アルマちゃんのクロスボウ   作:芋一郎

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八話 隠密2

「では、貴方も御同伴なされるというのですか。討伐隊へ」

「ええその通り。なに、ご心配召されるな。これでも場数は踏んでおります」

 

早朝である。

鷹の団七十と(実質的戦力、騎兵六十)、子爵私兵団百。合計して百七十もの軍勢がズラリと並ぶ子爵領内の草原に、自身もまた甲冑を身に纏い、騎乗の人となった臣下マルコの姿があった。

表面上は親しみのある笑みを浮かべているが、その双眸は目の前のグリフィスを警戒した、鋭い光を宿している。

 

「これは。頼もしい限りです」

「なに、私の出番などありませんとも。昨日決めた作戦を、貴方がたが滞りなく進めて下さるならね」

 

僅かな間の静寂のあと、グリフィスとマルコが共に笑いあう。

その様子はお世辞にも和やかとは言い辛かった。

 

「あーあ、こりゃ面倒なことになっちまったぜ」

 

そんな二人を遠目で眺めながら、自身も戦装束となったコルカスがそう呟いた。

 

「面倒? なんだっていうのさ?」

「バァカ、リッケルト。少し考えりゃ分かるだろ。あのマルコとかいう貴族の犬はなっ、俺たちの本当の方の作戦に気づいてやがって! それを阻止しようとしてんだよ!!」

「コ、コルカス! 声が大きいって!」

 

徐々にヒートアップしていって、終いには大声で怒鳴り散らしたコルカスの口を、リッケルトが大慌てで押さえつける。

他の団員たちもその怒鳴り声が子爵兵に聞こえてやしないか、周囲を見渡す羽目となった。

 

「ったく、アイツはあの短気がなけりゃな」

「意地汚いところも」

「小狡くて金ぐせが悪い」

「寝相の悪さも付け加えとけ」

 

不興を買ったコルカスが団員たちから口々に文句を言われる。

しかしコルカスの怒鳴りたくなるような気持ちも、みな分からなくもなかった。

 

本日の盗賊団討伐作戦。グリフィスの献策という形で決定した、本隊(子爵兵団)が後詰めとなり鷹の団が前衛という陣形の元で行われる掃討作戦の概要は、まず機動力の高い騎兵六十(鷹の団)で敵の野営地を突っ切り、反転、混乱に陥れたところを本隊と挟撃する…というごくシンプルなもの。

敵はただの賊。対し、こちらは全員が何らかの戦闘訓練・経験を持つ百七十からなる戦闘集団。敵兵力が八十という情報からも、策さえ成れば子爵側の圧勝は確実だった。

 

しかし、事はこれほど単純ではない。

そもそもといえば、子爵は自軍の損害を抑えたいが為に傭兵を雇ったのである。

であれば、指揮権を持つ兵士長が「挟撃の号令を出すのは敵戦力の疲弊が高まるまで待ってから」と上から命じられているのは想像に難くなかった。

つまり、兵士長が敵戦力が衰えたと判断するまで、鷹の団の騎馬隊は寡兵での戦いを迫られることになる。そういう可能性が非常に高かった。いや、まず間違いなく起こり得る事実であった。

故にこれを初見で見抜いたグリフィスがあの手この手で指揮権を我が物とし、対等な立場を得たどころか、更には鷹の団の利益が大きくなるよう改変された「本当の方の作戦」を立案したのである。

 

このような経緯で、本来ならば子爵より賜った指揮権を振りかざし、土壇場での作戦変更を狙っていたグリフィスだったがーーどうも、そうも言っていられない状況となったらしい。

 

グリフィスが馬を走らせ、俺たちの方へと寄ってくる。

 

「みんな、見ての通りだ。厄介なことに、あのマルコという男も討伐隊に加わることになった。まずこちらの狙いは知られているだろう」

 

コルカスがほら見たことか、と鼻を鳴らした。

同時に、団員の一人が一同の最も気掛かりとすることを質問した。

 

「団長、俺たちの作戦の方は…」

「もちろん続行だ。あの臣下はオレに任せておけ」

 

