中とはいえ、彼女を血塗れにしてしまったのは彼自身の責任である。
とにかく、まずは謝らなければならないとロランがアイズに声をかけようとしたとき、彼女に先を越されてしまった。
この時ばかりはヘスティアとロキもじゃれ合いをやめ、様子を伺っている。
――ただ、その言葉が両ファミリアを静まり返らせるには十分な衝撃を持つものであったことは、ロランにも予想することが出来てはいなかった。
「……その、どうか、私も貴方の弟子にしてください」
そして、深々と頭を下げる。
彼女の髪が礼に合わせてフワリと舞い、ベルはドギマギとしている。
彼女のような美人に、ここまで近づかれたことが今まで無かったのだろう。
何だかベルはこのまま頭を下げる彼女を見つめ続けるのも悪い気がして視線を語りかけられた当人であるロランに目を向ける。
――驚愕した。
あの、ダンジョンでは冷静で、頼りがいがあって、少年にとって師匠のような存在であるロランが目を強張らせ、何かをこらえているような表情へと変わっていたのだ。
近くに居たベルだけが気付いた微かな変化だったが、まるで
ロランには、かの魂に刻まれた傷が在る。
誰にも明かしたことが無く、おそらく、
豊穣の女主人に訪れている客の大半には、彼らの会話は聞こえていない。
あるのは、あの『剣姫』が深々と頭を下げたという事実だけ。
客たちは見ず知らずの青年に対して畏怖の感情を抱いたことだろう。
それが、畏怖の、恐怖の視線こそがロランの魂の傷を疼かせた。
ロランはこれ以上、この場に留まりたくなかった。
それが例え彼をねぎらうためにこの場を用意した少年に、ベルに対して悪いことであったとしても。
「……ごめん、ベル君。ちょっと体調が、良くないみたいだから。先に帰っているよ。君は、ヘスティアさんと帰ってくれないかな」
「え、ええ……気を付けて」
――その言動が、ロランが一人にしてほしい、という意思表示であったことにベルが気付いたかは分からない。
ただ、ベルはその言葉に従うべきだとは感じた。店中の人に見られながら立ち上がったロランの後姿は何時もと違い、やけに小さく見えたことをベルは忘れないだろう。
「……ダンジョンでは、装備を汚してしまって、ゴメン。申し訳ないけど、弟子を取る気は無いんだ」
アイズにはすれ違いざまに簡潔に断りを入れる。
『剣姫』が頭を下げて願ったことを無下に断ることは、申し訳ないことであるが、あいにくロランにとってタイミングが最悪であった。
ロランは彼女を顧みることなく、出口から去ってしまう。
「ちょっ! アイズ! どこ行くんや!?」
……ただ、少しの逡巡の後、彼を追いかけるように宴会をほっぽりだし、歩き去った冒険者がいたこともここに記しておこう。
・・・なんか話が中途半端に終わってしまいましたが、あまりにも長くなってしまいそうなので分割して投稿させていただきます。
今回は、そこまで待たせていませんよね・・・?