グリフィスが頼もしくもそう返す。

不測の事態にも微塵の迷いも見せないその堂々たる姿に、団員たちも胸を張り、眉尻を上げ、口々に了解の意を示した。

 

「よし」

 

団員たちの引き締まった面構えにグリフィスが頷く。

そして大きく息を吸い込むと、細剣を北へと向けて号令をかけた。

 

「それでは目的地までの行軍を開始する! 全軍前進! 但し行軍速度は最後列に合わせよ!」

 

「「「おお!」」」

 

隊列を組み、鷹の団が先行して馬を駆けさせる。

 

……ついに初陣が始まる。

 

キャスカから教わった通りに馬を操ろうと苦心する俺は、その隊列を乱さないよう、神経を尖らせて手綱を取った。

 

 

 

 

「おや、君は確か…」

「え?」

 

行軍開始から三十分後。

俺の姿は鷹の団の最後尾にあった。

 

「そ、その、これは…」

 

いや。正確に言えば、鷹の団の後から続く子爵兵団の先頭、臣下マルコの隣にあった。

下を見ると、俺の跨る馬は呑気に草を食んでいるところ。

誰がどう見ても御し切れていない。

俺は行軍開始一分でキャスカとの乗馬訓練の成果が実っていないことを悟り、それから徐々に後退していき、ついにはこんなところまで来てしまっていた。

 

「う、馬がさ、ちょうど今朝捕まえたばっかの奴で。これがまた言うこと聞かなくてね〜大変大変」

 

俺の苦しい言い訳に、目の前の臣下の眉が寄った。

 

「ほう。夜明けからまだ間もないというのに、野生馬を捕まえ調教を施し蹄鉄まで付けたと。これは朝から重労働でしたな」

「ま、まぁね…はは…」

「嘘は好きません」

 

マルコはそう言うと、俺の背中に手を当ててグッと押してきた。

自然と、背筋がピンと伸びた体制になる。

 

「体を真っ直ぐに。リラックスして」

「あ、あの…」

「昨日は我が主が失礼なことを申しました。その詫びも込めて、少々ご教授致しましょう」

 

イメージとは違う殊勝な態度に少し瞠目する。

勢いに押されその提案を受けると、マルコは自分が元馬小屋住みの召使いである、ということを明かし、馬の扱いは慣れたものと説明した。

更には俺と同じくらいの歳の孫がおり、つい先日乗馬を指南してやったところだと。

 

そんな話を聞きながら、そういえばこちらを見る目がどこか温かだなと納得しつつ、俺はこの臨時講師の指示に良く従った。

 

「揺れに合わせて体から力を抜くのです」

「馬に遠慮をしすぎです。もっと強く蹴って」

「停止させるときは…そう、手綱を引いて……ちがうちがう、前屈みにならない。背筋を伸ばしたまま、背中で引く感じでーー」

 

「まぁ、そんなところでしょうな。まだ言いたいことは山とありますが」

「ぜぇ…ぜぇ…あ、ありがとうございました…」

 

この老いた出で立ちからは想像できないほどのスパルタで、乗馬の技術をしっかり叩き込まれた。

何とも熱の入った、しかし初心者でも解りやすい指導であった。

これではお孫さんも相当大変だなと、俺は内心密かに同情した。

 

「さ、これでもう隊列に戻れるでしょう。お行きなさい。私と長々と話をしていると、お仲間に内通を疑われかねません」

「あー、もう手遅れかも」

 

顎でしゃくり、マルコの注目を促す。

鷹の団の最後尾から、昨夜仲良くなった弟分のカールが、あわあわと忙しなく俺とグリフィス交互に視線を送っていた。

何人かの団員たちも俺を訝しんで見ている。

 

「……申し訳ない。初めは二言三言で済ませるつもりだったのですが、つい熱が」

 

マルコが恥ずかしそうに咳払いし、俺に頭を下げる。

年甲斐もなく赤くしたその頬から、熱の入った原因が俺と孫娘を重ねたからだろうということは明らかだった。

 

「いいって。あいつら、馬に手間取って段々下がってく俺を見ても、楽しそうに囃し立てるだけだったんだぜ。少しくらいハラハラさせてもバチはあたらねぇって」

「……そうですか。では物のついでにもう一つ。荒くれ稼業とはいえ、女性ならば言葉遣いは丁寧に。いいですね」

 

俺はキョトンとして、マルコを見た。

その真摯な様子から、この初老の男が本当に俺を思って忠告してくれたのだと、ありありと伝わってきた。

 

俺はマルコのその柔らかな人柄を知り、つい会話を重ねてしまう。

 

「この話し方は傭兵になる前からさ。もっと言うと生まれる前から……信じるかい?」

「いいえ」

 

即答であった。

俺自身もちろん冗談のつもりで言ったのだが、こうも事実を否定されるのは何だか物悲しい。

 

「しかしもしそうなら、可哀想なことだと思いますな」

「えっ…」

 

予想外の返答に言葉が詰まった。

 

「そうでしょう? あなたはこの世に生まれ落ちる以前に、既に知性があった。すると、そこにはあなたの暮らしが、生活があったことでしょう。この世へは望んでいらっしゃったので?」

「え、えっと…」

 

どうだったか。

元の世界のことなんて、この十二年間ほとんど考えたことがなかった。

毎日その日その瞬間に精一杯。

最後に元の俺に思いを馳せたのはーーはて、いつだったか。

 

いや、それ以前に。

 

あれ?

 

元の俺って、どんなだっけ?

 

「思い出せない?」

「うん…」

「しかしあなたの顔には郷愁の想いが浮かんでいる……良きところだったのでしょう。そして望むなら、ずっとそこに留まっていたかった。違いますか?」

「そう、かな?」

 

救いを求めるような心地で見上げると、マルコは見るものを安心させるような笑みを浮かべて頷いた。

 

しかし違和感。

この男にではない。自分自身の記憶のことだ。

マルコに指摘されるまで気がつかなかったが、そういえば何故か、元の世界のことが思い出せない。

 

いや、正確には言えば思い出したくない?

 

そんな心理が、自分の中で働いているのを、俺は自覚した。

 

「哀れに思いますよ」

 

マルコがそんな俺を見て言葉を重ねた。

思わずビクリと肩を跳ねさせてしまう。

 

「それまでの自分の全てがなかったことにされる……生まれ変わる。それはきっと、想像を絶する苦しみだ」

「…………」

 

再誕の苦しみ。

 

それは長い間、俺の耳に繰り返し再生され、しばらくの間途切れることがなかった。

 

 

 

 

「アルマ、団長がお呼びだぜ」

 

俺がマルコの元を離れ、隊列に戻ってからしばらくして。

グリフィスが伝言役を寄こしてきた。

 

「わかった。すぐ行くよ」

「……おい、まさか作戦を漏らしたわけじゃねぇよな?」

「んなわけねぇだろ」

 

睨んでくる伝言役を睨み返し、俺はマルコに教わった通りに馬を操ると、鷹の団の先頭を行くグリフィスの隣へと並んだ。

チラリと見たその横顔は常の通り冷静沈着で、有り体に言ってしまえば何を考えているかさっぱりわからない。

何となく、あのマルコとは大違いだと思った。

 

「マルコ殿と随分親しくなったようだな」

 

グリフィスがこちらに一瞥もしない内にそう言う。

 

「何だ、妬いたのか?」

「妬きもするさ。苦労して手に入れたからな、お前は。子爵の家中の者に引き抜かれでもしたら大問題だ」

 

冗談交じりに肩を竦めるグリフィス。

その余裕な態度に苛立って、つい脅しかけるような言葉が口を出た。

 

「そうなったらあの人は、お前を殺すよう命令するだろうぜ。頭の良い人だったからな」

「ああ。だからそうして欲しい」

 

ドクンと、心臓が跳ねた。

 

「お、俺は今回…戦場の雰囲気に慣れるだけでいいって…」

「悪いな。お前も知っての通り、そうも言ってられなくなった」

 

グリフィスの冷淡な瞳が、初めて俺を見据えた。

 

 

「マルコが邪魔だ。居なくなって貰いたい」

 

 

 

 

 




展開遅くてすいません…


一話の方に主人公の挿絵を貼りました。
良かったら見てみてください。

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